問題解決の処方箋
30年以上繊維業界に身を置いて、かなりバラエティに富んだ分野の業務に関わってきたという経験から言うのだが、政府や公的団体から発信される類いの、社会的、経済的な問題点をどう改善するかという処方箋というか、ガイドラインというか、そうしたものは、一般的にあまり役に立たない。経済産業省の発信するガイドラインに真正直に従って事業を行い、儲かったという話を、あまり聞かないのである。
政府の考え方がまったく間違っているというわけではない。定期的に発表される業界ごとの将来ビジョンなどは、個人的にはとてもよくできていると思う。例えば、平成 22年に経済産業省が発表した「今後の繊維・ファッション産業のあり方」というガイドラインは、「繊維産業は衰退産業と思われがちだが、我が国の強みを発揮して国際化に取り組めば、さらなる発展が可能」というトーンでまとめられている。
総論的には、「まさにおっしゃる通り」と言いたくなる内容だ。お役人の示すガイドライン的なものは、案外当を得たものが多い。各論的な具体策になると目を蔽うばかりのお粗末なものばかりだが、総論はたいていの場合かなりよくできている。
そりゃそうだ。総論的なものなら、まともに市場調査、状況分析を行えば、そう結論づけるほかないだろうというような内容になる。しかし現実に照らし合わせると、「おっしゃる通り」 という結果になっているのは、第1章の「繊維・ファッション産業は衰退産業か?」の部分だけで、「まさに衰退産業ですね」という状況に陥っている。
第2章以降でお役人は言う。「こんなに衰退の一途を辿る産業でも、我々が提案する処方箋を実行すれば、まだまだ発展の余地がありますよ」と。しかし業界はお約束の如く反応する。「そんなこと、できっこないよ!」。
そうなのだ。正しい処方箋ほど、実行するのが困難なのである。衰退産業には有能な人材が流入しない。有能な人材がいないからこそ、さらに衰退する。そんなところにもってきて、お役人が「こうすれば、まだまだ発展できますよ」とケツを叩いても、そうした処方箋を実行するどころか、理解するだけの力さえ、業界にはないのである。
本来なら、正しい処方箋を実行できない業界こそが反省すべきなのだが、業界はえてして 「お役人は状況をまったく理解していない。連中の言うことなんて、すべ『絵に描いた餅』だ」という反応を示す。いくら処方箋が正しくても、まともに受け取る者がいないのだ。
実行できない処方箋は、いくら正しくても機能できない。だから私は、「正しすぎる処方箋は役に立たない」と言うのである。
こうした図式は、マクロな経済問題ばかりではない。あらゆる方面に当てはまる。そもそも問題を抱えた国、地域、業界、商店街、会社、組織、団体、家族、個人というのは、まともな解決策が実行できないから、問題を抱えっぱなしになるのである。処方箋を示されて簡単に実行できるぐらいなら、初めからそんなに深刻な事態に陥ることはない。
つまり、問題解決のオフィシャルな処方箋は、そもそもの出発点から間違っているのである。どう間違っているのかというと、問題を分析し、それぞれの解決策を示し、「さあ、やりましょう」 というから、間違えるのだ。それにこう言ってしまってはぶちこわしかもしれないが、いくら正しい処方箋でも、実行している間に周囲の状況は変わるので、その実効性に大きなぶれが生じ、ますます混乱してしまうことも多いのだ。
つまり問題の分析なんかするからいけないのである。そんなことをするからますます深みにはまる。周囲の状況を変えようとするから、「変えられません」と匙を投げるしかなくなる。
私に言わせれば、問題があったら、それをどうこうしようとなんかせず、あっさり諦めればいいのである。あっさり諦めて、全然別のことをすればいい。つまり「周りは変えようとしても変わらないのだから、自分が変わるしかない」のである。
このことについては、折に触れてちょこちょこ詳しいことを書くこともあるかもしれないが、今日の所はこれまで。ただし、今後もよくある「自己啓発」的なことを書くわけじゃないので、そのあたりはよろしく。
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コメント
アタクシの地元、陶磁器産業も傾いて久しく。
昭和30年代の隆盛が忘れられない、頭でっかちのおじいさん方が未だに跋扈。
何を言っても聞く耳持たない層に、こうするべき的なアイデアは受け入れられない。
投稿: 乙痴庵 | 2015年5月 9日 17:36
乙痴庵 さん:
衰退産業が生き延びるための、最も効果的な方策は、思いっきり規模を縮小することです。
つまり、衰退するだけしちまうことでしょうね。そうすれば、最後まで生き残ったところはずっと続きます。
いわゆる伝統工芸と言われるものは、おしなべてそんな形で存続していますからね。
投稿: tak | 2015年5月 9日 22:31