「惜しい」「悔しい」「懐かしい 」「いたわしい」という英語
もう 6年近く前になるのだが、"「懐かしい」 という英語がない" という記事を書いた。確かに「懐かしい」という日本語の形容詞にぴったりと当てはまるような英語が見当たらないのである。ということは、英語民族と日本人のメンタリティの違いということでもあるようなのだ。
そして最近気づいたのだが、「惜しい」「悔しい」「羨ましい」「いたわしい」「恨めしい」といった形容詞にも、ぴったりと当てはまる英語がないんじゃないかと思うのである。これらの言葉を機械的に和英辞書で引くと、次のようになる。
惜しい: 【残念な] regrettable 【惜しい!】 What a shame!
悔しい: be frustrated at, be vexed at, frustrating, vexing, regrettable
羨ましい: envious, enviable
いたわしい: (手持ちの和英辞書に見当たらず)
【不憫な】 は、poor, pitiful
【大切な】 は、important恨めしい: 【非難するような】 reproachful
こうして見ると英語というのは、一つの単語や熟語としては即物的な感慨しか表現できないので、情緒的なことを言おうとすると、いろいろに手を替え品を替えて、遠回しというか、比喩的な言い方をするしかないんじゃないかという気がする。なかなか大変だ。
例えば「悔しい」という言葉の訳語として出てくるのは、もともとは「苛立たしい」とかいうニュアンスの強い言葉だ。過去を悔やんで涙に暮れるというよりは、「くっそぅ! もう少しだったのに!」と地団駄踏むという場面を想起させて、彼此の人間のメンタリティの違いそのものっぽい。
「恨めしい」という言葉が、「非難するような」という意味の "reproachful" になるというのは、まさに即物的な感覚そのものという気がする。日本語のニュアンスは、「非難」するというよりずっと湿っぽい感情だ。
「いたわしい」 なんていうことになると、「不憫な」と「大切な」を足して 2で割った上に、さらに微妙なスパイスをまぶしたような、いともややこしい感情だから、英語で表現しろといってもちょっと無理かもしれない。
一方日本語では、欧米圏の感覚からすればかなり微妙な感情でも、きっちりと決まった形容詞があるので、さっと表現しやすい。
ただ、さっと手軽に表現できるだけに、ちょっとステロタイプに流されてしまいやすく、さらに「はい、それでおしまい」ということになるので、そうした感情を論理的に解決しようとする意識が働きにくい。「じめじめ」っとした感情は「じめじめ」のまま、いつまでも放って置かれることになる。
また、こうした感情を表現するとき、日本語では「○○が羨ましい」などと言うが、英語の場合は「(私は)○○を羨む」というように、動詞で表現することが多いと思う。この辺りも、メンタリティの違いを表している。
ただ、上に挙げた訳語では、「惜しい!」が "What a shame!" になるというのは、かなり近い感覚かもしれないという気がする。"Shame" (恥、羞恥)というちょっと微妙な感情を表す言葉なればこそかもしれない。
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コメント
とても勉強になります。
"What a shame!" は、手元の「研究社 新英和中辞典」では「何てひどいことだ!, けしからん!」となっており、私もそのように理解してましたが、実際は「惜しい!」など励ましの意味で使われるんですね。
辞書を投げ捨てたくなりました(^^;)
投稿: 奥山 | 2014年2月 5日 23:36
和英辞書とは別の視点で、こんな道具もあります。ご参考まで。http://www.dictjuggler.net/yakugo/
投稿: emi | 2014年2月 6日 10:43
奥山さん:
文脈によりますから、投げ捨てるのは思いとどまってくださいね。
投稿: tak | 2014年2月 6日 13:59
emi さん:
これはイケてますね。
ブックマークしました。ありがとうございます。
投稿: tak | 2014年2月 6日 14:21
色々調べたのですが、やはり What a shame! を「けしからん!」などと非難がましくとるのは誤訳に近いようです。
OALDでは、
1 [U] the feelings of sadness, embarrassment and guilt...(後略)
2 [U] (formal) the ability to feel shame at sth you have done
3 a shame [sing.] used to say that sth is a cause for feeling sad or disappointed
SYN pity:
4 [U] the loss of respect that is caused when you do sth wrong or stupid
とあります。1,2,4は不可算なので、What a shame! の shame が 3 の意味なのは明らかで、シノニムとして pity が挙げられています。つまり、「けしからん」ではなく「気の毒」、「惜しい」が適切ってことですよね。
仰るとおり文脈にもよるでしょうが、What a shame! には("Shame on you!"などと違って)非難の意味はないと考えた方が良いみたいですね。
投稿: 奥山 | 2014年2月 6日 18:43
奥山さん:
ありがとうございます。
「がっかりだぜ」 ってなニュアンスはあると思いますけど、日本的な「恥さらしめ!」 というような感じとは、確かに違いますね。
投稿: tak | 2014年2月 6日 19:32