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2016年8月に作成された投稿

2016年8月31日

落とし物を拾ったら

先日、ちょっと所用があって地元の警察署に行った。建物の一番近くの駐車スペースが空いていたのでそこに駐車し、ドアを開けて車から出ると、目の前に新品のタオルが落ちていた。普通の場面ならちょっと拾って近くの塀にでも引っかけておく程度で済ませただろうが、まあ、場所が警察署の正面玄関前ということもあり、気軽に拾って拾得物として届けることにした。

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で、その程度の落とし物なら、「はい、どうも」 と受け取ってくれて、それでおしまいかと思ったのだが、そうではなかった。窓口の婦人警察官が一通りのことを聞いてくる。

「どちらで拾われましたか?」
「ここの正面玄関前です」
「いつ拾われましたか?」
「今しがたです」
「それでは、住所氏名をこちらに書いて下さい」

この辺りで、「おいおい、ちょっと大げさすぎるんじゃないの?」という気がしてきたが、へたに逆らってタイホされちゃ困るので、求められた通りに住所氏名を書く。すると「ただ今、書類を作成しますので、15分ぐらいお待ちください」と言うのである。

こんなことで 15分もかかるのかと思ったが、まあ、その間に本来の用事をささっと済ませてその窓口に戻ると、ワープロで綺麗に作成された届出書が印刷されている。それを前に、さらに聞かれる。

「持ち主が現れたら、あなたの住所氏名を知らせることを希望しますか?」
「へ? 何のために?」
「お礼を差し上げることもありますので」
「いや、タオル 1枚のお礼なんていりませんから、それには及びません」
こう言うと、彼女は書類の「知らせない」という項目にチェックを入れた。その上で私が内容を確認して署名し、これでようやく手続き完了で、解放されたのである。やれやれ。

そこで私は、ちょっとしたことを思い出した。もう 10年以上前のことになるが、あるショッピングビルのトイレで、分厚い革財布を拾ったのである。中には 1万円札がざっと見ても 10枚以上と、複数のクレジットカード(しかもすべてゴールドカード)が入っていた。

私はそのあたりはとても正直者なもので、そのトイレを出て一番近くの店の店員に、「これ、トイレに落ちてましたよ」と届けた。若い男の店員は、「はい、どうもありがとうございます」と、軽い気持ちで受け取ってくれた。

その時は、さすがに大金の入った財布だけに、こちらの住所氏名ぐらいは聞かれると思ったのだが、そんなことは全然なく、財布を渡しただけで呆気なく一丁上がりになってしまった。私としては、正直なところ「落とし主が現れたら、1割ぐらいお礼がもらえるかも」なんていう下心もなくはなかったのだが、あまりの呆気なさに拍子抜けして、そのまま帰って来てしまった。

ところが、タオル 1枚でこんなに面倒な届け出が必要ということを知ってしまうと、あの時の分厚い革財布の処理はどうなったんだか、今頃になって思い出され、気になってしまったのである。

あの店員、あの財布をどうしたんだろうか。落とし主が現れたとしても、あの店に問い合わせるとは考えられない。ということは、彼がトボけてしまえば、それでおしまいである。もしショッピングビルの管理事務所または警察に届けてくれたとしても、自分の手柄にしちゃって、ちゃっかりお礼を受け取ったりしてないだろうか。

なんだか割り切れない思いがするのである。私は今回の経験で、落とし物を拾ったら、拾った場所がどこであろうとも、例えば大きなショッピングセンターだったとしても、直接警察署に届け出ようと思ったのだった。ちょっと面倒だが、それが最も公明正大な、ということは、人を変な道に誘い込まなくて済む方法のようだから。

 

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2016年8月30日

「カイン様カード」 には戸惑った

今日の夕方、某ショッピングタウンの某家電量販店で、iPhone 用のケーブル(ライトニングとか言ったかな)を買ったところ、レジの若いお姉ちゃんが 「カイン様カードをお持ちですか?」 と聞くのである。

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「は?」
「カイン様カードはお持ちですか?」
「カイン様?」
「はい」
「カイン様って、一体何ですか?」
「えぇと、あのう、『会員』 のカードですね」
「ああ、『会員様』 と言ったつもりだったのね」
「は、はい、そうです」

というわけで、その若いお姉ちゃんは、あの調子で、レジで金を払う客全員に「カイン様カードをお持ちですか?」とやって、その度に「は?」と聞かれてるんだろう。そのくせ、自分が「カイン様」としか言っていないことをちっとも自覚していないようで、さらに私に「カイン様?」と聞かれて 「はい」 と答えるのだから、他人の言葉もまともに聞いていない。

「カイン様カードをお作りしましょうか?」
「いや、カイン様カードなんて要りません」

実際、その店は年に 1度か 2度買い物をする程度の店だったので、「カイン様カード」なんて持たされてもあまり意味がない。さらに言えば、「会員カード」とフツーに言ってくれれば、「無料で作れるなら、もってもいいかな」ぐらい思ったかもしれないが、「カイン様」では、なんだかシラけてしまったのだよね。

どうも最近、日本語の一音一拍がおろそかにされる傾向がある。「様」さえ付けりゃいいってもんじゃない。ちゃちゃっと言っちゃっても通じるような決まり文句なら「あざーす!」でも通じるかもしれないが、「カイン様カード」には、正直戸惑ったなあ。

ちなみに、上の写真は今回戸惑った店のものではなく、日本最大級の某家電量販店のフロア案内だが、さすがに日本最大級だけあって、家電が "Home Electronics" (看板の下にそう書いてある) なんだそうである。

【2021年 1月 5日 追記】

マクドナルドの店員もかなりすごい。(「マクドナルドに一言 」を参照)

 

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2016年8月29日

ノーミートのメニューは選択肢が極端に少ない

今日は群馬県高崎市までの出張で、往復 260㎞ を運転した。帰りは日が暮れてかなり空腹になったが、群馬県内の国道 354号線沿いには、私が入りたくなるようなレストランが見当たらない。ほとんど焼き肉屋とかハンバーグレストランとか、とんかつ屋とかいうのばかりなのである。

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私は肉食(鶏肉を除く)を止めてほぼ 3年ぐらい経っていて、会食などで出てきてしまったら仕方なく食うが、自ら選択して肉を食うことはなくなった。だから、焼き肉とかハンバーグとかとんかつとかいう料理は、ハナから選択肢に入っていないのだ。

ようやく蕎麦屋を見つけて晩飯にありついたが、最近の外食の世界は、ことほど左様に肉食に支配されているのだと、改めて認識した。つまり肉を避けると、外食の選択肢が極端に減ってしまう。これは紛れもない事実で、ということは、外食をするとほとんどの料理に肉は入ってしまっているのである。

友人の多くは「肉を食わないなんて言ってたら、食べるものがないじゃないか」と言う。「今の世の中で肉食を避けてたら、暮らしていけないだろう」と言う者までいる。動物性タンパク質を摂らなければ、栄養失調になると心配する者もいる。しかし実際にはそんなことは全然ない。世の中には完全菜食主義で活躍しているスポーツ選手もいるし、私は魚と鶏肉は食うしね。

要するに多くの人は、肉食忌避は現代日本における食文化の大勢に合わないから、そんなことにこだわるべきじゃないと言うのだ。逆に会食などで供された肉を仕方なく食うと、「お前は菜食のくせになぜ肉を食う」 と責められたりする。こっちだって食いたくて食ってるわけじゃなく、食べ物を捨てることの方が問題だから仕方なく食っているのに、この世の中は食い物のことになると、余計なお世話というのが妙に多いのである。

私は外食はできるだけ蕎麦とか魚類の定食とかにする。ラーメンすらもチャーシューと出汁に使う肉や骨の類を避けるために、最近は食べないようにしている。嫌いで食べないのではなく、ポリシーで食べないのだ。そしてポリシーで食べないでいると、いつの間にか肉類をおいしいと感じなくなる。不味いとまでは言わないが、あえて金を払って食べたいとは思わなくなるのだ。

そして、このポリシーは確かに現代日本の食文化には適合していないのだが、私としては、だからと言って妥協して肉を食おうとは思わない。そのうちに、日本の食文化もノーミートの選択肢が増えるものと期待している。

ちょっと前までは非喫煙者は少数派で、多くの場で煙の暴力に耐えていたが、今では少なくとも喫煙席が分離されるのが普通になり、むしろ喫煙者の方が肩身の狭い思いをしている。これと同様に、ノーミートのメニューが増えるのも自然の流れと考えている。ただ、それには時間がかかることが確実で、私の目の黒いうちに一般的になるかどうかはわからないが。

 

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2016年8月28日

もみじマーク付き軽自動車を運転する恐ろしいばあさん

暑い時期には怪談が定番だが、私が実際に体験した怪談より怖い話を紹介してみたい。それはつい一昨日のこと、仕事で鹿嶋 (あのアントラーズの本拠地) に向かう途中の国道上でのことである。

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コンビニの駐車場から私の目の前に、1台のピンクの軽自動車が割り込んできた。もみじマーク付きで、助手席にも誰か乗っているのが後ろからうかがえる。このもみじマーク付きの軽自動車の運転が、ちょっと見られないほどすごいものだったのである。

私は片側 2車線の道路の左側車線を走っていたのだが、このもみじマーク付き軽自動車は、目の前に割り込んできてすぐに右寄りに進路を取った。もちろん、いや、こうしたケースで「もちろん」なんて言っちゃいけないのだが、向こうとしてはごく当然のごとくに、ウィンカーは出さない。

私としては「しょうがないなあ」と思いつつも、その車は右側車線に移るものと推測したのだが、それは甘かった。その車は車線をまたぎ、つまり、2車線を 1車線のごとくに占有して、ゆっくりとど真ん中を走り始めたのである。大体時速 35〜40キロのスピードだ。

そのうちどちらかの車線に収まってくれるものと期待したが、ずっと車線をまたいだまま走り続ける。私を含む後ろの車は、呆気にとられつつ、下手にクラクションを鳴らしてパニックに陥られたりしたらかえって危ないと、恐る恐るおとなしく後に続く。傍からみたら、さぞかし異様な光景だったろう。もみじマーク付きの軽自動車が、2列に並んだ車のパレードを、堂々と先導しているのだから。

道路はそのうちに、片道 1車線になった。当然後ろのパレードも 1列になる。ところが先頭のもみじマーク付き軽自動車は、追い越し禁止を示す黄色のセンターラインをまたいで、右側にはみ出しながら進行する。対向車はたまらない。驚いて急ブレーキをかけ、道の端っこに逃げる。

それ以上にたまらないのは、実はこちらである。私は何の因果か、ずっとその車のすぐ後ろを走っているのだ。後ろから観察すると、助手席に座った人影は特段慌てるでも恐れるでもなく、平然と座っているように見える。一体どんな神経の 2人連れなんだ。

幸いにも再び追い越し車線のある片側 2車線道路になったので、私は 2車線をまたいで走る恐ろしい車の右側をすり抜け、辛うじて追い越すことができた。しかしまたすぐに片側 1車線になったので、後続の車は追い越すことができない。何しろ相手は 2車線のど真ん中を走るので、追い越すにもかなり度胸が必要なのだ。

やっと追い越した私は、安心してスピードを上げてその車から遠ざかろうとした。すぐ前を走っていたら、どんな事故に巻き込まれるかしれない。ところが、本当に恐ろしい思いをしたのはそこからである。バックミラーを見ると、そのもみじマーク付き軽自動車が、距離を置かずに付いてくるのである。これにはちょっとぞっとしてしまったね。

運転しているのはばあさんで、バックミラーの中で必死の形相でハンドルにしがみついている。どういう了見か知らないが、前を行く車には何としても付いて行かなければならないなんて思っているようなのだ。そんな余計なことは考えなくてもいいのに。

私はそれ以上スピードを上げることを諦めた。引き離そうとしてさらに加速なんかしたら、付いていくことを至上命令と心得ているばあさんの命があぶない。このとんでもないばあさんを守るためにも、遅めのスピードをキープしてあげなければならない。

こんな恐ろしい思いを 15分近く続けているうちに、ばあさんの車は途中で左折してバックミラーから消えた。この瞬間、私は本当に本当に安心したのだった。それにしても、あのばあさんに運転免許を与えたのは、国家的な間違いである。さっそく没収してもらいたいぐらいのものだ。そしてさらに、助手席にいたばあさんの精神鑑定もお願いしたい。

 

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2016年8月27日

「コールスロー」の語源は、オランダ語で「塩キャベツ」

キャベツなどの野菜をやたらと細かく刻んでマヨネーズで和えたようなのを、「コールスロー」 という。まるで食い物らしくなく、石炭を放り投げるような名前なのだが、"coleslaw" という、いかにも英語らしいつづりなので、多分英語なのだろう。しかしなんでまたそんな風な名前なのか、さっぱりわからなかった。

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自分のお気に入りの食べ物の名前の由来を、いつか調べてみようと思いつつ、ついつい忘れてしまっていたのだが、本日、やっと思い出して調べてみた。調べてみると、やっぱりちゃんとした英語である。ただ、その語源がやや面倒くさい。Wikipedia には次のようにある。(参照

英語の 「コールスロー (coleslaw)」という名前は 18世紀ごろにオランダ語の "koolsalade" (キャベツサラダ) を短縮した「コールスラ (koolsla)」 から生まれたものだが、1860年ごろまでのアメリカ合衆国とイギリスでは誤って "cold slaw"(冷たいスロー) と呼ばれており、ホットスローという温サラダが作られることもあった。英語の "cole" には本来ラテン語から派生したキャベツの意味があり、これはまたオランダ語 kool の語源ともなっている。その後 "cole" の意味が復活して英語でも coleslaw と呼ばれるようになった。

というわけで、元来オランダ語で 「キャベツサラダ」 という意味だったのが、誤解の結果「冷たいサラダ」になりかかり、その後辛うじて「キャベツサラダ」 の意味に復帰したもののようなのである。ちょっと複雑な経路を辿って定着した言葉なのだ。"Koolsla" が "cool slaw" ではなく "cold slaw" だと思われたってことは、オランダ語の発音が 「クール」 ではなく 「コール」 に近いんだろうね。

で、「サラダ」と「スロー」の関係だが、どちらも「塩」(英語では "salt") という意味の言葉を語源としているらしい。語源由来事典によると、英語では "salad"(サラド)、フランス語では "salade"(サラード)、イタリア語では "insalata"(インサラータ)、ドイツ語では "salat"  (ザラート) というとある。なるほど、オランダ語の "salade" はフランス語と同じスペルである。

サラダというのは、今ではいろいろなドレッシングで和えたりしているが、元々は塩で和えていたもののようなのだ。ということは、「コールスロー」は「塩キャベツ」ということなのだね。

 

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2016年8月26日

この夏、逃水を見ていない

昨日と今日、茨城県内のあちこちに行く用事ができて、炎天下を車で走り回って気がついた。そういえば、今年の夏は逃水(にげみず)を見ていない。

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逃水とは言うまでもなく蜃気楼の一種で、よく晴れた暑い日にアスファルト道路を走っていると、遠くの路面が水浸しになったように、青い空が映ったりしているように見える現象である。真夏のドライブではお馴染みだ。

ところがこの夏、その逃水を一度も見ていない。一つには、私自身がこの夏にそんなに長距離ドライブをしていないということがある。田舎の両親が亡くなってからというもの、真夏に帰省することが減って、帰るなら道路が混まず、暑くも寒くもないいい季節を選んだりしている。

とはいえ、近郊の道路を運転することはある。そしていつもの夏は、暑い日にちょっとした直線道路を走れば、当たり前のように逃水が見えたものなのだ。それを一度も見ていないというのは、一体どうしたことなんだろう。

逃水というのは、熱せられた路面とその上の空気層に温度差が生じて、光の屈折率がかわってしまうことで起こる現象だ。ということは、世の中が暑くなりすぎて、熱せられた路面との温度差が小さくなってしまったのだろうか。いやいや、その辺りのことはよくわからないが、来年の夏はごく当たり前に逃水を見て、少しは安心したいものだ。

ちなみに逃水という現象は昔からあったようで、歳時記にも取り上げられている。しかしそれは、春の季語として載っているようなのだ(参照)。アスファルト道路のない昔は、春によく見られる現象だったんだろうか。環境が変わると季節感まで変わってしまうもののようなのだ。

源俊頼の歌に「あづま路にありといふなる逃げ水のにげのがれても世を過ぐすかな」というのがある。昔は都路では逃水が滅多に発生せず、遙か東国ではよく見るというようなものだったのだろうか。

 

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2016年8月25日

真夏の古都

この夏、京都に 2度行った。京都が一番暑い時期である。どちらも仕事上の出張だが、日程的に少し自由な時間が取れたので、ついでに京都観光をしようと思っていた。とはいえ、京都に着くまでどこに行くかは決めていなかった。

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とはいえ、真夏の京都のど真ん中を歩く気にはなれない。そんなことをしたら暑くて疲れ果ててしまう。少なくとも北山よりももっと北に行こうと思っていた。それなら、自動的に比叡山、鞍馬/貴船、大原の 3カ所が候補に上る。で、今回は比叡山と大原ということにした。

京都という所は千年の都ではあるが、ちょっと外れると田舎の風情がある。とくに洛北は「鯖街道」と呼ばれる、日本海で獲れた鯖が京都に運ばれるひなびた道がある。京都府は日本海に面しているのである。

真夏の鯖街道は、時が止まったような不思議な感覚に襲われる。「ちょっと外れたら、もう田舎」という風情が、実は京都の魅力の一つなのだと思う。本数の少ないバスを待つ感覚は、同じ田舎でも東北とはまったく違う。都からちょっと外れた田舎というのは、独特の雰囲気だ。

2度目の訪問で大原を訪ねた翌日は、奈良の斑鳩を回った。ここもまた、十分に田舎の雰囲気である。ただ、さすがに平城京であり、京都よりさらに古い歴史を感じさせる。奈良と京都は、ローマとパリぐらいの違いがある。

夏というのは、古都の白い光の中で凍てついた歴史感覚を辿るのに最高の季節だ。

 

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2016年8月24日

「湖」と「沼」の違い、「うどん」と「そうめん」の違い

日本一大きな湖といえば、誰もがご存じの琵琶湖だが、2番目は私が居住する茨城県の霞ヶ浦である。私が子どもの頃は霞ヶ浦は 3番目で、2番目は秋田県の八郎潟だったが、これは干拓されて陸地になってしまったので、霞ヶ浦が格上げされたのである。

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さらに 3番目は北海道のサロマ湖で、4番目は福島県の猪苗代湖、5番目が島根県、鳥取県の中海(なかのうみ)ということになっている。こうしてみると、八郎潟を加えた 6つのうち、「湖」という名の付くのは半分の 3つしかなく、あとは「潟」「浦」「海」となっている。同じ湖でもいろいろな呼ばれ方がされている。

私の住む茨城県南西部から千葉県北東部の地域では、牛久沼、手賀沼、印旛沼など、「沼」という呼称が一般的だ。その他にも「池」という言い方もある。さて、「湖」「沼」「潟」「池」「浦」という呼称の違いって、どういうことなんだろうか。

「違いがわかる事典」というサイトに、"「池」と「沼」と「湖」と「泉」と「沢」と「潟」の違い" というページがある。それによると、こんな感じだ。

泉は、「出づ水」が語源であるように、地中から水が湧き出るところを意味し、池や沼、湖などのように水が溜まったところを表していない。

潟は、海の一部が砂州によって外海から分離されてできた低地に水が溜まったところで、海水が混ざっていて、潮の満ち引きによって現れたり隠れたりする。

残りの 「池」「沼」「湖」「沢」に厳密な違いはないが、大きさ・深さ・植物の有無などが目安となって一応の区分がなされているという。こんな具合だ。

沢は、低地で浅く水が溜まり、アシやオギなどの植物が茂っている湿地である。また、山間の比較的小さな渓谷も「沢」という。

池は、自然のくぼ地に水が溜まったところや、地を掘って人工的に造ったところ。ふつう、沢よりも大きく深いが、沼や湖よりも小さく、水深 5m以下のところをいう。水中植物はあまり生えていない。

沼は、池よりも大きく、湖よりも小さいところ。水深は池と同様に 5m以下であるが、フサモ・クロモなどの水中植物が繁茂し、泥土が多い。

湖は、池や沼よりも大きく、水深  5m以上のところをいう。ふつうは自然にできたところを指すが、ダムなどの貯水池を「人工湖」「人造湖」などと呼ぶように、人工的に造られた湖も存在する。

というわけで、大方のイメージにあるように、一番大きいのが湖で、沼はその次に大きいけれど泥っぽい感じ、池は人工的なもので、沢はちょっと水の溜まった湿地ということのようだ。私は山登りをしていたので、「沢」というと山の中の渓谷というイメージの方が強かったのだが、一般的にはそうじゃないらしい。

また初めに触れたように、我が家の近くでは牛久沼、手賀沼、印旛沼など、「沼」というのが多いけれど、見かけとしては十分に 「湖」といっていいほどのものだ。まあ、関東は古くは文化果つる「東国」だったから、泥臭く「沼」ということになっているのかもしれない。

霞ヶ浦の「浦」に至っては、上述のページにも説明がない。これなんか、大昔の海とつながっていた時代からの記憶による名称なのかもしれない。行ってみればわかるが、本当にもうちょっと行けば太平洋という感覚なのだ。

こうしてみると、参照したページにあるように、"上記はあくまでも目安で、規模や形態が「湖」であっても、固有名詞では「池」や「沼」となっていたり、「池」のようなところが「沼」と呼ばれていることもある" ということで、名称というのはその土地の文化的背景に左右されるのだろう。

これで思い出したのが、JAS 規格による乾麺の 「うどん」 「ひやむぎ」 「そうめん」 の違いで、こんな感じだ。

うどん 長径1.7mm以上
きしめん 幅4.5mm以上  厚さ2.0mm未満
ひやむぎ 長径1.3mm以上 1.7mm未満
そうめん 長径 1.3mm未満

単純に太さによる分類になっているが、本来の麺文化からすれば、そんな機械的なものじゃないというのは、ちょっと調べてみればわかることである。湖や沼というのも、そんなようなところあある。

(冒頭の写真は、大津から見た琵琶湖の風景)

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2016年8月23日

「指紋認証」というものについて

10年前にも書いたように(参照)、私はこれでも「家事をする夫」である。繰り返して書くが、炊事、洗濯、掃除、ボタン付け等々、一通りの家事は、そつなくこなせる。結婚当初は妻に米の研ぎ方を教えたほどだ。

「妻が病気で寝込むと、メシを食うにも着替えをするにも困る」なんてことを妙に自慢げに言う、一世代前の甘ったれた男とは違うのである。というか、別に妻が寝込まなくても、少なくとも自分のことは自分でやるのがフツーと思っているのだ。

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というわけで、洗濯も当然ながらフツーにするのだが、先日、漂白剤を使う時にちょっとしくじって、原液をたっぷり指にひっかけてしまった。すぐに水で流したので、皮膚がダメージを負ったわけではない。しかし指先の指紋がちょっと溶けてしまったようで、ずいぶんぼやけてしまったのだ。

この程度では痛くも痒くもないので、日常生活の支障はまったくないのだが、一つだけ不便なことがあった。iPhone のログインをする時に、「指紋認証」 ができなくなってしまったのである。フツーに見ても指紋が完全に消えてしまったわけではないので、大丈夫と思っていたが、どうしても認識してくれない。

幸いなことに私は iPhone の設定で、指紋認証をする指を 1本だけでなく、左右の親指と人差し指の 4本分登録しておいたので、別の指でログインできた。もしそれができなくても、フツーにパスコードを入力すればいいので問題はないのだが、指紋認証に慣れてしまうと、パスコード入力だけでも妙に面倒に感じるものである。

というわけで、iPhone の指紋認証は、少なくとも左右の複数の指の指紋を登録しておくことをオススメする。とはいえ、指紋というのはなかなかしぶといもので、2日後にはしっかりと復活して、ごく当たり前に指紋認証できるようになった。

昔呼んだ探偵小説で、自分の指紋を消してしまった犯人が安心して手袋をはめずに犯罪を犯したものの、消したはずの指紋が知らぬ間に復活していて、あっさり御用になるというパターンがあった。これって、かなりオマヌケなストーリーで、探偵小説としてもレベルの高いものとは言えないよね。

 

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2016年8月22日

台風 9号の接近と、関節痛

台風 9号が関東直撃コースを辿っていて、ここ、つくばの地も朝から大荒れだ。そして昼を過ぎて風雨はさらに強まっている。我が家の裏手を流れる川は、流れの幅がいつもの 3倍ぐらいになり、土手の草も大きく揺れ動いている。

東北生まれの私は、18歳で上京するまで台風をまともに実感したことがなかった。昔は東北直撃の台風なんて滅多になく、たまにあったとしても、九州や四国で体力を使い果たしてよれよれになったようなやつばかりだった。「台風が東北に上陸」なんていうニュースに身構えていても、よくわからないうちにいつの間にか通り過ぎていたのである。

関東に居住するようになって、ようやく台風というものを実感するようになったが、それでも九州や四国に上陸する「現役バリバリ」みたいな台風と比べれば、それほどのことはなかった。ところが最近、様相が変わってきて、台風が時々、南の海上から直接関東に狙い澄まして来たりするようになっている。

今回の台風 9号がまさにそれで、もっといえば、11号なんかは東北北海道を直撃するという、昭和の頃だったら考えられないようなコースを辿っている。これって、地球温暖化と関係があるのかしらん。いずれにせよ、まったく無関係ということはあるまい。

今日の午前 10時頃に仕事関係で東京都心に電話したところ、「こちら、ものすごい雨風ですよ。これがおっつけそっちに行きますから、覚悟しといてください」と言われた。その頃には既にこちらも十分暴風雨だったのだが、正午を過ぎると雨も風もさらに強まって、一瞬ゴォーっと音がすると、家が揺れたりする。

まあ、これも夕方頃までの辛抱らしいから、それまでは家を出ないでおとなしくしていようと思っているのだが、一昨日辺りから階段を上る時、古傷の右膝が急に痛み始めた。時々雨が降り出す前にちょっと痛みを感じることはあったが、ほとんど気にならない程度のものだった。しかし今回のはかなり痛い。

ものの本によると、天気が悪くなるに連れ、気圧が下がり始めると痛むというケースが多いらしい。とすると、私の膝は一昨日から台風の接近を感知していたものと思われる。しかもいつもの何倍もの痛みなので、今度の気圧低下は、台風だけにかなりのものであると、私の膝関節はしっかりわかっていたようなのである。

台風が遠ざかり、気圧が上がり始めればウソのように痛みが消えることは経験則で知っているので、今はそれを待っている。もうすぐだろう。

 

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2016年8月21日

平幹二朗さんにはなんの恨みもないが

今日は話題が夏枯れ(オリンピックにはあまり興味ないし)で、どうでもいいお話。

カーラジオを聞いていたら、若い女子アナが番組予告で、「本日は平幹二朗さんがゲストでおいでです」と言っていたのだが、その言い方が「ひらみき・じろう」という名前のように聞こえたのである。どうやら平幹二朗を知らないようなのだ。

「へえ! 時代は変わったものだなあ」と思ったのだが、よく考えてみると、私も平幹二朗ってどんな顔だったか思い出せない。無理矢理思い出そうとすると、『天保水滸伝』の平手造酒(ひらて・みき)のイメージが浮かんできてしまい、さすがに 「いやいや、これじゃないよね」 となって、「俺って、古いのか、新しいのか、どっちなんだ?」と自分でもおかしくなる。

平幹二朗って、歌手じゃなくて、俳優だったはずだとは思うのだが、どんな役どころのヒット作があったのかも、よくわからない。ただ、「ひらみき・じろう」じゃなくて「ひら・みきじろう」のはずだという確信に近いものがあるだけである。

私はこの若い女子アナほどの「若年層」ではないが、平幹二朗に馴染んでいるような「老年層」でもないようなのだ。嬉しいような面はゆいような、妙な感覚である。帰宅してからインターネットで検索してみるにあたって、まず、どんな顔だったか思い出すために、画像検索すると、こんな顔だった。(写真は、MEG より)

 

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ありゃ、なんだか想像してたのと違うなあ。さらに Wikipedia で検索すると、ドラマ『三匹の侍』とかのほか、シェイクスピア物の舞台にもいくつも出ているようなのである。ふぅん、そういえばそんな気もする。

で、さらに検索すると、元の奥さんが女優の佐久間良子で、一時離婚ネタで週刊誌を騒がせていた時期があったらしい。ああ、そうか。それで、電車内の週刊誌吊り広告の見出しで、この名前は字面だけでお馴染みだったのだ。そしてそんなネタの字面だけで知っていたから、どんな顔だかも、代表作がどんな役柄だったかも知らずにきたのだ。

私はワセダ文学部の演劇学科出身のくせして、実はこの分野にはまるで疎いのだよね。「ひらみき・じろう」と言っちゃう女子アナと、あまり変わらないのかもしれない。で、平幹二朗さんには何の恨みもないが、つい妙なネタにさせてもらったのである。

 

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2016年8月20日

「美白」と「異白」

電車などで見かける日本女性の肌が異様に白い。まあ、それほど異様でもない女性だっていくらでもいるわけなのだが、ざっとした印象では 3分の 1 近くが異様な白さだ。

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この夏の時期に半袖やノースリーブで腕をむき出しにしているのだから、フツーにしていたら少しも日に焼けないはずはない。それでもあんなに白いのは、よほど神経と金を使って「美白」に努めているのだろう。ご苦労なことだ。

この夏、仕事で 5日間滞在した京都は外国人観光客がやたらに多いのだが、日本女性の多くは白人よりずっと色白で、どっちが「白人」だかわからないほどである。

もはや「美白」というより「異白」(異様な白さ)という造語で表現したい領域で、いくら「色の白いは百難隠す」 なんていっても、ちょっと気味悪いほどだ。まあ、これは好きずきの問題だから、個人的印象を述べているだけで、いい悪いで言っているわけでは全然ないのだけどね。

一方、「いわゆる白人」 の欧米人種の多くは逆に「日焼け好き」のようで、小麦色の肌を惜しげなくさらす。欧米の公園の芝生で寝転がって太陽を浴びているのは 99% 白人で、それは「人種のるつぼ」といわれるニューヨークのセントラルパークでも例外ではない。

私は白人というのを「芝生を見ればゴロゴロ寝転びたがる人種」と思っているほどで、せいぜい腰を下ろすぐらいの日本人とは大きな違いだ。白人の故郷のヨーロッパは太陽光が乏しいから、少ない日差しを最大限に浴びたがるという説もあるが、南欧なんか太陽燦々だから、全面信用するのもなんだか憚られる。

日本でも 1970〜80年代には小麦色の肌がもてはやされていたが、ここしばらく、少なくとも  10年以上はずっと「美白」の天下である。美容の世界では「日焼けはお肌の大敵」といわれているらしいが、何しろこうしたトレンドは「気分の問題」だから、またいつ「小麦色志向」に変わるか知れたものではない。

近頃では私なんかも、こんな風な極端な美白志向に違和感を覚え始めているほどだから、トレンドの変わり目はそう遠くないかもしれない。

ちなみに私は、炎天下でも自転車で走り回ったり、庭や土手の草刈りをしたりしているので、今は結構日焼けしている。ただ、海に行ってないので、二の腕と太腿にしっかりと日焼けの境目ができてしまってるのだよね。

 

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2016年8月19日

混雑時は、メシ食い終わったらさっさと金払って店を出ようね

先日出張先で昼飯を食おうとして店に入ったら、隣に座ったカップルがそれぞれ自分の iPhone をのぞき込みながら四方山話をしていた。そのうち、女性の方がこんなことを言い始めた。

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「最近、送ってもらったはずのメールを受け取れないんだよね。『容量不足』とか表示されちゃってさぁ」

iPhone が容量不足になるほどのメールって、どんなに重いメールなんだと思っていると、彼氏の方がこう言う。

「お前、写真とか溜めすぎてんじゃない? 要らないの整理したら? 俺なんか、専用アプリ使っていつも要らない写真削除してるよ」
「あ、それよさそう。私も使っちゃう。何ていうアプリ? アブないやつじゃないよね」
「そんなアブないの入れてるわけないじゃん。試してみな」

とかなんとか言って、彼女は App Store にアクセスし、彼氏に教えてもらった、何とかいうアプリをインストールしようとしている。私はそばでそのやり取りを聞きながら、メールも受け取れないほどの容量不足なのに、新しいアプリなんか入るのかなあと思っていると、なんとかギリギリインストールできたらしく、さっそく操作している。

「あれ、ヤバいよ〜。あたしの iPhone、ストレージの使用率が 98%とか言ってるよ〜!」
「え〜、それ、ひどすぎ! よく動いてたよな!」

どうでもいいが、私もそばで聞いていて驚いた。よくまあ、それだけため込んでいたものだ。そしてもっと驚いたことに、昼時の混雑時に注文の品をとっくに食べ終わった様子なのに、食後のコーヒーを注文するでもなく、iPhone のストレージに隙間を作る作業を始めている。こいつら、一体どういう了見なんだ?

「あ、何だか同じような写真が一杯あるから、それ削除していいかって聞いてきてる」
「どんどん削除しなよ。少しでも容量を確保しなきゃ」

いいから、もうそれ、金を払って、店を出てからやったらどうなんだ?

この 2人、後から入った私が食事を済ませて出てくる時も、まだ延々と写真の削除作業を続けていた。まあ、びっくりである。あれじゃ店もたまったもんじゃない。

そもそも、iPhone の中の写真なんか、マメに PC に移しておけば、そんなクリーナー・アプリなんか使う必要もないと思うんだけどなあ。あるいは PC 持ってないなら、iCloud にセーブしておけばいいのに。

 

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2016年8月18日

カローラというクルマについて

先日ある地方都市に出張した際に、駅前でクルマでピックアップしてもらった。前もって電話で到着時刻などの打ち合わせした時、先方は「クルマで迎えにあがります。こちらのクルマの車種はカローラです。色はグレージュ」とおっしゃる。

「えぇと、グレージュって、どんな色ですか?」
「グレーとベージュの中間色です。まあ、無難な色ですわ」

「カローラ」と聞いた時、私としては、「へえ、まだカローラって車種は生きていたんだ!」と驚いた。もう生産終了したのだと思っていたが、どっこい、まだ健在だったようだ。ただ、色はなんとなくわかったが、私は最近のカローラの形を知らないから「どんなのかなあ」と自信なかった。

でもまあ、ものすごく無難な形のセダンなんだろうと想っていたところ、確かにその通りで、この日は無難な色と形のカローラに乗せてもらったわけである。おかげで無難に仕事が進行して、予定より早く帰宅できた。

先月のニュースだが、トヨタはカローラの「生誕 50周年記念車」を9月1日に発売するのだそうだ(参照)。「発売 50周年」ではなく「生誕 50周年」というのが、何気にすごい。パチンコのマルハンも「生誕祭」というのをやっている(参照)が、さすがにカローラの方がもっともらしく聞こえる。

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この記事によると、カローラの昨年の販売台数は国内でこそピークだった 1973年の約 4分の1 の 10万 9000台だったが、海外では 122万 9000台を売り上げているという。相変わらずベストセラー車種だったのだ。

カローラのコンセプトは、「80点主義+α」というものであるらしい。すべての要素で合格点の 80点を確保する一方で、どこかにずばぬけた新機能を盛り込むのだという。ふぅん、なるほどね。日本のメーカーが最も得意とする「量産品の中での最高品質」というのを貫いてきているわけだ。

当日、駅前で拾ってもらい、あちこち連れて行ってもらった印象では、良くも悪しくも「さすがにカローラ!」である。大衆車なのに内装はダッシュボードに木目なんかあしらって、中途半端にゴージャス。室内は広く、足元にも余裕があり、乗り心地は悪くない。ただし、「自分でも乗りたいか?」と聞かれたら、「別に」としか答えようがない。

もっと「とんがったクルマ」が好きで、カローラの「80点主義+α」というコンセプトでは飽き足りないというわけでは決してない。私としては逆に「80点」でも「トゥーマッチ」と思ってしまうのだ。私はクルマにそこまで求めない。

今乗っているのは、ダイハツの「ミライース」という軽自動車で、燃費がとてもいいのが特徴だ。あとは軽自動車だけに、カローラが「80点」とすれば、すべての面で 「65点」 程度のクルマである。それで十分 OK だ。カローラなんて別にいらない。

私は「全般的に 80点主義」という生き方は「つまらない」と思ってしまうタイプなのだよね。

 

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2016年8月17日

"Sitpack" というコンパクト折りたたみイス

ほぼ 1ヶ月前のニュースで恐縮だが、"ペットボトルサイズの超絶コンパクトな折りたたみイス「Sitpack」を使ってみた" という Gigazine の記事が面白い。これは長い行列に並ぶ時や、ベンチのないところで長時間立ちっぱなしでいなければならない時などに、さりげなく腰かけることができる折りたたみイスで、デンマークのデザイン会社が開発し、クラウドファンディングで展開されているらしい。

詳しくはクラウドファンディング・サイトの Makuake で見ることができる(参照)が、ビデオでみる限り、確かに便利なツールに思える。最初の組み立てがやや面倒な気もするが、どんどん改良されればベストセラー・アイテムになるかもしれない。

とくに高齢化が進む日本では、立ちっぱなしでいることが困難なお年寄りが増えているので、これはかなりの便利アイテムとして注目されるだろう。東京の街や駅のプラットフォームでは、気軽に座れるベンチがとても少なく、今のところは自分でイスを持ち歩くしかないのが現状だ。

ただ一つだけ心配なのは、日本で本格展開されると商品名の "Sitpack" の発音が「シットパック」になってしまうんじゃないかということだ。「ウンコパック」ではちょっとね。別の商品名にした方がいいかもしれない。

 

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2016年8月16日

時代は 「面倒な世の中」 の様相を呈している

今は昔の物語となった「米ソ冷戦時代」というのは、ある意味で結構なガス抜きの機能を果たしてくれていたのだなあと思う。当時、左側は「反米帝国主義」なんて叫んでいれば気持ちよかったし、それに抗して右側は「反共、反共」と声を揃えていればよかった。

Cimg7619物事をもっと深く考えてみようなんて人は、そう多くなかったし、ちょっと反抗的なポーズを取ることさえ 「カッコいい」 ことで、ジェームス・ディーンが時代のアイコンになり、日本でも『太陽の季節』なんていうのがもてはやされた。この小説の作者が右翼の頭目というのも、今はなるほどと頷ける。

しかしその「冷戦時代」はソ連の自壊で幕を閉じ、一時は「これで世界は平和になる」なんて幻想をみる人もいたが、世の中というのはそれほど単純なものではなかった。単純な図式思考で大きな声を張り上げてさえいればいいという時代が終わった分、世の中はもっと面倒くさいものになってしまったのだと、今となっては思う

「テロの時代」である。テロ問題は「反米」でも「反共」でも解決されない。政治的イデオロギーの問題じゃないのである。例えば中国の問題を考えてみればわかる。いや、「わかる」というのは、「わかりにくい問題であるとわかる」というだけのことだが。

世界最大の共産主義国家である中国は、今や妙な形で発展を遂げつつある「超資本主義経済」の国家であるともいえる。この国では富の分配が共産主義のコンセプト通りにはまったく進んでおらず、特権階級と成り上がり階級が独占する形で経済成長を遂げている。これって、マルクスが主張した「共産主義革命前夜」を彷彿とさせる状況ではないか。

マルクス主義の理論上では、こうした状況に不満を抱くプロレタリアート階級が、武力を用いて共産主義革命を起こし、特権的ブルジョアジー階級を駆逐するのである。ところが中国では、既に共産党が権力を掌握しているから、これ以上の共産主義革命が起きる余地はない。あるとすれば、「遅れてきた市民革命」だろう。

そして遙か昔に市民革命を経験したヨーロッパは、今はテロの標的となっている。テロを行っているのは、イデオロギーではなく、別の情念によって動かされる過激なイスラム教徒たちだ。世界はこうした連中にどう向き合うか、まだ明確な解答を得ていない。はっきりしているのは、従来の「反米」も「反共」も、ほとんど役に立たないということだ。

根本的な話をすれば、世界は「富の配分」のシステムを根底から作り替えなければならないということだろう。富の配分システムから脱落してしまった層が、「鬱憤ばらし」で滅茶苦茶な行動を起こす。そして最も組織化された鬱憤晴らしが、IS だ。

何かを破壊して新システムを構築するという作業を行わなければならないとしたら、まず真っ先に破壊の対象として考えなければならないのは、現在の「いびつな経済システム」だろうと思う。IS の連中はそれに気付いてか、あるいは無意識のたまたまか、それを行い始めている。彼らに歴史的な意義があるとしたら、その点についてでしかないだろう。

しかしそれはものすごく困難なことで、しかも彼らはやり方を根本的に間違えているから、必ず失敗するだろう。とにかく、時代は「面倒な世の中」の様相を呈しているのだ。

(写真は宮崎市の平和台公園にある、ちょっとおどろおどろしい感じの 「八紘一宇」 の塔)

 

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2016年8月15日

「奥殿」という言葉

今月 5日の「比叡山の横川まで行ってみて」という記事で、「比叡山の奥殿ともいうべき横川」と書こうとして、「おくでん」で変換しても「奥伝」しか出てこない。「ありゃ、俺としたことが、読み方間違えて覚えてたのかな?」なんて思って「おくどの」で変換しようとしても、やっぱりうまくいかない。

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念のため辞書(『大辞林』の iPhone 版)で調べてみると、なんとまあ「奥殿」という言葉が見つからないので驚いてしまった。仕方ないから「おくでん」で単語登録しちゃったよ。

あまり気になるので検索してみると、その昔、三河国に「奥殿藩」(おくとのはん)という藩があったらしい。今の岡崎市に旧藩庁の「奥殿陣屋」というのが残っていて、もう「奥殿」での検索結果はこの関連ばかりずらりと並ぶ。

さらに意地になって検索すると、「トリップアドバイザー」というサイトの貴船神社の口コミのページに「できれば奥殿まで」というページもある。ほら見ろ、「奥殿」という言葉はそれほど一般的じゃないかもしれないが、ちゃんとあるじゃないか。

まあ、フツーは「奥殿」よりも「奥社」とか「奥の院」とかいう言葉の方が知られているかもしれない。神社の一般的な拝殿、本殿のさらに奥の方、山深いところに「奥社」「奥の院」が祀られているところがあるのだ。健脚でもの好きで、多少は信心深い人が体力に任せて詣でるところである。

ちなみに上の写真は四国の金比羅様の奥社。ここに行った時は、途中に「イノシシに注意」という看板があった。

ただ、私としては「奥社」より「奥殿」という方がありがたみがあるように思うがなあ。だって、拝殿、本殿ときたら、その奥は「奥殿」という方がしっくりくるじゃないか。

 

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2016年8月14日

いくら菜食主義でも、赤ちゃんにはお乳が自然だろうね

Newsphere に 「子どもへの菜食主義強制は虐待か? 成長に有害として禁止法案がイタリアで提出」という記事がある。なんと彼の国では、保護者が子供に動物性の食品を食べさせないと犯罪になる法案が提出されたのだそうだ。

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法案提出者はフォルツァ・イタリア(「がんばれ、イタリア」という党名なのだね)の エルヴィラ・サヴィーノ という名の下院議員。「どんな肉食系女子だよ」と検索してみたら、Wikipedia はイタリア語版しかないので、詳細はよくわからない。画像検索すると、なるほど、いかにもそんな感じ(参照)で、中にはそそられちゃう人もいるかもしれないが、どうやら既婚者らしいから、その点はよろしく。

彼女が槍玉に挙げているのは、ヴィーガニズム(veganism: 絶対菜食主義)を子どもに強制する親だ。イタリアでは人口の 3%がヴィーガンといわれているらしく、彼らは普通のベジタリアン以上に徹底して動物性食品を排除しており、魚介類はおろか卵や乳製品も摂らない。結構セレブにも多いらしい。

問題は、彼らが自分の子どもにもそれを適用するため、栄養失調で病院に担ぎ込まれる乳幼児があるのだそうだ(参照)。ヴィーガニズムではおそらく「母乳も動物性食品」と考えるのかもしれないが、だからといってそれを避けたら、やっぱり自然なことではない。"SBIF (soy-based infant formula)" という豆乳ベースの乳児用ミルクがあるとはいえ、よほどうまく適用しないとまずいだろう。

ただ、乳児期を脱してしまったらヴィーガニズムも悪くない。世の中には絶対菜食でずいぶん健康に暮らしている人も多いし、トップ・アスリートの中にも少なくない。インドのジャイナ教徒は絶対菜食主義で知られ、肉食を避けるだけでなく一切の殺生を行わない。僧職者が道を歩く時はお付きのものが箒で掃き清めたところを歩く。足で地面の虫を踏み殺さないためだ。

私も一時ジャイナ教徒のインド人とお近づきになって、何度か家に招かれて食事をご馳走になったが、肉のように見えるものもすべてグルテン・ミート(大豆タンパク質で作ったフェイク・ミート)だった。そうした食事を摂りながら、彼も彼の家族もものすごく健康そうだった。ちなみにジャイナ教徒は上流階級に多いらしく、彼の住居も麻布の億ションだった。

かくいう私も最近は肉食をできるだけ遠ざけていて、招かれて供された食事で出てきたら仕方なく食べるが、自分で選んで牛や豚の肉を食うことはほとんどない。近頃ではラーメンすら食べなくなったのは、チャーシューの他にスープの出汁に牛や豚の骨が使われている可能性が高いからだ。

ただ私の場合はだいぶなまくらで、チキンは平気で食うし、魚介類と乳製品も大好きだ。チキンはできるだけ減らしていこうと思っているが、魚やチーズまで減らすつもりは、今のところ毛頭ない。上の方に掲載した「かき揚げせいろ」の写真も、一見動物性食品フリーのように見えるが、蕎麦つゆには鰹節やさば節がたっぷり使われているはずだしね。

【2022年 1月 27日 追記】

この記事を書いてから 2〜3年経った頃から、チキンとチーズも食わなくなったので、

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2016年8月13日

"AR" は "augmented reality" の略だったのね

今をときめく「ポケモン Go」というのは、"AR" という技術を応用しているのだそうだ。この言葉、数年前から話題にはなっているが、「一体どういう意味だ?」と思っていた。いや、この言葉が出始めた頃はほとんど「AR(拡張現実)」と、訳語付きで出ていたから、何となくはわかるのだが、今イチしっくりこない。

Pokemon例えば 「VR(仮想現実)」 場合は「バーチャル・リアリティ」というカタカナ語も一緒に広まったから、まさに「ああ、virtual reality(仮想的な現実)なのね」 と理解することができた。ところが、"AR" の場合はカタカナも元の英語もほとんど紹介されず、ただ単に「AR(拡張現実)」の一点張りなのである。

フツー「拡張」といったら、"expanded" で、それだと "AR" じゃなくて "ER" になってしまう。「"Artificial reality" かなあ?」と漠然と思ったりもしたが、それだったら「人工現実」になっちゃうだろうから違うはずだ。

そのうちちゃんとした元の英語も示されるだろうと、呑気に待っていたのだが、なかなかそれに触れてくれる文章に巡り会わない。しかたないので、例によって WEB で調べてみると、「5分でわかる VR (バーチャルリアリティ) と AR (拡張現実) の違いについて」 というページに辿り着いた。まあ、このタイトルにしてもご多分に漏れず、「AR (拡張現実)」 としか書かれておらず、統一とれてないのだが。

このページによると、端的に言えば 「仮想世界を含めたあらゆる体験を、時間や空間を超えてまるで現実世界のように表現する」のが 「VR (バーチャルリアリティ)」 で、「現実世界で人が感知する情報に、『何か別の情報』を加えて表現する」のが「AR(拡張現実)」なんだそうだ。

うん、その程度のことなら、何となくわかっていたよ。実際の景色の映像の中に、実際にはないポケモンを放り込んでみせるのが、「ポケモン Go」という "AR" なわけなんだよね。ただ、私が知りたいのは、"VR: virtual reality" に対して、「"AR" って、何の reality なの?」 ってことなのだよ。

で、このページをずっと下まで読んでみて、やっとわかった。"AR" って、"augmented reality" なんだそうだ。なんだ、そうだったのか。”Augment" という言葉は、音楽をやっている者にとっては案外お馴染みの言葉である。

オーグメント・コードというのは、5番目の音をシャープ(半音上げる)にした和音だ。例えば "C" のコードは 「ドミソ」 だが、この 「ソ」 の音を半音上げてやることで、"F" の「ファラド」にスムーズに移行する。「ド」以外の音を、さらにそれぞれ半音ずつ高くすればいいのだからね。(わかるかなあ?)

要するに、"augment" というのは 「ちょっと加えちゃう」とか「増やしちゃう」ってことで、ということは、"augmented reality" というのは、「ちょっと手を加えて要素を増やした現実」ってことだ。「拡張現実」なんて堅苦しい四文字熟語でいうよりずっとわかりやすい。

ちなみに「減らしちゃう」のは「ディミニッシュ」といい、音楽の世界で「ディミニッシュト・セブンス」というのは、セブンスコードの根音以外を全部フラット(半音下げる)にした和音である。音楽やってないとわかりにくいだろうけど、そのうちきっと「DR: diminished reality (縮小現実)」なんてのが現れるだろう。

複雑化しすぎた現実世界の余計なものを適当に減らして表現してくれたら、ずいぶん暮らしやすくなるかもしれない。ただ、ある要素を減らした上で全体のバランスを再構築するのは、かなり膨大な計算がいるだろうけれど。

(写真は 「ポケモン Go の公式サイトより)

 

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2016年8月12日

「お盆玉」というのが、じわじわきているらしい

「お盆玉」というのがあるらしい。フォークロア的視点で考えたら、「お盆魂」で、お盆で帰ってくる先祖の魂のことかと思ったら、さにあらず、今はやりつつあるのは「お年玉」のお盆版で、じいさん・ばあさんが孫に金をあげるのだという。郵便局で「お盆玉」専用のポチ袋を売っているらしい。

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節分に食べる 「恵方巻」 というのはコンビニ主導で全国に普及してしまったが、今度は郵便局が「お盆玉」をはやらせて一儲けしようとたくらんでいるようなのだ。帰郷してくる孫たちにあげるポチ袋だけでなく、離れたところにいる孫向けの現金書留の取り扱いを増やそうという魂胆なのかもしれない。

「お盆玉」という名称は、紙製品・包装用品製造販売のマルアイという会社(本社・山梨県)が商標登録しているという。ただ、この「お盆玉」の起源は、山形県であるらしい。複数のサイトに「江戸時代に山形地方で奉公人にお盆小遣いを上げる風習があった」と記されている。情報元は山形県立博物館ということになっている。

私は山形県出身だが、そんな話は聞いたこともないので、「本当かいな?」といろいろ当たってみると、山形県の大江町辺りでそれらしき風習があったようだという、極めて曖昧な情報があるらしい(参照)。大江町というのは山形県の内陸にある盆地のはずれ(つまり山里)で、私の生まれた海辺の庄内地方とは隔絶されているから、「聞いたこともない」というのももっともなことだ。

それにしても、関西以西の人間にとっては秋田県との区別も付かないほどの田舎の山形県の、そのまたさらに田舎の大江町で、確かにあったという文献的証拠もないが、どうやらあったらしいというに過ぎない程度のチョー・マイナーな風習を、よくもまあ掘り出してきたものである。商魂というのは油断ならないものだ。

さらに言えば、同じ商標登録するなら発祥の地の大江町がやってしまえばよかったのに、遠く離れた山梨県の企業にかっさらわれてしまっているというのも、山形県人の純朴さというか、呑気さを物語っている。少なくとも商才には恵まれていない。

世の中には、孫にお金をあげたくてたまらないというじいさん・ばあさんが少なくないようなのである。金をやる理由はなんでもいいので、郵便局が提唱してくれているなら、喜んで乗っかってしまうのだろう。

とはいえ、そんなにお金に余裕がある人ばかりじゃないから、NAVER には "ヤバい・・。郵便局が 「お盆玉」 を流行らそうとしてる!" というまとめがあって、「正月ばかりでなく、夏にまで金を用意しなけりゃならないのか」と嘆く声がある。日本社会は経済的にも本当に二極化しつつあるのだね。

「お盆玉」の相場は、お年玉と同額かやや少ない程度なんてことになっているらしく、そんなことなら自分が子どもの頃に普及させてもらいたかった。今頃になってじわじわきている気配があるのは、誠にもって困ったものである。

 

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2016年8月11日

米国って人がいないのか

米国って人がいないのかと思うほどの状況である。

朝日新聞が "党員 2割「トランプ氏撤退望む」、クリントン氏人気盛り上がらず" と伝えている。 ロイター/イプソスの調査によると、有権者の 53%がヒラリーを、63%が トランプを「好ましくない」と回答しているのだそうだ。(下の写真は、朝日新聞のサイトより)

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さすがにトランプの嫌われ度の方が高まっているようで、今のところはヒラリーの支持率が上回っている。とはいいながら、最近の大統領選にみられるような熱狂的な支持や有権者による自発的な草の根キャンペーンは伝えられない。二人とも友だちが少ないみたいなのだ。要するに「嫌われ者同士の戦い」で、「どっちがよりマシか」というネガティブな選挙戦になっていると言っていい。

上の写真を見ても、ヒラリーの方は「行け行けドンドン」で育ち、自分でも「私はデキる女」と思い込んでいる典型的ベビーブーマーのオバサンというイメージで、実のところは既に時代遅れの存在である。ちょっと前の流行りが一番ダサいのだ。そしてトランプの方はさらに旧世代的なイメージで、時代錯誤がヅラかぶって歩いてるようなものだ。

そんなわけで、「米国って人がいないのか」と思ってしまうわけなのである。まあ、決して人がいないってわけじゃなく、人材が政治の世界に入ってこないということなのだろう。それは日本でも同様の傾向で、政治の世界は魅力がないのだろうね。面白い世界はほかにいくらでもある。

 

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2016年8月10日

パチンコ業界は低迷しているらしい

先日、県北方面に向かう道で、「生誕 4年」 と染め抜かれた旗を何本も立てている建物があった。何事かと思って看板をみると、「MARUHAN」 という店である。どうやらパチンコ店のようだ。朝早かったので駐車場には車が 1台も停められていないが、時間が経てばどんどん混んでしまうのだろう。

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「パチンコ店で『生誕』とは、ずいぶん大きく出たな」と驚いた。フツーは「開店 4周年」とかいうところだろうが、あとで web で調べてみると、マルハンという会社は全国で「生誕祭」というのを繰り広げているらしい。「《マルハンさん40周年生誕祭》 終了間近、お店へ急げ!」というブログ記事まで見つかった。すごいなあ。「生誕 4年」なんて、まだまだ駆け出しじゃないか。

このマルハンという会社はパチンコ店の中でも最大手らしく、店舗も駐車場もやたら大きい。最近は小さなパチンコ店がどんどん廃業して、大きな店が生き残っているというが、まさに実感としてそんな印象がある。

私はこの 40年ぐらいしたことがないので、最近のパチンコについてはほとんど何も知らないが、Yahoo ニュースによると、ずいぶん逆風が吹いているのだという。行政的な規制強化に加え、若者のパチンコ離れが大きな要因らしい。

そりゃそうだ。最近はわざわざ損するとわかっている金を使わなくても、スマホの無料ゲームでいくらでも遊べる。パチンコ店に吸い込まれる客層を見ていると、見事にオッサンばかりだ。平均年齢はどうみても 60歳を越えているようにみえる。いや、単に老けて見えるだけという可能性も高いだろうが。

また、パチンコ人口はどんどん減っているが、客 1人当たりの消費額(遊技料)は上昇しているという。5千円使って 2万円儲けるつもりで、実際にはやる度に 1万円以上損するというのでは、悲惨なことである。それでもまだやるというのは、もう「パチンコ依存症」の領域に入ってしまっているのだろう。

ちなみに私の知り合いで近頃パチンコをしているというのは、聞いたことがない。こんな状況では、この業界に未来があるとは思われない。今のうちに生誕祭を祝って、いい思い出を作っておくがいいだろう。

 

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2016年8月 9日

虹は本当に 7色なのか?

今朝、水戸に向かってクルマを走らせていると、カーラジオで何の番組だか忘れたが、「虹の色数」が話題になっていた。この番組では、虹の色数は世界ではバラバラで、日本では 7色とされているが、米国や英国では 6色、ドイツやフランスでは 5色、アフリカの多くの国では 4色と考えられていると言っていた。

もちろん、虹の色は太陽光線が分解されて連続したスペクトルになっているのだから、色の境目なんてない。だから色の数なんて数えられない。ということは、世界各国の虹の色数の考え方というのは、多分に 「思い込みの産物」 なのだろう。

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実際のところ、空に出た虹の色数なんて律儀に数えてみたことなんてない。上の写真は 7年前に父の危篤を聞きつけて田舎に帰る途中、酒田に着く直前に撮ったものである。この写真を撮って間もなく父はこの世を去った。二重の虹は、先に死んだ母が父を迎えに来ている姿のように思えたものである。

まあ、センチメンタルな話はさっさと切り上げて、写真に注目してみると、虹の色数なんて、どうでもいいことのように思われるのである。5色のようにも、6色のようにも見えるし、もちろん詳細に 7色と見ることだってできる。あるいは南アジアのバイガ族・アフリカのバサ語族のように、大ざっぱに 2色にだってみえないこともない。

ただ、日本人のように 7色とみるのは、実際にはなかなか難しいことで、よほど強く思い込まないとそんな風には見えない。こうした自然現象に関する日本人の認識というのは、冷静で客観的な観察の結果というよりは、ずば抜けて象徴的というか、観念の中で純化させたものという気がする。

それはウグイスの鳴き声を「ホーホケキョ(法、法華経)」と聞くのを始め、犬の鳴き声を「ワンワン」 、猫の鳴き声を「ニャアニャア」、ヒグラシの鳴き声を「カナカナ」という、リアルな鳴き声から少々遊離した「擬音」に固定している如く、とても観念的な認識操作である。

虫の鳴き声を、西欧人は右脳で雑音として聞くが、日本人は左脳で意味のあるものとして捉えるということとも、かなり関連しているように思う。どうでもいいことにちょっとした観念的な意味を絡め、それを風流と感じるのが日本人である。

ちなみに、もうちょっと詳しく調べてみたところ、初めて虹を 7色としたのは、万有引力を発見したアイザック・ニュートンであるとされているらしい。Wikipedia で「虹」を調べると、「虹の色数」 いう章に次のように記されている(参照)。

当時のイギリスでは虹の基本色は赤黄緑青紫の 5色と考えられていたが、ニュートンは柑橘類のオレンジの橙色と植物染料インディゴの藍色を加えて 7色とした。彼は虹の色と色の間は無限に変化していることを知っていたが、それにもかかわらず、虹を 7色としたのは、当時、7が神聖な数と考えられていたからである。音楽のオクターブもドレミファソラシの 7音からなる。ニュートンは美しい虹も 7つの基本の色からできているとしたのである。

音楽の音階が 7音からなるというのも、西欧的なコンセプトからすると非常に「科学的」であり、そしてそれは「神の摂理」と考えることと矛盾しないのだ。つまり「至高の原理」なのである。世界の他の地域では日本も含めて 5音階というのが多いのだがね。そして実は、日本人が「7色の虹」なんて言うようになったのは、このニュートン説が輸入されてかららしい。それ以前は 5色と思われていたというのである。

ニュートンの母国英国では、今は 6色と思われているらしく、格調高く 7色とする説は受け入れられなかったが、日本において根付いたというのは、なかなかおもしろいことである。ニュートンの「科学的観念主義」は、日本人の「風流観念主義」と、「観念的」という志向性を介して一脈通じるところがある。つまり「とにもかくにも、そういうことなんだ」ということにして、それで気持ちよくなっちゃうってことね。

ただ、日本人はあくまでも風流の見地から受け入れたのであり、ニュートンが「科学的」と考えていた理想主義とは、視点は明らかに違っているが。

 

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2016年8月 8日

組織運営の 「透明化」 ということ

これまでの都政は 「自民党都連のドン」 とかいうじいさんがいて、伏魔殿の如き様相を呈していたようなのだが、小池都知事になって、「都政の透明化」が図られるというのである。結構なことである。結構なことだが、なかなか難しかろう。

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都政に限らず組織の運営というものは、できるだけ情報公開して、物事がどうやって決定され、運用され、どんな結果になったかというプロセスが、妙な意図の働かない形でできるだけ客観的に公開されるのが望ましい。親分たちがこっそり寄り集まって、なあなあで取り決められ、その結果もよくわからないような形で進められると、ある意味では上も下も楽なのだが、ある日気付いてみると、とんでもないことになっていたりする。

複数の団体の事務局運営をした経験からいうと、前任者から引き継いで前々からの書類をつぶさに調べてみると、大抵おかしなことの 2つや 3つはあるものだ。ほとんどは「まあ、しょうがないか」程度で済ませることもできるが、下手するとおかしなことだらけで、「なんだよ、あのオッサン、かなりヤバいことしてたんじゃないか!」なんてこともある。

そのオッサンとしては組織運営をスムーズにするために、「人知れず泥をかぶった」みたいな意識だったのかもしれない。しかしその泥をかぶった報酬みたいなものを、密かに受け取ったことが想像される形跡があったりもするから、「おやおや」と言いたくなってしまうのである。

ところがそんなことは表面には決して浮かび上がらず、そのオッサンは周囲から信頼されたまま、つつがなく定年を迎え、感謝の言葉のうちに去って行ったのだから、今さら過去を暴き立てたところで面倒が増えるだけだったりする。てことは、やっぱりそのオッサンは「うまくやった」ってことになるのだろう。まあ、だいぶ昔のことでもあるしね。

そんなようなことを今の世の中でやったりしたら、かなりまずいだろう。しかし実際には組織の親分みたいな存在が、昔のままに「仕事をスムーズに運ぶために、俺がこっそり泥をかぶってやってるんだ」みたいな意識でいろいろなことを、やり放題にやっているケースがまだある。当人は 「組織のため」と思っているのだが、周囲からは「あのオッサンがいる間は、業務改革なんて無理だね」と思われている。

まあ、そんな親分たちも、そろそろ 80歳とかに近付いてきて、黙っていても遠からず第一線から退かなければならないタイムリミットの時期になっている。小池さんはいいタイミングで都知事になったと言えるかもしれない。

あとは、これまでおいしい思いをしてきたじいさん連中が、さっさと諦めて身をひいてくれさえすればいいのだが、そうしたじいさんたちに限って、妙に元気だったりするから始末が悪い。

 

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2016年8月 7日

「生花」と書いて「せいか」と読むか「なまばな」と読むか

今日は「生花」と書いて何と読むかというお話である。

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手持ちの辞書(iPhone アプリの『大辞林』)で「生花」を引くと、「しょうか」「せいか」「なまばな」 の 3つの項目が出てくる。このほかに「生け花」を「生花」と表記する場合もあるから、4つの読み方があるとみていいだろう。「いけばな」以外の項目は、次のように説明されている。

しょうか 【生花】: 「生け花」 のこと。明治以降の用語。せいか

せいか 【生花】: ① いけばな ② 自然の生きた花

なまばな 【生花】: 生け花で、枯れていない、水があがる花材。せいか

「しょうか」は「生け花」のことで、 「せいか」には「いけばな」という意味もあり、「なまばな」には「せいか」という意味もあるというのだから、実際の場面では厳密な区別なんてつけられない。曰く言いがたいところである。

とはいえ最近の葬式などでは「生花」のことを「せいか」と言うのが一般的なようで、葬儀屋と提携した花屋さんが一律 5万円ぐらいで注文を受けて届けてくれる。だから参列者は金を出すだけで他の手間はかからない。

もっとも、私が高校まで暮らしていた山形県の酒田辺りでは、葬式で飾る花のことを「なまばな」と呼んでいたと思う。当時は自宅での葬式が普通のことで、「なまばな」も親戚の生け花の得意なオバサンなんかが花屋で買ってきた花をちゃちゃっと生けてくれていたような気がする。

ところが最近では田舎でも「せいか」と呼んでいる。今は葬儀屋が献花者の名前入りで祭壇の両脇にずらりと並べてくれるので、「せいか」という呼び名が相応しい。楽と言えば楽だが、どれもみな同じようなものになってしまった。

というわけで、私の個人的印象でいうと、「なまばな」は親戚のオバサンがちゃちゃっと生けてくれるもので、「せいか」は 5万円出して調達するものということになっているのである。で、最近の小さめの辞書では「なまばな」という項目のないのがあるようで、それだけ葬儀屋が全て取り仕切る世の中になったということかもしれない。

 

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2016年8月 6日

"Hunting cap" と「鳥打帽」

年に数回あるかないかの、ファッション・ネタである。

英語の "hunting cap" は日本語で「鳥打帽」と言われることが多いが、実は昔から、両者はかなり重なる部分が多いもののイコールの関係ではないのではないかと、漠然と思っていた。ただ、あまり漠然とした思いだったので、この年まで改めて検証してみるまでには至らなかったのである。

こういうことって、案外誰でもあるんじゃなかろうか。ぼんやりとした疑問を、長年胸の奥にしまい込みながら、何となく晴れない思いになっているってことが。最近、この長年の漠然たる疑問が熟成されて遂に「明確な疑問」と化してしまい、ようやく調べてみる気になった。

手始めに Wikipedia で「ハンチング帽」を調べると、次のように説明されている。

裕福なイギリス人の間ではシルクハットを被る習慣があったが、乗馬や狩猟などの激しい運動に向いていなかったため、頭の形に合っていてずれにくいハンチング帽が生まれた。実用性が高く安価に生産できるハンチング帽は、庶民にも広まっていった。特に庶民が好んで着用したことから、ハンチング帽は庶民のシンボルとなった。現在では風雨や寒さから頭部を護ると言う実用的な意味は薄れ、もっぱらファッションアイテムとして扱われている。

日本語では鳥打帽(とりうちぼう)とも呼ばれ、明治20年(1887年)頃から商人が被るようになったため、当時は商人の象徴となった。近年は刑事(特に特高)・探偵のイメージに使用される場合もある。

そして Wikipedia のこの項目に添えられた写真は、こんなやつだ。日本人の抱く「鳥打帽」のイメージにぴったりである。帽子の上の部分が前方にたぐられるようにして、つばの部分に引っ付いている。

Flatcap

なるほど、項目の説明にもぴったりのイメージである。これが「庶民のシンボル」となったということに関しては、古い洋画を見てもこんな帽子が労働階級のアイコンみたいに使われているし、一方日本で「商人の象徴」となったということについても、「なるほど、確かにそうだよね」と思う。富山の薬売りさんも、よくかぶっていた記憶がある。

しかしこの Wikipedia の項目には、次のような記述もある。

ハンチング帽には様々な種類が存在し、正統派とされるものは天井が真円に近く、一枚布で作られたものである。

そして、モナコハンチング、 アイビーハンティング、プロムナード-、キャスケット などのバリエーションが存在するという。キャスケットというのは、近年ではファッション・アイテムとして、可愛い女の子がかぶったりしている。

試しに英語の "hunting cap" で画像検索してみると、なるほど、確かにいろいろなスタイルのものがある(参照)。日本人のイメージする「鳥打帽」のまんまのものが最も多いようだが、そればかりではない。ベースボール・キャップのようなものもあり、はたまた耳覆いのついた越冬隊の帽子みたいなのもある。

やはり、日本人のイメージする「鳥打帽」は、本来の "hunting cap" の代表的なスタイルではあるが、それだけというわけではなく、どうやら「含む/含まれる」の関係のようなのだ。「鳥打帽」は "hunting cap" に含まれるというところに落ち着くと考えればいいだろう。

うん、これで「漠然たる疑問」は解決した。

しかし、新たな疑問も湧いてきた。Wikipedia の中の 「近年は刑事(特に特高)・探偵のイメージに使用される場合もある」 という部分である。なるほど、確かに鳥打帽は、昔の刑事や特高の、悪いイメージに使われることがあったと思う。しかしその理由がはっきりしない。

これに関しては、シャーロック・ホームズがかぶっていたからだという説があるが、実は彼がかぶっていたのは 「鳥打帽」 ではなく、「鹿打帽」 (deerstalker hat) というものだ。Wikipedia の「鹿撃ち帽」の項目には、こんな写真が添えられている。

Yellowhardhat

なるほど、確かにこれがシャーロック・ホームズのかぶっている帽子の、典型的なイメージだ。これは「鳥打帽」とは全然違う。じゃあ、どうして日本では「鳥打帽」が刑事や探偵のアイコンとして使用されたのだろう。これは大きな疑問である。

私が思うに、戦時中は「嫌われ者」だった特高を映画の中で描くのに、あえて「庶民の象徴」だった鳥打帽をかぶらせて、「国家権力」というもののイメージを引きずり下ろしたという意図があったのではなかろうか。貴族的なイメージの「鹿打帽」なんか、決してかぶらせてはいけなかったのである。

う〜む、「鳥打帽/ハンティング・キャップ」ということから、意外なところまで世界が広がってしまった。

 

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2016年8月 5日

比叡山の横川まで行ってみて

一昨日付の「和歌ログ」にも書いたが、先日の京都出張のついでに、比叡山に登ってきた。京都には一泊二日の日程だったが、初日のうちに仕事は済ませてしまい、翌日は帰るだけでよかったので、時間の余裕もあり、せっかくだからと寄り道したのである。

8月の京都は滅茶苦茶暑いので、行くならば都の北の方角、鞍馬〜貴船、大原、比叡山のどれかのコースにしようと漠然と思っていたが、 2日目の朝になって、直感的に「えい、今日は比叡山だ!」と決めた。迷った時は直感で決めるに限る。

比叡山には 8年前の 3月にも登ったが、この時は雪がどっさり残っていて、東堂地区と西塔地区には行けたが、比叡山の奥殿ともいうべき横川(「よかわ」 と読むらしい)地区までは行けなかった。さらにこの時は、手持ちのノート PC がおシャカになっていて、帰りに秋葉原で新品を買って帰らなければならず、ゆっくり廻る時間もなかったのである。

今回は時間的余裕もあったので、前回行きそびれていた横川地区まで行ってみた。しかも行きはバスに乗らず、4kmの山道を歩いて行ったので、かなり汗をかいた。

行ってみて感じたのは、「比叡山は横川まで来なければわからない」ということだった。しかもフツーにバスに乗ってちゃちゃっと行ったのではわからない。細い山道を自分の足で辿るからこそ、昔の人の感覚まで思いを馳せることができるのである。

私はこれまで、比叡山については複雑な印象を抱いていた。いうまでもなく比叡山延暦寺は、高野山金剛峯寺の真言宗と並ぶ密教、天台宗の総本山である。さらに「仏教の総合大学」とまで言われ、鎌倉期には曹洞宗の道元、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮の、三大スーパースターを輩出した。

そんなにまですごいところであるはずなのに、一方では荒くれの僧兵を擁し、白河天皇が 「賀茂川の水、双六の賽、山法師(比叡山の僧兵)だけは意のままにならない」と嘆いたほどの暴力装置を確保していたのである。

このブログでも、4月 17日付の「大津で思ったこと」という記事で触れているが、天台宗の内部でも山門派と寺門派に分かれ、抗争を繰り返した。幾多の抗争で寺の堂塔は何度も焼き払われている。有名なところでは、織田信長も火を付けて壊滅状態にまで焼き払った。宗教的に大きな役割を果たしてはいるが、世俗的にもどうしようもないほどの抗争の歴史がある。

延暦寺に行ってみるとわかるが、多くの堂塔は意外なほど新しい建物で、古びた味わいなんてほとんどない。「これで世界遺産なのか?」と驚くほどだが、まあ、そんなに何度も焼き払われているのだから、古い建物が残っていないのも道理である。それもみな、宗教的深みだけでなく世俗の力を持ちすぎていたからこそのことだ。

どうしてこんな二重構造があったのかと、ずっと解せない思いでいたのだが、今回、横川まで行ってみてなんとなくわかった。横川は比叡山の奥殿と言われるだけあって、別世界なのである。道元、親鸞、日蓮らは、山法師の荒くれた世界から離れた静謐な奥殿で、宗教的研鑽をすることができたのだろう。比叡山は広いのだと実感した。

世の中には、実際に行ってみないと得心しにくいことというのが、確かにある。

 

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2016年8月 4日

オリンピックで野球をやってどうするの?

2020年の東京オリンピックで、野球、ソフトボール、空手などが正式種目とになるという。ただそれ以後ずっとというわけじゃなく、1大会限りの臨時措置ということのようだが、今後の継続のために大会組織委員会の森喜朗さんは、「米大リーグにもトップ選手の参加を呼びかける」としている。ポーズだけだろうけどね。

個人的には「オリンピックで野球をやってどうするの?」と思う。サッカーではワールドカップが最高の舞台と認められていて、オリンピックは若手だけの「二軍戦」という位置づけだ。つまりオリンピックで優勝したところで、「最高の栄誉」というわけじゃない。

オリンピックがアマチュアリズムを捨ててプロ選手の参加を認めた時から、こうなるのはわかっていた。レギュラー・シーズンの長い、野球、バスケット・ボールなどのプロ・スポーツ、年間を通じて何度も重要な大会のあるテニス、ゴルフなどでは、オリンピックで活躍して「名誉」を得るよりも、きちんと仕事をして「お金」を得ることの方が大切というのが、プロとしては当然の価値感である。

だから東京オリンピックの野球種目に、米国のメジャーリーグ・プレーヤーがこぞって出場するなんていうのは、到底期待できない。テニスやゴルフにしてもそうだ。オリンピックが最高の舞台となっているのは、案外限られた種目でしかない。ボクシングなどはオリンピックで活躍した選手がプロに転向したりするが、一度転向した選手がオリンピックに戻ってくるなんてことはない。

一方、プロ選手が存在しても陸上競技などでは、世界選手権やいろいろなシリーズ大会がある中で、オリンピックは別格扱いされている。さらに柔道や体操となると、純粋なプロとして活躍できる場が保証されていないので、やはりオリンピックが最高の舞台だ。ちなみにレスリングとなると、プロレスはまったく別の世界だけどね。

このようにある意味「クラシックな種目」や、「プロの世界が確立していない種目」を別とすれば、やはり「稼げる大会」やレギュラー・シーズンを重視するのが当たり前である。そして、うまくコマーシャリズムに乗った新興スポーツほど「オリンピックの権威」というのは希薄で、ということは、全体的な希薄さは時代とともに進行している。

2020年の東京オリンピックにしても、何だかお祭り騒ぎに乗らないのは非国民みたいに思っている人がいるが、客観的にみればそんなに大層な話じゃない。私は個人的には「うざいなあ」と思っていて、なんであんなに大騒ぎして誘致しなければならなかったのかが、未だに理解できない。要するに、オリンピックに「特別な何か」を求めすぎるのは、もう時代錯誤ということだ。

4年後の大会の会期には、出張での移動だけでなく、ちょっとした都内の移動でもやたらと手間がかることになるだろう。そうした面倒を考えると、今からうっとうしい気がしてしまう。ここまできたら開催辞退なんてこともしにくいだろうから、なるべく余計なことをせずにさらっと済ませてもらいたいものだ。

これは単に「気分の問題」というだけじゃなく、「オリンピックの電力確保のために、原発再稼働」 なんて言い出されるのが確実だから、その意味でも、深刻に「うざいなあ!」と思っているのである。

 

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2016年8月 3日

「R&B ホテル」の意味を調べるのに、ずいぶん手間がかかった

私は仕事であちこちに出張することが多く、その度にいろいろなビジネスホテルに泊まる。有力ホテル・チェーンを利用することが多いが、それは何となく安心感があるからだ。代表的なチェーンといえば、東横インとかスーパーホテルとかルートインとか、そんなところだが、アパホテルだけはなんとなくイメージ的に避けている。

1で、最近気になっているのが、「R&B ホテル」というチェーンだ。先日もこのチェーンのホテルに泊まったが、どこもシンプルな造りの部屋で、設備なども必要最小限に抑えられており、いろいろな種類のパンを選べる無料の朝食付きというのが、売り物になっているようなのである。

それはそれでいいのだが、つい言葉にこだわってしまう私としては、「R&B って、どういう意味なんだ?」と、ずっと気になっていた。まさか 「リズム・アンド・ブルース・ホテル」ってわけじゃあるまいとは思うのだが、WEB で調べても、なかなかそれを説明するページを検索できないでいた。

あまり気になるので、時間をかけて調べてみると、「R&Bホテルの由来は」というブログ記事が見つかった。「実は R はリラックス。B はブレックファーストという意味だったと思います」と、ずいぶん頼りなげなことが書いてある。

このブログ、一見「R&B ホテル 東陽町」のブログみたいに見えてしまうが、よくみるとそうでもないらしく、かなりアヤシすぎる。よって、この説は信頼するに足りないと結論づける。

さらに調べると、"room & bedroom" の略で、シンプルな宿泊のみのホテルという意味だとするページが複数見つかったが、あまりにも不自然な説明で、英語的にもおかしすぎるので信頼できない。で、いろいろつつき回してみると、「エコロジカル・ホテルの可能性 - 明治学院大学」 という論文のページが見つかった。

これは大学の論文だからちゃんと調べて書いたのだろうと、一応信頼して読み進めると、P33 で「R&B ホテル」がワシントンホテル系列のチェーンであることを述べ、さらに次のように記述してある。

同社では、R&B を「コンビニエンスストア」タイプのホテルと位置づけている。R&B の R は「部屋」を意味する Room、B は 「朝食」 のBreakfast である。R&B は、宿泊という行為を「部屋と朝食」に絞り込み、コンビニエンスストアと同様に、販売する商品の専門化・特化させたものであるとともに、小商圏で開業が可能である。

なるほど、"Room & Breakfast" という意味だったのか。確かに泊まってみた実感そのものである。一応納得しておこう。(論文としては文章が下手だが)

とはいえ、ホテル自身がそうしたコンセプトをきちんと前面に出して説明せずに、怪しげな呪文まがいのネーミングとして放り出してあるのは、マーケティング的にずいぶん「お下手だなあ」と思ってしまう。おかげで私なんか、意味を調べるのにずいぶん時間がかかってしまったじゃないか。

 

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2016年8月 2日

「団塊の世代の尻尾」の都知事が生まれることについて

東京都知事選に勝利した小池百合子さんは、Wikipedia によると生まれは「1952年〈昭和27年〉7月15日 ‐」ということになっている。なんだ、私と 11日違いの同級生だったのか。まあ、向こうは芦屋生まれのお嬢様で、私は東北片田舎の生まれという違いがあり、さらに私が生まれたのはヘルシンキ・オリンピックの真っ最中(7月 19日 〜 8月 3日)だが(参照)、向こうは開会式の 4日前だけどね。

戦後生まれといえば「団塊の世代」という言葉が思い浮かぶだろうが、昭和 27年生まれはそれには含まれない。これも Wikipedia によれば、団塊の世代とは 「第二次世界大戦直後の 1947年(昭和22年)~ 1949年(昭和24年)に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代」 とあり、ということは、たったの 3年間に生まれた世代のことだ。

まあ、ベビー・ブームのほとぼりがあと 2年ぐらいは続いたとしても、やはり昭和 27年生まれは含まれない。私が 10年以上前に書いたコラムでは、「昭和 21~25年生まれとみていい」としている(参照)。

確かに、自分の小学生時代を思い出しても、2〜3年上の学年はやたらクラスの数が多くて溢れんばかりだったが、1年上ぐらいから急に減りだしたという印象がある。つまり私の年代は「団塊の世代の尻尾」みたいなものだ。急に細くなってるのである。

私は自分の世代を「団塊の世代が数にまかせて荒らしまくった世の中の、後始末をしなければならない世代」と思っている。本当に実感としてそうなのだ。私がミドル・ティーンの頃は、ちょっと上の「お兄さん世代」がブイブイ言わせていろいろな流行を作り出しているのを見て、それを「カッコいい」 と感じ、自分ももう少しすれば後に続けると思っていた。

しかし彼らの作った社会現象というのは、2〜3年経ってみるとあっという間に風化してしまい、私が自由に動ける年齢になった頃には、その残骸が残っているだけなのである。おいしいところは上の世代にしゃぶり尽くされて、そのゴミしか残っていない。そのゴミを片付けなければ、新しいこともできない。

最もそれを感じたのは、大学に入った時である。私は 1971年にワセダに入ったのだが、上の世代の起こした「学園紛争」でキャンパスは荒れ果て、年間の半分以上はロックアウトされてまともな授業が行われなかった。私は毎日アルバイトだけしてうつろに過ごしていた。

何をするにしても、上の世代が荒らしまくり、ペンペン草も生えなくなった荒野を行くしかなかったのである。こう言っちゃ何だが、団塊の世代は散々派手にやるだけやって、それが一巡すると放り出して次の流行りに飛びつく。その後始末は大抵我々の世代に押しつけられるのである。

さらに言わせてもらえば、団塊の世代は「新しい価値感」を創造したなんて言われるが、我々からすると決してそういうわけでもない。単に若さにまかせて目新しいことをやりまくっただけで、中身は結局「旧世代」である。その証拠に、彼らの多くは社会に出た途端にすっかり旧態依然の「企業戦士」に変身してしまった。

そこへ行くと、我々は団塊の世代の後始末ばかりしてきたから、旧来のシステムにちょっとした反感をもっていて、それに染まろうとは思わない。小池さんは自民党の推薦問題で「挨拶がない」なんて言われた途端にケツをまくり、「私は『根回し』ができませんから」と言い放ったが、私もその「根回し」というのが苦手というか、もっと言ってしまえば大嫌いである。

ところが団塊の世代までの人間は、案外「根回し」が好きのようなのだ。その辺りが、「団塊の世代は旧世代」と思ってしまう所以である。

最近相次いで亡くなった、永六輔氏、大橋巨泉氏の世代、つまり思春期に戦後を迎え、価値感の大転換を経験した世代は、結構新しい価値感に親和性がある。それは私の父もそうだった。私が永六輔さんの世代に共感するのは、そんなところからかもしれない。

ところが団塊の世代は、ただひたすら「行け行けドンドン」で育ったから、重層的価値感に馴染んでいない。高度成長期が終わると、結局のところは「地のオッサン」に回帰した。しかしその団塊の世代も、ここに来てようやく社会の第一線から姿を消しつつある。

ただ重役クラスでまだ幅をきかせているので、多くの会社で「あのオッサンがいなくなるまでは、我慢しないとどうしようもない」なんて言われているが、もう 2〜3年の辛抱で、企業内の価値感も変わってくるだろう。そうでないと、日本のビジネスに明日はない。

ところが政治の世界は、まだまだ旧世代が大いばりなのだ。年功序列のどえらい既得権が延々と続いて、変わろうにも変われないのである。今回、小池さんがこうした旧世代の支配に反旗を翻して当選したことに、私は同世代としてちょっとした希望を感じる。

彼女の具体的政策に関しては、必ずしも賛同しないのだが、旧世代の価値感に一撃を加えるという点では、ちょっと期待している。埋没しないでやってもらいたいものだ。

 

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2016年8月 1日

都知事選挙は、小池百合子さんの作戦勝ち

東京都知事選挙は小池百合子さんの圧勝に終わった。私は東京都民じゃないから直接の関係はないが、まあ、小池さんだろうなとは思っていた。

その根拠は、増田さんの旧態依然の「自公丸抱え感覚」と、鳥越さんの年齢/健康不安である。その点、小池さんは一応元気一杯だし、政党のしがらみに関しては戦略的にか、たまたま結果的にか知らないが(個人的には「戦略」の要素が勝っていると思うが)、とてもうまく振り切った。

つまり「敵失」と小池さんの「戦略」が、理想的にうまく噛み合ったのである。

自民党の推薦が得られなかった点については、やれ「挨拶がなかった」とか言う自民党都連の旧態依然とした陰湿さがかえって浮かび上がった。その結果、増田さんのイメージは、初めから政党のしがらみに染められてしまっていた。

鳥越さんについては、結構なお年で健康不安が隠せなかった。当人は小池さんに「病み上がり」呼ばわりされて怒りまくったようだが、そこを懸念するのは有権者のもっともな感覚である。それに対して「がん患者に対する差別」なんて言ってしまうところに、いかにも戦争中に生まれた革新派ジャーナリストらしい「ステロタイプ思考」を見出してしまう。

個人的には鳥越さんの「オーマイニュース への関わりが無惨な失敗だった(参照 1参照 2)のを見て、「この人の使命は既に終わっていて、新しいことは何も期待できないな」と思っていた。さらに文春の報じたスキャンダルは、鳥越さんにとって致命傷になったと思う。

文春は当初、小池さんに関して「身体検査は真っ黒」なんて報じていたが、急に方向転換して、鳥越さんの大昔のスキャンダルを報じ始めた。7月 21日の「都知事選は気分悪すぎ」という私の記事へのちくりんさんのコメントにもあったように、初めは小池さんを潰しにかかったが、やがて鳥越さんを脅威に感じ、「とにかく鳥越を潰せ」に転じたとしか思われない。

近頃の文春は、つくづくゲスなメディアである。

というわけで今日は、別に私でなくても書くだろう少々客観的な話に終始したが、明日はもうちょっと個人的な考えを書きたい。

 

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