スポーツマンとギャンブル
先月 23日の "「勝った負けた」 の世界に入れ込みすぎると" という記事は、プロ野球の世界の「勝敗に伴う金銭のやりとりに関する問題」について書いたものだ。その中で私は、いろいろな新聞記事などで 「野球選手は日頃から勝負の世界にいるので、勝った負けたの賭け事が好きな傾向がある」 というようなことが書かれていることに、疑問を呈した。
私はこの記事の中で、次のように書いている。
ビジネスとして勝ち負けの世界にいるなら、仕事を離れた時ぐらい、勝負とは無関係の世界にいたいと思うのが人情だと思っていたが、どうもそうじゃないらしいのだね。
(中略)
「勝った負けたの世界に入れ込みすぎると、頭がおかしくなるみたい」 なんて偏見まで抱いてしまうのである。
ところが今回のバドミントン選手の闇賭博事件に関連して、この「偏見」が当のスポーツ選手自身から語られてしまった。リオデジャネイロ五輪でメダル獲得が期待されていたという桃田賢斗という選手が記者会見で、「自分もスポーツマンで、勝負の世界で生きている以上、ギャンブルというものに興味があり、抜けられない自分がいました」と語ったと報じられている。
この発言は既に多くの人に批判されているようで、あの「尾木ママ」が自身のブログで「バドミントンの競技の勝負とギャンブルの勝負/同じ「勝負事」と同列に捉えていることにびっくりです」「想定外の理屈?/弁明/聞かされるとは!?/思いませんでした!」と書かれた(参照)のがあちこちで話題になっている。
まさにその通りなのだが、実はあの「弁明」は決して「想定外の理屈」ではなかった。それは冒頭に書いたように、「野球選手は日頃から勝負の世界にいるので、勝った負けたの賭け事が好きな傾向がある」と、あちこちのスポーツ新聞で書かれていたことからも明らかである。「野球選手」を「スポーツ選手」と置き換えて読めば、ジャーナリズム自身が「想定外の理屈/弁明」の種を用意してあげていたことがわかる。
こうした種を用意してあげていたジャーナリストは、今回のバドミントン選手の事件に関しても、「お前もか !? しょうがねえなあ」ぐらいの、スタンスにならざるを得ない。その上で「そんな傾向があるからこそ、気をつけなければならなかったのに」と言うなら、まだ許せる。しかし多くは、そんなことを言ったことを忘れたかのように、ストレートに批判している。
スポーツ選手だけでなく、ジャーナリズムに至るまで「勝った負けたの世界に入れ込みすぎると、頭がおかしくなるみたい」なのである。
「スポーツマンがギャンブル好きな傾向がある」のではなく、「ギャンブル好きがスポーツの世界でたまたま成功することがある」というのが、本当のところなんじゃなかろうか。まあ、ギャンブル好きと相性のいいスポーツ種目というのも、どうやらあるみたいで、その代表が野球と相撲とみられても仕方ないかもしれないけどね。
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