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2018年12月に作成された投稿

2018年12月31日

今年は 24都道府県に旅した

今年も年初から大晦日まで、つつがなくブログを更新し続けて終わろうとしている。年の瀬の 3日間の関東は妙に天気が良く、空が澄み渡っている。

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大晦日のネタとして、今年の個人的十大ニュースでもまとめてみようかと思っていたが、いざ手を付けてみると、ニュースと言えるほどの変わったことは何も起きなかった。ただ毎日を淡々といつものように過ごしてきただけである。

ただ、今年も仕事で北海道から九州まで、よく旅した。この1年間の一泊以上の旅先を都道府県別にまとめてみると、こんな具合である。

広島県 【3回】

群馬県、山形県、京都府、奈良県、福岡県 【各 2回】

北海道、青森県、宮城県、福島県、石川県、滋賀県、大阪府、
和歌山県、兵庫県、鳥取県、佐賀県、長崎県、熊本県 【各 1回】

こうしてみると、一泊以上の旅を 1年間で 30回もしている。この他に、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、栃木県への日帰り出張を 10回以上しているから、ほぼ 1月平均 4回の旅をしてきたことになり、行った先は 24都道府県に及ぶ。

出張の回数で言えばもっとずっと多い人もいるだろうが、行き先が 1年で 24都道府県というのは、かなり多い方だろう。3年前に全都道府県制覇を果たしている(すべての都道府県で一泊以上という条件もクリア)が、こんなペースで旅して来たので、今では全都道府県に 2回以上旅しているという記録まで作ってしまった。

それにしても、夏の間はとてつもなく暑かったなあ。よくまあ夏バテもせず乗り切ったものだ。それに、寒の最中に北海道の旭川に行ったりもしたし、今年直に体験した寒暖差は、45度以上だったはずで、確実にこれまでの人生で最大だ。

来年も「旅人暮らし」は続く。旅が元気の源のようなものだ。

 

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2018年12月30日

『マイ・ブルガリアン・ベイビー』というダサダサの歌

ほぼ半世紀にわたって年に何度か、ふと口をついて出てしまう超ダサイ歌がある。「ホイホイホイホイ、マイ・ブルガリアン・ベイビー、ホイホイホイホイ、マイ・ブルガリアン・ドール…」というテキトーなロックンロールで、タイトルは  "My Bulgarian Baby" (「ブルガリアのかわいこちゃん」とでも訳しておこうか) という。

今日、ちょっとした気紛れで大した期待もせずにググってみたら、なんと見つかってしまったのが上に貼り付けたビデオだ(参照)。長年会っていなかったノー天気な友人に、街でばったり会ってしまったような感覚である。

1966年から 70年頃まで、ロバート・ヴォーン(ナポレオン・ソロ役)とデヴィッド・マッカラム(イリヤ・クリヤキン役)のコンビで放映された 「0011 ナポレオン・ソロ」(原題 "The Man from U.N.C.L.E.")というスパイ・ドラマは、日本でも一世を風靡した。そしてその派生シリーズに「0022 アンクルの女」(原題 "The Girl from U.N.C.L.E.")というのがある。

「0022 アンクルの女」の方のヒロイン、エイプリル・ダンサー役は、後に『荒野の七人』にも出演したステファニー・パワーズで、吹き替えは野際陽子。上のビデオのケージの中で踊っているのがエイプリルで、途中でボールペン型無線機で交信する相手は、ナポレオン・ソロの上司でもある、レオ・G・キャロル扮する ウェイバリー課長。ああ、懐かしいなあ。

この回のストーリーは、ビデオを見る限りではブルガリアかどこかの国の賓客を迎えるに当たっての警備のお話だったようで、彼女の相棒のマークは既に敵につかまっている。そんなことはすっかり忘れてしまっていたが、繰り返し流れていた、歓迎の歌という設定の割には脱力的なまでの迷曲 "My Bulgarian Baby" は、半世紀以上経った今でもしっかり覚えているのだから、不思議なものだ。

この動画のある YouTube のページには、ちょっと泣けてくるコメントが付いているので、その中から 3つほど紹介しておこう(当然ながら全部英語なので、ざっと翻訳しておく)

Jeanmarie Nuno : この歌は何年も私の心にこびりついていて、息子が赤ん坊の頃によく歌っていたんですが、ある日彼が『ママ、Bulgarian Baby の歌、歌って』と言い出しました。

Ari Meyers: これは私の父が歌っていた子守歌です。父は 16歳の頃にこれをテレビで見て心に残ったらしく、月日が経ってからは自分の子供たちに歌ってくれていたのでした。

Evan Stansbury: 本当にとんでもないお話だったけど、この妙にキャッチーな曲は、半世紀も経つというのに記憶にこびりついてます。

日本人の私でさえずっと耳についていて、つい口ずさんでしまうことがあるのだから、本国の米国ではそんなケースがもっとずっと多いのだろう。ダサイ歌詞とダサイ曲の絶妙の取り合わせというのは、ある種の麻薬である。

【念のため付け足し】

"My Bulgarian Baby" は、実際には 「マバゲァリアン・ベイビー」 と聞こえ、歌う時もそんな感じの方が英語の発音に近いので、その辺りよろしく。ただ、ちょっと真似して歌っているうちにはまっちゃって抜けられなくなっても、私は関知しない。

 

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2018年12月29日

「世界一の映画館」という映画が上映される

昨日の毎日新聞夕刊の "「世界一の映画館」 上映" という見出しを見て、思わず「ヒャッホー!」と声を上げてしまったよ。私の故郷、山形県酒田市にあった映画館「グリーンハウス」をテーマとしたドキュメンタリー映画が、全国で上映されるというのである。(下の写真をクリックすると、記事全体が拡大補表示される)

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グリーンハウスという洋画専門 (ほんのたまに、珠玉の邦画も公開されたが)の映画館は、中心街の 1774棟を焼失させた 「酒田大火」(1976年)の火元になったということもあり、その後はあまり大きな声で語られることはなかったが、私にとってはとてつもなく大きな存在だった。なにしろ高校時代は週に一度以上の頻度で(定期試験の前夜だろうがなんだろうが)入り浸っていて、私の「センス」形成に大きな影響を与えた存在だったのである。

このグリーンハウスで特筆すべきは、「シネサロン」という定員 14名のミニ・シアターである。大量動員は見込めないが、映画好きなら絶対に見逃せないという「コアな作品」を選んで上映する趣旨で、今の私のセンスが形成されたのは、この小さな空間のおかげといっていい。このことについては一昨年 2月に「懐かしのシネサロン」というタイトルで書いているので、ここでは敢えて繰り返さないけどね。

映画評論家の故・淀川長治さんはこのグリーンハウスを「世界一の映画館」と評していたという。本当に世界一だったかどうかは知らないが、淀長さんがそう言ったのだから、まんざら出鱈目でもなかろう。私はその「世界一の映画館」に入り浸っていたというだけで、かなりの幸せ者である。

私のセンスがかなりバタ臭くなったのは、このグリーンハウスで見た数々の洋画のおかげに違いない。そのくせ修士論文で歌舞伎をテーマとしちゃったこともあり、以後ずっと和洋二本立てで生きてきている。

ちなみにこの毎日新聞の記事には淀川長治さんと大杉漣さんの顔写真が載っている。淀長さんが亡くなたのはかなり前だが、大杉漣さんは今年初めに急逝してしまった。というわけで、この毎日新聞の記事は、「今は亡き三本立て」である。

せめて急には死にそうにない私が、時々話題にして語り継がなければならないような気がしている。というわけで、下の画像をクリックすると、予告編の見られるページに飛ぶ。それにしてもこのストーリーに登場する人には「佐藤さん」という苗字が多いなあ。

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【12月 30日 追記】

上の本文で 「定期試験の前夜だろうがなんだろうが」 と書いているが、それについて、14年前に書いた「ウッドストック」という記事が見つかった。この記事にある「地元の映画館」というのが、何を隠そう、このグリーンハウスだったのである。

 

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2018年12月28日

雪国生まれの不思議な心情

年末は西高東低の冬型が強まっていて、関東は抜けるような青空だが、日本海側は軒並み雪になっているという。私の生まれた山形県庄内地方も、かなりの大雪になっているようだ。

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今さらのように思い出すのだが、大学に進学して 18歳で上京し、初めての冬を迎えた時はしばらく冬とは気付いていなかった。

故郷の冬は連日分厚い雪雲に覆われ、吹雪が吹き付ける。私の故郷では、雪は上からではなく、横から、下から吹き付けるものなのだ。歩いて帰宅すると体の半分は真っ白だが、反対側はカラッカラというほど、極端な「地吹雪」の国である。

そんなところから上京して、大学紛争でキャンパスがロックアウトされたままアルバイトに明け暮れていたのだから、冬休みになっても全然実感がなく、「あれ、関東の冬って、これなの?」と思った時には既に年末だった。

だから「冬って、天気が良くてカラカラに乾燥する季節」と思っている関東の人間と私とは、基本的に人種が違うのではないかという思いが、今でもある。空っ風の吹き付ける青空の下を歩く自分は「世を忍ぶ仮の姿」であり、本来の自分は地吹雪の中を歩いているはずなのだ。

そんなわけで、私は冬の間ずっと「あり得べからざるほどの、楽をさせてもらっている」という思いがある。ありがたいことではあるが、どこか後ろめたい気がしないでもないという、不思議な心情である。

 

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2018年12月27日

最近の七味唐辛子は軟弱すぎる

ほとんどの人にはどうでもいいことだと思うが、七味唐辛子ドバドバが大好きな人間の中には共感を覚えてくれる人もいるかもしれないから、この押し詰まった年末の時期だが、近頃ちょっとムカついてることを書いちゃおうと思う。

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何かというと、スーパーなどでフツーに買ってくる S&B の七味唐辛子 (商品名は 「七味唐からし」 みたいなのだ) が、最近軟弱になってるんじゃないかという話だ。ふりかけ口の穴もかなり前から小さくなっているような気がして、最近はガンガン振っても少しずつしか出てこない。

それに昔はモロに唐辛子の輪切りみたいな豪快な形のものがフツーに混じっていたのだが、最近のは妙に細かく加工してある。あんなに軟弱な仕様じゃ、いくらかけても辛くなりようがないじゃないか。もしかしたら、現代の消費者嗜好に合わせてなまくら仕立てにしてあるんだろうか。

思えばその昔、十代の頃から、芋煮会 (庄内の芋煮は、味噌味の煮込み) でも、専用の七味を持参してドバドバ振りかけていた。あの頃から、舌がしびれるほどの辛口が好みだったのである。仕事関係で付き合いがあったインド人の家で供される本場の激辛料理を喜んで食べて、日本人の仲間たちに呆れられたりしていたし。

というわけで、最近の軟弱な七味唐辛子はストレスの元なのだ。ドバドバ振りかけられるように穴を大きくしようとすると、妻が 「これでちょうどいいから、止めて」 と言うので、仕方がないからネットで 「超辛口」 を探して、自分専用に注文してみようかとまで思っている今日この頃なのである。

【2024年 3月 17日 追記】

今さらのように追記させていただくが、最近は「舞妓はんひぃ〜ひぃ〜」という唐辛子を愛用している。これはちゃんと辛い(参照)。

 

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2018年12月26日

首相が散歩しただけで写真入りのニュースになる国

Twitter で ふゆひーさんが、"時事通信は 「日本中央通信」 と改称した方がいいのでは" と憤っておられるので、何事かと思えば、時事通信が 「安倍首相、私邸近くを散歩」なんていうふざけたニュースを流しているのだった。

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ニュースの中身はというと、「近所の代々木公園では、通行人らと気さくに記念撮影に応じ、園内の階段を一段飛ばしで上るなど元気な様子を見せた」などという、まったくの提灯記事である。こんな記事に何の意味があるというのだ。

こんなのは、首相官邸から 「24日に散歩するから、カメラマン同行で取材においで」と情報を流したとしか思われない。写真を見れば、首相の周囲にコワそうな顔をしたボディガードが 3人も付いていて、完全にパブリシティを意識したセレモニーになっている。その割には、オバサンみたいな趣味の白いコートは全然サマになっていないが。

で、まさに時事通信は「日本中央通信」みたいなことになっているのだが、ほかに日本経済新聞(参照)と産経新聞(参照)も同じような記事を載せている。記事の中身は似たり寄ったりなので、時事通信からの配信を、ほぼそのまま使ったのかもしれないが、ほかによっぽど記事がなかったのだろうか。

 

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2018年12月25日

連続 15年の毎日更新を達成

この "Today's Crack (今日の一撃)" というコラムは、平成 14年(2002年)の夏頃から「ほぼ毎日更新」で続けていたのだが、平成 15年(2003年)12月 26日に掛け値なしの「毎日更新」に切り替えて、それ以来ずっと続いている。よって、今日で「15年連続毎日更新」達成である。

181225我ながらよくもまあ、毎日毎日こんなコラムを書き続けてきたものである。15年連続と言えば、日数にして 5,479日(この間、閏年が 4回あるので 365×15+4)。つまり、本日で 5,479本書いてきたというわけだ。よくまあネタ切れにならなかったものだと、我ながら不思議である。

ちなみに、この "Today’s Crack" は初めからブログというカタチでスタートしたわけではない。そもそも 15年前にはブログというメディアは今ほどポピュラーなものじゃなかった。初めは私が「本宅サイト」と呼んでいる「庄内拓明の知のヴァーリトゥード」というサイトの中のページとして始めたもので、こんな感じだったのである。

で、平成 16年(2004年)の 7月からココログに乗り換えたのだが、この頃というのは日本のブログの黎明期を脱していない時期(当時は 「ウェブログ」と言われていて、「ブログ」という省略形が定着したのはそれ以後だったと思う)である。ということは、私の ”Today's Crack" は、日本人の手がける個人ブログの中では、連続更新記録のかなり上位にランクされると思う。

あるいは「今日は〇〇を食べた」とか「△△と会った」とかいう簡単な個人的メモ程度のものを除いて、一応まともな文章を書き続けているという条件でいえば、案外上位 1桁ぐらいにはランクされるかもしれない。まあ、上には上があるだろうが。

ちなみに私は、もう 1つ「和歌ログ」というのをもっていて、連続更新で言えば、実は "Today's Crack" の上を行っている。なにしろ 2003年 12月 2日のスタートからずっと連続更新を重ねているのだ。ということは、「2つの連続 15年毎日更新」 という記録なら、もしかして私は日本一かもしれないね。

とにかくこんなに長い間、休まずに書き続けることができているというのは、健康の賜物である。この 15年以上、一度も入院もしなければ寝込むということもなかった。人間、健康でありさえすれば結構いろいろなことができるということだ。

運が良ければ、2020年には「6,000日連続毎日更新」、2022年には「20年連続毎日更新」が達成できる計算である。まあ、「成り行き」には違いないのだが、このくらいのことはやってみたいという気がしてきた。

 

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2018年12月24日

前期高齢者になって「疲れる」という感覚が理解できた

今日はあまりにも天気が良かったので、自転車で「つくば霞ヶ浦りんりんロード」のつくば側を走ってみた。これは茨城県の誇る全長 180km のサイクリングロードで、始点の土浦駅には立派なレンタサイクル屋もあり、かなりオススメの道である。下の写真は、土浦にほど近いところの蓮根畑だ。

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ただ、大きな計算違いがあった。確かに天気はものすごくよかったのだが、風が強すぎたのである。北西の季節風が、多分風速 10メートルぐらいでビュウビュウ吹き付けた。そのため、土浦駅から北西に向かうつくば側の道は、強烈な向かい風となった。

私はこうした自転車専用道を走る時は、風が弱ければ大抵 24〜25km/h のスピードを維持できる。ところが今日は向かい風が強すぎて、平均スピードは 15〜16km/h しか出せなかった。なにしろ、ずっと平坦な道として知られるりんりんロードを行くのに、なんだか徹頭徹尾、斜度 4〜5度のヒルクライムをしているように感じられたのである。

初めの心づもりでは、土浦駅から約 30km の真壁休憩所まで行って戻ってこようと思っていたのだが、途中のつくば休憩所(土浦駅から約 20km)で力尽きてしまい、戻ってきた。帰り道は強烈な追い風となったので、楽に時速 30km/h ぐらいで来れたのだが、土浦からの帰り道は西に向かう区間が長いので、またしても逆風でノロノロになってしまった。

りんりんロードだけの走行距離は往復 40km 程度のものだが、自宅から土浦駅までの往復が 50km ほどなので、合わせて約 90km の走行距離となる。ただ今日は、倍の 180kmぐらい走ったような疲れ方をしてしまった。

昨年 65歳になって、前期高齢者の域に入ってからというもの、「疲れる」ということの感覚が理解できたような気がする。それまでは「疲れるって、どういう感覚なんだろう?」なんて生意気なことを思っていて、実際に疲れた気がしても一晩寝ればピンピンしていたというのに。近頃は翌日にもちこすこともあるのが悲しいところである。

 

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2018年12月23日

何度も言ったことだけど、「サンタクロースは、本当にいる!」

明後日はクリスマス。そして明日の夜はクリスマス・イブである。毎年この時期になると、私の本宅サイトのあるページへのアクセスが急に増える。今年も既に結構増えている。

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それは "サンタクロースは本当にいる! クリスマス・イブは「大きな愛」を知るチャンス" というページだ。その内容は上のリンクをクリックして見てくれればいいのだが、まあ、ざっと言えば、実際にプレゼントをくれるのはお父さんやお母さんだが、ただしそれは、「本当のサンタクロースの代理人としてなんだよ」ってことだ。

お父さんやお母さんは、クリスマス・イブには本当のサンタクロースの大きな愛を子どもに教えるために、その代理人となってプレゼントをくれるのだ。ということは、本当のサンタクロースは、お父さんやお母さんを通して、大きな愛で包んでくれるのだ。

そして、その「本当のサンタクロースって誰?」ってことは、上のリンクをクリックすればちゃんと書いてある。このページは、「サンタクロース 本当にいるの」 というキーワードでググると、つい最近まではずっとトップとか 3番目とかのポジションにあったのだが、さっき確認したら、8番目になってしまっていた。うーん、ちょっと口惜しいかも。

いずれにしても、メリー・クリスマス! これはこれまでも、何度も、いろんな言い方で言われてきたことだけどね。(これは "The Chrismas Song" の、ちょっと泣かせる歌詞)

 

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2018年12月22日

「いらっしゃいませ、こんにちは」という挨拶を聞かなくなった

最近ふと気付いたのだが、コンビニやスーパー、ファミレスなどに入った時に、あの一世を風靡した「いらっしゃいませ、こんにちはぁ〜」という妙な挨拶を、ほとんど聞かなくなった。おかげで私はストレスが軽減されて、かなり清々している。

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私が「いらっしゃいませ、こんにちは」という挨拶を嫌悪していることは、このブログの古くからの読者ならとっくにご存じだろう。それについて書いた記事は、ざっと検索しただけでゴロゴロ出てくるが、代表的なのは、次の 3本である。

「いらっしゃいませ こんにちは」 を巡る冒険  (2005年 3月 5日)
馬鹿が利口を指導している (2007年 1月 10日)
ビジネスマナー屋の妄言 (2015年 6月 16日)

本当に、上に挙げた最初の記事を書いた 2005年、つまり 13年ぐらい前までは、ちょっと買い物しようとしてコンビニのドアを開けると、店内のあちこちから「いらっしゃいませ、こんにちはぁ〜」という妙な挨拶が乱れ飛んできていた。それを聞くだけで、私は憂鬱な気分になっていたものなのである。

それが、いつ頃からか廃れてしまった。本当にいつ頃からなのか、私はまったく意識せずに今日まで来てしまったのだが、本当に「文字通りいつの間にか」、ほとんど聞かれなくなってしまっているのである。

あれだけ妙ちくりんな「定番接客言葉」になっていたものが、こんなにまであっさり消えてしまうというのは、嬉しいことだが、一方では信じられないほどのことだ。しかし信じられないことほど、あっさり生じてしまうのが世の中というものである。

一時は「こんな変てこな言葉が、日本の定番になってしまうのか」と、すっかり諦めていたのだが、こうしてみると、世の中まんざら捨てたものじゃない。

2007年 1月 10日の「馬鹿が利口を指導している」という記事で指摘しているように、あのけったいな挨拶は、コンサルタントと称する馬鹿な人種が「コミュニケーションの始まり」なんぞと言って指導していたもののようなのである。私はこの記事の中で、「そもそも、コンビニで店員と客がのべつ本格的に『コミュニケーション』なんか始めたら、仕事にならないじゃないか」と嘆いている。

で、その「コミュニケーションの始まり」とやらがすっかり廃れてしまった今、10年以上前にエラソーに指導していたコンサルタントの連中は、どんな顔をして商売しているのだろうか。まあ、多分、昔のことなんかすっかり忘れて、また新たなデタラメの種を考えているのだろうね。

 

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2018年12月21日

日本政府は IWC 脱退を決めたようだが

日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)を脱退する方針を固めたと報じられている。商業捕鯨を再開するためというのが、その理由だ。

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捕鯨に関しては、私は以前は「少しぐらいいいんじゃないか」と思っていた。14年前の 9月には「環境保護と動物保護」という記事で、 "「環境保護」を標榜するグリーンピースなどの活動も、クジラなどに関しては、実は「偏狭な動物保護」だったりすることがあるのではなかろうか" なんて書いている。

ところがこの言い方は、多分にグリーンピースへの反感から来ているところがあって、私自身は別に捕鯨推進派というわけじゃなかった。そしてとくに最近は肉食を止めたということもあって、「反捕鯨」の考えに明確に変わっている。

「他に食うものがいくらでもあるのに、わざわざクジラを捕って食わなくてもいいじゃないか」ということだ。ということは、IWC 脱退にも反対せざるを得ない。

「鯨肉を食うのは、日本の固有文化だから、他国から文句を言われる筋合いはない」というのが政府の言い分のようだが、その言い方は、一部のアジア地域の人たちが「犬肉を食って何が悪い!」と言うのとほとんど変わらない気がする。両方とも「固有文化」という点に関しては認めるにやぶさかではないが、今の世の中で、そんなにまで意固地に守らなければならないほどのものとは、私には思えない。

いずれにしても、私自身はクジラは食わない。ここ数年、牛も豚も鶏も食わないことにしているのに、クジラだけは食うなんて言えるはずがない。逆に言えば、牛も豚も鶏も食っているくせに、クジラまで食いたいというのは、「よほど業が深い」と思ってしまうのである。

最後に 3年ちょっと前の「そろそろ捕鯨を止めようじゃないか」という記事の結論として書いた以下の文章を、再録しておく。

必要があるとも思われない「捕鯨」という行為を、日本はなぜ継続しているのかという問題を、かなりクールな目で説いたテキストがある。BBC の Rupert Wingfield-Hayes という人が書いた「日本とクジラ なぜ日本は捕鯨をするのか」(原文は "Japan and the whale") という記事だ。

「日本が捕鯨を続ける決意が固いのは、捕鯨関係者が多い選挙区から選出された数人の国会議員と、予算を失いたくない数百人の官僚たちのせいと言えるかもしれないのだ」という文で結ばれるこの記事を読めば、少なくとも捕鯨を続けることに積極的な意味がないと、客観的にも理解される。

 

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2018年12月20日

奈良の鹿の角

昨日から一泊二日で奈良に出張していた。奈良と言えば奈良公園の鹿である。今回は時間がなくてゆっくり散歩することはできなかったが、クルマで通り過ぎるときに見ると、鹿はことごとく角がなくなっている。

 

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鹿の角は春から秋にかけて大きく成長し、冬になるとその付け根の部分に栓のようなものが形成されて血流がなくなるため、自然にポロリと落ちてしまうらしい。つまり、あれって毎年新しく生えて、冬になると落ちてしまうというのである。

秋の繁殖期が終わり、雄同士が争う必要がなるなると、食糧不足の冬を乗り切るために、余計物となった角を落とす方が楽ということらしいのだ。何しろあの角は春から秋にかけてあんなに成長するので、維持するのにもかなりの栄養を消費するというのである。

秋になると奈良では「鹿の角切り」という行事がある。鹿を追い込んで捕まえ、縄を掛けて寝かせてしまってから、ノコギリでゴリゴリ切るのである。秋になると鹿の角は血流もなくなり、人間の爪を切るのと同じような感覚で切ってしまえるというのである。道理で、今の時期の奈良の鹿は、ノコギリで切り落とされたばかりのような短い切り跡のある鹿がたくさんいる。

鹿の角は自然にポロリと落ちのだから、自然に落ちるに任せればいいようなものだが、どうしてわざわざ「角切り」を行うのか、私は長年不思議に思っていた。公式には「秋には繁殖期で気が荒くなり、角で突き合って怪我をしたりするので、その防止のために角を切る」とされているのだが、どうもそれだけでは説明がつかない気がする。

どうせ自然に落ちるなら、どうして余計な手間をかけるのか。それに、鹿同士が角で突き合って怪我をすることがあると言っても、どうせ野生の鹿同士なのだから、それはそれで自然の営みの一部として放っておけばいいではないか。

今回奈良の知人に聞いてみたところ、そこはそれ、角切りをしなければならない事情というのがあるようなのだ。一つは、秋には鹿の気が荒くなって、観光客が突かれてしまう危険性があること。そして二つ目は、自然に角が落ちるに任せておくと、そこら中に角が落ちてしまい、交通の妨げになることがあるというのである。なるほど、下手したらクルマがパンクしちゃうよね。

そして最後に、角切りというのは結構人気のある神事なので、観光資源として止めるわけに行かないというのである。なるほど、これは大きな要素だろう。

というわけで、角切りというのは、人間の都合という要素が大きいようなのだ。

 

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2018年12月19日

「平成最後の何とか」 というもの

天皇の譲位が来年の 4月 30日に行われ、5月 1日から新しい元号に変わる。これは既定路線である。というわけで、最近はいろいろな分野で 「平成最後の〇〇」 というのがもてはやされている。

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上の写真は、電車の中で見かけた 「平成最後の新春バイキング」 という広告だ。毎年正月に恒例のバイキング料理というイベントをしているのだろうが、「平成最後」 というフレーズにどういう差別化的な意味があるのかよくわからない。

「要するに、いつもの新春バイキングなんでしょ」 というだけの話である。メニューの中に 「なるほど、これは確かに平成でなければあり得ない料理だね!」 というのがあって、元号が変わってしまったら提供不可能になるとでもいうなら話は別だが、そんなものがあるはずもないし。

そういえば、「平成最後の紅白歌合戦」 なんていうのもあるようだ。「昭和最後の紅白歌合戦」 というのも確かにあったわけなのだが、それは後になってから知れたことで、今回は初めから 「今の元号では最後の開催」 とわかっているという意味で初めてのケースである。

初めてのケースであるだけに、「いつものやり方」 というのがない。日本人は長い間 「元号」 という制度に親しんできたわけだが、今回ばかりはそれをどう扱っていいかわかっていない。世間はこういうのにとんと弱いのだね。

言ってしまえば、4月 30日のラジオ体操は 「平成最後のラジオ体操」 だし、朝メシは 「平成最後の朝メシ」、出勤は 「平成最後の出勤」 である。とはいえ、それらはいつも繰り返されているルーティーンに過ぎず、何が特別なのかはわからない。

何だか特別のような気がしないでもないし、特別の意味を込めたいというのも人情ではある。しかしその 「特別の意味」 というのをどう捉えたらいいのか、さっぱりわからない。いわば 「大いなる幻想」 なのである。

ということは、あまり深く考えずに 「雰囲気のもの」 としておけばいいのかもしれない。

 

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2018年12月18日

業務用消臭スプレーをホテルにも

例の札幌のビル爆発は、入居するアパマンの営業所の社員が大量のスプレー缶のガス抜きをしていたためと判明したわけだが、ちょっとググってみたところ、消臭スプレーはアパート・マンション紹介の不動産業者には必須アイテムらしい。ネット界隈では既にずいぶん話題になっている。

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この業者は約 120本分の消臭スプレーのガス抜きをしたというのだが、そんなに使うのは、部屋の紹介の際に「抗菌・消臭処理手数料」として 15,000〜20,000円を請求するためらしいのである。この処理に使う業務用スプレー「ヘヤシュ」は 、アパマンの関連会社が製造しているという(参照)。

いやはや、消臭スプレーを噴霧するだけで 15,000円以上も手数料を取るとは、「やらずぶったくり」に近い気もするが、ただ、この「ヘヤシュ」というスプレーはかなり強力な作用があるらしく、業務用だけに、一般向けには販売されていないようなのだ。

そんなのがあるなら、私も欲しい気がする。私は出張で地方のビジネスホテルに泊まる機会が多いのだが、たまにものすごくヤニ臭い部屋に当たってしまうことがある。こんな場合は別の部屋を希望しても、満室で断られることが多い。最近は「禁煙ルーム」がかなり増えたから問題は減ってきているが、それでも、年に 1〜2度は悲惨なケースに遭遇する。

こんな場合でも、フロントで消臭スプレーを貸してくれるのはごく稀な話だ。嫌な気分で喫煙ルームのドアを開けると、それだけでたばこのヤニ臭さがどっと押し寄せてくる。荷物を置いてさっそく近くのコンビニに直行し、消臭スプレーを買ってきて部屋中に噴霧する。

なまじの量をスプレーしただけではヤニ臭さは消えないから、とにかく部屋の壁やベッドカバーがしっとりと濡れてしまうまで、ほとんど 1本分をまるごとスプレーする。しかしそれでもまだヤニ臭さは残るのである。タバコの臭いというのは、とことん頑固なものだ。

「ヘヤシュ」みたいな強力消臭スプレーがあるなら、一般消費者にも販売してもらいたいものである。それが無理なら、ホテルのフロントに常備してもらいたい。年末に 120本も無駄にガス抜きして爆発させるほどの量の供給が可能なら、それくらいできるだろうというものである。

 

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2018年12月17日

酒田衆の「だんでろ言葉」

庄内弁で「〜だんでろ」と言えば、「〜でしょう」という意味である。言葉の成り立ちは、「〜なのであろう」が「〜だんであろう」に訛り、さらに音便化して短くなり「〜だんでろ」で固定化されたと思われる。

181217かの有名な庄内のレストラン「アルケッチャーノ」の奥田シェフが銀座に開いた「ヤマガタ サンダンデロ」は、「山形産だんでろ」(山形産なんでしょ)ということらしい。

さらに「んだんでろ」は「そうでしょ」、「んでねんでろ」は「そうじゃないでしょ」になる。そして「んだんでろの〜」と言えば、「そうだろうねえ」というニュアンスで、暖かめの共感を表す。

さらに 「〜だんでろ」 は疑問文としても使われる。「こんな、なんだんでろ?」は「これは何だろう?」だし、「どさ、いたんでろ?」は「どこに行ったんだろう?」という意味だ。この 2つは、私は今でも独り言としてよく呟いてしまう。故郷を離れて半世紀近く経っても、根っこの部分は庄内人なのだ。

ところが「〜だんでろ」がとくによく使われるのは、庄内地方でも私の生まれた酒田周辺であるらしい。酒田の南隣、城下町の鶴岡では、これを「さがだしょの『だんでろこどば』 」(酒田衆の「だんでろ言葉」)なんて言うことがあると、最近知った。鶴岡では酒田ほどには頻繁に使われないらしいのだ。

何しろ鶴岡は庶民の町である酒田と違い、上品な城下町だから、言葉もかなりおっとりしている。だから「〜だんでろ」なんていう土着的すぎる言い回しは、あまり好まれないのかもしれない。

鶴岡の人は 「さかだしょのこどばは、はえぐでわがらね」(酒田衆の言葉は、速くてわからない)なんてよく言うが、私の感覚で言えば、つろーがしょ(鶴岡衆)の言葉はゆっくり過ぎて待ちきれず、聞いていてつい前のめりになってしまうほどだ。同じ庄内でも、気質はかなり違う。

というわけで、私は「だんでろ言葉」を酒田生まれのアイデンティティの一つとして大切に保持していきたいと思っているのである。

 

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2018年12月16日

正統派よりもイケちゃってるアウトサイダー

久しぶりで『無門関』ネタ。今日は第三十二則の「外道問佛」という公案である。「外道がお釈迦様に、仏について質問した」という話だ。

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お釈迦様が座禅しているところに、外道(仏弟子以外の者)がやってきて、「有言(うごん)を問はず、無言を問はず」という、摩訶不思議な質問をした。これ、「仏」つまり「覚者(悟りを得た者)」とは何か? と問うたのだが、「言葉による説明なんて聞きたくないし、言葉以外のごまかしも受け付けないからね」と、かなり生意気に出たのである。

こんな風な聞き方をされたら、生半可のことでは答えようがない。しかしそこはさすがにお釈迦様である。ただ慈悲深く座っておられた。すると質問した外道は「世尊大慈大悲、我が迷雲を開いて我をして得入せしむ」(お釈迦様の大きな慈悲のおかげで、私の迷いの雲が晴れ、悟りを得ることができました)と、感謝して去ったというのである。

例によってわかったようなわからないような話だが、そこはそれ、禅の公案だから理窟じゃなくインスピレーションで受け取るしかない。つまり、お釈迦様のただ座っておられる姿は、一見すると単なる「無言」のようにしか見えないが、実は「有言無言」を超えた次元の悟りを現していたので、質問した外道はそれを受け取ることができたというわけなのである。

そこへやってきた仏弟子の阿難は、「あいつ、何でまたあんなに感動して行ってしまったんでしょうかね」なんて、ちょっと低次元の質問をした。するとお釈迦様は「良馬は鞭の影を見ただけで走り出すものだよ」と答えたという。

阿難というのは、お釈迦様の説法をすべて記憶して「多聞第一」と言われたほどの優秀な弟子だったが、いかんせん、言葉によらない教えまではピンと来ない男だった。つまり理窟は理解できても、悲しいことにインスピレーションに欠けていたのだね。

そんなわけで、無門和尚は「阿難すなわち仏弟子、あたかも外道の見解に如かず」(阿難は仏弟子なのに、外道の理解に及ばない)と解説している。正統派よりもアウトサイダーの方がイケちゃってることがあるってわけだ。

 

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2018年12月15日

"The Guide of Goods for a Cozy Room" というフレーズ

マガジンハウスの雑誌に『&Premium』ってのがある。この雑誌のウェブサイト『&Premium.jp』なんてものまであって、その案内ページには 「“The Guide to a Better Life” と宣言して、2013年11月、雑誌『&Premium』は創刊しました」とある。

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「よりよい生活への案内書」として、「ファッション、インテリア、日用品、ビューティー、食、旅、カルチャーなど」の情報発信をすることが、この雑誌の基本コンセプトのようだ。で、個人的に「なんだかなあ」と思ってしまうのは、「よりよい生活」というのは「1つ」の方向性しかないというのがこの雑誌の基本コンセプトらしいということである。

とにかく "a Better Life" とあるのだから、好意的に読み取れば「いろいろあるかもしれないけど、オススメはこの一択だからね」という「コンセプトの明確さ」の表現なんだろう。私としては「よりよい生活」というのは多様と思っているので、当然ながら "Better Lives" の方がしっくりくるのだが。

で、その 2018年 3月号で、"The Guide of Goods for a Cozy Room" (もっと部屋を心地よくするためのガイドブック) という特集が組まれている。上の写真が、その特集の扉ページだ。

で、やっぱり「なんだかなあ」と思ってしまうのが、その特集タイトルだ。雑誌自体のコンセプトは "The Guide to ..." と、一応文法的には問題ないフレーズで示されているのに、この号の特集はなぜかこんなふうに、ちょっと 「フツーじゃない言い方」 になっている。

まあ、何を言いたいかわからないわけじゃないけど、どうして素直に ”The Guide to a Cozier room" にしなかったんだろう。あるいはどうしても「グッズのガイド」にこだわりたかったなら、"The guide on Goods for a Cozier Room" がフツーだと思うがなあ。ちなみに "Cozier" と比較級にしたのは、日本語タイトルが 「もっと部屋を心地よくするための」となっているからだ。

まあ、いずれにしても個人的には "Cozier Rooms" と複数形にしたいところだが、むしろ長々言うより "The Cozy Room Catalog" とするのが一番手っ取り早いかも。

まあ、結局は「雰囲気のもの」でしかないようだから、どうでもいいといえばいいのだけどね。

 

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2018年12月14日

答えにくい質問もしてこそのジャーナリズム

一昨日は例の「次の質問どうぞ」4連発の記者会見に関して、河野太郎外相を「ヘボ役者」と批判した(参照)が、今日は会見に出席していた記者について書いてみたい。

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世間では 「日ロ外交交渉の微妙な点について具体的な答弁ができないのは当然なのだから、そんな質問をする記者の方が悪い」とか「ちゃんと答えられるような質問をすべきだ」などと、記者のあり方を批判する声もある。しかしそれは、実はぞっとするほど危険な考え方だ。

そもそも具体的な答弁ができないからと言って、質問そのものを無視するというのはいくらなんでもひどい。記者会見というもののシステムをないがしろにする態度である。差し支えない範囲で答弁するか、あるいは「答弁を差し控える」と言えばいいのであって、あんな無礼な態度で対応されたら、記者側も少しは怒って見せていい。

普通なら記者が揃って席を蹴って退席してもいいぐらいのこと(昔は現実にそんなことがあった)だが、そうはならなかった。これは記者クラブというシステムの長年にわたって作ってきた雰囲気のなせるワザで、なんだかんだ言っても、記者側は政府にビミョーなソンタクをしなければならなくなっている。悲しいお話だ。

「ビミョーなソンタク」と書いたのは、「ちゃんと答えられるような質問をすべきだ」などというところまでは、譲歩していなかったからである。「ヤバい質問」はしないでもないが、「その質問をないがしろにされても、コトを荒立てるようなことはしない」という、実に不思議な予定調和の世界が、あの場では現出していたわけだ。

ところで、一部では「答えられない質問をしても時間の無駄だから、ちゃんと答えられるような質問に限るべきだ」などと言い出す輩もいる。誰とは言わないが。

しかしいくら何でもそれは、ソンタクのし過ぎというものだ。政権側がスラスラ答弁できるような質問しかしない記者ばかりの国というのは一体どんな国だろうかと、考えてみるがいい。それはどうみてもまともな国じゃないし、私はそんな国に住みたいとは、決して思わない。

国民の側が「記者はちゃんと答えられるような質問しかするな」などと言うのは、「この国を自由のない国にしていただいて結構」と宣言しているようなものだ。本来は、多少は答えにくい質問もしてこそジャーナリズムというものである。

 

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2018年12月13日

「今年の漢字」は「災」 だそうだ

毎年この季節になると一応の話題になって、すぐに忘れ去られるのが「今年の漢字」というやつだ。そして 2018年は「災」という字になったらしい。(参照

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まあ、今年はずっと天災続きだったから、この字でもいいかなという気もするが、実際にアナウンスされた「『災』 の字が選ばれた理由」というのは、FNN によるとこういうものだった。

災害の経験から全国的に防災意識が高まり、多くの人が自助、共助の大切さを再認識した年、仮想通貨の流出、スポーツ界のパワハラ問題、財務省決裁文書改ざんなどが発覚し、多くの人がこれからの出来事を人災や災いととらえたためだという。

「多くの人が自助、共助の大切さを再認識した年」 というのは、なんだか優等生すぎる文言に思える。そしてそれ以上に 「仮想通貨の流出、スポーツ界のパワハラ問題、財務省決裁文書改ざんなど」 までこの 「災」 という漢字の内容に含めるというのは、「ちょっと盛り過ぎかな?」 という印象だ。

このイベントを主催する日本漢字能力検定協会も、平成 7年から 23年もやり続けてしまうと、妙に「権威」という色合いを付けてしまいたいという意識が強まっているんじゃないかという気がする。私としてはこの種のイベントには、「権威」よりも「ウィット」を期待したいのだがね。

何しろ一般公募で最も応募数の多かった漢字を「今年の漢字」とするという建前を明らかにしているから、その応募結果がいかにダサイものになってしまっても操作するわけにいかない。そうなると、主催者なりの意図を無理にでも盛り込んで、それなりのストーリー付けしてしまいたくなるのも無理からぬことなのだろう。

思い起こせば 2014年(消費税率が 8%に引き上げられた年)の「今年の漢字」が「税」と決まった時、私は次のように書いている。(参照

近頃毎年発表される「今年の漢字」、2014年は「税」という漢字なんだそうだ。あんまり「まんま」すぎて、「夏とかけて何と解く?」 とふられたお馬鹿なアイドルタレントが、つい「暑いと解きます」なんて言っちゃった時みたいな、何とも言えない脱力感を覚えてしまう。

もう少し無理なくウィットを感じさせる「今年の漢字」を選定するには、単なる多数決じゃなく、少しはセンスのある文化人を加えた選考をする方がいいんじゃないかなあ。

 

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2018年12月12日

河野太郎のヘボ役者ぶり

今、九州方面に出張中なのだが、ホテルに入ってテレビのニュースを見て驚いた。例の河野外相の、記者会見での「次の質問どうぞ」4連発である。はっきり言う。この人、ヘボ役者だ。(参照

昨日「いくつになってもコミュニケーション力が向上しないオッサンたち」という記事を書いたが、その一番いいサンプルがこれだという気がする。その上、とにかくヘボ役者なのである。この人がこんなにヘボ役者だったとは、これまで知らなかった。

ヘボ役者、ヘボ役者と繰り返すが、こんなヘボ役者では、外交交渉の舞台になんか立てまい。つまり、外務大臣なんて務まらないということである。

上に掲げた YouTube 動画をみればわかるが、6分 40秒ぐらいまでは、結構まともな質疑応答をしている。ところが時事通信のエチゴ(漢字表記がわからないので、カタカナで失礼) 記者の日ロ関係の質問が始まったとたんに妙に挙動不審になる。

これはまあ、事前に質問内容を知らされていたからなのだろうが、「そぅら、来たぞ」とばかりに、急にヘボ役者になっている。コップの水を「ズズズッ」と音を立ててすすったり、背広の左右の胸の辺りをわざとらしくポンポンと叩いてゴミを払っているフリをしてみせたり、笑っちゃうばかりの「変なオジサン」になる。

で、次の質問からは、さすがに背広の胸を叩いたりすることはないのだが、相変わらずコップの水を「ズズッ」と何度もすする。あれ、やめてくれんかなあ、一応外務大臣なんだから。それから、挙動不審にキョトキョトするのも、「私はちゃっちい人間です」と、自分で宣伝しているようなものだ。

世間では、「外交交渉の微妙な問題なんだから、答えないで当然」みたいに擁護する声もあるようだが、それはおかしい。答えないなら答えないで、もうちょっと「まともな役者」でやってもらいたいものなのである。こんな場合にさっとセンス良く切り抜けてみせれば、政治家の器量が上がろうってものだろうにね。

 

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2018年12月11日

いくつになってもコミュニケーション力が向上しないオッサンたち

順天堂大学が医学部入試を巡る不合理さの指摘に対して、「言い訳」(になると、当事者は思っているらしい)の記者会見を開き、当然の成り行きとして火に油を注ぐ形になっている。(参照

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順天堂大の当事者たちの言い分によると、女子の受験者を不利に扱ったのは 「女子が男子よりも精神的な成熟が早く、受験時はコミュニケーション能力も高い傾向にあるが、入学後はその差が解消されるため補正を行う必要があった」ためなどということのようだ。つまり「単に性別によるハンデ戦」だったというのである。

しかしそんな話が言い訳になると思っているのは、当事者たちだけだろう。まともな神経があれば、もう少しもっともらしく聞こえる言い訳を用意しておいてもよかったんじゃあるまいか。まあ、そんなのがあるとすればの話だが。

入学後、つまり成人年齢に達する頃には、男子のコミュニケーション能力も改善されると、順天堂大当事者は言っているわけなのだが、どうみてもそんな気配のないオッサンがいるというのは、今回の記者会見の内容からみても明らかだ。「よくまあ、そんなことが言えるね」という話である。

順天堂大の「言い訳」がちっとも本当らしく聞こえないのは、医者の世界でも、政治の世界でも、還暦をとっくに過ぎた年になっても、一向にコミュニケーション能力が高まったように見えないオッサンがゴロゴロいるからである。

 

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2018年12月10日

『里の秋』 という歌

里の秋』という歌があるのだが、私はその歌詞をあまりよく知らなかった。「しずかなしずかな 里の秋/おせどに木の実の 落ちる夜は」という歌詞の「おせど」というのもよくわかっていなかったので、今日初めてググって調べてみたのである。そうすると、この歌の深い意味がわかって愕然とした。

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「おせど」 というのは、「尾瀬戸」とか「小瀬戸」とかいう言葉とは無関係で、「お背戸」 、つまり 「裏口の戸」とわかった。それはまあ、単純なことなのだが、問題は、3番の歌詞である。


さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ とうさんよ ご無事でと
今夜も かあさんと 祈ります

このように紹介すれば、わかる人にはすぐにわかると思うが、戦争が終わり、南方の島から命からがら復員してくる父の無事を祈る歌詞だ。『里の秋』がそうした歌だったとは、私は恥ずかしながら今日まで知らなかった。

さらに驚いたのが、この歌の歴史的変化である。Wikipedia(参照)によると、作詞者の斎藤信夫は国民学校の教師をしていた 1941年(昭和 16年)に、この歌 『星月夜』というタイトルで童謡雑誌に発表した。そして当初の歌詞は、1番、2番は現行の『里の秋』と同じだが、それ以後が違っていた。

それは 3番、4番まであり、歌詞の内容は「父さんの活躍を祈ってます。将来ボクも国を護ります」というような、いわば戦争賛美につながるものだった。その後終戦(敗戦)を迎え、ラジオ番組の歌として『星月夜』は蘇ることになるが、その際に 3番、4番が現行の 3番の歌詞に書き換えられたという。

そしてその時、作詞者の斎藤信夫は、自分が学校教育において戦争で戦うように教えていたことに責任を感じ、教師を辞めていたというのである。これはちょっとヘビーなサイドストーリーである。

そして今、この歌を単純な「反戦歌」として位置付けることはちょっと気恥ずかしいが、そうした背景を知りつつ、じっくりと味わって歌いたいと思うのである。

 

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2018年12月 9日

必要なファイルを見つけ出すのに苦労する人が多いらしい

スラドの記事に「オフィスで働く人の多くが必要なファイルを見つけ出すのに苦労しているという調査結果」というのがある。M-Files の調査によると、そういうことになっているのだそうだ。そんなことで時間を潰していたら、せっかくの PC が泣いちゃうよね。

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この記事を読んで真っ先に思い浮かべたのが、あちこちでよく見かける「ぎっしりと並ぶアイコンに埋め尽くされたデスクトップ」である。今年の 3月にも、長崎空港のロビーでそんな PC を広げ、30分以上ただじっと眺めているだけの人がいて、そのことをブログに書いている。(参照

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作成したファイルをあんな具合にデスクトップ一杯に置いといたら、後からそのファイルを探して開くのにさぞかし苦労するだろう。これはきっと、ある種の依存症なのだろうと思う。そしてこの記事にらむねさんは、次のようなコメントを寄せてくれた。

フォルダ・ファイルの階層構造がわかってないとこうなりますよね。

ちなみに私の父もそうです。父が自治会長をやったときの様々な書類作成やその整理に対する私のフルサポート1年間は、お金が発生するレベルでした(笑)。

そんなフル・サポートを 1年続けたら、さぞかし大変だったろう。よっぽど美味いものでも奢ってもらわなければ合わない。さらに重箱の隅さんは、こんなコメントをしてくださった。

同僚に同タイプがいますが、依存症というよりは不安症に近いようです。デスクトップ以外の場所に動かしてしまうと永遠にそのファイルが見つからなくなるような気がするそうで。

なるほど、そりゃ、依存症というより不安神経症だ。他に動かすと見つからなくなる気がするので、見つけにくいデスクトップに置くというのが救いがたい。そもそも、ファイルを格納しておくのはデスクトップではなく ”My Documents” が標準なのだということを知らないか、薄々知ってはいても、怖くて使えないという人がやたらに多いのである。

というわけで、私の知り合いにもファイルをデスクトップに置いとくせいで、アイコンで一杯になっている人が少なくない。もしかしたら、3人に 1人以上はそんな感じかもしれない。

そんなタイプの人は、月例報告のファイルを毎月のように上書きしてデスクトップに保存してしまったりするので、ファイルネームはずっと 「2012年8月報告.docx」とかいうままだったりする。それだとまあ、いつもデスクトップの左上隅近くにあるいつものアイコンをダブルクリックすればいいので、ファイルを探す手間は省けるかもしれない。

しかしその手の人の PC には、先月以前の報告ファイルが残されていないのである。せっかくのたっぷりとした保存領域のある道具に、数年以上前から上書きし続けた最新のファイルがあるだけだ。もし古い報告書が必要になったら、メーラーの送付済みのフォルダから添付ファイルを探し出すのにやたら手間がかかるだろう。

それに、数年前の日付のファイルネームで最新の報告書を送ってこられたら、相手は「いつものこと」とわかってはいるだろうが、うんざりするだろう。

「大丈夫です。私は Excel のファイルを使って、単に『報告書』というファイルネームです。いつも新しいシートを作って上書きしてますから、ずっと履歴は残ってます」 なんて言う人もいる。

しかし、そんな報告ファイルを毎月送付される身にもなってみろと言うのである。既に見たことのあるシートがぎっしりと並んで、一番右端に今月の報告のたった 1枚のシートが付いているだけだなのだ。これもまたうんざりだろう。

My Documents の階層構造の作り方を 1時間かけて説明してあげたくなるような人が、私の周りにはめちゃくちゃ多い。

 

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2018年12月 8日

老人性難聴というもの

昔から付き合いのある 6〜7歳年上(つまり 72〜73歳ぐらい)の人に、耳の遠くなっている人が多いことに驚く。現役、あるいは OB としても仕事を続けていてしょっちゅう会う機会のある人は、ほとんど耳が確かなのだが、家に引っ込みがちで久しぶりで会う人ほど、聞こえにくくなっているような気がする。

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Medical Note というサイトの「老人性難聴とは―加齢のみが原因ではない」という記事には、年取って聞こえにくくなるのは「有毛細胞の減少など内耳の機能の低下だけではなく、脳の中枢機能の低下、そしてことばを認識する認知機能の低下が合わさって起こっている」とある。なるほど、これでは家に籠もってしまっている人ほど聞こえにくくなっているように思われるのも道理だ。

さらに、「音源の定位:つまり音がどの方向から聞こえているのかがわかりにくく、大勢で同時に話しているときに会話を聞き逃してしまう」ことがあり、「ゆっくりと話してもらわないと理解しづらい(時間分解能の低下)というのも老人性難聴の特徴」とある。なるほど、だから何人かで談論風発している時に、こうした人は取り残されがちになる。

Medical Note の記事では「老人性難聴は加齢だけではなく、酸化ストレスによって進行が早まることが分かっています」とあり、その酸化ストレスを避けるためには、「強大音を避ける」「バランスのよい食生活:カロリー・塩分をとりすぎない」「適度な有酸素運動」「禁煙」が有効であるとされている。

ということは、大音響のロックをイヤフォンで聴きまくり、ファーストフードだけで生きていて、運動不足の上にスモーカーという人は、若いうちから難聴になってしまっても不思議ではないということだ。幸い私は、この 4つの項目の 1つも当てはまらない。

上述のサイトはメディカル専門だけに、難聴が発生したら早いうちに補聴器を上手に使う方がいいと推奨されている。しかし手っ取り早い対策としては、脳の老化を避けることの方が有効なんじゃないかという気がするのだよね。

要するに、年を取っても家に閉じこもってばかりいないで、いろいろなことに興味をもって人との関わりを維持することが大切なんじゃあるまいか。難聴防止ばかりでなく、ボケ防止のためにも。

 

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2018年12月 7日

最寄りの人は「高輪ゲートウェイ」の単語登録を急げ

世間は山手線の新駅名、「高輪ゲートウェイ」の話題でもちきりだが、「言いにくい」「字数多すぎ」「違和感たっぷり」など、おしなべて不評である。こんなことでは新駅名の公募なんて、意味がなかったよね。

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東洋経済 ONLINE の記事(参照)によると、新駅周辺は JR 東日本が「グローバルゲートウェイ品川」というコンセプトで再開発している 13万㎡の再開発エリアの玄関口にあたる。そして新駅名は投票 1位の「高輪」と、再開発コンセプトの「ゲートウェイ」の合わせ技というわけだ。つまり、この意表を突いた駅名は、JR 東日本の「商売上の都合」としか思われないのである。

で、JR 東日本の思惑はバレたとして、それで割を食らうのは、一般乗客である。違和感があって言いにくいとかいうのは慣れである程度解消されるだろうが、最大の問題はスマホなどで駅名を入力する時に字数が多すぎてうっとうしいことだ。

とくに仕事場がこの付近で、新駅で待ち合わせすることが頻繁になるであろう人たちは一苦労である。「高輪ゲートウェイ駅〇〇口で、〇時〇分に待ち合わせましょう」 なんてメールするにしても、余計なカタカナ 6文字分を打たなければならない。ただでさえ時間に追われているシチュエーションになるだろうに。

そこで、こうした事態が予測される人は、早めに PC とスマホの両方で「高輪ゲートウェイ」を楽に打てるように、単語登録しておくことをオススメする。私自身はこの駅を頻繁に利用するとも思われないのだが、単にこの記事を書くだけでもうっとうしい思いをするので、「たかげ」の省略形で単語登録したばかりである。

ちなみに「たかなげ」だと「高投げ」などと誤変換されやすいので、「たかげ」の方が面倒がないだろう。

 

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2018年12月 6日

トランプのヘアスタイルと、長すぎるネクタイ

いつも気にかかっているのだが、この際、ぶっちゃけで書いてしまおうと思う。トランプのあのヘアスタイルと長すぎるネクタイは、悪趣味すぎるということだ。フツーの感覚だと「ウケ狙い」のお笑いレベルとスレスレなんじゃないかと思うのだよね。ということは、素直に笑ってあげればいいのか。

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既に娘のイバンカが吹聴しまくっているらしいが、トランプのヘアスタイルは「カツラ」なんかじゃなく、無理なハゲ治療の失敗を、いろいろ撫でさすったり、無理に流したり、固めたりという作業でごまかした結果というのである(参照)。結構手間暇かけているようで、まったくもってご苦労なことなのである。

ノンフィクション作家のマイケル・ウルフによる暴露本 "Fire and Fury: Inside the Trump White House" (炎と怒り、トランプ政権ホワイトハウスの内幕) には、次のように記されているという。

トランプは1980年代にはげ治療の一環として頭皮縮小法という手術を受けたが、これがいけなかった。毛のない部分の頭皮を除去し、そこに毛の生えた部分の頭皮を引き伸ばすことではげている面積を小さくする方法だが、英テレグラフ紙によるとトランプは術後に毛流れが不自然になってしまった。頭全体の髪の毛は同じ向きで毛先は1カ所に。そこをヘアスプレーで固めているそうだ。

要するに、余計なことをしたせいで、さらに余計な手間をかけなければならなくなってしまったということのようなのである。そしてお膝元の米国ではこれを下の動画のように素直に、「お笑いネタ」として受け取ってあげることが一般的になってきているみたいなのだ。

さらに目立つのは「ネクタイ」である。彼の場合、ほとんど赤と青の 2色のネクタイしか締めないようで、青は「冷静に行こう」というアピール、赤は「俺はやるぜ!」という戦闘性のアピールとして使い分けているとみられる。色彩心理学の応用としては、単純すぎて笑っちゃうほどのものだ。

そして特徴的なのが、そのネクタイの長さである。ネクタイって「男権性の誇示」という無意識の現れとも言われているが、彼の場合はその単純な無意識性をさらに単純化して誇示したがるという、「究極の単純さ」を遺憾なく現している。そして当然ながら、これもお笑いネタにされているわけだ。こんな風に。(参照

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彼の政権が実害が大きくなりすぎないうちに早く終わって、後になってから 「あれは要するに『悪趣味なお笑い』だったんだね」と語れる時代になってもらいたいものである。そして太平洋のこっち側の安倍政権も。

 

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2018年12月 5日

日本の観光地としての魅力が高まっているらしい

米国の旅行誌 "Travel + Leisure " の "2018 Destination Of The Year"(2018年の旅先)に日本が選出された。この賞は今年で 5回目だそうで、日本はミャンマー、キューバ、ポルトガル、カナダに続く受賞なのだそうだ。(参照

 

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まあ、言ってみれば、米国の富裕層にとって、日本はミャンマー、キューバ、ポルトガル、カナダと同じくらい魅力的な旅先ということで、まだ挙げられていなかった日本の順番が今年廻ってきたということなんだろう。他の 4カ国に関しては、私は行ったことがないのでよくわからない。

私は最近日本中に出張する機会が多くて、全都道府県制覇を果たして久しい。確かに、日本人としても日本には魅力的な旅先が多くあると思うし、同じ所に何度行っても飽きなかったりする。とくに京都には何十回も行ったが、出張の度に自費でもう一泊しても訪れたいところが、いくらでも残されている。

外国からせいぜい 1週間ぐらいのスケジュールでやってきて、さっと一廻りして帰る程度では、「まだまだ見足りない」という印象が残るばかりだろう。そんなわけで、最近の日本を訪れる外国人旅行客は、リピーターの比率が半数以上になるのだそうだ。

そしてリピーターと言えば、やはり近場の中国人の比率が多いのだろう。最近の観光地は、どこに行っても中国人が大きな声で会話する声で溢れんばかりである。奈良や京都なんて、周り中すべて中国人なんじゃないかと思ってしまうほどだ。

中国人がもう少し静かな声で会話する術を身に付けてくれたら、世界中の観光地は格段に落ちついた雰囲気になるに違いないと思う。

今日は何だか、妙な結論になってしまった。

 

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2018年12月 4日

今日は「夏日」になったところが多かったらしい

4日前の 11月 30日に「あんまり天気がいいので、冬とは気付かない」と書いた。そして今日はそれを通り越して、西日本を中心に気温 25度以上の夏日となったところが多かったらしいのである(参照)。

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今日の昼頃、所用で 10km ほど離れたところまで自転車で行った。一見して寒そうには思われなかったので軽装で行ったが、それでもかなりの汗をかいた。完全な夏装備で行った方がよかったかもしれない。

今年の夏は文字通りの「死ぬほど暑い」夏だったが、師走になっても凍える寒さはまだ体験していない。ずっと小春日和のままである。関東は小春日和で西日本は夏日というのだから、ちょっと尋常じゃない。

ここ 2〜3年、冬は結構寒かったという印象がある。ただ、それでも昨年 12月 8日の「今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感」という記事で、次のように書いている。ちょっと調べれば一昔前と比べれば暖かくなっているのがわかる。

ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

つまり、ここ数年の体感だけだと「結構寒い冬」に感じられ、ということは 30代前半ぐらいまでの人たちは「冬は寒い」と実感しているかもしれないが、気象庁のデータを見れば、1月の平均気温が、33年前と比べて概ね 2度以上高くなっているのがわかる。断然暖かめになっているのが一目瞭然なのだ。

1月の平均気温が 2度以上高くなっても真冬だからまだいいが、8月の平均気温がそれだけ上がったら、大変な暑さになって、死者が増えてしまう。地球温暖化は夏よりも冬の気象において顕著だと言われるが、まさにその通りだ。極致の氷が解けてしまっているのが大問題なのだもの。

とはいえ何度か書いていることだが、最近の気象現象は「温暖化」というより「極端化」という方が実感に沿うので、これから先、どんなに極端な気候の冬になっても動じないように、覚悟しておこう。今週末からは本格的寒さになるというし、何しろ、エルニーニョの年は春先に関東で大雪になる傾向があるようだから。

 

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2018年12月 3日

世間もネットも希薄になってしまって

"流行語大賞2018、年間大賞は「そだねー」に決定" というニュースを見つけて、「ああ、そうですか」と、極めて冷静に思った。とまあ、ただそれだけのことだが、「大賞」と名の付くもののニュースで、そんな程度の反応しかできない世の中になったのだなあと、そっちの方が意味のあるニュースのような気がしてしまった。

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HuffPost の記事によると、「そだねー」 の他にベスト 10に入ったのは、次の言葉だったという。

eスポーツ
(大迫) 半端ないって
おっさんずラブ
ご飯論法
災害級の暑さ
スーパーボランティア
奈良判定
ボーっと生きてんじゃねえよ!
#MeToo

実は申し訳ないが、私はこれらの言葉のうち、実際に耳で聞いたことのある言葉が 1つもないのである。「流行語」ってのは、口語として盛んに使われてこそナンボのものというのが、ちょっと前までの常識だったが、今年の「流行語」に関する限り、私はインターネット上の文字として見かけたことしかないのである。

さらに、文字として見かけても、その意味まで興味をもって調べてみたのは、「ご飯論法」と「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という 2つだけだ。あとは、「まあ、大体想像つくし」とか、「別に知らなくてもいいや」とかで済ませているものばかりである。

これって、私の世間への関心が薄れたのだろうか? それとも「流行語」というもの自体がとても小粒になってしまったのだろうか? 「世間」というものに関しては 14年以上前 ”世間話の怪しい新鮮さ” という記事で、私は次のように書いている。

民俗学では、「世間話」というのは中世以後に出現したことになっている。諸国を渡り歩く遊行の民が語り伝えた話である。

つまり、中世以前は世の中に「世間」は存在しなかった。隣近所や集落程度では「世間」ではない。もうちょっと遠く、姿が曖昧になるあたりが「世間 である。

そしてさらに 12年ちょっと前には ”「世間」と「ネット」はよく似てる” という記事でこんなことを書いている。

現代社会では、隣近所とか親戚付き合いとかいったゲマインシャフト(共同社会)の要素が希薄になり、その変わり、「ゲゼルシャフト」(利益社会)の要素が大きくなったと言われるが、実は、気の毒なことに、その狭間で一番希薄になってしまったのが、「世間」である。

しかし、よくしたもので、「世間の復権」あるいは、「第二の世間」として、ネットが興隆している。「世間」も「ネット」も、「リアル」と「バーチャル の皮膜の間にあると思うと、付き合いやすい。

12年前あたりまでは、こうしたことが言えていたのだが、ついに、ネットの世界までが「世間」と同様に希薄になりつつあるような気がしているのである。これは由々しき問題だ。「世間」の代替物としての役割を果たしてきたネットの世界までが、ついに手垢が付きすぎてしまっているのである。

さて、今後の「世間」及び「世間の代替物」というのは、どんな道筋を辿るのだろうか。

 

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2018年12月 2日

よく聞くけど実は意味を知らない横文字

「Goo ランキング」というサイトで、「よく聞くけど実は意味を知らない横文字ランキング」というのを見つけた。きっかけは、スバル自動車の「レガシー」という車種って、どういうつもりでネーミングしたのだろうということが、ふと疑問になって調べたことである。

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Legacy(レガシー)というのは、フツーは「過去の遺物」という意味合いであり、「レガシー・デバイス」というような熟語で使われたりすると、「古くさい時代遅れの道具」といったニュアンスになる。スバルは、どうしてまた自社製品にこんな名前を付けたのだろうと、前々から不思議に思っていたのだ。

調べてみると、「英語で大いなる伝承物と言う意味です」と説明しているページが見つかった(参照)。「大いなる伝承物」とはかなり盛り過ぎの解釈だと思うが、まあ、スバルとしてはそんなようなつもりで命名したのだろう。

ただ、さすがに最近はあまり大きな声では言いたくないみたいで、"Legacy" をちっちゃく書いて、サブブランドの "OUTBACK" とか "B4" とかを大きめに表示したりしている(参照)。

で、そのついでに見つけたのが前述のランキングで、「よく聞くけど実は意味を知らない横文字」のトップ 3は、「イノベーション」「ダイバーシティ」「レガシー」というものだった。

へえ、「イノベーション」って、あまりよくわからず使われたりしてるのかなあ。「新しいアイデアによる革新」ということで、雰囲気としては大体そんなような意味で使われているように思われるのだが。

問題は 2番目の「ダイバーシティ」だ。意味は「多様性」ということで、 "diverse" (多様な)という形容詞の名詞形である。動詞になると "diversify" (多様化、多角化する)。

私としてはフツーは英語でも「ディヴァースィティ」(アクセントは 「ヴァー」の部分にある)に近い発音をしているのだが、カタカナ語になった時点でしっかりと 「ダイバーシティ」 になってしまったようだ。

それだけで済まず、どうも「ダイバー・シティ」みたいな感じで、「シティ」の方にアクセントを置いて言うファッション業界系日本人がめちゃくちゃ多いのである。「多様性」が「潜水夫の街」になってしまっている。まあ、どうせ雰囲気重視のカタカナ言葉だから、どうでもいいけど。

で、3番目が「レガシー」。さらに「オルタナティブ」「IoT」「LGBT」「AI」「VR」「パラダイムシフト」と続いて、10番目が「ソーシャルファーム」となっている。

「オルタナティブ」(alternative) は、カタカナ語としては「二者択一」という意味となっているが、フツーの英語では「従来のものに代わる新しい選択肢」というような意味合いで使われる場合が多いと思うんだがなあ。まあ、なかなかすっきりと翻訳しにくい言葉なので、まんまカタカナにして、ついでに意味も限定しちゃったのだろう。

「IoT」(顔文字の一種と思っている人も多い)と 「LGBT」はいいとして、「AI」は "artificial intelligence" (人工知能)ということになっている。ただこれは、"artificial insemination" (人工授精)という言葉の方が先にあったらしい。気をつけなきゃいけない。

「ソーシャルファーム」というのは、恥ずかしながら私もよく知らなかったが、こちら のページを参照して理解できた。

で、余談だが、先日「FAX なんてものは、アメリカではレガシーとしてスミソニアン博物館に入っちゃったんだってよ」と言ったら、それを「偉大な遺産」として登録されたのだと思っちゃった人が少なくなかったのであった。日本ではまだ「遺産」になっていないが。

【2024年 11月  18日 追記】

"Diversity" の発音は米国式のみを書いてしまったが、英国式だと「ダイヴァースィティ」に近い。それでもアクセントは米国と同様。

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2018年12月 1日

「マイナンバーカード」 って、一体何なのだ?

内閣府が実施したマイナンバーに関する世論調査によると、「マイナンバーカードを持っておらず、取得する予定もない」との回答が全体の 53%を占めたという。その理由は「必要性がない」というのが多数だった(参照)。

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ちなみに、「取得しているか取得申請中」は 27%、「今後取得する予定」は 17%だった。27%が「取得しているか申請中」ということは、実際に持っているのは、4人に 1人以下ということだ。その多くは持っているだけで使ったことがなく、引き出しの奥で眠っているのだろう。

「確かマイナンバーについては何度か書いたなあ」と思って自分のブログを検索してみると、最初に書いたのは 2015年 10月 18日の "マイナンバー制度との付き合い方について" という記事だ。この記事の結論は、当面はカード交付申請はしないでおこうということだった。その理由として次のように書いている。


個人番号カードに関しては、そのうちいろいろな問題が噴出してくるだろう。その時点で再検討されるってことになるに違いない。自分でカードを持つかどうかは、その後になってから考えれば十分と思っている。

と、このように書いたのだが、3年経ってみると、実際には「問題噴出」というレベルにさえ至らず、問題があるとすれば「普及していない」ということに尽きるようだ。そして、そんなものなくても全然困らないというのが、この 3年間の生活実感なのである。

そしてもっと言ってしまうと、その記事を書いてほぼ 1ヶ月後に「マイナンバー通知書」と「個人番号カード交付申請書」というのが届いた。これに記してあったはずの個人番号なんて、全然覚えていないし、どこにしまったかも忘れてしまった。万が一必要になったら、再発行してもらえるだろうし。そして再発行の際の本人確認は、運転免許証で足りるだろう。

本人確認は運転免許証で充分ということを考えると、やっぱり「マイナンバー」なんてものの必要性がよくわからないのである。

さらに 2016年 1月 28日には "「住基カード」 ってものがあったのだが" という記事も書いている。確かに「マイナンバーカード」がどうこう言われ始める前に「住基カード」というのがあった。私はそれを取得したことすら忘れていて、今でもどこにしまったか思い出せないままだ。どこかの引き出しの奥で永眠しているのだろう。

このままだと、もう数年経ったら新しいカードが作られて、「マイナンバーカードは廃止となりました」なんてことになりかねない。住基カードは壮大なる無駄遣いだったし、マイナンバーもそうなりそうな雲行きではないか。

 

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