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2016年6月26日

「ファッション・ピープル」 が初心者に優しくなれないわけ

〜服を売らない店員さんの〜 初心者のための学生ファッション塾」というブログがあり、自称「服を売らないアパレル店員」さんが、アパレル店員という仕事をして感じた矛盾をつづっておられる。その矛盾とは、アパレル店員として、本当にお客のためのファッション提案をしたいと思いつつも、現実には単に「服を売る」ということしか求められていないということのようである。

そもそも彼はアパレル業界に関して、「初心者に優しくなさ過ぎる」と感じている。「ほぼ全てのオシャレが好きな方が、初心者の気持ちが分からなくなっているような気がしている」と言うのである。それで、ファッション初心者がファッション・ショップに行ってオシャレな服を買おうとしても、その店の店員にまともに相談に乗ってもらえないのである。

なるほど、これが例えばクルマだったら、あるいは PC だったら、初心者が店に行って店員に相談すれば、それなりのアドバイスはしてもらえる。わけのわからない専門用語も、ある程度はわかりやすい言葉に置き換えて説明され、その上で、その店のラインナップの中から最も相応しい車種や機種を推薦してもらえる。

ところがアパレル専門店、とくにハイ・ファッションと言われるような店だと、まず初心者が入店することからして、かなりハードルが高い。それにツンとすました店員は、初心者レベルの質問なんかとても受け付けてくれそうにない雰囲気を醸し出している。さらにわけのわからないファッション用語を連発されたら、初心者はパニックになってしまう。

どうしてハイ・ファッションの人たちというのは、初心者に対してそんなにまで優しくないのか。

その答えは、実は簡単だ。ハイ・ファッションの人たちというのは、ダサい人たちがいてくれるからこそ、自分たちの優位性を確認し、「あいつらとは、ちょっと違うのよね」と自分に呟いて、安心することができるからである。だからダサい連中には、いつまでもダサいままでいてもらわなければならないのだ。

誰でもかれでもそんなに簡単に「ファッション・ピープル」なんかになってしまったら、自分たちのよって立つ基盤がなくなってしまうのである。それはもう、日本の伝統的な職人の世界と同じようなところがあって、親方は弟子に親切丁寧に技術を教えたりはしないようなものなのである。「盗んで覚えろ」ってなもんだ。

私は実はアパレル業界でのキャリアが結構長くて、意外かも知れないが、ファッションには案外詳しいのである。自分のファッションにこそ無頓着だが、ファッションを論じることならできちゃうのだ。なにしろ、昔は東京コレクションを最前列のプレス席で見て、それをレポートしていたぐらいだからね。

だからこそ言えるのだが、ハイ・ファッションの人たちがいい気持ちでいるためには、ロー・ファッションの人たちがいてくれなければ困るのである。そうでないと、自分たちを差別化できないのだ。そしてそれは「一目瞭然の見てくれのこと」だから、そう簡単には真似されないために、シーズンごとにビミョーに変化し続けなければならない。

そんなような努力に金を使い続けて悔いないのが、「ファッション・ピープル」なのである。つまりダサダサの連中がいてくれてこそ、自分たちの存在価値が保証されるのだ。

ところが最近になって、ファッションの世界にも変化が生じている。 「ファッション・ピープル」の多くは感覚的すぎて、インターネットの波にも乗り遅れ気味だし、実は「ピュア・ファッション」という視点以外からは、「ちょっと面倒な人たち」と思われるまでになっている。

普段の身なりはユニクロでテキトーに繕いながら、ファッション以外の分野により多くを投資する人間の方が「ややマシな人間」と思ってもらえるようにさえなりつつある。 冒頭で紹介した「服を売らないアパレル店員」さんも、「僕は『量産型』大賛成派で(笑)」とおっしゃっている(参照)。これはもう、「ファッションの民主化」にほかならない。

そうなると、従来の価値感に即した、「因習的なファッション・ピープル」 は孤塁を守るために、ますます自らのエリアを狭く、特殊なものとしなければならない。だから、初心者に優しくなれるはずがないのである。

 

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