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2020年8月27日

Windows 95 が、親指シフト断念のきっかけだった

Windows 95 の英語版は 1995年 8月 24日に発売されたので、今年で 25周年なのだそうだ(参照)。日本語版の発売は同じ年の 11月 23日で、私もすぐに Windows 95 版のノート PC を購入したと記憶している。

200827

1995年って、その頃私は何をしていたのだろうとつらつら思い返してみると、アパレル関連の団体に勤務していたのだった。その 14年前の1981年に就いたのが日本の繊維業界の状況を海外向けに伝えるという仕事だったので、英文タイプライターは早くから使っていて、キーボード操作には慣れていた。

その後、日本語でも原稿を書くようになったので富士通のワープロ専用機、OASYS を使い始めた。これは「親指シフト」という独特の入力システムで、小気味よいほどの快速入力(ローマ字入力の 1.7倍と言われる)が可能だったのである。

90年代になるとさすがに PC の時代になり(OS は MS-DOS)、英文作成には WordPerfect を使い始めたが、日本語は親指シフトの快適さを捨てきれず、ワープロ専用機の OASYS から離れられなかった。だから当時、私のデスク上にはノート PC とワープロ専用機の 2台が置かれていたのである。

そしてようやく Windows 3.1 の時代になり、私も 1993年の秋頃に PC を富士通の新型デスクトップに買い換え、同時に長年使い続けたワープロ専用機の OASYS を処分した。この時に買った PC は親指シフト・キーボードのオプション・タイプだったので、ようやくデスク上が 1台で済むようになったわけだ。

当時の私は MS-Word 上で日本語文書を作成するのに親指シフトを使うという、かなり変わったユーザーだった。アルファベットの配列は通常の JIS キーボードと変りなく、英文入力には何の問題もなかったので、個人的にはこれがベストの選択だったと今でも思っている。

ちなみに Windows 3.1 は Windows という名前は付いているものの、MS-DOS の上に WYSWIG のシェルをかぶせただけのものだった。そして Windows 95 になって初めて MS-DOS の呪縛から離れ、純正の WISWIG の OS になったのである。

ただ、この時ノート PC に買い換えたので残念なことに親指シフト・キーボードのオプションを選択できず、それ以来しかたなくずっと JIS 配列に甘んじている。そして富士通としてもこのほどついに、親指シフトの展開を断念してしまったようなのだ(参照)。時代は変わるとはいえ、忸怩たる思いである。

というわけで個人的には、Windows 95 というのは「機能的にずっと使いやすくはなったけれど、親指シフトを諦めるきっかけにもなった」という、なかなか複雑な思いの伴う OS なのである。

私は現在 Mac ユーザーだが、Apple は Mac OS で初めから WISWIG を実現していたのだから、大したものである。ただ、初めて PC を買う時点で Windows マシンを選んでしまったのは、Mac では親指シフトが使えないというのが決定的な理由だったと思う。

世の中わからないものだ。どうせ親指シフトが使えなくなるなら、いっそ初めから Mac にしとくんだった。

 

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