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2018年12月11日

いくつになってもコミュニケーション力が向上しないオッサンたち

順天堂大学が医学部入試を巡る不合理さの指摘に対して、「言い訳」(になると、当事者は思っているらしい)の記者会見を開き、当然の成り行きとして火に油を注ぐ形になっている。(参照

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順天堂大の当事者たちの言い分によると、女子の受験者を不利に扱ったのは 「女子が男子よりも精神的な成熟が早く、受験時はコミュニケーション能力も高い傾向にあるが、入学後はその差が解消されるため補正を行う必要があった」ためなどということのようだ。つまり「単に性別によるハンデ戦」だったというのである。

しかしそんな話が言い訳になると思っているのは、当事者たちだけだろう。まともな神経があれば、もう少しもっともらしく聞こえる言い訳を用意しておいてもよかったんじゃあるまいか。まあ、そんなのがあるとすればの話だが。

入学後、つまり成人年齢に達する頃には、男子のコミュニケーション能力も改善されると、順天堂大当事者は言っているわけなのだが、どうみてもそんな気配のないオッサンがいるというのは、今回の記者会見の内容からみても明らかだ。「よくまあ、そんなことが言えるね」という話である。

順天堂大の「言い訳」がちっとも本当らしく聞こえないのは、医者の世界でも、政治の世界でも、還暦をとっくに過ぎた年になっても、一向にコミュニケーション能力が高まったように見えないオッサンがゴロゴロいるからである。

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