« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月に作成された投稿

2020/06/30

「キャッシュレス・ポイント還元事業」というのを、終わる頃になって初めて知った

東洋経済 Online に "「現金大国ニッポン」の根強さを示す決定的証拠" という本日付の記事がある。「本日付」というのは、例の「キャッシュレス・ポイント還元事業」というのが、今日で終わるからという事情もあるのだろう。

200630

記事では、この国では何がどうあっても現金決済が健在という事実が示されている。統計的な数字が雄弁にそれを物語るのだ。「キャッシュレス・ポイント還元事業」なんて、全然関係ない。

実はお恥ずかしいことながら、私もこの「キャッシュレス・ポイント還元事業」というのをつい最近まで理解していなかった。もっといえば、終了直前の今に至ってもしっかりわかっているとは言えない。

私はコンビニで買い物をする時にはほぼ 100% Suica を使うことにしている。「モバイル Suica」のおかげで、いつでもどこでもクレジットカードから残高補充できるため、いちいち現金を使う気になれないのだ。

現金だと大抵の場合 1円玉のお釣りが発生するので、財布の中がジャラジャラになってしまうが、Suica だとそんなこともない。これが少額決済で Suica を使う最大のメリットだ。コンビニでクレジットカードを使うのもちょっと憚られる気がするしね。

で、実を言うと私は、コンビニで Suica を使ってレシートを見ると、支払金額がちょっとだけ安くなっていることに気付いてはいた。しかしそれが「キャッシュレス・ポイント還元事業」によるものとはちっとも知らなかったのである。ただひたすら「これ、一体何でだろう?」としか思っていなかった。

これは要するに、政府の宣伝不足に尽きると思う。Suica(に限らず、キャッシュレス全般)を利用すると、「ちょっとお得」ということがしっかりと浸透してさえいれば、いくらなんでもキャッシュレスの比率がもう少し増えたんじゃないかと思う。

「ちょっとお得」という理由からキャッシュレスを経験してみて、レジでの支払いがさっさと済むことや 財布の中が 1円玉だらけにならずに済むという快適さを実感すれば、6月 30日以後も現金支払いに戻る気はしないだろう。ところが宣伝不足のために、キャッシュレスの快適さがあまり浸透しなかった。

制度が終わる頃になってからニュースで盛んに取り上げても、もう遅いのである。

というわけで、日本ではこれからも、レジで現金を出し、お釣りをもらうという面倒なスタイルが減らずに続くのだろう。そして後ろに並ぶ客を待たせることになるのだろうと、ややうんざりしながら思ってしまうわけである。

 

| | コメント (8)

2020/06/29

「ワイハイ」とか「Wihi」とかを巡る冒険

一昨日は "「フェスブック」とか「ワイハイ」とか" という記事を書いた。オバサンたちの世界では、Facebook が 「フェスブック」、Wi-fi が「ワイハイ」ということになっているようなのである。

200629

ところが、今日になって気付いた。Wi-fi を「ワイハイ」とか「Wihi」とか言うのは、何もオバサンたちに限らないようなのである。試しに「ワイハイ」でググると、Google が勝手に気を利かせて ”Wi-fi" の検索結果を出してくれてしまうのだが、それを排除して純粋に「ワイハイ」のみで検索してみる。

それをするには、「ワイハイ -ワイファイ -wifi -wi-fi」としてググる。「ワイファイ、wifi wi-fi」のそれぞれの前に 「-」(マイナス)を付けると、それらを除外してくれるのだ。するとなんと、22万5000件がヒットしてしまう。

この中には「ワイハイ」という名の居酒屋関係が結構含まれるので「???」になって調べてみると、「ワインがぶ飲みするならコスパ最強ステーキ酒場へ!ワインのハイボール ”ワイハイ” が新登場」というのが見つかった。なるほど、「ワインのハイボール」とは素晴らしい和製英語だ。

そういうことなら話がわからないでもないのだが、中には「Wihi」とか「WIHI」とかいう表記も見られるのである。"Wi-fi" が「ワイハイ」に訛って、それを無理矢理アルファベット表記に戻すと「Wihi」になってしまうようなのだ。いやはや、とんだ三段論法である。

ところで ”LAN” は ”Local Area Network” の省略形だが、”Wi-fi" って何の略語かと調べてみると、元になった言葉は ”Wireless Fidelity” (無線の忠誠)なんだそうだ(参照)。ずいぶん意表を突いている。

とすると、「Wihi」はまさに「ワインのハイボール」のこととする方がいい んじゃないかと思ってしまうよね。

 

| | コメント (0)

2020/06/28

「あおり運転」という問題について考える

今月 2日に可決した「道路交通法改正案」のうち、「あおり運転」に関するものが今月末から実際の運用に供されるらしい。高速道路上のあおり運転は、最悪の場合「懲役 5年または罰金 100万円以下の罰則」となり、「一発免停」である。(参照

200628

この問題に関して私は、「あおり運転というのは、加害者が一方的に悪いというより、被害者側にも非がある場合が多いんじゃないか」と、ずっと思ってきた。高速道路の場合ではクルマの専門家も、"追越車線を走り続けるという行為は、「通行帯違反」に当たります" と指摘している(参照)。

追越車線をゆっくり走り続けるのは、俗に「通せんぼ運転」と呼ばれ、後ろから来るクルマはフラストレーションのあまり、ついあおってしまいがちだ。そして「通せんぼ運転」をするようなドライバーは、「自分があおられている」ということにすら気付かないケースも多い。

私は高速道路ではもっぱら一番左側の走行車線を走ることにしている。すると、上の写真のような場合(決して珍しい光景じゃない)でも、右側 2車線の渋滞をあっという間にすり抜けることができる。先頭に出てみると、一番右側の車線を澄まして「通せんぼ」しているのは、たいていジイサンかオバサンだ。

細かいことを言えば、左側から追い越すのも道交法違反には違いないのだが、たとえそれで咎められたとしても「道交法通りに一番左を制限速度で走ってたら、自然に前に出ちゃった」と言えばいいと思っている。それを違反だと言いつのるような警官がいたら、そいつはマトモな人間じゃない。

片側 1車線の一般道の場合、後ろから猛スピードで近付いてくるクルマがあったら、私はさっさと左ウインカーを出して左端に停まり、追い抜かせてやることにしている。そいつが先の方で事故を起こそうが、取り締まりにあって違反キップを切られようが、こちらの知ったことじゃない。

実際には大抵の場合少し走れば、そいつがノロノロ運転のクルマを空しくあおっているのに追いつくことになるのだけどね。つまり一般道ではどんなに急いでみても、あまり違いはないってことだ。

「あおり運転」の被害者の中には、「何キロにもわたってあおられ続けて、生きた心地がしなかった」なんて言う人もいる。しかしそれは私に言わせたら、「だったら、さっさと左に寄って追い越させてやればよかったのに」ということになる。

高速道路の一番左側の車線であっという間に渋滞を抜け出すのと同様、「どうしてそこに気付かないかなあ」と思ってしまうのだよね。

 

| | コメント (0)

2020/06/27

「フェスブック」とか「ワイハイ」とか

今月 20日付の "「困ったときの再起動」という金言の限界" という記事でも触れたが、最近どういうわけかインターネット関連でオバサンの知り合いが増えてしまっている。彼女らはコロナ騒動の中で LINE などの SNS を通じての「おしゃべり」(要するに「チャット」ね)に目覚めてしまったようなのだ。

200627

そんな事情で、「困ったときの再起動」という金言的アドバイスが通じないなどといったケースが増えてきているわけだ。「”サイキドー” って、何ですか?」なんて聞かれるだけで力が抜けるのに、「電源ボタン長押し」と説明し、「ナガオシって?」なんて聞かれるとは想像もしていなかった。

さんざん苦労して当たり前の操作を説明してあげると、しばらくして「先程はフェスブックのやり方を教えてくださり、有り難うございました。お陰様でトテモ助かりました」とかいうテキストに、やたらと絵文字ちりばめまくりのお礼メールが届く。

さらに「それにしても、ワイハイって便利なものですネ ♡♥︎♡」なんていうのを見るだけで、脱力感はさらに増す。オバサンたちは若い女の子の 3倍ぐらい絵文字がお好きなように思われる。

そんなふうなことを思っていると、”絵文字の打ちすぎには要注意! おばさんだと思われやすい「時代遅れなメールの書き方の特徴」6選" という記事に遭遇した。ほぼ 1年半前の記事だが、Precious.jp 編集部はさすがにこの手の情報が先行している。

この記事で触れられた 「6選」というのは、次の通り。

1: 語尾がカタカナ

「〜カナ」「〜ネ」とかいうのは、オジサンとしては知らなかったが、昔流行った表記らしい。

2: やたらと絵文字が多い

近頃は、この絵文字に「スタンプ」なんていうのが加わって、さらに賑やかになっている。

3: 笑えるところじゃないのに(笑)を使う

オバサンは、「笑いどころ」が違うらしい。

4: ひらがなでいい所をわざわざ漢字にする

私としては、漢字かな変換システムに無意識に依存しすぎなんだと思うのだが。

5: 変なところで改行、もしくは改行なしの長文

そのために主語と述語の関係がバラバラで、わけがわからない。「読みやすさ」より「書き手側の脳内の流れ/なりゆき」が優先された結果だろう。ちなみに無駄に詮索して意味が判明したところで「それがどうした」という程度の話だから、とりあえず放っとく。

6: 句読点がやたら多くて読みづらい

句読点代わりに「謎のスペース空け」というのも確かに見られる。句読点とスペース空けの使い分けというのも、さっぱりわからない。

いずれにしても、「フェスブック」とか「ワイハイ」とかは、何とかしてもらいたいなあ。

 

| | コメント (8)

2020/06/26

つくばの地で、夕方になっても気温 30度を越している

今日は所用で茨城県南つくば地域のあちこちにクルマで行き、午後 6時前に帰宅した。外はまだまだ明るい。午前中の空は分厚い雲に覆われていたが、昼過ぎから晴れて気温もかなり上がったようだ。

200626

エアコンの効いた車内から家に入ると、さすがに妻が家中の窓を開け放していたものの、かなり暑い。机に向かい、PC を作動させると、画面からの放射熱が顔から首にかけて降りかかってくる。

デスクにある多機能クロックを見ると、気温 30.4度、湿度 61%と表示されている。むむ、午後 6時を過ぎて 30度越えとは、道理で暑いわけだ。昨日までが曇りがちで結構涼しく、今日は晴れた上に風も弱いとあっては、この変化は辛い。

新型コロナウィルス騒動で、3ヶ月近くあまり出歩けなかったが、ようやく少しはあちこちに顔を出せるようになってきた。ただ、この 3ヶ月の間の記憶がまともに刻まれていないのである。なんだか春先から急に真夏に飛び込んでしまったような感じだ。

とくに 3月末なんて、コロナ騒動立ち上がりの時期だったが、リスクを背負って北海道の網走に出張し、流氷を眺めて帰ってきたのである(参照 1参照 2)。何だか、冬から一足飛びに夏に移ってしまった気さえしてしまう。今年は時間感覚が異様だ。

このままだと、今年初めまでのようにあちこち出張しまくる生活に戻るには、10月頃まで待たなければならないだろう。となると、盆と彼岸が過ぎる頃までは、まだまだ非日常的な(あるいはあまりにも日常的すぎて違和感ありありの)時間感覚のままで暮らさなければならない。

そして来月の今日、7月 26日は私の誕生日で、68歳になってしまう。祖父がヨイヨイになって死んだ年を自分が迎えるなんて、にわかには信じられないよ。

まったく時間の感覚というのは不可思議そのものである。

 

| | コメント (0)

2020/06/25

庭の梅の木を剪定した

我が家の庭の梅の木の剪定をした。写真は剪定後の模様で、まだまだ理想的なスッキリさ加減には至ってないが、葉の散らないうちにあまり刈り込みすぎて元気がなくなるのが心配で、テキトーに中途半端なところでとどめておいた。

200625

庭の梅に関しては、毎年 3月頃になると「和歌ログ」で歌に詠んでいる。今年の歌は「例年の遅咲きなるを裏切りて咲きそろひつつある庭の梅」というものだった。

急に剪定しようと思ったきっかけは、隣家(写真の向こう側に見える家)の庭の大整理だった。隣家は離婚して戻ってきたらしい姉妹 2人と、妹の方の息子(小学生)の 3人暮らしだが、庭の手入れまでは全然手が回らなかったようで、ここ 3年ほどは庭木が茂り放題のジャングル的様相を呈していた。

先日業者を入れて一日がかりで徹底的剪定を行い、ようやく風が通るようになった。仕事に来た業者は「なんでまた、こんなになるまで放っといたの?」なんて驚いていたが、まあ、無理もない。

で、その庭師の兄ちゃんに、「ウチの梅も茂り放題だけど、剪定は秋になってからの方がいいんだろうね」と聞いてみた。すると彼は、「いやいや、今でもいいんですよ」と言うのである。「一般的に落葉樹は葉が落ちてから剪定するものと言われてるけど、梅は丈夫な木だから、いつでも大丈夫です」

というわけで、梅雨の晴れ間となった今日、思い切って枝を刈り込んだ。剪定前の写真も撮っておいて、「使用前/使用後」みたいに比べられるようにすればよかったのだが、とりあえず久しぶりですっきりした。隣家の庭のプロの仕事ぶりには到底及ばないが。

とにかく「梅は丈夫」とはいうものの、そこは素人の浅ましさ、やはり途中で怖じ気づいてしまって、理想的な刈り込みまでには至っていない。念のためとりあえずこの状態で夏を越させ、秋になって葉が落ちてから、もう少し刈り込んでスッキリ度を高めようと思っている。

まあ、また 2〜3年すればやり直さなければならないのだろうから、庭木というのは手のかかるものである。

 

| | コメント (0)

2020/06/24

マイナンバーカードとスマホの一体化なんて

ふゆひー9 さんの "スマホ買い換えました〜」と新たな Facebook アカウントを知らせてくる知人友人が複数いることを思うと、なかなか笑えない状況が起きそうだな" という tweet に、笑わせてもらった。「笑えない状況が起きそう」だというのに恐縮なことである。

2006241

そもそもの話は、FNN プライムオンラインの「政府が、マイナンバーカードとスマートフォンの一体化を検討していることがわかった」というニュースである。既に健康保険証との一体化については検討が始まっているらしいが、スマホとの連携まで考えているというのは、かなりの「前のめり」だ。

私の知り合いにも「Facebook のアカウントを PC とスマホで使い分けている」なんていうややこしいのが複数いるが、ふゆひー9 さんの知り合いには、スマホを買い換えると Facebook のアカウントも新しくするというのがいるらしい。なんとまあ、厄介なことである。

さらに厄介なのは、Facebook のアカウントを作るたびにパスワードを忘れてしまい、「ちゃんとメモしておかなきゃダメだよ」という私のアドバイスに従って 4つ目を作ったものの、メモし間違えてやっぱり入れなくなったというオバサンである。5つ目のアカウントでようやくまともに機能している。

「友達申請の仕方がわからないので、そちらから申請してください」なんて言われて Facebook 内をこの人の名前で検索すると、名前も居住地も同じ人が 5人いる。どれに申請したらいいかわからないのでとりあえず全部に申請したら、そのうちの 1個から承認が返ってきた。

「パスワードを忘れてしまった場合の入り方というのがあるから、それに従って、使っていない 4つのアカウントを削除してください」とアドバイスしても、友達申請すらまともにできないのだから、そんな「高度なワザ」を使えるはずもない。それで今でも Facebook には同じオバサンが 5人いる。

こんな状態でマイナンバーカードとスマホを一体化させたりしたら、とんでもなくややこしいことになってしまいそうだ。

 

| | コメント (2)

2020/06/23

茨城県で再び新型コロナウイルス感染症発生

新型コロナウイルス感染症については、6月 19日付の記事で「最近の感染者ゼロという呑気な茨城県に住んでいる」なんて書いた(参照)が、その翌日の 6月 20日に、茨城県で 2人の感染者が確認された。残念なことに、茨城県もあまり呑気というわけでもなくなってしまったようなのである。

200623

しかも 20日に発表された感染者は、守谷市とつくばみらい市の在住で、2人とも近所といえば近所の県南地区在住である。

上の画像で使った「新型コロナウイルス陽性者一覧」という表によれば、茨城県で最初の陽性者は、3月 17日に確認されたひたちなか市(県中央部)の 30代男性。そして 3月 27日から 4月末まではほぼ毎日のように複数の感染者が確認されていて、その多くは県南部である。

そして 5月 1日と 4日に各 2人、5日に 1人が確認されてからは、ほぼ 1ヶ月半にわたって新規の感染者が出ていなかった。これは緊急事態宣言の効果と言えるだろう。しかし 5月 25日に宣言が解除されてからは、東京都などで再び感染者が増え始め、遂に茨城県でも発生したというわけだ。

こうして見れば緊急事態宣言の効果は明らかで、解除されて徐々に規制が緩和されるとともに感染者が発生しているのだから、コロナ渦の終息はまだまだ先とみなければならない。私が前のように日本中に出張できるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。

 

| | コメント (2)

2020/06/22

内閣支持率が明らかに低迷

本日付の朝日新聞によると、同社の調査では 6月の内閣支持率は 31%、不支持率が 52%だったと伝えている。5月の調査では支持率が 29%だったというから、なんと、少しだけ回復しているというのが信じられない。

200622

他のメディアの調査をみると、ANN では「支持する」が 33.7%(前月比 +0.9p)、「指示しない」が 49.6%(前月比 +1.1p)。東京新聞では支持率 36.7%(前月比 -2.7p)、不支持率 49.7%。いずれにしても支持率は 30%内外で低迷し、不支持率が 50%内外に達している。

このままで推移すると、秋頃に国会解散になってしまうのではないかとの観測もある。私としては、国会解散なんて言うより内閣総辞職になってもらいたいのだが。

| | コメント (0)

2020/06/21

日食は全然拝めなかった

今日は夏至で、その上、日本各地で部分日食が観測されたようだが、関東の空は厚い雲に覆われて、チラとも見ることができなかった。下の写真は ウエザーニュースのサイトに紹介されていた見事な写真だ。熊本市東区の大吾さんという方が撮影したものである。

200621

台湾では見事な金環食が拝めた(参照)ということで、これはもう、羨ましい限りである。

思い起こせば月食なら何度も見たことがあって、和歌ログでも 2度ほど写真入りで歌を詠んだ(参照 1参照 2)。そしていつのことだか忘れてしまったが、見事な皆既月食の瞬間も見たこともある。

ただ、日食だけはあまり縁がない。まあ、月食に比べれば絶対的に回数が少ないのだから仕方がないのだが、小学生の頃にちょっとだけ欠けた日食を、プラスチックの下敷きを通して見た覚えがあるのみだ。この時は肉眼では眩しすぎてさっぱりわからず、全然感動しなかった。

今回の日食は、関東地方から見るのは無理とわかっていた。とはいえ、もしかしたら雲の隙間からチラッとだけでも垣間見ることができるかもしれないと期待していたが、全然無理だった。残炎。

ネットで調べたところ、次の日食で見ものになりそうなのは、2035年 9月 2日で、茨城県からも金環食が見られるという。ただ、その頃私は 83歳になってるじゃないか。

それまで生きている可能性は「充分あり」で、もしボケもせずに生き延びて金環食を拝めたら、大喜びでこのブログに書くことを今から約束しておこう。ただ大雨で見られなかったりしたら、世をはかなんでその日のうちにポックリ逝ってしまうかもしれないぞ。

【6月 22日 追記】

らむね さんのコメントのおかげで、2012年 5月 21日の朝に、出張先の甲府のホテルの窓から金環食を見たことを思い出した。ただ、この日の甲府は空のコンディション的にあまりドラマティックな見え方ではなく、鮮明な記憶として残らなかったようだ。

参照
https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2012/05/post-e3e6.html
https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/wakalog/2012/05/en-31a2-1.html

| | コメント (2)

2020/06/20

「困ったときの再起動」という金言の限界

2年とちょっと前に "「困ったときの再起動」という金言" という記事を書いた。PC でわけのわからない不具合に直面したら余計なことを考えずに、とにかく再起動してやれば大抵のトラブルは解決するという話である。

200620

この記事では、PC 関連の相談窓口を担当しているわんこが、どんな相談も ”Shut up and reboot." (黙って再起動)のただ一言で解決してしまうマンガを紹介している。まさに「金言」というに相応しい解決法だ。

ところが最近は、この「金言」がそのままでは通用しない世の中になってしまっている。オバサンたちがスマホで夢中になっている LINE 女子会の真っ最中に急に文字の入力ができなくなったとかで、「どうしたらいいんでしょう?」なんて相談されたりした場合だ。

いつものように「そういう時は、余計なことは考えずに再起動してください」と答えると、あろうことか「サイキドーって何ですか?」なんて聞かれるのである。いきなり体中の力が抜ける思いがしてしまう。

「一度電源切って、入れ直すんです」
「電源って、どうしたら切れるんですか?」

これでまた、がっくりと力が抜ける。

「電源ボタン、長押ししてみてください」
「わかりました。やってみます」
 (ややあって)
「なんだか 『ご用件は何でしょう』なんて文字が出てきちゃったんですが ・・・」

ありゃ、そうか。このオバサン、最近の iPhone ユーザーで、電源ボタン長押しで Siri が起動しちゃったのか。

というような、いろいろすったもんだがあって、ようやく再起動の仕方を説明し、解決に辿り着く。

「ああ、よかった。直りました。でもこれ、どうして直っちゃったんですか?」
「だからそういのって、再起動してやれば、大抵解決しちゃうんです」
「・・・ サイキドーって何でしたっけ?」

ああ、もう知らん!

どんなに素晴らしい金言にも、限界というものはあるようなのだ。

 

| | コメント (5)

2020/06/19

新型コロナ濃厚接触確認アプリというもの

「新型コロナ 濃厚接触確認アプリ」というものが、政府の管理で今日から利用開始されているという。アプリはスマホのアプリとしてインストール可能という話だ。

200619 

朝のラジオ(TBS)を聞いていたところ、このアプリをインストールするかどうかの緊急アンケートの結果は、「使う」が 30%台で「使わない」が 50%台だった(正確な数字は覚えていない)。60%以上がインストールしていないと実効しないというので、しょっぱなから悲観的である。

「インストールする」という解答の理由は、「安心感を得るために、とりあえず使ってみる」というのが最多。中には「プログラミングの仕事をしているので興味があり、インストールしてどんなものか見てみたい」「不安はあるが、人柱になったつもりでインストールする」というものまであった。

一方、「インストールしない」という解答の主な理由は、「個人情報の点で不安」「政府のやることは信用できない」というもの。「そんなものを使わなくても自分で気を付けている」という解答もかなり多かったようだ。とはいえ、最大の理由は「何それ? よくわからないから、面倒」ってことだろう。

問題は、このアプリをインストールする人が少ないと、大きな効果が期待できないということだ。アンケートに「インストールする」と答えた人のすべてが実際にすぐインストールするとは到底思われないから、当面は実効が期待できないだろう。

そして濃厚接触した疑いがあるという通知が来ても、それによって優先的に PCR 検査を受けられるわけではないというのも問題だ。通知を受けてどうしたらいいかわからず、オロオロしているうちにさらに周囲にウイルスをまき散らす懼れががあるというのでは、「不完全なシステム」というほかない。

下種の勘ぐりをすると、せっかくアプリをインストールしても、今一番アブないとみられる「夜の街」のその種の店に出入りするときなんか、「そんな処に行ったのをお上に知られたくない」なんてことで、わざわざ「オフ」にしちゃう人も少なくないだろうしね。その辺りの情報こそ肝心なところなのに。

システム的に個人情報管理に関して「問題なし」ということが明確に保証されないと、このアプリが広範に普及するのは困難だろう。そしてこの問題が解決されても、「マスクをしていないとウイルスそのものを見るような目つきで見られる」というほどの「暗黙の強制力」なんて期待できないし。

私はといえば、最近の感染者ゼロという呑気な茨城県に住んでいることもあり、しばらく様子をみて判断しようと思っている。今年の春以前のように、しょっちゅうあちこちに出張しなければならなくなったら、とりあえずインストールすることになるだろうけど。

 

| | コメント (0)

2020/06/18

安倍政権の末期的症状

朝日新聞が "ポスト安倍への動き活発化 「支持率回復する要素ない」" の見出しで、安倍政権が末期的症状に陥ったことを伝えている。ついこないだまで「一強」と言われていたのが、一旦落ちぶれ始めるとあっという間である。

200618

私は一貫して安倍内閣は不支持なので、最近の支持率低落に関しては「こうなるのが遅すぎだよ」と言うばかりである。コロナ騒ぎになるまでは環境に恵まれすぎてボロが出なかったが、それ以後は無能さ加減がバレバレで、もはや「政権末期」そのものだ。

この問題では長く書く気になれないので、要するにこの政権がさっさと消え去ることを望むということで、はい、おしまい。

 

| | コメント (2)

2020/06/17

アジサイの色は土壌の酸性度だけで決まるとは限らない

我が家の隣には空き地があり、塀際のシャリンバイ(参照)の両隣にアジサイが咲いている。下の写真にあるように、片方は赤紫色で、反対側は薄い青紫色だ。

2006172

2006171

世間ではアジサイの花の色は土壌の酸性度によって決まると言われていて、酸性度が弱いと赤に、強いと青になると信じられている。リトマス試験紙とは反対に現れるというのがおもしろい。

しかし私は、昔からそれを疑問に思っていた。同じ空き地で 1本の木をはさみ、片方の土の酸性度は強く、反対側は弱いなどとは信じられない。

このことについてインターネットを調べてみると、Wikipedia の「アジサイ」のページに「花の色」という項目があり、そこに詳しく書かれていた。アジサイの花の色は、根から吸収される水分のアルミニウム・イオン量に影響されるということが次のように書かれている。

土壌が酸性だとアルミニウムがイオンとなって土中に溶け出し、アジサイに吸収されて花のアントシアニンと結合し青色を呈する。逆に土壌が中性やアルカリ性であればアルミニウムは溶け出さずアジサイに吸収されないため、花は赤色となる。

なるほど、基本的には広く信じられているように、土壌の酸性度がアジサイの色に強く影響するようなのである。しかし同じ株でも部分によって花の色の違うことがあり、これについては次のように説明されている。

同じ株でも部分によって花の色が違うのは、根から送られてくるアルミニウムの量に差があるためである。(中略)品種によっては遺伝的な要素で花が青色にならないものもある。これは補助色素が原因であり、もともとその量が少ない品種や、効果を阻害する成分を持つ品種は、アルミニウムを吸収しても青色にはなりにくい。

つまり、単純に土壌の違いだけでアジサイの花の色が決まるというわけではないようなのだ。品種によって色の現れ方に差が出るし、同じ株の内部でさえ、根から送られてくるアルミニウム量によって色の違いが生じるというのだから、なかなか複雑である。

我が家の裏の空き地のアジサイは、これだけ明確に色が違うのだから、多分品種が違うのだろう。片方は花が青くなるための補助色素が少ないか、青になる効果を阻害する成分を持ち合わせているかのどちらかのようなのである。まことにもって、自然というのは単純に割り切るわけにはいかない。

 

| | コメント (4)

2020/06/16

「誠実な人」が、つい「買いだめ」に走る

新型コロナウィルスによる感染症拡大の折、日本ではマスクが払底して「アベノマスク」なんてものが出現したが、Gigazine は 「世界各地でトイレットペーパーの買いだめが起こりました」と伝えている。そして買いだめしやすい人の性格には、ある共通の傾向があるらしい(参照)。

200616

ドイツの研究チームが世界 22カ国の成人 996人を対象として、人の性格に関するアンケート調査を実施した。この調査は「情緒」「誠実性」「正直さ・謙虚さ」「外向性」「協調性」「経験への開放性」という 6つの性格カテゴリにに基づいたものだったという。

調査の結果、トイレット−パーをより多くストックしやすいのは、「誠実性」を高く自己評価した人だということがわかった。つまり、そうした非常時に買い占めに走るのは決して「自己中心的な悪人」ではなく、実際は(誠実さ故に)「怯えている人」なのだと結論づけられたというのである。

さらに心理的には、トイレットペーパーが「主観的な安全の象徴」として機能していたことも示された。「誠実な人」が心の安定を得るために、「安全の象徴」であるトイレットペーパーの買いだめをしてしまうというのである。

英語表記だが、"Study: People who hoard toilet paper are just looking for a symbol of safety |" (研究: トイレットペーパーを買いだめる人は、単に安全の象徴を追い求めているだけ)という興味深いページもある。年長者は若い人より買いだめに走り、さらに米国人は欧州人より買いだめするとある。

つまりどんなに誠実な人でも、時としてその誠実さが逆に作用してしまうと、公共の利益に反する行動に走ってしまうのだ。人間の心理というのは、まことにもって一筋縄ではいかない。

ということは、理窟通りに諄々と説いて納得させようとしても、その努力は期待通りには実らないことが多い。結局のところ、理窟もへったくれもない恐怖政治的なものの方が機能してしまうことだってあるわけだ。

こうしたリスクに巻き込まれないためには、「誠実一辺倒」でいるよりは、ある程度「いい加減」な生き方に慣れ親しんでおく方がいいだろう。そう考えると、自分のチャランポランさの素晴らしい言い訳になってありがたい。

 

| | コメント (4)

2020/06/15

鳥の鳴き声のオノマトペ

この季節、我が家の裏手を流れる川の両岸は緑濃き草木に覆われる。そして昨日の和歌ログに書いたように、家の窓から川を泳ぐ鴨たちの姿が見えたりして(参照)、都会に住む人間からは別世界に思われるような様相を呈している。

200615

川岸は葦の葉が盛大に生い茂っているだけに、早朝からヨシキリの鳴き声が響く。いや、ヨシキリというのは下手すると夜中にも鳴くことがある。その鳴き声は、3年前に「ヨシキリの鳴き声 2」という記事でも紹介したが、下の動画で聞かれるように、とにかく賑やかな鳥だ。

ヨシキリは「行々子」と書くぐらいだから、その鳴き声は「ギョーギョーシー」と聞こえる。もっとも、私も以前は即物的に「とんでもない、ヨシキリは『ギャーギャー、キリキリキリ・・・』としか鳴いてないよ」と思っていたが、ある時突然「ギョーギョーシー」と聞こえて以来、そうとしか聞こえなくなった。

これについては 9年前の「ホトトギスの鳴き声」という記事で触れている。もっともこの記事はタイトルがタイトルだけに、ホトトギスの鳴き声が「テッペンカケタカ」と聞こえることについてもかなり力を入れて書いている。

で、話はようやく上の「鳴き声ノート」という画像に関連した話に辿り着く。ショビ書房というブログに "野鳥の会「鳴き声ノート」でオノマトペ感覚を養う" という記事があり、それはそれはユニークなオノマトペが紹介されている。

例えば、ウグイスはフツーは「ホーホケキョ」と鳴くということになっているが、このショビ書房さんには「トーーペキョッ チトトチトトト キッテョッキッチテョッキッ」と聞こえるという。なるほど、そう言われてみればそう聞こえないこともない。

惜しむらくは、この記事にはヨシキリの鳴き声がどう聞こえるかは書かれていない。というわけで私が改めて聞いてみると、「ジョシカイ ジャンジャン、キリキリキリ・・・」なんて聞こえて、笑ってしまった。

これ、最近仕事上で関わっている LINE グループが気にかかっていることの反映かもしれない。とにかくこのグループ、女子会度が異常に高まってトークに加わりづらくなっちゃってるのである。

 

| | コメント (2)

2020/06/14

梅雨の大雨に思うこと

下の画像は、昨日夕方の関東地方における雨雲の予想図である。私の住む茨城県南部は辛うじて大雨を免れたが、神奈川北部から東京にかけては、かなりの雨量になったようだ。

200614

とにかく梅雨に入ってからというもの、降り出せば大雨というパターンが多い。私が子どもの頃は「梅雨の雨はシトシト、真夏から台風シーズンにかけての雨は土砂降り」と言われていたものだが、近頃は梅雨でも土砂降りが当たり前になった。

考えてみれば、最近は 5月の声を聞けば昔の真夏以上の暑さになるのが珍しくないのだから、梅雨でも台風まがいの降り方になって当然である。そしてさらに台風シーズンの本番になってしまうと、「数十年に一度の」とか「経験したことのないほどの」なんて豪雨被害がしょっちゅう起きる。

思い起こせば、1960年代に山形県庄内の酒田市で小学生時代を過ごした私は、夏休みの絵日記の「お天気欄」に 30度以上の気温を記すことは滅多になかった。当時の庄内の地では、よほどのことでないと 30度には手が届かなかったのだ。

気象庁のデータによると、私が高校 2年(17歳)だった 1969年、酒田の 8月の月間平均気温は 23.9度、最高気温の平均は、27.5度だった(参照 1)。この年はちょっとした冷夏で比較に問題ありかもしれないので、翌 1970年 8月の統計をみても、それぞれ 24.6度、29.2度となっている(参照 2)。

そして昨年(2019年)の 8月はそれぞれ 27.0度、31.2度だ(参照 3)。ほぼ半世紀の間に、酒田の夏の気温が確実に 2度ぐらいは高くなっているわけだ。酒田だけが特別というわけじゃないから、他の地域にしても推して知るべしである。

ちょっと前までは、あまりの極端な気候変化に「近頃の天気は、一体何を言いたいんだよ?」なんて思っていたが、最近は自然からのメッセージが理解できるようになってきた。「このままでは地球は人の住めない惑星になってしまうぞ!」と警告してくれているに違いないのである。

車椅子の物理学者として知られたスティーブン・ホーキング博士は生前に、「人類は30年後には地球からの移住を開始することになる」と述べた(参照 4)。「地球は私たちにとってあまりに小さくなっている。我々の物理資源は驚くべき速さで枯渇している」というのである。

この話が伝えられたのは 2017年 6月のことだ。ということはこれを信じるとすれば、今となっては人類が地球からの脱出を開始するまでに 27年しか残っていないということになる。

私自身はありがたいことに、その頃まで生きていないだろうが、いずれにしても晩年は相当に生きにくい環境に耐えることを覚悟しなければならない。そして「団塊ジュニア」と言われる、現在 45歳前後の人たちの晩年は、下手すると「生き地獄」の様相を呈するかもしれないのである。

「子孫のために住みやすい地球環境を残そう」なんて呑気なことを言っていた昔は、漠然と数世代後の子孫のことを想定していたような気がする。ところが現実には、もはや自分の子どもたち、いや、それどころか自分自身の晩年の地球環境を心配しなければならない状況になっているわけだ。

政治家のじいさんたちは、内心「俺たちはもうすぐ死ぬからいい」なんて思っているのかもしれないが、そうだとしたらノー天気にもほどがあるよね。

 

| | コメント (0)

2020/06/13

グルメな男は浮気に走りやすいというのだが

最近のニュースをチェックしていると、芸能関係の分野で「渡部建/浮気」という話が頻発して、「それ、誰?」と思っていた。「ずいぶん話題になってるみたいだけど、一番疎い分野だから、何も書けんわ」で、済んでいたのである。

200613

今でも、この渡部建というタレントに関してはさっぱり関心がないのだが、President Online の「渡部建失墜の衝撃! なぜグルメな男は浮気に走りやすいのか」という記事には、ちょっと興味をもってしまった。というのは、私ってばいわゆる「グルメ」じゃないので、いろいろ考えてしまったのである。

よくわからない話なので、記事からの受け売りに過ぎないが、この渡部建というタレント、有名なグルメで、恋愛心理学にも精通しているんだそうだ。で、グルメは浮気に走りやすいという話につながってしまっている。

この記事の筆者は田中絵音という女性で「日本合コン協会会長」という素晴らしい肩書である。彼女によると、いわゆる「グルメ」における "「色んな種類のメニューを味わいたい」という欲求が恋愛に置き換わると、多くの女性と交際したい=浮気する" ということになるのだそうだ。

これ、「表面的なもっともらしさ」と「その奥の強引さ」を併せ持つという、世間話のネタとしてはある意味最強の論理である。なるほど、こういう話のもって行き方をすると、世の中ではウケてしまうのかと、勉強になった。まあ、個人的にはあまり役に立たない勉強ではあるけれど。

さらに "予約の取れない店を予約できる「マメさ」と「コミュ力」" というのが、この男の重要ポイントであるとも書いている。なるほど、なるほど、そうした「マメさ」と全然縁のない「面倒くさがり」の私は、浮気さえマトモにできないのだと納得すれば、話が早いわけね。

こうしてみると、私が妻と結婚できたのはまるで奇跡のような話に思えてしまう。しかし考えてみると、妻も世間一般でいうところの「マメな女性」というわけじゃないので、似た者同士ということで、この奇跡が実現しちゃったのだと思うしかない。

というわけで、お互い気楽なのが一番という結論に達して、結局のところ、恋愛論の足しには全然ならないのであった。

 

| | コメント (0)

2020/06/12

津々浦々のカラオケ店

緊急事態宣言が解除になり、いろいろな業種が営業を再開している。ちょっと歩けば田園地帯という私の地元でも、カラオケ店が何店も派手な幟を立てて営業再開をアピールしていて、私としては「近所にこんなにたくさんカラオケ店があったんだ!」と、今さらながら驚いている。

200612

上の写真の店は「日替わりランチ」の幟を立て、「大小宴会」まで訴求して、結構繁盛しているらしい。聞くところによると、とくに年寄り連中の「昼カラオケ」なるものの需要が大きいらしいのだ。妻の知り合いにも「昼カラオケ好き」がいて、「単なる食事代としても安い」なんて言っているという。

それに、店側でも食事と酒を出しさえすればあとは放っておけばいいので、案外楽なのだろう。勝手に飲み食いして、勝手に歌って、勝手に楽しんで帰るだけというなら、手間がかからない。

ただ、今日になって北海道の「昼カラオケ」でコロナのクラスターが発生したというニュースが入った。読売新聞は "「昼カラオケ」盲点だった…高齢者憩いの場でクラスター" の見出しで伝えている。

カラオケは「大きな声を出したり、マイクを共用したりするため、感染拡大のリスクがある」と指摘されている。それでも他にすることがないし、夜に出歩くのも憚られる年寄りには、「昼カラオケ」が得がたい楽しみなのだろうね。

それでなくても「日本人、カラオケが好きだなあ!」と、いつも思ってしまう。諸外国でもないわけじゃなく、"Karaoke" は今や立派な国際語になっているが、こんなに津々浦々にまでカラオケ店があるというのは、多分日本ぐらいのものだろう。

私は歌いたかったら自前のギターで弾き語りするから、カラオケというのは悪いけど今イチわからないところがあるのだよね。

 

| | コメント (0)

2020/06/11

「接触冷感マスク」が届いた

3日前の記事で、Amazon で購入したと書いた「接触冷感マスク」が、昨日届いた。もっと時間がかかると思っていたが、かなり迅速だ。3枚 1組で、1,580円の商品(参照)である。

200611

さっそく着用してみると、水着素材を使用しているというだけあって、さらりとした感触である。フツーのマスクは着けて数分するだけでムレムレ感が生じるが、これは時間が経ってもそんなことはない。

とはいえいくら「接触冷感」とは言っても、着用感が「そのままでひんやり」というわけではなく、「それほどには蒸れない」という程度の話である。気温の高い状態で着用し続けたら、それなりに暑さを感じてしまう。

しかしよく見ると、「奥の手」が使える構造であることがわかる。二層構造で袋のようになっていて、内側に保冷剤を仕込むことができるのだ。上の写真は内側から見た状態である。

もっとも、冷凍した保冷剤をそのまま忍ばせるのでは、初めのうちはいくらなんでも冷たすぎる。下手すると口の周りがしもやけになりかねないから、ティッシュ・ペーパーでくるんで入れるといい。

そうすることで、保冷剤が表側に透けて見えることも防げるので安心である。試しに日中の暑い最中に冷房を点けずに保冷剤入りで着用し、PC に向かって仕事をしてみたが、常にひんやりした空気を呼吸できるので快適だった。

ただ、保冷剤なのでずっと着用しているうちにどんどん解けて冷たさは薄れる。それでも体温よりは冷たい状態がかなり長く維持されるので、どうしようもないほどムレムレになってしまうわけではない。

ちなみに保冷剤を仕込むというのはフツーのマスクでもできないことはないが、素材がコットンかコットン比率の高い混紡だと、すぐにじっとりと濡れてしまうだろう。ところがこれは水着素材なので乾燥が早く、ドライな状態を維持できるのがいい。

実際の使用にあたっては、出かける直前まで冷凍庫で冷え冷えに凍らせておいた保冷剤を断熱性のあるパックに入れて持ち歩き、会議の直前にマスクにセットすれば、2時間程度ならひんやり感を維持できると思う。少なくとも熱中症の心配はしなくて済みそうだ。

 

| | コメント (0)

2020/06/10

太田光(いや、ドド君か)は、どうやら弥生人ぽい

TBS ラジオの日曜お昼の番組『爆笑問題の日曜サンデー』、15時台の『あなたとやりとり ドミンゴドミンゴ』のコーナーで、太田光扮する(と思われる)「ドド君」が、毎週都々逸を披露している。

200610

都々逸というのは「七・七・七・五」の音韻律によって、三味線に合わせて歌われるもので、「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」とか、「惚れて通えば 千里も一里 逢えずに帰れば また千里」とかいう、アレである。そしてドド君の都々逸、こう言っちゃナンだが、はっきり言って「ヘタくそ」なのだよね。

ドド君の都々逸を効くと、私はついワセダで伝統演劇を専攻していた頃の、武智鉄二氏の講義(時期は 1970年代半ばだったと思う)を思い出す。武智鉄二氏といえば、1980年代の『白日夢』の映画化で話題になったが、本来は演劇評論で名をなした人だ。

武智氏の講義については、2017年 5月 10日付の「三味線やギターを手にすると、縄文人の血が騒ぐ」という記事で書いているので、よろしければ参照していただきたい。彼の講義で今でも印象に残っているのは、「三味線の盛んな土地の人は歌がうまい」という話である。

三味線は沖縄に「サンシン」として上陸し、そこから「三味線」として日本中に広まった。上方や江戸で盛んになったのは当然だが、博多から北陸、津軽にかけての土地で、どういうわけか妙に盛んになっている。そう言われれば、すぐに「越後瞽女」や「津軽三味線」が思い浮かぶだろう。

武智氏によれば、これらの土地に住んでいるのは「縄文人」の血を色濃く引く末裔で、一方、山陽から上方、東海、関東にかけての人たちは、「弥生人」の血を引く系統だという。そして武智氏は、縄文人系は概して三味線との相性がよくて歌が上手いが、弥生人系は、歌が得意じゃないという。

縄文人系は三味線を抵抗なく受け入れ、メロディに強いが、対照的に弥生人系はメロディに弱い。縄文人は三味線を駆使した津軽民謡などの自由自在な歌を苦もなくこなすが、一方の弥生人はそうはいかないので、「謡曲」(あの「能」の音楽ね)みたいに、メロディのない一本調子の曲をもっぱらとした。

ちなみに「都々逸」というのは、三味線に合わせて歌われるもので、結構メロディが重視される。で、太田光は都々逸特有のメロディをこなすのが、悲しくなるほどに下手っぴいなのである。というわけで、太田光の出身地を調べてみると、埼玉県上福岡市だというではないか(参照)。

ここで「ははあ、なるほど!」と合点がいった。太田光は、どうやら弥生人の血を色濃く引いているようなのだ。それで、いつまで経っても都々逸をこなせないのだね。多分、謡曲ならなんとかイケると思うのだが。

あ、いや、弥生人ぽいのは、あくまでも「ドド君」だったね。失礼。

【6月 11日 追記】

武智氏の「弥生人/縄文人」に関する説は、彼の『古代出雲帝国の謎』といいう書に詳しく書かれている。

| | コメント (0)

2020/06/09

死ぬより日焼けがコワい女性たち

多くの都道府県で、自転車の傘さし運転は明確に「道交法違反」と規定されている。例えば東京都では自転車の傘さし運転は「5万円以下の罰金」と規定されているだけでなく、「傘を器具で取り付けての運転」さえも同様に「5万円以下の罰金」となっている (参照)。

200609

我が茨城県でも、自転車の「携帯・ヘッドホン・イヤホン・傘差し」運転は「5万円以下の罰金」である(参照)。ところが見る限りでは、この規定はほとんど守られておらず。歩行者が「傘を差すほどじゃないな」と思うような僅かな雨でも、自転車で傘さし運転をする人がいくらでもいる。

さらに驚くべきことには、雨でもないのに傘さし運転をする女性が多い。とくに最近はママチャリに乗った女性の半分以上が日傘をさしている。上の写真は、我が家の裏の川沿いの土手の道を、日傘を差して自転車で行く女性の後ろ姿である。

ついでに付け加えると、傘さし運転をする女性のほとんどは、なぜか傘を左手に持っている。ということは、何かあって急ブレーキを掛けるときには、右手で自転車の前輪のみにブレーキを効かせることになる。つまり、前につんのめって転倒するリスクがとても高い。

「なんで、雨でもないのに傘さして自転車に乗るんだろう」と言うと、妻は「あの人たちにとっては、怪我するよりも日焼けの方がずっとコワいのよ」と、素っ気なく答えた。さらに言えば、「罰金 5万円」を払うよりも日焼けの方が嫌なのだろう。まあ実際には、そんな罰則さえ知らないのだろうが。

とにかく天気に関わらず傘をさして、交通量の多い道路の右側を自転車でフラフラと走る(つまり「逆走」ね)女性が多いので、彼女らは「怪我をするよりも」どころか「死ぬよりも日焼けの方がコワい」んじゃないかと思ってしまうのである。

【同日 追記】

そういえば、美輪明宏が「自転車に乗ってるオバサンは最強(最凶?)ですからね」と語っていたという記事を、「最強の命知らず」というタイトルで 3年前に書いているのを思い出した。

| | コメント (4)

2020/06/08

これからの季節、マスク着用は暑い!

あちこちで真夏日になった今日、某所の会議に出席した。この会議の案内には「必ずマスクを着用しておいでください」とあるので素直に従って、会場に入る直前にしっかり着用した。会議は隣の席との間隔が 2m 取ってあって余裕たっぷりではあったが、やはりずっとマスクをしてると暑い!

200608

「資源節約」とやらで冷房の温度も高めに設定されているため、途中で我慢しきれなくなり、顔とマスクの間に隙間を作ってパホパホしたりしてやっと乗り切った。このままジメジメした梅雨に入り、そして本格的な夏に突入しても「マスク着用必須」の会議が続くとしたら、ほとんど拷問である。

街に出ると多くの人はマスク着用姿で歩いていて、よくまあ暑くないものだと感心してしまう。私には到底無理だ。それでも買い物などで店に入る時などにマスクをしそびれたりすると、ウイルスそのものを見るような視線が突き刺さってくるので、いつでも着用できるようにポケットに常備している。

マスクをし続けることにどれほどの意味があるのかと、"新型コロナ予防【マスク・フェイスシールド・手袋】どう使う?" というページを読んでみた。聖路加病院 QI センター感染管理室マネージャーの坂本史衣さんという方の書かれたものだから、一応信用していいだろう。

それによれば、"マスクを着用する主な目的は、無症状の感染者の口から飛沫が出ないようにする「感染源コントロール」であり、ウイルスを吸い込むことを防ぐ「予防」ではありません" ということである。つまり、目的は「移らない」というより「移さない」ということのようだ。

無症状であっても感染している可能性はあるから、自分の口から飛沫が出ないようにするということならば、やはりマスクは着用する方が他人に余計なストレスを与えないことになる。道を歩くときまで着用する気にはならないが、人の集まる店内や会議室などでは、やはり着用する方がいいだろう。

ただ問題は、先にも触れたようにこれからの季節の「暑さ」である。ちゃんとした事業所や公共施設ほど、冷房温度は低くなりすぎないように設定してあるから、こちらの対策が必要だ。というわけで、「会議出席」のためだけを目的として、Amazon で「接触冷感マスク」というものを注文してみた。

ちなみに、マスクだけではなく「フェイスシールド」というものもあるらしい。こんなのだ。

2006082

まあ、マスクが暑すぎる場合の選択肢ではあるかもしれないが、実際にこんなものを着用していたら、マスクなしでいるよりも変な視線を浴びてしまうだろう。

「接触冷感マスク」に関しては、実際に快適かどうかはわからないので、「お試し」ということで 2枚セットを 1組注文してみたのだが、届くのは今月中旬になるという。実際にトライしたら、ここで着用レポートしてみたい。もしそれほどの効果がなかったら、保冷剤まで買ったりして。

 

| | コメント (0)

2020/06/07

「タンクトップ」のことを米国では "wife beater" (妻を殴る奴)と言うらしい

ことの発端は、例の米国の事件だった。その関連での注目ニュースに "黒人青年が母から言われた「16のやってはいけないこと」が、黒人にとって警察がどれほど脅威かを教えてくれる" というのがある。

200607

米国ヒューストンのキャメロン・ウェルチさんが、若い黒人が自らの身を守るために従うべき 16のルールを母親から教えられたと、TikTok に投稿した動画が話題になっている。上の写真をクリックするとその動画に飛んで見ることができる。

その「16のルール」とは、以下の通りである。

  • 手をポケットに入れてはいけない
  • パーカーのフードをかぶってはいけない
  • シャツを着ないまま、外に出てはいけない
  • 一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも
  • 遅い時間まで外で出歩かない
  • 買わないものを触らない
  • たとえガム一つだったとしても、何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない
  • 誰かと言い争いをしているように見せてはいけない
  • 身分証明書なしに外に出てはいけない
  • タンクトップを着て運転してはいけない
  • ドゥーラグ(頭に巻く、スカーフのような布)をつけたまま運転してはいけない
  • タンクトップを着て、もしくはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない
  • 大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない
  • 白人の女性をじっと見てはいけない
  • 警察に職務質問されたら、反論してはいけない。協力的でありなさい
  • 警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに両手を乗せて、運転免許証と登録証を出してもいいか尋ねなさい

ひどいものだ。これだけでも、米国の黒人の日常がどんなにリスキーなものかを知ることができる。

で、このことについてはこれ以上くどくは書かない。私如きが書かなくても、このニュースを読めばちゃんと伝わってくる。

私がこのニュースでちょっとした興味をもってしまったのは、末尾に付けられた次のような但し書きだ。

「wifebeater」を当初「妻や女性に暴力を振るう人」と訳しておりましたが「タンクトップ」の間違いでした。

日本語訳のニュースがアップロードされたのが、6月 6日の 17時 17分で、この但し書きは同日 23時 30分付だから、結構迅速な対応である。

それにしても、米国では「タンクトップ」のことをスラングで "wifebeater" ("wife beater" とか "wife-beater" とも表記される)と言うなんて、初めて知った。念のために "Wifebeater" で画像検索すると、ズラリとマッチョな(あるいはおデブな)タンクトップ姿が表示されるから、こりゃウソじゃない。

2006072

それにしても、なんでまた「妻を殴る奴」なんて名称になっちゃってるんだ? これに関しては "Dictionary.com" というサイトの 'Why Do We Call It A “Wife Beater” Shirt?' (どうして「ワイフビーター」シャツなんて言うの?)というページにしっかりと書いてあるのを見つけた。

詳しいことはリンク先に解説されているので、「これでおしまい」でもいいのだが、なにしろ英文なので、要点だけかいつまんで紹介させていただく。

20世紀半ばまでタンクトップ・シャツと「妻を殴る奴」は無関係だったが、1947年にデトロイトでジェームス・ハートフォード・ジュニアという男が妻を殴り殺すという事件を起こした。このニュースで "the wife-beater" のキャプションで報じられた犯人の写真が、煮豆色に汚れた下着シャツ姿だった。

その頃のヒット映画『欲望という名の電車』で、マーロン・ブランド演じるスタンリー・コワルスキーが白い下着姿でジェシカ・タンディ演じるブランチ・デュポアを突き倒すという場面が話題になった(参照)。これで "wife beater" と白い下着のリンクが、米国民にステロタイプに焼き付けられた。

この頃はまだ "wife beater" は貧しい移民の象徴みたいなものだったが、ドルチェ&ガバーナが 1992年のコレクションでマッチョなタンクトップ・スタイルを発表してからというもの、俄然ファッション・アイテムになってしまった。

とは言いながら、"wife beater" という野蛮な名称はそのまま残っているというのが米国社会の複雑なところである。上述の画像検索の結果をみても、カラーバリエーションがないわけではないが、ほとんどは白いタンクトップで、「元々は貧しい移民の下着」という出自はありありと残っている。

ファッション・アイテムにさえこうした名称とイメージが投影されているというのは、米国社会のある種の「歪み」を表していると、私は思ってしまう。

 

| | コメント (0)

2020/06/06

「アベノマスク」が届いたが

昨日の午後、「アベノマスク」が届いた。それだけの話で、今日の記事はこれでおしまいってことにしてもいいのだが、それでは愛想もへったくれもないので、もうちょこっと書いてみようと思う。

200606

これ、はっきり言ってしまうが、実際に使おうという気になれない。世の中でもそんな人が多いらしく、「アベノマスクの寄付箱」というのがあちこちに設置されているという話まである。

管官房長官も "アベノマスク、寄付の動きに「自宅で保有を」" なんて呼びかけている。「着用を」じゃなくて「自宅で保有を」と言っているあたりが、「使われない」ことを前提としているようで、笑ってしまう。この記事の写真を見ると、管長官自身のマスクもアベノマスクじゃないしね。

この小さなサイズのガーゼマスク、今どきとしてはかなり特徴的で、一目で「アベノマスク」とわかる。ひょっとしたらヒステリックな言い方に聞こえてしまうかもしれないが、「はばかりながら、こんな『アベ』を想起させる代物を顔面に装着するほど、俺は落ちぶれてないよ」と言いたくなってしまうのだよ。

ちょっとググってみたところ、"アベノマスク緊急アンケート 75.9%が「使わない」の理由" という 4月 15日付の記事が見つかった。先々月といえば、まだまだ市場にマスクが不足していた頃なのに、圧倒的多数が「使わない」というのである。

「使わない理由」を聞かれた人の多くは、「小さすぎる」とか「効果のほどが疑問」などともっともらしい理由を述べている。しかし早く言ってしまえば「そんなので自分の口を覆うなんて、気持ち悪いわ」というビミョーなまでに感覚的な心理に落ち着くんじゃないかと思う。

実際のところ、小さなガーゼのアベノマスクを着用している人を、私は安倍首相以外に見たことがない。

 

| | コメント (4)

2020/06/05

「次亜塩素酸水」とやらの噴霧について

あちこちのニュースで「次亜塩素酸水」というものが取り上げられている(参照 1参照 2参照 3)。新型コロナウイルスの消毒目的で噴霧されているらしいのだが、効果のほどは定かではなく、WHO も「消毒液の噴霧は推奨されない」としているだけあって、撤去が相次いでいるという。

200605

「溺れる者は藁をもつかむ」というが、いつの間にかあちこちにこの「次亜塩素酸水」というのが進出していたようなのである。消毒用アルコールが不足してしまっているため、その代替としてこれを噴霧しちゃえという発想らしい。すごいなあ。

このニュースを読んで私は咄嗟に、「DDT」を思い出してしまった。既に何度か書いたことだが、小学校時代に月に 1度ぐらいだったか保健所が各クラスを巡回して、生徒の頭に DDT の粉を振りかけ、首筋から噴霧器でプシューっとやっていたのである。

これを書いたところ、私より年上の読者からまで「いくら何でも、そんな野蛮なことはされた覚えがない」という反応が相次いだ。そしていろいろなやり取りのうちに、「明治維新の際の賊軍の子孫は、1960年代になってもなお、DDT を振りかけられていた」なんて話になりかけたのである(参照)。

私の故郷、山形県の庄内藩は賊軍中の賊軍で、あの会津藩が降伏してからも連戦連勝を重ねて最後まで官軍に抵抗していた。それで DDT 噴霧というとんでもない逆襲を受けていたのではないかというのだ。

NHK によれば、今回の次亜塩素酸水噴霧は小学校などでも行われていたらしいが、文科省の通達で「子どもたちがいる空間では噴霧器での散布などは、健康面への配慮から、行わないよう求めています」ということになったようだ。

DDT の噴霧も、文科省(当時は文部省)が「いくら賊軍の子孫でも、そんなことは止めとけ」なんて通達を出して、取りやめになったのかなあ。

| | コメント (0)

2020/06/04

LINE は「初めにスマホありき」というシステムなので

最近「オンライン会議」ということに何度か触れていて、その中で「日本の世の中では LINE のシェアが圧倒的」と書いている。それで、いくら「ZOOM を使おうよ」と提案しても、どういうわけか LINE で、しかも「顔出し NG」で行われることが多いのだ(参照)。

200604

こうした状況で気付いたことがある。それは 「PC ならお任せ」というほど PC を得意とする連中の中には、今どきになってもガラケー・ユーザーで、「スマホはもってない」というのが多いということだ。意外だが、本当のことである。

「〇〇さんは、LINE なんてスイスイ使えるでしょう」なんて言われる、バリバリの理系 PC 使いが、「ボク、ガラケーなんで、LINE の会議には入れないんですよ」なんて言い出す。そして仕方なく妻のスマホで参加するので、ムサいおっちゃんが画面上では「洋子」なんて名前になっていたりする。

最近、そうした連中から「PC で LINE のアカウントを作るにはどうしたらいいんですか?」なんて相談をしょっちゅう受けるようになった。私が PC で LINE を使っているらしいと、仲間内に知れ渡ったようなのである。

ところが私としても、PC で LINE アカウントを作ったわけじゃない。先にスマホでアカウントを作り、後になって PC にも LINE アプリをインストールして、スマホと同期させただけなのだ。だから、「PC で LINE アカウントを作りたい」なんて相談されても、答えに窮してしまう。

改めて調べてみると、つい最近までは PC でも電話番号を使ってアカウントを作ることができたようなのだが、現在はこのサービスは終了しているようだ。裏技を使えばなんとかならないこともないようだが、やたら変則的なことになってしまうのでオススメできない。

というわけで、これまでは堂々と「PC があれば、スマホなんてなくてもガラケーで十分」なんて言っていた連中も、「しょうがないので、スマホに買い換えることにしました」なんて言い出した。「数の力」に負けて LINE を使うために、これまでの誇りを捨てる羽目に追いやられているのである。

ことほど左様に、LINE というのは 「初めにスマホありき」のシステムなのだ。PC ユーザーにとっては青天の霹靂である。逆に言えばそれ故に、「フツーの女子」の間で圧倒的にシェアを伸ばしてしまったわけなのだが。

ちなみにウチの家族(娘 3人で、妻を含めて女が 4人)も LINE グループを構築しており、私が入りにくいほど極めて女子会色の高いやり取りをしている。それもあって私としても、"LINE は「女子会ノリ」の様相が強すぎる" なんて言って、つい最近までは敬遠していた。

だから LINE でオンライン会議に参加するというのも、「多勢に無勢」故の仕方のない選択なのである。心の底では「ZOOM の方がずっと使いでがいいのに」なんて思いながら。

というわけで、理系男子が LINE に入りづらいという気持ちはとてもよくわかる。ましてや「PC のことならお任せ!」という誇りを抱いていたのに、それが通用しない世界になってしまったのだから、実に気の毒なことなのである。

| | コメント (0)

2020/06/03

「夜の街クラスター」という新語

「夜の街クラスター」という新語が生まれていると、今日知った。東京は「東京アラート」なんてものが発令されるほどになっているが、感染のかなりの部分が「歌舞伎町での接待を伴う飲食店」が発生源なんだそうだ(参照)。

200603

「アブナい、アブナい」と言われているところに、「わかっちゃいるけど止められない」ってな感じで足を踏み入れてしまうのである。「もうちょっと、我慢できないものかなあ」と思うが、できないんだろうね。「人間の業」ってものを感じさせられてしまうお話である。

いずれにしても、せっかく 1日の感染者が 一桁台に減ってきていたのに、非常事態宣言の解除をきっかけにまた増えてきている。「解除したら、また増えちゃうのは当然じゃん」と思っていた通りである。

そんなことは誰が考えてもわかることだが、「経済を再生させるためには仕方がない」との判断が働いているのだろう。「命よりお金が大切なのか」と言われそうだが、「お金がなければ命も維持できない」というわけなのだろうね。

「夜の街」というところは、こうした「業」が集中的に発現してしまうところのようなのだ。まったくもって因果なことである。

 

| | コメント (0)

2020/06/02

旅に出ないとカラダがもたない

ふと気がつけばもう 6月で、来週には関東も梅雨入りする可能性が高いと言われている。年を取ると時の経つのが速く感じられるというが、今年ほどそれを実感する年はない。つい先日まで「寒い、寒い」なんて言っていたが、あっという間に Tシャツと半ズボンでないと暑くてたまらない季節になった

200602

この時間感覚のぶっ飛び加減も、やはり「新型コロナウイルスによる感染症」ってやつのせいである。4月と 5月の2ヶ月は「ステイホーム」というわけで、どこにも出かけられないうちにあっという間に過ぎ去ってしまった。こんなのは過去に経験がない。

ずっと家に籠もって、PC を使ったテレワークとオンライン・ミーティングだけで来たので、頭の中が妙に均一な色合いで塗りつぶされた感じで、あっという間に時間のみが過ぎ去ってしまった。そして気がつけば、フリースと長ズボンから、Tシャツと半ズボンの季節になっているのである。

こうしてみると、3月 28日から 30日までの 3日間、網走に出張していたというのは、本当に僥倖だった(参照 1参照 2)。これがなかったら、今頃は旅の禁断症状でもだえ苦しんでいるところだった。

この時にしても緊急事態宣言発令直前のことで、「北海道は案外コロナが危ない」と周囲が止めるのを、敢えて「大丈夫、大丈夫」と振り切って出かけたのだった。これで感染なんかしていたら目も当てられないところだったが、結果オーライだったのである。ああ、今思えば出かけておいてよかった。

あとは早くコロナが収まって、また日本全国に出かけられる世の中になってもらいたいものである。私は本当に、旅に出ないとカラダがもたないのだよ。

 

| | コメント (4)

2020/06/01

「顔出し NG」という傾向について、再び

一昨日 "どういうわけか「顔出し」が避けられるオンライン会議" という記事を書いた。今回の新型コロナウイルス騒ぎでオンライン会議が盛んになっているのだが、どういうわけか「顔出し NG」というケースがどんどん増えているのである。

200601

ほとんどの参加者がカメラ機能付きのデバイスを使っているのだから、当然の如く「ビデオ通話」なのかと思いきや、「音声のみの通話で行きましょう」という声が圧倒的なのである。そんなわけなので、「LINE はレスポンスが今イチだから、ZOOM を使おうよ」なんて言っても通らないのだ。

「ZOOM だと、顔が映っちゃうじゃないですか」なんて反発される。リアルの会議だと顔が見えて当然なのに、オンラインだとなぜか突然「顔出し NG」に豹変するのである。

それだけではない。一昨日の記事でもちょっと触れたのだが、SNS のプロフィル画像でも、自分の顔を出したがらないユーザーが圧倒的に多いのだ。そんな連中のアイコン画像は、妙な風景画像や、庭の花や、ペットの犬の写真だったりする。「お前、実は犬だったのか!」と言いたくなってしまうではないか。

これって、本当にやりにくいのである。LINE のグループ機能を使った「音声通話」だと、参加者のプロフィル・アイコンがずらりと並ぶのだが、犬とか猫とか、花とかばかりで、おまけに ID も「ひろし」とか「たけちゃん」とか「まゆ」とかいうのが多いから、誰が誰だか判別しにくい。

本名とリアルの顔写真で参加している私だけが現実の人間で、あとは想像上のキャラを相手に議論しているような雰囲気にすらなってしまうのである。こんな状態で議事録を執るミニッツ・ライターが、本当に気の毒だ。

新型コロナウイルス関連の政府主催の「専門家会議」で、議事録が存在しないなんて馬鹿なことが言われているが、こんなではフツーの仕事上のオンライン会議でも、議事録を作るのは大変なストレスだろう。まったくやりにくいことである。

日本人というのはリアルのコミュニケーションでは「村社会」と変わらないほどベダベタしすぎるくせに、一度オンラインになってしまうと、急によそよそしくなる傾向がある。これって、一体どういうことなんだろう。

 

| | コメント (2)

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »