「事案」 という言葉
世の中には「声かけ事案」というのがあるのだそうだ。まず、何となく怪しいオッサン(オバサンとかおにいさんもいるのだろうが)なんかの登場する「不審者情報」というのがあるのだそうで、その中でも、妙な声かけをされたというケースを「声かけ事案」と呼んでいるらしい。
まあ、近頃は物騒な世の中になったから、へんてこな具合に声をかけられたら、「怪しい」というわけで「子ども 110番」なんかに通報されて、「どこそこの街で、小学生が中年の男に『おはよう』と声をかけられる事案が発生」なんていう情報が発信されてしまうのである。
それにどうやら、この「声かけ事案」というのは、「変質者」を対象としていて、単純暴力の「粗暴犯」はあまり意識していないようだ。「痛い」とかいうより「気持ち悪い」というのが先に立つ世の中になったようなのである。
まあ、「声かけ事案」についてはいろいろな人が論じているので、私としてはこれ以上どうこう言う気はない。本当に怪しいケースを遠ざけるために、ごくフツーの善意のオジサンまで変質者扱いにしかねないというリスクについては、「それ以上のリスクを避けるため」と言われたら引き下がるしかないような気もするし。
それよりもむしろ私がここで論じたいのは、「事案」という言葉についてである。例によって Goo 辞書を引くと、
じあん 事案
問題になっている事項
とある。ふぅん、私だったら「問題になっている事項」なら、「事案」なんていううっとうしい言い方はせずに、単に「問題」と言うがなあ。「氷の状態になっている水」なら「氷」 、「大人になっている人間」なら 「大人」 、「朝になっている時間帯」なら「朝」で十分である。同様に、「声かけ事案」より「声かけ問題」の方がずっとわかりやすい。
どうやら、最近の「声かけ事案」などに使われる「事案」という言葉は、実は治安関係の術語になっているようで、「事件」というほどではないが、下手すると「事件」に発展しかねない「怪しいこと」というようなニュアンスで使われているような気がする。
また例によって、異文化的視点から眺めるために、和英辞書で調べてみたが、手持ちの『ウィズダム英和・和英辞書』には、「事案」なんていう項目すらなかった。それではと、ネット辞書の "Weblio" を調べたら、次のようになっていた (参照)
事案 読み方:じあん 文法情報 (名詞)
対訳 concern; circumstance which is becoming a problem; case (court)
ズバリと一言で対訳的に言い切れる英単語はないようで、「問題や犯罪事件(訴訟)になりかけている懸念、状況」みたいに説明されている。具体的でわかりやすい。こうしたことを「事案」という漠然とした一言で表現してしまうというのは、どうやら日本独特に近いコンセプトなんじゃないかと思わせるに十分である。
要するに、「事案」というのは 「思いっきり曖昧で、いかにも日本語らしい日本語」なんである。
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コメント
世知辛い世の中ですな…
( ´゚д゚`)
投稿: ひろゆき | 2013年7月24日 05:56
原発災害関連で「事故」と「事象」の使い分けなんてのにも馴染みが出てきましたが、これはaccidentとincidentに対応しているんだったかな……。「事件」と「事案」で、それと似たような対応になっているのかなぁ。
投稿: 山辺響 | 2013年7月24日 09:40
ひろゆき さん:
言葉の使い方まで世知辛くなっていますね。
投稿: tak | 2013年7月24日 10:18
山辺響 さん:
「事件」 と 「事案」 は、"case" と ”concern" かな?
投稿: tak | 2013年7月24日 10:22
問題とか事件と言い切るのを避ける言い方なのかなあと思います。「問題」や「事件」なら、それなりのアクションを取らなければならないだろうし。
投稿: きっしー | 2013年7月24日 16:36
きっしー さん:
意識して曖昧なところにとどめるための言い回しですね。
投稿: tak | 2013年7月24日 21:16