「机に座る」という言い方
先日、NHK ラジオの朝の番組を聴いていたら、「毎日ラジオを聞きながら机に座ります」という投稿が紹介された。投稿者は 72歳の聴取者だという。「昔は『机に座る』とフツーに言ってたな」と、何となく懐かしい気がしたが、若い人にはちょっと違和感のある言い回しだろう。
今どきは「机に座る」なんて言ったら、机に直接腰を下ろすという行儀の悪い行為と思われてしまうが、昔の大人は日常的にそう言い習わしていた。ところが私が小学校の頃、つまり昭和 30年代後半頃から 机に座る」なんて聞くと、「座るのは机じゃなくて、椅子でしょ」なんて、無粋なことを言う子どもが増えた気がする。
かく言う私も、昭和 30年代の子どもだから、「机に座る」という言い方を聞くと、特に面倒なことは言わないが、「これは『机に向かって座る』の省略形だからね」と、心の片隅で軽く確認してから納得しているようなところがある。最近はそんな言い方を聞くことが少なくなったから、久しぶりにその面倒なプロセスを思い出してしまった。
「机に座る」という言い方が何の違和感もなく、ごく一般的に使われていたのは、昔は「机」と言えば「座卓」がほとんどだったからだろう。上の写真は、文豪夏目漱石の書斎の写真だが、しっかりと座卓で、火鉢に鉄瓶がかけてあるという道具立ても、隔世の感がある。
こんなようなライフスタイルだと、「机に座る」というのはごく自然な言い回しだったろう。「机に向かって座る」なんて言ったら、ちょっとくどくなってしまう。「机に座る」で違和感を生じてしまうのは、時代が下って机と椅子のセットが当たり前になってからのことだろう。
で、最近は「机に向かって椅子に座る」ことを、単に「机に向かう」と言うのがごく一般的になってしまった。さらに最近は、「PC に向かう」という言い方がどんどん増えていると思う。まことにもって、言葉は生き物である。
ちなみに私は、座卓でデスクワークすると腰にきてしまう。昔の日本人とは体のつくりが変わってしまったのだろう。
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