「高齢化社会」を実感する
昭和 27年(1952年)生まれの私は先月の誕生日で何と 67歳になってしまった。ちょっと前までの感覚ならすっかり「お爺さん」の年で、40年前に死んだ明治生まれの祖父なんか、65歳頃には足腰がめっきり弱ってヨイヨイになり、頭の方も恍惚状態で孫の私の顔さえわからなくなっていた。それと比べたら私なんかまだまだイケる。
そして私より少し上の世代、つまり「団塊の世代」は 1947年〜1949年生まれとされているから、その先頭は今年既に 72歳になったか、なろうとしており、東京オリンピックの翌々年には、「後期高齢者」の範疇に入ってしまう。これを判で押したように「イヤな呼称」と反発する向きが多いが、別にいいじゃないか。「末期高齢者」じゃないんだから。
話を戻すと、上の画像で示されるように日本で最も人口の多い世代が、既に相当な「高齢者」になってしまっているのである。ざっと見ただけで、20〜21歳の連中の倍近くはいるよね。「じいさん/ばあさん」が、若者を数で圧倒しているのだ。すごいなあ。
近所の同世代のオッサンたちもほとんど定年を過ぎてブラブラしており、一様に頭が白くなるか薄くなるかしてしまっている。白髪のない私は妙に若く見えてしまうのだが(参照= 約 2年半前の写真だが、今もほとんど変わらない)、実は似たような年なんだよね。
世間でいう定年の前に独立して「フリーランス」になり、贅沢に好きな仕事だけ選んでこなしているので老け込まないのかもしれない。イヤなことを強いられるか、ヒマ過ぎたりすると老けるのだよ、きっと。
ところで最近、近所の道路のクルマの流れが妙に遅くなったと感じている。私が茨城県に移転してきた 40年前は、クルマの流れの速いのに驚いた。制限速度 40km/h の道路を 60km/h ぐらいで走っていても、後ろからやたら煽られる。その頃の茨城県は交通マナーの乱暴なことで名を馳せていて、巷では「制限速度の倍までは出していい」なんて言われていた。
ところが最近はまるで別の土地を走っているみたいに、クルマの流れが妙に「おとなしい」のである。さしもの茨城県民も、多くが 70歳を過ぎると運転が穏やかになるようなのだ。
団塊の世代がさらに年を取って「免許返上」なんてし始めると、その次に多い世代の「団塊の世代ジュニア」が 還暦前後になる。そうなると、さしもの茨城県民も昔のような乱暴な運転には戻らないのだろうなあ。時代は確実に変わるのである。
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