遺影というもの
同い年の友人の通夜と告別式に、連続して列席した。親しい同年配の人間が突然死ぬというのは、心の痛むことである。

ところで彼の遺影はなかなかよく撮れていて、見ているとこちらに何かを語りかけているようにさえ思えるものだった。正装だったから、多分彼の娘の結婚式の時に写したものだろう。それほど前のことではないから、本当に彼の生前の雰囲気をよく現していた。
それを見ながら、残された我々は「俺たちもそろそろ遺影を用意しておかなければならないかなあ」なんて話していたのである。仲間内には写真を撮られるのが苦手な者が多いので、いざ死んでしまったら遺影にするのに適当な写真がない。
そういえば父の葬儀の時も遺影にするのにまともな写真がなく、普段着で談笑している写真しか見つからなかった。結局のところは「かえって人柄が偲ばれてよかった」なんて言ってもらえたが、遺影にするにはカジュアルすぎたかもしれない。
私としても、最近は「和歌ログ」の更新のために毎日写真を撮っているが、自分の写真となると本当に少ない。何かの集まりで撮った集合写真ぐらいのものである。ただ集合写真というのは、顔は小さく映っているだけだから、遺影用に引き延ばすとかなりボケボケになってしまう。
ましてやこのブログのプロフィルに使っているのは、遺影になんかしようがない。何しろ大昔に出たばかりの頃の安物のデジカメで撮ったものだから、画素数なんて最低だ。無理矢理引き延ばしたら、それこそ幽霊みたいになってしまう。
というわけで、遺影用の写真は早めに確保しておく方がいいということになったのだが、ある友人が言うには、「この世は善良なやつほど早く死ぬことになってるから、お前はなかなか死にそうにないよ」という話ではあった。
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