そもそも、水害が差し迫っても「人は逃げないもの」らしい
今回の西日本豪雨の死者は、どうやら 120人を超えたようだ。昨日私は、災害時に避難指示が出ても、実際に非難する人は非常に少ないという現実問題について、「最悪、命に関わる問題なのに、なぜ逃げないのか、私には理解できない」と書いた。しかしよく調べてみると、そもそも「人は災害時でも逃げないもの」であるらしい。
自然災害が発生すると、テレビのニュースなどで上の画像のような、学校の体育館みたいなところで寄り集まるように避難している人たちの様子が紹介されたりする。しかし実際には、いち早くこうして避難するのは住民のごく一部で、大多数は最後まで逃げずに家に留まり、結果として孤立してしまったり、最悪死んでしまったりすることもある。
人間とは不条理なものである。危険を知らされながら、一向に逃げないのである。私のような者からすると、「どうして逃げられるうちにさっさとズラカらないのか」と、不思議でしょうがないのだが、防災の専門家からすると、「そもそも人間というのは逃げないもの」だというのである。さっさと逃げる私の方が「変わり者」であるらしい。
「水害時 何故逃げない」というキーワードでググると、なんと約 200万件ものページがヒットして、その数はさらに刻々と増え続けている(参照: 追記 = 7月 13日正午の時点では、370万件以上に増えている)。そしてその中でトップに表示されるのは、2007年 7月 14日に開催された 「日本災害情報学会 減災シンポジウム〈抄録〉」の、“ひとはなぜ逃げないのか? 逃げられないのか?” という象徴的なタイトルのページである。
このシンポジウムで、災害時の避難行動をずっと研究してこられた群馬大学教授の片田敏孝さんという方は、とくに水害のケースでは「人間は逃げられないのだという基本的な考えを持っている」と、しょっぱなから単刀直入に述べ、次のように説明されている。
「逃げない」「逃げない」と議論するのは、行政、学者、マスコミから住民の行動を観察する論理。住民は逃げないと決めたわけではなく、逃げるという意思決定ができずにいる。結果として逃げなかったという事実が残る。
昨日の記事で書いたように、32年前の水害時、私はごくあっさりと家族と犬 1匹、猫 1匹を連れて避難したが、近所の人たちは誰も逃げなかった。私はそれが理解できなかったのだが、まさに「逃げるという意思決定ができずにいた結果、逃げなかったという事実が残った」というだけのことだったようなのである。
フツーの人たちは、「逃げる」という行為を取るにはよほど大きな決断が必要で、なかなか容易には踏み切れないもののようなのだ。まともに考えれば「さっさと逃げた者の勝ち」に違いないのだが、それでも人は容易には「逃げない」のである。
実際に逃げてみればわかるが、それは実に簡単で、濡れては困るものを 2階に上げたら、あとは鍵をかけてひょいと逃げ出しさえすればいい。初期の段階なら自治体が用意してくれるボートで浸水地域から脱出させてもらい、後はバスに乗せてもらって実にスムーズに避難所に運ばれる。このように避難は早ければ早いほど楽で、遅くなれば混乱するばかりなのに、率先して脱出しようとする者は極めて少ない。
ここまでくるともう理窟じゃないが、それだけに研究に値するテーマではあるようで、『人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学』 (集英社新書) という本まである。そしてここでも強調されているのは、昨日述べた「正常化の偏見 = normalcy bias」(自分だけは大丈夫という思い込み)だ。
私の経験した 32年前のケースでは、不幸中の幸いというべきか、被害は床下浸水で済んだ。しかし、仮により大きな災害になってしまっていたら、近所の人たちは、死にはしないまでも、浸水地域に取り残されたまま救助を待つという、悲惨な事態になっていたわけで、絶対にそうはならないという保証はない。
一方、さっさと逃げておけば面倒がないし、たとえ被害が軽く済んだにしても、安全な場所で心置きなく寝られるだけありがたい。これは経験上、確かに言えることである。家に留まっていたら、まんじりともせずに過ごしていたはずだ。そして結果的に、逃げても誰にも迷惑はかからないのだから、逃げない理由はほとんどない。
というわけで、私は昔から「人間とは不条理な存在」と思ってはいたものの、この年になって、「その不条理レベルはこれまでの自分の想定を遙かに上回る」と知らされたのである。私の人間理解は、甚だ中途半端だったようなのだ。
ここで「人間とはとてつもなく不条理なもの」と知ったからにはすっぱりと諦めがついて、今後はいろいろな場面であまりイライラせずに済むかもしれない。災害時に限らず、日常生活でも、どんなにぐずぐずされても仕方ないよね。そもそも不条理な存在なんだから。
ただその上で重ねて言うが、やっぱり災害時には、早めに避難する方がいい。前述の片田敏孝先生も、こんなふうに呼びかけておいでだ。
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コメント
正常化の偏見は確かに作用しているのでしょうが、水害の場合は、もっと単純に「雨が降っているときは外に出ない」という一般的な、そしてかなりの程度までは正しい常識が働いてしまうのかな、と思っています。ある程度までの豪雨ならばやたらに外に出ない方が安全なのは確かだろうし……。
もっとも、雨が上がってから洪水が発生することも珍しくはなさそうですが…。
投稿: 山辺響 | 2018年7月12日 14:23
山辺響 さん:
今回の西日本豪雨の場合は、土砂降りと水位上昇が同時並行だったようですが、私の経験した 32年前のケースでは、雨が止んでから上流からの流れがどんどん増して、ピーカンの元の大増水の中を、身重の妻と子供たちをボートに乗せて脱出しました。
汚い話ですが、あの頃、当地はまだ下水が完備されておらず、浄水槽が溢れて、ウンコだらけだったし、「青空の下の大増水」 というのは悲しいものがありましたよ (^o^)
いずれにしても、夜通し大雨になるとわかっていたら、いくら雨の中でも明るいうちに避難することを学ばなければならないと思っています。
投稿: tak | 2018年7月12日 17:38
私は消防団員なのですが、去年の台風の時に似たことがありました。
夜遅くなるにつれ雨が強まり、10時ごろ消防団招集。夜通しの市内巡回、河川の警戒、冠水・土砂崩れ地の交通封鎖等々、土砂降りの中での作業中に避難勧告が出ており、「各避難所の状況を定期的に見回れ」と指示が出て何カ所か行きましたが、避難者ゼロという(笑)。未明には行っても市役所職員が一人で寝ているだけという(笑笑)。
消防団解散は朝6時、そして我々はそれから出勤するのでした(泣)。
投稿: らむね | 2018年7月13日 05:47
らむね さん:
それはまた、ご苦労様でした。エラいことでしたね。
そもそも、明るいうちでも誰も避難しないんですから、暗くなったらもうダメですね。
自治体側にも、「明るいうちに情報を出してくれ」 と言いたいところです。
投稿: tak | 2018年7月13日 11:46