漂白される追憶のキャット・アレイ
前からほんの少しずつ進んでいた常磐線取手駅西口再開発の進展に、最近やや加速度がついているような気がする。この 1週間ほどのうちに、「ビジネス旅館 つつみ」 が取り壊されて、更地になっていた。これには驚いてしまった。
「ビジネス旅館 つつみ」というのは、取手駅西口の、細い路地をさらに外れた原っぱの奥で、多分 50年ぐらいは営業していただろうと思われる、民家に毛の生えたような旅館だ。21世紀に入って 15年も経った世の中とは思われない佇まいだった。
よくまあ、こんな旅館が続いてきたなという気がする。おそらく取手より先に自宅のある人が、取手止まりの最終列車に乗ってきて放り出され、仕方なく夜を明かすために重宝していたのだと思われる。
それについては、6年前に「ウェブに乗りにくい情報 Part 2」という記事で書いている。この記事には sandiegan88 さんという方から、「私は常磐線沿線に住んでいますが、定宿にしています。家庭的な温かな旅館です」 というコメントが寄せられた。なるほど、それでようやく「ビジネス旅館 つつみ」のレーゾン・デートルがわかったのだった。
そして私は、酒を飲んで帰ってきて運転できない時などに、話のタネに一度泊まってみてもいいかなと思いながら、最近はとくに酒を飲む機会も減ってしまったこともあり、ついに話のタネにできないうちに永遠に姿を消してしまったのである。ちょっと残念な気がする。
この「ビジネス旅館 つつみ」のある路地には、野良猫がたくさん住み着いていたので、私は密かに「キャット・アレイ」と呼んでいた。多分近所の誰かが餌をやっていたのだろう。糞害に悩む居住者が「猫に餌をやらないでください」という張り紙をしても、猫に餌をやることだけが楽しみという人には、まったく効き目がなかったようだ。
しかしここ数年、この路地にもついに開発の波が及んで、さしもの猫たちも住みにくくなったとみえる。ぱったりと姿を消していた。「キャット・アレイ」という名前もまったく似合わない路地になってしまっていた。
猫がいなくなっただけではない。うら寂しいパチンコ・スロット店も閉店し、その 2階のビリヤード店も潰れ、客の入っているのを見たことがないオバサン向けブティックも消滅し、さらにそのブティックのあった小さなビルも解体された。そして今、すべて更地化されて綺麗に開発されようとしている。
あのキャット・アレイの猥雑さは漂白され、やがてどうでもいい街並みになる。
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コメント
あっしがよく仕事で訪れる飯田橋にも、こんな奇跡のような旅館がありやしたが、例によって、再開発とやらで跡形もなくなりやした。こういうのが無くなるとさびしいでげすな。
同じようなビルが並ぶ街なみは心が寒くなりやすな。
それにしても、猫ちゃんたちは生き延びることができたんでげしょうかね。
投稿: 萩原下衆兵衛 | 2015年3月29日 12:40
萩原下衆兵衛 さん:
『漂白される社会』という本がありますが、この「漂白」という表現はまさに言い得ていると思うのですよ。
それにしても、あの猫たちはどこに消えたのかと不思議です。一時は10匹以上いたのに。
投稿: tak | 2015年3月29日 21:29