「その道の権威」 の考えを我田引水で解釈するというスタイル
新潮社の「チーム縁の下」の管理による「村上さんのところ」 というサイトが一部で話題になっている。広く募集した質問に、作家の村上春樹氏が答えるというもので、質問の受付は既に終了したが、回答は 3月頃まで更新され、増えていくらしい。
この中の「文章を書くのが苦手です」というタイトルの Q&A に、AllAbout newsdig の 笹田裕嗣という人が注目して「村上春樹さんのコメントを見て、ビジネスマンも考えないといけないと思ったこと」というコラムを書いている。
この Q&A は、レポートや発表原稿、教授へのメールなど、とにかくたくさんの文章を書かなければならないのに、「なにぶん文章を書くのがとても苦手」なので、「村上さんの『文章読本』的な考えをぜひお聞きしてみたいです」という大学院生(23歳の女性)の質問に答えたものである。
村上氏の回答は、「文章を書くというのは、女の人を口説くのと一緒で、ある程度は練習でうまくなりますが、基本的にはもって生まれたもので決まります。まあ、とにかくがんばってください」という、とても素っ気ないものである。これをコラムで取り上げた笹田氏は「ほぼほぼ才能です、という非常に残酷な回答」と言及している。
その上で笹田氏は、「一朝一夕では無理! 本気でやりたいなら、覚悟を持ってやれ! ということを言いたかったのではないかと思います」と書かれている。そして、「プロとしてやっていくなら、それなりの覚悟をもって、多いに努力せよ」という結論にもっていっている。
私は笹田氏のコラムを読んで、「へえ、村上氏は『本気でやりたいなら、覚悟を持ってやれ!』なんてハードなことは言ってないし、匂わせてもいないがなあ」と、ゆる〜い違和感を抱いた。どこをどう解釈すると、そんなにまでコッチンコッチンのビジネス人生訓的な結論になるのだろう。
何しろ、村上氏は「ある程度は練習でうまくなりますが、基本的にはもって生まれたもので決まります」と初めから言っているではないか。だから、文章が苦手というならそれはそれでしょうがないから、「ある程度」レベルぐらいまでには行くために、「まあ、とにかくがんばってください」と、いかにもゆる〜く結んでいる。それ以上のことは言っていない。
昔っから「我田引水」という喩えがあるが、笹田氏のコラムはまさにそれじゃないかなあと思った次第なのである。「あの村上春樹がそう言っている」と言いたいのだろうが、どうみても言ってないのだから、しょうがない。
ちなみに、「基本的にはもって生まれたもので決まります」という村上氏の指摘は、文章に限らず大抵の分野について言える。練習すれば「ちょっと上手なアマチュア」レベルにはいけるが、真っ当なプロとしてやっていくには、やはり「才能」というものが必要だ。
仮にもこの世で「プロ」としてやっている人は、「天才」ではないにしても、それなりの「才能」はもって生まれてきたのである。その上で、きちんと努力しているのだ。
私は 9年前に「日本語と逆上がりの関係を巡る冒険」という記事で、「いくら大学を出ても、言葉センスのないやつは、まともな文章ひとつ書けない。しかし、言葉センスさえあれば、中卒だって、すごく魅力的な文章を書ける」と書いている。
ここでは「言葉センス」と言っているが、どの分野にもその分野でやっていくに必要な「センス(才能)」というものがある。「彼は『野球センス』がある」 なんていう言い方をよく聞くではないか。「運動センス」のないやつは、逆上がりだって容易にはできない。
がんばって練習して、ようやく逆上がりができるようになったやつに、「覚悟をもって努力して、ゆくゆくは『月面宙返り』を目指そう!」なんて言っても、それは気の毒というものである。
| 固定リンク
「世間話」カテゴリの記事
- 逆走車が増えていることに関するあれこれ(2024.08.18)
- 近所に自転車ドロボーの常習犯がいるらしい(2024.07.01)
- タンス預金なんてしてる人が、実際にいるのだね(2024.06.23)
- 飲食店で傍若無人の大声で話すオバサンという存在(2024.06.14)
- たまにテレビを見ると、そのつまらなさに呆れる(2024.06.08)
コメント
こんばんは、大分前からブックマークしていましたが、コメントするのははじめてになります。
尻尾のある人の尾をわざわざ踏みに行くのが私は好きなんですが、このお話はそのようなものなのかな、と思いました。
才能という言葉がビジネスになると知っている人に商売するなというのは、些か酷なことであると思います。知人にボランティア大好きっ子がいるんですが、元気ない人に根拠のない希望を持たせたりすることが好きなようで、本当はボラそのものが好きなわけではない。でも他人にはボラ大好きお花畑を装う。
私はそういうの嫌いなんで行き過ぎた偽善に時折突っ込みをいれることがありますから、多分彼は私を苦々しく思っているんじゃないかな。ただ、その瞬間は我にかえるみたいなんで偽善の暴走は止まるみたいですが。
とは言え、才能って言葉に溺れた可愛い羊ちゃんや小鹿ちゃんをどう対処したらいいのかってのは難しい話で、凡俗たる私は彼の趣味悪い苦悶を気の毒に思うのも、また事実なのです。
春樹の話でなくて、すみません。たぬたぬ。
投稿: 黄緑狸 | 2015年2月13日 02:52
黄緑狸 さん:
白穏禅師が「大悟十八度、小悟数知れず」と言ったように、才能にも大天才から「まあまあ」ぐらいのものまで、いわばピンからキリまであります。
「使い物にはなる」程度の才能でも、「使い物にならない」 よりはずっといいので、人は分に応じた使命を果たせばいいのではないでしょうかね。
投稿: tak | 2015年2月13日 11:15
はははははは・・
ついに笑ってしまいました。
虚虚実実のお二人の答えは実におもしろいですね!
私のような凡庸人には無縁のコメントです。涙涙涙
投稿: tokiko6565 | 2015年2月13日 17:30
tokiko さん:
これで大笑いできる tokiko さんの感性が素晴らしいです (^o^)
投稿: tak | 2015年2月13日 23:01