「でっごぐさん(大黒様)の歳夜」と「事始め/事納め」
「大黒様の歳夜」 について 3日連続で考察してみたのは、もう 7年も前のことだった。
でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #1
でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #2
「大黒様の歳夜」 をさらに突っついてみる
私の郷里、山形県庄内地方では 12月 9日の夜に「でっごぐさんのとしや」(大黒様の歳夜)という行事を行う。とくに大きなお祭りというわけではなく、各家庭で大黒様にまっか大根(二股に分かれた大根)とハタハタの煮たものなどをお供えして祝うのである。上の写真は、YAMAGATA MIRAI LAB. の 「庄内には今も神様がいる? 大黒様のお歳夜」 という記事から拝借している。
私は上述の 3日連続の記事で、大黒様の歳夜は農業に関係があり、最も日没の早いこの時期に「歳夜」として祝うのだろうと結論づけた。農業をしていると、日の沈むのが最も早いこの時期が、素朴な「年の終わり」と感じられるのだろう。
ちなみに、日没が最も早いのはこの時期で、日の出が早くなるのは年明けの 15日頃の、小正月辺りからだ。冬至が日の出が最も遅くて日没が最も早いというわけじゃない。それは早起きしてみれば、実感としてよくわかる。
そしてさらにその翌年、大黒様の歳夜と恵比須講の関連についても考察した。
この中で私は、地方によって大黒様と恵比寿様がごっちゃになって、農業神として祀られることがあることに注目した。恵比須講は普通、10月 20日に祝われるが、12月 8日(大黒様の歳夜の前日)になることもよくある。そして 10月 20日が「商人恵比寿」、12月 8日が「百姓恵比寿」と呼ばれる。
12月の最も日没の早い時期に祝われる「大黒様の歳夜」も「百姓恵比寿」も、やはり農業と大いに関係があるようだ。そしてこれはまた、「事始め」と「事納め」ということにも関係があるとわかった。「日々是活き生き − 暮らし歳時記」 というサイトに、「事始め・事納め」というページがある。
このページの解説によると、12月 8日と 2月 8日を「事八日 (ことようか)」というのだそうで、この日には針供養をしたり、お事汁を食べたりする風習があるという。そして、この 12月 8日と 2月 8日は、「事(こと)」が何かによって、「始め」と「納め」が逆転するのだそうだ。
「事」 とは、もともと祭りあるいは祭り事を表す言葉で、コトノカミという神を祭るお祭りです。そのお祭りが 12月 8日と 2月 8日の2回あり、「事八日」「事の日」などと言われました。
コトノカミが 「年神様」 か 「田の神様」 かで、事始めと事納めの時期が逆転します。
この日付の違いは、この時に始める「事」が新年に迎える神様の「事」なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の「事」かという違いです。
つまり歳神様を迎える、一連のいわゆる「年末年始」の行事の「事始め」は 12月 8日である。この日から「年越し」の神事が始まり、年を越して一段落する「事納め」は、2月 8日だ。これが神様の方の「事」である。しかしまさに、歳神様の「事納め」となるあたりから、農作業を行う人間の方の「事」が始まる。
人間は 2月 8日を「事始め」として生産活動に入り、田植え、収穫、脱穀などの一段落する 12月 8日の「事納め」まで、「日常生活」という「事」を行うのだ。現代の目で見れば、それは「人間の都合 = 農業生産活動」そのものなのだが、何しろ古代のことだから、それすらも「田の神の事」に還元される。
農業ができない冬は正月を中心にして、非日常的な「歳神」の神ごとを集中的に行い、夜明けが早くなった頃から日没の早くなるころまでの、1年の大半を占める間は、人間の日常生活 = 生産活動を重視して「田の神」と共に過ごす。そんなわけで、12月 8日が人間の生産活動の終わり、即ち「田の神の事納め」となり、その翌日に「大黒様の歳夜」という特別の祭りになるのだろう。
なるほど、なるほど。「大黒様の歳夜」 について、ずいぶん長い時間がかかったが、かなりよく理解できた。
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