« 21世紀的末法思想と、パラダイムシフト | トップページ | 地に墜ちた「三密」 »

2020年4月 5日

コロナ騒ぎで、カタカナ言葉がオーバーシュートして

コロナウイルス騒ぎが大きくなるにつれて、「オーバーシュート」だの「ロックダウン」だの「クラスター」だのと、やたらカタカナ言葉が増えている。「アヤシい和製英語を使うのはやめろ」なんて憤る人もいたりするが、少なくともこの 3つは、ちゃんとフツーの英語でも使われるのでよろしく。

200405ただ、私としては「ロックダウン(lock down)」には馴染みがなかったし、「オーバーシュート(overshoot)」、「クラスター(cluster)」もごく一般的な英語として知っていただけなので、改めてこうした状況で使われると「ははあ、左様でござりまするか」なんて恐れ入ってしまいそうだ。

私のイメージとしては、"lock down" は「家のドアに大きな錠前をぶら下げて開かないようにしてる」感じだし、"overshoot" はサッカーのシュートで力みすぎ、クロスバーのはるか上を越えてしまったような場面を思い浮かべる。 "Cluster" に至っては、単なる「一塊の集団」でしかない。

そして元々の英語のイメージとしても、こんなようなことのはずである。「都市封鎖」「爆発的感染」「感染集団」なんていうのは、今回のような特殊な状況での「超訳」と言うほかない。

こうしたカタカナ語を率先して使い始めたのは、小池百合子東京都知事あたりだと思う。彼女の英語は安倍首相なんかとは比べものにならないほど達者だし(参照)、今回の状況をヘビーな漢字熟語で言うとどぎつすぎるので、カタカナの方が刺激が少ないとでも考えたんじゃなかろうか。

ただ、刺激が少なすぎて漠然としちゃったというのはあるかもしれない。いずれにしてもカタカナ言葉というのは、「雰囲気のモノ」に流れやすいよね。

 

|

« 21世紀的末法思想と、パラダイムシフト | トップページ | 地に墜ちた「三密」 »

言葉」カテゴリの記事

コメント

都知事が何をどう考えているのかを全都民に伝えるためには、やはり日本語で語る必要があります。

小池知事が“都市封鎖、いわゆるロックダウンでございますが”と発言したあとは“ロックダウン”が幅を利かせてしまってますね。
メディアもこれを好んで使いだしたのは困ったことです。
メディアもカタカナが大好きなようです。

「都市封鎖」「爆発的感染」「感染集団」と言ったほうが直感的に意味が理解できるし、表現としてそれがどぎつすぎるとしたらむしろ結構なことだと思います。

それにしても、首相は何日も前からギリギリの状況、瀬戸際に立たされていると言い続けて、一方ではその時には躊躇なく緊急事態宣言を出すと発言しているのは理解できない。今、正に躊躇している。

東京都に限ると日毎に感染者数が前日の1.3倍くらいのペースで増えてるのに何を考えているのか。ミューヨークやロンドンの街の恐ろしい光景を見て何も感じないとしたら、首相が正常性の偏見にとらわれているとしか思えない。

私が心配性なだけか。

投稿: ハマッコー | 2020年4月 6日 01:19

ハマッコー さん:

カタカナ言葉は、決断のつかない行政当事者にとってかなり都合のいいものとして機能していますね。
まさに「雰囲気のモノ」として。

投稿: tak | 2020年4月 6日 21:13

仕事柄、このところ新型コロナ関連の英文記事ばかり翻訳しておりますが、lockdownとclusterはよく使われますが、overshootはほとんどまったく目にしません(東京都に関するニュースで""に挟まれて出てきたくらい)。

overshootを見かけるのはむしろ金融分野・市場分野ですね。インフレ率2%を目標にしたら2.5%行っちゃって困った、みたいな文脈でしょうか。

投稿: 山辺響 | 2020年4月28日 10:29

山辺響 さん:

>lockdownとclusterはよく使われますが、overshootはほとんどまったく目にしません

でしょうねえ。

たまに英文のニュースを読みますが、コロナウイルス関連で overshoot というのは、ないですよね。

別の文脈なら違和感ないですけどね。

投稿: tak | 2020年4月28日 22:32

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 21世紀的末法思想と、パラダイムシフト | トップページ | 地に墜ちた「三密」 »