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2018年3月18日

公文書改ざん問題を、「まともじゃない視点」で考える

森友学園関連の公文書改ざん問題では、これまであまり書く気がしなかった。だって周辺ストーリーからして、まともに考えれば当然にも、首相と財務省は責任取って辞めるべきなのに、政治の世界というのは既に誰もが認識しているように「まともじゃない世界」なので、こんなにまでゴチャゴチャになっている。

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まともじゃない世界の出来事に関してまともな視点で論じても埒があかないので、今回は敢えて「まともじゃない」という事実を最大限許容した上で論じてみることにする。

まず「公文書改ざん」という事実に関してだが、「ゴキブリを 1匹見かけたら、100匹いると思え」という格言からすると、この程度の改ざんは過去にもごくフツーに為されてきたんじゃあるかまいか。「いやいや、今回は極めて特殊なケースで、過去には一切ありません」なんて言っても、「まともじゃない感性の持ち主」の言い訳を誰が信用するというのだ。

公文書の記載と担当大臣の答弁がちょっと辻褄が合わなくなったりしたら、官僚はこれまでも「しょうがないなあ」なんて呟きながら、公文書の方をこっそり書き換えたりしていたのだろうと、私は完全に疑っている。そうした「風土」があるからこそ、今回の森友関連の文書も、軽い気持ちで書き換えたのだろう。なにしろ「まともじゃない世界」なんだから。

しかし、「いや、そんなことは断じてない。今回が初めてみたいなものだ」と言い張るムキもあるかもしれない。それならば、仮にそういうことにしてみよう。すると、今度は新たな展開が生じる。「これまでは断じてなされなかったような『公文書改ざん』が、どうして今回のケースに限って行われたのか」という疑問が、必然的に浮かばざるを得ないではないか。

そこにはよっぽど「まともじゃないヤバい事情」があるからと見るしかない。「まともじゃないヤバい事情」というのは、既に大方が想像している通りのことだ。いずれにしても、首相、財務相の責任は免れない。とくに安倍首相周辺は、「安易なお友達関係」さえ結べば、「長州人の DNA」とやらと相まって、「まともじゃないこと」がかなり勝手次第にできてしまっていたもののようなのだ。

「まともじゃない事情」が行き過ぎてしまったら、そりゃあ、官僚としてはいつまでも付き合いきれないので、尻尾切りをしてでもこんな首相を担ぐのはそろそろ止めにしておきたいだろう。

 

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コメント

どっちが本当?誰が本当?
安倍夫妻、財務省、籠池さん。

丁寧に説明して行く、引き続き丁寧に説明〜、必要があれば丁寧に〜、繰り返しになりますが〜、何度も申し上げている通り〜。
1個も説明が完了していないと思うので、安倍さんには「説明責任」の荷が重すぎると、思っております。

街角ポスターの「責任を果たす。」は、この決意表明だったのか!

投稿: 乙痴庵 | 2018年3月24日 10:51

乙痴庵 さん:

安部さん、内心では 「何がいけないっていうんだよ」 と思っていると思います。だから、ちっとも責任取ろうとしない。

投稿: tak | 2018年3月26日 20:58

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