「新高橋橋」 という橋
昨日まで 3日連続でシリアスなテーマで書いてしまったので、今日は軽い話題である。茨城の地名というか、橋の名前に関する話だ。
上の写真は Google Map から拝借したものだが、国道 6号線を水戸から土浦方向に南下していて、茨城町(という町があるのだ)で涸沼川(ひぬまがわ)という川を渡る橋に差しかかる直前の光景である。手前左側に橋の名前の看板があって、「新高橋橋 Shintakahashi Bridge」と表示されている。「しんたかはしばし」とはカンじゃいそうなので、通る度に印象に残ってしまう名称だ。
それでつい最近、ふと思い立って橋の名前の由来を調べようとググってみたのだが、「新高橋橋」という橋が見当たらないのである。その代わりに「新高橋」という橋が見つかった。どうやらいつも通っている「新高橋橋」のことらしい。(参照 実際に地図に飛んだら、橋の部分をクリックすると、下の画像のような詳細説明が表示される)
地図によると、この「新高橋」(あるいは 「新高橋橋」)の東(右側)に平行して「水戸街道」(いわゆる「旧水戸街道」あるいは 「旧 6号」)が通っており、いつも通っている国道 6号線は、新しくできた 「6号バイパス」とされている。で、旧道が涸沼川を渡る橋は、下図のように「高橋」ということになっている(参照)。バイパスの方の橋は「新しい高橋」なので「新高橋」ということのようなのだ。
初めは 「高橋」 という地名があって、そこにかかる橋なので「高橋橋」ということになり、Google などでは紛れてしまって、橋の名前が「高橋」と表示されているのかとも考えた。しかし地名検索してみても、この辺りに「高橋」という地名はない。
「高橋」という地名がないということは、橋の名前を「高橋橋」なんてクドいものにする必要は、まったくないということである。一体どうなっているのか。
さらにググって見ると、「目的地までが目的地」というサイトが見つかった。いながらにしてドライブ気分を味わえるサイトで、本当に主要道路を辿る画像が満載されている。この中に「新高橋」というページもあり、「新高橋橋」という名称表示のある写真に 「『新高橋橋』 と書いて在るが・・・手元にある国土交通省から開示請求して取り寄せた資料だと「新高橋」 とあるので・・・」とのキャプションがある。
国土交通省の資料に「新高橋」とあるというのだから、正式名称はやはり「新高橋」でいいのだろう。で、東側の古い方は「高橋」だ。となると、「じゃあ、『橋』の前の『高』というのは、一体どこからきたのだ?」という疑問が当然湧いてくるが、それに関してはどうにもわからないので、とりあえずこだわらないことにしよう(気になるけど)。
とにかく、茨城県の地名にはわかりにくいのが多い。例えば関東鉄道バスの取手・守谷間を結ぶ路線には「岡」というバス停がある。知らない人は岡の上か麓にあるバス停を想像するだろうが、まったくの平地なのだ。よく調べるとこの辺りは「岡」という地名で、確かにはずれの方にちょっとした岡がある。ただ、バス路線は岡を外れた平地を通るので、違和感の元になっているようなのだ。
ちなみに広島県の JR 呉線には「坂」という名の駅があるのだが、これもまたスゴいと思う。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- ホテルのベッドで靴を履いたまま寝るやつなんていない(2023.12.07)
- ビジネスホテルのエアコンは、客室ごとにして欲しい(2023.11.05)
- 「スナック文化」って、実は私もよくわかっていない(2023.11.01)
- 茨城県の魅力度、再び最下位に(2023.10.28)
- せんべい布団の三畳一間で、一泊 7,700円!(2023.10.27)
コメント
地名、面白いですよね。私の本棚には、地元の本屋でしか売っていないそれはそれはマニアックな『西さがみの地名』という本が埋まっております(笑)
”高橋”ですが、ストリートビューで見ると両岸の堤防の上端をつないでいますが、堤防外に広い河川敷がありますね。ここは水戸街道だそうですので、昔から橋があったはず。想像ですが昔の橋は、河川敷に降りてから水路部分だけを超える”低い橋”だったのではないでしょうか。近代に入り(堤防もそのころか?)堤防上端をつなぐ”高い橋”ができたのでそう名付けられた、と。
それにしても”高橋橋”は面白いですね。Mt. Fujisan を思い起こしました。
投稿: らむね | 2018年10月 8日 23:24
らむね さん:
なるほど、昔の橋は低いものだったという発想ですね。
ただ、堤防 (川土手) というのは一般的にかなり昔からあったはずで、どうせ橋で結ぶなら両岸の堤防から伸ばして結ぶというのが自然な発想だと思います。
低いところに作ったら、毎年のように洪水で流されるでしょう。そして橋のない頃は 「渡し舟」 が主役だったんだと思います。
さらに、高いところに作った橋だから 「高橋」 だとすると、日本中に 「高橋」 という橋が多数存在することになると思いますが、いかがでしょう。
投稿: tak | 2018年10月 9日 15:57
岐阜県恵那市上矢作町には、「海」と言う地域があります。
一級河川「矢作川」の上流地域です。(矢作ダムなんてのもあります)
ご存知の通り岐阜県は海なし県。
また上矢作町は、山間を極めた山間です。
愛知県内の緩やかな「矢作川」からは想像もつかない、急な流れの地域に、「海」があります。
なんでこんな山奥に「海」?
調べてみる気はございません。(あしからず)
投稿: 乙痴庵 | 2018年10月 9日 20:45
takさん
堤防の古さってネット上では調べるのが難しいですが、ストリートビューで見るとこの付近は自然堤防では無く人工的な堤防ですよね。水路・河川敷両方にかかる長大で高所の橋は木造ではコストが高く、昔は橋があったとしても簡易な流れ橋だったのではと思います。こんな経緯ではないでしょうか。
①人工堤防より前、水路のみを跨ぐ流れ橋があったか、渡し船だった。
②人工堤防が作られる。
③-1 人工堤防上端をつなぎ、水路・河川敷両方を跨ぐ”高い橋”が作られる
または
③-2 人工堤防以後も橋は”低い橋”である流れ橋のままだったが、近代化以後にコンクリート製の”高い橋”が作られる。
いずれにせよ付近の住民にとって「背の高い橋ができた」という共通認識があった。
こんなところでしょうか。高橋橋という二重表記は
①橋名を表す看板に「高橋」と書いたのでは、あまりに一般的過ぎて地名等々と混同される恐れがあったので。
②実は付近の住民はその橋を「高橋橋」と呼んでいる。
③単にミス
④橋の近くに住む高橋さんから個人情報漏洩だとかで苦情が来た(笑)
小田原に「御幸の浜」という海岸があります。明治天皇が行幸されたことが由来ですが、実は地域住民はみな「みゆきがはま」と呼ぶんです。戦前生まれの祖母もそう言っていました。(前にも書いた気がします。すみません)
なので②のようなこともあり得るかなと思いました。
投稿: らむね | 2018年10月10日 00:09
ああ、あと高い橋が出来たからと言って高橋と名付けるとは限らないと思います。同規模の橋がすでに周辺にあれば却って呼ばれにくいですし。近代以後なら地名や河川名プラスアルファで行政機関がバシッと決めてしまうので、地域住民の慣習で橋名が自然発生することも少ないでしょう。
投稿: らむね | 2018年10月10日 00:15
乙痴庵 さん:
本当だ、「海」だ! (^o^)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7_(%E6%81%B5%E9%82%A3%E5%B8%82)
由来については上述の Wikipedia ページに載ってますが、しっくりくるかどうかは別という感じですね。
投稿: tak | 2018年10月10日 19:08
らむね さん:
なるほど。納得しやすい説明ですね。
投稿: tak | 2018年10月10日 19:10
かつてこの地には粗末な橋が架かっていたが洪水のたびに流され、付近の住民の嘆きを招いていた。あるとき旅の途中で付近を通りがかった篤志家が「それはさぞお困りであろう」と建造費を提供したことで立派な橋が完成し、住民たちは感謝の気持ちを込めて、橋をその篤志家の名で呼ぶことにした。篤志家の名を「高橋」氏と言う。したがって地元では「高橋橋(たかはしばし)」が正しく、「橋の字がダブっているのは単純ミスだろう」と曲解した国土地理院の資料が誤りである。
以上、妄想。
投稿: 山辺響 | 2018年10月12日 09:40
山辺響 さん:
「本当にそうだったら素敵ですね」 というお話 (^o^)
投稿: tak | 2018年10月12日 10:23