「宗教」と「信心」
私はかなり前から(多分 40年以上前から)、かなり意識して「宗教」とか「信仰」とかいう言葉に換えて「信心」という言葉を使っている。これは実は、演出家の鈴木忠志氏の言葉に従ったものである。
私が早稲田の演劇科に学んでいた頃、彼が特別講師として演劇学の講義を受け持ったことがあり、私は大喜びで受講した。この講義の中で彼は、自分の活動の拠点を富山県の利賀村に移したのは、「演劇における信心の問題」であり、「あえて『宗教』と言わず『信心』という言葉を使う」 と語ったのである。
私は彼の言う「信心」という言葉に、かなり得心するものがあり、それ以後、日本におけるレリジャスな問題を語るときには、なるべく「信心」という言葉を使うようにしている。それはもしかしたら科学者の村上和雄氏が「神」と言わずに「サムシング・グレート」とおっしゃるのと、ほんの少し似た態度なのかもしれない。
この問題について、私は 6年前に "「信仰」 と 「信心」 は似て非なるもの" というタイトルで書いており、この中で、日本人が明治以降キリスト教的な考え方を受け入れてきたために、「宗教を信じることとは、一神教を信じることなのだ、という価値判断をしてしまっている」という宗教学者の山折哲雄氏の指摘を紹介している。
山折氏は「多神教が『感ずる宗教』だとすれば、一神教は『信ずる宗教』だと言える」 とも指摘している。これに関連するかどうかわからないが、私は 6年前の記事の中で、日本人が「自分は無宗教」と答える比率と、選挙において「支持政党なし」と答える比率がかなり共通していることに触れ、「日本人は旗幟鮮明にすることを好まない」と書いている。
一つの政党を支持して、選挙運動に協力したり献金をしたりするのは、思いも寄らないほど抵抗がある。同様に唯一の神を信仰するのは苦手で、日曜の朝に礼拝に通う自分の姿なんて想像も付かないが、正月になると神社仏閣に初詣したり、盆やお彼岸に墓参りをしたり、クリスマスを祝うのは好きなのだ。
日本人は唯一の神への「献身を伴う信仰」を行うのは理解できないが、食事の際に「いただきます」と手を合わせたり、昇り来る初日の出に手を合わせたりすることにはあまり抵抗がない。
日本人の「信心」は、「献身」はしない替わりに、突き詰めれば、「森羅万象に対してただ、敬ってありがたがっていればいい」というもののようなのだ。そこには厳密な教義や戒律というものが、あまり入り込まない。
だから、「教義、戒律、献身」といった厳密な要素のにおいがぷんぷんする「一神教的な宗教」というものは、できるだけ敬遠して近付かないようにする。それ故に「自分は無宗教」と思っているが、ただありがたがってさえいればいいという、気楽な「多神教的信心」なら、自然に受け入れている。
ただ、こうした態度は日本の島国の中でやっている分にはなんの問題もないが、国際的な場で、あまりにも天真爛漫に「私は宗教を持ちません」なんて言うと、ちょっとびっくりされたりする。英語教育を専門とされる emi さんも、「『無宗教ですぅ』 なんて笑顔で言われたら/世界の多くの人がドン引きするか怪しんでマークする」と指摘している。(参照)
私としても、外国人と付き合うときには「自分は仏教徒である」と言う方がいいと、経験から知っている。さらに「自分は仏教を信じているが、あなたの信仰する宗教をも尊重する」と言えば、よりしっくりと付き合える。
もっと言えば、日本人が「宗教は嫌い」なんて言うのを聞いても、心の中では「はいはい、そのくせ平気で初詣に行ったり、チャペルで結婚式したりするんだよね」と思いつつテキトーに受け入れるが、外国人に「神を信じない」なんて言われると、「こいつ、ちょっとヤバいな」と身構える。この違いは、ちょっとしたものである。
つまり一般的な日本人の宗教観は、世界的にはちっとも一般的じゃないのである。そのことを、素養として知ることはそれほど困難ではないが、得心するためには、少なくとも自分の「信心」を、自分で知らなければならないのかもしれない。
emi さんは最近の記事のコメントとして、「英語教育的には、その “無宗教” と『No religion(きっぱり)』とは違うかもよってことを伝えていかなきゃいけない気がしてきました」と書かれている(参照)。なるほど、そこまでは私も気付かなかった。
確かに「日本人のいう無宗教」は、国際的な常識としての「無宗教」とは違う。これを一緒にされると、日本人の利益にならない。日本人は、基本的にアニミズムのままで文明社会に生きているという意味で、世界でも希有な人たちなのかも知れない。
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