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2018年1月24日

南方熊楠のことは 「一人ビッグ・データ」 と呼ばせてもらう

昨年暮れから上野の国立科学博物館で開催されている「南方熊楠生誕 150周年記念企画展 南方熊楠 100年早かった智の人」という展示会を見てきた。"An informant-savant a 100 years ahead of his time" という英語タイトルがすごくいい。"informant-savant" というのは 「資料・情報の大御所」 とでも訳したらいいのかなあ。日本語原文の「智の人」より具体的で相応しい言い方だと思う。

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南方熊楠という人をフツーの人名辞典的に理解しようとしても、まず無理で、私もこれまで、「スゴいけど、よくわからん人」と思ってきた。で、今でもその思いは基本的に変わらないのだけれど、今回の企画展を見て、「ああ、だからこの人、『よくわからん』のだな」というところは見えてきた。

つまりこの人、「一人ビッグ・データ」なのである。子どもの頃から天才的な記憶力の持ち主で、一度読んだことは後になってからそのまま筆写できたというのだからすごい。その能力を遺憾なく発揮して、古今東西の博物学などの書物を「抜書」という形で筆写しまくり、自家薬籠の知識として蓄えてしまった。

またその「抜書」というのがすごい。虫眼鏡を使って読みたくなるような細かい字で、びっしりと書き込んであるのだ。私なんか、展示された「抜書」の細かい字を見て、頭がクラクラしてしまったよ。よくもまあ、こんなことを日本、米国、ヨーロッパを舞台にしてまで何十年も続けられたものだ。

こんなに細かい字で百科辞書にも収まらないほどの知見を書き留め続けていられたのも、自分の「癇癪持ち」の性分を鎮めるためというのである。実はこれ、一種の「ビョーキ」が昇華したカタチなんじゃなかろうか。

で、既存の知識を「抜書」するだけでなく、実際のフィールドワークも精力的にこなして、結構な生物学的発見もしちゃってるのだから、またまたすごい。ただ、いくら発見しても既存のアカデミズムと別の世界で生きていたので、「発見者」として名を残している部分は少ないらしいのである。

で、そんな「名誉」的なことには案外無頓着で、ひたすら自分なりの方法論でやってきたらしい。そしてその知見集積と処理の仕方が、現代のコンピュータを駆使したデータ処理の手法に通じるものだったようなのだ。そりゃそうだろう。それだけの膨大なデータを処理しようとしたら、ごくフツーの三段論法や散文的処理の仕方では追いつかない。

フツーなら「詩的直感力」の領分になってしまいそうなところである。例えば柳田国男なんか、かなり詩人(歌人)だし、折口信夫となると、詩人・歌人としての資質の方が大きいと思っている。しかし南方の場合は、あくまで個別サンプルのデータをもとにして、「ビッグ・データ」的な情報処理を行ってしまっているのだよ。

こんなのだもの、そりゃ、近代的な学問の世界からははみ出してしまったのも当然だろう。フツーのアカデミズムの世界では生きられなかったのだ。まさに「100年早かった」んだろうね。

それが今になって急「具体的な注目」を浴びてしまっている。学問的アプローチや情報処理の仕方が、ようやく追いついてきたのだろう。で、我々に残されたタスクは、彼の残したビッグ・データをどう運用・解釈して、具体的な知見とするかということなのだろう。

ただそれに取り組むには、彼の膨大な「抜書」をすべて「読み起こす」作業を完成しなければならない。「読み取って、改めて書き起こす」ということを、ここでは便宜的に「読み起こす」と言ったのだが、彼は何しろ昔の人なので、「抜書」も変体仮名駆使しまくりで、ほとんど「古文書」の域に近いから、今の理科系研究者には手強いかもしれない。

このまま「一人ビッグ・データ」として残る期間がやたら長くなって、「スゴいけど、よくわからん人」と思われ続ける可能性も高いよね。

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