「ウイルスに打ち勝つ」というレトリックへの違和感
ふゆひーさんが昨日付で「これほど中身のないメッセージってなかなか書けないよね」と tweet しておられる(参照)。どんなメッセージかと言えば、宮田亮平・文化庁長官の「文化芸術に関わるすべての皆様へ」というものだ。
まさに具体論抜きの精神論で、「俺も頑張るから君たちも頑張れ」と言っているに過ぎない。これに対するお手本的な批判は、「美術手帳」のサイトの「長官メッセージに批判。文化庁は具体的な補償内容への言及を」という記事につまびらかに書かれている。
とはいえ、やれ具体的な支援策はどうなってるんだとか、保証についての具体的金額を示すべきだとかのもっともらしい話を、私がここで繰り返しても仕方がないから、そんなことは一切書かない。そもそも支援は芸術家のみならず、より広範な国民が受けるべきなのだし。
私がここで問題にしたいのは、メッセージの下から 五行目、「この困難を乗り越え、ウイルスに打ち勝つために・・・ 云々」という件だ。この「ウイルスに打ち勝つ」というレトリックは、今や最もナンセンスなステロタイプと化している。
これに類した言い方は、「ウイルスを撲滅する」「殲滅する」「ウイルスとの戦い」等々、数え上げればきりがないほど威勢のいい掛け声が、マスコミ、ネット上で飛び交っている。私は先月末頃から、こうした言い方にかなりの違和感を覚えていた(参照)。
今回の事態は、「ウイルスに打ち勝つ」などという幼稚で単純な論理で解決できるようなものではなく、根本的な文明論や哲学にまで立ち返らなければならない。それは今月 18日付の「やっぱり、ウイルスをムッとさせちゃヤバいみたいなのだ」という私の記事でちらりと触れた。
「ウイルスと闘って撲滅しよう」という発言によって代表されるような、「自然界のモロモロを、人間の都合で作り替えてしまおう」という発想は、実は人間が近代以降ずっと採用し続けてきた基調的文明論である。そしてそれ故に、しばしば自然界からの強烈な逆襲に遭うという「業」を背負ってしまった。
本来ウイルスというのは何百万年にもわたって人間と共存してきたのであり、「闘って撲滅する」相手では決してない。そして普段は共存関係にあるウイルスが突然凶暴化した姿に変貌するのは、人間との関係性においてであることが次第に明らかになってきた。
そしてそのことに最も直観的に勘付いていなければならないのは、芸術家のはずだと私は思っている。その芸術家であるはずの(金属工芸家として活躍している)宮田長官が、この期に及んでまだ「ウイルスに打ち勝つ」などと安易なステロタイプを公式に発信している。
というわけで、彼の「芸術」もせいぜいその程度のものと思われてしまいそうなのである。
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コメント
消防団員なんぞをやっておりますと、年に20回は「エラいセンセイ方の空虚な挨拶」を聞かされるものです(泣)。
「本日、第〇回××市消防大会が盛大に挙行されましたことを、心よりお喜び申し上げます。でんでん~」
全員一緒、毎年一緒、内容皆無。もう日本文化なんでしょうかね、これ。
意外と面白いのが、地元警察署長さん。やっぱ優秀な人が、現場の実体験を踏まえ、ときに協力関係になる消防団に話してくれることは面白いです。来賓あいさつが警察署長だったときはアタリです(笑)。センセイ方と違って票を考えなくてもいいですしね。
「官僚的」というのは日本ではほぼ悪口ですが、政治と関係ない立場で自由に話をさせたら、官僚も魅力的に見えます(高級官僚になるとまた違うんでしょうね)。
投稿: らむね | 2020年3月29日 21:11
まるでWW2の日本軍ですね。打ち勝つには、金属工芸家ならトンカチを使うんでしょうか。いや、トンチンカンなのか。
投稿: 辺境の黒兎男爵くん | 2020年3月29日 21:44
らむね さん:
本当ですね。警察所長さんのお話は、私も「意外におもしろい」という印象をもっています。日本の警察署長さん、かなりやりますね (^o^)
官僚の話に関しては、面白い人とつまらない人の落差が大きすぎる気がしています。
面白い人は本当に面白いですが、ある程度以上の出世ってしないのかなあ。気の毒に。
投稿: tak | 2020年3月29日 23:07
辺境の黒兎男爵くん さん:
「ウイルスに打ち勝つ」ということのイメージが、どうしてもわかないんですよね。
文化庁長官としては、きちんとイメージできた上で言ってるのかなあ。そうだとしたら、どんなイメージなんでしょうね。
投稿: tak | 2020年3月29日 23:45