なんで五人囃子だけが雰囲気違ってるのか、初めてわかった
emi さんのブログの「五人囃子」という記事で、雛飾りの五人囃子には「能楽バージョン」と「雅楽バージョン」があると、初めて知った。それに関しては、ひな祭り文化普及協會というところのサイトにも、しっかりと書いてある(参照)。いやはや、驚いたには驚いたが、積年の違和感が解消されてすっきりした。
実は長年にわたって、何となくモヤモヤしていたのである。平安の「宮廷文化」を思わせる雰囲気に満ちた雛飾りの中で、五人囃子だけはちょっとした異星人の如くに異質ではないか。「武家文化」 の臭いがプンプンしているのである。そしてそれは、武士の式楽として発展した能楽の囃子方をモデルとしているからだったのである。
桃の節句に雛人形を飾る風習はかなり昔からあったものとされている。しかし現代のスタンダードになっている様式、つまり、上から男雛/女雛、三人官女、五人囃子、右大臣/左大臣という順に飾る雛飾りは、江戸時代後期になって初めて確定したものだ。
となれば、その頃は江戸文化が隆盛を極めていたから、武士の文化である能楽が五人囃子という形で混入するのも無理もなかったのだろう。関西のひな人形には雅楽バージョンというのがあって、それは衣装から楽器に至るまで雅楽風になっているというのだが、私は直には見たことがない。
江戸の民衆にしたって、「お囃子」といったら神楽囃子か長唄あたりが一番先にイメージされたのだろうが、それではいくら何でも、やんごとなきひな飾りにはそぐわない。それで仕方なく能楽の囃子方をモデルにしたのだろう。上方ならいざしらず、まさか雅楽なんてところにまでは、思いが至らなかったに違いない。
大人っぽい人形の並ぶ中で、五人囃子だけが稚児であるというのも、そのココロは平安の宮廷文化の中に紛れ込んだ「新人類」ということなのかもしれない。
ちなみに、我が故郷の庄内はひな祭りの盛んな土地柄で、今まさに「ひな街道」という催しが、本番の 4月 3日にかけて盛り上がりつつある。庄内のひな祭りは、月遅れで行われるのである。
本来の旧暦 3月 3日ということなら、もっと遅くてもいいのだが、それだと新暦換算したら毎年日程が変わってしまうのでやりにくい。それで 4月 3日に固定されている。なんで月遅れかというと、新暦の 3月 3日だと、まだ雪が残っていて春の雰囲気にはほど遠いのだもの。
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コメント
tak-shonaiさんごきげんよう~おはようございます~
そんなこと、何も気がつきませんでした~~
そうですか。ほお~~♪
私の一番気がかりなのは、お雛様の冠です。
私達の小さかったころのお雛様の冠は、ちゃんと冠の形で、ほようのようなものやビーズなどがひらひらとついていましたが、昭和の美智子妃殿下のご成婚のときに付けられたという冠の形がスタンダードになりました。
少し残念です。
投稿: 朱鷺子 | 2015年3月20日 05:06
なるほど、能楽バージョンが身近な方にはそういう違和感があったのですね。雅楽バージョン育ちの私としては、浮いた雰囲気のあるお人形がしれっと仲間に入っているということが新鮮でした。
やっぱり江戸の方がDiversity の意識が高いですね。
投稿: emi | 2015年3月20日 05:07
朱鷺子 さん:
確かに、昔のひな人形は冠が派手ですね。
最近のは小さく地味になってます。なるほど。
投稿: tak | 2015年3月20日 21:19
emi さん:
なるほど、どっちに馴染んでるかによって、感覚もそれぞれですね。
>やっぱり江戸の方がDiversity の意識が高いですね。
というより、雅楽に馴染んでなかったので、取り入れようがなかったんでしょうね ^^;)
投稿: tak | 2015年3月20日 21:26