裏方感覚と、引き算のお節介
私は「裏方感覚」というのを大事なことと思っている。裏方というのは決して表舞台で目立たず、影にいてイベントの流れをスムーズにする。彼らの力は偉大である。
私としては、何をするにしても「裏方」として支えてくれている人の身になって、彼らに余計な負担をかけないようにしたいと思っている。そして究極的には、裏方がいなくても、表舞台にいる当事者自身が「裏方感覚」を共有して現場がうまく運ぶように協力し合うことができると、とてもハッピーだと思うのである。
例えば団体旅行に参加した時には、添乗員に負担がかからないように、絶対に無茶な要求はせず、先回りして自分のことは自分でやる。慣れない人がいたら、ちょっとしたお手伝いをしてあげる。私は勤め人の頃、海外の展示会に参加する際のコスト軽減のために、「○○視察ツアー」なんてのに加わることが多かったが、いつも添乗員に「tak さんみたいなお客さんばかりだと、本当に助かります」と感謝されたものである。
混雑したところを移動する時には。できるだけスムーズな流れが実現するように、無意識に移動のネックになってしまっているお団子状態の群れを、自然にばらけさせるように誘導する。そうするだけで、人の流れは驚くほどスムーズになる。
目に付くところに落ちているゴミはさっと拾う。何かのイベントで音響や空調などの不備があったら、いち早く具体的にスタッフに伝えて改善してもらう。誘導看板の不備のせいで混乱が生じていたら、「こんな風に書き直すと、わかりやすいよ」なんてアドバイスまでする。
こんなことを書くと、まるでおせっかいなオバサンみたいだが、ポリシーとしては、「引き算のお節介」を旨としている。足し算のお節介(つまり余計なお節介)はことを面倒にするだけだが、「引き算のお節介」は流れをスムーズにする。つまり私は人の邪魔になったり、厄介をかけたりするのが、たまらなく嫌いな性分なのだね。きっと。
ただ少人数のイベントだったら、個人的にさりげない協力をするだけで驚くほどスムーズに動くようになるが、大人数になるとそうはいかない。効率的な 「引き算のお節介」 をするにも組織プレーが求められてしまう。この「組織プレー」というのが問題で、この中で足し算のお節介をしたがるやつがいたりすると、それれだけでぶちこわしになる。
世の中、なかなか難しいのである。
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コメント
tak-shonaiさんごきげんよう~おはようございます~
この記事うれしく読みました。
ありがとうございました。
私はいつでも夫さんのするイベントには、陰にまわって、あれこれ気を使っていましたが、
他人のイベントまで《引き算のお節介》にこころを遣うということは
あまりなかったと思います。
私も人が困っていたりすると捨てておけないタイプなのですが
たしかに足し算のお節介をする人々は
困ったものですね!!!ほんと。
投稿: 朱鷺子 | 2015年7月20日 07:57
朱鷺子 さん:
要するに 「裏方感覚」 というのは、「全体の流れが見えてる」 ってことなんだと思います。
自分の無意識の行動が全体の流れをせき止めるなんてことがあったら、いたたまれない気がするのですが、結構多くの人が平気でそれをやってます。それはやっぱり、全体の流れが見えてないから。
「足し算のお節介」 は、ますます流れをせき止めてしまいますね。
投稿: tak | 2015年7月22日 17:17