「リベラル」ってどの辺のところなのか
HUFFPOST に "小池知事に「排除」を宣告された、民進党リベラル派の憂鬱" という記事がある。私は今月 28日の記事で "リベラル保守のまともな政党が出現してくれれば嬉しいと、ずっと思ってきたのだが、私の長年の「希望」が叶えられるだろうか?" (参照) と書いたのだが、この「リベラル」という言葉の指し示すところの理念が、かなり曖昧という問題があると思う。

「リベラル」という言葉、使う人によってその意味がかなり違うみたいなのである。例えば小池さんの主導する「希望の党」は、私のイメージでは結構「リベラル」と言っていいような気がするのだが、冒頭に紹介した HUFFPOST の記事は、小池さんは「民進党内のリベラル派を排除する方向」と捉えているようで、次のように報じている。
"踏み絵" を迫られ、出馬のキャスティングボードを小池知事側に完全に握られた民進党。特に「護憲」などを掲げてきたリベラル派の間には動揺が広がっている。
この辺りの言い方、「護憲」さえ掲げればリベラルなのかと、私としてはモヤモヤしてしまう。「キャスティングボード」(元は "casting vote" という英語なんだが)なんて怪しげな言葉を使っているところからして、当てにならない気がしてしまうのだよね。
例えば、米国では民主党がリベラル派の代表扱いになっているが、確かに安倍政権ほど右じゃないとはいえ、日本の中道派よりはずっと右寄りである。で、私の感覚からすると、小池さんが「排除」するとしているのは「リベラル派」ではなく「左派」じゃないかと思うのだよね。辻元さんなんか、十分に「左派」である。
要するに、どの辺が「リベラル」なのかは、人によって捉え方が違うみたいなのだ。このあたりのところも、今回の選挙で少しは整理がつくとありがたいのだが、やっぱり「人による」という混乱状態がしばらく続くんだろうなあ。
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