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2013年10月 1日

コオロギが生きていく上でのストレス

最近、金沢工業大学応用バイオ学科教授、長尾隆司さんという人の「コオロギの研究」 が、一部で結構話題になっている。この先生は、人間に興味があるからコオロギの研究をされるのだそうで、つまり、人間行動のかなりの部分が、コオロギの研究で見えてくるのだそうだ。

長尾研究室ではコオロギを多数育成しているのだが、自然界同様に集団で育つコオロギと、1匹ずつ隔離されて育つコオロギに分けており、後者を「インターネットコオロギ」と称している。いわば、コオロギの「オタク」といったところかもしれない。

で、普通に育ったコオロギのオス同士がケンカになりそうになっても、威嚇し合った時点で片方が「やべ、こりゃ、敵わんわ」と思って尻を向けると、それで一件落着になる。しかしインターネットコオロギは相手が尻を向けると、逆にかさにかかって攻撃を始め、最後には相手を殺してしまうまでに至るのだそうだ。

何となく、動物行動学の元祖、コンラート・ローレンツ博士の『ソロモンの指輪』に出てくるハトを思い起こさせるような話である。闘争的なイメージの動物は、相手が「降参」の意を示すと、それ以上の攻撃が抑制されてしまうが、平和の象徴のように思われているハトは、逆に攻撃本能が刺激されて、つつき殺すまで攻撃してしまうというのである。

これって、最近の「いじめ」を想起させるような話ではないかと、ここまで書いたらあとは、ステロタイプのありがちな議論に陥りそうなので、別の話題に映る。

次は贅沢に慣れたコオロギと貧乏暮らしのコオロギとでは、どちらの生命力が強いかという話である。コオロギはキュウリなどの生野菜が大好きなので、常にそうした生野菜を潤沢に与えられることを「贅沢」とし、それ以外のうまくもない飼料をテキトーに与えられることを「貧乏」と定義する。

そのうえで、(1) 常に贅沢、(2) 基本的に贅沢だが、たまに貧乏、(3) 贅沢と貧乏が半々、(4) 基本的に貧乏だが、たまに贅沢、(5) 常に貧乏の、5グループにわけて観察する。この 5グループで、もっとも逞しく生きるのは、(4) の「基本的に貧乏だが、たまに贅沢」というグループのコオロギなのだそうだ。

うん、これって、わかる気がする。なにしろこの私自身が「基本的に貧乏だが、たまに贅沢」を絵に書いたような生活をしていて、「お金はあんまりないけど、健康にだけは自信があるし、まあ、どんなことでもドンと来い!」という気分で、何があっても落ち込みもせず暮らしていられるのだから、コオロギと同じ実感である。

ちなみにコオロギは、かなりの距離を飛行することができる。しかし空調の効いた実験室でエサもちゃんと与えられ、交尾の相手を勝ち取る努力もしなくていい恵まれた環境で育つコオロギは、飛行能力を失ってしまうのだそうだ。

最近、「いのちを守る森の防潮堤」でにわかに注目を集めている植林の神様、宮脇昭先生は、土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱されている(参照)。

先生は生まれ故郷の岡山弁で「まじぇる、まじぇる(混ぜる、混ぜる)」と強調される。これは、複数種の木々が競い合ことで生きていく力が引き出されるからだという。宮脇先生は「人間も同じで、気の合うやつだけで集まるのではなく、少しは嫌なやつもいて、多少我慢し合って暮らす方がいい」と指摘する。

何不自由なく暮らすのが幸福だと思っている人が多いが、実はそうした贅沢が、生物の本来持つ生命力をスポイルすることがある。ちょっとしたストレスは、ある方がいいようなのである。虫も、樹木も、人間も。

 

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コメント

きゅうりが贅沢で、飼料が貧乏。
ってことは、基本的にジャンクフードを食べてる人がたまに有機栽培野菜のサラダを食べるのが良いってことにならないですかね?

投稿: きっしー | 2013年10月 2日 13:42

きっしー さん:

うぅむ、意表をつかれました。

ただ、コオロギの飼料がジャンクフードにあたるのかどうか?

家畜でいえば多分、濃厚飼料にあたるのでしょうが、貧乏コオロギはそれをあまり潤沢とはいえないレベルで与えられ、常に 「腹減った」状態におかれるのだろうと想像してます。

常に多少の飢餓感を覚えていて、たまに「うひゃー 幸せ!」 というほどの贅沢な食事ができる状態なんでしょうね。

投稿: tak | 2013年10月 2日 14:10

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