「色」は脳内にある
"「色」は光にはなく、脳の中にある" という日経ビジネスの記事を、とても興味深く読んだ。我々が知覚している「色」というのは、物質(物質からくる光の波長)固有のものではなく、我々の脳が波長に応じてそこに「色」として塗って見ているというか、貼り付けて見ているというか、まあ、そんなようなものであるというのだ。
このことについては、前から知ってはいた。もっと言えば、あまりよくは知らなかった頃から、「色」というのは人間が人間の都合で認識しているのだということは、何となくそんなようなものとはわかっていた。とはいいながら、それほどしっくりきていたわけじゃなかった。
例えば大学の哲学の授業などで、教授がもったいぶって「ここに花がある。赤い花である。しかしそれは本当に『ここに赤い花がある』と言えるのか」なんてことから講義を切り出す。こちらとしては「なるほど、哲学のとっかかりとしては、そういうところから入るわけね」なんて思いながらも、遠い世界の話のような気がする
凡人は「だって、赤い花。あるじゃん」なんて思いがちなのだ。そんなこんなで、哲学というのは役にも立たない暇人の知的遊戯なんてことに落とし込まれてしまう。
ところが脳科学の視点からこのように「色は脳内にある」と立証されてみると、哲学は俄然プラクティカルなものになる。「へえ、哲学ってその辺りのことを、ずっと昔から問題にしてたんだ」と、凡人にもやっと理解される。
ただ、哲学の立場からこの辺りの認識論にあまりに深入りすぎると、哲学の醍醐味である存在論や形而上学に行けなくなってしまうような気もするのだよね。もうここまでくると好き好きの問題のような気もするのだが、認識論は存在論の入り口として考えるのがしっくりきてしまうのだよね。
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コメント
なんだか難しいですヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ
投稿: ひろゆき王子 | 2016年3月 2日 19:21
「物質」自体には「色」という物はなく、我々の視神経が物質固有の波長を「色」として感じているのだ、というのはデザインの授業で習った気がします。まぁ普段、そういうことを意識して自然を観賞したりはしませんが。
犬や猫は我々人間ほど多様な色を識別できないかわりに、人間とは比べ物にならない嗅覚を持っているらしいですが、それならば人間として、この創造者から与えられた、多様な色を感じる能力を十二分に使って楽しみたいものですね!もうすぐ色の洪水の季節ですし!春のサイクリングが待ち遠しくてワクワクっす!
投稿: はぎ原みづ禰 | 2016年3月 3日 13:39
ひろゆき王子 さん:
もっと簡単に言えないのは、私の能力の限界かも。
投稿: tak | 2016年3月 3日 22:54
はぎ原みづ禰 さん:
モノの方から押しつけられているんじゃなくて、こっちの好きに見てるのですから、要するに楽しまなきゃもったいないってことですね (^o^)
投稿: tak | 2016年3月 3日 22:56