「類は友を呼ぶ」 から一歩踏み出たところで
ちょっと半年遅れの紹介になってしまうが、「マイナビニュース」に「自閉症スペクトラム障害の人は、自分に似た物語に高い理解を示す - 京大など」 という記事がある。内容を説明するのはやたら手間がかかるので、リンク先の元記事にも飛んで、一応ざっと目を通してもらえるとありがたい。
こういう記事に興味を示してしまうのは、私自身が自分のことを「アスペルガー 1歩手前」なんて言っているぐらいで、何となくこうした傾向をもつ人々が生きやすい社会の方が、私自身も気が楽だろうになあなんて思ってしまうからである。「空気を読む人」ばかりが重宝がられる雰囲気の中にいると、私は息が詰まる。
元記事からちょっと引用してみよう。
京都大学は6月24日、福井大学、金沢大学との共同研究により、「青年期高機能自閉症スペクトラム障害 (Autism Spectrum Disorder: ASD)」を持つ人に日常的なできごとが書かれてある物語文を読んでもらい、文の読み時間と自閉症尺度との相関分析の結果、実験参加者の ASD 傾向が高いほど、定型発達 (Typically Developing: TD) の人物が書かれた物語の読みに時間がかかることがわかり、文の再認の結果、ASD 群は自分と類似したASD の人物が書かれた物語の検索に優れることが明らかになったと発表した。
ずいぶんもってまわった風の面倒な文章になっているが、要するに、ごくフツーの人はごくフツーの人の物語を理解しやすく、自閉症傾向の人は、自閉症傾向の人の物語を受け入れやすいということだ。もっと煎じ詰めれば、「人は自分と共通点のある人の物語ほど理解しやすい」 ってことなのだろう。まさに「類は友を呼ぶ」のである。
とすると、世の中には「ごくフツー」の人の方がずっと多くて(だからこそ「ごくフツー」と認識されるのだろうが)、つまり多数派を形成するから、自閉症傾向の人は少数派である。で、自閉症傾向の人は少数派である上に、多数派の連中を理解するのが苦手だから、どうしても不利になる。
もし、現状の「ごくフツー」な連中の数が極端に減ってしまって、自閉症傾向の人の方が多数派になってしまったら、現状で「ごくフツー」と思われている態度の方が、「やたらわざとらしい浮わついた」ものに感じられて、自閉症傾向の多数派に「あいつら、妙にベタベタして、ウザイなあ」なんて思われることになるかもしれない。
つまり、世の中「いろいろあるからおもしろい」と思うぐらいの心の余裕が欲しいのである。多様性があるからこそ、人間は亡びずに済んでいるのだから、「類は友を呼ぶ」から一歩踏み出たところで生きていければ、世の中そんなにぎすぎすしなくなるだろうに。
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コメント
同感です。世間ではやたらコミュニケーション能力云々と言いますが、画一的な人間ばかりできてしまいそうで怖いですね。
投稿: taro | 2013年12月24日 10:00
taro さん:
ちょっと変わってるというだけで、いじめの対象にするみたいな了見がいけないのだと思います。
投稿: tak | 2013年12月24日 13:31