「タンクトップ」のことを米国では "wife beater" (妻を殴る奴)と言うらしい
ことの発端は、例の米国の事件だった。その関連での注目ニュースに "黒人青年が母から言われた「16のやってはいけないこと」が、黒人にとって警察がどれほど脅威かを教えてくれる" というのがある。
米国ヒューストンのキャメロン・ウェルチさんが、若い黒人が自らの身を守るために従うべき 16のルールを母親から教えられたと、TikTok に投稿した動画が話題になっている。上の写真をクリックするとその動画に飛んで見ることができる。
その「16のルール」とは、以下の通りである。
- 手をポケットに入れてはいけない
- パーカーのフードをかぶってはいけない
- シャツを着ないまま、外に出てはいけない
- 一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも
- 遅い時間まで外で出歩かない
- 買わないものを触らない
- たとえガム一つだったとしても、何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない
- 誰かと言い争いをしているように見せてはいけない
- 身分証明書なしに外に出てはいけない
- タンクトップを着て運転してはいけない
- ドゥーラグ(頭に巻く、スカーフのような布)をつけたまま運転してはいけない
- タンクトップを着て、もしくはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない
- 大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない
- 白人の女性をじっと見てはいけない
- 警察に職務質問されたら、反論してはいけない。協力的でありなさい
- 警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに両手を乗せて、運転免許証と登録証を出してもいいか尋ねなさい
ひどいものだ。これだけでも、米国の黒人の日常がどんなにリスキーなものかを知ることができる。
で、このことについてはこれ以上くどくは書かない。私如きが書かなくても、このニュースを読めばちゃんと伝わってくる。
私がこのニュースでちょっとした興味をもってしまったのは、末尾に付けられた次のような但し書きだ。
「wifebeater」を当初「妻や女性に暴力を振るう人」と訳しておりましたが「タンクトップ」の間違いでした。
日本語訳のニュースがアップロードされたのが、6月 6日の 17時 17分で、この但し書きは同日 23時 30分付だから、結構迅速な対応である。
それにしても、米国では「タンクトップ」のことをスラングで "wifebeater" ("wife beater" とか "wife-beater" とも表記される)と言うなんて、初めて知った。念のために "Wifebeater" で画像検索すると、ズラリとマッチョな(あるいはおデブな)タンクトップ姿が表示されるから、こりゃウソじゃない。
それにしても、なんでまた「妻を殴る奴」なんて名称になっちゃってるんだ? これに関しては "Dictionary.com" というサイトの 'Why Do We Call It A “Wife Beater” Shirt?' (どうして「ワイフビーター」シャツなんて言うの?)というページにしっかりと書いてあるのを見つけた。
詳しいことはリンク先に解説されているので、「これでおしまい」でもいいのだが、なにしろ英文なので、要点だけかいつまんで紹介させていただく。
20世紀半ばまでタンクトップ・シャツと「妻を殴る奴」は無関係だったが、1947年にデトロイトでジェームス・ハートフォード・ジュニアという男が妻を殴り殺すという事件を起こした。このニュースで "the wife-beater" のキャプションで報じられた犯人の写真が、煮豆色に汚れた下着シャツ姿だった。
その頃のヒット映画『欲望という名の電車』で、マーロン・ブランド演じるスタンリー・コワルスキーが白い下着姿でジェシカ・タンディ演じるブランチ・デュポアを突き倒すという場面が話題になった(参照)。これで "wife beater" と白い下着のリンクが、米国民にステロタイプに焼き付けられた。
この頃はまだ "wife beater" は貧しい移民の象徴みたいなものだったが、ドルチェ&ガバーナが 1992年のコレクションでマッチョなタンクトップ・スタイルを発表してからというもの、俄然ファッション・アイテムになってしまった。
とは言いながら、"wife beater" という野蛮な名称はそのまま残っているというのが米国社会の複雑なところである。上述の画像検索の結果をみても、カラーバリエーションがないわけではないが、ほとんどは白いタンクトップで、「元々は貧しい移民の下着」という出自はありありと残っている。
ファッション・アイテムにさえこうした名称とイメージが投影されているというのは、米国社会のある種の「歪み」を表していると、私は思ってしまう。
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