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2014年5月 6日

富岡製糸場に観光客が急増しているというが

世界遺産が確実になった群馬県の富岡製糸場を訪れる観光客が急増しているそうだ。とくにこの連休中の観光客は過去最高ペースになっていて、昨年のほぼ 3倍の 5万人が押しかけ、5月 4日には、最高記録の 8142人が訪れたという。

話題のスポットには、とりあえず行ってみないと気が済まないという人が、世の中には結構いるのだね。こういう人たちって、例えばスカイツリー開業時にいち早く駆けつけた人と、かなりキャラ的にかぶっているんじゃないかと思う。

で、恐縮ながら言わせてもらうのだが、昔の製糸場なんて、単なる観光気分で訪れたところで、おもしろくもなんともないはずなのである。念のため「富岡製糸場/つまらない」という 2語でググってみると、そんなような話が結構引っかかった(参照)。

私は長らく繊維業界でメシを食っていた人なので、そんなような関係の施設にはかなり足を運んでいる。その経験から言わせてもらうのだが、素人がみて一番つまらないのは、紡績/製糸関連、つまり「糸を作る工場」なのだ。

なにしろ、原料を加工して糸にするというだけである。目に見えるのは、シュルシュルと出てくる糸を巻き取るだけという単調極まりない工程であり、その設備だってスペクタクルな部分は何もない。

ちなみに同じ糸を作るのでも、綿や羊毛などの場合は、短繊維同士を絡み合わせて長い糸にする。これを「紡績」と言う。一方、絹のように紡がなくても元々長い糸状の長繊維の場合は、何本かをより合わせてある程度の太さをもった糸にする。これを「製糸」という。

綿や羊毛などは短い繊維が絡み合っているだけだから、糸に毛羽が発生しやすく、引っ張り強度も低い。一方、絹などは元々長〜い繊維を撚り合わせているので、繊維の端っこが極端に少ないわけだから、毛羽がなく滑らかで、引っ張り強度も高い。それがそのまま絹の特徴になる。

ちなみにナイロンやポリエステルなどの合繊も、ノズルから吐き出される長繊維なので、絹の代用品にしやすい。そんなわけで、昔はストッキングなんかは絹で作ったが、今はほとんどナイロンである。絹は引っ張り強度は高くても、擦り切れやすく、虫食いも発生するので、安くて丈夫なナイロンに置き換わってしまった。

話を元に戻すが、紡績とか製糸とかの工場は、単に糸を作るだけなので、素人にはおもしろくも何ともない。糸を織ったり編んだりして布を作る織物工場やニット工場などは、まだ見ていておもしろみがないではないが、糸ができるだけなんていうのは、退屈きわまりなく感じるだろう。

繊維や近代産業史に興味のある人間が、かなりアカデミックな見地から見るならば興味津々になるはずだが、そうでなかったら、わざわざ交通の不便な富岡まで足を運んでも、多分拍子抜けしてしまうだろうと思う。接続の不便な鉄道を避けて車で行くと、駐車場不足で、停めたところから結構歩かなければならないらしいし。

それに、富岡製糸場は過疎の土地に明治政府が無理矢理大金を使って建てた施設なので、絹産業の連綿たる伝統文化に支えられた濃厚な雰囲気が、町全体に漂っているというわけではない。

というわけで観光的見地からすると富岡製糸場は、地元にそれほどの貢献はしないのではないかと思う。世界遺産登録の前後に一時的に観光客が増えて、彼らのニーズに応えるために周辺施設や駐車場の整備に金をかけても、2〜3年しないうちにブームが去って、投資の元が取れないってことになるはずだ。

どうか、ひっそりと地道にやっていただきたいと思うのである。

【2023年 11月 8日 追記】

富岡製糸場の入場者数は案の定、この記事を書いた 2014年の 133万人超をピークに年々減少傾向にあったようで、2020年はコロナ禍の影響もあって 18万人弱まで落ち込んだようだ。

ただ、コロナ禍を考慮しなくても 2019年度でも 44万人でしかなかったというのだから、やはり一過性のブームだったようだ(参照 1参照 2

 

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コメント

製糸と紡績の違い、初めて知りました。勉強になります。

投稿: きっしー | 2014年5月 7日 10:19

きっしー さん:

繊維の世界では、短繊維 (staple fiber) と長繊維 (filament fiber) の分類は、基本の基本ですので、よろしく。

投稿: tak | 2014年5月 7日 12:34

おはようございます~
私はこの世界遺産が報道された時、
あの、「野麦峠」とか、「女工哀史」とかの悲しいお話の
元が?何故?と一瞬驚きましたが、
ネットで調べたらぜんぜんちがっていましたので、ほっとしました。
いろんな歴史がありますね。

投稿: tokiko6565 | 2014年5月 8日 07:29

tokiko さん:

富岡製糸場で働いていた女性はむしろ良家の子女で、ここで習得した技術を故郷で役立てるなんてことが多かったみたいですね。

ある時期、「紡績の女工」というのが、苦界に身を沈めるみたいに語られていましたが、実際にはいろいろな形態があったようです。

東北の寒村などでは、娘が 「紡績の女工で苦労している」 と語られることがあっても、「ここに残ったところで、苦労は同じ」 という雰囲気もあったようですね。

本当に時代は変わるものです。

投稿: tak | 2014年5月 8日 09:53

市や県は、これをきっかけに観光客を呼び込もうとたくらんでいますが、“ほぼ元地元”の人間からすると、あまいですね。
何かあると富士山に登ったり、有名な俳優(女優)が亡くなると、出版を予め用意したあった写真集をすぐに買いに走ったりする人が一定数います。
おっしゃるとおり富岡製糸場に連休中行った人はそういう人たちです。
ブームは一年で終わるとみています。県別ブランド度調査では、群馬県は46位、47位の常連です。、“ほぼ元地元”からすると納得のいく数字です。
特に富岡周辺にはたいした観光地もなく、富岡製糸場の後に行くところがない。名物は葱とこんにゃくではさびしい。
テレビに映った富岡市長の笑顔は一年限りですね。

投稿: ハマッコー | 2014年5月 8日 18:05

ハマッコー さん:

>何かあると富士山に登ったり、有名な俳優(女優)が亡くなると、出版を予め用意したあった写真集をすぐに買いに走ったりする人

マメですよね、こういう人たち ^^;)

車を買うときに、用途とか好みとかよりもスペックを重視したり、音楽的には別に好きなジャンルがあるわけじゃないのに、オーディオ装置にだけは金をかけたりとか、そういう類いの人たちとも、どこか共通するものを感じます。

今後 1年ぐらいは、富岡製糸場のおかげで群馬サファリパークのお客が、少し増えるかもしれないとは思いますよ。いずれにしても先細りになるでしょうけど。

そのほかには、本当にゴルフ場しかないとこですね ^^;)

投稿: tak | 2014年5月 8日 18:34

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