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2014年7月 4日

「号泣」という言葉のインフレに歯止めがかかった

4年ちょっと前、"「号泣」 という言葉がインフレを起こしてる" という記事を書いた。それは、フィギュア・スケートの浅田真央選手が、バンクーバーで開かれた冬季オリンピックで銀メダルに終わった際に、「浅田真央はインタビューで 『長かったというかあっという間でした』と話した後、こらえきれず号泣した」という記事があったからだ。

「号泣」したというから、人目も構わず泣きわめくのでは、よほど悔しかったのか思っていたが、テレビニュースを見たら、ほんの少し涙ぐんだだけで、むしろ健気な様子だったので、「これを『号泣』とは、いくら何でもひどすぎるだろ!」と驚いたのである。

「号泣」の意味は、「大声をあげて泣き叫ぶこと」である。「号」という文字は「号令」とか「号砲一発」とかいうように用いられるので、まあ、明確な合図のためにも、大きな声や音を伴うことになっている。しかし、最近はちょっとしたすすり泣きでも「号泣」と表現されてしまう。これは「言葉のインフレ」である。

で、件の記事では「号泣」という言葉の意味を、若い人ほど誤解していて、「声を押し殺し大量の涙を流して泣くこと」と思っていることが多いようだということを、NHK 放送文化研究所のデータをもとに確認したのである。

ところがこのほど、インフレでも何でもなく、まさに「号泣そのもの」という動画が、ニュースを通じて日本全国に流れ、さらにインターネット動画を通じて全世界に広まってしまった。若い人たちに「本当の『号泣』というのは、このくらいでなければいけないんだよ」 と説明するいいサンプルが見つかった。

例の「号泣ニュース」に関して、私は当初、あまりいじり倒さない方がいいと思っていた。というのも、政治家がはしゃぎすぎのミスを犯したのを、マスコミや周囲がいじりすぎて、それで自殺に追い込んでしまうというケースがあったからだ。

「号泣」という言葉のインフレについて書いた 1年 2ヶ月ほど前に、私は「たやすく人を死に追いやらないように」という記事を書いている。「偽メール事件」で国会で空騒ぎしすぎた元民主党議員が、マスコミに叩かれて辞職し、さらに自殺してしまったことがあったのである。

あの議員さんも、ずいぶん「アブない感じ」があったが、今回の号泣県議は、それに輪をかけて「アブなすぎ」である。もしかしてヤバいことになるんじゃないかと思っていたのである。

ところが、当の本人は現在雲隠れしているものの、報道各社に「心身ともに疲れ果て自殺に追い込まれるのではないかと不安」と文書で取材の自粛を申し入れているというではないか。

そのニュースをみて、変な話だが、ちょっとほっとした。自分で「自殺に追い込まれるのではないかと不安」なんて言っている人で、本当に自殺しちゃう人はあまりいない。

例の号泣記者会見の前にも、「質問にかこつけた暴言やどう喝という形で、わたしが怖いなと感じた時点で、 この記者会見は、打ち切りさせていただきます」なんて申し入れをしていたというし、まあ、かなり「変な人」ではあるんだろうけどね。

 

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コメント

そんなことを…。なんでしょう。なんていうか。
頭悪いなあ…
(;´Д⊂

投稿: ひろゆき | 2014年7月 5日 22:34

おはようございます~
私も、ちょっと涙が出ただけなのに、TVの「号泣」という言葉
毎回、気になっていましたので、
tak-shonaiさんのこの記事
「賛成」です。
TVのみなさま、少しは、反省なさったらいかが?と。
世の常識を惑わします。


投稿: tokiko6565 | 2014年7月 6日 05:45

ひろゆき さん:

例の議員さんに関して言えば、「頭悪い」というより、ちょっと病気なんでしょうね。「ビョーキ」じゃなくて、正真正銘の「病気」。

投稿: tak | 2014年7月 6日 16:48

tokiko さん:

世の常識が変わりつつあるみたいなんですよ。
本当に若年層のかなりの部分は、声を押し殺して忍び鳴きするのを、「号泣」だと思っているらしいんです。

投稿: tak | 2014年7月 6日 16:50

ふうむ、私が思うに、この「号泣」の誤用は、某掲示板あたりから派生したのではないかと。面白おかしく書くために。
ともあれ、いやしくも「ジャーナリズム」で飯を食っている人間ならば、こういった「うそ・大げさ・まぎらわしい」書き方は、厳につつしんでもらいたいと思うのであります。

投稿: 池波ゲス太郎 | 2014年7月 6日 22:54

池波ゲス太郎 さん:

それって、2chan ですか?

そうだったとしても、そうでなかったとしても、

>ともあれ、いやしくも「ジャーナリズム」で飯を食っている人間ならば、こういった「うそ・大げさ・まぎらわしい」書き方は、厳につつしんでもらいたいと思うのであります。

ということですね。

投稿: tak | 2014年7月 7日 15:37

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