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2014年9月13日

「ナショナリズム」を巡る冒険

実は昨日の記事に追記的に「ナショナリズム」について書き加えようとしたのだが、あまりにも長くなってしまいそうなので、改めて本日の記事として書こうと思う。

Wikipedia によると、「ナショナリズム」のある程度のコンセンサスを得た定義は、 アーネスト・ゲルナーによる「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」というものだそうだ(参照)。

元々の "nation" という言葉は、本来は民族とその固有の文化を前提としたものだから、「ナショナリズム」は「民族主義」と訳す方がより正しいようなのである。このあたりところは、「ナショナリズム = 国家主義(あるいは国粋主義)」と思ってきた日本人にとっては、ちょっと意外なニュアンスなのではなかろうか。

60年代末期だったかなあ、日本共産党系の民青が「うたごえ運動」の一環で妙に日本的な民謡や楽器を取り入れて「民族、民族」と声高に言っている時代があった。労音のパンフレットに、「民族の祭典」なんて言葉が使われていることまであったけど、あれって、かなりアブなかったよね(参照)。

あの頃の共産党って、民族主義? てことは、インターナショナリズムから離れたナショナリズム? ああ、ややこしい。仮にあれを「ナショナリズム」の一種とすれば、「国家主義」 いう言い方は、完全に間違いということになる。

日本で ”nationalism" が一般的に「国家主義」「国粋主義」と思われているのは、「民族主義」の及ぶ範囲が、うまい具合に現在の日本の領土とほぼ一致しているので、ざっくりとそう言っても、あまり違和感がないというだけなのかもしれない。それで日本のナショナリストは、シンプルに自分を「ナショナリスト」と思うことができる。

ただ、Wikipedia では「ナショナリズム」について次のようにも解説されている。

ナショナリズムには二つの大きな作用があり、文化が共有されると考えられる範囲まで政治的共同体の版図を拡大しようとする作用と、政治的共同体の掌握する領域内に存在する複数の文化を支配的な文化に同化しようとする作用がそれである。

この考えでいうと、戦前の日本はかなり後者の色彩を強くもっていたということになる。明治以来の中央集権的政治体制を、朝鮮半島や台湾の植民地にまで単純に当てはめようとしたんじゃなかろうか。

ヨーロッパ人がアジアやアフリカを植民地とした時には、人種が全然違うので、民族主義の適用という発想すらなかっただろう。しかし日本人は、朝鮮半島においてそれをやってしまったのである。

もっともそれは、日本だけのことではない。隣接した "nation" を侵略、あるいは併合する時には、多かれ少なかれその傾向があるではないか。実際にスコットランドとカタルーニャでは、英語とスペイン語が押しつけられている。固有文化の破壊にまでは至っていないが、今になって独立運動が盛り上がっている。

日本の韓国併合は、同様のことをかなり遅れてやってしまったのだ。日本は植民地経営の経験が決定的に不足していたから、国際的な空気を読めなかったんだろうね。ある意味、間が悪すぎたのだ。

その結果論について、日本の右翼勢力はハード面に注目し、「朝鮮半島のインフラが飛躍的に整備され、教育水準も上がり、経済も発展したではないか」と強調し、韓国側は「日本文化を押しつけて、朝鮮の尊厳を傷つけた」と言い立てる。どちらも本当なんだろうが、現状はどちらも自分の主張を大声で言い立てるだけで、まともな論議になっていない。

話が行ったり来たりするが、スコットランドやカタルーニャの独立運動は、紛れもない「ナショナリズム」であり、「文化が共有されると考えられる範囲まで政治的共同体の版図を拡大しようとする作用」である。「独立運動」であって「侵略」ではないので、国際社会から口を極めて非難されるということはない。

そして一方、韓国では独立が実現してしまってから、ナショナリズムが極端に盛り上がり、今になってかつての宗主国にガンガン攻撃的にぶつけている。独立戦争してないので、普通とは順序が逆だが、必要なプロセスなのかもしれない。とはいえ、いつまでも続きすぎるようだと、お互いのためにならない。

私はもう一つの "Wakalog" というサイトで、古語の和歌を作っているぐらいで、かなり 「日本文化」 にこだわり、日本人が日本文化を忘れかけていることを憂慮している。それでも「ナショナリスト」とは呼ばれたくないなあ。だって、西洋文化も大好きで、自分としてはうまくバランスをとってやれていると思っているから。

 

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