思いやりの心があれば、ストレスなんて怖くない その 1
筋向かいの家は、庭の芝生をいつも見事なほどきれいに手入れしているのだが、奥さんに先立たれたご主人もだいぶ高齢になったので、ついに夏空の下で自力で手入れするのを諦めたようだ。それで、多分シルバー人材センターか何かに依頼したのだろうが、ばあさんが 2人やって来て、朝から午後 3時過ぎ頃までまったりと草むしりをしている。
このばあさんたち、やたら声が大きくて、なんだかよくわからない繰り言をひっきりなしにしているので、窓を開けて仕事をしていると、うるさくてたまらない。「なんだかよくわからない」というのは、とにかく茨城弁がきついからだ。
茨城という所は北関東特有の無アクセント地帯と言われていて、しゃべり方がぶっきらぼうというか、めりはりがないというか、とにかく、ばあさん同士が延々と繰り言を続けていると、結構耳障りというか、気が滅入るというか、ちょっとしたストレスになってしまった。
ところで、明日は朝から新幹線で大阪に出張するのだが、そんなケースでは、近くの席に大阪のおかんグループが陣取って、延々としゃべり続けていることがある。とにかく大阪のおかん達というのは、ずぅっとしゃべり続けて平気なのである。
ところが、この大阪のおかん達のおしゃべりというのは、延々と続いても、少なくとも私にとってはそれほど耳障りじゃない。それはきちんとボケとツッコミの役割分担があったりして、聞いていて気が滅入る内容にはなりようがないし、取り立てて内容を聞いていなくてもしゃべりに適度のアクセント、テンポ、めりはりがあって、生理的に耳障りということもないからだ。
ところが、地元茨城のばあさん同士の繰り言というのは、陰々滅々としたことをめりはりのない無アクセントでだらだら延々と繰り返すので、申し訳ないが不愉快になってしまう。まあ、私が腹の底から茨城人になりきっていないので、生理的に受け付けないということもあるのだろうが。
で、何を言いたいのかというと、何がストレスかというのは、受け手の心次第ということのようだということなのである。さらにかなり唐突だが "「ストレスが身体に悪い」は大ウソ! 健康心理学者が語った、本当は怖くないストレスの話" というテーマに関連づけて、この問題を語りたいのだ。
しかし、長くなりすぎるので、続きは明日。
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