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2021年4月 9日

唱歌『かたつむり』の「やりだせ」問題をむしかえす

昨日の "「つのだせ やりだせ あたまだせ」の疑問が解けた" という記事で、文部省唱歌『かたつむり』の「やりだせ」の「やり」は、生物学的には 「恋矢(れんし)」というものとわかったと書いた。これでかなりすっきりした気がしたのだが、もう少しつついたところで、さらにややこしくなってしまった。

210409

まず発端は、昨日の記事に付けられた乙痴庵さんのコメントへのレスを書く際に、「恋矢」はどうみても日本語オリジナルっぽくはないなと思ったことである。早速 Wikipedia で調べてみると、このようなことだった(参照)。

恋矢(れんし、英語: love dart、別名gypsobelum)は、雌雄同体のカタツムリやナメクジが生殖器の内部で生成する、石灰質またはキチン質の槍状構造物である。

どうやら「恋矢」は、英語の "love dart" (恋のダーツ)からの直訳のようなのだ。道理でお洒落すぎる命名だと思った。

ところがこの時、私の頭の中に「この歌の作詞者には、生物学における "恋矢/love dart" に関する知見があったのだろうか?」という疑問がふと湧いてしまったのである。まったく、細かいことにこだわり出すと話が面倒になる一方で、ろくなことがない。

そこで、池田小百合さんという方の「なっとく童謡・唱歌」という素晴らしい労作サイトのページに当たってみると、文部省唱歌の『かたつむり』は明治 44年 5月 8日発行の『尋常小學唱歌』第一学年用に収められたのが初出のようだ(参照)。明治 44年といえば西暦 1911年だから、110年も前の歌なのである。

そしてこのページには、次のような記述がある。

歌では「触角」を「角」や「槍」に見立てて「♪ 角だせ槍だせ めだま出せ」と歌っています。

つまりここでは「恋矢」は完全にスルーされて、「触角」を「角」や「槍」に見立てたということになっているのだ。この「見立て」というのは、古来から日本文化における重要な要素とされており、決して荒唐無稽な話ではない。

私見ではあるが、当時の日本には「恋矢」という翻訳語が存在しなかっただけでなく、カタツムリが頭の横から槍のような器官を突き出すことがあるということすら、広くは認識されていなかったのではなかろうか。

というのは、それがもし広く認識されていたとしたら、今日「恋矢」と呼ばれる器官には、翻訳語ができる前から伝わる日本古来の呼称があったはずだが、それがない。ということは、昔の日本人は「恋矢」と呼ばれる器官を知らなかったか、少なくとも意識していなかったのだと思うしかない。

念のために細かいことを言えば、仮に明治末期の日本で「恋矢」が「知る人ぞ知る知見」となっていて、作詞者がそれに沿って作詞したのだとしたら、歌詞は「槍だせ」とはならなかっただろう。「矢をだせ」になっていたはずだ。

結局のところ、文部省唱歌『かたつむり』の歌詞に出てくる「やり」というのは、元々は「触覚」を「槍」に見立てたものだったのだろう。どうやらそう考えるのが自然のようだ。

とはいえ令和の世の中に生きる者としては、明治的直感主義の「触覚説」と、現代的合理主義の「恋矢説」の、両論併記とするのもおもしろいと思う。オリジナルの意図にとらわれずに「恋矢」と解釈するのは、なかなか新鮮でいい感じだし。

私は昨日の記事で、西浩孝さんのページについて「強引な決めつけを避け、"一説には『恋矢(れんし)』だと言われています" と控えめな記述にとどめておられる」ことを賞賛したが、彼は私が当初思った以上に、学者としての正しい姿勢を保っておられるのだと、ここに至って再認識した。

改めて賞賛させていただく。何事も軽はずみな決めつけはよくないのだね。

 

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