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2019年7月に作成された投稿

2019/07/31

信じていいのは、いつも同じことを言ってるヤツ

先日のネットニュースで「丸山議員が N国入り」という見出しを見かけて、「"N国" ってどこの国だ? ノルウエーか、ニカラグアか、はたまた北朝鮮 (North Korea)か?」なんて思ってしまったが、「NHK から国民を守る党」の略称と知ってちょっと腰砕けしかけた。

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で、今ネット界隈で話題になっているのが、上に示した丸山議員の tweet (クリックで拡大表示される)で、「見ないから NHK 受信料を払わないというのは法令上通りません」と言っている。こうした主張をする者が、2013年に立花孝史氏(N国代表)が設立した「NHK受信料不払い党」を母体とする政党に入党するのはおかしいのではないかというわけだ。

ただ丸山議員本人が言うように、興味本位にいろいろ取り上げるのは彼の「宣伝」になるだけだ。そんなわけで私は "丸山穂高をガス欠にするには、シカトし続ければいい" 、"再び言う。「丸山穂高をガス欠にするには、シカトし続ければいい」" と、2度も同じようなことを書いたわけだが、今回ばかりはかなり気になってしまったので、不本意ながらまたまた書いちゃうわけである。

何が気になったのかといえば、丸山議員はいったいどんな行きがかりで、こんなような tweet をしてしまったのかということだ。調べてみると、問題の tweet は、昨年 2月に愛知県の名古屋市立八王子中学校が元文科相事務次官の前川喜平氏を外部講師として招き、講演をさせたという事実を発端としたスレッドの中にある。

前川喜平氏というのは、もう大方の記憶から消えつつあるかもしれないが、新宿歌舞伎町の出会い系バーで、気に入った女性と値段交渉した上で店外に連れ出したというスキャンダルで文科省を辞めた人である。なかなか面白いが、ワキの甘すぎる人だ。

前川氏は八王子中学校の講演会で、公立小中学校の教職員給与の国負担分が当時 2分の1から 3分の1に引き下げられたことへの批判や、朝鮮学校の無償化推進など、日頃の主張を述べたもののようである。そして文科省は当然のようにこれを問題視した。

文科省は名古屋市教育委員会に講演の録音データがあれば提出するよう要求したが、教育委員会はそれを拒否 − というすったもんだがあったことを、新聞各紙が報じ、NHK はことさら詳細、かつ文科省の対応を批判的に報道したらしい。丸山議員の tweet はこうした経緯をベースとしている。

問題の tweet は上の画像で示したように、昨年 3月 16日の午前 2時 49分(ずいぶん夜更かしだなあ)に書かれたもので、自身の 5分前の tweet から、内容的にちょっと飛んでいる。2つの tweet の間には、「このツイートはありません」なんていう思わせぶりな表示もあるしね。

想像するに、2つの tweet の間には、「こんな偏向報道があるから、NHK は見ないし、受信料も払いたくない」といったようなレスがあったのではないかと想像される。そしてそれが今は削除されてしまっているのだろう。それに対して丸山議員は、ちょっと「いい子」ぶったことを書いちゃったんだと思われる。

というわけで、昨年 3月の丸山議員の発言はどうやら、自身の tweet へのレスに反応しての行きがかり上の「いい子ぶりっ子発言」と結論づけけてもよさそうだ。ただ、いくら行きがかり上とはいえ、主張の整合性のなさはやはり問われざるを得ないだろう。

ちなみに 15年も毎日ブログを書き続けていると、「俺って、同じことばかりいろいろな言い方で書いてるだけなんじゃなかろうか」なんて思ってしまうことがある。しかしこうしてみると、1年後には逆のことを書いちゃうヤツよりは信用してもらってもいいんじゃないかと、逆に安心してしまったよ。

まあ、「同じことばかり言う」という点に関しては、今は亡き山本夏彦氏のレベルには遠く及ばないが、精進しようと思うばかりである。

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2019/07/30

梅雨明けの晴天の空が白い!

ちょっと前までは「梅雨明け十日」と言って、梅雨明けから 10日ぐらいはカラッと安定した晴天が続くと言われていた。ところが関東の梅雨は明けたものの、「カラッと安定した晴天」とは言えない。

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暑い! 単に「暑い」というのではなく、体にべっとりとまつわりつくような蒸し暑さである。同じ「暑さ」でも、「カラッとした暑さ」と「べっとりとまつわりつく暑さ」では暑さの質がまったく違う。今朝の空を見上げて、その「べっとり」感覚の原因がわかった。

「水蒸気」である。「湿度」なんていう客観的な言い方では表現しきれないから、単刀直入に「水蒸気」と言う。空の色が、いつもの梅雨明けをイメージさせる「青空」ではなく「白い」のである。雲が白いのは当然だが、雲の切れ間すらも白く霞んでいる。晴天の空が白い − これは大気中に大量の水蒸気が含まれることを物語る。

気温が同じ 33℃ でも、カラッとした 33℃ なら耐えられる。35℃ でも気合いでなんとかなる。しかしこうも水蒸気が多いと、33℃ は地獄だ。

ラジオで気象予報士が「無理をしないでください。エアコンの使用をためらわないでください」と呼びかけている。「はいはい、ためらいません」と、へそ曲がりの私がいつにない素直さでエアコンのスイッチを入れてしまう。

実は 2011年 3月の東日本大震災以後、2年間はエアコンのスイッチを入れなかった。スイッチを入れないだけではなく、電源そのものをコンセントから引っこ抜いてしまっていた。「原発なしには電力危機になる」と言うので、「それじゃエアコン使わなきゃいいんでしょ!」と開き直っていたのである。それでもちゃんと耐えられた。(参照

しかしこの夏の梅雨明けの暑さは、8年前の「開き直り可能の暑さ」とはわけが違う気がする。これはもう「体によくない暑さ」だ。申し訳ないが、エアコンを使わせてもらう。ためらわずに使わせてもらう。

異常気象はもう、「異常」ではなく「フツー」のことになってしまった。本当にもう、地球という星は人類滅亡への道を辿っているんじゃないかと思ってしまうよ。

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2019/07/29

英会話教材はさらなるファンタジー化を遂げている

近頃 SNS などの画面に英会話の広告が割り込んでくることが多くなった。「聞き流すだけ」というスピードラーニングのブームが一段落したと思ったら、今度は「寝る前に 10分間動画を見るだけ」 とか 「1日 10分、歌を歌うだけ」とか、さらにファンタスティックな謳い文句の教材が出現中で、素朴な人を引きずり込もうとしている。

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JARO(広告審査機構)の CM ソングに "「ウソぴょん」は嘘つきで 「コダイ」は大げさで 「まぎらワシ」はまぎらわしい" というのがある(参照)が、最近の英会話教材の広告の多くは、これら「嘘、大げさ、紛らわしい」の三要素すべてを含んでいると思う。それでも JARO に駆け込む人がいない (少ない?)というのは、日本では英会話というものがファンタジーの領域にあることを示している。

なにしろ、ファンタジーは現実を超越するからね。

「寝る前に 10分間動画を見るだけ」という教材の広告については 7月 17日の「ファンタスティック過ぎる英語教材」という記事で、広告に出てくる英語フレーズ自体がメチャクチャだと、さんざん笑いものにさせていただいた。そして「1日 10分歌を歌うだけ」に至っては、ファンタジーもかなり極まってきた印象である。

この広告に関しても、上の画像にある「暗記は一切不要」の「両人差し指で作る×マーク」の画像は、「悪いけどそれって、英語圏ではまともに通用しないからね」と言いたくなる。「×印」なら通じないこともないようだが(○× の「バツ」 というより「エックス」 ということみたいだけど)、指で作るジェスチャーは見たことない。

日本ではオッサンが居酒屋で「お勘定お願い」と無言の意思表示をする場合にも使うが、それは「締めてちょうだい (〆てちょうだい)」ってことらしい。いやはや、いろいろな意味があるものだ。

この類いの英会話教材では「1日 20分で英語がペラペラに」みたいな謳い文句が多かったが、最近では「1日 10分」にまでハッタリが効いてきたようなのだ。当たり前の話だが、それで本当に「ペラペラ」になるなら誰も苦労はしない。ネイティブ・スピーカーだって、子どもの頃から 1日中英語に囲まれてしゃべれるようになったのだよ。

ちなみにこれらの英会話教材広告で言う「英語がペラペラ」というのは、4年前に "「聞き流すだけ」 というおとぎ話" という記事でも触れたように、「日常の挨拶と買い物と簡単な道案内」ぐらいが想定されているようで、あとはせいぜい海外旅行時の入国審査での単純な受け答えができる程度のレベルとしか思えない。この程度で「英語がペラペラ」とは、フツーは言えないよね。ココロザシの基準が低すぎだ。

そもそも、その程度なら中学英語でイケる話だし。

 

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2019/07/28

「マンホール」は「メンテナンスホール」と言い換えられる

AFP が、米カリフォルニア州バークレー(Berkeley)では今後、公文書などで「マンホール(manhole)」という言葉を使わなくなると伝えている。性差による区別のない「メンテナンスホール(maintenance hole)」という言葉に置き換えるのだそうだ。(参照

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こうした言い換え措置に関して 「どうでもいいこと」とか「細かすぎる、くだらない」などと思う向きもあるだろうが、それはカタカナの「マンホール」が本来の英語の "manhole" (人間[男]穴)から意味的にかけ離れた言葉になっているからだ。ジェンダー配慮の進んだカリフォルニア辺りでは、やはり違和感を生じさせる言葉と捉えられているのだろう。

"Manhole" とモロに英語で言ってしまうと、男性の作業員が出入りする穴という意味が強まってしまう。彼の地には女性の作業員もいるだろうから、私としてはこの言い換えはごく自然なことと思う。同様に「マンパワー(manpower、労働力)」は「ヒューマンエフォート(human effort、人力)」に、保証人を意味する「ボンズマン(bondsman)」は「ボンズパーソン(bonds-person)」に変更されるという。

日本語の「マンホール」はこうした言い換えが進まないだろうが、「マンパワー」に関しては直接的に "manpower" という原語が明白だから、近いうちに言い換えが進むかもしれない。とりあえず新しもの好きのマーケティング関係者たちが「ヒューマンエフォート」という言葉を進んで使っているうちに定着するという、いつものパターンを辿ることになるだろう。

ただ「ヒューマンエフォート」という言葉が日本語として定着した時に、単なる「オシャレな言い換え」でしかなくなって、「ジェンダー配慮」という意味が薄れてしまうんじゃないかと、そっちの方が心配になってしまうなあ。

 

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2019/07/27

晴れはしなかったが、「大雨遠ざけ男」の役割を果たした

一昨日の記事「晴れ男の試練」に関して報告である。決して晴れたわけではなかったが、大した雨にはならず、雨具を着けて南アルプスの2000メートル近い山の頂上まで登ることができた。

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一昨日の天気予報では、今日の関東東海甲信は、台風の真っ只中で土砂降りの雨になるとのことだったが、東日本を覆っていた高気圧の勢力が強くて、台風がそれを避けて遠回りし、紀伊半島に上陸するというコースを辿ったため、何とか頂上まで登ることができた。

25日付の記事に添えた天気図を見ても、台風の進路を示す矢印はストレートに関東に向かっている。台風が遠回りしてくれなかったら、今日は台風直撃で暴風雨になるところだったのだ。台風に回り道してもらったのだから、「ベスト・エフォート = これで御の字」ということにさせていただきたい。

決して「晴れ男」そのものの結果というわけではなかったが、「台風の土砂降りにはならず、2000メートルに迫る頂上まで行ってこれた」ということで、「大雨遠ざけ男」ぐらいの効果は果たせたわけである。

というわけで、今日は疲れたので、これにて失礼。

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2019/07/26

67歳の誕生日雑感

私事で恐縮だが、本日は私の 67回目の誕生日である。なんとまあ、時の経つのは早いものだ。

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2年前の 7月 26日には、"晴れて「高齢者」の称号を獲得したのだが" という記事で、"「高齢者」となったからには、それなりの恩恵を享受しようと思って調べてみると、思ったほどの特典はないとわかった" と書いている。本当に拍子抜けしてしまうほどのもので、まともに使えそうな割引サービスなんてほとんどなくて、こんな感じだ。

ANA と JAL が、全国どこでも 13,300円で行けるサービスを実施している。ただし、「予約はできず当日空席がある場合のみ利用可能」というのが、ちょっと辛いかもしれない。それなら早めの予約で割引を受ける方がずっと得だったりする。

「JR 東日本・大人の休日倶楽部ジパング」というのは、JR 東日本、JR 北海道区間の 201km 以上の切符を何回でも 30%割り引きで購入できるサービスだ。しかし年会費が 3,770円というので、滅多に旅行しない人だと元が取れない。(中略)

小売業のサービスにしても、毎月 5日とか 15日とかに買い物をすると 5%割引になるとかいうのばかりで、大したメリットはない。よほど大きな買い物をするというなら別だが。

2年経って少しは使えるサービスが増えたかなと思って調べてみても、ほとんど変わらない。「マネーの達人」というサイトで "60歳になったら「シニア割」を確認しないと損。「大人料金が半額」「5%オフで買い物」電車も飛行機も安くなる" というページがあったが、どうみてもタイトルが盛り過ぎで、2年前に調べた結果とほとんど変わらない。それもそのはず、2年前に書かれた記事だった。

東京ディズニーランドは 「1デーパスポート大人 7,400円が 65歳以上のシニアの場合は 6,700円」なんて言ってるが、そんなところはこの年まで 1度も行ったことがなくて、ただでさえ最近は人混みの中に行くのがいやでたまらないカラダになってしまったので、この恩恵には一生蒙らないだろう。他のレジャー施設にしても同様だ。

運転免許の自主返納をすると、結構な特典があるとも聞いたので調べてみたが、私の住む地域では大したことはない。まだしばらくは自分で運転してでかけるしかないようだ。

ただ高齢者の特典が大したことないからといっても、取り立てての不満はない。なにしろカラダは丈夫で自分でも年寄りという自覚はあまりないし、往復 100km ぐらいなら自転車ででかけるのもやぶさかではないぐらいだから、体力的にはまだまだ大丈夫だろうと思っている。

ただ 1つだけ、「おっと、俺もさすがに前期高齢者かな」と思う瞬間がある。それは朝起き抜けの時と、長時間運転してクルマを降りた時に、ほんの 3秒ぐらいだが、腰が伸びきらずに僅かにヨチヨチ歩きになってしまうことがあるのだ。

3秒経てばいつもの歩き方に戻るので弊害はないのだが。もしかしたら、このまま年を取るにつれて、5秒が 10秒になり、30秒になったりすることがあるのかもしれない。「意識しないとずっとそのまま」なんてことになるのはご免だから、最近は胸を張ってスタスタ歩くように心がけている次第である。

 

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2019/07/25

晴れ男の試練

まさに「青天の霹靂」と言ったらこういうことを指すのじゃあるまいかというほど、びっくり仰天の天気予報である。私としては呑気に「関東の梅雨も今日か明日あたり明けて、週末はいい天気になるんじゃあるまいか」と期待していた。ところがなんと、週末は台風が接近するというじゃないか。

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実は私は週末、久しぶりで山登りをする計画だったのだ。南アルプスの軽いハイキング程度ではあるが、結構楽しみにしているのである。ところがなんと、南海上の熱帯低気圧が台風に発達し、週末に関東東海に近付くというのである。大雨になったら計画も中止せざるを得ない。

この間の事情を言うと、長引く梅雨の終わりに子どもたちを連れて山登りを計画していた友人が、「有名な晴れ男の tak を誘えば、天気のことは心配なかろう」と声をかけてくれたのである。そんなことがある手前、何としてでも晴れてもらわなければいけない。

さて、この週末どうなるか。私の晴れ男振りが究極の状態で試されることになった。晴れ男の試練である。

本日は私の iPhone がおシャカになって機種交換し、データの引き継ぎにえらく時間がかかってしまったのでぐったりである。そんんなわけで、そそくさと失礼。

 

 

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2019/07/23

うなぎを「大事にいただきましょう」という環境省の tweet

環境省が 22日夜に「土用のウナギはご予約を」と公式 tweet して炎上に至り、そそくさと削除してしまったのだそうだ (参照)。ただその画像はしっかり残されていて、朝日新聞に乗っかってしまっている。下の画像がそれだ。

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Tweet の内容は「食品ロスにならないように大事にいただきましょう。食べる方はできるだけ予約して、季節の行事を楽しみましょう!」というものだ。昨年 1月に 「ウナギは食べないんだもんね」という記事を書いている私としては、「環境省が絶滅種を予約してまで食えと言うかなあ!」と驚いてしまった。「大事にいただきましょう」と言っても、食うことに関しては一緒である。

私が上述の記事で紹介している HUFF POST の "このままでは絶滅?  「うなぎ」 の危機に私たち日本人ができること" という記事は、「絶滅に瀕したウナギを守るには、我々日本人がウナギを食わないようにすればいい。少なくとも食う量を減らせばいい」と指摘したものだ。極めて当たり前の指摘である。

ところが日本のマスコミがこの問題を扱うと、「日本の伝統的食文化の問題もあり、極めて難しい問題だ」なんてぼかした言い方しかしない。HUFFPOST は「少なくとも食う量を減らせばいい」と、極めて控えめな言い方までしているのだが、その極めて控えめなレベルにすら至らないのだ。

私はこの問題に関してはこれ以外に、

当面、ウナギとマグロは食わないことにする (2013.6.14)
「ウナギとマグロは食わないことにする」 ということについて (2013.8.3)
ウナギを食うのは早めに諦める方がいい (2016.9.26)

と、3本も書いているので、言ったことに責任を持つ意味でも、ここ数年は一口も食っていない。うなぎなんて食わなくても、全然不満には思わないし、他にうまいものはいくらでもある。

本当に心から進言するのだが、月に 1度うなぎを食う人は 3月に 1度ぐらいに減らすべきだし、3月に 1度食う人は 半年に 1度ぐらいにすればいい。そうすることで、うなぎの資源は守られる。なんなら、年に 1度、土用丑の日だけは食うということでもいいだろう。日本の伝統文化ということに関しては、それで十分に守られるはずだ。

なにしろ、日本で流通するうなぎの 8割は中国産で、クスリ漬けになったものらしいから、消費を 8割減らして残り 2割のまともなうなぎだけにしてしまうだけでも、種の保存にはかなりの貢献になるだろう。

 

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2019/07/22

参院選結果に関して

参院選が終わって、結果が出た(下の図はクリックで拡大表示される)。一口に言えば「改憲勢力は 3分の2 をわずかに下回った」ということで、昨年初めに「当分の間 「本籍・改憲派、現住所・護憲派」 で行きたい」と表明した私としては少しだけホッとしている。ただ、それはあくまでも「少しだけ」のことだ。

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「少しだけ」というのは、野党勢力の中にも下手すると改憲に傾きそうな議員がいるからで、もしかしたらこのあたりで切り崩しが行われるかもしれない。こうした連中はちょっと甘い餌を示したら平気で寝返るので、油断がならない。

私としては、実は投票率が 50%を下回ったことの方を危惧している。「改憲」という大きな争点のある選挙で無関心を決め込む有権者が多いtというのは、かなり「ヤバい」ことのように思われるのだ。

「政治のことは、専門の人たちでどうぞお好きなように」という姿勢が、とくに若い層で目立つような気がするのである。「どうぞお好きなように」と言っているうちに、とんでもないことになるリスクまでは考えていないようなのだ。

私としては、上述の昨年初めの記事で書いたように、安倍首相主導による改憲というのはアブなすぎると思っている。どうみても現代の民主国家の憲法観を逸脱している。彼の思いのままに改憲なんてされたら、やたらと息苦しい国になってしまうだろう。

右傾化は世界的な傾向という認識があるが、トランプにしろ安倍首相にしろ、頭の中が単純で幼すぎる。こうした単純な幼さに共感する有権者が多いというのは、世界の頭の中まで同様に幼くなっていることを意味する。

きちんとした大人であり続けることが、ちょっと難しい世の中になっているようだ。

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2019/07/21

福岡、佐賀の豪雨被害に思う

福岡、佐賀の両県で、昨夜から今朝にかけて大変な大雨になり、唐津市の県道では倒れた松の木に当たった乗用車内で小学生が胸を強く打って死亡するという事故まで発生したという(参照)。今年は大雨の割に被害が少ないと思っていたが、ついに死亡事故が出た。

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3日前にも北九州で屋根からの転落による死亡事故が報告されたが、これは大雨に備えて雨樋の掃除をしていたためのようで、直接の大雨による死亡事故はこれが今年始めてだと思う。昨年の 7月は西日本から東海にかけての豪雨で死者が 200名を超えるという惨事になったためか、今年は多少は対策が進んだということもあるだろう。

振り返ればここ数年、毎年今の季節になると梅雨前線や台風などによる大雨被害が起きている。"「数十年に一度の気象災害」 が毎年ある時代" という記事を、昨年の今頃書いたばかりだ。そして平成 27年 9月というからもう 4年近く前のことになるのだが、我が家のすぐ近く、茨城県常総市でも大雨による鬼怒川氾濫で 15人が亡くなった。

このことに関してはこの年の 9月 10日に「思っていた以上の水害に驚いている」という記事で触れた。これは「堤防決壊とソーラーパネルに関する誤解を整理する」(9月 11日付)と 「今回の大水害の教訓」(9月 12日付)という続編と合わせて 3日連続のシリーズ記事になった。さらにその 10日後には 「常総市の災害ボランティアに行ってきた」(9月 22日付)というルポ記事まで書いている。

この時の水害に関しては、被災した住民が国の河川管理の不備が原因だったとして訴えを起こしているが、私の印象ではこの 3日連続記事で書いたように、国ばかりでなく地元・常総市のおざなりな対応も被害を広げる一因となったと、今でも確信している。

そして私は豪雨被害が出る度に書いている気がするが、「早めの避難」は本当に重要である。昨年の 7月 9日に私は「災害時の避難勧告や指示には、早めに従う方がいい」という記事を書いたが、その翌日には「そもそも、水害が差し迫っても『人は逃げないもの』らしい」という、やや絶望的なことも書いている。それでも、やはり早めに逃げるに越したことはないのだ。

「災害列島」と化した今の日本では "normalcy bias" (正常化の偏見)というのは、身を守るためには邪魔になるばかりである。

 

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2019/07/20

捕鯨よりホエールウォッチングの方が人気

私が子どもの頃は、鯨肉を食うのがそれほど珍しいことじゃなかった。小学生の頃は、月に 1度ぐらいは鯨肉の入った汁物がおかずになっていたし、学校の給食にも出てきた。しかし中学生になる頃には鯨肉を食う機会はほとんどなくなった。

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ちょっと調べてみたところ、母船式商業捕鯨が禁止されたのは 1986年のことのようで、それ以後は「調査捕鯨」の名目で捕獲した肉を細々と食ってきた。しかし自分の記憶を辿っても、商業捕鯨が禁止される 20年も前の中学生になった頃(1965年)から、鯨肉なんてほとんど口にしていない。

記憶を辿ると、30歳を過ぎた頃に、知り合いがたまたま入手した鯨肉料理を振る舞ってくれたことがあるような気がする。しかしこの時は、懐かしさは感じても「しょっちゅう食いたい」とは思わなかった。

というわけで、鯨肉は食わなきゃ食わないでまったく不満がない。「日本固有の食文化」としてやたらこだわる人もいるようだが、「そんなにまでこだわるほどのものかなあ」と思ってしまう。個人的には最近、牛や豚の肉も避けるようになったので、「なんでクジラを食わなきゃいけないんだ?」と思ってしまう。

ところで NewSphere に「捕鯨より将来性あり? 日本近海でのホエールウォッチングが人気」という記事がある。ちょっと引用してみよう。

捕鯨船が出港する釧路港の北160キロにある羅臼町では、昨年3万3451人がホエールウォッチングとバードウォッチングのため観光船を利用したという。2016年と比べ9000人増えたということだ。

(中略)

知床羅臼町観光協会によれば、観光船ビジネスの65%はホエールウォッチングから来ている。数種類のクジラがたくさん集まるのは羅臼ならではの光景で、貴重な観光資源だという。観光客の多くは地元で宿泊し、レストランや土産物店を利用してお金を落としていくということで、この人気が今後も続くことを観光協会は期待している(ロイター)。

うぅむ、確かに捕鯨よりホエールウォッチングの方が、ビジネスとしての可能性がありそうに思えるなあ。私としても鯨肉は食わないが、クジラの泳ぐところは見てみたい。

国際動物愛護基金(IFAW)のパトリック・ラメージ氏は、すでに日本で鯨肉を食べる人はほとんどいないため、いずれ日本政府の捕鯨に対する補助金がなくなれば、市場の原理で捕鯨産業はなくなると見ているという(ナショナルジオグラフィック)。一方、前 IWC 日本政府代表の森下丈二氏は、鯨肉文化の残る一部地域に限って流通させれば、ニッチな市場として残ると主張しているようだ。

「鯨肉文化の残る一部地域」ってどこなんだろうと思って調べてみたところ、かつての捕鯨基地があった北海道、宮城県の牡鹿、和歌山県などのことを指しているようだ。これらの地域には「鯨神社」というものもあるらしい。まあ、これらを認めるとしても、少なくとも「成長産業」じゃないよね。

ちなみに尊敬する永六輔さんは生前、「日本固有の食文化である鯨肉」への思い入れを熱く語っておられたが、あの世代の鯨肉への思い入れは、純粋に「食文化」への思いというより、「牛や豚をたらふく食いやがる欧米」への一種複雑な反感みたいなものが勝っていたような気がするんだがなあ。

 

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2019/07/19

手ぬぐいの楽しさ

ちょっと前まではバンダナ派だったが、最近はもっぱら手ぬぐいを愛用している。バンダナは大体 50cm ぐらいの正方形が多いが、手ぬぐいは 34〜35cm × 90cm が標準。

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見た目的には手ぬぐいの方が長方形でずいぶん大きく感じてしまうが、拡げた時の面積は計算上、バンダナとそれほど大きな差はない。ポケットに入れた感覚も、それほどかさばるものではなく、いい感じで携帯できる。

バンダナも手ぬぐいも、サイズが普通のハンカチよりずっと大きいので、単なる手拭き以上の使い道があることがメリットだ。日射しの強いときのキャップ代わりに頭をすっぽりと覆うことができるし、はちまきにもなる。タオル代わりにも使えるが、生地が薄いのですぐに乾くのがありがたい。

バンダナとの違いはサイズ以上に柄の違いが大きい。バンダナはペイズリーが基調の柄が多いが、手ぬぐいの柄はめちゃくちゃ多様である。私は基本的に小柄が好みだが、大きめの水玉や唐草模様、さらには浮世絵などをプリントしたものまであってなかなか楽しい。

手ぬぐいはまた単なる実用品ではなく、落語や歌舞伎などで重要な小道具として使われたりする。これでいろいろな意味づけができたりもするので、デザインが多様なのも当然だ。もっと使われていいアイテムだと思っている。

 

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2019/07/18

お父さんの恋人は現在進行形、お母さんの恋人は過去形

安倍首相が参院選の応援演説で「お父さんも恋人を誘って...... お母さんも昔の恋人を探し出して、投票箱に足を運んでいただくよう......」と発言したというのは、当初のニュースでは「言い間違えた」みたいなニュアンスで伝えられていた。しかし動画(下の画像をクリックすると表示される)を見るとそんなものじゃない。どう聞いても「確信犯」としか思われないよね。

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彼としては軽いユーモアを交えたぐらいのつもりだったのかもしれないが、まともな常識さえあればこんなことは恐ろしくて言えない。欧米だったら非難囂々の大問題になるだろう。この程度の取り上げられ方で済んでいる日本という国は、妙な意味で大人すぎるところがある。ちなみにこの演説の「ヤバい点」を挙げると、次のようになる。

  1. 日頃強調する「家族の大切さ」は、「お妾さん」を当然とする価値観だった
    選択的夫婦別姓に関しては「家族の解体を意味する」として反対を表明していた安倍首相が「お父さんも恋人を誘って」と、不倫を前提とする文脈で語るのは、「妾がいて当然」という戦前的家族観への回帰願望を反映しているよね。

  2. お父さんは恋人がいても、お母さんは不倫しちゃいけない
    「お父さんも恋人を誘って」の対句のように続くのが「お母さんも昔の恋人を探し出して」という言葉である。お父さんの恋人は現在進行形でも、お母さんの場合は過去形でなければならず、しかも「探し出す」必要があるほど縁遠くなっていなければならないというわけだ。かなり歪んではいるが厳然とした女性差別的価値観が表明されている。

  3. 「投票所」じゃなく「投票箱」に足を運んでもらいたいのね
    世間一般では「投票所に足を運んでいただきたい」というのが「ごくフツーの表現」になっているが、安倍首相は敢えて「投票箱に足を運んでいただきたい」と、一種異様な言い方をしている。彼の関心の対象が投票所に行く有権者の意識よりも「投票箱の中身」でしかないことが、無意識的かつ、あからさまに表現されている。

元々安倍首相は「あんまりオツムのよろしくない人」と思ってはいたが、いよいよ「アブない人」の本性が無意識的な言い方の中に露骨にさらけ出される段階に達したようだ。このような「戦前的思想」の持ち主を、この国は総理大臣としてありがたがっているのである。

ちなみに彼が「選択的夫婦別姓」に反対なのは、「妻が別姓だと、妾と区別つかないじゃん!」と心のどこかで思っているからに違いないと、今さらのように思い当たった。彼の価値観としては、「本妻ならつべこべ言わずに、夫の姓を名乗れることを幸せに思え」ってことなのだろうね。

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2019/07/17

ファンタスティック過ぎる英語教材

「短期間でラクに英語がペラペラになる」という通信教育というのは、「スピードラーニング」の昔から(あるいはそれ以前から)アヤシすぎるものと相場が決まっている【参照 1: "「聞き流すだけ」 というおとぎ話"、参照 2: "東京オリンピックと、英会話熱と、当たり前すぎるお話")が、「アヤシすぎる」どころか「ファンタスティックすぎる」広告を見て、一瞬啞然としてしまった。

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まあ、固有名詞を出してもいいと思うので書いちゃうが、"i-smile" という名の教材で、これの運営会社、最近盛んにネット広告を打っている(参照)。「たった 2ヶ月で英語ペラペラに !?」というキャッチ・コピーで、最後の「!?」といのは、一体何の逃げ道なのかと思ってしまうところだ。

この広告のマンガに出てくる若い女の子は、海外旅行の入国手続きで "Have a nice day." と言われて「幅ないっすね」に聞こえ、何か悪口を言われたのかと悩んでしまうほど英語ができない。そして海外旅行を全然楽しむことができなかったために、一念発起して勉強を始める。

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ただこの広告ストーリー、"Have a nice day" すらまともに聞き取れない女の子が 1人で海外旅行するというシチュエーションに、ちょっと無理があるだろう。フツーはパッケージツァーに加わって添乗員やガイドさんに頼り切り、あまり悩むことなく楽しむと思うがなあ。

それにそもそも日帰り旅行じゃないだろうから、入国手続きのオニイサンも "Have a nice day" じゃなく "Have nice days." と複数形で言うか、「いいご旅行を」という日本語を生かすなら "Have a nice trip" となるはずだが、この英会話教材会社、そのあたりの細かいところはちっとも気にしない社風のようだ。専門分野がこんな程度で大丈夫なのかなあと思うよね。

そしてストーリーは、毎日何分間だか動画を見るという学習で「英語がバッチリ聞き取れるし、話せるようになれたんです」ということになる。そして一番上に掲げた画像で意気揚々としゃべっているのが、これだ。「何じゃ、こりゃ?」と思われるだろうが、何ならスクロールして戻って確認してもらいたい。

"Even a train can go on a bus, but where do you go?"

先に浮かんだ「大丈夫なのかなあ」との思いは、ここで決定的になる。今朝これをネタにして tweet したところ、英語翻訳のプロ、ふゆひー さんが「この英語、どう訳せばいいのか分りません (笑)」と返信してくれた(参照)。私なら

「列車さえもバスに乗って行けますが、あなたはどこに行きますか?」

と直訳して済ませて、それ以上は責任もたない。「どういう意味?」と聞かれたら、「それは私じゃなく、この女の子に聞いてくれ」と答えるしかない。

この教材会社、自社広告のチェックをしなかったのか、しても「???」となることなくフツーに OK を出したのか、あるいは要するに、この広告全体が(出来の悪い)ジョークなのか。いずれにしても、この教材で勉強したらさぞかしファンタスティックな英語をしゃべるようになるだろうと思ってしまうのである。

 

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2019/07/16

7月の日照時間がやたら短い

関東は 7月に入ってからの日照時間がやたら短い。我が家の屋根の上の太陽光発電パネルも手持ち無沙汰なんじゃないかと思うほどだ。モニターを見ても 7月 1日から 15日までの半月で 1日の発電量が 12kw を越えたのは、13.30kw を発電した 10日(水)だけで、あとは軒並み 10kw にも達していない。

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今月に入ってから発電量(オレンジ色の線)が消費量(水色の線)を上回ったのは、15日のうち辛うじて過半数の 8日だけだ。半月トータルでも、発電量が消費量をわずか 0.8kw 上回っているだけである。太陽光発電をしている甲斐がほんの僅かながらあるというのが救いといえば救いだ。

ちなみに 2、3日と 10、11日の天気が良かったのは、晴れ男の私がそれぞれ信州と関西に出張したからである。10、11日の関西は、関東ほどではなかったが、日中はなんとか天気がもった。13、15日も私の関係する野外行事があったので、日中はおおむね降らずに済んだ。私の晴れ男振りはなかなかしぶとい。

先月までは天気が順調で、5月と 6月のデータは下の画像の通り。5月なんて、発電量が消費量を下回ったのは 3日しかない。

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6月に入り、7日に関東甲信の梅雨入りが発表されたが、3〜4日ぐずついただけで、あとは比較的順調だった。梅雨前線は南九州に停滞して大雨を降らせたが、関東までは北上してこなかったのである。ところが 28日を過ぎてから本格的にぐずつき始め、お天道様を拝める時間がやたら少なくなって今日に到っている。

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予報会社のウエザーマップによれば、来週は「梅雨明けラッシュ」になるらしい(参照)。沖縄は既に梅雨明けしているが、九州南部から東北北部まで、東北南部を除いて 23日から 26日にかけて梅雨明けになるとの予想である。ちなみに東北南部も29日には梅雨明けになると予想されている。

関東甲信の梅雨明けは 23日との予想だ。ようやく月末近くになって、夏らしい発電量が期待されることになる。さらに 27日の土曜日はまたまた私の関係する野外行事(しかも信州の山)が予定されているので、ありがたい。

 

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2019/07/15

「ほうれい線」巡る冒険 その2

昨日は「ほうれい線」の語源が中国の面相学でいうところの「法令紋 - 法令線」からきているらしいというところまで書いた。「法令紋」というのは、これをキーワードにしてググって見ると、中国語のページがいくらでもヒットする。

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上の画像はその中の 1つで、「面相大全」というものだ。これを見ても、語源は「法令紋」なのだろうと無理なく納得できる。

ただしかし、今度は「面相学」とやらではどういうわけで「法令紋」なんていうのかが気になって眠れなくなってしまうので、いろいろググってみた。もしかして中国語のページではきちんとした説明があるのかもしれないが、こちらとしてはそれをちゃんと読めないのが痛恨である。

で、日本語のページでなんとか「それらしいかもしれん」とまでは思えたのが、「人力検索はてな」のページで、次のようにある(参照)。

東洋医学の元をつくった医師たちは、まっすぐに歩きにくい状態の人をみて、
法令線も、左右対照でないから、
【人間としての道を 真っ直ぐに生きる人 → 法令の線を歩ける】
左右の太さと長さが違う人は、骨盤が曲がって、真っ直ぐに歩けなくて、
【人間としての道も真っ直ぐ歩けない人 → 法令を守れない 】
・・と
お顔のシワを見て、骨盤の異常を見分けられたので、・・・こんな、
たとえ方をしたので、【法令線】という名前になりました。

まあ、これで完全に納得したわけではないが、「法令紋が左右対称でない人は骨盤も曲がっていることが多いので、人としての道を真っ直ぐにあるけず、従って法令を守りにくい」という話からきているという「説もある」ということである。ここから先へは今のところ一歩も進めないので、この辺りで一段落つけるしかない。

とにかく、「ほうれい線」の語源は中国面相学の「法令紋」であり、それを長寿の象徴としてご都合主義的に「豊麗線」とか「豊齢線」とかいう当て字で書き習わしてきたことまではよくわかった。一応それで納得しておこう。

ただ、「長寿の象徴」であった「豊麗線」や「豊齢線」のイメージが、長生きが当たり前になった現代に至って一転し、「年寄りくささの象徴」として忌み嫌われるようになったのは、まったくもって皮肉なことである。そして「厭うべきもの」になったとたんに、発音はそのままで表記だけ平仮名にしてしまったというのは、なんだかずいぶんあざといことのように思えてしまうなあ。

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2019/07/14

「ほうれい線」を巡る冒険

近頃、新聞や Web で「ほうれい線対策」の広告をよく目にするようになったが、「ほうれい線って、漢字でどう書くんだろう?」と気になりながら、忙しさに紛れてずっと調べていなかった。今朝になって急に思い立ってしまって手持ちの「大辞林」アプリで調べてみると、なんと「豊麗線」という表記の項目が見つかった。

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語義としては "鼻の横から口角にかけて「八の字」型に広がるシワのこと" とあり、「鼻唇溝(びしんこう)」という即物的な医学用語もあるという。さらにおもしろいことに、「豊齢線」「法令線」という表記もあるという。

いやはや、驚いた。ただ、この類いの広告で「豊麗線」なんて書いてしまったらあまり対策するモチベーションを喚起しないだろうから、敢えて「ほうれい線」とひらがな表記でぼかしているのだろうね。

ただ、「豊齢線」はまだ理解できるが、「法令線」とは一体どういうわけでそう表記するのだろうか。「ほうれい線」の表記の奇々怪々さに関する興味が俄然湧き上がってしまった。

ただこれついては、Wikipedia であっけなく解決してしまった。「語源は中国の面相学における『法令紋』に由来する」とある。あまりあっけなくて拍子抜けしてしまったので、念のため Wiki の記事の「脚注・出典」にある 「Goo 辞書」に飛んでみると、次のようにある。

ほうれい‐せん〔ハフレイ‐〕【法令線】
人相学(観相学)で鼻唇溝 (びしんこう) のこと。
[補説] 語源未詳。中国の面相学では法令紋という。また、長寿のしるしとして豊齢線、豊麗線とも書く。

へえ、「大辞林」なんかより「Goo 辞書」の方がずっとしっかりとした解説がしてあるじゃないか。つまり元々は中国の面相学からきた 「法令紋 ‐ 法令線」が正しくて、「豊麗線」や「豊齢線」はご都合主義の当て字のようなのだ。念のため「法令紋」でググってみると、中国語のページがいくらでも出てくるので、信用していいだろう。

と、本日はここまで。全体としてはちょっと長くなりそうなので、ここから先は明日付けにまわすことにしたい。

 

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2019/07/13

東京オリンピックの観戦チケットがそんなにまで欲しいのか

Newsphere が "「空前絶後の人気に」東京五輪でチケット争奪戦 国内外で高い需要" と伝えている。東京オリンピックの観戦チケットの需要が異常に高いのだそうだ。

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このニュースには、次のような記述がある。

首都圏に住む 3,500万人の人々が観戦チケットの入手を希望した。観戦チケットが無償で配布されたり、売れ残ったりしていた前回のリオデジャネイロオリンピックとはまったく対照的な状況である。

日本の首都圏人口は 3,800万人と言われているから、「3,500万人の人々が観戦チケットの入手を希望した」というのは何かの間違いとしか思われない。ただ、いずれにしても異常な状況だ。前のリオデジャネイロ・オリンピックでは無料チケットを配ってもさばききれなかったというのだから、国民性の違いはすごいものだ。

夏の一番暑い時期に汗水垂らして会場まで行き、長い行列に並んで会場に入り、終わればまた行列に揉まれて電車に乗って帰ってこなければならない。一体何がいいのだろうと思う。私なら、チケットが無償配布されたとしても行く気にはならない。

「テレビで観ればいいじゃないか」というのがまともな見解だと思うが、私はテレビでもリアルタイム観戦にはあまりそそられない。競技の結果はニュースで知ればいいし、注目すべきシーンは録画で繰り返し見せられる。リアルタイムで観るという必然性はほとんどないんじゃなかろうか。

あるいは自分の大好きな種目なら、ナマで観戦したいという気持ちもわからないではない。わからないのは、関心がなくてルールすら詳しく知らないような種目まで観戦チケット購入を申込み、当たったと言っては跳び上がって喜んでいる人たちの気持ちである。

とくに好きでもない種目の観戦チケットの購入申込みなんかしたら、本当に好きで観戦したい人のチャンスを奪うことにつながってしまう。それは申し訳ないことと感じるのがまともな感性なのではなかろうか。

あるいは当たって入手したチケットを転売して利益を得ようとしているヤツが多いのかも知れないとも思ったが、実際にはいろいろな規制があってそれは困難らしい。まあ、いくら困難でも規制の穴を突いて転売してしまうヤツもいるのだろうが、個人的にはそれも面倒としか思われない。

転売チケットを買う側にだって面倒とリスクは付きまとうだろうから、うっとうしさが先に立つ。まったくもってよくわからない世界である。そのよくわからない世界に、驚くほど多くの日本人が殺到しているというのだから、本当に啞然とするしかない。

 

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2019/07/12

古文書の「くずし字」を解読するシステム

"日本文化と今をつなぐ。Japaaan" というサイトに、”便利すぎるこれ! 古文書や浮世絵のくずし字を自動解読してくれる無料の「AI くずし字認識」が素晴らしい!" というページがある。古文書などのいわゆる「くずし字」(草書、変体仮名など)を現代の文字に変換してくれるツールが開発されているというのだ。

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文字解読はインターネット上で行われるので、読み取りたい文書はブラウザに画像として表示されなければならない。つまり手元にある紙ベースの古文書を読み取りたいと言っても、それは無理なのだ。

とはいえ読みたい古文書をその場で写真に撮り、その画像を自分の SNS などにアップしてしまえばブラウザに表示されるので、決して「使い物にならない」というわけじゃない。ただ解読は文字単位で行われるので、1文字ずつ解読操作を行わなければならないというのが、ちょっと手のかかるところだ。文単位ですらすらと解読されるというわけじゃないらしい。

上の画像を見ても、浮世絵師、歌川國芳の 「國」という文字らしき 1文字を解読して、ちゃんと「國」という文字であるという可能性が 55.4%であると示されている。さらに本文中には下のように、「ふ」らしき文字の解読を行って、「ふ」である確率が 83.8% であるということを示す画像もある。ただ、このくらいは別にこのシステムに頼らなくても結構読めちゃうよね。

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実際のところは、「ふ」の一文字を判読するよりも、この文字を含む文節をすらりと読めるということの方が重要で、役にも立つ。そしてそれをしようとすると、「ふ」の文字よりもその下の文字(下の画像の三文字目)の方がずっと厄介だ。

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実はこの文字、「扁」の草書体に濁点が付いているので「べ」だ。だから 4文字で 「いふべし」、つまり「言うべし」と読めばいい。古文書を読む場合には、文字単位でチマチマ認識するよりも流れで読まないと一向に前に進まない。

ただ実際には、「この一文字、何と読むのかなあ」とやたら迷い、その一文字がわかりさえすれば文全体が一挙に解決するという場合もある。この認識システムはそうしたケースでこそ役に立つだろう。

これに頼って文字単位で読む進むのでは日が暮れてしまうから、古文書を読もうというなら、普段からある程度慣れておくことが必要だ。

【7月 16日 付記】

わざわざ言うまでもないことかもしれないが、「古文書」は「こぶんしょ」ではなく「こもんじょ」と読んでいただきたい。念のため。

 

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2019/07/11

二泊三日の出張で、関西文化に浸る

昨日の夕方、奈良から大阪に移り、今日は大阪で一仕事終えて新幹線で家路についている。二泊三日の関西道中だった。

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奈良から大阪なんばまでで近鉄線の急行で移動したのだが、後ろの席に座った大阪のオバチャン 2人がその間の 1時間ぐらいずぅっと他愛もない話題でしゃべり通しで、「さすが大阪!」と感嘆した。どういうわけか大阪のオバチャンというのは、いくらしゃべり続けてもなぜかうるさく感じない。

これが東京山の手のマダム同士のおしゃべりだったら、10分間聞かされただけで気に障って「少しは静かにしててくれんか!」と思ってしまうのだが、文化の違いというのは不思議なものだ。一節には、大阪のオバチャンのおしゃべりは「人の悪口を言わん」から気に障らないのだという。確かに大阪のオバチャンは自分のアホさ加減を笑い話にしても、人のことは悪く言わない。

というわけで、昨夜はなんばのビジネスホテルに泊まった。夕食を食うために外に出ると、かの有名な「なんばグランド花月」から千日前のアーケードにかけて、いかにも大阪の「みなみ」の雰囲気で、勤め帰りの混雑が始まっていた。

個人的印象だが、大阪人はとにかくよく肉を食う。焼き肉だのホルモンだの焼き鳥だのの店がずらりと並んでいるが、私は近頃肉を食わないと決めているので、入る店がない。しかたなく日本中でお馴染みの「丸亀製麺」でうどんを食った。そこでお目にかかったのが、「天ぷら用 だしソース」というもので、これ、関東や東北の人間にはとんと馴染みがない。

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6年前に「ソースで天ぷらを食う文化」「ソースで天ぷらを食う人たちは、鉄板系コナモンも好き」という 2本の記事を書いているが、大阪とか広島とかに出張すると、そのことをしみじみと再認識する。日本文化の「多様さ」というのは、「小さな違いが大きな違い」的なものだと思っている。

 

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2019/07/10

2100年の夏は、とんでもない暑さになるらしい

温暖化対策が十分に取られない場合、81年後の 2100年の夏の東京は 43.3度の暑さになってしまうと予測するビデオを環境省が発表した。夏だけでなく、2月でも熱中症になるほどの気温が常態化するという。

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上の写真をクリックすると、環境省作成の ”「2100年未来の天気予報」(新作版)を公開しました” というページに飛ぶ。行った先で画面をやや下方向にスクロールすると(この一手間かかるのが、お役所のページの作り方のちょっとウザいところ)、ビデオ画面が左右に 2つ並んでいる。

左側が <2100年 未来の天気予報 『1.5℃ 目標』未達成・達成 夏> (10分18秒)で、右側が <2100年 未来の天気予報 『1.5℃ 目標』未達成・達成 冬>(8分30秒)というタイトルだ。いくらお天気キャスター役にアイドル(名前はビデオ中で自分で名乗ってたけど忘れた)を起用しても、このタイトルのまどろっこしさにはやっぱりお役所仕事を感じてしまうなあ。

要するにどちらのビデオも、産業革命以前からの気温上昇を 1.5℃ に抑える目標を達成できなかった場合と、できた場合の 2通りの 2100年頃の天気予報を紹介している。左がその「夏版」で、右が「冬版」というわけだ。

達成できなかった場合は、東京の夏の最高気温がごくフツーに 43.3℃ ぐらいの 「激暑」になってしまうという。風呂の湯温がそんなに高かったら、熱くて入れないレベルだ。

そして気温上昇を 1.5℃ に抑えることに成功した場合でも、夏の最高気温は日本各地で 40℃ 内外というのが常態化するという。まったくもって「即物的に生きづらい」時代になる。私や私の子どもたちの世代はそこまで生きていないが、だからと言って「後は野となれ山となれ」で済ませるわけにいかない。

実際問題として 2100年まで待たなくても、既に夏の猛暑はひどいレベルになっているし、雨の被害も甚大だ。温暖化対策は急務なのだが、安倍政権はこの問題に真剣に取り組んでいるように到底思えない。参院選での私の投票基準は、ここに置きたいと思っている。

ちなみに現時点で地球上の再生可能な森林面積は米国全体の広さぐらいあって、その面積の再生に成功すれば、過去 100年近くの CO2 排出量を相殺できるという論文があるらしい(参照)。ただ、森林再生には長い時間がかかるので、今の勢いで温暖化が続くと、再生可能な面積は 2050年までに 5分の 1 に減ってしまうというのだ。

このままだと、人類は「滅亡の道」を辿っているわけで、「それまでには、はかない命への未練を捨てちゃいましょうね」という話だ。個人的には「命への未練ぐらいなら捨ててもいいや、別に」なんて思っているが、未来世代全体にそのツケをまわすのはちょっと心苦しい。ということは、今、ぐずぐずしている隙はないのだね。

 

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2019/07/09

JASRAC を通さない「草の根音楽文化」を創りたいものだ

ふゆひー さんが で "JASRAC 音楽教室に「潜入」2年 主婦を名乗り" という朝日新聞の記事に関して "あくまでも感情的なコメントではあるが、少なくとも「音楽」を名乗ってほしくないな、この協会には" と tweet しておいでだ。私も同感である。

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この記事は、JASRAC が職員を音楽教室に「生徒」として送り込んで、いわば「スパイ活動」をさせ、レッスンで練習曲として使われていた曲に関して著作権料を支払えと要求しているというものだ。あくまでも個人的な考えだが、音楽教室のレッスンに使った曲に著作権を主張するなんて、あこぎにもほどがあるだろうよ思う。

そんなことをしていたら、日本の音楽文化をスポイルしてしまうことにつながると思う。つまり JASRAC は自分で自分の首を緩やかに絞め続けているわけで、本当に付き合いきれない団体だ。

ちなみに上の図は、JASRAC 自身がウェブサイトで主張している著作権管理の方法である。左は作詞・作曲をした著作者自身が管理するケースで、右が JASRAC に管理を委託するケースだ。メジャーな音楽の場合は著作者自身では管理しきれないから、ほとんどは右側のケースとなり、JASRAC がしゃしゃり出てくることになる。

それだったら私としては、JASRAC を通さないケースを増やしていけばいいと、単純に思ってしまうのだよね。

多くの一般人が草の根音楽家となり、自分で音楽を作ればいいのだ。そして仲間内の作品を著作権フリーでシェアし合って演奏して楽しむのである。どうせ我々オッサンは同窓会の二次会でカラオケに行っても、平成以降の歌なんか歌えないんだから。もうこれ以上新しめの曲なんかいらないんだし。

こう言っちゃナンだが、私だって自作の曲は何十曲も持ってる。昔、シンガー・ソングライターをしていた頃はあちこちのライブハウスで歌ったものだが、JASRAC に登録なんかしていない。だから仲間内の誰かがどこかのライブハウスで歌ったりもしているようだが、著作権料をもらおうなんて、これっぽっちも思っていない。

そもそも音楽創作というのは、一握りの専門的作詞家、作曲家に独占されるようなものじゃない。ちょっと慣れれば誰でも歌を作れるのだ。多くの民謡、フォークソングは、元々そうしたものである。名も知らぬ誰かが作って歌い継がれるのが、民衆の歌の本来の姿なのだよ。

そうした曲を今の世に増やして、JASRAC とは別の世界でスタンダードを作って行くことも、決して不可能じゃないだろう。「何を夢物語のようなことを」と言われるかも知れないが、今はインターネットがあるから、曲の共有は難しいことじゃないからね。

「草の根音楽文化」を作って行くって、なかなか楽しいことじゃないかと思うがなあ。

 

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2019/07/08

再び言う。「丸山穂高をガス欠にするには、シカトし続ければいい」

マスコミや「文化人」みたいな人たちも最近ネタ不足なのか、またぞろ「丸山穂高批判ネタ」で盛り上がろうとしている(参照)。私が 5月 21日付の「丸山穂高をガス欠にするには、シカトし続ければいい」という記事で書いたように、本当は無視し続ける方がずっといいのだが。

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丸山穂高ネタは最近ちょっとほとぼりが冷めかけていたが、取り上げさえすれば確実に盛り上がるから、マスコミもつい思い出したように触れてしまう。ある意味「おいしいネタ」なので、今になって改めて批判するのはどちらかと言えばマスコミや批判する人間の側の都合が大きい。

その結果はご覧の通り、丸山穂高議員にわざわざガソリン補給して元気づけているだけだ。彼が「食えないヤツ」ってことはとっくに知れ渡ってるんだから、今さらのように通り一遍の批判をしたところで、とくに新鮮味はない。

それにしても彼の容貌は、まるでジャニーズ系気取りの Twitter のプロフィル写真に比べると、北方四島ビザなし訪問の時は少し酒太り(?)気味だった。それが最近はちょっとやつれ気味のように見えるから、案外ストレスが外見に現れやすいタイプなんだろうね。Twitter で強がりを言っても、カラダは正直だ。

ただ下手すると「"シカトし続ければいい" なんて言ってたくせに、お前自身もまたぞろ取り上げてるじゃないか」なんて言われかねないので一応断っておくが、私が「何だかなあ」と思っているのは、丸山議員本人についてではない。彼については私の中で既に処理済みで、「一丁上がり」である。むしろわかりきった丸山批判をして、わざわざ話題作りしてやっているマスコミや東国原氏などのお歴々の方がうんざりだ。

私は今さらのような丸山批判にはほとんど興味がない。ただ、「丸山穂高という男が、どうしてこんなヤツになってしまったのか」ということを探ったルポルタージュなら読んでみたい気がする。「あのキャラは、どんな生い立ちの結果なのか」というストーリーをつぶさにレポートしたら、もしかしたら逆説的教訓になるかもしれない。

しかしそれを書くには周囲の証言も含めて徹底取材しなければならないので、結構な時間と手間と経費がかかる。そんなわけでマスコミとしては、時々ありきたりの批判を繰り返して視聴率を稼ぐ方がずっと楽なのだろう。

この件であんまり長くなると、意に反して「ガソリン補給」につながりそうだから、今日はこの辺でおしまい。

 

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2019/07/07

永六輔さんの祥月命日が本日である理由

今日は 7月 7日。新暦の七夕だが、あの永六輔さんの祥月命日でもある。3年前のこの日、永さんが亡くなったというニュースを聞いたときは、ちょっとショックだった。

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「六輔なのに、7月 7日?」 と思った途端に、ふと気がついた。永さんには 『坂本九ものがたり: 六・八・九の九』 という著書がある。「六・八・九」 というのは、「永六輔、中村八大、坂本九」 を表しているが、もしかしたら自分の命日を 「七並び」 とすることで、欠けた 「七」 を埋めようとしたんじゃなかろうか。徳の高い人は、死ぬ日を選べるのだよ。きっと。

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実は私は、永六輔さんから直筆の絵葉書をいただいたことがある。その時のことは、「ミスター・ボージャングルの正体」 という 13年近く前の記事で書いているので、興味のある方は読んで戴きたい。絵葉書は署名の 「六」 という文字が判子になっているのが洒落ている。(下に再録しておく)

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とにかく洒落のお好きな方だったから、自分自身の命日も洒落てみたのだろう。

余談だが、昨日の記事で触れた、15年前の今日の記事のタイトルは「新暦の七夕は興醒めだ」というもので、その理由の一つは、「梅雨も明けないうちの七夕では、季節感がトンチンカン過ぎて、織り姫・彦星に気の毒」ということである。案の定、今日の関東は降ったりやんだりの天気で、日が暮れても星は見えそうにない。

 

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2019/07/06

2本のブログを連続 15年毎日更新という記録

昨年 12月 25日に、”Today's Crack" の 「連続 15年毎日更新」 を記録したが、それはココログというブログ・システムに移行する前からの分も含めてのことだった。コラムの毎日更新を始めたのは 2003年の12月 26日だが、その頃は、「本宅サイト」 の中でスタートしたのだった。

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そしてコラムをココログに移行したのはその半年ちょっと後の 2004年の 7月 7日 (上の画像) だったので、「狭義でのブログ毎日更新」 ということで言えば、本日が連続 15年目ということになる。なお、2004年 7月 7日以前の記事も、ノロノロとしたペースではあるが、後追いでココログに移行しつつあるので、長い時間はかかるだろうが、途中で嫌にならなければ、すべてココログ上に表示できるようになるだろう。

さらに言えば、私のもう一つのサイト 「和歌ログ」 は毎日更新開始の日付が 2004年 12月 2日なので、こちらより 24日早い。実際のことを言えば、毎日更新の和歌ログを始めたので、こちらの方も引きずられて毎日更新になってしまったという次第である。

ちなみに、2004年 7月 7日の時点で、「和歌ログ」 の方もココログ移転を果たしているので、本日は 「狭義の言い方で、ブログを 2本毎日更新し続けて 15年目」 という記念日となる。特殊事情のため「狭義」なんて言い方になるのが、我ながら面倒だが。

ちなみにこう言っちゃナンだが、個人でブログを 2本毎日更新しているという例は稀だろうし、それを 15年も継続しているということで言えば、私はもしかしたら日本一かもしれないと思っている。(あるいは、上には上の存在があるかもしれないが)

 

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2019/07/05

小原庄助さんの正体

福島県の民謡『会津磐梯山』に「小原庄助」という人物が登場する。「朝寝朝酒朝湯が大好き」で「それで身上潰した」と伝えられる人物だ。郷土玩具にも「小原庄助こけし」(下図)というのがあるというほどの有名人である。

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ところがこの小原庄助さんという人物、実在のほどはアヤシいらしい。いろいろ当たってみると、「コトバンク」に次のようにある。

【デジタル大辞泉】
民謡「会津磐梯山」の囃子詞(はやしことば)に登場する架空の人物。「朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上(しんしょう)つぶした」と唄われる。

【朝日新聞「キーワード」の解説】
県文化振興課によると、会津の商人説、武士説、塗り師説がある。白河市大工町の皇徳寺には「会津塗師久五郎」を本名とする「伝 小原庄助」の墓があり、墓石はとっくりの上に伏せた杯を乗せた形だ。1858年に亡くなり、戒名は「米汁呑了居士」。辞世として「朝によし昼になほよし晩によし、飯前飯後その間もよし」とある。一日中米汁(酒)を飲んでいたらしい。

「やっぱり観光」というサイトに「小原庄助の墓」というページがあり、写真をみると本当に「とっくりの上に伏せた杯を乗せた形」の墓石である。(参照

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このページには次のような記述がある。

小原庄助こと会津塗師・久五郎の墓は、羅漢山人という人物の墓所の隅に間借り(?)している。羅漢山人は有名な谷文晁の弟子で、庄助さんはこの人のもとに絵付を習いにきて亡くなったらしい。

なるほど、会津塗師だけに、文人に絵付を習っていたと、もっともらしく語られているらしい。この墓にある解説の札も「あるのふわっとライフ」というサイトで見つかった。(参照)こんな風である(クリックで拡大表示される)。

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ちなみに今に伝えられる『会津磐梯山』という歌は、Wikipedia によるとこんなようなお騒がせがあったらしい。(参照

1934年(昭和9年)に小唄勝太郎が歌ったものが歌い出しをとって「会津磐梯山」と命名されて、ビクターレコードより発売され、全国的に広まった。三味線も付けられ、歌詞も長田幹彦によって整えられ、「エンヤー」という独特の掛け声も付けられた。

しかし、「勝太郎節」が俗謡風であったことに加え、元の歌詞と大きく異なる内容であったことから、地元では、「郷土芸術を冒涜するもの」として非難の声が上がり、山内磐水らによって、「気狂踊り」風の節回しが広まった。山内等が普及に努めたこの囃しは、本来の会津磐梯山に近い正当なものであることを示すために「正調」と冠して「正調会津磐梯山」と呼ばれている。

YouTube で聞き比べてみると、確かに勝太郎バージョンは艶っぽすぎる。ただ残念ながら、何が「正調」で、何が「本来」なのかまでは突き詰めることができなかった。

 

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2019/07/04

避難勧告が出ても、ペットの犬まで「逃げない理由」にする心理

鹿児島県を中心とした九州地方の豪雨はかなりの被害になっているようで、「九州大雨のメカニズム 長期化で西日本豪雨上回る可能性も」といわれている。何しろ何日も降り続いているのだから、降水量が半端じゃない。心からお見舞い申し上げる。

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昨日の朝、出張先のホテルを出発する前にテレビニュースを見ていると、鹿児島の現地からの動画が流れた。避難勧告が出された地域で、まだ家に留まっている初老の女性に、取材スタッフが「避難されないんですか?」と問いかけると、「ウチは犬がいて迷惑になるから、逃げられないんです」と答えていた。

それを見て思わず、「何を呑気なこと言ってるんだ。いいから犬連れて逃げろよ!」と、テレビに向かって言ってしまった。

本当に、避難は早めにする方がいい。命あっての物種である。一昨日の記事にも私は次のように書いている。

経験則的に言うと、避難した人の半数以上は結果的には「なんだ、これなら逃げなくても済んだよね」ということになる。それでも「リアルな避難訓練になったよね。いい経験だった」と思う方がいいのだ。

昨年の今頃、西日本豪雨の際に私は "そもそも、水害が差し迫っても 「人は逃げないもの」 らしい" という記事を書いた。逃げなかったために命を落とした人が何人もいたわけだが、そんな危険が差し迫っても、多くの人は「正常化の偏見」というもののせいで「自分だけは大丈夫」と信じて自宅に留まる。

そして記者に「避難しないのか?」と聞かれれば、あろうことかペットの犬まで持ち出して「逃げない理由」にしてしまう。「理窟と膏薬はどこにでも付く」といわれるのも道理である。もしそれで命を落とすようなことがあって、遺族に「あの犬さえいなかったら」なんて言われたりしたら犬が気の毒だ。

実は私の済んでいる地域も 20年ぐらい前までは洪水危険地域で、年に何度もちょっとした雨で道路が冠水していた。私が 40代の頃までは夜に大雨になるとの予報が出たら、事前にクルマを安全なところまで移動しておき、翌朝は膝まで水につかってクルマに辿り着いて出勤していた。現在は治水対策が進んでそんなこともなくなったが、当時はかなりのストレスだった。

そして忘れもしないのが 1986年(昭和 61年)の台風 10号による洪水である。我が家の裏手は小貝川の支流の土手に面しているのだが、この川の水位が見る間に上がり、土手すれすれにまで濁流が押し寄せた。既に道路がかなり冠水した状態で避難勧告が出されたので、私は迷うことなく家族とペットの犬と猫を連れて高台の中学校に避難した。犬猫を連れて逃げたことで非難されることなんてまったくなかった。(参照

結果的には床下浸水の被害となって、ギリギリで床上までには達しなかったのだが、当時務めていた会社で「伊勢湾台風以来 27年ぶりの罹災手当」というのが支給された。

今でも、あの時は避難して正解だったと思っている。逃げないで自宅に留まった人たちも「夜中は怖くてまんじりともしなかった」と言っていた。そんなことなら、どうして避難しなかったのだと言いたくなったものである。

 

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2019/07/03

都心に近い高速道路は避ける方がいいと学んだ

信州への一泊二日の出張をクルマでこなして戻ってきた。フツーに考えたら北陸新幹線で行けば楽なのだが、上田駅から先はレンタカーの必要なところなので、「いっそ直接クルマで行っちまえ」とばかり、高速道路を乗り継いで往復した。ところが信州方面に高速道路で行くって、結構面倒なのだね。

1907031

往路は常磐道で友部まで行き、そこから北関東道で高崎に抜け、さらに上信越道に入って上田菅平まで行った。この間、栃木都賀JCT〜岩舟JCTは一時的に東北道を南下し、さらに高崎JCT〜藤岡JCT は関越道を南下する。上図のオレンジ色の経路で、ジグザグに戻るように見えるのが、その不規則な経路である(クリックで拡大表示される)。

この 2か所のジグザグがちょっと面倒に感じられたので、復路は素直に車載カーナビの示すとおりの経路(赤い線で示した経路)で戻ってきた。藤岡JCT までは往路と同じだが、そこからこっちは、関越道で大泉JCT まで一気に南下し、そこから外環道で三郷JCTに抜け、あとは常磐道で戻ったわけである。

確かに地図上でも往路よりは復路の方が短く見えるし、車載カーナビがこちらの方を推奨するのも道理である。スマホの Google Map で確認してもこちらの経路を「現時間帯での最速経路」みたいなことを言って推奨するので、一応信用したのだった。

ところが実際に走った印象としては、往路の方がずっと楽に走れたのである。復路は東京都心に近い外環道を経由したため、流れが悪かった上に、美女木付近で「左車線に故障車あり」との表示が出てかなりの渋滞が発生してしまった。

というわけで、往路は途中休憩も含めて 3時間で済んだのだが、復路は 4時間近くかかってしまった。時間が長いだけでなく、流れの悪さによる心理的ストレスも重なり、実際の感覚としても復路の方がずっと疲れた。

教訓。経路が複数想定される場合は、カーナビが何と言おうと都心に近い経路は避けるべきである。比較的空いた地方の高速道路は自分のペースで走れるので、物理的な距離が多少長くても心理的な疲労感が少ないし、結果的にはカーナビが弾き出した机上の計算より短時間で走れる。

それに復路の外環道は別料金になるため、高速料金はほとんど変わらなかったよ。

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2019/07/02

九州の大雨が心配だ

長野県に出張してきている。仕事の本番は明日で、ちょっと前までは曇りのち雨という予報だったのに、今日になっていい方に変わり、晴れのち曇りとなった。相変わらずの晴れ男で、私の行くところはまず降らない。

190702

そのかわりというか、梅雨前線は九州付近にずっと停滞していて、明日はさらなる大雨になるという予報だ。そこから伸びる前線は本州の太平洋岸にかかるが、陸地には及ばない。まるで私の仕事を円滑にするために、九州に大雨を引き受けてもらっているという構図だ。申し訳ないほどである。

去年の 7月は 「平成 30年 7月豪雨」と名付けられて記憶にも新しいが、近頃は毎年のように梅雨前線が活発になりすぎて各地(とくに西日本)に水害をもたらしている。先日の地震とも合わせて、日本はもう本当に「災害列島」と化してしまったようだ。

九州の大雨が大きな災害につながらないことを祈るばかりである。そして、避難指示が出たら早めに逃げてもらいたい。命あっての物種である。

経験則的に言うと、避難した人の半数以上は結果的には「なんだ、これなら逃げなくても済んだよね」ということになる。それでも「リアルな避難訓練になったよね。いい経験だった」と思う方がいいのだ。

 

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2019/07/01

「お前、臭いんだよ!」で、喫煙者はかなり減るはず

今日、7月 一日から改正健康増進法による喫煙規制が一部施行され、学校、病院、行政機関、児童福祉施設などが「原則敷地内禁煙」になったのだそうだ。「原則」という文字が頭に付いているのは、一定基準を満たせば敷地内に喫煙所を設けることができるかららしい。

190701 

で、この「原則」という余計な一言があるせいで、国の 11省の本庁舎のうち、屋外喫煙所を設けないで正真正銘の「敷地内全面禁煙」となったのは文部科学省と国土交通省の 2省だけで、当の所管官庁である厚労省は「2020年全面禁煙を目指す」なんて寝ぼけたことを言っているらしい。(参照

こんな弱腰規制になってしまうのは、「禁煙は健康のため」という前提にあまり意味がないからである。私は "禁煙を「健康視点」で語るのは不毛だ" という一昨年 4月の記事で、次のように書いている。

まずはっきりさせておこう。私自身は飲食店内禁煙に関して、「健康視点」というまどろっこしい話をキーワードにしていない。早く言えば、「臭くて、おえっとなるから煙草の煙が漂う中には入りたくない」ということに尽きるのである。理屈で「健康に悪い」だのなんだのいうよりも、とにかく、臭くて生理的に耐えられないということが第一なのだ。

当の喫煙者にしても、「煙草が健康に悪いなんて、とっくに承知」で、「自分だけは大丈夫」、あるいは「早死には覚悟の上」みたいな意識で吸っているのである。こうした連中に「健康のために煙草は止めましょう」なんて言ってもあまり効果はない。

私は前々から、「お前、臭いんだよ!」という一言で、喫煙者はかなり減ると思っている。世のオッサン連中は若い連中に「オジさん臭〜い!」なんて言われるせいで「加齢臭」なんてものをやたら気にするくせに、タバコ臭さで嫌われることをあまり気にしていない。それは世の中の連中が遠慮して言わないからである。

はっきり言おう。喫煙者は本当に「臭い」のである。「煙草臭さ」だけではない。喫煙者は体臭そのものがきつくなる傾向があるというのである。"Felice" というサイトに「タバコで体臭がきつくなる!? その原因と対策を徹底分析」というページがあり、次のように触れられている。

タバコで体臭がきつくなる6つの原因

  • 発汗量が増加してしまう
  • 皮脂の酸化
  • 肝臓機能の低下
  • 血行不良
  • 口臭がひどくなる
  • 味覚が鈍くなる

本当に、喫煙者は体臭がきつくなる傾向があるようなのだ。「加齢臭」を気にするくせに、煙草による体臭を気にしないのは、喫煙者の盲点である。このことに気付くだけで、日本の喫煙率はかなり低下すると思うのだよね。

さらに、「早死には覚悟の上」なんて言ってるくせに、本当に健康を害してしまってドクターストップをかけられると、案外素直に禁煙してしまうオッサンが多いのも、「そりゃ、一体どういうことだよ!」と言いたくなる。「本当に覚悟の上」だったら、死ぬまで吸えばいいじゃないか。

私は 7年ちょっと前に、"ドクターストップで禁煙するという、恥ずべきエゴイズム"という記事の中で、次のように書いている。

それまでは、周囲の迷惑も顧みず、平気でスパスパ吸って不愉快な煙を垂れ流しにしておきながら、自分の命が危ないとなると、急に掌を返すように禁煙するというのは、あまりにも自分勝手な恥ずべき姿ではないか。

「そうかい、あんたは周囲の人間の健康はどうでもいいけど、自分の命だけは惜しいのかい」 と、嫌味の一つも言ってやりたくなる。

というわけで、喫煙者は「体臭がキツい上に、基本的に自分勝手なヤツ」と思われるのが関の山なのだから、さっさと禁煙するに越したことはない。

 

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