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2018年11月28日

「昭和は遠くなりにけり」なんて言われそう

まず、「ん?」と思ったのは 「群馬中部の村、議員なり手足りず再選挙」という見出しだ。「てあしりず」って、一体何なんだ?

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実際の記事に飛んでみて、議員の「なり手」が「足りず」ということで、要するに村会議員選挙の立候補者が定員に満なかったという話だとわかった。しかも立候補者が規定に 1名足りなかったため、「全員無投票で当選」とはならず、再選挙を行うことになったという。

いずれにしても、下手な見出しである。

こんなことになってしまったのは、人口 7,460人(今月 1日現在)の群馬県昭和村で、今回の選挙前に 12人の議員のうち 5人が引退を表明。後継者擁立の動きも鈍く、こんなことになってしまったらしい。記事には次のようにある。

村議会事務局によると、議員報酬は月額 17万7千円。ボーナスも含めて年額 300万円ほどという。村内の男性は「議員報酬だけではやっていけない。仕事を持っている人には掛け持ちは厳しい」と言う。

300万円の年収になるなら、定年後の「アルバイト代わり」にいい話かもしれないが、この村は農業が主産業というので、「定年でヒマになった元サラリーマン」なんてあまりいないのかもしれない。きちんと農業さえしていれば、もう少しマシな収入になるのだろう。

過疎の村というのは、こんなことでも大変なのだね。高齢者比率が高くなって、じいさん、ばあさんばっかりという状態なのだろうから、いずれどこかと合併しなければやっていけなくなるかもしれない。「昭和村」という名前が、いかにも淋しく感じられてしまう。

昭和 27年生まれの私が 10〜20代の頃は、「明治は遠くなりにけり」といわれた時代で、明治生まれといえば頭がコッチンコッチンの老人という固定イメージがあった。ところが来年は平成から新元号に変わるというし、「昭和は遠くなりにけり」なんて言われる時代になる。

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コメント

歴史を教えていると、○○時代、というのを暗記させるわけですが、江戸以降はふつう元号で覚えます。
明治大正昭和平成と、まあ中学生になじみがないのは大正くらいなので、何度か繰り返せば特に問題はないのですが、あと2つも増えたらどうでしょうかね。維新から終戦までをまとめてナントカ時代、と名付ける動きが出るかもしれません。
そしてやがて、明治維新や大正デモクラシーが元号名だと認知されず、「どっちが先だっけ?」みたいな会話が中学生の間で交わされるのかも。
まあ私も江戸以前になると途端に怪しいですが。

投稿: らむね | 2018年11月28日 22:40

らむね さん:

私の時代の学校の日本史は、平安時代辺りを妙に詳しく掘り下げるくせに、明治維新を過ぎると急にスピードアップするも、結局は戦後までたどり着けずという印象があります。今でもその傾向があるようですね。

戦中・戦後史をきちんと学ばなかったツケが、今のネトウヨにまでつながっていると思っています。

せめて、らむね さんは、昭和、平成の歴史をきちんと教えてください。よろしくお願いいたします。

私自身は幕末が好きです。もっとも、好きなのはこの頃の文化史で、薩長土肥とかいう政治的な動きはほとんど興味ありません。

投稿: tak | 2018年11月29日 16:26

ああ、これはとても難しい問題です。
学校の先生と云うのは、歴史に限らずどの教科も前半部分に時間をかけ過ぎになります。
これが理解の遅い子が気になって必死に教えようとするからなのか、単なる怠惰なのかわかりませんが、誤解を恐れずに言えば「見切りをつけて」先に進まなければキリがないと思うのですがね。
それで自分の首を絞め、年度末に(もはや教科書をやっている時間は無いので)ざっくりしたまとめプリントを「ちょっぱや」で済ます先生も多いです。

歴史はさらに悲惨で、1年次から地理と歴史を平行して進めるため、数学のような〇年生の教科書、というものがありません。つまり学年の終わりにどこまで指導するかが明確ではない。
結果、とある先生が1年次に大幅に遅らせ、2年次に異動なりで別の先生が担当することになった時、あり得ないほど進んでいないことが判明して喧嘩になることもあるそうです。「あんた去年なにやってたん!?」と。

塾では、先生がざっくりだったところも万遍なく入試に出るわけなので、そうならないように意識して指導しますが、塾には塾の問題が。
年度末はもう次年度の塾生囲い込み競争が始まっていて、早ければ2月から「次年度先取り学習でございます!!」的な雰囲気になります。またそうしなければ生徒が集まらず倒産します(泣)。この時期の宣伝広告は「次年度先取り!」「(小6向けに)中学校を先取り!」「スタートダッシュ!」的な文句が並ぶのです。年が明けたら新聞に山ほど入ってくるチラシをご覧ください(笑)。そしてただのいち社員にこの流れに逆らう力は無いのです(泣笑)。

投稿: らむね | 2018年11月30日 00:15

らむね さん:

へへえ! なかなか難しい話なんですね!

だったら、歴史は現代から遡って教えることにしたらいいのになんて思ってしまいます。

どうせ平安時代より先は、今の世の中に大した影響ないので、などと、ずいぶん乱暴な話になってしまいますが ^^;)

投稿: tak | 2018年11月30日 14:50

眠れなくて、起きてしまいました~
おはようございます~
私も学校で (戦前、戦中、戦後)の時代は
全く教えられませんでした。無理ですよね。
先生達は日本は戦争で勝つと信じていたのですから
ぼろ負けで呆然としていたのです。
私はその頃1941年生まれで育ったのですから生き字引?
と言って良いのですがね・・・
何も知りません。馬鹿者ですね。涙・・・

投稿: tokiko | 2018年12月 1日 01:53

tokiko さん:

一番大変な時期のお生まれなんですね!

私は 1964年の東京オリンピックの年に小学校 6年生でしたが、やはり似たようなものでした。先生たちは昭和史には触れたくなかったのかもしれません。

投稿: tak | 2018年12月 1日 17:21

ああそうか、習った時代の違いまで頭が回りませんでした。
時間の淘汰を受けていない歴史は教えにくいですねえ。歴史の流れの中でどれほど重要か、どんな意味を持つのか、公教育で教えるべきものなのか、判断しづらいです。

例えば、ひとつ前の版の教科書の年表には「郵政民営化」がありましたが、現行の版では消えました。「国鉄民営化」だってもうずいぶんと前から載っていないと思います。リアルタイムで経験した人間にとっては大変な重要ごとでも、10年後の中学生が覚えるべきことかって言うと難しいですね。

私も2000年以降だと、同時多発テロ・イラク戦争・政権交代・東日本大震災くらいですね、教えているのは。これだって果たして何年教科書に残るか怪しいもんです。(政権交代などは自民党政権がもう少し続けば、無かったこと・一時の気の迷い、ってことにされてしまいそうですw)

投稿: らむね | 2018年12月 1日 21:13

らむね さん:

私は 「東日本大震災」 は平成の歴史の中で大きなものだと思っています。とくに原発事故。

あの事故は日本と世界の価値観のパラダイム・シフトにつながるべきことだと思ってるんですが、なぜか矮小化されつつあります。

投稿: tak | 2018年12月 2日 21:24

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