清水の観音様に御参りしたら、二年坂で転んでみるのもいいかも
昨日の夜から京都入りし、今日は清水寺から東本願寺辺りをうろうろして、昼過ぎに新幹線に乗って帰ってきた。清水寺は 20歳前に行ったきりなので、42〜3年ぶりである。
今回は清水の舞台が記憶より小さかったので驚いた。子供の頃に住んでいた町並みが小さく感じるのは体格のせいだろうが、20歳前頃には今の背丈になっていたので、これは一体どうしたことなのだろう。
ところで今日は、清水寺の参道の話である。清水さんの参道では、産寧坂と二年坂というのが有名だ。どちらも土産物屋やら甘味処が軒を連ねていて、いかにも京都らしい風情を漂わせている。
産寧坂は別名「三年坂」とも言って(音が似ているので、ありがちといえばありがち)、二年坂とともに親しまれている。そして今回の訪問で初めて知ったのだが、二年坂と三年坂は、なかなか恐ろしいところらしい。というのは、二年坂で転ぶと二年後に、三年坂で転ぶと三年後に、命を落とすと言い伝えられているというのだ。
それで地元の子供は、わんぱく盛りでもこの 2つの坂では走り回ったりしないらしい。ふうむ、結構急なところもあるから、怪我をさせないための方便的言い伝えなのかもしれない。
ただ私としては、年を取ってからもう一度訪れようと思った。二年坂で転んでみるために。
私はおかげさまで健康そのもので、このままいったらいくつになっても元気で、どれだけ無駄に生き延びてしまうか、知れたものじゃない。それで、「もう十分に生きたかも」という気がしたら、自分の足で歩けるうちに清水寺の観音様に 3度目の参拝をし、そして二年坂で転んでみようと思うのである。
その 2年後に、つつがなく死ねるといいのだが、このケースの「つつがなく」は用法的に無理があるかなあ。
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コメント
tak-shonaiさん
こんにちは!
tak-shonaiさんって、おもしろい人ですね~~~
投稿: tokiko6565 | 2014年2月20日 12:21
tokiko さん:
これからは、いかにちゃんと死ぬかが大問題になると思いますよ。
なんでも治療できるようになっちゃったら、当人がなんとしてでも死なないと、死なせてもらえなくなっちゃうかもしれません。
投稿: tak | 2014年2月20日 20:52
転んだ後の余命の言い伝え?「理にかなってる」?かもですよ。
ある程度の年齢、そうチョット早いが庄内さんのお歳。
歳をとってからの転倒による打撲、骨折は、動けなくなることにより、筋肉が急激に衰え、そのまま寝付くことが多い。その結果、認知症の発症が重なったりで、、、、、。
高齢者の転倒はくれぐれも注意です。
ご希望の折は京都まで出かけないで、近くの雪で。スミマセン、悪い冗談です。
投稿: coolbaby | 2014年2月21日 22:47
coolbaby さん:
確かに、年取ってからの転倒は骨折、寝たきり、ボケにつながります。
ただ、私としてはまことに勝手な話ですが、骨折するほどの転倒じゃなくて、そっと転んで、きちんと受け身を取ろうと思ってます。
初めから転ぼうと思って行くので、心の準備ができてますから、ひどい転び方にはなりようがありません。
骨折して寝たきりになってではなく、ひたすら言い伝えに頼ろうというわけです。なにしろ 「つつがなく」 死にたいので (^o^)
投稿: tak | 2014年2月22日 12:32
おはようございます~
私の夫の兄は
最後の入院で亡くなりましたが、
看護師さんが朝みると、自分で酸素吸入器をはずして、
きれいにチューブをたたんで机に置き
しずかに亡くなっていたそうです。
覚悟していたのですね。
私も何も食べずに静かに死にたいですけど。
どうなるやら・・・・
投稿: tokiko6565 | 2014年2月23日 08:09
tokiko さん:
潔い死に方ですね。
私は死ぬ時がきたら自然に死にたいので、酸素吸入だの胃瘻だの、余計なことをして苦痛を長引かせるようなことは一切しないでくれと、家族に頼んであります。
投稿: tak | 2014年2月26日 13:04