国立競技場とエンブレムと自転車置き場
東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会が、例のエンブレムの使用を取り下げる旨を発表した。これでまあ、一連の馬鹿馬鹿しい騒動の火は収まったわけだが、国立競技場問題と相まって、「ぐったり疲れた感 」と、「やり直すのもうっとうしいなあ感」が残った。
それにしても、2016年に向けての立候補にはあれだけシラけ、消極的だった国民の多くが、2020年の開催決定には大喜びしたというのが、私には今でもよく理解できていない。個人的には、2020年に関しては「そんなにやりたきゃ、やれば?」ぐらいに考えていたのだが、振り返ってみれば、本当にそんなに心の底からやりたかったのかなあ?
1964年の東京オリンピックの頃と今とでは、社会の構造がかなり変わってしまったことを感じる。当時は、大きな流れの前には小さな情報は取り上げられることすらなく、日本全体がイケイケ・モードでオリンピックに突入した。そして当時はそれでよかったのだと、今でもそれを経験した多くの国民が納得している。
ところが約半世紀以上経った今の情報化社会では、小さな情報でも結構拾い上げられる。国立競技場建設計画は「金かかりすぎじゃね?」という疑問の拡大によって、多くの国民の支持を得られなくなり、ついに取り下げの憂き目にあった。エンブレム問題も、私は当初、「なんだかんだと言っても、結局これで行っちゃうのかなあ」と思っていたが、同様に「炎上」してしまった。
これは多くの人が言うように、インターネットを初めとする「草の根情報」システムが、既に大きな力を得ていることを示す。マスコミの力だけでは、ここまでの炎上エネルギーは生み出せなかっただろう。
ただ、それはそれとして、私は何だか割り切れないものを感じてしまうのだよね。政府は国立競技場とエンブレム問題でガス抜きして、もっと大きな 「安保法制」 をしっかりと通してしまう姿勢なのだ。草の根情報もかなり頑張ってはいるのだが、安保法制まで覆してしまうまでには至らない。
というのは、安保法制に関してはインターネットの世界も真っ二つなのである。お互いに火の手は上げつつ、一方でお互いに水をかけ合っているから、大きな流れを変えるまでの炎上には至っていない。国立競技場とエンブレムで、右も左も盛大に火の手を上げて騒いでいたのとは大違いである。
とくにエンブレム問題では、"東京オリンピックのエンブレムに関する「余計な説明」が、火に油を注いでいる" という記事で書いたように、選考委員会の代表までが余計なことを言って炎上を加速させたのだから、まさにしっちゃかめっちゃかである。
私はそこに、「自転車置き場の議論」的要素を垣間見てしまうのだよね。これは「パーキンソンの凡俗法則」というのから来ていて、Wikipedia によると、次のようなことである。
原子炉の建設計画は、あまりにも巨大な費用が必要で、あまりにも複雑であるため一般人には理解できない。このため一般人は、話し合っている人々は理解しているのだろうと思いこみ口を挟まない。(中略) このため審議は「着々と」進むことになる。
この一方で、自転車置き場について話し合うときは、屋根の素材をアルミ製にするかアスベスト製にするかトタン製にするかなどの些細な話題の議論が中心となり、(中略) 次に委員会の議題がコーヒーの購入といったより身近なものになった場合は、その議論はさらに白熱し、時間を最も無駄に消費する。
とまあ、オリンピックに関連した国立競技場建設やエンブレムを「些細な問題」とは言わないまでも、国民がそれらに関して盛大にやいのやいのと言っているうちに、安保法制は影で(というほど影ではないが)着々と進行している。
最後に余計な話かもしれないが、これで佐野さんというデザイナーは、商売にならなくなってしまうんだろうなあ。気の毒に。
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コメント
こんにちは、久しぶりにコメントします。
>これで佐野さんというデザイナーは
今朝のTVでは、アート・ディレクターの佐野研二郎氏と紹介されていました。
もしかしてデザイナーという肩書で呼ぶのもはばかられる存在になられたのかなぁと邪推しました。
投稿: ちくりん | 2015年9月 2日 11:45
ちくりん さん:
Wikipedia で 「佐野研二郎」を検索すると、「東京都出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター、クリエイティブディレクター」 とありますが、最初にある「グラフィックデザイナー」をテレビが敢えて採用しなかったのは、言いにくくてアナウンサーがかんじゃうからです。
(ウソです ^^;)
投稿: tak | 2015年9月 2日 17:11