「一即多」 の思想による融和のコンセプト
たまたまテレビのスイッチを入れたら 『NHK スペシャル アジア巨大遺跡』 という特集をやっていて、今夜はその第1集 『カンボジア アンコール」 という番組だった。アンコールワット遺跡の紹介から始まり、9世紀から 15世紀にかけてこの地に栄えたクメール人によるアンコール王朝の反映の秘密を解き明かすという構成だった。

(画像は NHK 番組より)
恥ずかしながら私は、アンコールワットについて、熱帯の密林の中の謎に包まれた巨大遺跡という程度の知識しか持ち合わせていなかったが、この番組のおかげで、実はこの遺跡は 70万〜100万人の人口をもつ当時の世界最大の都市の中心だったと知った。へえ! 大したもんだ。
この世界最大の都市を支えたのが、高度な水利技術により 1年に 3〜4回もの収穫が可能だった稲作を中心とした農業と、中国からイスラム圏にまで広がった交易ネットワークだったことも、初めて知った。インドシナ半島のど真ん中に、そんなすごい文明があったとは、学校の歴史の時間では習わなかったよ。
さらに、このアンコール文明がほぼ 6世紀にもわたって繁栄した最大の理由が、「平和」だったということが、この番組では強調された。当時の世界は、十字軍遠征や元帝国建設などに象徴されるように、戦争が盛んに行われていた。しかしインドシナ半島ではアンコール王朝を中心に、平和な時代が続いていたため、高度な文明が栄えたというのである。
この平和はどうしてもたらされたのかといえば、12世紀末のアンコール王朝最盛期の王だったジャヤーヴァルマン 7世が、積極的な融和政策を敷き、周囲の民族との平和を実現したことによるという。彼自身はヒンドゥー教から仏教に改宗していたらしいが、周囲の民族に信仰されていた全ての宗教を受け入れ、融和したことが大きいらしい。
西洋社会のキリスト教とイスラム教の対立を軸とした争いの歴史を考えると、東洋の「融和」の思想というのは偉大なるものである。私はそれを知って感動してしまったのである。
アンコール王国の「全てを受け入れて融和する」という思想こそ、現代人が学ぶべきものだ。下手すると「独断的な一神教がいけない」という議論に持って行きたがる人もいるが、そんなことを言うから、ますます余計な対立が生じる。それを越えて「一即多」という思想まで高まらないと、対立は消えない。
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コメント
一万年も続いた日本の縄文時代も大したもんだと言わざるを得ない。
投稿: 深沢 照男 | 2015年11月 9日 22:35
深沢 照男 さん:
うぅむ、それも確かにいえますが、ちょっと次元の違う議論になるかもしれません。
投稿: tak | 2015年11月10日 02:01