気候変動を如実に感じる今日この頃
先月 17日に行った広島で、「平成 30年 7月豪雨」の被災地にも立ち寄ってみた。この豪雨の際の記録は、NHK 広島の 2人の女性記者が「7月6日夜 広島で起きていたこと」として残している。そしてその惨状は、3ヶ月経っても生々しく残されていた。
上の写真はその際に撮った中の 1枚で、広島市から呉市に向かって海岸線を走り、ほどなくのところにある小屋浦という地区の様子である。海岸近くまで迫った丘陵の砂防ダムが決壊し、押し流された樹木が直撃して、外壁がぶち破られた家だ。その手前にあったアパートと家屋は、跡形もなく流されてしまったという。
大量に流れ落ちてきた樹木が海岸近くの橋桁にせき止められ、川の水があっという間に周囲にあふれ出して、前代未聞の大水害になった。10月の時点では、カラカラに乾いた土砂がまだ家の中を埋めていた。実際にみる状況は、NHK の女性記者が残した記録から受ける印象を上回る悲惨さで、私は「あの時の女川と同じだ」と思った。
「女川」というのは、東日本大震災の津波で町がまるごと消えてしまうほどの大被害を蒙った宮城県の女川市のことである。妻の弟の妻が女川出身で、彼女の実家では 7人家族のうち 5人が帰らぬ人となった。私は 3年後に女川を訪れたが、家々の土台まで流されてがらんとした空き地だけが斜面に残されていた。
そして今、遠く離れた米国カリフォルニアでは、前代未聞の森林火災が広がっている。「数十年に 1度の規模の天災」と言われる災害が、毎年のように世界のあちこちで起きている。これはもう、尋常なことではない。地球規模で気候がおかしくなっているのを如実に感じる。「落ち葉かき」程度で解決できる問題じゃないのだ。
1954年の洞爺丸台風や、1959年の伊勢湾台風の頃の台風被害も大きかった。しかし当時は天気予報が今ほど進んでおらず、気付いた時には台風に襲われているという時代だったので、まともな事前対策ができなかった。ところが今はかなり正確な予報がもたらされるにも関わらず、なすすべのないほどの大災害となる。
今、米国のトランプ政権も日本の安倍政権も、こうした気候変動にまともに向き合う対策をとろうとしていない。こんなことでは完全に手遅れとなり、次世代への責任を果たせないだろう。
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