Windows のシェア低下を巡る冒険
Slashdot に 「Windowsのシェアは今後急速に低下する?」という記事がある。字面は疑問符付きだが、内容的にはかなり確かなもののようだ。少し引用してみよう。
現在、Windows のシェアは 2013年第1四半期で 60%。2012年の第4四半期の 75%から比べると 15%シェアが低下している。今年中にシェアが 50%を割り込む可能性は非常に高いという。
Windows シェアが短期間のうちにこんなに低下しているのは、いわゆるスマホやタブレット端末まで加えた数字だからで、それを除外していわゆる PC のみに絞ったら、Windows は相変わらず 90%以上のシェアを占めている(参照)。つまり、Windows を OS とするデバイスの数はそれほど減っていないが、他のデバイスが急速に増えているということだ。
それだけに、この記事にある「市場シェアは Microsoft にとってそれほど重要ではない」というのもうなずける。「仮に Windows の市場シェアが 20%にまで縮小しても、ビジネス用途向けの Windows と Office のバージョンアップによる収益で経営的には十分な余裕がある」というのも、まさにその通りだろう。
「iPad と iPhone で重宝しているから、PC まで Mac に乗り換える」という私のようなユーザーは少数派で、大多数のビジネス・ユーザーは Windows を使い続けるのだろう。他の OS に乗り換えるのはハードルが高い。MS Office の代わりに、他の互換ソフトを使うというのも少数派だろう。
ただ、ホームユーザーの多くが「もう、PC なんていらないもんね」と開き直って、スマホとタブレットだけで済ませるようになったら、話は別だ。シェアが減る分にはいいが、絶対数が激減するようだと、MS の収益にもかなり響く。
MS としては OS とビジネス・ソフトの開発を継続して、それによって収益を確保することになるのだろうが、ユーザーとしては機能的には今でも十分満足以上の状態で、これ以上の新開発なんて望んでいない。下手にバージョンアップされても、戸惑うばかりだ。
マイクロソフトが「Office の次期バージョンで実現してもらいたい機能は何か」というアンケートをしたところ、返ってきた要望のほとんどは既に実現されている機能ばかりだったという有名なエピソードがある。つまり、ユーザーが使い切れないほどの機能は既に実現されているのだから、もはや開発余地なんてないのだ。
一昨年の 8月 20日、"MS に高い 「奉納金」 を払うのは、もう止めようじゃないか" という記事で、私は次のように書いた。
MS はこれ以上の商品開発なんてする必要がない。既存のソフトを売り続けてくれればいい。ところが、それではソフト会社として儲からないので、無理矢理新バージョンを作って売ろうとする。新機能の必要がなくなった今、手を付けられるのはユーザー・インターフェイスの部分である。
Windows 8 はまさにこの路線上の産物なわけで、私がいつもいう 「これが自動車だったら、命がいくつあっても足りない」 というような、無茶苦茶なインターフェイス変更になっている。
ユーザーの目的は「PC を使いこなすこと」にあるのではなく、「PC で仕事をすること」にあるのに、今さらながら仕事のかなりの時間を、再び「PC を使いこなすこと」に割かなければならなくなるというのは、迷惑千万な話だ。
Windows のバージョンアップを必要としているのは、ユーザーではなく MS なのであり、Windows というのは、今どき珍しく、ユーザーのニーズではなく、作り手側の都合で供給される商品となっているのである。そういうものである以上、いくら事実上の独占状態にあるとはいえ、徐々にシェアが減るのも当然だろう。
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コメント
すみません。以前書かれた憲法関連の記事を読みましたので、コメントします。憲法9条及びそれを取り巻く事項(変える?/変えない?、変えたら徴兵制になる?、変えたら戦争する国になるからよくないetc.)については、以下のように思うのですがいかがでしょうか?
①憲法とは国家主権(とその行使)を縛る法です。主権と
は、西欧近代のフォーマット下における概念であり、無制限の権力のことで、それは一神教の絶対的創造主の権力に等しいものであり、その行使に関しては、基本的に道徳的・倫理的な批判・評価の余地がない類のものです。このような主権を有する国家同士が無差別に存在し、各々の国益を争うというのが、西欧近代の規範に基づく現在の主権国家体制による世界の姿です。従って、いかなる理由にせよ、他の主権国家から武力行使をうけた場合は、武力で対抗する準備を持つことが主権国家の存立要件の基本となります。日本人で、この主権という概念を理解している人は殆どいないと思います。文化的基盤が異なることが一番の理由と思います。そもそも我々には馴染みません。しかし、この概念により世界が構成されているのは厳然たる事実です。よって、憲法9条第2項に関して言えば、これを変えるということに全く議論の余地はありません。交戦権を否定し、武力不保持を謳うということが、先ほど述べた主権国家の存立要件に反するからです。間違っており、ルール違反なので変えなければならないのです。改めていいますが、議論の余地は全くありません。そもそも自衛隊という立派な軍事組織の処遇が自衛隊法という一般法規で定められているということの異常さに気付くべきです。まともな文明国であれば、主権の行使を縛る最高法規たる憲法に軍の処遇を謳うのが当たり前なのです。
第2項は以下のように変えさえすれば済むと思います。
⇒陸海空軍については、
ア.内閣総理大臣が最高指揮権を有し、議会の承認・
法律に基づき出動する。
イ.組織の編成・武装及び統括・規律に関する規則は、 議会が法律によりこれを定める。
なお、軍である以上軍法の制定・施行が課題になりますが、軍事司法の最終判断は最高裁が保有するとすれば、現行憲法でも処置可能と思います。
②もし憲法が変わって自衛隊が軍(個人的には日本陸海空軍と称するべきと思います。国防軍ではドイツ第三帝国みたいだ)になっても徴兵制にはならないと思います。複雑高度化した現代戦においては、志願兵による軍のほうが効率等でまさっているからです。現在の自衛隊はまさに志願兵により構成され、その装備・練度は世界最高クラスです。この自衛隊を軍としてキチンと規定・処遇することが、志願兵たる彼らに動機づけを与え(もともと意識の高い人々ですが)、その他の国民が徴兵されずに済むということになるのです。元来、主権国家が成立発展する過程で、兵は王の私兵から、国家の公兵へと変わっていきました。国家権力の伸長に伴い、徴兵制が発展しましたが、やや遅れて、普通選挙制度が発展しました。つまり、普通選挙制度は徴兵制の政治的帰結といえるのです。現在、徴兵されずに選挙権を行使できる我々は幸せです。
③現在の世界の仕組みは、西欧近代フォーマットの主権国家体制ですので、それを曲げることはできません。自衛のための軍を持つことは必須条件です。それを使うも使わぬも、その国、ひいては国民が政治を通じて決めることです。目的を達しない戦争は結果的に誤った戦争になるので、十分注意が必要です。最も戦争を嫌がるのは軍人です。真剣に現場に出ていくことはかなりの確率で死を意味しますから。従って、戦争がいやなら、戦争せずに国益を伸長させる政治を行うべきなのです。ほっとくと戦争になるから憲法に軍の規定を載せないという論法は、西欧人に対して絶対に言ってはならないことです。それは、自らのありようを信用できないということであり、アイデンティティーを否定することになるからです。大航海時代~帝国主義時代までは、キリスト教徒であることが西欧人にとっての人間のアイデンティティーであり、それを有しない者は人でなしとして殺戮してもよいというのが基本でした。現在は、主権国家の国民であることが人間のアイデンティティーです。無制限の権力を国民が保有し、政治を通じてそれを国内外に行使する。その根幹の存立要件を、自らに自信がないので否定することは、自らを人間でないと宣言することになるのです。やはり日本人にはなじみませんが。
投稿: ぼびー | 2013年6月 7日 21:36
ライトユーザ、ホームユーザの用途では「そっぽ向かれて終わり」でもMSの自己責任で済みますが、経営だの業務分析だのとMS Office(特にExcel)を使い倒しているようなオフィスでの業務はこの先どうなっていくんでしょう。
機能的にはほぼ出尽くし、今更他社が新規参入するのも期待できそうにないと思うのですが、そうかといって気まぐれな変更に振り回されるのも生産性に支障をきたすと思いますし、やはりある時点で見限られ、代わるものが現れるんでしょうか。
投稿: Jun | 2013年6月 8日 12:14
ぼびー さん:
コメントは、当該記事に付けてくださいね。
それから、こんなに長いのは、ご自分のブログなりで主張なさって、トラックバックするなりでお願いします。
投稿: tak | 2013年6月 8日 21:03
Jun さん:
>そうかといって気まぐれな変更に振り回されるのも生産性に支障をきたすと思いますし、
問題はそこにありますね。
そこそこのワード使い、エクセル使いが、UI の変化によって、一時的にではありますが、初心者レベルに突き落とされるのはかないません。
私も、Office 2007 に変った直後は、15分でできるはずの仕事に 30分以上かかって、PC を蹴倒したくなる衝動にかられました ^^;)
投稿: tak | 2013年6月 8日 21:07