草書体で書かれた古文書というもの
言うまでもないが、本日の記事のタイトルにある「古文書」は「こぶんしょ」ではなく「こもんじょ」と読んでいただきたい。
上の写真は福井県立図書館のサイトにある「古文書入門講座」で教材に使われているものだが、ほとんどの人はまともには読めないだろう。私も正直言って、「降参〜!」となってしまう箇所が結構ある。(画像をクリックしてリンク先に飛ぶと、現代語のテキストが下に表示される)
知り合いに、亡父が生前書きためていた「自分史」を、遺言に従って自費出版の本にし、親類縁者に配ったという人がいる。ところがこの「自分史」の原稿というのが、巻紙に毛筆でしためた草書体で、かな文字もほとんど変体仮名だったので、解読に一苦労したという。
草書体とか変体仮名とかいうのは、要するに百人一首の絵札にあるようなやつだ。もっとも近頃の活字で表記されたのじゃなく、下のように伝統的なやつね。
彼は「父の『自分史』はそのまま写真画像にして『平成の古文書』の本として配るという手もあったけど、誰も読めないんじゃしょうがないから、必死に解読して活字にしたよ」と語っていた。これには 1年近くかかったらしいが、ちゃんと解読できただけ、さすが立派なものである。
古文書解読に関しては、私も学生時代に伝統演劇史(主として歌舞伎)なんていう分野を専攻したもので、散々苦労した。何しろ草書体なんて、大学の教養課程まではまともに学んだことがなかったからね。最初に目を白黒させたのは「歌舞伎の双子(かぶきのそうし)」という古文書である。
これは「都の春の花さかり かふきをとりに・・・」というフレーズで始まる。しかし何しろ草書体で書かれた絵巻物みたいなもののコピーを、いきなり読まされるのだから始末に負えない。
初めのうちは「かふきをとりに」を「カ〜フ〜キ〜を〜、取〜り〜に〜」なんて読んでしまって「こりゃ一体何じゃ?」となっていた。正解は「歌舞伎踊りに」なのだが、げに恐ろしきは草書というもので、落語の八っぁん熊さんを決して笑えない。
日本だけではなく欧米でも、若い人はアルファベットの筆記体を読めなくなってきているらしい。ただアルファベットは 26文字しかないが、古文書のかなは 50文字だけじゃなく大変なバリエーションなので、難易度はめちゃくちゃ高い。
例えば、現代のひらがなで「ア」と読むのは「安」という漢字を崩した「あ」の一文字のみだが、古文書ではこのほかにも、「亜」「阿」「悪」「愛」など、いろいろな漢字を崩した「あ」の字がある。それぞれ、こんなようになってしまう。
これでみんな「ア」と読めというのだから、ひどいものである。とくに「愛」を崩した変体仮名なんて、ほとんど原形をとどめていないよね。
そういえば、そば屋の看板も「楚者(そは)」を崩したつもりなのが多いから、日本中に「そば屋」ならぬ「そむ屋」が溢れることになってしまった。当ブログの 2011年 12月 4日付でも、その一つを紹介してある (参照)。
上の写真の「は(のつもりの字)」は、完全に「む」の字になっちゃってる。今どきの看板屋さんは、軽い気持ちで「そば屋の看板の『ば』の字は『む』と書けばいいんだよね」と思っちゃってるようなのだ。本来ならば「者」という漢字を崩したもので、決して「む」じゃないんだが(「楽常 Blog」より)。
ちなみに、現代の「そ」というひらがなは「曽」を、「む」は「武」の字を崩してできたもの。
今日の記事はまともにテキスト化できないので、やたら画像が多くなってしまった。草書体とか変体仮名とかいうのは、かくまでに面倒くさいものなのである。
落語の『手紙無筆』に出てくる八五郎や兄ぃが手紙をまともに読めないのを、実は現代の我々はあまり笑っちゃいけないのかもしれない。こんなのをスラスラ読めた江戸時代の人って、結構スゴいのだ。今の世の中に生まれてきて、本当によかったよ。
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コメント
最近ではAIに古文書を解読させる手法が活用されているようです。
https://www.sankei.com/life/news/191018/lif1910180017-n1.html
今まで手付かずだった膨大な史料から発見されることも多いでしょう。楽しみです。
投稿: らむね | 2021年1月 6日 01:04
らむね さん:
このニュースは知りませんでした。教えていただき、ありがとうございます。
それにしても、人の書いた文字を人が読めずに AI に頼るというのは、なんだかムカつきますね ^^;)
投稿: tak | 2021年1月 6日 08:23