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2016年6月14日

日本の住所表示は、確かにわかりにくい

"日本の住所はわけがわからない!? 不規則な番地に困惑する海外出身者 欧米では 「道+番号」" という記事がおもしろい。確かに日本の住所表示は、日本人にもわかりにくく、初めて訪ねる家を探すなんてことになると最悪だ。

例えば、まったく土地勘のない土地の「新町 1丁目 13-6」という住所の家に、初めて訪ねるとしよう。電柱に「新町 1丁目」という表示があり、ごく近くまではたどり着いているはずだ。しかし「番地」とか「号 (住居番号というらしい)」とかの段階でわけがわからなくなる。

家の門や玄関に「12-3」とかいう表示が貼り付けてあり、その隣は「12-4」となっている。「よし、もう少し行けば目的の家だ」 とばかり勢い込んで歩いていると、小路一本隔てていきなり「30-1」とかになる。かといって間の小路に分け入っても、なぜか「20-5」とかが現れたりして、まさに迷宮だ。

それに対して欧米の住所表示はわかりやすくて、初めて訪ねる場合でも楽なんてもんじゃない。表示された道路に行って、順番を辿れば迷わず到着できる。とくにニューヨークなんか初めて行った日本人でもわかりやすくて、例えば "22 E 52th St" という住所なら、「52番ストリートの東側の22番目の建物」 ということだ。

つまり欧米式は、特定された道路沿いの何番目かというのが、住所表示の基本になっている。一方日本式は、道路で囲まれたブロックごとに「何丁目何番地」という住所があって、その中で順繰りに「号(前述の住居番号ね)」にあたる数字がふられている。その数字のふり方もわけのわからないところがあって、一応右回りらしいが、ちょっとした小路で連続性が失われて堂々巡りさせられたりする。

どうしてこんなことになったのかというと、冒頭で紹介した記事では、「西洋の人々は道路沿いに家を建てたのに対し、日本人は空き地に家を建てたから」というのがベストアンサーとされている。

なるほど、空き地に家を建てたのならそもそもアクセスするために道路なんて必要じゃなく、草っ原を行けばいいだけだ。そして空き地で家が集まりだしたら、たまたまの結果として、その隙間が「道」になる。

主要街道や目抜き通りなら名前もつくが、たまたまできた隙間に、ことさらに名前なんか付けない。田舎に行くと、「こりゃ、道路というより軒下の隙間だよね」と言いたくなるような、「道ともいえない道」がいくらでも残っている。

つまり欧米式の「住処」というのは、道に沿って並ぶのだが、日本ではごちゃっと寄り集まって建てられたのだ。寄り集まった同士は一応の共同体意識を持ちやすいので、というか、元々親類縁者が寄り集まって家を建てたりしたので(そのせいで、田舎に行くと同じ苗字の家がごちゃっとかたまっていたりする)、当然ながら住所表示も線状に伸びた道路ではなく、「一かたまり」が基本となる。

おかげで日本式住所表示は、大まかな位置を示すには便利で、ごく近くまでは容易に行くことができるが、よくよく近くまでたどり着いてからわけがわからなくなる。欧米式は、「何とかストリートって、どこにあるんだ?」と最初に地図上で探さなければならないが、その道路まで行きさえすれば、あとは楽だ。もろに対照的である

日本式住所表示の思想は、オフィスのデスク配置にも反映されている。日本のオフィスのデスクは、「課」とか「係」とかを単位にして何人かがまとまって向かい合い、「シマ」を作るが、欧米式は、それぞれのデスクが独立して並んでいることが多い。欧米人は「始終向かい合っているんじゃ、仕事しにくい」と感じ、日本人は「同じ部署でデスクが離れてるなんて、やりにくい」なんて言い出す。

つまり日本の住所表示の「○○番地××号」は、 企業やお役所の「○○部××課」で向かい合ってシマを作っているデスクのかたまりに相当するもので、そのシマ(ブロック)がある程度広かったりすると、その中で特定の家を探すのがやたら手間だったりするわけだ。やれやれ。

 

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コメント

「○○番地××号」 表示はまだましですね。

実例ですが、横浜市中区山下町278番地と言うのが有ります。数字の一つ隣の277番地まで来た、あと一息だと安心したら、探しても探してもない。結局山下町288番地は遠く離れた1000m先にあったことがあります。

これを紙の地図では探すのは不可能でした。
いまなら、google map で簡単ですが、昔は大変でした。

例外として、京都は合理的ですね。京都の人に言わせると、住所さえ聞けば地図なしで行けると言います。
ただし、ややこしい歌を覚えないといけません。

東西の通り名18、南北の通り名25を覚えるあの歌です。
これは南北の歌。
https://www.youtube.com/watch?v=szT46NlEMKc
これを覚えるのも大変ですが、これを一の通り、二の通りなんてしたら京都が色あせてしまいますね。

投稿: ハマッコー | 2016年6月15日 00:27

ハマッコー さん:

山下町の例は、また極端ですね。行政の意地悪としか思えません。

例の童歌は、「まるたけえびすにおしおいけ〜」 だけで、底から先は 「あれ、なんだっけ?」 になっちゃいます。ましてや東西の通りとなると、さっぱり ^^;)

京都暮らししてしまえば、身体感覚と一致してすっと覚えちゃうんでしょうけどね。

投稿: tak | 2016年6月15日 08:06

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