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2014年3月に作成された投稿

2014年3月31日

この季節、着るものに困る その2 (本当に困る篇)

今日の関東は、本当に暖かい陽気で、車の窓を前回にして走っても、風が全然冷たくない。桜は満開で、春爛漫である。

ところが今、私は秋田にいる。盛岡から秋田新幹線(といっても、単線なのだが)に入ると、周囲の景色は急に東北の山の中になってしまい、白い雪がまだまだ解けずに残っている。この雪も山の中だけと思っていたが、なんと大曲まで下ってきても、まだまだ雪景色。どうなるのだろうと思っていたが、秋田に着いたらさすがに雪はなかった。

それでも吹く風は冷たい。関東を出る時は、コートなんか着ていたら暑くて死んでしまいそうだったから、ジャケットのみである。マフラーだけは用心のために持ってきていたので、それを巻いてホテルに飛び込んだ。

フロントの女性職員に 「さすがに秋田は寒いですね」と言うと、「最近、だいぶ暖かくなったんですが、また少し寒さがぶり返してしまいました」と、気の毒そうに言う。「最低気温は、3度ぐらいです」

それだったら、つくば周辺での今月初め頃の陽気だ。そりゃ、寒いわけだ。ちょっと甘く見すぎたかもしれない。ただ、日が出さえすれば少しは暖かく感じると言う。その言葉を信じよう。いずれにしても、季節は 1ヶ月遅れぐらいとイメージしておけばよさそうだ。

というわけで、日本は案外広い。それだけに、今の季節は本当に着るものの選択に困る。

 

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2014年3月30日

この季節、着るものに困る

昨日から今日まで、茨城県北地域に仕事で一泊していた。昨日の朝はまだそれなりにひんやりしていたので、Tシャツ、コーデュロイ・シャツ、ウール・ベスト、ジャケットを重ねて車に乗り込んだのだが、すぐに日差しが強まって車内の温度が上がり始めた。

休憩のたびに 1枚ずつ脱いで行って、目的地に着いたときには上半身は Tシャツだけになっていた。仲間内で「やっと春が来たと思ったら、今日はもう夏だね」と、話題がひとしきり盛り上がった。「最近は本当に春と秋が短いよ」と。

ところが一夜明けると、雨降りで冷たい風が吹いている。車の中に脱ぎ捨てていたコーデュロイ・シャツ、ウール・ベスト、ジャケットを重ね着して、ようやく落ち着くほどの肌寒さである。初夏から初春に戻ってしまった。

いやはや、この季節は本当に着るものに困る。実は明日から東北の秋田に出張だ。さて、何を着ていこうかなあ。今日は疲れたので、こんなところでおしまい。

 

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2014年3月29日

「ロボット型掃除機」 が徐々に 「小言幸兵衛」 になるのが、日本型ビジネス社会

日本生産性本部が年ごとに「今年の新入社員は ○○ タイプ」と、かなりステロタイプなまでの決めつけをしてくれていて、それがまあ、マスコミ方面にテキトーな話題を提供してくれている。中身といえば、ユルい茶飲み話の話題程度のことでしかないのだが、毎年それなりのニュースになっているのだから、「継続は力なり」と言ってもいいのかもしれない。

で、今年の新入社員は、「自動ブレーキ型」なんだそうだ。 そのココロは以下のようなことである。

知識豊富で敏感。就職活動も手堅く進め、そこそこの内定を得ると、壁にぶつかる前に活動を終了。何事も安全運転の傾向がある。人を傷つけない安心感はあるが、どこか馬力不足との声も。どんな環境でも自在に運転できるようになるには、高感度センサーを活用した開発(指導、育成)が必要。

とまあ、いかにもありがちなことなのである。ちなみに、昨年の新入社員は「ロボット掃除機型」ということだった。説明はこんなようなこと。

一見どれも均一的で区別がつきにくいが、部屋の隅々まで効率的に動き回り家事など時間の短縮に役立つ(就職活動期間が2か月短縮されたなかで、効率よく会社訪問をすることが求められた)。

しかし段差(プレッシャー)に弱く、たまに行方不明になったり、裏返しになってもがき続けたりすることもある。能力を発揮させるには環境整備(職場のフォローや丁寧な育成)が必要。

2つ読んでみれば、大抵の人は気付くだろうが、要するに同じようなことが書き連ねてあるだけだ。さらにさかのぼると、「奇跡の一本松型」「はやぶさ型」「ETC型」等々と続くが、これらもやはり、読めば大体同じようなことが書いてある。「今年の新入社員は、一見スマートで要領よく、決まったことはよくできるが、それ以上のことになると甚だ心もとないから、よ〜く教えてあげなければならない」といったようなことだ。

「奇蹟の一本松」や「はやぶさ」(例の7年もの長旅をして帰還した宇宙探査機ね)でさえ、初めは「困難に耐える力はある」というように褒め上げながら、放っとくとどうなるかわからないから、周囲がよくよく面倒を見てやらなければならないという落としどころに、決まって落ち着く。

このシリーズが開始されたのは 1973年。つまりまだまだ高度成長が続いていた時代なのだが、最初の 3年間は、「パンダ型 − おとなしく可愛いが、人になつかず世話が大変」「ムーミン型 − 人畜無害でおとなしいが、大人か子供か得体知れず」「カモメのジョナサン型 − 群れから外れやすく上空からしらけた眼で見ている。一方でめざとい」ってな具合で、まあ、ずっとこんな調子で来ているのである。

要するに、40年以上ずっと、同じようなことを言うためにその時々で話題になった商品やサービスになぞらえているだけなのだ。ということは、自分が新入社員時代に言われたようなことを、定年になって嘱託として残っているようなオッサンが繰り言のように言っているわけである。

というわけで、日本のサラリーマンは、ロボット型掃除機のようなイメージで入社して、だんだん「小言幸兵衛」に変化して行くようなのである。

 

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2014年3月28日

例のマレーシア機失踪と陰謀論

私が自分のブログで触れない類いのネタというのがある。例えば、マレーシア航空の旅客機が消息を断ったというようなのはとても大きなニュースだが、これについて何か書こうとは決して思わない。何か書こうとしても、「一体どうなってるんだ、謎だ、謎だ」と繰り返すしかない。こんなことを書いても、何がどうなるわけでもなく、書く意味がない。

何か無理矢理書こうとしたら、陰謀論みたいなことになりがちだ。事実、この件に関してネットを検索すると、いろいろな陰謀論がどんどん出てくる。この手の話は、陰謀論で片付けるのが一番だと思うほかない。例えば航空機の失踪事件は この 70年で 80例もあるらしいが、こんなに多いのに大きな話題にならないのは、誰かさんの陰謀だからということにもなる。

さっぱりわけのわからない事件を解釈しようとしたら、誰かが陰謀を仕組んだという仮説を立てるのが一番手っ取り早い。わけのわからない細部をすべて 「陰謀を企んだ者の計画通り」 というように逆算するのだから、楽な話である。要するに実際に起こったことを、「前もって決められていた筋書き通り」という「後出しジャンケン」で解釈するわけだ。

この種の陰謀論を聞かされるにつけて、「陰謀計画がそんなにうまく行くなら、どうしてこの世の中は今日に至るまで、陰謀を企む連中の思い通りの世の中になっていないんだ?」と、問いつめたくもなろうというものだ。

陰謀論の最たるものは、「地震発生装置」である。3年前の東日本大震災も、米国の陰謀により、「プレートテクニクス」 という技術によって引き起こされたものというお話が、ネットの世界ではまことしやかにささやかれている、しかしそんなに簡単に、またピンポイントの正確さで大地震を発生させられるのだとしたら、陰謀者たちはどうして平壌や北京を狙わないのだ。どうしてそんなに、効率の悪い無駄打ちばかりするのだと、疑問に思わざるを得ない。

この疑問の答えは、「陰謀論は、たまたま実際に起きてしまった事件の恣意的な解釈にすぎないから」というのみである。だから「壮大な陰謀」は常に単発的で、連続して効率的に展開されるということはない。意図的なものじゃないのだから、当然そうなる。

というわけで、世の陰謀論は物語として聞く分には面白いところもないではないが、肩入れする気になるることは、決してないのだよね。で、今回のマレーシア航空機の失踪については、最初にことわっておいた通り、何も語らないままでおしまい。

 

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2014年3月27日

きんぴらごぼうと金太郎

「きんぴらごぼう」という食べ物があるが、この「きんぴら」という言葉の語源は、足柄山の金太郎に関係がある。これを知る人は少ない。

熊と相撲を取ったとして有名な足柄山の金太郎は、長じて源頼光に認められ、坂田金時として渡辺綱、卜部季武、碓井貞光とともに「頼光四天王」と呼ばれるまでになった。彼の実在性はかなり疑わしいらしいのだが、まあ、とにかくそういうことになっている。そしてその子どもが、坂田金平(さかたのきんぴら)である。

この坂田金平は父の金時にも劣らぬ剛力無双の人物で、化け物や妖怪を次々に退治したと伝えられる。ただ、父の金時は「実在が疑わしい」で済んでいるが、金平の方の実在性は完全に否定されていて、まったくの想像上の人物である。ただ、江戸時代初期の明暦年間に、その荒唐無稽な化け物退治潭が古浄瑠璃として語られ、大人気となった。金平物の浄瑠璃を「きんぴら浄瑠璃」といい、歌舞伎に翻案されると「きんぴら歌舞伎」になった。

当時、ごぼうは精のつく食べ物と考えられていたので、「これを食えば、坂田金平のように強くなれる(かも)」ということで、ごぼうを煮て作った食べ物に「きんぴらごぼう」の名がついたと伝えられる。

ほかに、固くてがっちりした飴は「金平糖」と名付けられ、さらに当時は、太くて無骨な縞模様の織物の「金平縞」、丈夫な足袋の「金平足袋」、にかわを混ぜて粘度を強くした「金平糊」というのまで流通していた。今に残るのは「きんぴらごぼう」と「金平糖」だけだが、江戸初期に坂田金平の人気がいかに高かったかを物語る。

ちなみに「きんぴら歌舞伎」というと、「金比羅歌舞伎」からの連想で、坂田金平と金毘羅宮は関係があるのではないかと、つい考えたくもなるが、残念ながらまったく関係がない。

金刀比羅神社の「こんぴら」は、ヒンドゥー教の神、クンビーラから来ている。元々はガンジス川のワニが神格化された水神で、後世に海上交通の守り神となった。それが日本に伝えられ、四国の讃州中郡で象頭山金比羅大権現として祭られるようになったわけである。

大国主命(大国様)が、音の一致からこれもインド発祥の大黒天と一緒になって、ごっちゃに祭られることが多いのとは違い、金比羅と金平は一緒にはならなかったようなのである。「き」と「こ」の違いは大きい、というか、江戸時代ぐらいになると、少しは人々もソフィスティケイティッドされて、なんでもかんでもごっちゃにしてしまう素朴さは薄れてしまったのかもしれない。

歌舞伎十八番『助六』には「くわんぺら門兵衛」という端敵が出てくるが、金比羅様が関係ないのだから、ますます関係がない。

 

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2014年3月26日

「radiko.jp プレミアム」 有料の根拠がわからない

今月 14日に「Radiko の改善」という記事で、「Radiko の受信は地域が限定されていて、車で関東から北上を続け、福島県に入ると関東エリアの放送は聞けなくなるのである。せっかくのインターネット・ラジオなのに地域限定とは、まったく残念なことだ。了見が小さいにもほどがある」といちゃもんをつけた。

するとなんと、半月も経たないうちに、日本国内なら地域制限を受けずにどこの放送でも聞くことができる 「radiko.jp プレミアム」 というサービスが 4月 1日から開始されるという発表があった(参照)。これはありがたい。居ながらにして故郷のローカル番組を聞いたり、出張先でいつもの番組を聞いたりすることができる。

ただ残念ながら、私の故郷の山形放送はまだこのシステムの良さがわかっていないらしく、参加していない。さっさと参加の決断をしてもらいたいものだ。私としては故郷のローカル放送を聞きたいと思っているので、山形放送の動向を見極めながら、おいおいゆっくりと、この「radiko.jp プレミアム」に申し込もうと思っている。

というわけで私は、この「radiko.jp プレミアム」を手放しで歓迎しているというわけではない。不満の最初の理由は、上述の参加民放が限られるということで、次の理由は、これが有料サービスということだ。月額 350円(税別)という費用がかかる。

私は別に 350円が惜しいと言っているわけではない。ただ、どうしてこんなことで有料サービスになってしまうのかが、納得できないのである。プレスリリースでは、「システム・サーバーなどにかかる初期費用と運用費をカバーするため」ということになっているが、フツーに考えたら、従来の地域限定のためにかかるコストの方がずっと高いのではなかろうか。

わざわざユーザーの現在地を特定して、それによって放送を流したり停めたりするシステムを継続する方がずっと面倒で、そんな無意味なフィルターを解除する方が、ずっと楽に決まっているではないか。つまり、地域の限定を取り外すのに余計なコストがかかっているのではなく、既存システムの方が、本来なら世界中に広がるネットワークをわざわざ一手間かけて地域限定にするために、余計なコストを使っているはずなのである。

要するに Radiko としては、有料サービスを開始することで収益を改善したいという思惑なのだろう。ただそうだとしても、システムとして面倒な地域限定版を無料のまま維持するために、手のかからない限定解除版を有料にするというのは、コスイなあと思うのである。あるいは、従来の地域限定による業界の既得権云々のややこしい問題を、金で解決するということなのだろうか。

私としては、地域限定しなくて済むように制度的な解決が実現したのだから、いっそ限定解除のシンプルなシステムをデフォルトにする方が、インターネット・サービスとしてずっとまともな姿なんじゃないかなあと思うばかりである。

 

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2014年3月25日

プロ野球の中継は付き合いきれない

ラジオ人間の私は、車を運転する時はほとんどカーラジオをつけっぱなしである。おっさんだから、FM ではなく AM が主体で、大体 TBS ラジオにダイヤルを合わせている。いや、今どきだから、ダイヤルじゃなくなっているが、要するに TBS を聞いている場合が多いのだ。

AM 局を聞きっぱなしだと、4月以後は夜になると、どこの局も野球のナイター中継ばかりになる。しかも TBS ラジオとニッポン放送はたいてい同じ巨人戦の中継だ。秋から春にかけては、夜の間もいろいろな番組が聞けたのに、これからの時期はどうして巨人戦ばかり押し付けられるのだ。雨で中止になっても、スタジオでの野球談義になってしまうのだから、絶望的である。

こんなことを言ってはいるが、私は、野球は決して嫌いというわけじゃない。ただ、毎日毎日、プロ野球ばかり押し付けられるとうんざりするというのである。

ちなみに、最近は選抜高校野球が開催されているが、先日はついテレビで 1試合を初めから終わりまで見てしまった。高校野球だと、試合進行がダレないので、見ていられる。別に思い入れも何もない高校同士の試合で、知っている選手がいるわけでも何でもないのに、退屈もせずに最後まで見てしまえるのである。

これがプロ野球だとそうはいかない。必ず途中で嫌になる。何しろ、試合進行がダレダレで、テンポが遅すぎる。バッターは 1球ごとにボックスから出て余計な素振りをしたり、スパイクの土を落としたり、ペッペと唾を吐いたりする。ピッチャーがたった 1球投げるのに、30秒はかかる。つまり、試合が動いている時間より止まっている時間が圧倒的に長い。これじゃ、とても見ていられない。

で、野球中継の解説者なんかが、「ここは投げ急いじゃいけません。じっくり間を取っていくところです」なんてなことを言う。こっちは、「馬鹿言うんじゃねえ、さっさと投げろ!」といきり立つ。「1試合に 3時間半も付き合ってなんかいられるか。2時間以内で収めなきゃ、途中で風呂に入って寝るしかないぞ!」

というわけで、私は高校野球の試合なら付き合えるが、プロのダラダラした試合には到底付き合いきれないのである。それで、ラジオの野球中継も、退屈でたまらないわけなのだ。かといって、最近の FM 局もかなり軽薄な番組ばかり多くなって、聞いててもつまらんしなあ。

 

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2014年3月24日

酒は大好きだが、酔うのがいやになったこと

このブログでは何度か「酒を飲まなくなって久しい」と書いた。最近、本当に酒離れしてしまっているのである。ほとんど毎日酒を飲んでいた 30〜40代の頃が、遠い記憶でしかなくなっている。

我が家の棚には今、酒類が極端に少なくなっている。以前は必ずあった日本酒の一升瓶が姿を消してから 10年以上経っているはずだし、缶ビールもほとんどない。焼酎も泡盛もウォッカもジンもないが、辛うじてウィスキーがある。これとて、去年の夏頃に買ったホワイトホースが、まだ半分ぐらい残っている。

どうしてこんなに酒を飲まなくなってしまったのかと、自分の心の中を探ってみると、どうやら「酔っぱらうのが嫌だ」と思うようになったのが大きいようだ。前は酒に酔うのが「いい気持ち」のように思えていたが、今は「鬱陶しい」という気がするのだ。

近頃は酒を飲まなくても、「基本的にいい気持ち」なのである。ストレスがなくなっているのだろう。せっかくのいい気持を、アルコールによる酩酊で台無しにしたくないという気持ちが勝ってしまうのだ。

だから、たまに酒を飲む時でも、酔わない程度の量しか飲まない。ほんの一口である。この程度のたしなみなら、酒は本当においしい。だから、今でも酒は大好きと思っている。ただ、酔っぱらうのが嫌いになっただけなのだ。

 

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2014年3月23日

鶴竜が横綱になるというので

大相撲は鶴竜が優勝して、横綱昇進が確実になったらしい。これで、貴乃花と若乃花が横綱になって以後、武蔵丸、朝青龍、白鳳、日馬富士と、4代連続しての外国人横綱である。その前も曙がいたから、最近の横綱は 7人のうち 5人が外国人で、そのうち 4人がモンゴル人。残る 2人は日本人の兄弟という、ちょっと極端な傾向である。

日本人横綱の誕生が望まれて久しいが、遠藤が成長するにももう少し時間がかかるだろうし、最短距離にあるといわれた稀勢の里があんな具合(参照)では、どうしようもない。まだまだ外国人力士上位の様相が続くだろう。

そもそも、どうしてこんなにまで外国人力士ばかりが上位にいるのかといえば、日本人に有望な人材がいないからだ。どうして有望な人材がいないかといえば、相撲取りになるためのインセンティブが不足しているから、身体能力に優れた有望な新人が入門しないからである。

昔は、貧乏人の息子で人並みはずれた体力があれば、相撲取りになるのがとても魅力的な選択肢だった。あの大横綱の大鵬だって、当人の知らないうちに親方と話がついていて、気付いてみたら相撲部屋に連れてこられていたらしい。そして相撲部屋にいる限りは腹一杯メシが食えるので、なんとか辛い稽古に耐えて出世してきたのである。

ところが今となっては、腹一杯メシが食えるという理由で相撲取りになる若者なんていないだろう。別に相撲部屋に入門なんかしなくても、腹一杯食うことぐらいはできる。大部屋に詰め込まれて、竹刀でしばき上げられながらへとへとになるまで稽古をさせられ、挙げ句の果てにちょんまげなんていう妙ちくりんなヘアスタイルにさせられるような、ちょっと特殊な社会に身を置くなんて、たかが腹一杯メシを食うための代償としては割に合わなすぎるだろう。

しかし同じ待遇でも、外国出身の力士にとってはそれなりに納得できるインセンティブになる。真面目に努力すれば、得られる報酬は自分の国でフツーの仕事に就くよりずっと大きい。そうなれば、才能のある人材が外国から豊富に供給される。彼らにとっては、日本に来るというだけでも「かなり異質な社会に飛び込む」ことなのだから、大相撲の社会に飛び込むのもそう変わりはない。

それに元々、大相撲にはウェイト制がないから、体格の大きい者が有利である。そして体格で言えば、太平洋地域、ヨーロッパ、アフリカの人間の方が圧倒的に有利だ。つまり、外国人力士優位の傾向は、今後ますます顕著になるはずだ。

大相撲は勝手に「国技」を名乗っているが、もはやその名にはほとんど値しないものになっている。現在の大相撲は、「場」である。世界中から一攫千金を夢見て集まってくる力士たちの、かなり変わったビジネスの場なのだ。

外国人力士がますます増えていくに連れて、大相撲は必然的に質的変貌を遂げて行くだろう。目に見える形としての変化はそれほど大きなものではないかもしれないが、意識としてはどんどんインターナショナルなものになって行かざるを得ないだろう。

そのうち、幕内力士の半分以上が外国人力士となり、とくに三役なんてほとんどが外国人になってしまうに違いない。そうなったら、相撲協会というものが今の形のままで存続するとも思われない。もしかしたら、国際化してしまった柔道みたいなことになるのかもしれない。

 

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2014年3月22日

消費税増税と缶詰備蓄というお話

消費税増税前の駆け込み需要で、小売り市場が大盛況なんだそうだよ。言われてみれば私も、今年始めに MacBook Pro を買ったのは、消費税が上がる前にというのを意識していたから、気持ちはわかる。しかし今頃になってスーパーや百貨店に走るのは、ムードに踊らされて、要らないものまで買っちゃうことになるんじゃないかなあ。

聞くところによると、缶詰が一部品薄になるほど売れているのだそうだ。そういえば、私の周りでも缶詰を買いだめしたという人が少なからずいる。しかし、いくら消費税増税が控えているからといって、そんなに缶詰を買いまくってどうするというのだ。そう思っていたら、あの東日本大震災から 3年経ったというのも、大きな要因なんだというニュースがみつかった。

あの大震災で、スーパーの棚がしばらくすっからかんになり、食料品の入手が困難になった教訓で、備蓄食料品として缶詰を大量に買った人がかなりいたらしい。しかし缶詰の一般的な賞味期限は 3年というのが多く、早くも買い替え時にさしかかったというのである。さらに追い打ちをかけるように、先月の大雪で、やはり食料品の流通に支障があったという事情もあって、缶詰備蓄に勢いがついたということのようなのだ。

そんなこんなで、全国のスーパーや百貨店では缶詰などをフィーチャーしたセールを行ったところが多いという(参照)。

しかし、あの震災後に備蓄用缶詰の売り上げが増えたといっても、そのまま 3年間大事にとっといて、最近になってどっと消費して新しい備蓄に走ってるという人なんて、そんなにいるのかなあ。そんなような備蓄ローテーション需要が、缶詰の品薄につながるほど急増しているとは、にわかには信じがたいのである。

それに缶詰売り上げの中身を見ると。備蓄用云々よりも嗜好品的なものがよく売れているようなのだね。要するに、ムードに乗せられてつい買っちゃうということなのだ。「備蓄、備蓄」と思いながら缶詰売り場に行っても、つい珍味要素の濃いものを買っちゃうのだね。人間、そんなものだよ、きっと。

一応被災県に暮らしていた私自身の 3.11 体験を振り返ると、確かに食料品不足で、地震後の 3〜4日は何を食って生きていたのか不思議に思うぐらいだが、あの時の印象からすると、カニ缶 1個よりも、おにぎり 1個の方がずっとありがたい。

我が家は幸い、電気も水も止まらなかったということもあるのだろうが、あの時、缶詰を食ったという記憶はない。サバ缶の備蓄が 2ダースあるよりも、米と味噌がフツーにある方が、ずっと心強いと思う。

というわけで、今、我が家の食品棚をのぞいてみても、缶詰なんて 1〜2個しかない。

 

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2014年3月21日

「暑さ寒さも彼岸まで」 の常識は捨てなければ

近頃は「暑さ寒さも彼岸まで」という諺が通用しない年が続いている。この常識はもはや捨てなければならないようだ。春の彼岸が過ぎても寒い年が多く、秋の彼岸だってまだまだ残暑の真っ最中である。

今年の春分の日も、わけのわからない天気になった。ラジオで「東北で大雪」というから、日本海側の話かと思ったらそうではなく、ニュースに登場するのは宮城県、岩手県、青森県の東側などの太平洋側、そして北海道のオホーツク沿岸など、道東地域である。

天気図は一見すると「西高東低の冬型」に似ているが、どうやら、基本的に性格を異にしているようで、関東に春先の大雪をもたらす「太平洋岸に沿って発達しながら進む低気圧」の、東北、北海道版だったようなのだ。

普通の年なら「春先の大雨」をもたらすはずの低気圧が、気温が低いために雨ではなく、大雪を降らせたというパターンのようである。先月 14日夜に、関東では大雨になったが、甲府辺りでは気温が低かったために積雪 1メートル以上になったようなものだ。

関東も春の日差しが降り注いだが、気温はあまり上がらず、夜になって急に冷え込んできている。来週の水曜頃にならないと、本当の春にはならないようだ。それまでは、出かける時に何を着るべきか、悩むことになりそうである。

 

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2014年3月20日

卒業式シーズンに思うこと

卒業式シーズンである。日本の「卒業」のイメージと言えば、どちらかといえば未来よりも過去に思いを馳せる傾向が強いみたいで、 「思い出」とか「別れ」とかいうキーワードが優先されている。卒業式で別れを惜しんで涙を流すなんていう光景も、そんなに珍しくない。

私は、高校までは学校が大嫌いだった。大学となると、ちょっとそのコンセプトからして違ってきてしまうので、嫌う必要もなくなったが、とにかく高校までは正真正銘の学校嫌いだった。だから学校の卒業式は、嬉しくてたまらなかった。「ああ、やっと、この気詰まりなところから脱出できる」と思うばかりだったのである。

とくに高校を卒業する時には、「これで狭い田舎町から脱出できる」という思いも加わっていたので、過去の思い出に浸るなんて気には全然ならず、新たに始まる東京での一人暮らしが、楽しみで仕方がなかった。

というわけで、私は過去に執着するということがほとんどない、もろにノー天気なタイプである。「あの時、もっとああしとけばよかった」なんて後悔する人も少なからずいるが、私は「しなかったんだから、しょうがないじゃん」と開き直るばかりだ。たとえタイムマシンで昔に帰ってやり直しに挑戦しても、昔しなかったことは、やっぱりできないのだよ。そんなものだ。

「あれができなかった」ということは、「これができた」ということである。できた「これ」が、できなかった「あれ」に比較していかに小さく思われようと、やっぱり「できたこれ」で生きて行くしかないではないか。それが「身の程」というもので、人生、諦めが肝心である。あっさり諦めてしまえば、悩みのほとんどは解決する。

自分を信じるとは、自分の過去を否定しないということである。たとえ全否定したくなるほどの人生の転機を迎えたとしても、それも過去の道のりがあったからこその賜物なのだ。

卒業シーズンを迎えて、人生の大きな転機にさしかかっている人は、本当にうらやましいほど幸いである。私なんかもう還暦過ぎちゃったから、「人生そのもの」の卒業の前には、それほど大きな卒業をするということもないだろう。それまでは、せいぜいいくつかの「小さな卒業」を楽しんで行くことにしようと思っている。

 

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2014年3月19日

LGBT ということ

昨夜の TBS ラジオ 「荻上チキ・Session-22」 という番組で、「世界の LGBT 事情最新リポート!」 というのをやっていた (Podcast はこちら)。LGBT とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を並べたもので、要するにセクシャル・マイノリティの総称のようである。

最近はこれが国際問題にもなっているようなのだ。ロシアではいわゆる「ゲイ・プロパガンダ禁止法」なんていう妙な法律が成立していて、下手すると「自分はゲイです」とカムアウトするだけで罪になりかねないことになっている。一方、同性婚支持を表明している米国のオバマ大統領は、当然ながらそれを批判している。

この番組にゲストとして出演した北丸雄二氏は、黒人解放運動、女性解放運動を経験した米国においては、黒人を、女性を解放することによって、白人(農園主のひどい連中)、男性がまっとうに解放されたのだと主張する。ということは、同性愛者を解放することは、異性愛者の解放でもある。

わが日本の場合は、この問題が結構複雑だ。一般的にいえば、日本は同性愛者に寛容な文化を持っている。江戸時代までは同性愛がかなりフツーのことだった。明治以後には抑圧的になったが、養われた感覚というのはそんなに急に変わるものではなく、テレビにこんなにフツーにゲイのタレントが登場する国は珍しい。

日本では男性の歌手が女性の立場で、例えば、酒場の女になりきって切々と悲しい恋心を歌ったりするというような「クロスジェンダー・パフォーマンス」というのがいくらでもあって、キワモノでもジョークでもなんでもなく、マジに CD になったりしているが、これは、世界的にはかなり珍しい。

その代わり、あんまりフツーなので西洋みたいにまともに LGBT に向き合った経験がないため、制度としての同性婚が真剣に議論されるなんて状態には全然至っていない。ずっと自然と一体の感覚が当たり前として生きてきたため、日本語には "nature" に相当する単語がなかったようなものである。「自然」が "nature" の訳語として定着したのは、近代以降のことだ。

同性愛が宗教的なレベルで否定され、それによって社会的な差別が当たり前だった西欧社会では、現代になってその反省の上に 同性婚が認められるなど、法制度が整備されつつある。しかし同性愛がそれほど強烈なタブーではなかった日本では、逆にそれによる差別を表立って禁止するような制度は確立していない。そのため例えば、就職活動で自分がゲイであるなどとは、口が裂けても言えないということになる。

私自身はセクシャル・マイノリティに関してはものすごく寛容で、同性婚だっていいじゃないかと思っている。同性婚を認めたら異性婚を基本とする社会が崩壊するみたいなことを言う人がいるが、「何を極端なことを」と言うほかない。

とはいえ、寛容ではあるが、彼らの事情をとてもよく理解しているというわけでもないので、恐縮ながら実際に彼らが社会的な地位向上のために動くにあたって、役に立っているというわけではない。ただ、彼らに対してどうでもいい偏見をもたず、分け隔てなく付き合えるので、邪魔にはなっていないだろうというだけのことだ。

具体的にいえば、例えば常識あるゲイとはフツーに気持ちよく付き合えるが、ギトギトに女好きのスケベなオッサンと付き合うのは、ものすごく不愉快だ。ギトギトなスケベが異性愛者というだけの理由で、常識あるゲイよりも「まとも」と受け取られるのは、全然納得できない。

LGBT の問題を解決するのは、彼らをごくフツーに当たり前と思う感性が大切なのか、あるいはごくフツーに思わない勢力に対して果敢に闘争を挑むことの方が重要なのか、この辺のことはよくわからないでいる。

最後に、どうでもいいことを 2つだけ書いておく。1つめは、セクシャル・マイノリティには寛容な私だが、男の歌手が女の立場になって歌うスタイル、とくにムード歌謡のクロスジェンダー・パフォーマンスは、かなり苦手というか、聞いていてものすごく居心地悪い。ただこれは、クロスジェンダーということより、あの「お水っぽさ」が性に合わないんだと思う。

それから、冒頭で触れた「荻上チキ・Session-22」という番組の、荻上チキさんだが、私はずっと「荻上いちき」という風に聞き違えていたので、この記事を書くために確認してみて、ちょっと驚いてしまった。でも、知って聞いても「荻上いちき」と聞こえてしまうがなあ。

 

 

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2014年3月18日

クリミア問題って、よくわからないんだけど

クリミア共和国のロシア編入が、国際的に大問題となっている。ロシアは「クリミア人が国民投票で決めたこと」と主張し、欧米諸国と日本は 「国民投票はウクライナ憲法違反であり、国際法上も認められない」 と言っている。

これ、部外者には本当によくわからないことで、例えば欧米側の主張を表面的にみると、暴力的なクーデターで親ロシア派のヤヌコーヴィチ前大統領を追い出すのは OK だが、平和的な国民投票で自分たちの帰属を決めるのはまかりならぬという、妙なことになる。端っこの方のクリミア共和国は、ロシア系住民が多いというのだから、あっさりロシアにくれてやってもいいじゃないかという見方だってできる。

しかしそれを言い出したら、極端なことをいえば、在日韓国人がこぞって日本に帰化して住民票を竹島に移し、「我々は韓国に併合してもらいたい」なんて主張して住民投票で通してしまったら、それを認めざるを得ないなんてことになる。まあ、これはあり得ないだろうけど、すべての事象は一見似通っていたとしても、個別の事情があり、一概には決めつけられない。

クリミア共和国の場合はロシア系住民が多いとはいえ、それは元々そうだったというわけじゃなく、かつてはイスラム教徒のクリミア・タタール人が多く暮らしていた土地だったようである。そこにロシア人が領土拡張主義に沿い、帝政ロシア時代から意図的に入植を進めてきたという歴史があるようなのだ (参照)。

つまり「ロシア人の土地なんだから、ロシアに返せばいいじゃないか」というわけでは、決してないのである。中央アジアから東ヨーロッパにかけての民族の入り交じった地域は、これだから問題が複雑化する。

あまり報道されていないようだが、最近はクリミア・タタール人の帰還運動というのも出てきているらしく、それならば、彼らにとっても帰るべき土地がロシア領土なんかになってしまうのは、何となくやりにくいだろう。下手するとチェチェン問題みたいなことになりかねない。

ウクライナ人としては基本的に、ずっとロシアに押さえつけられてきたのだから、それはもうごめんだという意識があるのだろう。人情としても、自由と人権がより保証される EU 圏に入りたいというのは、「そうだろう、そうだろう、そりゃそうだよね」 と理解できる。だから私としては、心情的に欧米側に肩入れしたい気がする。

ただ、問題は単純ではない。背景には政治的、経済的な複雑さがある。大から小に至るまで、もめ事というのは欲得ずくのぶつかり合いだから、お互いに譲れない。人間の業の深さを嘆かずにはいられない気がするのである。

 

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2014年3月17日

じゃんけんの掛け声のバリエーション

吉本ユータヌキさんという方の 「さっきもUたやん」 というブログに、「地元でのグーとパーで別れるジャンケンの掛け声はどんなのでした?」と問いかける記事がある。何かの遊びで、総勢が二手に分かれなければならない時に、グーとパーのみ(つまり 「チョキ」 なし)のじゃんけんをして、それによってグループ分けをする。その際のかけ声がどんなだったかというお話である。

この記事に紹介してあった「じゃんけん掛け声(二手に分ける)県別一覧表」によれば、日本中を見渡すと、どうやら一番多いのが「グッとパーでー分かれましょ!」と、その微妙なバリエーション(「グッパー ジャス!」 とか)のようなのだ。とはいえ、かなりいろいろなバリエーションがあって、明確な多数派を特定しようというのは、ナンセンスになってしまう。

ちなみに私が子供の頃は、「石〜と 紙とで しゅっしゅのしゅ」と、ちょっと呑気なメロディ付きの掛け声でやっていた。もっとも、庄内のことだから、実際には 「いし〜どかみどで しゅっしゅのしゅ」と訛る。当時、私の郷里ではじゃんけんの手を「グー チョキ パー」なんて言わなかった。「石、鋏、紙」と、純和風の呼び方をしていたものである。

今の酒田の子供たちは、もうすっかり標準語になってしまっているから、半世紀前の地域標準である「石〜と 紙とで…」なんて掛け声は聞いたこともないだろう。ちょっと残念なことである。

ちなみに、普通のじゃんけんでも「じゃんけんぽん」なんて掛け声はかけなかった。私たちは「はずえ すっす!」と言っていたものである。これ、自分たちで言っていながら、意味がさっぱりわからなかったのだが、「庄内の方言 de 遊ぼう」というサイトの「庄内語を考察する編」に、「なるほど!」 と膝を打ちたくなる投稿があった。

庄さんという方は子供の頃、「はずめいん すっす」と言っていたらしい。あるいはもっと短く「はずめん すっす」とも。これは庄さんの考察によると、「初め石 すっす」の省略形なのだろうというのである。なるほど、納得できる。これは「最初はグー」の庄内バージョンであったのか。

私たちの「はずえ すっす!」は、庄さんのバージョンよりさらに省略、音便化を経てしまったものなのだろう。これでは、「初め石」なんていう原型は思いもつかない。スペイン語とポルトガル語以上の違いである。もっとも、「すっす」の部分は、「石紙バージョン」の「しゅっしゅのしゅ」のバリエーションで、共通していると思われる。

最近はテレビの影響なんだろうが、こうしたバリエーションがどんどんなくなってきているようで、つまらんことになってきたなあと思うのみである。

 

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2014年3月16日

曇り空だろうが土砂降りだろうが

宇宙から撮影した地球の写真というのは、今や全然珍しくもなんともない。しかし改めてよく見てみると、どれをみても砂漠といわれる地域には滅多に雲がかかっていないことがわかる。アラビア半島、北西アフリカ、中国北西部、オーストラリア西部など、いかにも砂漠っぽい薄茶色の陸地が広がっている。

一方、わが我が国の位置する辺りというのは、白い雲に覆われていることが多い。温暖湿潤な気候だけに、日本列島が端から端まで明確に認識できる写真には、滅多にお目にかかれない。必ずどこかに雲がかかっている。宇宙から写した写真では「白い雲」でも、下から見上げたらきっと分厚い黒雲なのだろう。

我々は晴天をありがたがり、「雲一つない上天気」を「日本晴れ」などと言ってことさらに愛でる。逆に、雲に覆われてぐずついた天気は嫌われ者だ。誰かの人生に嫌な出来事が続いたときなんかは、「暗雲に覆われたように見えるけど、雲の上には太陽が照っていて、そのうち雲が晴れて顔を出してくれるから、それを信じて元気出せよ」 なんて励ましたりする。

しかしよく考えてみると、雲がかかる地域に暮らせるというのは、本当は幸せなことなのだとわかる。しょっちゅう太陽に照らされていて、雲も滅多に生じない地域なんて、実は暮らしにくいことこの上ない世界なのである。

というわけで、人生というのは、曇り空だろうが土砂降りだろうが、実はとてもありがたいのだと思っていればいいのだと、還暦を過ぎてしっかりと気付いた。おかげで、まともに生きて行けるのである。

 

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2014年3月15日

当たり前すぎることと細かいことしか言わない人

世の中には、当たり前すぎることと細かいことしか言わない人がいる。正直言って、喜んで付き合おうとは思えないタイプである。

その手の人というのは、自分はよっぽど「正しい人」と思っているフシがある。とにかく「当たり前すぎること」しか言わないのだから、他人から「そりゃ、違う」とか「あんたは間違ってる」とか言われたことがない。

いつもテキトーに「仰るとおりですね」なんて相槌を打たれるものだから、彼の「自分は正しい」という信念にますます筋金が入る。そしてその信念で、人の顔を見れば細かいことばかり並べ立てたがる。

ところが私ときたら困ったことに、突飛なことと大雑把なことしか言わないタイプなので、向こうからすると「危なっかしくて放っとけない人」に見えてしまうらしい。それでますます、私に対して当たり前すぎることと細かいことを、彼なりの老婆心で言ってくれるのだが、本当にうざったい。

まことにもって、口うるさい小姑みたいな存在ではあるが、まあ、そんな人もいてくれないと困るだろうと、あまり避けないように気をつけている。普段から「いろいろな人がいるので、この世はおもしろい」と言っている私としては、自分に都合のいい多様性だけを認めるという傲慢には陥りたくないのだよね。

近頃ようやく、「当たり前すぎることと細かいことしか言わない人」というのも、見ていると少々おもしろく感じられるようになった。観察していると、彼は周囲に「そうだよね」と言ってもらうのが大好きなようなのだ。それどころか、そう言ってもらわないと居心地が悪くてたまらないようなのである。

それでますます、「その通りですね」と言ってもらえそうな話題に逃げ込んで、おもしろくもなんともない話をくどくどと繰り返す。誰かに「そうですね」と言ってもらって、初めて自分の存在価値を認識できるんだろう。ある意味、自信のなさを補うために「そうですね」と言ってもらう必要がある。

それだけに、彼に対する相槌の打ち方にも注意が必要で、あまり軽々しく「そりゃ、そうだ」とか、「当たり前だね」なんて言うと、彼は急に不機嫌になったりする。もしかしたら、私ってば、これまでそんな言い方をしちゃったことが度々あったかもしれない。いやはや、申し訳ないことだった。

実は、彼のレゾンデートルを脅かしちゃってたのだね。それで彼としては、自分の存在意義確認のためにも、ますます当たり前すぎることと細かいことを、私に対して並べ立てようとしていたというわけだ。なるほど、なるほど。

ただでさえうっとうしいのに、細かいところで無用の軋轢を生じるのはさらにうっとうしいから、これからは気をつけようと思う。このタイプの人を見ているのが「おもしろい」と思えるようになって、少し人生勉強をしたみたいな気がする。

 

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2014年3月14日

Radiko の改善

Radiko がかなり改善されている。

今や多くの方がご存知だろうが、Radiko とはインターネット上で受信されるサイマル・ラジオ放送である。現在、私の住んでいる茨城県では、TBS ラジオ、文化放送、ニッポン放送の 3大 AM キー局のほか、ラジオ日本に、地元の茨城放送、FM では、Inter FM、Tokyo FM、J Wave、Bay FM 78、Nack 5、そして全国版のラジオ Nikkei の第1、第2、放送大学の、14局が聞ける。

私はかなりのラジオ人間なので、家にいる間や車を運転している時など、ずっとラジオを聞きっぱなしのことが多い。ところが車で遠出して、茨城県で言えば水戸以北に行くとラジオ電波が弱くなり、私の車のカーラジオは雑音だらけで聞きにくくなるのだ。これはカーラジオの性能にもよるようで、前に乗っていた車は相当遠くまで出かけてもきれいに聞こえていたのだが。

で、Radiko の出番なのである。車のシガーソケットにつないだ FM トランスミッターに iPhone を接続し、Radiko アプリで受信した放送をカーラジオに飛ばして聞くのだ。このやり方だと、かなり遠くまで足を伸ばしても雑音の少ないラジオ放送を聞ける。ただ、問題もないではない。移動中の Radiko は、時々受信がぷつんと落ちてしまうのだ。

この対策には、アプリのバッファ時間設定を長めに取るといいと言われているのだが、いくら長めにとっても、切れる時はプツプツ何度でも落ちる。そしてバッファ設定を長めに取れば取るほど、受信回復までの時間が長くかかるというパラドックスが生じる。これがかなりストレスだった。

ところが最近、車で移動中の Radiko が落ちにくくなっていることに気付いた。ちょっと前までは、10分間に 2〜3回途切れることもあったのだが、近頃では滅多に落ちない。これは、ここ 1〜2ヶ月ほどのことではないかと思う。アプリの受信性能がよくなったのだろう。ありがたいことである。

ただ、問題はある。Radiko の受信は地域が限定されていて、車で関東から北上を続け、福島県に入ると関東エリアの放送は聞けなくなるのである。せっかくのインターネット・ラジオなのに地域限定とは、まったく残念なことだ。了見が小さいにもほどがある。一体何を考えてるんだと言いたくなる。

東北には東北の Radiko 配信局があるのだが、今のところは、岩手の IBC ラジオ、宮城の TBC ラジオ、福島の ラジオ福島しか対応していない。私の出身地である山形県では、未だに対応局がない。もっとも山形県内なら、どこでも YBC ラジオが聞けるので問題はないのだが。

とはいえ、私は自分の出身地のラジオ放送がインターネットで聞けたら、どんなに嬉しいだろうと思う。そうすることぐらい、技術的には簡単だろうに、いろいろな既得権やらなんやらの思惑がからんで、できないみたいなのだ。馬鹿馬鹿しい限りの話である。

 

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2014年3月13日

今さらながら、「真実」と「事実」のニュアンスの違い

STAP 細胞関連の論文に関する疑義が巷の話題だが、その中身に関しては、私のような門外漢には難しすぎて、口を挟む気になれない。そうでなくても万能細胞の研究開発には、興味はあるが、人類にとって是非とも必要なものとは思っていない。人類があまり勝手に操作したら大変なことになるから、高いハードルでプログラムされているのかもしれないし。

昨日、車を運転しながらラジオを聞いていたら、この問題に関して聴取者から寄せられた意見を紹介するコーナーがあった。その中で、「自分の知人にも科学者がいるが、彼らは研究において『真実』のみを大切にする。『真実』かどうか疑わしいものを根拠にすることはありえない」という意見が紹介された。

これを聞いていて、私は「うーん、この人、もう少し言葉の選択に気をつけるべきなんじゃないかなあ」と思ったのである。この人の文脈の中では、「真実」という単語がそぐわない。ここは「事実」というべきところである。

で、この人の指摘の中にある「真実」という単語を「事実」に置き換えれさえすれば、至極もっともな指摘で、文句の付けどころがないぐらいである。ただ、もっともすぎて面白くもなんともないので、「そんなの、当たり前じゃん」と言われるだけの話だ。「真実」なんて単語を使うから、自分でずいぶん高尚なことを言っているように錯覚してしまう。

「事実」と「真実」の違いに関しては、いろいろな人がいろいろなことを言っているが、私としては、「事実」というのは時空内の個別の事項であると思っている。個別の「事実」を積み重ねて論理的にとことん突き詰め、さらに鋭い直観の助けをも借りてようやく見え隠れしてくるのが、 「真実」というものなんじゃないかなあ。「真実」って、それくらい重いものだ。

ほかに、今では古典的用法になってしまったような気もするが、「真実の友」とか「真実、お前と添ひ遂げたいのぢゃ」みたいな、主観的かつ心情的な言い方もあり、そこはそれ、パラダイムによって使い分ければいい。ただ、「真実」という単語にはこうしたニュアンスも含まれるので、科学者の研究の根拠という意味で使うのは、ますますそぐわないだろう。

 

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2014年3月12日

梅の開花が遅い

今年の梅の開花は遅い。梅の名所と言われるところはそろそろ咲き始めて、満開に近づいているようだが、我が家の周囲の庭の梅は、例年より 1週間以上遅いという印象だ。遅咲きで有名な我が家の庭の梅となると、まだまだ蕾が割れそうにない。

桜の開花予想も遅めで、東京の開花は今月末頃になりそうだという。まあ、近頃は温暖化の影響で桜の開花があまりにも早すぎる傾向にあったから、今年ぐらいでも十分 OK だ。入学式のシーズンにかかるぐらいが理想的だろう。

ところで、3年前の 3月も寒かったという印象がある。いつまでも北西の季節風が収まらず、東北は毎日のように雪が降っていた。津波や原発の被害で避難している人には無慈悲な天気と思っていたが、後になって考えれば、あの北西の季節風が吹かず、逆に春の東風が吹いていたら、原発事故の放射性物質が、福島の内陸奥深くまで飛散していたはずだ。何が幸いするかわからないものである。

ところで、今月末から来月初めにかけて、またしても秋田に出張することになった。近頃は秋田に行くたびに大雪とか台風とかに遭遇してしまうのだが、今回は大丈夫だろうか。まさかこの時期になって大雪なんてことにはならないだろうと思うのだが。

とにかく、秋田の稲庭うどんをすするのが楽しみである。

 

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2014年3月11日

あれから 3年

あの東日本大震災から 3年である。改めて思い出してみよう。まずは 3年前の 3月11日の和歌ログから転載してみる。

実は今日は昼過ぎまで自宅で仕事をしていて、5時頃に都内に用事があるので、ちょっと早めだが 2時半頃に家を出て、車で取手駅に向かった。そして途中で忘れ物に気付いて引き返し、家に戻って車から降りようとしたら、車が嘘のようにバウンドして降りられない。

一瞬、車がどうにかしてしまったのかと思ったが、すぐに地震と気付いた。ずいぶん長く揺れたように感じ、収まって家の中に飛び込むと、妻と末娘がテーブルの下に身を潜めて青くなっていた。

この時のことは、昨日のことのようにはっきり覚えている。車のエンジンを切ろうとした瞬間にものすごいバウンドで突き上げられたので、私はエンジンがどうにかなったのかと思い、「早く脱出しなければ、車が爆発するのではないか」という恐怖心におそわれた。エンジンを切ってもそのバウンドが続いたので、すぐに地震と気付いたのだが、経験したことのないものすごい揺れだった。

家の中は、棚から落ちて散乱した食器の破片と本で、大変な有様だった。とはいえ、電気も水道も止まっていない。周囲ではブロック塀が倒れたり、家が傾いたり、車庫が盛り上がってしまって車が亀の子状態になったり、落ちてきた瓦が山になっていたりと、放ってはおけないほどの状態だったが、我が家に関して言えば、それほど大した被害はない。

すぐに訪問するはずだった先に「本日は地震のために行けなくなっちゃいました」と電話を入れようとしたのだが、全然つながらない。「まあ、こんな状態なんだから電車も止まってるだろうし、電話の必要もないか」と、この時点では、まだ比較的呑気だった。この日は金曜日だったので、「週明けに改めて顔を出そう」なんて考えていたのである。

ところが、呑気だったのはこのあたりまでで、テレビのスイッチを入れてみると、津波のショッキングな映像が次々に飛び込んでくる。さらに福島の原発がヤバい状態だともいう。いくらなんでも、尋常な事態ではないとわかってきた。とてもじゃないが、「週明けに改めて」なんて状態ではない。下手すると原発がらみで一家で避難しなければならないかもしれない。

とりあえずは、親戚や友人知人が心配になる。実家の山形県では、父がまだ存命だった。まあ、山形県はまだ大丈夫だろうが、妻の実家は仙台である。さらに親戚や友人知人の多くは、高校を出ると東京でなければ仙台に出て暮らしている。だから仙台周辺には安否を確認しなければならない人間が、どっさりいるのである。それが全然連絡が取れないので、心配は増すばかりだ。

幸いなことに、時間が経つうちにほとんどの親類縁者・友人は無事だとわかってきた。ただ、妻の弟の嫁の実家が原発のある女川で、家族 7人のうち 5人が津波に飲まれて犠牲になった。これはこちらから聞くのも辛すぎて、最後まで状況がつかめず、1週間経って遺体が発見されてから、ようやく知らせてもらった。なんとも言葉が出なかった。

地震後、2週間近くは動きが取れなかった。電車は動かないし、ガソリンの供給もストップしているので、どこにも出かけられない。塀が壊れた近所の家の片付けの手伝いをする以外は、ほとんど引きこもりである。スーパーに行っても棚はほとんど空っぽだから、買い物もままならない。

あの時一体何を食って生きてたんだろうと、今では不思議なくらいだ。多分、米と、うどん・そばの乾麺の買い置きがあったので、それを食っていたんだろうと思うしかない。我が家ではライフラインが一度も途切れなかったのが、不幸中の幸いだった。

ひどかったのは余震である。ひっきりなしに余震が来て、揺れている時間の方が長いくらいの状態が続いた。あれほど揺さぶられると、確かに神経がおかしくなる。いつも揺れているような気分になるのだ。周囲のほとんどの人がそうこぼしていた。「地震酔い」という症状らしい。翌月に徳島に出張し、久しぶりで夜中に一度も揺り起こされずに眠れた。それだけで、幸せなことに感じられた。

半月ほど動きが取れないから、仕事もキャンセル続出である。私はサラリーマンじゃないので、仕事がなければ収入も途切れる。おかげで、翌月と翌々月は銀行口座への入金が極端に少なくて、かなりあせった。知人のフリーカメラマンは、翌月の収入がゼロだったそうだ。

月末になって、ガソリンの供給が復活したあたりから、県内の関係先への訪問を開始した。我が家は茨城県でも県南地域だからまだ被害が小さかったが、北部に行けば行くほど大変な状況である。高速道路も、普通に 100km/h では走れない。ゆがみにゆがんでいるので、バウンドして危なくてしょうがないのだ。

屋根瓦が落ちてしまったので、ブルーシートをかぶせている家がやたらに目立ち、多くは半月経ってやっと水道が出始めたというところだった。「風呂に入れない間は、気が狂うほど頭がかゆかった」という言葉が実感をもって迫ってきた。

しばらくの間、県北から福島、宮城にかけての訪問先では、地震の時の話を聞いてあげるのが仕事みたいなものだった。こちらも被災者のはしくれではあるので、つい親身になって聞く。話を聞くことで、彼らとのつながりがそれまで以上に親密なものになった。これは地震の思わぬ副次効果だったかもしれない。

今、揺れそのものによる被害の後始末はかなり進んでいるが、津波と原発事故の後始末は進んでいない。やることと考えることがまだまだありすぎる。

 

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2014年3月10日

焼酎が「特定農薬」って?

Slashdot によると、お国の手によって焼酎が「特定農薬」に指定されそうな運びなんだとさ(参照)。それで、日本酒造組合中央会が、今年 2月 28日付で 焼酎を農薬扱いみたいなことにされたら迷惑ということで、そんな指定はやめてくれという要望書を出している(参照)。

元ネタの農業共済新聞の記事は、2010年 10月 2週号(週刊新聞なんだろうね)というかなりの旧聞なんだけど、指定の動きがいかにも農業関連のお役所仕事らしくだいぶグズグズなようで、今頃問題になっている。そもそも「特定農薬」って何なのかといえば、「農薬としての規制を受けないが農薬のように使われる物」 ということなのだそうだ。

今回の焼酎についていえば、上述の農業共済新聞の記事によれば、こんなことである。

北海道や青森県、高知県の生産者が、アブラムシやカイガラムシなどの病害虫防除に焼酎を利用。水や食酢と混ぜて 100倍に薄め、キュウリやホウレンソウなどに散布している。薬害や水産動植物に対する安全性も確認されており、特定農薬の指定に向け、食品安全委員会に諮問することとなった。

どうやら、「何となく効くみたいだし、害もないみたいだから、使ってます」というようなことらしく、まあ、「風邪を引いたら、番茶に梅干しを入れたのを飲んで、あったかいうどんを食ってぐっすり寝る」みたいなお話なのかもしれない。こんなことなら、薬事法云々というお話でもない。

焼酎に関しては、「薬害や水産動植物に対する安全性も確認されており」とあるし、あとは本当に効くかどうかなのだが、当人たちが「効く」と思って使ってるんなら、「どうぞご自由に」ということで、放っておけばいいんじゃないかという気がする。何もそこまでお国が出しゃばって、「特定農薬」なんてことにする必要があるとも思われない。

問題は、農薬工業会のサイトによれば、「現段階では個人の責任で使用することには制限がありませんが、薬効をうたって販売すれば登録のない農薬と同じ扱いになり罰則の対象になります」ということのようなのである。要するに、「病気に効くかどうかお墨付きがないものを、『効く』と言って販売したら、薬事法違反」というようなもののようなのだ。

つまり、「焼酎はアブラムシやカイガラムシなどの病害虫防除に効果がありますよ」と言って売ったら、罪になるというのである。しかし、酒屋やスーパーがそんなことを言って焼酎を売るとも思われない。農家や家庭菜園をやってる連中が、勝手にそんなような使い方をするだけである。だったら、何度も言うが、放っておけばいいではないか。

そんなところまでお国が出しゃばって、余計な指定をするなんて、いかにも既得権確保みたいなことをしたがるから、焼酎メーカーが迷惑がるのである。気の毒なことである。

 

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2014年3月 9日

例のゴーストライター事件の裏事情を改めて

昨日の「世の多くのゴーストライターになりかわって」という記事に、久しぶりでまこりんさんから非常に興味深いコメントをいただいた。今回の佐村河内氏の問題の核心に迫るかもしれないと思わせるコメントである。

私はこの問題についてあまり深追いしていなくて、関連ニュースもそれほど熱心には読んでいなかったし、例の記者会見もほんの短時間、ニュースの画面でみただけだ。それで、マスコミ報道があまり触れたがらない事情に関して、まったく知らないままに昨日の記事を書いてしまった。かなり迂闊だったと反省させられるので、改めて論じてみたい。

まこりんさんの指摘で、今回の問題には「義手のバイオリン少女・みくちゃんと佐村河内氏・新垣氏の関係」が重要な影を落としているのではないかと気付いた。この件に関しては、私もあまり多くの情報をもっていないので、まこりんさんの提供してくれたリンクをそのまま、以下に記しておく。これを読めば、かなり「なるほどね」という気がすると思う。

http://miracletrend.com/wordpress/post-874/
http://www.buzznews.jp/?p=3374
http://matome.naver.jp/odai/2139166819811228701

マスコミは 2人の「変な大人」の金と名誉の争いみたいな問題にトリミングして報道したいようなのだが、実はその背後に、佐村河内氏のこれまで報じられてきた以上のあざとさの「障碍者ビジネス」の企みがあり、それが一人の少女の人生まで狂わせかねない状況になっていたとも読み取れるのである。

私は前述のように、この問題に関してはあまり深入りしておらず、これ以上積極的に語る材料も持ち合わせていない。ただ、これまでかなりの部分で佐村河内氏の「障碍者ビジネス」に加担させられたマスコミとしては、自分に返り血が及ぶような次元まで掘り下げて報道するのは、注意深く避けているのではないかというような気配を感じる。

まあ、マスコミってその程度のものだから、我々ネット市民としては、アンテナを張り巡らせておく必要があると、改めて思った次第なのである。

 

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2014年3月 8日

世の多くのゴーストライターになりかわって

昨日の昼食時にちょっとテレビのニュースを見たら、例のゴーストライター作曲で話題になった佐村河内氏の記者会見の模様が映し出された。サングラスにロンゲでいかにもものものしい雰囲気を醸し出していた人物がいきなりピーコさんになっていたので、思わずこけそうになった。

この問題に関しては、先月 6日の記事で、佐村河内氏のやり方の「あざとさ」を指摘した(参照)のだが、もう一つ、ゴーストライター(ゴースト・コンポーザー?)をした方の新垣隆という人も結構あざといということを、つい書き忘れていた。

世の中にゴーストライターの手による著作物なんて、いくらでもある。「これはゴーストライターによって書かれたものです」と大っぴらに言われる作品なんてほとんどないので、正確な数は誰にもわからないが、時々、学術論文でもバレたりするぐらいなのだから、とにかく数えきれないほどあるはずなのである。

ライターという仕事をしていて「私は一度もゴーストライターをしたことがありません」と言い切れる人がどのくらいいるのかと思うと、まあ、どこまでを「ライター」と定義するかでも違ってくるのだろうが、あまり多くないのではなかろうか。

私も一応テキストを書いてメシを食ったりすることがあるので告白するが、過去に何度かゴーストライターをしたことがある。経験からすると一番多い形は、インタビューをして、その人に代わって手記形式の文章を書くことだと思う。たまに女性の手記を代作することもあったが、細部の表現で男臭さを消すのは、結構難しいものである。

そうした立場から言うのだが、この新垣さんという人は、ゴーストライター(くどいが、ゴースト・コンポーザー?)の風上にも置けないと思うのである。一度ギャラをもらって代作したからには、契約に関する書面の有無に関わらず、また、公序良俗的な問題は抜きにして、当人同士の信義に基づく契約関係があるはずなのである。

その契約関係を一方的に破って、世間に裏事情を発表してしまうというのは、いかがなものかと思うのである。世の中にはゴーストライターで結構な収入を得ている人もいるはずだが、彼らの多くもそのように思っているはずだ。

しかも、その発表のタイミングがビミョーすぎるほどビミョーな時期だったことも問題だ。冬季オリンピックのフィギュアスケートで、佐村河内氏の作曲といわれていた『ヴァイオリンのためのソナチネ』を高橋大輔選手が使うことになっていて、その直前になって急に暴露に及んだのだ。

幸いなことに、この問題が競技の結果に大きな影響を与えることはなかったようだが、このタイミングでの発表はあまりにも無神経すぎるではないか。新垣氏は「オリンピックの後になってからこの曲が代作だと知ったら、ショックを受けるだろうから」というようなことを言っていたようだが、まったく逆で、直前に言われる方がずっとショックだろう。見当違いも甚だしい。

新垣氏は「こんなことは長くは続けられない」と思ったというのだが、それならそれで、代作を依頼されても断ればよかったというだけのことである。「断っても聞き入れてもらえなかった」という言い分は、新垣氏と佐村河内氏の間で食い違いがあるようだが、いずれにしても作りたくなかったら作らなければいい。18年間も作り続けたから、問題が大きくなったのである。

ギャラをもらって作っておいてから、後になって思いっきりバラすというのでは、世の中のゴーストライターで収入を得ている人たち全体の信用を落とすことになりかねない。ある意味、営業妨害である。まあ、芸能界や政治の世界では、ゴースト・ライティングをあまり隠さないという風潮もあるようで、私自身はもうゴーストライターをすることもないだろうから、別にいいのだけどね。

世の中では佐村河内氏を責める空気の方が熱いようだが、この際、言いたいけど言い出せない多くのゴーストライターになりかわって、これだけは指摘しておこうと思ったわけだ。

 

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2014年3月 7日

柏の事件があったので

世間は柏の通り魔事件の話題でもちきりだが。実はウチの娘の勤務先が柏にあるため、容疑者が捕まるまではやっぱりちょっと心配だった。当人はもっと心配だったらしい。

娘が言うには、社内に負のオーラを発する若い男性社員がいて、住まいはすぐ近くであるらしい。その男がなんとも間の悪いことに、事件の翌日から「風邪を引いた」とやらで欠勤していたという。それで女性社員の間では密かに、というよりはもうちょっとおおっぴら気味に、「○○さん、もしかして、犯人だったりしないよね」と語られていたという。

で、容疑者が拘束・逮捕のニュースが報じられた昨日になって、彼はマスクをしてゲホゲホ咳き込みながらも出勤してきたので、みんな「ああ、社内から殺人犯が出なくてよかった」と、マジで胸を撫で下ろしたのだという。

当の本人はその話を聞いて、「まったくもう、どんだけ失礼なんですか!」と憤慨していたという。ところがその実、「風邪を引いてマスクしていたし、買い物に出たらモロに疑われるに違いないとわかっていたので、コンビニにも行けずに、腹を空かせたまま寝ていた」と語ったという。それだけ客観的に自分を見つめられるのだったら、大それた犯罪には手を染めずに済むだろう。

 

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2014年3月 6日

プロレスの今

新日本プロレスの業績回復が著しいという。2012年にカードゲーム会社(らしい)のブシロードに身売りする前の年間売り上げが 11億4000万円だったのに対し、今期は 25億円に達する見通しだという。2年間で観客数も倍増したらしい。

この間の事情に関して、ブシロードの取締役社長、木谷高明氏のコメントが興味深い(参照)。彼が言うには、「すべてのジャンルはコアなファンが潰す」のだそうで、2012年以前の新日本プロレスは、まさにその一歩手前の状態にあったということのようなのだ。

確かに、親日プロは「コアなプロレス・ファン」に支えられていた。コアなプロレス・ファンとは、「東京スポーツ」はもちろんのこと、コアなプロレス雑誌を熱心に読み、裏の裏の事情まで精通し、ある意味「哲学的」なまでの熱心さでプロレスを追求するファンである。

こうした「コアなプロレス・ファン」は、今はなき「週刊ファイト」の初代編集長である、故・井上義啓氏に育て上げられた。いわば「井上編集長ズ・チルドレン」である。井上編集長は「活字プロレス」というものを確立した最大の功労者であり、彼を信奉する「コアなプロレス・ファン」にとっては、プロレスは「考えるもの」であり「読むもの」だったのだ。

しかし、こうした「コアなプロレス・ファン」がプロレスの世界を支配するようになると、市場は排他的にならざるを得ない。フツーの人が「自分はプロレス・ファン」と言いにくい状態になった結果、プロレスは自ら市場を縮小する一方という状況に陥った。

木谷氏はこうした状況を打開するため、山手線の電車にでかでかと広告を出し、プロレスがフツーの人の話題になりやすい空気を現出しようとした。ライトな映画ファンが、「話題の娯楽大作」に殺到するように、ライトなプロレス・ファンが試合会場に足を運びやすいような「巷で話題になってる感」を演出したのである。

その結果、プロレス会場には何と、カップルの来場者も増えた。「コアなプロレス・ファン」が、じっくりと試合を見て、帰りにいつもの仲間同士で酒を酌み交わしながら熱く語り合うというプロレスのイメージから脱却し、市場が広がったのである。

そのかわり、私のような「昔ながらのコアなプロレス・ファン」は、確実にプロレスから離れつつある。本当の読書好きがベストセラーなんか読まないのと同様に、今のプロレスは軽すぎて見るに耐えないと感じてしまうのである。

私は「プロレスの使命は終わった」と思っている。今のプロレスはまた別のジャンルであり、「純文学」に対する「ライトノベル」のようなものかもしれない。純文学好きがライトノベルを読まないように、コアなプロレスファンは、今のプロレスに居心地の悪さを感じる。

というわけで、私は今、プロレスからはほとんど離れて、UFC のような、よりシリアスな格闘技にはまっているわけである。

 

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2014年3月 5日

トイレの脱臭フィルターの小さいことといったら!

我が家はシャワートイレに換えたのが割と遅くて、昨年の春のことである。新しいのは、トイレ内に臭いがこもらないという機能付きである。

まず便座に腰を下ろすと換気装置が稼働して低いモーター音が聞こえ、用が済んで立ち上がると、その音がさらに増してゴーッという音に変わるのである。おかげで臭いが漏れないのはいいが、これ、一体どんな仕掛けになっているのだろうと、いつも不思議に思っていた。

便器内の臭いを屋外に排出しているわけではないのは、そんなようなパイプも何もついていないのだから、明らかだ。だったらどこに排出しているのだ? これがずっと疑問だったのである。

その疑問が、近頃解決した。たまにはシャワートイレの徹底的な掃除をしようとしてマニュアルを眺めていたら、「パワー脱臭」という項目があり、脱臭効果が弱まったら、フィルターを掃除せよと書いてある。なんだ、臭いを屋外に排出するのではなく、フィルターで脱臭した空気を便器の外に出しているだけだったのか。

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で、そのフィルターだが、私は活性炭などの消臭剤がぎっしり詰まったボックスみたいなのを想像したのだが、外してみると、写真のようにメッシュのついた薄っぺらなプラスチック・プレートのようなものである。大きさだって、長さ 10センチ足らずだろう。「こんなちゃっちいもので脱臭できちゃうのか!」と、私は驚いてしまったのである。

このフィルターにゴミが付いていたら、歯ブラシのようなもので掃除しろとある。我が家のフィルターの機能はまだまだ衰えてはいないが、念のため掃除してみると、少し綿ゴミが取れた。ふぅん、トイレの中にも、綿ゴミってないわけじゃないのだね。

このフィルターの小ささにあまり驚いたので、ちょっとググってみると、数年前までは「脱臭カートリッジ」というヘビーな名称で、私が当初想像したように、ボックス型の中に活性炭を詰め込んだものだったようだ(参照)。それが最近では、こんなに小さく薄くなってしまったのである。

どんなメカニズムで脱臭するのか、いろいろググってみたが、詳しい説明が見つかる前に根負けしてしまった。いずれにしても最近の技術というのは、なんだか気持ち悪いほど進歩しているもののようなのである。

とはいえ、たかがトイレにこんなにまで技術を詰め込むなんて、世界は広しといえども日本ぐらいのものなんじゃなかろうか。すごいなあ。いいとか悪いとかいう価値判断を越えて、ただ単純に驚いてしまっている。

【3月 6日 追記】

coolbaby さんのコメントで、このちゃっちい「脱臭フィルター」とは別に、「脱臭カートリッジ」というものが装備されているのだということを知った。

「そりゃそうだよなあ、あれじゃあ脱臭するにはあまりちゃっち過ぎる」と、coolbaby さんに感謝し、納得した次第である。

 

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2014年3月 4日

「単なるお調子者」 の危うさ

三重県の女子中学生殺人事件で逮捕された容疑者が、高校を卒業したばかりの近くに住む少年だったことが、衝撃的に報じられている (参照)。いくつかの報道によると、この少年は成績が常に上位でスポーツ万能、友達も多く、クラスの人気者だったという。

同じ高校に通っていた生徒たちのコメントが紹介されているが、「成績も良く、優しい人という印象。クラスでも人気があった」「うそだと思いたい」など、信じられないといった思いが伝わってくる。しかし、一見して人当たりがよく、人気者的存在になっているやつが、実は案外アブなかったりすることを、私は経験から知っている。

学校での「いじめ」に関しても、いじめの当事者は案外クラスの人気者だったりする。そうした生徒は、自分はクラスのマジョリティを味方につけていると思っているから、案外傲慢な振舞いに出たりする。周りは味方ばかりだから、多少のことでは非難される心配はなく、かえって「かっこいい振舞い」とすら受け取ってもらえる。だから、ますます調子に乗る。

そして意識的、無意識的に関わらず、苦労してマジョリティの中心的ポジションをキープして、いつでも「自分は正しい人」と思い込んでいるから、自分とは別の視線の人間を見ると許せなくなって、ついいじめに走ったりする。

彼らの中には一貫して通っている「芯」みたいなものがなく、単に瞬間瞬間で反射的に、「周囲に好意的に受け取ってもらえるような仕草」を演じているだけなのだ。要するに単なる「お調子者」である。少数派には「なんだ、あいつ」と思われているが、多数派には「優しい人、面白い人」と思われる。

もっと辛辣な言い方をしてしまえば、彼らはちやほやしてくれる馬鹿としか付き合わないから、自分の馬鹿さ加減がわかっていない。そういう人間というのが、年齢や社会的地位に関わらず、世の中にはいくらでもいる。

そうした人間が、ちょっと魔が差してしまった瞬間に、とんでもないことをしでかすことがある。いつも瞬間ごとの条件反射でしか動かず、物事を深く考えたことなんてないから、自分の行為の結果がどうなるかなんてことまでは、思いが至らない。

根本的には、一見かっこ良く見えるけれど、実は軽はずみな行為しかできないという人間が、マジョリティの中で中心にいられるという構造が問題である。「なんだ、あいつ」と反感を覚えて遠ざかり、マイノリティの中に身を置くよりも、付和雷同してマジョリティに加わる方が楽という「空気」が一番やっかいなのだ。

ものを考えないマジョリティからはどう思われようと、時には敢えて 「空気を読まない」 ことが大切だと、私はいつも思う。

 

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2014年3月 3日

関東の大雪で思ったこと

気象庁の発表によると、この冬(昨年12月~今年2月)の東日本太平洋側の積雪は、平年の 2.91倍で、統計を始めた1961年以降 2番目だったのだそうだ。それに対して日本海側の積雪は、一部の山間地を除いて平年に比べて少なかったという。これは上空の寒気が南下する日が少なかったためだ。

確かに、先日出張で出かけた福井県の越前市というところは、市街地では積雪が全然なかった。私の田舎の山形県庄内平野も、この冬はそれほどの大雪ではなかったらしい。

11月の声を聞いたら太陽を拝める日が急減し、毎日のように吹雪に見舞われる土地で生まれた私は、大学に入って東京で一人暮らしを始めた最初の年、冬が来たことにしばらくは気付かなかった。

何しろ、雪が降らないどころか、毎日抜けるような晴天だし、木枯らしといっても、田舎の猛烈な北西季節風に比べればたかが知れている。「冬なのに、どうしてこんなに天気がいいんだ?」とつぶやくと、「冬は天気がいいもんでしょ」と関東生まれの友人がこともなげに言ったのを今でも覚えている。

冬の間の関東と東北日本海側の天気は、まことにもって、裏表の関係なのだ。

初めて関東の明るい冬を体験した私は「こりゃ、やめられん」と思ったが、今ではあの鉛色の雲に覆われて地吹雪に耐える庄内平野の冬が懐かしくなることがある。そして関東で冬晴れが続くと「田舎は吹雪だろうなあ」と思いを馳せ、逆に冬に里帰りして妙に天気がいいと、帰り道が心配になったりする。

ところで、この冬の関東の雪は、統計を取り始めてから 2番目なのだという。それでは 最高の積雪はいつだったのかというと、昭和 59年(1984年) だった。

我が家は 昭和 57年の夏に、東京杉並区のアパート住まいから、このつくばの地に引っ越してきた。日曜日に引っ越して、翌週の日曜日の大雨で、周囲の道路が冠水した。我が家の周囲は、当時洪水地域だったのである。いやはや、そんなことは引っ越してきて暮らし始めるまで、ちっとも知らなかった。

そして、引っ越し 1年半後の冬は、確かに大雪だった。いわゆる「南岸低気圧が発達しながら関東沖を通過」というパターンが何度も出現して、毎日雪かきに追われたことを覚えている。

当時は通勤するのに、取手駅近くに借りた駐車場まで車で行っていたのだが、普段は 15分の道のりが、積雪のために 1時間以上かかる。とくに夜中に大雪が降った朝などは、道路が麻痺して駅までたどり着けず、会社を休むことも何度かあった。

結局この年の冬は、雪かきと長時間の通勤のための早起きで、夏バテならぬ「冬バテ」になってしまった。積雪による交通マヒを避けるために、毎朝夜明け前に家を出て、雪に覆われた田舎道を運転したのを思い出す。ちなみに当時はスタッドレスタイヤなんてなかったから、タイヤチェーンを巻いていた。

雪になれない近所の人は、大慌てでカーショップやホームセンターにタイヤチェーンを買いに走り、自分の車のタイヤサイズもわからずに見当はずれのサイズのものを買ってしまったりしていた。東北日本海側の生まれの者からすると、「いやはや、信じられん!」というお話である。

関東ではあれから 30年以上も、これほどの大雪はなかったから、中年のオッサンでもまともな雪道の運転経験をもつ人は少ない。今回の大雪は週末だったから、あまり大きな混乱にはならなかったが、ウィークデイだったら大変なことになるところだった。

ある意味、雪はコンスタントに経験する方が、人間の側の準備が行き届くので、結果としてはそんなに苦労しなくて済んだりする。

 

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2014年3月 2日

「お・も・て・な・し」 って、一体何だったんだろうか

今さらながらのお話で大変恐縮なのだが、東京オリンピック招致に 「非常に効果的だった」 とされている、例の 「お・も・て・な・し」 についてである。滝川クリステルという女性のあのプレゼンが、そんなに効果的だったとは、私には到底思われないのである。こう言っちゃナンだが、あれのどこがいいのか、さっぱりわからない。

ちょっと旧聞だが、あのプレゼンの指導をした英国人のマーティン・ニューマン氏が、「東京都内で秘話を明かした」という記事がある。今年 1月 16日付の産経の記事で、彼はこんなふうに語ったと報じられている (参照)。

声に出すだけでは、国際オリンピック委員会(IOC)委員に意味が伝わらない。そのため、ニューマン氏は 「子供に教えるように言葉を分解し、身振りを添えることにした」。最終プレゼンで登壇した滝川クリステルさんのたおやかな所作が実に効果的だった。

ふぅん、「子供に教えるように言葉を分解した」というのだが、その結果、「おもてなし」という言葉が国際メディアに向けて期待通りの印象を残したのかといえば、私はかなり疑問だと思う。私の価値観から言わせてもらうと、子供扱いされた IOC 委員が気の毒でさえある。

"Omotenashi" という言葉が一躍国際語になったとか、少なくとも一時的にでいいから言葉として注目されたなんてこともなさそうだ。これをキーワードにしてググっても、ひっかかるのは日本発のページばかりで、例えば "mottainai" (もったいない)という言葉の何分の一かでもいいから、国際的な注目を集めたなんていう形跡も見当たらない。

結局、あれって何だったんだろうかと思う。国際的にアピールしなければならなかったはずなのに、受けたのは身内ばかりということだったとしか思われないのである。効果があったとしたら、それは「お・も・て・な・し」ではなく、滝川クリステル女史の魅力的な外見の方に由来するものだったんじゃなかろうか。彼女って、要するに 「ビジュアル要員」 だったんではなかろうか。

あれでおいしい商売になったのは、このマーティン・ニューマンという人と、滝川クリステル女史だけだと、私は思っているのである。

 

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2014年3月 1日

ビットコインの問題で考えたこと

いやはや、驚いた。ついこないだ箱根駅伝を見たと思っていたら、もう 3月である。Jリーグも開幕したし、今年もだんだん佳境に入ってくる。ぐずぐずしていられない。

ところで、ビットコインの大手取引仲介会社のマウントゴックスが経営破綻したとやらの話が、世間で話題になっている。話題になってはいるが、その中身に関しては詳しい人がいなくて、マスコミやインターネットを検索しても、要領よくわからせてくれる解説が見当たらない。私自身もビットコインなんて使ったこともないので、はっきり言って「どーでもいいや」みたいな感覚である。

オッサン連中は、「だから、そんなわけのわからないモノは信用できないんだ」と言い出し、「現金が一番安心」なんて話になる。いや、待ってくれ、現金だって盗まれもするし、あっという間に右から左に消えてしまうところは同じなのだがなあ。

私は昔からお金とはあまり縁のない人間で、金儲けの才覚はないも同然なので、現代の経済の仕組みには到底馴染めないところがある。だからお金というものは、国の後ろ盾があろうが、地域通貨だろうが、ビットコインだろうが、あまり執着しようとも思わない。

私は通貨というもののコンセプトが劇的に変化して、単なる「持ち点制度」みたいなことになる未来を夢見ることがある。各自が独自の社会貢献をして、その貢献の度合いによって「持ち点」を与えられ、その持ち点が通貨の役割をするのだ。

社会貢献の仕方は多種多様である。実際のモノ作りから、サービス、アートに至るまで、各自が得意な分野で能力を磨きながら働く。最先端の航空機などを作るのも、道路の掃除をするのも、社会貢献には変わりがないから、それぞれの貢献価値に従って持ち点が与えられる。

持ち点は、単純にモノやサービスを得るために使うしかないから、現代の経済のように、金で金を買うみたいな面倒な仕組みは存在しなくなる。だから株式や外貨の売買みたいなこともナンセンスになる。とはいえ、人間には欲望があるから、それを満たすためには、それなりの社会貢献をして自分の持ち点を増やすしかない。

だから、世の中が停滞するという心配もそれほどないだろう。むしろ、あまりにも過剰な経済活動がなくなるだけ、人間には時間的な余裕ができて、ゆとりある暮らしができると、私はごく楽観的に考えている。共産主義と異なるのは、中央集権的なコントロールが存在せず、いわば、ピア・ツー・ピア的な要請で「社会貢献」が発生するということだ。

そのためには、社会的なモラルが高度に発達していなければならず、それを維持するために、むしろ高度情報化社会でなければならない。原始の時代に戻るというわけではないのである。

世の中がこれだけ激烈な競争社会になると、そのうち人間の神経の方が絶えられなくなる分岐点が来る。「質の高い暮らし」や「利便性」を求めるあまり、神経が耐えられないほどの競争にさらされるのでは、本末転倒だ。

人間にとって本質的に重要でないほどの過剰な経済活動は、廃れて行くべきである。それは「禁止」などという制度によるのではなく、むしろ人間が自ら「馬鹿馬鹿しさ」を感じて、「こんなこと、いつまでもやってらんないよ」と、自然に離れて行く形になるのが理想的だ。そのためには、ベースとして高度情報化社会でなければならない。

私の従妹が田舎の山の中に嫁に行って、なかなか素敵な暮らしをしている。食べ物はかなりの部分が自給自足に近い形になっていて、自分の家で作っていない作物でも、朝起きると、近所の誰かが玄関の前にドサッと置いていてくれる。もちろん、自分の家で穫れたものも、近所に配る。

日用品は農協のストアで購入するが、それはクーポン券で足りる。だから「日本銀行券を目にすることなんて、あまりない」というのである。とはいいながら、現代日本のことだから、原始社会のようなライフスタイルをしているわけでもないし、社会的情報だってきちんと持っている。

必要ならいつでも都会に出かけることができるが、いつもは田舎のゆとりあるライフスタイルを謳歌している。都会に生活の基盤を置いてしまうと、そんな「いいとこ取り」は難しいが、都会から離れてしまえば、それが十分に可能だ。

こんなような、神経症になってしまうリスクの小さいライフスタイルが、そのうち主流になるだろうと思うのである。田舎で暮らしながら情報システムを駆使して、きちんと社会貢献をし、それに見合った「持ち点」をもらい、そして慎ましく使う。

そうしたライフスタイルの良さに最後まで気付かない層が、気の毒なことにあくせく都会生活を続けて、無駄に神経をすり減らし、あたら人生を無駄にする。

 

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