« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月に作成された投稿

2019/09/30

「広告ダメダメ 3匹」って、「2匹と 1羽」じゃないの?

JARO(日本広告審査機構)の CM に「広告ダメダメ 3匹」というのがある。嘘つき「ウソぴょん」、大げさな「コダイ」、まぎらわしい「まぎらワシ」という3匹の着ぐるみキャラクターが登場するものだ。下の画像をクリックすると動画を見ることができる。

190930

「ウソぴょん」がウサギ、「コダイ」が鯛、「まぎらワシ」が鷲という、要するにダジャレでできたキャラなのだが、これを初めて知った時から気にかかっていることがある。それは「ダメダメ 3匹」じゃなくて、「2匹と 1羽」なんじゃないかということだ。もっとこだわってしまうと「1匹と 1尾と 1羽」になってしまう。

あまりにも了見の狭いこだわりと言われてしまうかもしれないが、「広告ダメダメ 3匹」の CM ならばこそ、いい加減に捨て置くことはできない。これらをまとめて「3匹」と言ってしまうのは、それこそ「まぎらワシ」の領域に入ってしまうのではなかろうか。

さらに言ってしまうと、「コダイ」はどうみても「大鯛」である。まさに「誇大な表現」と言わなければならず、かなり面倒な話になってしまう。

ここは「ダメダメ 3匹」じゃなく、「だめだめトリオ」ぐらいに収めておいた方がよかったんじゃないかなあと思ってしまうのである。

 

| | コメント (7)

2019/09/29

クジラ 1頭に 2億円分の経済効果があるらしい

National Geographic に「クジラ 1頭に 2億円分の経済効果」という見出しの記事がある。一体どういうことかと思ったら、ヒゲクジラやマッコウクジラなどの大型クジラはあの巨大な体内に大量の炭素を固定しており、死んでからまで炭素もろとも沈み、数百年以上にわたって炭素を海底に隔離するのだそうだ。

190929

ということは、2億円かけて二酸化炭素を発生させないための環境設備を作るより、クジラを捕らない政策を進めることの方が地球温暖化を抑制することができるということだ。日本政府の捕鯨解禁は愚策というほかない。

クジラの糞にも温暖化防止効果があるという。海底深くで採餌するクジラは、水面近く海面近くで排せつして、窒素、リン、鉄など大量の栄養物を放出する。これがプランクトンの発生・増殖に寄与し、光合成による CO2 吸収を促進する。この記事は次のように強調する。

現在、地球の海には約 130万頭のクジラが生息している。これを、商業捕鯨が始まる前の推定 400万~500万頭まで回復させられれば、クジラだけで年間約 17億トンの CO2 を回収できる計算になる。ブラジルの 1年間の CO2 排出量を上回る量だ。

大型動物が人類にもたらす生態系サービスは、「すべての生き物に恩恵がある」ということのようだ。我々はこの点を大いに認識すべきだろう。

| | コメント (0)

2019/09/28

「いきいき茨城ゆめ国体」とやらの開会式だったらしい

今朝、水戸方面に用があって常磐高速に乗っかると、いつになく交通量が多い。一体何事かと思ったら、今日が茨城国体の開会式だったのだそうだ。NHK が "令和初の国体 「茨城国体」が開幕" と伝えている。

190928

そういえば「いきいき茨城ゆめ国体」なんて書かれたポスターを見かけたことがあるような気がするが、それが今日からだったとはちっとも知らなかった。それから「このアヤシいヤツ、何者 !?」と思っていた着ぐるみみたいなのが「いばラッキー」という名で、この国体のマスコットキャラクターだったとも、今日初めて知った。

ググって見ると、2年前の正月に「いばらきロボッツ いばラッキー みとちゃんダンス」なんて動画が YouTube に登録されている(右側にいるのが、いばラッキー)。アップしたのは「いきいき茨城ゆめ国体・いきいき茨城ゆめ大会水戸市実行委員会」という組織のようだ。

ところが悲しいことに、この動画は 2年半以上経った今日まで 400回しか試聴されておらず、このダンスが披露された体育館の観客席も淋しい限りの入りである。動画には前年の国体開催県、熊本の「くまもん」も登場するが、「いばラッキー」とではネームバリューに悲しいほどの差がある。

「いばラッキー」は誰がデザインしたのか知らないが、見れば見るほどお世辞にも「できのいいキャラ」とは言えない。申し訳ないが、この国体が終わったらすぐに忘れ去られてしまうだろう。

近年は「国民体育大会」というもののニュースバリューが低下の一途を辿っており、私としては「開催県でしか注目されないんじゃないの?」なんて思っていた。しかしこうした現実を見ると、開催県でも注目されていないのが実情のようだ。

 

| | コメント (2)

2019/09/27

高齢化社会とクルマの流れ

今日は茨城県内でもお馴染みというわけではない古河市方面の一般道を 200km 以上、ある程度時間に追われながら、合計して 4時間以上走った。慣れた道や単純な高速道路なら、8時間でも9時間でも走るが、慣れない一般道は疲れる。

190927

上の写真は、途中でしばらく前を走ったトラックで、「遊佐運輸倉庫」という社名が書いてある。「遊佐」と言えば、私の故郷、山形県酒田市の北隣、「遊佐町」(読みは「ゆざまち」)しか思い当たらないので、信号で停まったときに近付いてナンバープレートを確認すると、果たして「庄内ナンバー」で、ちょっと懐かしくなった。

とはいえ、今回書きたかったのはそんなことではない。茨城県の道路の流れが最近、かなりトロくなっているということだ。4年前に "茨城の 「よがっぺ運転」 というもの" という記事を書いた頃はそれほどは目立たなかったのだが、近頃は道路を走るクルマの平均スピードが目に見えて落ちている。

40年近く前に茨城県に引っ越してきた頃は、この地の運転マナーの荒さに少なからず驚いた。「茨城では制限速度の 2倍までは出していい」なんてことが、まことしやかにいわれていた時代である。ところが最近では、ごくフツーに走っていても流れの遅さに苛立ってしまうことが少なくなくなった。

これは、茨城県内の道路が高齢ドライバーで一杯になってしまったからだろう。今年 8月にも ”「高齢化社会」を実感する” という記事で同様のことについて触れているが、今日という今日は、こちらは結構急いでいたので、「通せんぼ運転」の多さにかなり苛立った。

「通せんぼ運転」というのは、前がガラガラに空いているのに追い越し車線をゆっくり走って、まるで「通せんぼ」をしているみたいに見えるので、こう呼ばれる。一見すると、パレードを率いて走っているようにすら見える。

ようやく左車線に余裕ができて左側から追い抜くと、追い越し車線をゆっくり走っているのはほとんどが高齢者である。女性が多いかと思えばそうではない。男性の方が多いぐらいだ。年を取ってスピード感覚が鈍くなっているのだろう。

私としては、高齢者には大々的に「きちんと意識して左側の走行車線を走りなさい」というキャンペーンをしなければならないと感じている。そうでないと、追い越し車線をノロノロと走り続ける高齢者がますます増えてしまうに違いない。

| | コメント (2)

2019/09/26

「サイゼリヤ」って「さいぜり屋さん」なんでしょ

一応イタリア系っぽいイメージと思われているファミレスの「サイゼリヤ」だが、「あれって『さいぜり屋さん』なんでしょ」とずっと思っていた。自ら "Saizeriya" と完全にローマ字表記してるんだから、イタリア語のはずがない。漢字だと「菜是理屋」ぐらいのところかもしれない。

190926

ところが、改めてこの店名についてググってみると、呆れてしまうほどのこじれようだ。「いい加減にしてくれ」と言いたくなるほどである。

Yahoo! 知恵袋の "「サイゼリヤ」の意味、語源などを知りたい" という質問に対する 「ベストアンサー」は、「イタリア語でくちなしの花という意味でファミレスのサイゼリヤの創業日の 7月 7日の誕生花がくちなしの花だからです」なんてことになっている。だぁからぁ、”Saizeriya” がイタリア語なはずないって言ってるだろうよ。

6日前の "「全身の皮膚を顔にすれば寒くない」という乱暴な発想" という記事でも触れたように、Yahoo! 知恵袋は信用しちゃいけない。「妄言袋」と言った方がいい。

念のため、「クチナシ」のイタリア語は "gardenia" である。さらに呆れたことに「ラテン語で『くちなしの花』のようです」なんて言ってる「ベストアンサー」まであり(参照)、この回答者の名が 「tak******** さん」というのだから、かなりイラッときてしまう。

クチナシは東アジア原産だから、ラテン語成立期にはそれを表す名詞がなかったようで、他のヨーロッパ語もおしなべて新しい言葉の "gardenia" に類似したものとなっている(参照)。ゲルマン語系もラテン語系も共通しているということは、これら 2つの言語圏成立以後に伝わった言葉であることを示唆している。

発音の似た言葉として "Cytherea" というのがあるが、ゼウスの娘で愛と美の女神 「アフロディーテ」(ヴィーナス)の別名とされている。同名のポルノ女優もいるらしいが、それってありがちな話だよね(参照)。なお、英語では "Cecilia" (セシリア)となる。

こうなると公式通りに「サイゼリヤ」を Wikipedia で引いてみるしかあるまいとあたってみると、店名については次のようにある(参照)。

現在の会長である正垣泰彦が、東京理科大学在学中に千葉県市川市八幡にある洋食店「サイゼリヤ」で勤務をしていたところ、経営者からその腕を認められ、大学4年生のときに店を譲り受けた。

つまり、この「サイゼリヤ」という店名は前からあった洋食店の名前をそのまま引き継いだもののようで、その意味や由来については何の説明もない。これに関して「たまのて」というブログには、次のようにある(参照)。

よくわからないので、サイゼリヤに電話してみた。
「クチナシの花のラテン語です。」
「ラテン語辞典に載ってないんですが」
「当社ではそうなっています。」

ひどいもので、はっきり言ってサイゼリヤという企業の信用問題である。というわけで、当初はサイゼリヤ自身もホームページで 「ラテン語で『くちなしの花』の意味」みたいなことを謳っていたらしいが、最近はそれを削除しているようだ。そして「外房Linux生活」というブログにはこのように書いてある(参照)。

埒が明かないので、サイゼリヤのカスタマーサポートに聞いてみた。だが残念ながら、「イタリア古語がラテン語なのかどうか」についても「どういった綴りの単語なのか」「出典は何か」についても分からないという解答だった。

かなりいい加減な話になっている。ということで、やっぱり「あれって(平板アクセントで)『さいぜり屋さん』なんでしょ」で済ませるのが妥当という思いが、ますます深まってしまったというわけだ。

| | コメント (2)

2019/09/25

あおり運転されたくなかったら

「知識連鎖」というサイトに「法定速度遵守で危険な日本 あおり運転される乗り方ベスト3とは?」というまとめ記事がある。この場合「ベスト 3」という言い方にはどうも違和感を覚えるが、「ワースト 3」なんて言ってしまうと炎上しかねないしなあ。

190925

チューリッヒ保険会社の調査では、あおり運転された原因の上位 3つは、「車線変更」「追い越し車線を走り続けた」「法定速度を守って走っていた」というものだそうだ。ちなみに、この「上位 3つ」ぐらいが妥当な表現かもしれない。

「車線変更」というのは、必要な車線変更というのもあるので、この場合は「無闇に頻繁な車線変更」ということなのだろう。まあ、こんなことはしないに限る。

「追い越し車線を走り続けた」というのは、明確な交通違反(参照)で、「追い越し車線をゆっくり走り続ける」なんていうのは、迷惑千万な行為である。私がよく言う「パレードを率いて走る」ってやつで、「通せんぼ走行」とも言うらしい(参照)。あおられるのがイヤなら、走行車線を走ればいいだけのことだ。

ただ、上でリンクした私の今月 15日の記事でも触れているように、問題は「ごくフツーに『通せんぼ走行』してしまうドライバーは、バックミラーもサイドミラーも滅多に見ない人たちだから、自分が迷惑行為をしている自覚がない。当然にもさっさと走行車線に戻るなんて発想もないみたいなのだ。

警察庁のサイトでは、煽り運転されないためには、次の乗り方が推奨されているらしい。

  • 車間距離をとって運転する
  • みだりに車線変更はしない
  • ほかの車の前方に割り込んだり、並走している車に幅寄せしたりしない
  • 2車線以上の場合、一番左の車線を通行する

ただ、「車間距離を取って運転する」というのはいかにも優等生的だが、実際にやるとすぐに無理な割り込みをされてかえって危険だったりする。実際には「ビミョーな車間距離」というのを体得するしかない。

2番目と 3番目は OK だが、最後の 「2車線以上の場合、一番左の車線を通行する」というのは、3車線の高速道路の場合は完全に「絵に描いたモチ」で、真ん中車線がゆっくり行くクルマのせいで一番混雑して、一番左はガラガラの場合がほとんどだ。だから私はいつも、一番左をスイスイと快速運転している。

結局のところ、あおり運転されないためには、追い越し車線は避けて走行車線を走り、1車線しかない場合は、後ろのクルマが急いでいるようだったら、自分は左に寄って停車して、先に行かせてやればいい。これで追い越して行ったクルマが先の方で事故ったりネズミ取りに引っかかったりしても、知ったこっちゃない。

【10月 5日 付記】

本日、この記事にコメントしてくれた ぎぶさんという方のブログの「あおり運転に有効な対策の完全まとめ!これだけは押さえておこう」という記事に、「煽り運転されないために」どうしたらいいのか、そして煽り運転されてしまった時にはどのような対策をすればいいのかが。とても具体的に示されている。

筆者はクルマに関しては専門家ということで、さすがの内容で参考になるので、ご一読をお薦めしたい。

| | コメント (4)

2019/09/24

縦書きを左から右に向かって書く日本人

近所のショッピング・ビルに小学生の「新聞作品」が展示されている。ちょっと見てみると、「新聞」というよりは自分たちの関心のある分野についての「学習結果の発表」みたいなもので、私がイメージする「学級新聞」とはずいぶん違ったコンセプトで作られている。最近の主流って、こんなのかなあ。

1909241

上に表示した『たまご新聞』と『森林新聞』は、これらの中でも出来のいいもので、画像の使い方や文字の配置などが読みやすく工夫されている。このくらいだと、読んだ子どもたちにとってもなかなか「勉強になっちゃう」だろうと思われる。

1909242

一方、こう言っちゃ申し訳ないけど、「いくら何でもひどすぎるんじゃないの?」と言いたくなるような作品もある。とくに上の写真の『サッカー新聞』は、「新聞」という漢字が書けるのだから、少なくとも小学校の 3〜4年生より上の子が作ったんだろうに、縦書きが左から右方向に書かれている。国語の「基本の『き』」がわかっていない。

さらに言えば、字が下手くそな上に行間もほとんど取られていないから、まともには読む気になれない。「人に読んでもらう」ことをほとんど意識せずに書かれた代物だ。

ただ、経験則で言わせてもらうと、縦書きをつい左から右に向かって書いちゃう子というのは、いつの時代にも一定数ながら存在する。学校で国語のノートを書くときにはちゃんと右から書くのに、ふとした拍子に何のてらいもなく左から右に向かって書いてしまうのだ。それで違和感を持たないようなのである。

いや、子どもどころか、下手すると大人にもいないではない。ほんのたまにだが、左から右に向かって見事なほど下手くそな字で書かれた葉書なんてのを受け取ることがある。こういうのって、ほとんど「感覚障害」の産物なんじゃなかろうか。縦書きは右から左に流れるものという感覚が、体に刷り込まれていないのだ。

とは言いながらこの『サッカー新聞』に関しては、書き始めた段階できちんと指導して書き直させれば、こんな不細工なことにはならなかったろう。指導した大人の責任も大きいと言わせてもらう。

【9月 25日 追記】

「縦書きを左から右に書く大人なんているのか?」 と言われそうなので、「日本人なら漢字、日本語できるはず」というブログにあるその証拠写真をご紹介しておく。(画像クリックで元のブログ記事が参照できる)

1909243

 

| | コメント (2)

2019/09/23

「0800」で始まる電話番号に注意

一昨年 11月の記事の「追記」(参照)で書いたように、我が家の固定電話は常時留守電設定にしてある。固定電話にかかってくるのは 99.9% が迷惑電話(アヤシい営業電話か、選挙の投票依頼)でしかないので、まともに応答する意味がない。録音された留守電を再生してもすべて無言で、あっという間に切れる。

190923

ところが昨日の履歴を見ると、「08001234299」という番号からかかってきている。「080」で始まる番号は携帯電話と思っているので、迷惑電話の可能性は低い。誰からかと、自分のスマホに登録されている番号から検索してみたが、該当がない。

ちょっと気にかかったのでこの番号でググってみると、「0800から始まる電話番号は携帯電話の番号ではありません!ご注意を」というページが見つかった。読んでみると、「0800」で始まる番号というのは「080-****-*****」で表示される携帯電話番号ではなく、フリーダイヤルの番号であるらしい。

つまり、あの「0120」から始まる番号と同様だというのだ。普段、電話がかかってきても「0120」から始まる番号が表示されると、どうみても迷惑電話だから、まず応答しない。しかし「0800」からだと、知り合いのケータイからと勘違いしてつい出てしまいがちだ。

どうしてこんなケータイ番号と紛らわしい番号を設定したのかというと、実はケータイの「080」は「090」が一杯になりそうになって後から設定されたもので、フリーダイヤルの「0800」の方が先に存在していたのだそうだ(参照)。いやはや、紛らわしすぎだよね。

いずれにしても、固定電話にかかってくる電話にはまともに出ない方がいいし、ケータイからと勘違いしやすい「0800」には、ことのほか注意する方がいいようだ。

| | コメント (0)

2019/09/22

電子マネーは "Suica" があれば十分だろうよ

近頃話題の「電子マネー」だが、私は "Suica" 一択である。近所のイオン系地元スーパーには "WAON" を使えという広告がやたらと表示されているが、私は 「AEON カード」(この店でしか使わないクレジットカード)を使うことにしているので、余計なものを使う気にはならない。

190922

街を歩くと "Pay Pay" なんてものが、やたら活発にプロモーションされているが、私はこんな 「払え、払え」なんていう名のシステムは使う気にならない。先日 「Yahoo カード」なんてものを押しつけられた際に「ペイペイも使えますので」なんて言われたが、銀行口座の登録すらまだしていない。

私は仕事で日本全国に出張する機会が多いが、今はどこに行っても、鉄道、バス、コンビニ、自販機、その他もろもろ、Suica があれば用が足りるので、財布の中が小銭で一杯になることもなく快適である。Suica が使えない店は、大抵ほかの電子マネーも使えないのだから、いろいろ持つ必要なんてさらさらない。

私はつい最近まで「実は俺、電子マネーってよくわかってないんだよね」なんて言っていたのだが、自分が日頃フルに使いまくっている Suica が実は「最強の電子マネー」なのだと知ってからは、「電子マネーという言葉なんてどうでもいいから、要するに Suica 1枚持ってれば それで十分」と思うようになった。

Suica をさらに使いこなすには「モバイル Suica」にするといい。私は 3年ほど前から iPhone の Suica アプリを使っていて、実際のカードは持ち歩いていない。駅の改札では、iPhone を「ピッ」とタッチすればいい。これ、当初はかなりひどかったが、やがてまともに使えるようになった(参照 1参照 2

これが便利なのは、残高が少なくなったらどこにいても自分のクレジットカードからオンラインでチャージができることだ。駅の券売機やコンビニまで行かなくても済むのだからとても便利である。

中には、せっかく Suica をもちながら電車に乗る時にしか使っていないという人もいる。「モノを買うときには、ちゃんと現金で払いたい」なんて今どきわけのわからない人もいるが、「Suica をしょっちゅう使ってると、すぐに残高不足になっちゃう」なんて言う不満は、モバイル Suica でマメにチャージすれば解消できる。

余計な話になってしまうが、先日街を歩いていたら店先の宣伝用の旗に「ペトペト使えます」とあるので、「何、それ?」と思ってしまった。よく見ると旗が裏返っていて「ペイペイ」が「ペトペト」に錯覚されてしまったのだった。

その前は 「本日 大売り出し中」(「本日」という 2文字のみが横書き)という幟が裏返っていて、「日本 大売り出し中」に見えて驚いてしまったし。

| | コメント (12)

2019/09/21

ラグビーと音痴の関連について

ラグビーのワールドカップが開幕した。私としては、「ラグビーって見てると興奮しすぎて疲れるから、できれば卒業したい」なんて思っていたのだが、始まってみるとついテレビの前でアツくなってしまった。初戦はロシアに勝って万々歳である。

190921

写真は前半 11分に松島が決めた日本の最初のトライ。テレビの液晶画面って、写真に撮るとこんな感じになってしまうのだということを初めて知った。

実は私は決してラグビーの「にわかファン」というわけじゃなく、黄金時代のワセダに長く在籍していたから(何しろ大学院まで行っちゃったもので)、時には秩父宮ラグビー場まで行って観戦するほどだった。実況放送でアナウンサーが説明してくれなくても、少なくとも「今、どういう状況なのか」ぐらいは理解できる。

で、今日はワールドカップ関連ではあるが、ラグビーそのものの話じゃない。試合前の「国歌」に関する話題である。昨日は平原綾香が『君が代』独唱を行った。彼女の低音は独特の迫力があって、とくに最初の「きみがー」の部分はゾクゾクするほどだった。NHK で聞き慣れているバージョンの 4度も下に移調して歌っていたからね。

そして次にロシア国歌の番になり、独唱歌手(ごめん、名前わからない)に合わせて選手やロシア人の観客たちも一緒に歌っていたのだが、これがどういうわけか、音痴揃いなのである。とにかくそれぞれが勝手に音程外れまくりでわめいたりつぶやいたりするだけで、悪いけど聞いていて啞然とするほどだった。

そして申し訳ないけど、「やっぱりロシア人って、歌の下手なのが多いんだ」と再認識してしまったのである。

ここで「再認識」と言うには、それなりのわけがある。20代の頃だから 40年も前の話だが、私の田舎でよく「フォーク・コンサート」なんてものがやられていて、私も帰郷の際には出演して歌ったりしていた。そんな時、地元の酒田港に入港していたロシア船の船員たちも聞きに来ることがあった。

とにかく自由なコンサートだったから、出演者も観客も酒瓶抱えてほろ酔い加減で、「飛び入り」も歓迎である。すると観客の中からロシア人が、「俺にも歌わせろ」と飛び入りすることになる。ロシア語はさっぱりわからないが酒のせいもあり、その場の「ノリ」で、「おぉ、どんどんやってくれ!『カチューシャ』聞かせろ!」とばかりに、ギターを貸してステージに上げる。

そしてロシア人はおもむろにロシアの歌(らしい)を始めるのだが、これが呆れるほど下手というか、もっと言えば「音痴」なのである。ギターもただかき鳴らすだけで、まともには弾けていない。ロシア人仲間の歌もひたすらバラバラで、本来どんなメロディの曲なのかすら想像がつかない。

というわけで、私は自然に「フツーのロシア人って、歌がムチャクチャ下手なのに、なぜか音楽は好きみたいだよね。ロシアのクラシック歌手が見事に朗々と歌うのは、あくまでも特殊ケースなんだろうね」と思うようになった。昨夜は図らずもそれを思い出してしまったのである。

昨日のゲームで日本チームがとくに前半、ボールが手に付かなくてノッコン(正式の日本語では「ノックオン」というみたいだが)しまくりだったのは、あの超絶調子っぱずれの歌をすぐ近くで聴かされて体の中の軸がズレてしまったからに違いないと、勝手に思っている。

そう言えば昔、ワセダの試合を見るために秩父宮に行くと、その前の試合の「東大 vs 立教」の後半なんかに居合わせてしまうことがあった。仕方がないから、お付き合いで観戦してしまう。

こう言っちゃなんだが、この 2校のゲームと言うのは、(当時は)互いに意図もなくハイ・パントを上げては落下地点にわーっと群がり、まともに捕れなくて落としまくるわ、あげくはタッチに蹴り出そうとしても届かないわという「目の腐るような試合」だった。お目当てのワセダの試合を前に、「いざ決戦」の士気が萎えてしまうほどだったのを覚えている。

昨日のロシア国歌を聞いた時の感覚は、どこかあの「萎え感」に似ていると思ってしまった。

| | コメント (4)

2019/09/20

「全身の皮膚を顔にすれば寒くない」という乱暴な発想

季節が巡って、ようやく秋らしくなってきた。下の画像は気象協会のページにあった昨日の気温を示すもの(クリックで拡大表示される)だが、東日本は概ね最高気温が 28℃ 以下で、最低気温は 20℃ を下回っている。西日本はさすがにまだ最高気温が 30℃ 前後だが、沖縄を除けば熱帯夜にはなっていない。

190920

台風 17号が南の暖かい空気を引っ張り込んでしまったら、また暑苦しくなるかもしれないと思っていたが、つくば周辺では明日は最高気温が 20℃ で、最低気温は 16℃ と予測されている。こうなると、夜などはちゃんと毛布を掛けないと寒いぐらいだ。

「寒い」という言葉で妙なことを思い出してしまった。私の母が子どもの頃、つまり戦前の話だが、近所に変わったオジさんがいて、夏は上半身裸、冬でもシャツ 1枚で過ごしていたという。そしていつも「全身の皮膚を顔にしよう」とかなんとか書かれた旗を掲げて歩き回っていたのだそうだ。

なるほど、冬になっても顔は外気に触れたままで大丈夫なのだから、もし全身の皮膚を顔にしてしまうことができたら、冬でもシャツ 1枚で十分すぎるほどだろう。もっともその乱暴な発想に積極的に挑戦してみようとは決して思わないが。

というわけで、「どうして顔の皮膚は寒さを感じないのか」ということを調べようと思い、試しにググってみたのだが、これがまた、結構面倒なことになった。

例えば「Yahoo! 知恵袋」で "寒い冬でもなぜ「顔」だけは寒くないのですか?" という質問へのベストアンサーに選ばれたのが、「マスクをすると体感温度が1℃上がるそうです。寒い日にはマスクをしてみて」というものだ。質問とは全然無関係の話である。こんなものがどうして「ベストアンサー」なんだ。

他にも "寒くても顔が寒くないのはなぜですか?" という質問に「感覚と発熱の問題です。水中では、体温の90%が頭部から奪われます。頭部の防寒は効きますよ」なんていうアサッテの方からの「ベストアンサー」もある。質問の趣旨を勘違いしているとしか思われない。

数少ないまともな解答を探しまわった結果、OKWAVE での「布団から肩が出ていると、とても寒く感じてなかなか寝れないのに肩から上(顔)が出ていても寒く感じないのはなぜですか??」という質問への KGS さんの解答が見つかった。要点をまとめるとこんな具合である。

  • 皮膚には外部からの刺激を感じる痛点、圧点、冷点、温点の4つがセンサーがあるが、各センサーの分布が体の部位によって違う。
  • 冷たさを感じる冷点はクラウゼ小体とも言われ、人間の場合、生命に直接影響のある内臓近くに多く分布している。
  • 顔は内臓から遠く、脳は頭がい骨に守られているため、寒さより熱を警戒しているために、冷点が少ない設定になっている。

なるほど。これは論理的に納得できる。

さらに「素朴な疑問集」というサイトの ごまさばさんからの解答が、「なるほど、それもあるかもね」と思わされる。まとめるとこんな感じだ。

  • 顔同様にいつも外気に晒されている「手」は冷たさを感じる。
  • この違いは、顔は手と比べて「血液の量」が違うからではないか。
  • 脳には大量の血液が循環するから、顔の体温が奪われにくいのではないか。

一応の結果としてまともなのは、この KGS さんと ごまさばさんからの 2つの解答しか見つからなかった。というわけで今のところ、この 2つの合わせ技で納得しようと思っている。

なお、ごまさばさんの解答の上に表示されている mars さんの書き込みは、一見もっともらしいが、基本的なところで「実は顔面は後頸・前腕と並び全身の中で最も『冷点』密度が高い部位の一つだといいます」という記述がまったく事実に反するので、無視! (「ヒトの冷感受性の部位差について」という学術論文参照)

インターネットはこれだから、アブナいところがあるというのだ。

あるいは人間の「暑さ/寒さ」という感覚をさらに深く突き詰めると、単純に気温や湿度と皮膚のセンサーとの関連だけでは済まない「複雑系」の領域になってしまうかもしれない。何しろ「全身の皮膚を顔にすれば寒くない」という乱暴な発想もあるくらいだからね。

 

| | コメント (4)

2019/09/19

台風 17号発生で、連休は大荒れだそうな

昨日、"3連休に「熱帯擾乱」というのが襲来するらしい" と書いた通りの天気図になっていて、今日 15時に南海上にあった熱帯的気圧が台風 17号になったらしい。3連休は日本中で荒れ模様になるという。

190919

昨日の段階では「南海上の低気圧が台風に変わる」とほぼ断定的に報じられていたので、「そんなにはっきり言っちゃって、もし台風にならなかったらどう言い訳するつもりだ?」なんて思っていたが、最近の予報精度はかなり高まっているようで、ちゃんとなってしまった。恐れ入ったことである。

今回の台風は関東を直撃した 15号と違って、対馬海峡を通って日本海に抜けるという予測になっていて、大きさは「大型」、最大瞬間風速は 25m/s と発表されている。大きさとしては小型ながら、その分だけ高密度の大荒れをして最大瞬間風速 50m/s 以上を記録した 15号とはかなり性格が異なるようだ。

とはいえ日本の南岸沿いにある秋雨前線がこの台風で刺激されて大雨になるとして、警戒が呼びかけられている。屋根が飛んだり瓦が飛ばされたりした千葉の人たちは、また雨漏りに悩まされるかもしれない。

実は私は、土曜日には仕事で埼玉県に日帰り出張することになっている。この時点では、台風はまだ沖縄辺りを進んでいるようだから、台風 15号の時のように交通マヒで「帰宅困難」状態になってしまうことはないだろうと、希望的観測をしている。そして日曜と月曜(祝日)は、自宅でおとなしく PC に向かって仕事をしていよう。

それにしても昨日の記事でも触れたが、近頃の天気は極端から極端に振れるので、まったく油断ができない。

| | コメント (0)

2019/09/18

3連休に「熱帯擾乱」というのが襲来するらしい

Yahoo News が 「3連休に熱帯擾乱が襲来? 行動計画は慎重に」という情報を伝えている。「擾乱」は「じょうらん」と読んで、ググって意味を調べると、「《名・ス自他》安寧が破れるほど(多人数が)入り乱れ騒ぐこと。また、(たきつけて)乱し騒がすこと」と出てくる (参照)。

190918

ただ、これを気象用語として捉えると、次のようになる。(参照

地球の大気圏では自転などの影響で常に対流が起こっている。その中でも、普通の動きとは違い、時間とともに刻々と変化する比較的小さな乱れが常に発生している。このように大気が乱れる現象を気象学では擾乱(じょうらん、disturbance)と呼んでいる。気象学における擾乱であることを明確にするため、気象擾乱と呼ぶこともある。

なるほど、気象学では「大気の乱れる現象」のことなのね。「熱帯擾乱」と言うと、台風か熱帯低気圧のことと捉えればよさそうだ。今回、沖縄の沖縄の南海上で発生した熱帯低気圧は、先週ずっと台風 16号になると予想されていたものが一旦衰弱し、その中心がはっきりしない低圧部となっていたものが、再び復活したものらしい。

この熱帯低気圧は、土曜日から日曜日にかけて沖縄付近を通過したあと、月曜日から火曜日にかけて、本州付近を北上するだろうと計算されている。ウエザーマップによるアンサンブル予報の天気図(上図、クリックで拡大される)をみるともろに本州を縦断して、首都圏にも影響しそうだ。

先日にやたらと強い台風 15号の直撃を受けた関東に住む身としては、次はお手柔らかに願いたいところである。

| | コメント (0)

2019/09/17

"MEGANE" という名のクルマ

今日、ショッピングセンターの駐車場で、"MEGANE" という名のクルマを見つけて、「はぁ、『メガネ』なんて名前のクルマがあったの?」と驚いてしまった。ググってみると、これは「メガネ」ではなく「メガーヌ」というふうに読むらしく、フランスのルノーの車である。

190917

MEGANE って、初めて聞く名前である。どういう意味なのか調べてみると、とくに意味のない造語で、音声的に力強さ、安定感、高級感を感じさせるのだそうだ(参照

お値段が気になってしまうが、ルノーのサイトで調べると、1.6L の GT が 3,399,000円、Sports Tourer GT が 3,599,000円、1.2L の GT-Line が 2,690,000円とある。もろに高いというわけでもないが、決して安い値段でもない。はっきり言って、私なら決して買わない。

ただ、ベンツや BMW などの「いかにも高級外車」というイメージでもなく、「ちょっとオシャレっぽい」感じのフツーのクルマというのが「ウリ」なのだろう。それなら日本車でもいいのがあるじゃないかということにもなりそうだが、この「フランスっぽい感じ」というのがいいのだろうね。

確かに、私がフランスに住むフランス人だったら、これを選ぶかも知れない。なるほどね。

| | コメント (2)

2019/09/16

「暑さ寒さも彼岸まで」というが

気象庁が一昨日の 14日の記事で「暑さ寒さも彼岸まで」として、日本は 17日から秋の空気に覆われると告げている(参照)。ところが実際のところ、17日の関東は最高気温が 29℃とか 30℃ に達してしまうところが多いようだ。

190916

このページの画像をみると、17日からやってくる「秋の空気」は北海道や東北、山陰などの日本海側にかかってくる程度で、関東はまだ「夏の空気」の勢力範囲にあるようなのである。それで明日は暑くなるというわけだ。

週間予報では、つくば周辺は明後日以後は最高気温が 25℃ 以下の日が多くなるようだが、それでも 23日と 28日は 28℃ まで上がると表示されている。なかなか油断がならない。28℃ なんていったら、一昔前までの常識では真夏の気温だよね。

いずれにしても 10月になれば本格的な秋になるだろうが、最近は春と秋が極端に短い傾向がある。11月になったらいきなり冬になるかもしれず、何があっても驚かない心の準備をしておかなければならない。

| | コメント (0)

2019/09/15

「あおり運転」と「通せんぼ走行」の相克

最近何かと話題の「あおり運転」の問題では、こう言っちゃ申し訳ないが、公平に見れば「あおる方が完全に一方的に悪い」ということはそれほど多くないと思っている。フツーにクルマを運転していれば、あおり運転というのを結構よく目撃するが、その多くは、あおられているクルマが 追い越し車線をのんびり走り続けているというケースなのだ。

190915

そりゃ、完全に「あいつ、頭がおかしいな」と思ってしまうような無謀なあおり運転をするクルマもないではないが、それはレア・ケースだ。圧倒的多くは、追い越し車線を走るクルマが、その前がガラガラに空いているにも関わらず、隣の走行車線と変わらない(あるいはそれより遅いぐらいの)スピードで、あたかも「悠々とパレードを率いて走ってる」みたいな状況の時だ。

そんな時、先を急いでいるクルマはイラついて、前をゆっくり走るクルマになんとかどいてもらおうとするのだが、いかんせん、なかなかどいてもらえない。そうなると、気の荒いドライバーはついあおってしまいがちだ。

「くるまのニュース」というサイトの、昨年 3月 27日付の国沢光宏氏の記事に "なぜ多い? 煽り運転のきっかけ「通せんぼ走行」 高速追い越し車線で法定速度走行はNG?" というのがある。この記事では、SA や PA で休憩中のドライバーにアンケートを採ったところ、「法定速度を維持していれば追い越し車線を走ってもいいだろう。抜く方が速度違反だ。譲る必要は全く無い」という回答が多くあったとしている。

しかしこれはまったくの思い違いで、「法定速度であっても追い越し車線を走り続けるのは明確な道交法違反(道路交通法 20条 1項)」と指摘されている。要するに、道路は左側の「走行車線」を走るのが基本で、不必要に追い越し車線を走り続けるのは道交法違反なのだ。国沢氏はこの「追い越し車線を走り続ける行為」を「通せんぼ走行」と言っている。言い得て妙だよね。

問題は「自分が通せんぼ走行をしている」なんてことをまったく意識していないドライバーが少なくなく、追い越し車線をのんびりと走って煽られたりすると、一方的に被害者意識をもってしまうということだ。ゆったりと走るのが好きなら、素直に左側の走行車線を走るべきなのである。

ただ、ごくフツーに「通せんぼ走行」してしまうドライバーは、バックミラーもサイドミラーも滅多に見ない人たちだから、いくら後ろから煽られても全然気付かない。彼らは何があろうと追い越し車線を悠然と走り続ける DNA を持っちゃってるみたいなのだ。

いくら啓蒙活動しても、そのメッセージは届かないのだよ。彼らには。だから、もはや諦めるしかない。世の中ってそういうものだ。

実際に「バックミラーなんて見たことない」と言ってる女性ドライバーを知ってるしね。要するに「あおり運転」をするドライバーというのは、結局のところまったく意味のない危険運転をしているだけということになってしまうのだ。

私は自分の「本宅サイト」と位置付けている「庄内拓明の知のヴァーリトゥード」というサイトに、14年も前に "高速道路と 「キープレフト」 あるいは「高速道路のパラドックス」" という記事を書いている。結論から言うと、3車線ある高速道路では、一番左側の走行車線がガラガラに空いている場合がほとんどなので、そこを走るのが一番早いのである。

上のリンクをクリックしてページに飛んでみると、3車線のうち右側 2車線がぎっしり混んでいるのに、左側がガラガラに空いているという写真を見ることができるが、その中の極めつけの 1枚を下に再掲しておく。まさかと思われるかもしれないが、実はこれが日常茶飯事の状況なのだ。

Highway4

だから私は、3車線のうち 右側 2車線がマナー知らずのドライバーの「通せんぼ走行」で混んでいても、ガラガラの左車線を通って団子状態のパレードを一気に抜けてしまうことにしている、そんなわけで「やっぱり煽り運転なんてしちゃいけないよね」と、あっけらかんと思ってしまうのだよね。

 

| | コメント (0)

2019/09/14

台風以後、ウシガエルの声が聞こえなくなってしまった

一昨年の 6月 17日に 「ウシガエルの鳴く日」という記事をアップした。我が家の裏手の土手にはウシガエルが数匹棲み着いているらしく、いつも昼となく夜となく、盛大な声で鳴いていたのである。その声は動画に収めて YouTube にアップしておいたので、下の画像のクリックでリンク先に飛び、声が聞ける。

1909141

その鳴き声はもう、あまりにも馴染みになってしまっているので、普段はあまり気にならない。しかし我が家の娘が久しぶりに帰ってきて泊まると、「この家に住んでいたときは当たり前の声だったのに、久しぶりで寝ている時に聞くと恐ろしくなっちゃう」というほどの大音響だ。

ところがそのウシガエルの声が、先日の今週の月曜日の台風 15号襲来以後、ぱったりと聞こえなくなってしまったのである。冬眠しているらしい真冬を除いて毎日毎晩お馴染みになっていたあの大音響が聞こえないというのは、何となく淋しい気がしてしまう。

一体どうしてしまったのだろう。9日付の記事で、台風が過ぎ去る前の夜明け頃から野鳥が鳴き始めたことで、「野生の強さに学びたい」なんて書いたが、実際には野鳥の世界も大変だったのだと、のうさぎ星人さんのコメントで知った。読売新聞が「台風影響か野鳥死骸 3000羽 スズメやムクドリ さいたまなど 11市町」と伝えている。

とすると、我が家の裏手に住んでいたウシガエルも、強風で吹き飛ばされ、増水した流れに呑まれてどこか下流に押し流されてしまったのだろうか。何しろカエルのことだから、よもや溺死なんてことはないと思うのだが、小貝川の本流の辺りまで流されてしまっていたら、生育環境のあまりの変化に大変な思いをしているだろう。

そんなことを考えると、長年馴染んできた鳴き声の主だけにちょっと心配な気がしてしまうのである。我が家の裏手に、再びウシガエルが戻ってくるのは何年先になるのだろうか。それまでは、妙に静かな夜を過ごさなければならない。

| | コメント (2)

2019/09/13

Windows 7 のサポート終了が迫って

最近、関係先のあちこちのオフィスで、デスクの上の PC が次々と新しくなっている。それまで使っていた Windows 7 のサポートが間もなく終了するので、古いマシンごと入れ替えているのだろう。

190913

Mac ユーザーになって久しい私には遠い世界のお話のように感じられるが、今年 6月 20日に書いたように(参照)Windows 7 のサポートは来年の 1月までとなっている。その後に出た OS の Windows 8 は2023年 1月までサポートされるようだが、あちこちでどっと PC の入れ替えが進んでいるのをみると、Windows 8 がいかに売れなかったかがわかる。

上述の 6月の記事で触れたように、かくいう私も MS の OS に関しては MS-DOS (もう知ってる人は少ないんじゃなかろうか)時代からのユーザーで、Windows 7 までは全てのバージョンを使っている。何しろ Windows NT なんていうマイナーなものまで使っていたのだから、いわば筋金入りだ。

その私が Windows 8 なんていう OS のマシンを店頭で触ってみて、「こんなわけのわからない、気持ちの悪い OS を使うのはご免だ」と、Mac に乗り換えたのだから、Windows 7 を使い続けたユーザーの気持ちはよくわかる。私としても使いやすい OS という印象があるからね。ただ Mac に乗り換えた根本的な理由は、前々から「自分は Mac ユーザーであるべきだった」と思ってきたからなのだが。

ちなみに近々 Windows 10 に乗り換えたとしても、MS の今後のサポート・スケジュールをみると、そのサポートは 2025年 10月で終了することになっている。つまり、たった 5年しか使えないわけだ。私が Mac に乗り換えたのは 2014年 1月だから、既に 5年半以上使っている。

しかもこの Mac はまだまだバリバリで寿命が尽きてしまいそうな気配はなく、これから先もしっかり使い続けられそうだ。そういえば私は 3年前の 11月 11日の記事で、"「Mac で仕事すれば、Windows より安くつく」 と、まさかの IBM が絶賛" という GIZMODE の情報を紹介している。こんな話だ。

4年間トータルで考えるならば、Windowsマシンを導入したときと比較して、Mac 1台につき最低でも 265ドル(約2万7500円)、モデルによっては最高 535ドル(約5万5000円)もの節約になると、IBMでは試算されている。初期導入費用こそ Windows マシンのほうが安いものの、導入後の値打ちは Mac が勝る。

つまり、トータルに考えると Mac の方がランニング・コストが安いのだ。5年使い続けてみて、それがよくわかった。なにしろ私はホーム・オフィスのハードユーザーなので、職場と自宅の別なく一日中同じ PC を使いっぱなしのためか、5年間ハード的な問題がなく使い続けられた PC は、今回の Mac が初めてなのである。

ただ、ライトユーザーでネット接続しないと割り切ってしまうと、Windows のサポート終了なんてどうでもいいという見方もできる。私の知り合いに、今でも Windows Vista マシンを使い続けているという猛者がいるのだ。

彼はこのマシンを完全にネットから切り離してスタンドアロンで使っているのだという。つまり「ドメスティックなファイル作成とデータ整理だけ」に用途を限定しているのだそうだ。インターネットにはスマホを使っているので不便はないという。彼とはフツーにメールで連絡を取り合っているのだが、そうか、スマホでやってたのか。知らなかった。

フツーに PC を使って仕事をしているとなかなかできるものではないが、こうしたやり方もあるのだと、ちょっと感動してしまったよ。

| | コメント (2)

2019/09/12

29℃ で爽やかに感じてしまう今日この頃

今日はここしばらくなかったほどしのぎやすい。何日ぶりだかほとんど忘れてしまったほどの爽やかさだ。190912

WeaterNews の情報によると、今日の当地の最高気温は 29℃ だそうだ。ここしばらく 34〜36℃ で、しかも高湿度の日が珍しくなかったので、ことさら爽やかに感じてしまう。

ただ、29℃ というのは 10年ぐらい前までの常識では、真夏日一歩手前で十分「暑い」と言える気温だった。それがこんなにまで心地よく感じてしまうのだから、体がよほど異常な蒸し暑さに慣れてしまっているのだろう。嬉しいような悲しいような話である。

日本の夏の気温は、前世紀末頃に比べると目に見えて上昇してしまったように思う。気象庁のサイトで「東京の日平均気温の月平均値(℃)」というページを見ると、私が大学に入って上京した 1971年からの 10年間の 8月の平均気温は、26.7、26.6、28.5、27.1、27.3、25.1、25.0、28.9、27.4、23.4(いずれも ℃)だった。

年によって結構隔たりがあり、冷夏といわれた 1976年の 8月の平均気温は 25.1℃、さらに 77年は 25.0℃、1980年は 23.4℃ でしかないが、73年と 78年は、それぞれ 28.5℃ と 28.9℃ の猛暑になっている。

78年の 8月 3日は私の生まれた酒田市で 40.1℃ を記録した。この日、私は南アルプスの標高 3000m 近い稜線で雨に降られ、テントの中で停滞しながらラジオでこのニュースを聞き、仰天したのを記憶している。ただいずれにしても、71年からの 10年間では、猛暑が 2回、冷夏が 3回だったわけだ。

そして 2010年から今年までの 10年間の 8月の平均気温をみると、29.6、27.5、29.1、29.2、27.7、26.7、27.1、26.4、28.1、28.4(いずれも ℃)だった。

月の平均気温が 29℃を上回った年が、71年から 80年までは 1度もなかったが、2010年代は 3度もあり、去年と今年は 2年連続して 28℃台ととなっている。この事実からも「近頃暑くなったよね」という印象は、気のせいだけではないとわかる。「温暖化」は事実なのだ。

救いだったのは、東日本大震災のあった 2011年の 8月の平均気温が、27.5℃と、28℃を越えなかったことだ。この年の夏、「原発停止による電力危機」なんてことが言われていたので、私は「それなら、エアコンなんて使わんわ!」とばかり、エアコンの電源プラグを抜いたまま過ごした。気付いてみれば、なんとかそれでしのげたのである。(参照

ところが、去年と今年はラジオの「熱中症には十分ご注意ください。無理をしないでください。エアコンの使用をためらわないでください」」という呼びかけに、「はいはい、ためらいません」と素直に応じて、エアコンを使っている。使わなかったら本当に体を壊してしまう。

年によって変動はあるのだろうが、このまま徐々に温暖化が進んだら、8月の平均気温が 30℃ なんてことにもなりかねない。そうなったら特別の対策をしなければ外を歩けなくなるだろう。

| | コメント (0)

2019/09/11

夏場のコンビニおでん

Livedoor NEWS が "夏場のおでん「売れず赤字に」 セブンオーナー悲鳴" というニュースを伝えている。売れ残ったおでんを大量廃棄しているというのは、聞き捨てならない。

190911

実は今日セブンイレブンで買い物した際に、レジにおでん売り場があるのに気付き、「このクソ暑いのに、おでん売ってるのか!」と驚いたばかりなので、この記事が妙に印象に残ってしまった。涼しい店内で見ればまんざらそそられないこともないが、買ったおでんを持って暑い外に出ることまで考えると、堪ったものじゃない。

おでんという商品は品揃えが勝負なので、確かに暑い夏では売れ残りばかりになるだろう。大量廃棄されるとなると、単に経済的損失ばかりでなく「世界には飢えている人が大勢いるのに、もったいない」と、モラル的な罪悪感まで生じてしまう。

個人的には、おでんというのは「季節商品」という範疇に入るものだろうと思う。夏場に売らなくても文句は言われまい。こんな猛暑の最中にまでおでんの販売を強要するセブンイレブン本部の連中というのは、冷房の効いたオフィス内の感覚しかないのだろう。「季節感」という当たり前の感覚が消滅しているのだ。

「いや、俺はおでんが大好きだから、夏だろうがなんだろうが食べたいぞ!」という消費者もいなくはないので、無視できないという指摘もあるだろう。しかしそれだったら、エアコンの効いた自宅で作って食べればいいだけのことだ。何から何までコンビニに依存することはない。

| | コメント (4)

2019/09/10

台風一過の関東は、大混乱

昨日の台風の話の続編である。関東というのは台風に関してかなり「ウブ」な地域であると実感した。確かに台風 15号は記録的な強い台風だったらしいが、それに対する関東の人たちの「備え」が甚だ心許ないものだったというのは否めないだろう。

190910

このブログでも、我が家の庭の洗濯物干しが倒れてしまったことに触れたが、それに対する basara さんのコメントには恐れ入った。こんな書き込みである。

台風の前に洗濯物干しは倒しておくのが常識です。台風常襲県ではね。台座のコンクリが割れたりします。

いやはや、台風常習県での常識が、ここ茨城県では「ちっとも知らなかった」という部類のものだったのである。お恥ずかしい限りだ。台座が割れなかっただけ不幸中の幸いだったのだろう。さらに近所では「軒下の簾が壊れた」だの「鉢植えの花が倒れて全滅」だの、ちょっと気をつけていれば防げたはずの被害が続出している。

それでもここ、つくば周辺は停電にも断水にもならなかったので、まだ救われる。台風の中心が通った千葉周辺では停電が続出して、まだ復旧していない地域があるらしい。

妻の友人の千葉の房総半島にある実家が、停電で連絡が取れない状態になっているという。なんでも、ケータイで「ベランダが落ちて駐車場が壊れた」と聞いた直後に通話不能の状態になり、その後の様子は全然わからないのだそうだ。それでもこの混乱の中、クルマで様子を見に行くわけにもいかず、本当に心配しているようなのだ。

FNN PRIME も【台風で“大停電”の千葉を猛暑が襲う!「エアコンが使えない」生活直撃で住民からは悲鳴】というニュースで、千葉県では台風一過の猛暑の中、停電でエアコンが使えないだけでなく、クルマのガソリン切れ、ケータイのバッテリー切れで大混乱になっていると報じている。

大型台風が来る前に、ガソリンを満タンにしておくことや飲み水の確保、さらにケータイのスペアバッテリーを満充電にしておくことなどは、ちょっと考えればわかることだが、多くの市民はそれをしていなかったらしい。そのため、停電を免れた君津市役所では押し寄せた市民のケータイ充電への対応で電力不足が危ぶまれる事態になったという。

それにしても昨日の午前中は交通機関がまともに動かないのがわかっていたにも関わらず、大勢の通勤客が駅に押し寄せて押し合いへし合いの大混乱になったという。私は「こんな日に無理して会社に辿り着いても、仕事になんかならないだろうよ」と言いたくなった。

「社畜」にもほどがある。まったくいろいろなことを考えさせられたよね。

【22:00 追記】

ちなみに我が家の周辺は日中は晴れて猛暑になったが、夜の 9時頃から雷鳴が轟きわたり、大雨が降っている。本当に極端な天気だ。

| | コメント (0)

2019/09/09

台風 15号報告 — 野生の強さに学びたい

ええと、昨日付で "明日は台風 15号で「大雨・風 のち 猛暑」なんだそうだ" なんて記事を書いた手前、一応その報告をしておかなければならないだろう。

1909091

実のところ、日付が変わる頃までは別に強風も吹かず、昨日付の和歌ログにも書いたように裏の川にも波一つなくて、「本当に台風なんて来るのか?」と言いたくなるほどだった。寝る前の午前 1時前頃に、少しだけ風の音が強くなり始めたという印象がある程度である。

ところが午前 4時前に、あまりの風の音に目が覚めた。強風で雨戸がガタガタいっている。時折「ゴウッ」と風の音が強まるのだが、そうするうちに「ゴウッ」というのがひっきりなしになり、常に「ゴウゴウ」という状態で切れ間がなくなった。

それだけならまだいい。「ゴウゴウ」の最中に時折混じる、さらに大きな「ゴ〜〜〜ゥッ」という音と共に、雨戸だけではなく家全体が揺れるのである。そしてそのうちに、常に揺れっぱなしになった。

さすがにこれでは不安になる。iPhone の weathernews アプリをみると、「台風 15号が 午後 4時前に千葉市に上陸」という文字が目に飛び込んできた。上の画像はそのニュースに付いていた「雨雲レーダー」の図である。東京、茨城県南部、房総半島が真っ赤っかだ。

まさに、これまでの人生で未体験ゾーンの強風である。停電になっていないのが不幸中の幸いだが、ここまで来ると何が起きても不思議じゃない。正直言って結構不安になる。ただひたすら台風のピークが過ぎ去ってくれるのを待つばかりだ。

日が昇ったらしく外がやや明るくなって、午前 6時頃になると、少しだけ風の音が弱まり、家の揺れもなくなった。7時頃に雨戸を開けて外を見ると、いろいろなものが飛び散っている。

Img_9557

まず、上の写真のように庭の洗濯物干しが倒れている。こんなスリムな構造で風をはらむ部分のないモノが、どうやったらこんなに派手に倒れるんだ?

さらに妻の原チャリのカバーがぶっ飛んでいる。しっかりとフックで留めていたはずなのだが、どこを探しても見当たらない。構造上、風をはらんで遙か彼方のどこかに飛び去ったものらしい。まさに「風と共に去りぬ」である。

それだけじゃない。屋外設備のいろいろなものが破損してしまっている。これって保険が下りるのかしらん。下りなかったらかなりの損害だよ、まったく。

それにしても驚いたのは、日が昇って少し明るくなると、あの強風の中で鳥たちがチュンチュン鳴き始めたことである。めげない連中だ。

昔、猫を飼っていた頃は、ちょっと強風が吹いてゴウゴウいう音が聞こえると、怯えてすり寄ってきたまま動かなくなってしまうのだった。飼い猫というのは日頃はツンツンしていても、いざとなるとだらしがない。それと比べると、野生というのは強いものである。心の底から「この強さに学びたい」と思ってしまったよ。

そして昼前からカンカン照りになり、ものすごい蒸し暑さになってしまった。本当に極端な天気である。

| | コメント (8)

2019/09/08

明日は台風 15号で「大雨・風 のち 猛暑」なんだそうだ

台風 15号が関東を直撃すると言われていた割には、天気がおとなしいなと軽く考えていたところ、19時 28分の tenki.jp 情報を見て驚いた。「台風15号記録的な暴風のおそれ 暴風や停電に備えて」という見出しで、進路予測ではなんと、つくば直撃ではないか。

1909081

今日の日中は時折ざっと雨が降ったりするものの基本的には晴れ基調で、青空もきれいに望まれた。「本当に台風なんて来るのかなあ」と思うぐらいで、呑気に土手の草刈りなんかをしていたのである。ただ、いかにも台風が連れてきたと思われる生暖かい空気で、明るいうちに 2度もシャワーを浴びるほどの汗はかいていたのだが。

そしてそのまま安らかに眠ろうと思っていた矢先に、つくば直撃という台風情報を見て、軒下の簾が風に吹き飛んでしまわないように慌てて外したり、雨戸を閉めたりしたところだ。念のために iPhone アプリの weathernews も見てみると、こんな具合である。

1909082

明日 9日の天気は「大雨・風 のち 猛暑」なんだそうで、「なんじゃ、こりゃあ!?」ってなものだ。何しろアイコンの色具合が通常の水色とオレンジ色を通り越して、濃紺に真っ赤っかである。「近頃、天気が極端」というのはこのブログでも何度も書いた話だが、まさに「最上級の極端」とも言える予報である。

とにもかくにも、「数十年に 1度の大雨」なんてのが年に 2度も 3度も降る時代になってしまったのである。これもまた、CO2 濃度の高まりによる地球温暖化が影響しているというのだから、地球という星もかなりヤキが回ってきてしまったようだ。

| | コメント (0)

2019/09/07

「モノ」を持つことの負担

5年前の 10月に 「父の物欲」という記事を書いている。こうした書き出しだと、父は物欲の強い人だったと思われるかもしれないが、その逆で、本当に「モノ」を持ちたくない人だった。

190907

誕生日などでプレゼントを贈る際に、何か欲しいものがあるかと聞くと、晩年は「くれるなら、食べ物にしてくれないか。食べ物なら、口に入ったら消えてなくなる」と言い出した。身の回りに余計なものを置くことを、よほど負担に思ってしまう性分だったのだろう。

それで「フルーツギフト・セット」みたいな物を送ったりすると、もらった手前、嬉しそうにするのだが、ご大層なものを食べることすら面倒に思ったりしているフシがあった。妹などは「何がいいかと聞くと、『食ったらなくなるもの』なんて言うんだから、愛想がないよね」なんて言っていたが、私も最近、さすがに父の血を引いているだけあって、「もらうなら、食ったらなくなるものがいい」と心から思い始めた。

何しろ私ももう 67歳である。まだまだ元気で、ちょっとやそっとでは死にそうにないが、これから先は年齢の半分も生きられないだろう。ということは、人生は逆算した方が早いということだ。

これまでの人生で使い切れないほどのモノを身の回りに所有してしまったのだから、あとは減らしていくほかない。これ以上モノを増やすなんて、とんでもないことだ。

というわけで、昨日の記事の「5年ぶりにデジカメを買った」なんていうのは、いくら仕事のためとはいえ実は「痛恨事」なのである。だからこれまで持っていた小さめのデジカメは、どうせ使うこともないのだから、処分しなければならない。1つ増やしたら、2つ以上減らさなければならないのである。

ということは、これまでのカメラは誰かにあげてしまおうと思っている。とはいえ、もらうことを負担に思わない人を選ばなければならないが。

| | コメント (2)

2019/09/06

5年ぶりにデジカメを買った

ほぼ 5年ぶりにデジカメを買った。Nikon の "COOLPIX B500" というモデルで、下の写真のように一見すると小型のミラーレス一眼レフと見紛うような、気軽に持ち運ぶには不便なデザインである。

190906

これまで持っていたのは Nikon の ”COOLPIX S9700” というとてもコンパクトなデジカメで、今年の 6月 25日の記事でも書いたように、性能にはまったく不満がないのだが、最近では写真はもっぱら iPhone で撮るようになってしまったので、「宝の持ち腐れ」状態になっている。それなのに、なにゆえさらにこんな持ち運びに不便な代物を買ったのかと言えば、ひたすら仕事のためである。

これまではいろいろな媒体の記事を作成する際に、写真は専門のカメラマン(正しくは「フォトグラファー」というのかな)に依頼することが多かった。ところが近頃は世の中が世知辛くなったせいで、経費削減のためにカメラマンを使うのは極力控えろという圧力が強まってきたのである。つまり自分で撮るしかないケースが増えているのだ。

写真を撮ることに関しては、15年も前から自前の写真を「和歌ログ」に掲載し続けていて、今ではこの ”Today's Crack” も写真入りにしているので、毎日最低 2枚は人目に晒す写真を撮り続けている。ということは決して「ど素人」じゃないから、「プロ並み」とはいかないまでも、まんざら捨てたものじゃない程度の写真は撮れる。

ただ仕事の上では、いつものように iPhone でパシャっというわけにはいかない。いや、最近の iPhone のカメラ機能は優秀だから、風景を撮るだけならあまり問題ない。しかし人物を撮るとなると話は別だ。

「あの人、スマホなんかで気軽に撮ってるけど、あんなので本当に大丈夫なのかなあ? もしかしたら、軽く見られちゃってるのかな?」なんて思われかねない。つまり撮る相手に配慮すると、ある程度の「もっともらしさ」が必要になってしまうのだ。

つまり、今回購入した "COOLPIX B500" は、最低限の「もっともらしさ」という「気分」を演出するためのものなのである。そのために、持ち運びのしやすさは犠牲になってしまっている。レンズ・キャップも、手でパチッとはめこむタイプだし。

ちなみに買ってみて初めて知ったのだが、最近のデジカメは専用アプリによって、撮った画像を自動でスマホに送ることが可能になっているのだね。Nicon の場合も "SnapBridge" というアプリを介してカメラとスマホをペアリングし、データの取り込みを楽にすることが可能だ。

私の場合で言えば、B500 で撮った画像データは自動で iPhone に送られ、それはさらに iCloud で自動的に Mac にも送られているということだ。SIM カードを抜いた差したりしないので、本当に面倒がない。

世の中いつの間にか進んでしまっていて、まったく油断がならない。

 

| | コメント (2)

2019/09/05

「交通安全指導車」というもの

「交通安全指導車」というものがあることを、この年になって初めて知った。上が白、下が黒のツートンカラーで、屋根の上に何やら回転灯みたいなものが付いているのでパトカーと紛らわしいが、ググってみたところ警察車両ではないらしい。

1909051

今日、近くのショッピングセンターで買い物をした帰りに、結構長めの地下道を通っていると、前方にパトカーのようなクルマが、その前のクルマをあおるように車間距離を詰めて走っているのが見えた。しかもあおられている方のクルマはちゃんと規定通りにライトを点けていてるのに、パトカーのようなクルマは無灯火なので暗い地下道では見えにくい。

「なんだ、ありゃ? ずいぶん危険走行するパトカーだなあ」と思っていると、地下道の出口に近付いた辺りで急に気付いたものか、車間距離が開いて後ろの赤いランプが点灯された。ところが一度点灯してしまうと、今度は地下道を出ても消すのを忘れてしまったらしく、真昼の明るい道路を延々と点灯したままで走っている。

上の写真がそれだ。昼に点灯したまま走行してはならないという法規はないから問題はないわけだが、「お間抜けだなあ」という印象は拭えない。

リアに「ドライブレコーダー作動中」というステッカーがあるので、後ろで写真を撮っている私の姿も映ってしまったかもしれない。もしそれで咎められたら、ここにバックナンバーのボカシなしの写真入りで「地下道で無灯火のあおり運転をしていたパトカー」と掲載して逆襲するつもりでいた。幸いにもそんなことにはならずに済んだけどね。

そしてしばらく行って、そのクルマが右折車線に入ったところでサイドに「交通安全指導車」と書いてあるのが見えた。「お間抜け」には変わりないが、パトカーではなかったというわけだ。そう言われてみれば、屋根の上の回転灯が赤じゃなく青だしね。

この「交通安全指導車」というのは、地方自治体の管轄であることが多く、権限はあくまでも「交通安全の指導」であり、パトカーのように反則切符を切ったりすることはできないようだ。それも道理、こんなにお間抜けな運転をするクルマに乗っている人に「あなた、交通違反ですよ」なんて止められたりしたくない。

ググってみたところ「交通安全指導車」というのは、その名に似合わず案外勝手な運転をしているケースが多くて、しかもちゃんと「交通安全指導」なんてことをしているのが確認されたという記述は驚くほど少ない。単にパトカーと勘違いさせるためにのみ走っているもののようなのである。

まあ、勝手に勘違いしたドライバーが速度を落としたりするので、危険運転の減少にはつながるだろうが、自分が煽り運転や地下道での無灯火運転をしていたら、本末転倒だよね。

 

| | コメント (2)

2019/09/04

「ペスカテリアン」という言葉を広めたい

先月 17日に 「肉食を避けるライフスタイル」という記事の中で、「ペスカテリアン」という耳慣れない言葉を使った。広義の「ベジタリアン」に含まれる概念だが、卵や牛乳などに至るまで動物性の食品を完全に避ける「ヴィーガン」との違いは、「魚介系は食べる」ということである。

190904

ところがこの言葉は、日本に入ってきてから間もないため、未だにカタカナ表記すら定まっていない。ググってみると、「ペスカタリアン」「ペスクタリアン」「ペスクトリアン」など、いろいろな表記がみられる。

ただ私としては「ペスカテリアン」と表記するのがしっくりくるので、そうしている。発音しやすいし、実際の英語の発音にも一番近い。ネット上の英語辞書で引いても上図で示したように、カタカナでは「ペスカテリアン」「ペスカテアリアン」に置き換えるのが自然な発音が示されている。

「ペスカタリアン」は、英語のスペルをそのままローマ字読みしたものだろうが、実際の発音からして違和感があるし、「ペスカテアリアン」はちょっとクドいかもしれないので「ペスカテリアン」が妥当だろう。

英語辞書では、「魚は食べるが肉は食べない人」というような意味と紹介されている。まあ、魚介系だけではなく卵や乳製品も食べるのだが、そこまで正確に説明しようとすると言葉として長ったらしくなりすぎるので、こんなところだろう。

問題は、外来語として馴染みがないことだ。「ヴィーガン(vegan)」「ベジタリアン(vegitarian)」なら最近は一般的な言葉として通じるが、「ペスカテリアン」はほとんど通じない。「魚菜食主義」なんていう言葉も散見するが、「ぎょさいしょく」で変換すると「魚彩色」になり、「ぎょさい」でも「魚際」になってしまうことからも、適当な訳語が確立していないことが明らかだ。

人間は言葉で考えるから、言葉が確立していないとその示すところの概念も確立されない。だから日本では「菜食主義」というと厳格な「ヴィーガン」がイメージされがちで、外食でも「ペスカテリアン」向けのメニューが極端に少なくて苦労する。

というわけで、私としては「ペスカテリアン」という言葉を広めて一般的なものとし、それによって魚や卵は含んでも肉は含まない料理の幅を広げてもらいたいと思っているのである。魚介系のスパゲティを「ペスカトーレ」と言うのだから、それほど戸惑うことなく理解されると思うんだがなあ。

 

| | コメント (2)

2019/09/03

仙台まで、たったの 1時間半

日の暮れかけた頃に上野を発って、仙台に出張してきている。今日は駅前のビジネスホテルに泊まりだ。

1909031

それにしても東北新幹線ができてからというもの、仙台への移動時間が劇的に短くなった。私が学生時代は「特急ひばり」という懐かしい名前の列車で上野から 4時間かかったものだが、今はほぼ 1時間半で来れる。所要時間が半分以下というのだから驚きだ。

私が今日乗ったのは、新青森行きの「はやぶさ 35号」と秋田行きの「こまち 35号」の連結した便で、これは仙台を過ぎて盛岡で切り離される。青森まで行きたいときはこの切り離し作業で時間を取られるのがちょっと癪だが、仙台までだと本当に早く感じてしまう。

ただ時間に余裕がある時などは、新幹線であっという間に着いてしまう旅はちょっと味気ない。個人的には自分でクルマを運転して、高速道路ではなく一般道を辿る旅が好きだ。ちょっと興味をそそる看板や道案内などがあったら、気軽に寄り道できる良さがある。

しかし近頃ではそんな酔狂な旅はなかなか実現しない。そんなわけで、今日はホテルに入ってぐっすり眠り、明日に備えることになる。

| | コメント (2)

2019/09/02

何と読むのかわからない看板

今日は蜂に刺されたショックもあって頭がボウッとしているので、ごくくだらない話題である。ある店の看板の話だ。

190902

これはちょっと離れたところにある日本料理店の看板なのだが、前々から疑問に思っていることがある。それはこの看板、何と読むのだろうということだ。フツーに考えると、「ねぎしや」と読みたくなる。それはごく自然の話だ。

しかしこの看板、「ね」のすぐ下に「し」の文字があり、その右上に「ぎや」が続く。てことは「ねしぎや」なんじゃあるまいか。うむ、「ねぎしや」という思い込みから離れてみれば、「ねしぎや」と読む方がよほど自然なことに思われる。

さらに「し」の文字のみが下にあるということは、「ねぎやし」であるかもしれないではないか。その可能性も否定できない。

さらに言えば、この大きな看板の付近には、それらしき日本料理店の建物が見当たらないのである。この写真で言えば看板の奥の建物の右端あたりに大きめの庇があり、その下にぼうっと見える紺色っぽいのは、もしかしたら暖簾かも知れない。

とにかく看板のみがものすごく自己主張している割には、建物があまりにもおとなしすぎて、「大きめの民家」にしか見えなかったりするのだ。もし庇の下に見えるのが暖簾であれば、そこに店名が書いてあると思うのだが、いつもクルマでさっと通り過ぎてしまうので、確認したことがない。毎回心残りなのである。

今回は信号停止で暖簾がよく見えるかと思ったのだが、停止位置がビミョーにずれてしまっていて、確認するまでには至らなかった。次に通りかかる時は、状況さえ許せばしっかり徐行して確認してみようと思う。

 

| | コメント (2)

2019/09/01

香港の自由を求める闘いにエールを送る

私は過去に香港と中国の政治的関係については 2度書いている。先月 15日の「香港の自由を守る運動と、ベルサーチの Tシャツ」と、5年近く前の「香港の自由を守る運動に心の底から共感」という記事だ。

190901

はっきり言って、私は香港が好きである。前世紀(80年代〜90年代)は何度も仕事で行って、気持ちのいい交流をもった。その香港が今、中国政府によって蹂躙されようとしている。これは見過ごすことができない。

Newsweek は、"「生きるか死ぬか」香港デモ参加者、背水の陣" と伝えている。香港市民の気持ちはよくわかる。「自由がなければ生きている意味がない」とまで思い詰めているのだろう。

「死んだら終わりだ。中国本土でも何億という人たちが生きているのだから、それほどの危険を冒してまで戦う意味があるのか?」と言う人もいるだろう。しかし、一度自由というものを知ってしまったら、それを失うのは命を失うのと変わりないと思うのも自然だ。自由とはそれほどまでに重要なものだ。

自由を抑圧した体制は、いつか滅びる。人間は自由を求める生き物だからである。中国の現体制は、「欲」と「自由」を天秤にかけて、「欲の優先」を選択しているとしか思われない。私のような「貧乏しても自由を求める」タイプには、到底耐えきれない価値観だ。

さらに言えば、実際には自由を保障する方が世の中は栄えるのである。ただ、一部の層への権力集中がなくなってしまうだけだ。これは長い歴史が証明している。私は「一部の層」という存在には嫌悪感しか持たないから、香港の自由を求める闘いには心からエールを送る。

こうしたことを論じた私の記事には、どういうわけかあまり賛同のコメントが付かない傾向がある。香港の事情は日本からは遠いものと感じられるのかもしれないが、私はこの姿勢は変えるつもりがないので、よろしく。

| | コメント (4)

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »