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2019年11月に作成された投稿

2019年11月30日

明日から「ながら運転」が厳罰化

明日、12月 1日からケータイやスマホなどを操作しながら車を運転する「ながら運転」が厳罰化される。このことについて、JBpress に詳しい解説記事がある(参照)。

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改正道交法の「ながら運転」に関する主な変更は、以下のようになっている。

【携帯電話やスマホを運転中に使用した違反(保持)】

  • 改正前は「5万円以下の罰金」だったが、改正後は「6か月以下の懲役、または10万円以下の罰金」と、保持しただけで懲役刑もあり得る。
  • 違反点数は、「1点」から「3点」にアップ。
  • 反則金は普通車の場合、従来の 6,000円から 18,000円にアップ(各車種ごとに約3倍に引き上げられる)。

【携帯電話やスマホの「ながら運転」が、交通事故などの危険に結びついた場合】

  • 改正前は「3か月以下の懲役又は 5万円以下の罰金」だったが、改正後は「1年以下の懲役、または 30万円以下の罰金」に厳罰化。
  • 違反点数は「2点」から「6点」にアップ。つまり一発で 30日間の免停になる。

これまではケータイで通話しながらの運転なんてよく目にしたし、甚だしくは何かゲームしながらとしか思えないケースも見かけることがあった。しかし今後は発見されたらエラいことになる。

私は運転しながらケータイでの通話なんて絶対にしないし、どうしても急を要するときには停車してから電話に出る。ましてやゲームしながらの運転なんて考えられない。

しかし、スマホの地図アプリをカーナビ代わりに使うことはよくある。私のクルマには純正のカーナビが付いているが、いかんせん、データが古いので、所によっては地図アプリの方が最新の情報に沿って使い勝手がよくなっている場合が多いのだ。

ただ、スマホを手に持って運転するということはなく、下の写真のようにダッシュボードに取り付けたスマホ固定スタンドにセットして運転する。12月からはこれでも違反になってしまうのだろうかと、戦々恐々だった。

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上述の記事では、これも 2秒以上スマホの画面を注視してしまうと、立派な違反になってしまうとされている。手に持って操作しなくても「ながら運転」には違いないということのようなのだ。

そしてスマホの地図アプリに限らず、元々クルマに装備されているカーナビでも、2秒以上注視してはいけないことには変わりないらしい。こんなことは、今回調べてみて初めて知ったよ。しかし「2秒以上注視」なんて、どうやって事実を証明するのだろう。

従来のカーナビでも、運転中に目的地セットなどの操作をしてはならないとされてきたので、スマホの地図アプリにしても同様なのはいうまでもない。しかし、赤信号などの停車中における操作については「ケースバイケースという曖昧なもので、個々の警察官の判断に委ねられる」(参照)ということのようなので、判断がかなり厄介だ。

目的地をイチから設定するなどの手間のかかる操作は、路肩に止まってする方がいいだろう。なにしろパトカーというのはいつ何時、どこから姿を現すか知れたものではない。それに時期的に警察官が「点数稼ぎ」したいという状況では、些細なことでも罰則が適用されてしまったりこともある(これは経験則から言っている)。

改正法の施行直後は、ことさらに厳格な運用がなされたりすることがあるだろうから、明日からは「ながら運転」は絶対にしないということで臨む方がいい。

 

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2019年11月29日

インド料理はハードルが高い

NewSphere に "「インド料理はまずい」ツィート 批判殺到、人種差別論議にも" という記事がある。「インド料理はまずい」というアメリカ人男性の tweet が炎上してしまったのだそうだ。

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この tweet には「インド料理を愛する人々からの非難が殺到」した上に、「インド人への人種差別ではないか」とまで言われているという。Tweet 元の男性は「重箱の隅をつつくようなネット界の粗探しと不毛な議論」にうんざりしているのだそうだ。

確かに「食に関する好みの問題」に過ぎない発言に対する反応としては、「人種差別」云々は極端すぎる気もするよね。ただ、tweet の経緯を知ると、過剰反応の下地みたいなものは元々あったということがわかる。

そもそもの発端は、「最も物議を醸す食べ物についての意見を述べて」というお題に応じて、海軍大学で教鞭をとるトム・ニコルズ氏 が「インド料理はひどくまずいが、我々はそうじゃないふりをしている」と発言したことなのだそうだ。

ということは「物議を醸す」ことはむしろ初めから狙っていたわけだ。ただ、安全保障の専門家で USA トゥデイ紙の寄稿者委員会のメンバーでもあるというニコルズ氏にしても、「人種差別」問題まで持ち出されるとは、 さすがに想定していなかっただろう。

というわけで、「ネット界の粗探しと不毛な議論」は、プロフェッショナルの予測を遙かに上回るものになってしまったのだね。ネットというのはかくまでに過剰反応が常だから、甘く見ちゃいけないってことだ。

事のついでに言うと、私はインド料理が大好きである。20年以上前に、インドの対日輸出促進の政府系団体でトップを務める人に招待されて、数人の日本人とともに本格的インド料理をご馳走してもらったことがある。さすがにマハラジャだけに、彼の公邸には数人の使用人がいて、立派なインド料理でもてなしてくれた。

ところが、その料理は「日本人ゲストのためにマイルドな辛さにしてある」ということだったにも関わらず、私以外の日本人は火の出るような辛さに悲鳴を上げて、まともに食えなかった。辛もの好きの私だけが「おいしい、おいしい」と喜んで食べていたのを思い出す。

その日はほかの日本人が英語を話さないので、通訳したり料理を食ったりでなかなか大変だったよ。おかげで「tak-shonai の前世はインド人だった」ということにされてしまったほどだ。

やっぱりインド料理のハードルがかなり高いということは、否定の余地がない。ちなみに、インドでも南部に行くほど辛さの度合いが増す傾向があるらしい。私の辛さ許容の南限はどの辺りになるのだろう。

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2019年11月28日

猫が高いところから降りる時

『知識連鎖』というまとめサイトに「木登り名人の猫、降りるのは苦手?降りられないで救助されるニュースが多い」という記事がある。高い木などに登った猫が降りられなくなり、人の手によって救助されるケースが多いという話だ。

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『知識連鎖』では、次のような海外の例を挙げている。いずれも『らばQ』に載ったニュースで、画像入りで紹介されている。

2009年03月31日 18:16
かなりチャレンジングな高い木から降りられなくなった猫の救出作戦

2010年01月22日 18:54
子猫が高架橋の上から降りられなくなった…60歳の登山家おばあちゃんが颯爽と現れ救出

日本の例もある。「本社前で “木登りネコ” の救出劇」という 2009年 12月 15日付読売新聞の記事というのだが、リンク先の記事は既に削除されているようだ。知識連鎖の書き込みでは次のようにあって、確かに「救出」と言っていいのかどうか、疑問なケースではある。

「驚いた子ネコは、一度は飛び降りて、隣の木に逃げ込みましたが、無事に捕獲されました」とあって、「えっ、それって、救出してなくない?」という説明でした。

さらに 「必ずしも木の上にいる猫に救出が必要とは限らない、としている人もいました」という OKWAVE の記事(参照)の紹介もしてある。とくに助けなくても、猫というのは結局は自分で飛び降りるというものだ。

上述の読売新聞の記事でも、実は自分で飛び降りているようだし、救出しようとして下で人間が騒ぐほど、猫にとって飛び降りにくい状況になっているだけということのようだ。要するに「ありがた迷惑」なのかもしれない。

ただ、猫にとっては登るより降りることの方が難度が高いというのは事実のようだ。かの文豪、夏目漱石も『吾輩は猫である』の中で、猫の「爪の向き」の考察から次のように述べている。

猫の爪はどっちへ向いて生えていると思う。みんな後ろへ折れている。それだから鳶口のように物をかけて引き寄せる事は出来るが、逆に押し出す力はない。
   (中略)
吾輩の爪は前申す通り皆後ろ向きであるから、もし頭を上にして爪を立てればこの爪の力は悉く、落ちる勢に逆って利用出来る訳である。従って落ちるが変じて降りるになる。実に見やすき道理である。しかるにまた身を逆にして義経流に松の木越をやって見給え。爪はあっても役には立たん。ずるずる滑って、どこにも自分の体量を持ち答える事は出来なくなる。是においてか折角降りようと企てた者が変化して落ちる事になる。

それでも猫は木から下りるときは、悉く頭を下にして駆け下りるもののようだ。上の写真は、木に登ろうとしてにっちもさっちもいかなくなった子猫を親猫が助ける動画を掲載した Twitter 記事の紹介(クリックで元記事に飛ぶ)だが、子猫を口にくわえた親猫もやはり、軽い気持ちで逆さになって駆け下りる。

猫というのは、よほど運動能力の高い生き物のようなのである。「小型の猛獣」というだけのことはある。

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2019年11月27日

スヌーピーの「明るいさみしさ」

今日、「ゆうパック」で荷物を送ろうと郵便局に行ったら、郵便関係の窓口が一人のジイさんに占領されていて、なかなか順番が廻ってこない。この『ちびまる子ちゃん』の友蔵じいさんのような出で立ちのジイさん、年賀葉書を買おうとしてデザインの選択に迷っているらしく、ずいぶん長い間カウンターに張り付いたままだ。

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内心「さっさと選んでくれよ! 後ろがつかえてるんだから」と思いつつ、ちょっとイライラし始めたところで、そのジイさん、「よっしゃ決めた」と言う。「やれやれ、ようやく決まったか」と思ったら、おもむろにハートマーク付きみたいな感じで「”スヌーピー” を 50枚」ときた。

それを聞いてそれまでのイライラはどこかにぶっ飛んでしまい、思わず後ろからハグしちゃいそうになっちゃったよ。スヌーピー、まことにも世代を超えて愛されてる。

というわけで、今日は ”PEANUTS” の話題である。今日の今日まで知らなかったが、この 10月から『完全版 ピーナッツ全集 スヌーピー1950~2000』(全25巻)の刊行が始まっているのだそうだ。発売元は河出書房新社で、「スヌーピー生誕 70周年記念出版」ということである。日本語訳はもちろん、あの谷川俊太郎氏。

これに関連して、HUFF POST に ”スヌーピーと育ったすべての大人たちへ。詩人・谷川俊太郎が語る、PEANUTSの「明るいさみしさ」とは” という記事があって、この中で谷川俊太郎さんは「もう、自分もキャラクターの 1人になってしまったみたいだ」なんて語っている。50年も翻訳し続けると、そんな感じになるのかなあ。

この ”PEANUTS” というまんが、私は多分、中学生の頃から意識し始めた。英語の教材とかにちょくちょく掲載されていて、なんとか読もうとしていたような気がする。吹き出しの中のセリフが英語で、その下に谷川俊太郎訳の日本語が出ていたのがありがたかった。下の画像は、上のニュースに使用されているヘージの右側一番上の拡大版(クリックでさらに拡大される)である。

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このマンガのセリフ、とくに主人公のチャーリー・ブラウンとスヌーピーの言い草がいつも何となくシニカルな哲学っぽい雰囲気で、中学生程度の英語力と感受性では、実は案外難しかった。英語のままでそこはかとなく「ふふふ」と笑えるようになったのは、高校以後のことだったと思う。

スヌーピーって、決して「かわいい一方」の犬じゃないのだよね(上のマンガによると、クッキーは好きでもココナッツが嫌いみたいだし)。谷川氏の語るように、まさに「明るいさみしさ」を漂わせているのである。

そして今気付いたんだけど、私の英語も日本語も、文体的に ”PEANUTS" の影響をずいぶん受けてしまっているよね。スヌーピーの縫いぐるみまでは持ってないけど。

ちなみにたった今、"完全版 ピーナッツ全集 15 スヌーピー1979-1980" (¥3,080)を Amazon で衝動買いしてしまったよ。1冊読んで、全巻欲しくなったりしないか心配である。

 

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2019年11月26日

大阪の小学校 6年生の女の子と、安倍政権のいい年したオッサンの、共通した不条理

大阪で行方不明になっていた小学校 6年生の女の子が栃木県で保護されたというニュースは、いろいろと考えさせるものがある。まるで「神隠し」みたいな事件だったが、そこに至った要因はやっぱり「神の仕業」なんかじゃなく、「人間心理の不条理さ」だった。

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フツーに考えたら、「その女の子、なんでまた、そんなアヤシいオッちゃんにノコノコ付いてったん?」ってなことになる。確かにマトモには理解しにくい事件だ。これに関して、Ameba TIMES に「大阪小6女児誘拐、SNSで知り合って 1週間の短期間でなぜ? 臨床心理士が指摘する 3つの要素」というニュースがある。

このニュースで臨床心理士で心理カウンセラーも務める明星大学准教授の藤井靖氏は、次の 3つの要素を指摘する。

(1)話をきちんと聞くこと(受容)
(2)褒める・認めること
(3)居場所の存在を示すこと

具体的には次のようなことだという。

まず、加害者が子どもの価値観を否定せずに話を聞いてくれた、という体験を持つことが多い。また、伊藤容疑者が『半年前に来た女の子の話し相手になってほしい』と言っているのは、『あなたならできるからお願いしたい』と認め、褒めているようなもの。そして、家に来て見て欲しいものがあるとか、共通の趣味としてゲームのコミュニティがあるとか、自由に使える部屋が空いているなどと伝え、居場所があることを示す。

「そんなことで、フラフラと付いていってしまうのか?」と驚く人も多いだろうが、大いにあり得ることだ。人間って誰しもそんなような不条理さを抱え込んでいて、ふとした拍子にそれが現実の行動原理と化してしまう。

さらに付け加えれば、ここに挙げられた 3つの「甘言」に巧妙な「脅し」がセットになると、より完璧になる。今回保護された女の子も、「鉄砲の弾のようなものを見せられて、怖くて逃げ出せなかった」と言っている。

それは女児誘拐事件の話に限ったことじゃない。例えば学校の部活などで、強権的な指導者のムチャクチャなシゴキや体罰が問題になったりすることがある。

一般には「部活なんていつでも止められるのに、なんでまた、そんな理不尽に甘んじて耐えていたのか?」なんて思われてしまうが、それも「甘言と脅し」のセットの賜物である。言い換えれば「飴と鞭」は人間を強権的に支配するのに最強のシステムなのだ。

ことのついでに言ってしまえば、安倍首相のムチャクチャな政治手法に自民党員や官僚の多くが逆らえなくなっているのも、同じ構造だろう。要するに「飴と鞭」のなせるワザである。

彼らは「桜を見る会」とやらの招待者名簿をやれ廃棄しただの、廃棄に時間がかかったのは「シュレッダーの空き待ち」のためだっただの、電子データが復元できないだのと、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるようなことを言っている。要するに「政府が主催した行事」の出席者が誰だったのか「永遠にわからなくなりました」と、驚くべき無責任なことを言っているわけだ。

いい年したオッサンが恥ずかしげもなくほざく不条理は、小学校 6年生の女の子とほとんど変わらない。

 

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2019年11月25日

死ぬなよ、香港!

私は今月に入ってからというもの、香港の自由は既にほとんど「死に体」という気がしていて、自由を求める人たちは今のうちに香港を脱出した方がいいんじゃないかとまで思っていた。しかし香港区議選で民主派が圧勝したことで、「香港はまだ死んでない」と思い直した。まだ一縷の望みはある。

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香港の自由を求める人々の運動に関して、私は過去に「香港の自由を守る運動に心の底から共感」「香港の自由を求める闘いにエールを送る」と、2本の記事を書いている。ところが、先月来のデモ隊に対する当局の強権的な態度を見て、「こりゃ、もうダメなんじゃあるまいか」と思い始めていたのである。

しかしそれは弱気な態度だった。香港市民は選挙でしっかりと自分たちの意思を示すことに成功した。この成果を香港当局は無視できないだろうし、習近平の強気なやり方にだって何らかの影響を与えずに済まないだろう。

「一国二制度」という極めて変則的な政治のあり方が、もう少し維持できるだろうとの望みが出てきた。この動きに、改めて精一杯のエールを送りたい。

死ぬなよ、香港!

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2019年11月24日

パパ・フランチェスコのメッセージ

ローマ教皇が「長崎爆心地から核兵器廃絶のメッセージを発信」というニュースに、私は素直に感銘を受けた。彼は 2014年3月に「環境破壊は『モダンな罪』」と指摘し、さらに 2015年 6月にも「環境問題での回心」を呼びかけていて、「新しい時代の教皇」という印象なのだ。

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余談だが、マスコミは最近、「ローマ法王」ではなく「ローマ教皇」として報道することが増えたようだ。今回の来日においても、3日ぐらい前までは NHK のニュースでも 「ローマ法王」としていたが、急に「ローマ教皇」と呼ぶように転換しているようである。ちなみに「教皇」は英語で "The Pope" だが、その語源はギリシア語の ”Papa” で、つまり「お父様」ということのようなのだね。

ただ、「ローマ教皇フランシスコ」と表記されることが多いようなのだが、私は彼が教皇になられた 2013年以来「フランチェスコ 1世」と書いている(参照)ので、今回もそのまま「フランチェスコ」で通す。

とにもかくにもパパ・フランチェスコは「環境問題での回心」といい、今回の核兵器廃絶の呼びかけといい、私が歓迎したくなるメッセージを発信し続けておられ、ありがたいことだ。今後も世界中でこうした呼びかけをしてもらいたい。

彼は自らの名前の由来となる「アッシジのフランチェスコ」の作と伝えられる(本当はそうじゃないともいわれるが)「平和を求める祈り」でメッセージを締めくくり、「この祈りが私たち全員の祈りとなることを確信しています」と呼びかけた。

「平和を求める祈り」の全文を以下に記す。

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。
憎しみのある所に、愛を置かせてください。
侮辱のある所に、許しを置かせてください。
分裂のある所に、和合を置かせてください。
誤りのある所に、真実を置かせてください。
疑いのある所に、信頼を置かせてください。
絶望のある所に、希望を置かせてください。
闇のある所に、あなたの光を置かせてください。
悲しみのある所に、喜びを置かせてください。
主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。
なぜならば、与えることで人は受け取り、忘れられることで人は見出し、許すことで人は許され、死ぬことで人は永遠の命に復活するからです。

美しい祈りである。

 

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2019年11月23日

私はナビスコの「プレミアム・クラッカー」が食いたいのだよ!

 私は昔からナビスコの ”Premium” (いわゆる「プレミアム・クラッカー」)が好きで、ちょっとしたスナックとして食うだけでなく、非常食としてもしっかり保存してあった。しかし今年のいつの頃からか、この愛すべき商品が近所のスーパーから姿を消してしまった。

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以前プレミアムクラッカーが陳列されていた棚には、"Levain Classscal" (「ルヴァン・クラシカル」と読むらしい)というのが並んでいる。仕方なくこれを買って食っているが、どうにもあの芳醇な味わいがなく、「まがい物」としか思われない。私はあの「プレミアム・クラッカー」が食いたいのである。

一体どうなってしまったのかというと、米国ナビスコ社(現在はモンデリーズ・インターナショナル社の子会社)との契約により、日本国内でナビスコ製品を生産販売してきたヤマザキナビスコ社が、2016年でライセンス契約を打ち切ったのである。(参照

じゃあ、なんでそれ以後もプレミアム・クラッカーが食えていたのかというと、2016年 9月以後はモンデリーズ社の日本法人、「モンデリーズ・ジャパン」が日本市場での展開を引き継いでいるからだ。そして「ルヴァン・クラシカル」というのは、ヤマザキナビスコの後継会社である「ヤマザキビスケット」という会社が展開しているのだという。

そして細かいことを言うと、ヤマザキナビスコ時代のプレミアム・クラッカーは、小さな包装だった(下の写真上の方)のだが、モンデリーズ・ジャパン社に移行してからは 2枚がつながった形での包装に変わっていた(下の方の写真)という。

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うむ、この変化については私もしっかり認識していた。これって調べてみると、ヤマザキナビスコ時代のプレミアム・クラッカーは日本国内生産だったが、モンデリーズ・ジャパンの製品はイタリア生産なので、仕様がちょこっとだけ変わってしまったようなのである。

で、ここからが重要ポイントなのだが、この 3年前の、「ナビスコ・プレミアム」の生産が日本のヤマザキナビスコからイタリア生産に切り替わった頃から、私は「近頃、プレミアム・クラッカーがやけにおいしくなったなあ」と感じていたのである。これ、作っている会社がヤマザキじゃなくなったのだから、当たり前のことなのだね。

私の感覚ではヤマザキって、パンにしてもクラッカーにしても全然大したことない。ナビスコとのライセンス契約を続けていさえすれば、まだ救われたかもしれないのにね。

そしてこれは企業としての「営業力」の問題になってしまうのだろうが、モンデリーズ・ジャパンはヤマザキに負けてしまっているので、近所のスーパーの売り場では、「プレミアム・クラッカー」が「ルヴァン・クラシカル」に置き換わってしまったというわけだ。商品力と営業力は別物なのであって、ヤマザキってのは営業力優先の会社と思うほかないよね。

で、要するに私にとっての最大の問題は、「モンデリーズ・ジャパンの展開するイタリア製ナビスコプレミアム・クラッカーを食いたいのだが、それは一体どこで買えばいいのか」ということなのだ。都心の大型スーパーにプレミアム・クラッカーを探しに行くというのもちょっと億劫だし、しばらくの間は、Amazon で買うしかないのかなあ。

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2019年11月22日

中身を遙かにしのぐ外見をもって生まれた不幸

近頃の巷は「桜を見る会」と「沢尻エリカの薬物問題」という 2つのスキャンダルの話題で持ちきりだ。私としても、「桜を見る会」については 今月 15日の「そんなにまで安倍晋三と一緒に写真に写りたいのかね」という記事で触れたので、沢尻エリカの方の話についても書こうとしていたのだが、特殊事情でなかなか書けなかった。

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特殊事情というのは、私はこの沢尻エリカという女優については基本的な情報をほとんどもっていなくて、ラジオで彼女の薬物疑惑を伝えるニュースを聞いた時点ではどんな顔だったかも思い出せないほどだったのである。これじゃ、書きようがない。ごめんね。こういう話に疎くて。

で、さすがにググってみるしかないかもしれないと思ったのだが、私ってばこの方面にはほとんど痴呆で、まったく要領を得ない。何しろ彼女の名前すらまともに覚えてなくて、ひたすら「沢口」というキーワードで調べようとしていたものだから、「沢口靖子」という女優しか検索できなかったのだ。靖子さん、おバカなオッサンでごめん。

ようやく、相手は「沢口」じゃなくて「沢尻」なんだとわかったのが昨日のことで、Google の検索窓に 「さわじり」と入力したら、さすがにそれだけで「沢尻エリカ」と変換されて、ニュース記事がこれでもかというほどどっさり表示された。それにしても「沢尻」って、珍しい苗字だよね。

4日がかりぐらいでようやくヒットした検索結果の「画像」というのをクリックすると、「ああ、この顔なら知ってる。見覚えがある」と、やっと世の中の関心のスタートラインの 100メートル後方ぐらいの位置まで辿り着いた。これで何とか世間の端っこの方でフツーの話題に混ぜてもらえそうだ。

彼女の姿の写った写真のあるページを眺めると、なるほど、「むっちゃ綺麗なねえちゃん」である。これだけ綺麗なら、ルックスの魅力だけで十分に世間を渡って行けそうだ。余計なことをしなければ、死ぬまで「伝説の女優」扱いしてもらえたじゃないか。

大昔の女優で言えば、原節子なんて死ぬまでそれでもてはやされた。彼女自身もおバカじゃないから、その役割をしっかりと演じきった上であの世に行った。しかしそういう生き方を、沢尻エリカはできなかったってわけだ。

彼女は、自分の力量だけでは自分自身の美しさを引き受けきれなかったのだね。きっと。

自分以外の何か余計な要素を引っ付けていないと、自分の恵まれすぎた資質が重くてしょうがなかったのだ。それでついナチュラルに振る舞うことができず、生意気ぶったり、ドラッグに逃げたりするしかなかったのだよね。気の毒に。

人間ってのはよほど厄介なもので、中身以上の外見をもって生まれてしまうと、それはそれで不幸の要因ということになってしまうのだよ。ああ、自分の見た目がフツーのオッサン以上のものじゃなくてよかった。おかげで気楽に生きられるってなものである。

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2019年11月21日

「単語登録」なんて「キホンの基本」なのだが

最近驚いたのは、「単語登録」という機能を活用している人がものすごく少ないということだ。例えばビジネス・メールの決まり文句「お世話になっております」というのを、ほとんどの人はそのまま入力しているのである。

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私なんか、「いちいちそんなことをしていたら、日が暮れちゃうじゃないか」と思ってしまう。何しろローマ字入力だと "osewaninatteorimasu" と、19回も打鍵しなければならないではないか。

私の場合は 「おせわに」(ローマ字入力で "osewani" の 7回打鍵)で 「お世話になっております」と変換されるように単語登録してある。PC を使い始めて 30年以上、それが身についてしまっているのだ。

同様に「ありがとうございます」は「ありござ」、「よろしくお願いいたします」は「よろおね」だ。ちょっと丁寧な「よろしくお願い申し上げます」も「よろもう」で変換される。

さらに「じゅうしょ」と入力すれば自分の住所に変換される。長ったらしい住所をいちいちまともに入力するなんて、気が遠くなってしまう。既にそういうカラダになってしまっているのである。

ところが先日、仕事関連の会議に集まった 8人に聞いてみると、こうした単語登録をしているのは私を含めて 2人しかいなかった。残りの 6人は「単語登録」という機能があることすら知らないという。

彼らは「そんなフツーの言葉を、いちいち登録するのは面倒ですよ」と言うのである。冗談じゃない。

毎日毎日、何度も入力する決まり文句を、1度だけちょっとした手間をかけて登録してしまえば、あとは一生楽ができるのである。IT というのはある意味 「楽をする」ためにあるのだから、単語登録をしないなんて考えられない。

PC やスマホは、日常生活や仕事にかなり活用されていると思っていたが、こうした「キホンの基本」が浸透していない。世の中では「IT 化が進んだ」なんて言われるが、その実態はこの程度のもので、「まだまだ」なのだと思うほかないと思い知ったのである。

 

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2019年11月20日

私の早食いは、昔のまずい給食のせいかも

私は早食いである。それについては昨年 4月 3日にも「ゆっくりメシを食うことができない体なので」という記事で「昔から早飯だったが、還暦を過ぎて 5年以上経った今でも、周りの人よりずっと早く食い終わってしまう」と書いてしまうほどである。

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さらに 2004年 8月 6日の「早飯は美学か」という記事でも、こんな風に書いている。

食事に時間をかけるということが、とてつもなく馬鹿馬鹿しいことのように思われる。戦時中でもあるまいに、「早飯、早糞、早支度」 ということを、美学と感じてしまうのである。

我ながらまったくもって困ったものである。

そして最近、「自分の早食いは、昔のまずい学校給食のせいなのかも知れない」なんてことに思い至った。その昔、小学校の学校給食は「脱脂粉乳」と、テキトーに焼かれたパン、テキトーに作られたおかずというメニューで、たまにはおいしいこともあったが、普段は決して褒められた味じゃなかった。

とくに脱脂粉乳を溶いて作ったミルクは「ララ物資」の名残みたいなもので、「戦後アメリカの善意のシルシ」なんてなことを言われるが、私が小学校に入学したのは 1958年のことで終戦から 13年も経ち、家庭ではごくフツーにちゃんとした牛乳が飲めていた時代だった。

ところが小学校に入って突然、それまで見たことも聞いたこともなかった脱脂粉乳というものが、給食に出てきたのである

この脱脂粉乳というもの、粉ミルクをごくフツーに湯に溶けば、それほどマズいというわけじゃない。ところが給食係のオバサンが仕事を急いてしまい、大鍋の湯に粉をどさっとぶち込むと、溶けきれずに熱々の鍋底に沈んだ粉が焦げ付いてしまい、あのタンパク質の焦げた独特の(はっきり言えば「ウンコ臭い」)臭気を発してしまうのである。

この臭いミルクを、小学校の教師は「飲め!」と強制する。「好き嫌いを言ってはならない」と言うのだ。しかしあの臭さは「好き嫌い」以前のもので、とくに臭気のキツい日のミルクは、感受性豊かな女の子なんて泣きながらでも一口も飲めなかった。

ところが私みたいな食い意地の張った男子は、いくらマズくても食って飲まないと腹が満たされず、夕方前に空腹で堪らなくなる。さらに言えば、給食なんてさっさと食い終わって昼休みの遊びに興じたい。

そこで私は、小学校に入学してすぐに「感覚遮断の術」を身に付けた。給食はとにかく速く食う。ゆっくり食ったりなんかしたらつい味わってしまい、あまりのマズさで「オエッ」となってしまいかねないから、嚙むのもそこそこに一気呵成に飲み込んでしまうのである。飲み込みさえすれば、うまいもまずいもなくなる。

こうして私はとんでもない「早食いの体」になってしまった。あれから半世紀以上経った今でも、とにかくメシは速く食ってしまわないと変な気持ちになってしまうのだから、我ながら情けない。

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2019年11月19日

異例の暖かさの甲州から帰ってきた

先週 13日に「先月末からの怒濤の連続出張がようやく終了しようとしている」と書いた(参照)が、その付け足しのように、機能から甲州に出張し、今日の夜遅く帰ってきた。

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写真は昨日の昼過ぎに小海線沿線からの眺めた富士山である。頂上付近にちょっと笠のような雲が発生しており、夕方になるに連れてそれが大きくなって完全な笠雲になった。

「富士山が笠を被ると雨になる」と言われている通り、夜になって雨が降り出したが、用はとっくに済んでホテルに入っていたので何の問題もなく、今朝は早朝から晴れて快晴の日和になった。我ながら、相変わらずの晴れ男である。

ただ、この季節の甲州にしては珍しいほどの暖かさで、日中は汗ばんでしまうほどだった。11月でこんなに気温の高い甲州は初めてである。もろに地球の温暖化を感じてしまった。

蛇足だが、近頃の富士山は甲州側からみる方がずっときれいだ。東海道新幹線に乗っていて富士山が一番きれいに見えるスポットは三島の辺りだが、ここは工場群の煙突が邪魔になって「絶景」というわけじゃない。やはり甲州からの富士山が富士山らしい。

というわけで、今日は疲れてしまったので、これにて失礼。

 

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2019年11月18日

「せん遍以」を「方言漢字」とはこれ如何に?

東京新聞の 11月 16日付に「草加にちらほら…なぜ「せん遍以(べい)」 八潮の昼間さん、方言漢字を探る」という記事がある。草加煎餅の老舗の看板に「草加せん遍以」という表記が目立つことから、これを「方言漢字」と称しているという内容である。

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正直言って驚いた。こんなの、ことさらに「方言漢字」なんて言うより、単なる「変体仮名」による表記とみれば OK だろう。「そば」を「そむ」みたいに見える字で書くのと同じだ。これについて私は、8年近く前に ”「そむ」 って何だ? ” という記事にしている。

「そむ」と見えてしまう表記の、一見「む」の字に見えるのは、あれは「者」という漢字の草書体で、「は」と読むのだ。つまり「そむ」と見えるのは「そは」と書いてあるのである。(もっとも最近はそれを知らずに、モロに「そむ」と書いていい気になっているケースが多いが)

さらに同じようなものに「う奈ぎ」(うなぎ)とか 「志る古」(しるこ)などがある。

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ちなみに「方言漢字」でググって見ると、「方言漢字から歴史学んで 埼玉・八潮でシンポジウム」という記事が見つかった。以下に内容の一部を紹介する。

講演した笹原宏之早稲田大教授(国語学)によると、「閖」は水が門の中に入ってきたことを示しており、かつて津波被害に遭った先人からのメッセージとの見方もできるという。

八潮市には「垳」という固有の地名があるほか、千葉県匝瑳市の「匝」、石川県羽咋市の「咋」など方言漢字は全国各地で使われている。

なるほど、「閖」「垳」などの地方独特の漢字表記を「方言漢字」というのはわからないでもないが、単なる変体仮名表記は地方独特というわけではなく全国的なものだから、「方言漢字」というには当たらないだろう。一緒にしてもらいたくはないなあ。

 

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2019年11月17日

仕事の任せ方がわからなかったら

「知識連鎖」というサイトに「部下に仕事を任せるべき…と言われるが、その任せ方がわからない」という記事がある。11月 17日付だが、実は 2011年 12月 29日の記事の再投稿となっている。

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「任せ方がわからない」というのは、よくわかる話である。私はフリーランスだから「部下」なんていないが、「チーム」で仕事をするという機会は結構あり、その中での後輩は、一般の会社での「部下」という存在と相通じるものがあるかもしれない。

で、私はこの「後輩に仕事を任せる」というのがとても苦手だった。仕事の中身と、どんなような最終着地点が想定されているかなんてことを、相手がよくわかるようにきちんと説明している暇があったら、自分でさっさとやってしまう方がずっと楽で早いし、納得のいく核果になる。

下手に少しだけ手伝わせても、後でまずい部分を修正したりしなければならないので、最初から自分でやる方がずっと確実だ。というわけで、私は仕事に関してはワンマンでマイペースな男だった。

しかしそれが最近、少しずつ変わってきている。というのは、還暦をとっくに過ぎてしまうと、若い頃と比べて仕事が遅くなってしまうのだ。昔だったら 1日あればしっかり完成できた仕事に、最近は 1日半かかったりする。

さらに、1つ仕事を完成させると、次の仕事にとりかかるまでの時間が長くなってしまった。助走に手間がかかるのである。というわけで、昔は 2日あれば 2つの仕事を完成させることができたが、今は 1つの仕事に 1日半かかる上に、次の仕事への助走が長いので、2つの仕事をこなすのに 3日では足りず、4日かかったりする。

そんなわけで、少しは人に任せないと仕事が終わらなくなってしまったのである。そして後輩に任せるにあたっては、細かいことを言わず、全面的に任せる方がいいと悟った。細かいことを言ってもどうせ 80%も伝わらないのだから、「全部お願いね」と言う方がずっとうまく行く。

そして「ホウレンソウ (報告・連絡・相談)」なんて求めない(参照)。むやみに「ホウレンソウ」なんてやられたら、せっかく全面的に任せたのに結局面倒が返ってくる。自分で考えて適当にやってもらう方がずっといい。その方が後輩としても気が楽だし、自分で考えてコーディネートできるから、次に頼んだ時はもっと頼もしい後輩に育ってくれている。

仕事の任せ方がわからなかったら、つべこべ言わず「ぜぇんぶ、お願いね!」と言うしかないのである。

 

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2019年11月16日

ココログの 「HTTP化」 による不具合

ココログがまた余計なことをして不具合を生じさせてくれている。ユーザーページに「【ココログ】ユーザーブログのHTTPS化に対応しました」という「おしらせ」が掲載されたのは、今月 8日のことだった。

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「HTTPS化」されたのはいいのだが、それ以後、私のブログのサイドバーに「アクセスカウンター」や「アクセス地域ランキング」「人気記事ランキング」「リンク元ランキング」が表示されなくなってしまった。さらに「サイト内検索」も表示はされるが機能しない。

まったく、ココログが何か特別なことをするとロクなことがない。それは今年 3月 19日に "ココログの 「大規模メンテナンス」 はまともに済んだ試しがない" と書いたことからもうかがわれる。

上述の「お知らせ」ページの下の方には、こんなような【ご注意】という項目がある。「https化によって、以下お影響が想定されます。ご利用の際は対応を考慮してご利用下さい」なんて、意味の不明瞭な「チョー悪文」で、そもそも「以下お影響が」って、どんな入力をするとこんな風に変換されちまうんだ?

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「ご利用の際は対応を考慮してご利用下さい」とあるから、HTTPSに設定した後で「こりゃ、ダメだ」と元に戻したのだが、不具合はまったく解消されない。設定を見直していくらきちんとやり直しても、全然ダメだ。

これらの不具合は、もしかしたらある程度時間をおけば解消されるかもしれないが、ダメなままという可能性もある。昨日や今日のブログなら、ほかのシステムに引っ越すという手もあるが、私は 15年近くも毎日更新を続けていて常連や他からのリンクも多く、簡単にそれをするわけにもいかないので、ほとほと困っている。

 

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2019年11月15日

そんなにまで安倍晋三と一緒に写真に写りたいのかね

近頃は例の「桜を見る会」の話題でもちきりである。なんでも当日は新宿御苑は貸し切り(つまり一般客は入園禁止)で、18,000人もの人がワイワイガヤガヤと浮かれまくっていたのだそうだ。

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いわば「チョー大規模な懇親パーティ」だよね。この IKKO (って表記でいいんだよね?)というタレントみたいに、白無垢の着物で首相の腕にぶら下がり、ことさらなポーズで目立ちまくることで何らかの存在意義を発揮し、安倍晋三にとっても変なパブリシティ効果があったりする(あるいは「あったりしていた」)わけだ。

で、今年 4月までは、この「桜を見る会」に招待されることは結構なステイタスになったりしていたんだろうが、今となってはこんな「証拠写真」まで公にされちゃって、「うわ、はしゃぎ過ぎ、カッコわる〜」に変わってしまったわけである。まさに『時代は変わる』わけで、あまり浮かれちゃいけないってことだ。

私なんか、「そんなにまで安倍晋三と一緒に写真に写りたいのかね」と、呆れるばかりである。下手したら「末代までの恥」になりかねないのに。それにしても、みんな楽しそうに写っていて、「こういうの、好きなんだろうなあ」と思わせられるばかりだ。とくに白無垢の着物の人。

山口県の藤井律子・周南市長は、自身のブログで 2014年と18年の「桜を見る会」出席記事を削除していたという。18年の記事では、片山さつき議員に「山口県からたくさんの人が来てくださっているわね~。10メートル歩いたら、山口県の人に出会うわよ!」と声をかけられたと、余計なことまで書いていたらしい。(参照

まあ、どこの業界でも総会なんかの後には一流ホテルで懇親パーティを開いたりするものである。私の関係していた繊維業界やアパレル業界でも、バブルの頃にはホテル・オークラやニューオータニで派手なパーティをしていた。

当時の私はプレス関係とか当事者の端くれみたいな立場で、仕事だからしかたなく参加していたが、ちっとも楽しくはなかったね。終わったら二次会なんかに行かず、さっさと帰っていたものだ。

この「桜を見る会」に参加するような人たちってのは、終わって暗くなっても、「人脈作り」とか「票や仕事を固めるお付き合い」とかで、いろいろ大変なんだろうなあと思うばかりである。来年は中止だそうだから、また何か別な集まり(目立ちすぎず地味すぎない、ちょうどいい頃合いのヤツね)を考えて暗躍する人たちが出てきそうだ。

 

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2019年11月14日

北海道は喫煙率が高いとは聞いていたが

今月は北海道に既に 2度出張した。内地と比べるとやはり寒い。ただ、外は寒いが屋内に入るとやたら暖かいというか、率直に言えば「暑い」ぐらいで、活発に歩いたりすると汗ばむ。そして目立つのは、街頭で煙草を吸っている人の多いことだ。どうやら北海道は、喫煙率で全国トップを独走しているらしいのである。

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北海道移住ナレッジ」というのは、北海道に移住して 5年経ったという方が、今後移住する人のためにいろいろな情報を満載しているサイトだが、この中の「デメリット」というカテゴリーに「札幌のたばこ臭さに啞然! 北海道は喫煙率で全国トップを独走中!!」というページがある。「札幌のたばこ臭さ」というのは、確かに言えていると思う。

2016年のデータでは、北海道の喫煙率は 24.7%で 6年連続の全国 1位。これは女性の喫煙率が支えているらしい。以下は 2013年のデータだが、全国平均の喫煙率は、男女計で 21.6%だが、北海道は 27.6%。そして男性喫煙率は、全国 33.7%、北海道 39.2%、女性喫煙率は、全国 10.7%、北海道 17.8% となっている。(参照

男性喫煙率だけをとれば、北海道は青森、佐賀に続いて 3番目の高さだが、女性喫煙率は 2位の青森県(14.3%)を大きく引き離している。北海道の女性は喫煙者が比較的多いようなのだ。

昨日、札幌から新千歳空港に向かう前、お昼過ぎ頃にちょっとコーヒーでも飲みながらメールのチェックをしようかと、札幌駅地下の「宮越屋珈琲」というところに入った。ここは北海道を中心に東京にも店を構えるチェーン店らしい。店を一歩入っただけで、ちょっとタバコ臭いのが気になった。以下は Twitter に書いた文のコピーである。(参照

昨日、札幌の某チェーン系喫茶店に入ると、
店員「煙草は吸われますか?」
私 「吸いません」
店員(奥を指して)「では、禁煙席にどうぞ」
私 「えっ、じゃあ喫煙席は?」
店員(手前を示して)「こちらです」
私 「仕切りはないの?」
店員「ありません」
私 「では、サヨナラ」

というわけでさっさと出てきて新千歳空港まで行き、ラウンジ(さすがに全面禁煙だった)で PC を広げて仕事をした。店内全面禁煙がフツーのことになってきた今どき、喫煙席との間に仕切りすらないコーヒーショップというのは珍しい。女性の間でタバコの煙に抵抗感が強い地域では、こんなスタイルでの営業は到底無理だ。

私としては、今年 7月から法的に公共施設や商業施設では屋内全面禁煙になったと勘違いしていた(今年 7月 1日の記事でちゃんと書いてるのに)のだが、実際には「学校・病院・児童福祉施設等・行政機関の庁舎等」などの敷地内が原則禁煙になっているだけのようなのだ。屋内禁煙が全面施行となるのは 2020年 4月かららしい。「オリンピックに間に合いさえすればいい」というセコい意識が見え隠れする。

北海道は素晴らしいところだが、人が大勢集まるところでのタバコの煙には注意する方がいいようだ。私は「副流煙による健康被害」なんてものはそれほど気にしていないのだが、とにかくあのヤニ臭さがイヤなのだよね。(ダメ押しで言うが、今年 7月 1日の記事は "「お前、臭いんだよ!」で、喫煙者はかなり減るはず" というタイトルだった)

 

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2019年11月13日

相変わらずの晴れ男だが、ホテル運がちょっと低調

先月末からの怒濤の連続出張がようやく終了しようとしている。何しろ 10月 29〜31日に四国愛媛県に出かけて一旦つくばの地に戻り、その後は 11月 3〜4日と北海道の深川市。そしてまたつくばの地に戻っていろいろこなし、8〜9日には南国土佐へ。またまたつくばに戻っていろいろあって、12〜13日に札幌という移動だった。今、新千歳空港でこれを書いている。

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わずか半月ほどの間に北海道と四国を 2度ずつ往復したのだからまったく効率が悪いが、先方の都合に合わせた結果だから仕方がない。いずれにしても結構疲れてしまって、自分が還暦を遙かに過ぎてしまったという歴然たる事実を痛感してしまったよ。10年前だったら、どんなにハード・スケジュールでも余計なところまで足を伸ばして旅を楽しんでいたのに。

前にも書いたことがあるが、私は出張先でビジネスホテルに泊まる場合は朝食と大浴場付きを優先して、第一に「スーパーホテル」、第二に「ルートイン」を選んでいる。とくにスーパーホテルはエコ・マインディッドな基本方針とリーズナブルな宿泊料金も含めて気に入っている。

11月 3日の北海道出張では「ルートイン」に泊まったのだが、5日の「ビジネスホテルの「ルートイン」にもいろいろあるのだね 」という記事に書いたように、珍しく期待外れだった。私はホテルに泊まる場合はあまり細かいことは気にしないものの、スーパーホテルの次にご贔屓とするルートイン・チェーンだけに、ちょっと失望気味だったのである。

で、今回の札幌出張ではここを避けて「JR イン 札幌」というホテルに泊まったのだが、残念ながらルートインの方がずっとマシだった。何しろ、ルートインより 1泊 1,600円も高いくせに大浴場もないし、朝食にしてもパンと飲み物とサラダのみ。そのサラダもあっという間に品切れ気味になって、器にへばりつく程度のキャベツの千切りしか食べられなかった。

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とくにイラってしまったのが、2台並んだエレベーターの今どき珍しいほどのお馬鹿さ加減である。連動がチョー下手くそで、いつも 2台並んで上がったり下がったりしている。上の写真はとくにタイミングを選んで撮ったわけじゃなく、しょっちゅうこんな具合なのである。これだったら別に 2台なくても 1台で済んじゃうよね。

とくに呆れたのが、朝食のために 7階の部屋から 1階に降りようとした時である。この時は両方が 1階にあって、ボタンを押すと珍しく右側の 1台だけが上がってきた。要するに誰かが乗り込んだようなのである。ところがその客はすぐ下の 6階で降りたらしく、エレベーターはそのまま長々と停止して動こうとしない。

多分ドアが開きっぱなしでなかなか閉まらないのだろう。私なら降りる時にひょいと「閉じるボタン」を押すがなあ。ちょっとイライラし始めたところで、何とまあ、そのエレベーターには別の誰かが乗り込んだらしく、ノー天気に下がり始めてしまった。そしてずっと 1階で止まりっぱなしだった左側がおもむろに上がってきたのである。

「ここのエレベーターって、どれだけ気が利かないんだ!」とドツキたくなってしまったね。この時以外は、しょっちゅう 2台並んで上がったり下がったりしているくせに、肝心のタイミングでお馬鹿さ加減がさらにひどくなる。

前回のルートインが駅から遠すぎたので、今回は「駅近」を重視して選んだのだが、これも間違いだった。駅から直角方向なら近くてもいいのだが、ここは近いといっても駅から鉄道に平行して歩いた線路際なので、夜中まで電車の音がうるさく(北海道のホテルのくせに窓が二重ガラスじゃないようなのだね)、朝も夜明け前からガタガタする。

このホテル、一番上の写真にあるように、「楽天トラベル、ゴールド・アワード 2018」というのを受賞しているというので安心して選んだのだが、どこがどう評価されてそんな賞をもらえたのかさっぱりわからない。この「ゴールドアワード」ということさえなかったら、私としてもこんなに失望しなかっただろうが、身の程知らずの賞なんてもらうから、期待と実際の落差が大きくなってしまうじゃないか。

そう言えば、このホテルの評価平均点数はわずか 4.05 だが、私が普段止まっているホテルは大抵 4.30 以上(私の最高のご贔屓、甲府の「ホテル昭和」なんか、4.45 だぜ!)だから、この辺りに疑問を感じて、「お客様の声」というのをきちんと読んでおけばよかった。高評価の理由はほとんど「駅から近い」という単純すぎることで、これは既に述べたように「うるさい」こととの両刃の剣でしかない。

というわけで、この半月間は出張先でのホテル運があまりよくなかったが、晴れ男ぶりだけはいつも通りにしっかりと発揮できたのでよしとしておこう。今回の札幌も昨日私が昼頃に着く前までは雨模様で、今日も私が去ると夜から崩れるらしい。要するに私が札幌にいる間だけ晴れてくれているわけだ。我ながら恐縮なほどの晴れ男である。

ちなみに上述の「ホテル昭和」に関しては、5年前に礼賛記事「ホテル昭和(甲府昭和インターすぐ近く)礼賛」を書いているので、参照されたい。

 

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2019年11月12日

「生八つ橋」「辛子明太子」「塩けんぴ」「笹かまぼこ」

私は仕事柄、日本全国に出張することが多く、既に全都道府県を制覇している。その経験から自信を持って言うのだが、各地のみやげ物の中でも迷わず買って帰れるのが、京都の「生八つ橋」、博多の「辛子明太子」、高知の「塩けんぴ」、仙台の「笹かまぼこ」である。これらは自分のためにも買って帰りたいほどだ。

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「生八つ橋」は定番中の定番というだけでなく、今回取り上げた中でも最も上品な土産で、これまで何度買って帰ったかしれない。お土産だけではなく、自分で食う分も一番小さな箱で必ず買って帰るほどだから、もう外せない。周囲の連中も、「tak さんが関西方面に行ったら、生八つ橋のお土産が楽しみ」と思っている。

博多の「辛子明太子」は今や日本中どこでも買えるが、やはり本場物はひと味違う気がする。ただ生ものだけに、買ってからさらに何カ所か廻るというスケジュールの時は諦めざるを得ないのが残念だ。

庶民派土産の代表格は、高知水車亭の「塩けんぴ」である。高知に行ったら、迷うことなくまず自分がホテルで食うために 1袋買い、帰り際に土産としてさらに買う。食べ始めると止められなくなるから、注意しなければならないほどだ。

東北では仙台の「笹かまぼこ」にとどめを刺す。これも博多の「辛子明太子」同様に最近はどこのスーパーでも買えるが、やはり本場物はおいしい。また帰り際にさっと買う生ものという点も共通する。

ほかの土地にも名物土産はいくらでもあるが、私としては「土地の名物(山や動物など)の形を模した最中」とか、「土地の名所や歴史上の人物の名前だけ付けた饅頭や煎餅」なんてものにはあまり惹かれない。「〇〇最中」とか「△△饅頭」「××煎餅」の類いは、大概は口に入れてしまえばごくフツーの最中か饅頭、煎餅でしかないからね。

 

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2019年11月11日

Twitter 内の「英語勉強方」は魑魅魍魎の跋扈する世界

昨日は Twitter で思いがけないカルチャーショックを受けてしまった。たまたま紛れ込んでいた宣伝 tweet に「最高の英語勉強方」とかいうのがあったのである。試しに Twitter 内を検索してみると、「英語勉強方」についての tweet だらけなのに驚いて、つい反応してしまった。(参照

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念のため断っておくが、「勉強方」というのはちょっと奇異な表記で、フツーは「べんきょうほう」と入力して変換すれば「勉強法」になるよね。それで、それも tweet しておいた。

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で、驚いたのはそれだけではない。「すごいなあ」を 2度繰り返したくなるような tweet も表示されてしまった。tweet 主は 「圧倒的美少女@Yui」というお嬢さん(?)である。まさに圧倒的なハンドルで、次のように tweet している。(注目部分を念のため赤く表示した)

この天才英語話者である私が

最高の英語勉強方を伝授してあげよう

英語で最初に勉強しべきは発音!

ふうむ、「勉強しべき」ねえ。

自分で言ってるほどだから実際に「天才英語話者」(得体の知れない表現だが)と思い込んでいるのだろうし、発音の重要さについては私も反対するわけじゃないが、彼女は日本語に関しては明らかに「凡才以下」みたいなのである。あまり驚いたのでこれについても tweet すると、なんとまあ、下図のように早速返信コメントがついた。

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なんとまあ、「ファンになっていただけたらフォローお願いします」との「ダメ押し」である。「すごいなあ」を 2度繰り返した皮肉が全然通じなかったようなのだ。

これって、ありきたりな四文字熟語で恐縮だが「厚顔無恥」の所業に他ならない。多分自動でレスされるようにセットしてあって、皮肉も通じないのだろうけどね。当然ながらファンには到底なれないので、「結構です」という極力穏やかな一言で断っておいた。

どうやら Twitter の中の「英語勉強方」というのは、何度でも「すごいなあ」を繰り返したくなるような、魑魅魍魎の跋扈する世界のようなのである。一応「要注意」と言っておこう。

 

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2019年11月10日

「ブーマー」とは特定の年齢ではなく、心の状態

6日の 「"OK, boomer" というチョー便利なフレーズ」という記事の続編である。ニュージーランド議会で、緑の党のクロエ・スウォーブリック議員が、気候変動問題に関する演説の最中に年齢に関する野次を飛ばした年配議員を ”OK, boomer" と軽くあしらったという話についてだ。

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この時どんな野次が飛んだのか、あれからインターネットでチョコチョコ調べているのだが、具体的な文言についての言及は見つからない。ただ、野次を飛ばしたのが Todd Muller というオッサン議員だということまではわかった。このオッサン、上の写真のように往生際の悪い tweet までして恥の上塗りをしている。(参照

なお、上述のリンク先である Twitter 記事に飛んで「ツイートを翻訳」というのをクリックしても、まともな翻訳は表示されないのでご注意。これは自動翻訳が技術的にまだまだだということ以上に、このオッサンの tweet がクドい悪文であるということもある。

早く言えばこのオッサン、「2050年に彼女が 50代になっても今の主張を続けていられるか疑問」なんて、下世話で無礼でガキみたいなことを、下手くそなレトリックで言っているだけなのだ。

絵に描いたような boomer ぶりなので、つい Wikipedia で経歴を調べたら、なんと私より 16個も年下の 51歳なんだそうだ(参照)。日本版ブーマーともいうべき「団塊の世代」は、そろそろ 70歳前後で、彼の写真を見る限り頭もかなり薄くなってることだし、精神的にはそのくらいの年齢なのかもしれないね。

まさに "Boomer isn't a specific age, it's a state of mind." (ブーマーとは特定の年齢ではなく、心の状態である)と言うほかない。これはもう、英語圏では常識となったテーゼのようである。

もっと端的に意訳すれば、「オッサン(あるいは『じじい』)化するのは、年齢よりも心のせい」ということなのかもしれない。なるほど、日本にも若いくせに妙に「団塊じじい」みたいなことを言うやつがいるものね。

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2019年11月 9日

日本国内の(感覚的)時差

下の写真は今日、高知から帰ってきて降り立った地元常磐線取手駅前の光景である。駅前だけに街灯に照らされてはいるが、空は既に夜空の様相に近付いていて、「さすがに日が短くなったなあ」と思わせられる。

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今朝は高知県で夜明け前から起き出して仕事をしていたのだが、さすがに高知は西日本である。朝の 6時半近くになってもまだ暗い。逆に昨日は夕方の 5時を過ぎても十分に明るいのだった。今どきの茨城県では、夕方 4時半過ぎにはかなり暗くなってしまうのに。

試しに 11月の高知県と茨城県の日の出、日の入り時刻を調べてみると、下の表のようになっている。

  日の出時刻 日の入り時刻
高知県 6:32 17:05
茨城県 6:09 16:36

つまり私は 6時半を過ぎないと日が昇らない高知県で朝を迎え、4時半過ぎには日が沈んでしまう茨城県に戻ってきてしまったのだ。同じ地域で過ごせばほぼ 10時間半の日の照る時間を過ごせたのに、今日の私は 10時間しか日の目を見ていない。ただでさえ日が短くなって、なんとなく淋しい気分になる季節なのに、今日はそれが極端に感じられた。

これがもっと西の長崎県から帰ってくるとなると、さらに極端に感じられる。長崎県に出張して早起きすると、実感的には夜中に起き出しているような気がしてしまう。本日の長崎県は、日の出が 6:45、日の入りが 17:24 だから、長崎県から帰ってきたとすると、さらに 10分ほど日が短く感じられるというわけだ。

逆に、夏至の頃に茨城県で朝の 4時ぐらいに起きて九州に出張すると、1日がかなり長い。調べてみると、6月頃の茨城県の日の出は 4:20 で、長崎県の日の入りは 19:30 だ。15時間以上も日を浴びていられるのだから、心も晴れ晴れしてしまう。もっとも 6月は中旬以後は梅雨に入ってしまうことが多いから、上旬がお薦めだろう。

逆に、冬至の頃に長崎県から茨城県に帰ってきてしまうと、日の出が 7:22 頃で、日の入りが 16:25 頃。つまり 9時間しか日照時間がないことになる。これではいくらなんでも淋しい気がするだろうね。

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2019年11月 8日

羽田空港の断水に遭遇してしまった

今日は高知に来ている。先日北海道に行って帰り、その翌日から羽田空港の水道水がしょっぱくなってしまったということで、断水になった。そして今日ぐらいには復旧するだろうとみられていたのだが、空港第 2ビルの復旧は今日の午後になってしまい、昼一番の便で立ってきた私は間に合わなかった。

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写真は空港トイレの様子。水洗の水は流れるのだが、手洗いの水は「使用禁止」の札が貼られている。ミネラルウォーターのボトルがずらりと並べられておりlこれで手を洗えということのようだった。

羽田には明日の夜に戻るので、その頃にはさすがに復旧しているだろうが、こんなの初めてである。

それにしても日本人は従順なもので、こんな状態でも誰も一言も文句を言わず、黙々とミネラルウォーターで手を洗っていたのである。まあ、ほかに仕方がないのだから、当然といえば当然だが。

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2019年11月 7日

"OK, boomer" というチョー便利なフレーズ

"25歳議員が年配議員の野次を平然とあしらった「OK、ブーマー」の一言 NZ" という CNN の記事が注目を集めている。"ニュージーランドの議会で気候変動問題について演説していた 25歳の女性議員が、年齢をからかう野次を飛ばした年配の議員を「OK、ブーマー」の一言で黙らせて、同世代の共感を集めている" というのだ。

 

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記事には次のようにある。

緑の党のクロエ・スウォーブリック議員は 5日、2050年までに二酸化炭素排出量をゼロとする目標を掲げたゼロカーボン法について演説していた。

演説では、何十年も前から気候変動問題を認識していながら、政治的駆け引きに終始してきた世界の首脳らの対応を批判。「私の世代、そして私に続く世代には、もうそんな余裕はないのです。2050年には私は 56歳になります。そして今、この第 52回議会の平均年齢は 49歳です」と続けた。

スウォーブリック議員の年齢をからかう野次が飛んだのはこの時だった。しかし同議員は「OK、ブーマー」の一言で軽く受け流すと、何事もなかったように平然と演説を続けた。議場は静まり返り、スウォーブリック議員の後ろでクスリと笑いを漏らす男性もいた。

記事に添えられたビデオではスウォーブリック議員の演説の声以外は聞き取れない。この件でインターネットにアップされたほかのビデオを聞いても、どんな野次だったかはやはり聞き取れない。

ただ、野次を飛ばした議員は「ブーマー」というのだから戦後のベビーブームに生まれた人間で、きっとオッサン趣味以外の何物でもないつまらない野次を飛ばしたのだろう。

その野次に対してスウォーブリック議員は、「はいはい、勝手に言ってなさい。私はあんたなんかに付き合ってるほど暇じゃないから」ってな感じでさらりと "OK, boomer" とやっている。なかなかのものだ。これ、インターネットなどでベビーブーマーの言動をテキトーにあしらう場合に使われる便利なフレーズであるらしい。

なかなか便利なフレーズである。日本語でもこんなのが欲しいところだ。

それにしても、ニュージーランド議会の平均年齢が 49歳というのは羨ましくなるデータである。日本では 2017年 10月の衆院選における当選者の平均年齢が 54.7歳だったそうで、あれから 2年経っているから、今は 56.7歳ぐらいだろう。そして内閣閣僚の平均年齢は、61.6歳だそうだ。

「え? 案外若いんだ!」と意外に思ってしまったのは、テレビ・ニュースなどを見ると議員はみな年齢以上にオッサンぽく見えてしまうからなのだろうね。

 

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2019年11月 6日

「屋敷墓」「家墓」というもの

茨城県に住んでいると、庭や玄関先など、家の敷地内、あるいは畑の片隅など、墓地ではない自分のもつ土地に墓を建てているのがよく見られる。私の生まれた東北ではこんなことはほとんどないので、初めのうちは「へえ〜! なんでまた自宅に墓なんかもってるんだろう」と驚いて見ていた。

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こうした自分の土地に建てる墓を「屋敷墓」「家墓」などというらしい。池渕石材工業株式会社という奈良の石材会社のサイトに「屋敷墓~関東地方のお墓の一類型」というタイトルのページがある。奈良の会社らしく、埼玉に旅行したさいに、自宅の敷地内に墓があるケースを多々見て、驚いたということが書いてある。

お墓に使われる石材を販売する会社のスタッフがいうことだけに、やはり自宅に墓を持つというのは、奈良などの関西では珍しいことなのだろう。

私の住んでいるのは新興の住宅地で、ほかから移り住んでいる人がほとんどなので、屋敷墓というのは全然見られない。しかし一歩外れて前々からこの土地に住んでいる人の家をみると、敷地内に墓が建っていることは全然珍しくない。関東では一般的な話のようなのである。

「終活ネット」というサイトの "家にお墓を置く!?「自宅墓」について解説します!" というページによると、次のようにある。

みなさんは「自宅墓」について、ご存知でしょうか。
これは、遺骨を骨壺に納めて、骨壺より少し大きな石棺に入れて、自宅で供養する「お墓」のことです。
これなら自宅の仏間や床の間、家具の上などでも置くことができます。

(中略)

予算はあるので、自宅の敷地内でお墓を建てて遺骨を納めたいという人もいらっしゃるかもしれません。
しかし、これは「墓地埋葬法」に違反することになります。
遺骨は、墓地以外の場所に「埋葬」することを禁じられているのです。
たまに農家の敷地等にお墓を見かけることがありますが、これは法律ができる前に建てられたものです。
より、古いものが多いです。
管理している人が明確である内は、特別に許可されています。

つまり、遺骨を骨壺などに入れて自宅で供養することは禁止されていないが、自宅敷地内に遺骨を「埋葬」することは、今では禁止されているらしい。埋葬はお寺などの「墓地」に限られるようなのだ。ただ、この法律ができる前に自宅内にお墓が作られている場合は黙認されているということのようだ。

これを「家墓」「屋敷墓」と呼び、仏壇などに骨壺を置いて供養するなどの「自宅墓」と区別しているようなのである。

私はこの記事を書くに当たって調べてみて、骨壺に入れた遺骨を自宅に置けると知って「へえ!」と驚いた。それなら何百万円も出してお墓を購入する必要なんてないじゃないか。ただ、やっぱり自宅に骨壺を置くというのも抵抗があるだろうし、墓地を買うのもイヤだというなら、「散骨」しかないのかもしれない。

 

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2019年11月 5日

ビジネスホテルの「ルートイン」にもいろいろあるのだね

私は日本全国に出張の機会が多いので、泊まるビジネスホテルも経験を通じてある程度絞り込んである。まずこだわりたいのが「大浴場あり」という条件だ。私は日本人としては図体が大きくて、ビジネスホテルの狭苦しいバスルームではストレスになるばかりなのでね。さらに、できれば「朝食付き」ということにもこだわりたい。

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その意味で、「スーパーホテル」と「ルートイン」のチェーンなら、ある程度気持ちのいい大浴場と朝食サービスの付いている場合が多いので、優先的に選んで予約を入れている。今回の札幌出張も「ルートイン札幌北四条」というホテルを予約していたのだが、今後、ここだけは避けたいと思う。ルートインにもいろいろあるのだね。

いや、ルートイン札幌北四条の名誉のためにも、ここがひどいホテルだったなんてわけじゃないことを先に明言しておこう。ごくフツーのビジネスホテルである。そして大浴場としっかりとしたビュッフェ・スタイルの朝食が付いているのだから、フツー以上と言ってもいいと思う。ただ、私としてはこれきりにしたいと思うというだけのことだ。

理由その 1. 
部屋が狭すぎる。図体が大きいので大浴場付きを選んでいるのに、部屋がこんなに狭かったら帳消しだ。この狭い部屋にセミダブル・サイズのベッドを無理矢理詰めこむよりも、シングル・サイズのベッドで余裕を持って過ごさせてもらいたいものだ。

理由 その 2.
今時、オートロックじゃない。部屋に入る時は当然だが、出る時まで自分で鍵を閉めなければならないというのは、ズボラな私にはメンドー過ぎる。もっとも、出る時に鍵を室内に忘れるということは避けられるだろうが。

理由 その 3.
エレベーターが遅い。エレベーターが 1基しかないというのは珍しいことでもなんでもないが、このエレベーターが旧式でかなり遅いので、ちょっとイラる。

理由 その 4.
インターネット接続(Free Wifi)がかなり不安定。私の MacBook Pro はインターネットは無線接続が基本で有線接続の端子なんてないのだが、出先ではセキュリティのために基本的には Free Wifi を使わずに、有線 LAN から Wifi アダプターを経由して接続している。しかしこのホテルは Wifi オンリーで、それがかなり不安定。

理由 その 5.
札幌駅から徒歩 15分かかる。いやはや、もう少し近いかと思ったのだが、実際に歩いたら 15分かかった。運動になっていいかもしれないが、雨や雪の日だったらタクシーを使いたくなる距離だよね。

というわけで、今月はもう一度札幌にくる予定だが、別のホテルを予約した。

それから、これはこのホテルに限ったことじゃないが、日本人というのはどうしてエレベーターに乗ると後ろも確認せずにいきなり「閉 ボタン」を押すのだろう。今朝もチェックアウトしようとして廊下を歩いているとエレベーターの着いたのが確認できたので、小走りで乗り込もうとしたところ、先に乗り込んだオッサンがいきなり「閉 ボタン」を押しやがった。

「ふざけんじゃない!」とばかりに駆け足でドア口に行き、ギリギリのタイミングでボタンを押して乗り込んだのだが、先に乗っていたオッサンは一言も詫びようともせず、ムッとしている。外国だったら "Door Open" ボタンを押して待つのがエチケットだから、後ろの確認もせずにドアを閉じるのはヒンシュクものの行為なのに。

これ、日本のエレベーターは 「閉 ボタン」を押さないといつまでもドアが開きっぱなしという仕様になっていることが多いためだろう。逆に欧米のようにすぐにドアが閉まる仕様だったら、「先に乗った人が『開 ボタン』を押して待つ」というのが標準のエチケットになるだろうに、日本の場合は逆効果である。
(参照:エレベーターの 「閉じる」 ボタンを押す習慣)

とまあ、こんなことまであったので、これはこのホテルの責任というわけじゃないが、ますます印象が悪くなってしまったのだよね。

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2019年11月 4日

Apple Watch で億劫にならない運動

今年の 5月 19日に「フィジカル・コンシャスになっちゃってる今日この頃」という記事を書いている。Apple Watch の「アクティビティ」という機能を使っているせいで、なんとなく意識的に軽い運動を厭わないようになり、その結果として健康にもいいみたいなのだ。

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上の写真は、今年 10月から 今日 11月 4日までの「アクティビティ」の結果を、iPhone で表示させたものである。3つのリング、外側から「赤: ムーブ = 消費カロリー」、「緑:エクササイズ = 運動した時間」「青: スタンド = 1時間に1回・1分以上立ったり歩いたりした回数」を示している。

私は 1日の目標を「アクティビティ 600cal、ムーブ 30分、スタンド 12時間」と設定しており、この iPhone のデータをみれば、10月 1日以降(実際にはもっと前からなのだが)、ずっと 3つのリングを完成させていることがわかる。つまり、毎日それほど激しい運動を継続しているというわけではないが、軽い運動以上のエクササイズをずっと続けているということだ。

『知識連鎖』というページに「痩せたい!と言うくせにに太ってる人が運動をしない科学的な理由」という記事がある。簡単に言うと、「肥満になると運動をするのが億劫になるということ。それがますます肥満を助長するという負のスパイラルが発生するということ」なのだそうだ。それを解決するには、億劫にならない程度の軽い目標を設定することから始めなければならないらしい。

「今より10分多く運動」よりもさらに低くして、まずは1日1回いつもより多く歩いてみる…で良いんじゃないでしょうか。最初は低いところから初めて、クセをつけていけば良いのです。

なるほど、こうした分析からすると、Apple Watch の「アクティビティ」機能を利用すると、それほど重い運動ではないが、結果が表示されて気持ちよく続けられるという利点がある。ただ、問題はしっかり歩いたり自転車をこいだりすると、脚部に筋肉がついて、筋肉は脂肪より比重が重いから、体重は減らないということだ。

まあ、とっくに還暦を過ぎた身からすれば、数字としての体重は減らないが腹の出っ張りは解消されるから、見た目と実質の両方の効果はあるということだ。

 

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2019年11月 3日

「勝利」と「敗北」という対義語

「勝利」と「敗北」という言葉がある。なんとなく気にかかっていたことだが、「勝利」の反対語が「敗北」で、なぜか「北」という文字が突く。なのに「勝南」という言葉があるというわけじゃない。これは一体どういうことなのだろうか。

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まずどうして「敗北」という言葉があるのかというと、「北」という漢字には、元々「敗走する」という意味があるのだそうだ。「語源由来辞典」には次のようにある。(参照

「北」は二人の人が背を向け合っているさまを示した漢字で、「相手に背を向ける」「背を向けて逃げる」の意味があり、「逃げる」の意味もある。
そこから、「戦いに負けて逃げる」ことを「敗北」というようになり、単に争いに負けることも意味するようになった。

なるほど、「北」というのは象形文字だったのだね。

一方、「南」というのは暖かい方角だから元々いい意味なのだろう。のほほんとしたイメージだから、戦いの結果を示すということにもならず、だから「勝南」なんて熟語にもならない。

ではなぜ「勝利」と「利」の字が付くようになったのか。「利」という漢字の成り立ちを調べると、「一期一名」というサイトに次のようにある。(参照

「禾」は穀物、ツクリの「刂(りっとう)」は刃物を表し、2つを組み合わせて「穀物を刈り取る様子」を表す。

というわけで、「利」の字は「鋭い」とか「役に立つ、順調な」といった意味をもつようになったという。

なるほどね。そういうわけで、「勝利」と「敗北」という対義語が成立したわけだ。

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2019年11月 2日

そろそろ年賀状のことを考える時期になった

ふと気付けば、11月に入って 2日目になってしまっている。今年が終わるまでに、もう幾日もない。そろそろ年賀状のデザインを考える時期である。

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私は年賀状のデザインには案外凝ってしまうところがあって、今年(亥年)の年賀状は、猪に「山くじら」なんて別名があるので、こんな感じだった。

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さて、来年向けはどんなデザインにしようか。今日はずいぶんいろいろな仕事をして、夜になったら疲れてしまったので、これにて失礼。明日の今頃は札幌のホテルに入っているはずだ。

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2019年11月 1日

四国からの帰路、アンパンマン列車で

昨日、四国から帰ってくる際に、岡山まで乗ったのが「特急しおかぜ 10号」で、これが最近 JR 四国が運営している「アンパンマン列車」というやつだった。作者のやなせたかしさんの父親が高知県香美市出身という縁で、そこには "やなせたかし記念館「アンパンマンミュージアム」" というのがあるという。

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これ、子どもには人気らしいが、乗ってみれば単にフツーのローカル線特急列車で、別にどうってことのないものだった。かと言って、列車の内装までアンパンマンのモチーフで埋め尽くしてしまったら、乗ってて疲れてしまうだろうしね。

疲れてしまうといえば、このアンパンマン列車で前の座席に座ったのが出張帰りらしい 2人連れで、上司らしいオッサンがのべつ大声で、自分の業績の自慢話と関連会社の幹部の無能振りを馬鹿にする話をし続ける。息を吸う以外は 1秒の感覚もおかず喋り続けるのだから、その体力たるや大したものだ。

これを延々と聞かされていた若い社員こそ気の毒である。初めのうちはテキトーに相槌を打っていたが、そのうち疲れ果ててしまったらしく、ただひたすら黙って聞くだけになっていた。

こうした状況だと、私も若い頃は血気盛んだったから「静かにしろ!」と恫喝する役割を演じていたものだが、今回はただ「困ったオッサンだなあ」と呆れて、心を窓の景色に飛ばしていた。すると 2列前の若い女性が堪りかねて「少し静かにしてくれません!?」と、強い口調で抗議した。うむ、なかなかエラい。

このオッサンとしては、同じことを男の私に言われるより、若い女性に言われたことでより屈辱を感じたようで、以後ずっと一言も発せずに黙りこくってしまった。周囲はこの一瞬を境に別世界に変じてしまい、とてつもないコントラストを醸し出したのだった。

おかげで列車内には平和が訪れた。ただそれだけで済めばいいが、この列車を降りた後で、今度は若い部下がこの若い女性に対する暴言のオンパレードを聞かされることになるのではないかと、少々心配になった。世の中、本当にいろんな人がいるものだから。

アンパンマンの平和なデザインの特急列車内では、浮世のいろいろな思いが錯綜していたのであった。

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