「ものもらい MAP」 が興味深い
ロート製薬の 「ものもらい MAP」 というのが、密かな注目を集めている。麦粒腫 (いわゆる「ものもらい」)の呼び名を全国的アンケートで集計・分析し、マップにまとめたものだ。この MAP で評価すべきは、三重大学教育学部 余健助教授が、「方言研究の見地から」として、非常に興味深い解説をしてくれているところである。
関東を中心とする東日本で標準となっている「ものもらい」 については「三軒の家から米をもらって食べると治る」(福島県東白河郡)、「よその家へ乞食に行くと、めこじき(ものもらい)が治る」(岐阜県土岐市)など、「人からものをもらうと治る」 という伝承と結びついていると解説されている。「めこじき」「めぼいと」 などの語源もこれと共通する。
柳田国男は『モノモライの話』という著作の中で、元来「もらう(もらふ)」という行為は食物に限定された言葉で、食事を共にすることは村落における結合の重要な要素であるとした。古代においては「食物の共同」は「多くの人の身の内に食物によって不可分の連鎖を作る」と捉えられていたため、その力によって治癒が得られると考えられていたらしい。
元々は多くの人々と一つ釜のメシを食う「食物の共同」を行うのは長者の特権だったが、貧しい人々でも隣近所から食物をもらって食べれば同じ効果が得られ、眼病が治るまじないになると考えられていたとされるのである。そもそも命に関わる難病というわけじゃなく、何もしなくても大抵は治るのだが、隣近所から食い物を恵んでもらうことで治癒の力を得るというフォークロアの発想って、なかなかおもしろい。
「ものもらい」 という言葉の使用地域は東日本を中心として、九州の佐賀県や鹿児島県、沖縄県まで広がっているが、約 50年前の国立国語研究所による調査では、東海・関東・東北の一部にしか確認されなかったという。最近の広がりの背景には、メディアを通じての共通語化の影響があるという。なるほどね。
一方、「めばちこ」は、MAP によれば大阪府で 91%、兵庫県で 90%、奈良県で 88%と、圧倒的メジャーである。私の知り合いの関西人も、ほぼ全員「めばちこ」派だ。ただ、京都府だけは「めいぼ」の方が多いという。都にしてはちょっと即物的だよね。
「めばちこ」の語源は 「メ(目)+ ハチ(こじき)+ コ(接尾辞)」という説や 「目をパチパチする」 ことに由来するなどの説があるが、はっきりとはわからないらしい。いずれにしてもフォークロア的には、「ものをもらう」行為との結びつきが強いらしいことが注目される。
私の妻の出身地、仙台ではものもらいのことを「ばか」と言い、これは宮城県を中心に東北 6県に広がっているらしい。ただ私の出身地、山形県庄内地方では 「ばか」 とは言わず、「ものもれ」と言い、これは「ものもらい」の音便訛りである。しかし件の「ものもらい MAP」で検索すると、「ものもれ」の使用地域は山形県しか表示されず、しかも使用率はたったの 1%でしかない。
これ、この地域の人は普段は「ものもれ」と言っていても、改まってアンケートに答える際に、無意識の音便訛り修正変換がはたらいてしまい、つい「ものもらい」と答えるケースが多かったせいじゃあるまいかと、私は疑っている。私なら誇りを持って「ものもれ」と答えるところだが。
ちなみに私の祖母(奈良時代のメンタリティと発音を昭和の御代に顕現していた「生きたフォークロア」= 参照)は、「もれもれ」と言っていた。これを検索すると、新潟県のみが表示され、しかも使用率は 1%ということになっていて、やはり「ものもれ」と似たケースと考えられる。
正統的方言って、こんな風なプロセスで失われちゃうことが多いのだよね。悲しいことである。
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コメント
ロート製薬といえばアップダウンクイズを思い出す世代です。
上位15件の地図を拝見して感じたことは、めばちこの色の濃さです。
東京発の情報が多い中でも精一杯頑張っている感じが健気です。
投稿: ちくりん | 2017年7月12日 09:51
ちくりん さん:
「めばちこ」は、確かに揺るがぬ強さをもっていますね (^o^)
投稿: tak | 2017年7月12日 13:09