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2021年6月に作成された投稿

2021年6月30日

「中身より外見」というのが本音らしいのだが

NewSphire に「マスクきっかけで手術を受ける人が増加、フランス」という記事がある。新型コロナウイルスによる感染症の蔓延でマスクを付けることが多くなったので、「他人に気付かれずに整形手術をするなら、今だ!」ということになっているらしいのだ。

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「人間、中身が肝心」とはよく言われることだが、実際には「外見がものを言う」というケースが少なくない。いくら能力があっても、外見で損をしている人はいくらでもいるのだ。

それに「中身を鍛える」のは多大なる時間を要するが、外見を整えるにはそれほどの時間はいらない。だったら、この時期に整形手術をしようという人が増えるのは何の不思議もない。

この記事の元ネタは「フランス・アンフォ」の 4月 27日付(参照)と書いてあるが、これ、リンク先に行ってみると "franeinfo" というサイトなのだね。英語読みなら「フランス・インフォ」だ。で、憚りながら、私はフランス語は挨拶と 1 から 4 までの数しかわからないので、内容は全然読めない。

この記事の中で、精神分析医グランジュアール氏は、「見た目重視の傾向はここ数年圧倒的で、ひどくなる一方だ」と述べ、画像に依存する SNS がその原因の一つだと警告しているという。Zoom などは顔が露出されるから、どうしても「見た目」にこだわりたくもなるのだろう。

ただ、Zoom を使ったミーティングなんかでも顔が映るアングルをまともにすれば、それなりにちゃんとした見た目になる。人によっては PC を使わずにスマホをとんでもない距離と角度で顔の前に置いちゃうからものすごい「鼻の穴人間」に映っちゃって、こちらは笑いを堪えるのに苦労したりするのだよね。

個人的な見解としては、Zoom では「外見そのもの」よりも「映り方」の方にこそ、その人の内面とセンスが現れるのだと、つくづく思う今日この頃である。

 

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2021年6月29日

私は脈拍数が低いんだが

外を歩いていたり家事をしていたりする場合には全然問題がないのだが、長時間 PC に向かって作業をしていたりすると、左手首の Apple Watch がビビッと振動して、「低脈拍数」の警告を発することが度々だ。1分当たり 40 を下回る脈拍数が検知されたというのである。

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私の場合、静かにしていると脈拍数がとても低くなるようなのである。ただ、低いからと言ってとくに問題があるわけではなく、何てこともなく快適に暮らしていられる。これって、若い頃にかなり運動をしていたために「スポーツマン心臓」になってしまっているのだろうか。

私の場合、合気道の稽古、ジョギング、登山などが結構な運動になっていた。とくに合気道の場合は、試合ということがなく、ただひたすら延々といろいろな型稽古に励む。受け身をとって立ち上がるという繰り返しだけでも結構な運動量になるから、心臓が大きくなったということはあるかもしれない。

おかげで登山も、いつでもテント携帯で、20kg 以上の荷物を背負って単独行をこなしていた。

最近は自転車でのヒルクライムなんかをしているが、さすがに 65歳を越して「高齢者」の部類になっているので、そんなには激しく登れない。とはいえ、若い頃の「貯金」がものを言うということはある。

まあ、年を取ってもヨレヨレになっているわけではないというレベルでいられるのは、ありがたいことである。

 

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2021年6月28日

まるちゃんが、知らぬ間に中学生になってた

近頃は仕事上での移動もクルマに乗るばかりで、滅多に電車に乗ることがなくなり、社内の吊り広告の類いにもほとんど馴染みがなくなっていた。

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そして昨日、2ヶ月ぶりぐらいで電車に乗ったところ、早稻田アカデミーの広告にセーラー服を着た「ちびまる子ちゃん」が登場していたので驚いてしまった。あの花輪君も一緒である(参照)。

マンガの『ちびまる子ちゃん』は、雑誌『りぼん』の 1986年 8月号から 1996年 6月号までレギュラー掲載され、単行本にもなった。我が家では 1981年生まれの長女を筆頭とする 3人の娘が 1990年あたりから夢中で単行本を読むようになり、それに続いてテレビ・アニメもスタートした。

このマンガの設定時期は、作者の さくらももこ さんが静岡県清水市で小学校の 3〜4年生時代を過ごした 1974〜1975年となっていたので、私と妻が一緒に暮らし始めた時期と重なり、懐かしさもあって子供たちと同様、楽しみにしていたものである。

あの頃の まるちゃん はドジばかりの憎めない女の子だったが、中学生に成長した姿を見ると、気のせいか身長が少し伸びたように思える。顔の表情まで少しクールになり、なるほど、後に成長して「エッセイまんが」を書き始める才能を秘めた子であることを窺わせるではないか。

早稻田アカデミーというところには全然縁がないが、この広告はちょっとしたヒットではないかと思ってしまう。アニメを毎週楽しみに見ていた世代が今、自分の子どもに受講を勧めたくなってしまうかもしれないね。

まさに「時代は巡る」である。

 

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2021年6月27日

1日 23時間けたたましいオオヨシキリ

我が家は川の土手際にあり、土手の内側は葦が密生していることもあって、今の季節はオオヨシキリが飛来してきてあちこちでさえずっている。「小鳥のさえずり」というと可愛らしく聞こえるかもしれないが、このオオヨシキリのさえずりというのは、どえらくけたたましい。

どれほどけたたましいかといえば、上の動画を再生していただければわかる。とにかく、「ギギギ、ギャーギャーギャー、ギョギョシ、ギョギョシ、キリキリキリ・・・」と、バリエーション豊富なけたたましさなのである。

あまりけたたましいので、小林一茶が「行々子口から先に生まれたか」という俳句にしたほどだ。「行々子」というのは、ヨシキリの別名である。「ギョギョシ、ギョギョシ」と鳴くようにも聞こえるので、この名が付いたのだろう。

ところで、「ヨシキリの鳴き声」については、前にも書いたことがあったような気がして自分のブログ内を検索してみると、なんと 2度も書いていた。

ヨシキリの鳴き声        2011年 5月 9日付
ヨシキリの鳴き声 2   2017年 6月 7日付

後者の方は、ご丁寧にも今回同様に「オオヨシキリの囀り」というビデオまで添えている。まったくもう、最近は何を書こうとしても前に書いたことの繰り返しにならないように気をつけなければならない。それで今回は「ヨシキリの鳴き声 3」とはせずに別の視点からのタイトルとさせていただいた。

オオヨシキリのさえずりは、縄張りを主張するためであるらしい。それで、窓を開け放した部屋で上の動画を再生し、ボリュームを目一杯にしてみたところ、外で鳴いていたヤツが「すわ、侵入者か!?」と勘違いして焦ったらしく、さらにテンションを上げて鳴きだした。鳥の世界もなかなか大変だ。

なにしろ縄張りの主張であるだけに、ひっきりなしに鳴く。朝から晩まで、さらに夜中過ぎまで鳴いているのである。それで私は、ヨシキリというのは、繁殖期には寝ずに鳴いているものとばかり思っていた。

ところが先日、どういうわけか夜中の 3時過ぎに目覚めてしまったので、たまっていた仕事の消化にとりかかったところ、何だかいつもと雰囲気が違うことに気付いた。何かと思ったら、なんとヨシキリが鳴いていないのである。聞こえてくるのはウシガエルの鳴き声ばかりだ。

「へえ! ヨシキリも寝るんだ!」と、新しい発見に驚いてしまった。たまに 2時過ぎ頃まで起きて仕事をする時にもヨシキリは鳴いているから、どうやら 3時前頃にはさすがに眠りに就くもののようなのである。さしもの行々子も、寝ずには済まないようなのだ。

そんなことを考えながら仕事をしていると、4時近くになると「おっと、寝過ごした!」とばかりに、またいつもの「ギョギョギョ・・・、キリキリキリ・・・」という鳴き声が聞こえてきた。どうやらヨシキリの睡眠時間は 1時間弱であるらしい。つまり 1日 23時間はけたたましいのだ。

あるいは、ずっとけたたましいと思っている間にも、周囲に悟られないように細切れで寝てはいるのだろうか。そうだとしても、やっぱり大したものである。

 

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2021年6月26日

もはや、これが「食い物」に見えない体になった

私は 2013年頃から鶏肉を除いた肉食を断ち、その後しばらくして、鶏肉も食う気がしなくなったので自然に遠ざけるようになった。ということは完全に肉を食わなくなってから 5〜6年以上経って、最近ではスーパーの食肉売り場を見ても別世界にしか思えなくなっている。

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で、今日、Gigazine のサイトで ”100%炭火焼きの 4枚肉と甘辛テリヤキソースの相性が抜群なバーガーキングの「東京テリヤキタワー超ワンパウンドビーフバーガー」を食べてみた” という記事とそこに添えられた写真を見て、「本当に肉は『別世界』になったなあ」と、しみじみ実感した。

この写真を見ると、肉好きの若い男の子だと「おぉ、食べてみたい!」なんてファイトが湧いたり、フツーの人なら「見るだけでお腹いっぱい!」なんて思うかもしれないが、それって、写真が見る者に宿る食欲に対して何らかの働きかけを行ったことへの反応だろう。

ところが私の場合、呆気ないまでに何の感慨もないのだ。これには我ながら驚いた。

写真を見ても、この画像が「食欲」というものと全然結びつかないのである。ということは、食べたいとも思わなければ「うわぁ、食べきれない!」なんていうショックもない。何やらドロリとした気味の悪いものが映っていると思うばかりなのだ。

バーガーキングさんには申し訳ないが、私はもはや、これが「食い物」に見えない体になってしまったようなのだ。「肉は食いたいけど、我慢している」というわけじゃなく、「元々、食いもんじゃないじゃん」という意識になってしまっているのである。

というわけで、料理の雑誌なんかで「菜食主義者のための、豆腐を使ったステーキ風レシピ」なんて記事を読んでも、「別に、豆腐は豆腐として食いたいし・・・」なんて思ってしまう。肉を食いたいと思わないのだから、わざわざ豆腐の出自を欺いてまでステーキ風に仕立てる必要もないのである。

肉を食わない食生活って、本当に楽だ。もう、後戻りはできない。

 

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2021年6月25日

コロナ・ワクチンと、中国の「妙に覇権的な振る舞い」

昨日の昼過ぎ、妻と一緒に新型コロナウイルス感染症の 1回目ワクチン接種をしてきた。接種会場に予約時刻の少し前に着いたところ、「今、空いてますので、早めに接種できますよ」と言われ、サクサクと済まして帰って来れた。

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空いていたので、バアサン軍団のけたたましいおしゃべり(参照)に遭遇しなくて済んだし、針を刺す際の痛みもチクッとしただけで大したことはなかった。恐れていたことは 2つともスルーできたわけで、ほっとした。

夜が明けてみると上腕部にほんの少しこわばりがあり、ズボンの尻ポケットの出し入れの時などにはちょっと気になるが、とくに痛みもないので大した差し障りではない。妻は私より軽症で、ほとんど気にならないと言っている。個人差があるようだ。

NHK は昨日 14:43 のニュースで、高齢者のワクチン接種で 1回目を済ませた人がようやく 5割を超したと伝えている(参照)。私と妻が接種を済ませたのは 14時頃だったから、その 5割にはビミョーなところで含まれないのだろうが、まあ、ようやくそんなところまできたということだ。

ただ、1回接種が「5割を超えた」とはいえ、接種は 2回しなければならないのだから、実質は 3割ちょっとぐらいのところだろう。高齢者で 3割なんだから、若年層も含めたらまだまだだ。来月下旬にはオリンピックだというのに、もう本当にどうなっても知らん。

ところで、テレ朝が "NYT紙「中国製ワクチン接種の国で感染拡大」" というニュースを伝えている。主に中国製ワクチンが使用されているバーレーンやチリなど 4カ国では、人口の 50%から 68%が接種を完了したにもかかわらず、世界で最も感染状況が悪化している 10カ国に含まれる」という。

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元記事は New York Times の "They Relied on Chinese Vaccines. Now They’re Battling Outbreaks." (6月 22日付)。「90カ国以上が中国製のコロナ・ワクチンを使っているが、専門家はこれらの地域の感染は、この病気との世界規模の闘いの中でに警告的なものとなっている」との書き出しだ。

記事の中では「中国製ワクチンは、ファイザー社製やモデルナ社製よりも効果が小さい」とのデータがあると明確に伝えられている。日本は中国製ワクチンを使用していないのでどうやら大丈夫のようだが、近頃、中国という国は何かと問題だよね。

第二次世界大戦前の日本も、今の中国のように「妙に覇権的な振る舞いの国」と見られていたんだろうなあ。

 

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2021年6月24日

さほどには長生きせずに済むらしい

一昨日の記事で「ヨレヨレで生き延びるよりは、さっさと寿命を全うする方がマシなんじゃないか」なんて書いた(参照)。私は昔から「長生き願望」というのがなくて、平均寿命が延び続ければ嫌でも長生きしなければならないんじゃないかと、ちょっとうんざりしていたのである。

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ところが Gigazine の "人間の平均寿命が延びているのは「長生きできる年齢の限界が上がったから」ではないという研究結果" という記事を読んで俄然安心してしまった。人間はどんどん長生きするように進化しているのではなく、平均寿命が上がっているのは「早死に」が減っているからだというのである。

この記事は次のように紹介している。

一説によると 1850年代から現代にかけて人類の平均寿命は 40歳から 70歳に延びたといわれています。実際に、日本の厚生労働省の公式発表では、平均寿命は昭和 22年(1947年)から令和元年にかけて 50歳から 80歳へ大幅に伸びたことが記録されています。

確かに、私の祖母は 50歳そこそこで死んだし、祖父も 70歳前に死んだが、両親は 70代まで生きた。このままだと、これといって持病も何もなく健康そのものの私は 100歳近くまで生きなければならないんじゃないかと、戦々恐々としていたのである。

「惰眠を貪る」という言い方があるが、「惰生を貪る」というのは、もっと面倒ではないか。

ところが南デンマーク大学のフェルナンド・コルチェロ氏とデューク大学のスーザン・アルバート氏ら 14カ国 39名の研究者が、霊長類において種内の老化速度は変わらないという「老化速度不変則」という仮説を発表したという。要するに「いつまでも長生きできるってもんじゃない」ということだ。

研究によると、次のことがわかったという。

平均寿命が短い生命表では寿命の平等度が低く、平均寿命が長い生命表では寿命の平等度が高いという傾向が判明。これは言い換えると、早死にが多い社会では死亡時年齢にばらつきが大きく、ゆえに平均寿命が短かくなり、反対に早死にが少ない社会では死亡時年齢にばらつきが小さく、平均寿命が長くなることを意味します。

簡単に言ってしまえば、人類に限らず霊長類では、「平均寿命の変動は主に乳児・子ども・若年成人の死亡が原因」ということのようなのだ。現代は赤ちゃんの死亡率が減ったので、平均寿命の数字も伸びているだけということだ。

この記事の英語の元記事がいくつか挙げられているが、タイトルの魅力的なのはこの研究をリードしたと見られる南デンマーク大学のサイト、SDU の、"We cannot cheat ageing and death" (我々は加齢も死もごまかせない)というものだ。

こんな場合の "cheat" というのは「うまい具合に逃れる」という意味合いもあるから、「うまくごまかしたつもりでも、結局は加齢からも死からも逃れられないんだからね」というニュアンスもあるだろう。流石だね。

そんなわけで、私も心配するほどにはダラダラと長生きしなくても済みそうということで、ほっとするあまり、記事のタイトルまで川柳じみたものになってしまった。

このブログの毎日更新が順調に続けば、ほぼ 10年後の 2031年 5月 12日に「10,000日連続更新」の記録が作れる。できればその「連続更新記念記事」を書いてみたいとは思うが、その区切りさえ過ぎればあとはいつポックリ逝っても構わない

なんてお気楽なことを言っていると、ストレスがなくなってさらに長生きしてしまいかねず、かえってコワいのだが。

 

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2021年6月23日

東京オリンピックにはもう、匙を投げた

先月に "東京オリンピック開催、「どうぞご勝手に」" (3日付)と、"改めて「東京オリンピックは他人事」と確認しておく" (4日付)という記事を書いたが、まさにその通りの展開になってしまっている。ここに至っては、もはや「匙を投げた」と言わせてもらう。

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NewSphere の「東京オリンピック絶対開催の理由、海外メディアが指摘」という記事によれば、開催中止にできない理由のほとんどは経済的なものであるらしい。やはり最終的にはゼニカネの問題に行き着くのだ。地獄の沙汰も金次第である。

一時言われていた「IOC への違約金」というのは、どうやら払わなくてもいいみたいだが、「野村総研の試算では、完全中止となれば 1兆 8000億円、GDPの0.33%に相当する経済効果が失われる」と伝えられる。さらに、次のようなこともある。

さらに 68社の日本のスポンサー企業は既に莫大な金額の払い込みをしているので、中止になれば世界の保険会社は 20億~30億ドル(約 2200億~3300億円)の損失を被るという。政府としては、そうした渦中に飛び込みたくないのだろう。

米国の NBC ユニバーサルはネットワークやストリーミングで過去最高の利益を期待していて、後には引けない状態だという。マスコミとしては中止キャンペーンなんか、できるわけがなかったのだ。

さらに無観客での実施となると、既に販売済みのチケットの払い戻しという「悪夢」につながるので、考えたくないらしい。観客を入れた結果、それ以上の悪夢になる可能性もあるわけだが、「安全安心」という根拠のない寝言を繰り返してさえいれば、そこから逃れられると思っているようなのだ。

結局のところ、「誰も責任者がいないように見えるのが東京五輪」(作家、ロバート・ホワイティング氏)というのが、最も「言えてる」指摘だと思う。国も都も、明確な「責任者」ってわけじゃないから、「とにかくやって、その上でどうなっても、その時はその時」ということなのだろう。

というわけで、私としては既に「どうぞご勝手に」とか「他人事」とか言っているので、なるべく騒ぎには関わらないで淡々と暮らしていこうと思っている。不幸中の(甚だ勝手な)幸いというか、私も妻も五輪直前にワクチンは 2回接種済みになる予定でもあるし。

【追記】

もしかして最近の人は「匙を投げる」という言い方に馴染みがないかもしれないので、一応「コトバンク」にリンクを張っておく。

 

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2021年6月22日

コーヒーやお茶と、「死ぬ/死なない」の綱引き

Gigazine に "コーヒーやお茶をよく飲む人は「心臓発作や脳卒中になった後」の生存率が高いことが判明" という記事がある。大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座の磯博康教授らの研究チームが明らかにしたのだそうだ。

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ニュースはこのように始まる。

これまでの研究により、コーヒーは心不全のリスクを下げることや、お茶には心臓病や脳卒中を予防する効果があることが分かっています。さらに、アメリカ心臓協会が刊行している学術雑誌・Strokeに掲載された日本の研究により、「緑茶やコーヒーをよく飲んでいる脳卒中や心臓発作の経験者は生存率が高い」ことが分かりました。

コーヒーが心不全のリスクを下げることについては、私も今年 3月 14日付の「コーヒーを好きなだけ飲むための言い訳が増えた」という記事で紹介している。そしてさらに、今回の研究では、仮に心臓病や脳卒中になっても、緑茶やコーヒーをよく飲む人は死なずに済む確率が高いというのである。

ただ、前回紹介した「心臓病や脳卒中の予防効果」については、私もかなり歓迎していたのだが、今回の「死なずに済む」という発表については、嬉しいような、そうでもないような、複雑な気がしている。

「人間、死ぬ時は死ぬんだから、何とか死なずに生き延びたとしても、それまでみたいにピンピンしていられるわけじゃないだろうよ」ということだ。ヨレヨレで生き延びるよりは、さっさと寿命を全うする方がマシなんじゃないかなんて思ってしまうのだよね。

というわけで判断に迷ってしまったわけだが、結局「好きなものは我慢せずに頂こう」というところに落ちついた。あれこれ考えてもしょうがないから、勝手な話ながら自分が心臓病や脳卒中にならないことを信じつつ、あとは運を天に任せてしまおう。

ちなみに、コーヒーの心臓病、脳卒中の予防効果や致死率を下げる効果は確認されているものの、砂糖を入れて飲むと、その効果は帳消しになってしまうらしいのでご注意。私はいつもブラックだからいいけどね。

 

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2021年6月21日

『般若心経』は「はんにゃしんぎょう」と読んでね

昨日午前の TBS ラジオ「安住紳一郎の日曜天国」のゲストは みうらじゅん で、例の「アウトドア般若心経」の話もしていた。経文の文字のある市街の看板等の文字を写真に撮り、それを組み合わせて経文を完成させるという酔狂である。まあ、誰にも迷惑はかからないから、好きなだけやればいい。

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ただ、前々から気になっているのは、世の中には『般若心経』を「はんにゃしんょう」と、鼻濁音でなく清音で発音する人が結構いて、そこはかとない違和感が醸し出されてしまうことだ。そしてあろうことか、この みうらじゅん もその一人なのである。

この男、昨日の番組でも安住アナがきちんと「はんにゃしんょう」と言っているそばから、「はんにゃしんょう」と発音して恥じない。思い起こせばかなり昔から、彼がまともに発音するのを聞いたことがない。

『般若心経』が「はんにゃしんょう」であるのは、上の経文をクリックして拡大し、振り仮名を確認してもらえば嫌でもわかる(参照)。

さらに「般若心経」のキーワードでリンクされる、ありとあらゆる寺院での読経の動画(参照)を再生して聞いていただければ、すべて「はんにゃしんょう」と鼻濁音で発音しているのが確認できるはずだ。この程度のことは、仏教の「いろはのい」である。

『般若心経』や仏像に関する著書まであり、仏教でメシを食ってる感まである みうらじゅん が、いつまで経っても「はんにゃしんょう」なんて言っているのは、単にネタとして扱っているだけで、決して信心からではないことを物語っている。

実は、まともに読経したこともないのだろうね。きちんと習って読経しさえすれば、自然に「はんにゃしんょう」の音が身に付く。

この男の信心の足りなさは、お寺の本堂の中で帽子を取らないままテレビに映っていたことからも窺われ、これについては 11年前の 8月 21日付「お寺の本堂の中での帽子着用」という記事で触れている。こんなことだから、「いろはのい」を誰にも教えてもらえないのだろう。気の毒に。

というわけで、私は曹洞宗の坊主の孫(父方の祖父が僧侶)ということもあり、こればかりは触れておこうと思ったわけだ。触れても触れなくても別にどうということもないのだけれど、まあ、そこは一応・・・

Shikisokuzeku

 

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2021年6月20日

「ワクチン陰謀論」というのがあるらしい

私と妻は今月末にコロナ・ワクチンの 1回目の接種をすることになっているのだが、先日、美容院から戻った妻が急に「私、ワクチン接種止めとこうかな」と言い出した。

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美容師のお兄ちゃんに「政府は隠してるけど、コロナのワクチンってかなりアブナいらしいですよ」と吹き込まれたらしい。「ワクチンが遺伝子の中まで入り込んで DNA 情報を書き換えちゃうから、命に関わる悪影響が 2年半後ぐらいに出てくるらしいです」ってな話だ。

この美容師のお兄ちゃん、腕は確かなようだが、かなりのオタクなのかもしれない。

「俺は外に出ていろいろな人と会って話をするのが仕事だから、いずれにしても接種は受けるけど、あなたは自分で納得するまで調べ直してみたら?」と言っておいたところ、その日のうちに「ネットでよく調べてみたけど、やっぱり受けることにするわ」ということに落ちついた。

そんなこんなのうちに、講談社の「現代ビジネス」のサイトに昨日付で、"トンデモな「ワクチン陰謀論」に心酔する人が、ジワジワと増えている背景" という記事が掲載された。やっぱり、ネットの世界ではいろいろあるのだね。

このような不正確、あるいは誤った情報が急速に拡散して社会的悪影響をもたらすことを "infordemic" (インフォデミック)というらしい。"information" (情報)と "pandemic"(爆発的感染拡大)を組み合わせた新語のようだ。

「現代ビジネス」の記事によると、今回のインフォデミックは大雑把に類型化すると(1)陰謀論(2)デマ(3)誇張された情報(一部事実を含む)に分けられるらしい。

陰謀論の代表的なものは、「コロナワクチンには世界を支配する影の政府が人類を家畜化・奴隷化するためのマイクロチップが埋め込まれている」というようなものだ。「コロナワクチンを接種すると Bluetooth を通じて周辺機器に接続される」というトンデモ動画まで出回っているらしい。

今回、妻が吹き込まれた類いのものは「デマ」ということになるだろう。この件に関しては COV-Navi で、今回のワクチンが「ヒトの遺伝子(染色体)に変化を起こすことはありません」と説明されている(詳しくは、今年 2月 21日付の記事参照)。

誇張された情報というのは、ある事実を意図的に強調したり、他の文脈に結び付けたりするもので、ワクチン接種と死亡例との根拠のない関連付けなども横行しているという。いやはや、面倒な世の中だ。

いずれにしても、コロナ禍とは早く決別したいものである。

 

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2021年6月19日

「見えても見ていない」ので、他人を手伝えない日本人

東洋経済に "日本人はなぜ、「ベビーカー運び」を手伝えないか 日本人に多い「他人恐怖症」、その根本原因は?" という記事がある。ニューヨークで出産した岡本純子さん(コミュニケーション・ストラテジスト)が、帰国してからの気付きについて書いたものだ。

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私自身は電車で年寄りが立っていたらフツーに席を譲る(参照)し、ベビーカーの扱いで難儀している人を見たりしたら気軽に声をかけて手伝うのだが、こういうのって、確かに「日本人には珍しいタイプ」のようなのである。彼女は次のように書いている。

アメリカ・ニューヨークで子どもを産んだ私は、エレベーターのない地下鉄の駅で、何度となく見知らぬ人にベビーカーの上げ下げを手伝ってもらいました。「May I help you? (手伝いましょうか?)」と通りがかりの人がごく自然に声をかけてくれ、本当にありがたかったのを覚えています。(中略)

帰国してショックだったのは、そういう姿をあまり見かけないことでした。重い荷物をもった人や高齢者など街中で「困っていそうな人」がいても、声をかける人が少ない……。

これに関して、ネット上でのさまざまな意見が紹介されているのだが、煎じ詰めると、「日本人の極端なリスク回避志向」によるものと見ているようだ。これは「事故などあったら、責任問題になり、損害賠償など要求される。リスクが怖い」という意見に代表される。

ただ、私の率直な考えを述べるとすると、そんなもっともらしいことより、日本人は「他人がヘルプを求めている状況に気付く感覚が鈍い」というだけのことだと思う。

上の写真には難儀している母親を冷たい表情で振り返る若い女性が映っているが、これってある意味「演出過剰」で、実際にはこんなことわざとらしい場面はほとんどない。大抵の人はただ何事もないようにフツーに通り過ぎるだけだ。

日本人って、身内には鬱陶しいぐらいお節介なのに、他人の状況にはほとんど無頓着なのである。「見えても見ていない」のだ。岡本さんの記事には「手伝わない理由」がいろいろ紹介されているが、実はほとんど「見えても見ていない」ことの「後付けの言い訳」をもっともらしく述べているだけにすぎない。

「見えても見ていない」ということになるのは、幼い頃からそうした訓練がされていないからだと思う。言葉を換えて言えば、「他人をきちんと意識する仕方」がわかっていないのだ。

岡本さんはベビーカーの上げ下げの手伝いという観点から論じておられるが、私はクルマの運転中にそれをとても感じる。例えば下の図をご覧いただきたい。(クリックすると別画面で拡大表示される)

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主要道路から脇道に右折するために停車し、右側ウィンカーを点滅させながら反対車線のクルマの列の途切れるを待っているクルマがあるとする。反対車線は切れ間なくクルマが通り過ぎて、全然道を譲らない。しかし彼らの行く手には信号があり、赤信号で渋滞中という、「ありがち」の状況だ。

右折しようとしているクルマは、後ろのクルマを「せき止めている」ことになる。せき止められたドライバーはイライラしながら先頭のクルマの右折を待つ。

こんな場合、反対車線を走るクルマはちょっとスピードを緩めるか停車するかして、右折車に道を譲ってから先に行っても、結果はあまり変わらないのだが、多くはまったく道を譲ろうとしない。対向車線を走るドラーバーたちは、ウィンカーを出して停まっているクルマが「見えても見ていない」のである。

私はこうした場合、いつもスピードを緩めて道を譲ることにしている。そうすることで道路の流れ全体がスムーズになるのだから、こちらとしても気持ちがいい。

私はこれまで私企業よりも団体に勤務する経験が長かったので、「部分最適」より「全体最適」を求める視点が鍛えられたのかもしれない。「世の中というのは、ちょっとだけ他を手伝って上げたり、譲るべきところで譲ったりする方が、結局のところ自分の方も都合良く運ぶもの」と知ったのだ。

そして「全体最適」を求めるには「他の存在をきちんと意識する」ことが必要なのだが、日本人は「ムラ社会」以来、「他の存在」をきちんと意識するということが苦手のようなのだ。

学校時代も、全員制服で同じ格好をしているのが当たり前で「多様性」ということの実感が不足してるから、「異質の存在」との付き合い方に慣れてないのだね。ましてやいつまで経っても「外国人は黒船」だし。

それにしても、"May I help you?" って、便利な言葉だよね。

 

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2021年6月18日

菅首相との「立ち話」なんて、元々が期待し過ぎ

朝日新聞が「文氏周辺、日本批判噴出 会談不発で五輪訪日も難航か」と伝えている。韓国大統領の側近や政権幹部から「対話を拒否した」との批判が噴き出しているのだそうだ。

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記事は以下のように伝えている。

菅氏と文氏は今回の G7 で初めて対面したが、首脳会議やバーベキューの会場で短時間のあいさつに終わった。韓国外交当局者は韓国メディアに対し、「立ち話が予定されていたが、日本側が急にキャンセルした」と説明した。日本側は、韓国側の言い分が事実に反するとし、会談が実現しなかったのは「スケジュールの都合」としている。

要するに韓国側としては菅首相との「立ち話」に期待していたようなのだが、まともに考えたら「そりゃ、無理だ!」と言うほかない。国会答弁や記者会見で、原稿があってさえまともに読めなくて寝言みたいな繰り返ししかできない(参照)人が、「立ち話」で外交的な話なんかできるわけないじゃないか。

そんなことさせたら、社交辞令に終始したつもりが、後になって解釈問題で「菅首相はこのように繰り返し約束した」「いや、そんな憶えはないんだけど・・・」みたいに話がややこしくなるのが目に見えている。それを見越して、日本側が避けたのだとしか思われない。

韓国側は「菅首相が対話を拒否した」と受け取っているようだが、日本側のココロとしては「拒否」というより「ムリです」ってことだ。あの人に限って、外国であちこちから声がかかって時間の空きが取れなかったなんて考えられないから、「スケジュールの都合」というのは下手な言い訳に過ぎないだろう。

というわけで、第三国で菅首相と「内容的に意味のある立ち話」をしようなんてことは、韓国側としては元々期待し過ぎだったというほかない。菅首相のキャラと言語能力に関する調査が、全然足りていなかったということだ。

ちなみに、文氏がオリンピックで来日しなくても、一向に構わないのでそのあたり

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2021年6月17日

ネコがベッドの足許に飛び乗って「ふみふみ」する時

Gigazine に "なぜネコは「足でふみふみしてくる」のか?" という記事がある。ウチでも昔は 犬 1匹、猫 2匹飼っていたから、ネコの「足でふみふみ」はお馴染みの行為だった。これ、猫を飼っている人なら大抵「ねえねえ、かまってかまって」のサインであることぐらい知っている。

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ウチでは昔、年長の白猫と、年少の黒猫を飼っていた。気位がやたら高くいつもツンと済ましている白猫に対して、甘えん坊ですぐにすり寄ってくる黒猫と、性格は対照的だったが、どちらも早朝に甘えたいときには、こちらの寝ているベッドの足許に飛び乗って、「足でふみふみ」してくるのは同じだった。

ただ、白猫はほんのたまにだが、黒猫の方はしょっちゅうという違いはあった。いずれにしても「足でふみふみ」された時には、「おいで」と一声かけて布団にちょっと隙間を作ると、喜んで潜り込んでくるのだった。

いや、黒猫の方は大喜びで飛び込んできたが、白猫の方は、「まあ、しょうがない、付き合って上げるわ」ってな風を装いつつ、もったいぶって潜り込んでくるという点でも違いは見せていたかな。

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Gigazine の記事を読んで、こんな昔の記憶をなつかしく蘇らせてしまった。自分の和歌ログを辿ると、白猫が最後に登場したのは 2010年 10月 31日付で、それから間もなく死んでしまった。そして黒猫の方もその翌年の 4月 26日に息を引き取り、家の中が一気に静かになった。

おもしろいのは、日本語の記事では「足をふみふみ」と表現される行為が、Coversation というサイトの元記事では ”Why do cats knead with their paws?” (なぜネコは前足で "knead" するのか?)というタイトルになっていることだ。”Knead” というのは「こねる」という意味である。

これ、子猫のときに母親の腹部をこねて「ミルク飲みたい」と伝えていた頃からの名残が、成長してからもずっと続いているものらしい。やっぱり「甘え」のサインに間違いないのだね。

ただ ”knead” というのはちょっと学術用語っぽくて、フツーには ”making buiscut"(ビスケット作り)なんて言うらしい。なるほどね。これってほとんど前足でやるから、日本語でも「ふみふみ」と言うより「こねこね」の方がいいかもしれない

 

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2021年6月16日

菅首相、G7 では ”借りてきたネコ" 状態だったようで

13日の夕方、カーラジオを聞いていて、G7 で「途上国へのワクチン供与を菅首相が主導して決定した」というニュースに、脊髄反射的に「ウソだろ!」と呟いてしまった。もし本当だとしたら、裏でよほど念入りなお膳立てをしてもらってたんだろう。

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コロナ関連のワクチン接種が G7 の中で一番遅れている日本が、途上国への供与を「主導」するなんてストーリーは、あまりにも不自然すぎる。仮に本当だったとしても、そのお膳立ては「厚顔無恥」に近いレベルと言える。

LITERA はこのニュースについて、NHK が菅首相をヨイショしたフェイク・ニュースだったと決めつけている(参照)。各国首脳の環の中に入れず、ポツンと取り残されるばかりだった菅首相を "借りてきたネコ” 状態とし、ワクチン供与は、実際には「米英が既に決めていたこと」と伝えているのだ。

行く前から十分に予想されてはいたが、G7 での菅首相は、各国首脳との間に十分な「ディスタンス」を取って行動していたようだ。(参照:G7首脳の中でぽつん 菅首相の「ディスタンス」に批判と同情 = 毎日新聞)。まあ、母国語も不自由(参照)なのだから、英語で会話に参加できるわけないよね。

そうした状況で LITERA は、13日の NHK ニュース 7 で、英国で同行取材していた長内一郎記者が、以下のようにコメントしたと伝えている。

「主要なテーマとなった新型コロナ対策では、セッションの冒頭、菅総理大臣が『ワクチン普及は多国間主義を基本とし、途上国に公平かつ迅速に届ける必要がある』と訴え、議論を主導したかたちとなりました」

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LITERA というニュースサイトはいろいろ毀誉褒貶があるので鵜呑みにせず、一応確認するためにわざわざ「NHK+」に加入し、13日に放送されたニュース 7 を再生してみたところ、これは長内記者の言葉として一言一句間違いない。画面のテロップに「菅首相 議論を主導」とあるのも、上の画像の通りである。

LITERA はこの件について、次のように伝えている。

実際、低所得国への10億回分ワクチン提供は、10日の段階ですでに議長国であるイギリスのジョンソン首相が G7 で合意する見通しであることを打ち出しており、さらにワクチン外交によって途上国への影響力拡大を図る中国を意識するアメリカのバイデン大統領も G7 に先立って 5億回分の提供を表明していた。すでに議論はイギリスとアメリカが主導していたのだ。

これについても、何しろ LITERA の引用なので慎重を期すためにウラを取ってみた。結果、以下の通りである。

"イギリスのジョンソン首相が G7 で合意する見通しであることを打ち出しており・・・"

→ 参照:"G7、ワクチン10億回提供英首相 ボリス・ジョンソン氏寄稿"
 (6月 11日付 日本経済新聞)

"・・・バイデン大統領も G7 に先立って 5億回分の提供を表明していた"

→ 参照: "米、ワクチン5億回供与正式表明 バイデン氏「世界最大」"
(6月 11日付 東京新聞)

というわけでウラも取れたので、長内記者のコメントは NHK の「ヨイショ」だったと信じじるに十分と判断したわけである。「裏のお膳立て」どころか、英米の意向で既に「ほとんど決定項」だった案件に、知ってか知らずか、ひょいと乗っかっちゃっただけだったのだね。

 

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2021年6月15日

授業をサボり、庄内砂丘に寝転がる

これについては既に書いているような気がしていたのだが、ちょっと断片的に触れたことはあっても、まともに書いたことはないとわかったので、今さらながら、半世紀前の思い出話を書かせていただく。きっかけは 3日前の記事で、「よく授業を抜け出してサボっていた」と触れたことだ。

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私は高校時代、よく授業をサボって学校を抜け出していた。授業の出席率は、教科ごとに最低 75%に達していないと単位を取得できないという規定があると知ったので、私はそれを逆手にとって「じゃあ、4回に 1回はサボってもいいんだ」と解釈していた。

実際には 5回に 1回ぐらい、単純計算で 1日に 1時間以上はサボっていたことになる。というか、出席の取り方の甘い教師の授業では、もっとサボっていたかもしれない。

その頃に全校生徒を集めた朝礼で生活指導の教師が、「最近職員会議では授業の出席率が著しく低下して、97〜98%ぐらいになっているのが問題になっている」と強調した。「97〜98%と言えば問題ないように聞こえるかもしれないが、以前はずっと 99%以上だったのだから、大問題だ」というのである。

出席率を下げた最大の要因は私のサボりだったようなのだが、それでも 3日前に書いたような事情で、教師に直接咎められることはなかった。卒業してから聞いたところによると、「あいつは自由に生きていくタイプで、ひどい悪さをするわけでもないから、放っておくしかない」と思われていたらしい。

私の高校は当時、自転車で登校できるのは自宅との距離が 1.5km 以上あることという規定があったが、私の家は 1km ちょっとだから、自転車登校の許可証が貼れない。そこで私はいつも学校の裏手のちょっとした木陰に自転車を停め、サボった時の足に使っていた。

天気のいい日に学校を抜け出し、自転車に乗って行く先は、庄内砂丘である。酒田の市街地は最上川の北側に集中しており、その海岸は酒田港だから、砂丘らしい雰囲気のところまで行くには、南岸に渡るのが手っ取り早い。そうでないと市街地を抜けて 10km ほど北に行かなければならない。

私が高校を卒業した翌年に、最上川河口近くに出羽大橋という大きな橋が完成したが、その前は乗船無料の渡し船(写真参照:多分、市営だったと思う)に乗るのが近道だった。この渡し船に自転車ごと乗り込み、対岸の宮野浦に渡る。

乗客は私一人ということもあり、学校は授業中の時間帯なのだが、船頭さんは毎回何も言わずに渡してくれた。思えば大らかな時代だった。

対岸で再び自転車を漕ぎ、砂丘に出る。庄内砂丘は全長 40km にわたる広大な砂丘だが、鳥取砂丘のように砂漠的な様相ではなく、江戸時代に植えられたクロマツの防風林が延々と続いていて、海岸に沿った部分だけが砂浜となる。

砂浜になってしまうと自転車では進めないので、防風林の中に自転車を停め、歩いて誰もいない浜に出る。急に開ける目の前は日本海だ。砂丘で仰向けに寝転ぶと、目を閉じても日の光が眩しい。浜に打ち寄せる波の音が足許の方から絶えず響き、空からはトンビのピーヒョロヒョロと鳴く声が聞こえる。

学校はつまらないが、世界は広く開けている。その開けた世界こそが自分の生きていく場所に違いないと思いながら、しばらく瞑想のように横たわる。

サボるのは授業の 1時間か 2時間の間だけなので、砂浜に寝転がっていられたのは長くても正味 30〜40分ぐらいのものなのだが、しょっちゅう行っていたので、全部合わせれば何十時間もいたことになり、その度ごとに永遠の至福のように感じられた。

この庄内砂丘で寝転がっていた体験は、今でも大切な心の財産になっている。ありがとう、庄内砂丘。

 

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2021年6月14日

「硬いこと言わず」の梅雨入り宣言

午前 11時過ぎに、関東甲信地方の梅雨入りが発表された。平年より 7日遅い宣言だそうだ。(参照

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この発表には、私としては唐突な印象をもってしまった。

というのは、今朝の NHK ラジオの気象情報で私が贔屓にしている気象予報士の伊藤みゆきさんが、「今日は雨模様で、一見梅雨に見えるかもしれませんが、今日の雨は上空の寒気によるもので、梅雨前線は離れたところにありますので、まだ梅雨とは言えません」と言っていたからである。

気象庁としては先月半ばまでに東海地方までの梅雨入りを早々と宣言してしまったので、関東甲信であまりグズグズしているわけにいかず、「硬いこと言わずに、『えいや!』で行ってしまえ!」みたいな感じで、梅雨入りということにしてしまったのかもしれない。

どちらかと言えば、先月までの梅雨入り宣言の方がフライングみたいな感じだが、まあ、気象のプロがそういうことにしちゃったのだから、受け入れておこう。別にこちらの暮らしに差し障りがあるわけでもないしね。

ただ、伊藤みゆきさんの方は、あくまで正統派的に原則重視の姿勢を見せ、「…とはいえ梅雨前線は離れていて、関東の雨や雷雨は局地的」と tweet しておられる(参照)。私としてはこちらの方を重く受け止めておこうと思う。

個人的には来月初めに久しぶりの出張を予定しているが、いつものように晴れ男振りが発揮できるように、精進しておこうと思う。

 

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2021年6月13日

3分間黙ってたら死んでしまうバアサンたち

仕事上のミーティングで、私よりだいぶ若い知人(女性)と久しぶりに会う機会があったが、彼女は医療関係の仕事をしているので、コロナワクチンの接種を早めに済ませることになり、先日 1回目の接種を終えたばかりだいう。

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私は前にも書いている(参照)ように、注射が苦手で、あの直角に突き刺すような写真を見ただけでワナワナしていたので、「痛かった?」と聞くと、「私もちょっとコワかったんですけど、思ったより痛くありませんでしたよ」と言っていた。それを聞いて、ちょっと安心である。

「ただ、それよりもずっと驚いちゃったことがあるんですよ」
「何に驚いたの?」
「接種を受けに来たオバサンたち、いや、もうオバアサンたちと言っていいんでしょうね。とにかくうるさいんです。ずぅーーっとおしゃべりしっぱなし!」

彼女は地区の公民館のような接種会場で、その地域の高齢者たちに混じって接種を受けたらしく、老人たち、とくにバアサン連中のおしゃべりパワーに圧倒されてしまったようなのだ。うぅむ、バアサンたち、めちゃくちゃ元気だからなあ。

「接種する人たちが集まって所定の時間になると、担当者の人が前に出て注意事項を説明するんですけど、その間も話なんて聞かないでずぅっと、ペチャクチャペチャクチャ、おしゃべりに夢中なんです」
「うんうん、何だか、目に見えるようだなあ」

「そればかりじゃないんです。ああいう場所では飛沫感染を避けるために、まず初めに、お互いにおしゃべりしないようにと注意されるんですけど、その間も、おしゃべりは全然止まないんです。人の話、全然聞いてないんですよね」
「そりゃまた、すごいね」

「そして、いやでもおしゃべりしないで済むように、接種者への注意事項が書かれたペーパーが配られて、『順番が来るまで、それを読みながら静かにお待ちください』って言ってるのに、全然読みもしないで、ますます賑やかになる一方なんです!」

「そりゃもう、しょうがないんだよ。あの人たち、3分間黙ってたら禁断症状が出て死んじゃうんだから」
「本当に冗談じゃなく、そんな気がしてしまいました!」

そういえば、前にそんなようなことを書いた覚えがあるので、帰宅して自分のブログ内を検索してみると、2016年 6月 29日付の「オバサンたちは私語が多い」という記事が見つかった。オバサンたち、講演会や授業参観みたいな場面でも、全然遠慮せずにおしゃべりしまくるというお話である。

私はその中でも "「この人たち、3分間黙らせたら死ぬんじゃあるまいか」と思ってしまうほど、とにかくしゃべる、しゃべる" と書いている。その昔に授業参観でおしゃべりしまくっていたオバサンたちは、今はオバアサンになって、ますます賑やかになってしまっているようなのだ。

こんな話を聞いてしまうと、注射よりも接種会場に集まったバアサンたちのおしゃべりの方が、ずっとコワくなってきてしまったよ。

 

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2021年6月12日

「社会の常識に合わない校則」というのがあるので

他人の下着の色を指定するなんて品性下劣なことを、私は決してしたいと思わないが、学校の教師というのは自らの品性を落としてまでも、生徒の下着の色を「白」と決めつけた上に、実際に確認するなんてことまでしたがるもののようだ(参照)。恥を知らない人たちである。

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まあ、教師のすべてがそうというわけではないが、「生徒指導」とか「生活指導」とかを担当する教師というのは、やたら横柄で品性の下劣さを発散しまくりといったタイプが多いという印象がある。昔の記憶を辿ってみても、最近の話を聞くに付けても、それは確実だ。

私は中学高校時代、その方面の教師とは口をきくことさえイヤだった。向こうも私なんかを相手にすると議論で言い負かされるとわかっているから、私に限っては「少々の校則違反」は見て見ぬふりをしてくれていた。

このことに関して、今年 2月 27日の "「異分子を認めない」という体制" という記事で、次のように書いている。

私が中学生の頃には生活指導の教師が全校生徒を集めた朝礼で、「なぜ長髪を禁止するかと言えば、クラスに長髪の生徒(どうやら私のことらしい)がいると、教育が成り立たないからだ!」と言い放った。

私はその場で「その程度のことで成り立たなくなるようなチャチな教育なら、してもらわなくて結構!」と反論したが、それに対してはついにノーコメントだった。当時、職員会議では「あいつとまともに議論で渡り合うと面倒なことになるから」と、無視することになっていたらしい。

それにしても、私の頃は「下着の色」までは指定されていなかった。あるいは、私がその指定を知らなかっただけなのかもしれないが、少なくとも教師が生徒の下着の色を確認するなんてことはなかった。

高校を卒業してから半世紀にもなる今の世の中で、文科省が「行き過ぎた "校則" の見直し」を指示するなんていうニュースに接すると、私としては啞然とするほかない。ニュースは次のように伝えている。

文部科学省は、全国の教育委員会などに対し、校則が子どもの実情や保護者の考え方、また社会の常識や時代にあった内容になっているか、絶えず積極的に見直すよう、通知しました。(太字 筆者)

ということは、「社会の常識に合わない校則」というのが日本中に存在しているということを言外に意味している。「信じられないが本当だ」という世界である。

私は学校というところは、よくよく教育に悪いところだと思っている。そんなわけで私はよく授業を抜け出してサボっていたが、いくらサボっても上述の事情で教師には何も言われなかった。

彼らは校則を運用するにも「人を見る」ようなのである。

 

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2021年6月11日

有線放送で警戒を呼びかけられているのだが

私の住んでいる地域には「有線放送」というシステムがある。地域内に点々と設置されたスピーカーを使い、市役所などの公共団体が住民への連絡事項を伝えるという、「前世紀の遺物」みたいなものだ。

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この有線放送のお知らせというのはとてもゆっくりとしたしゃべりで、しかも文節ごとにものすごく長い区切りがとられる。こうしないと、点在するスピーカーの音同士が時間差でカブってしまい、何を言っているのかわからず「単にわけのわからない、うるさいだけのもの」になってしまうからだ。

で、昨日辺りから、言葉は聞き取れるがその内容が今イチわからない放送が、しきりに流される。「夜中に迷走運転で逮捕された男が逃走していますので、ご注意ください。不審な人物を見かけたら、警察署に連絡してください」というものだ。

これだけの情報では、ほとんど意味をなさない。逃走している男の年格好や特徴すらもわからないのでは、「不審な人物をみかけたら・・・」なんて言われても、対応のしようがない。

というわけでインターネット検索をしてみたところ、上の写真の情報が見つかった。写真をクリックすると NHK のサイトに飛び、ビデオも見ることができる。この程度のローカル・ニュースは多分、そのうちサーバから削除されてしまうだろうけど。

要するにこれは、中国人による「トラクター泥棒」の話のようなのである。日本のトラクターは闇市場で高く売れるらしく、かなりあちこちで盗難に遭っている(参照)。今回は盗んで運んでいる途中で警官に見つかってしまい、手錠まではめられたが振り切って逃げているということのようだ。

いずれにしても犯人は中国人組織のルートを通じて逃げおおせてしまうのだろうが、呑気なローカル警察と必死の中国人との対比が際立つ事件ではある。

 

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2021年6月10日

今年の梅雨はどんな具合になるだろうか

沖縄の梅雨入りが宣言されたのは、平年とそれほど変わらない 5月 5日だったが、その後 11日から 16日にかけての 1週間足らずの間に、九州南部から東海にかけてズラズラっと例年より 20日ぐらい早い梅雨入りが発表された。確かにあの頃はちょっと天気がぐずつき気味だった。

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そんなこんなで、「関東の梅雨入りも早いのかな」と思っていたのだが、それらしい雨の日があっても 1〜2日のうちには持ち直すみたいな天気が続き、6月 10日現在、まだ梅雨入りしていない。気象庁のサイトに行ってみると、上の図のように関東は明日 11日も全般的に晴れの予報だ。

今週末から湿った空気が入り込み、週明けには前線が近付くというが、来週早々に梅雨入りするというわけでもなく、16日(水)以後になって連日雨が続くようになるだろうということになっている。つまり、梅雨入りは水曜日あたりになる可能性があるというわけだ。

東海地方の梅雨入り宣言から 1ヶ月経って、ようやく関東も梅雨入りしそうというわけだ。もっとも関西あたりでも決して梅雨らしい天気ではないようで、駅前糸脈の先生も「気象庁がそう言うから梅雨なのだろうと半信半疑で受け入れている」と書かれている(参照)。

そしてその後に、季節感覚に関して「年代によってかなり感覚が違う気がする」とおっしゃっているのは、「なるほど!」と納得だ。それについてこんなように書かれている。

二十歳の人は子供の頃から異常気象の中で育って居るので、六十歳以上のおかしいなあと言う感覚はなさそうだ。

なるほど、私なんぞは口を開けば「近頃、天気がおかしい、おかしい」と言っているような気がするが、若い人たちはこんなものだと思っているのだろう。

私が 18歳まで過ごした山形県庄内地方というところは、真夏でも滅多に 30℃ を超えなかった。小学生の頃、部屋の寒暖計を見て夏休みの宿題の「絵日記」に「今日の最高気温 31℃」なんて書いても、夕方のニュースでの酒田測候所の発表は 29℃ なんていうことが多く、ちょっとがっかりしていたものだ。

あの頃は「東京のように、毎日 30℃ を超えてこそ本当の夏」と思っていた(これって「東京コンプレックス」だったのかも)ので、何となく不満を感じたりしていたものだが、今思えば「過ごしやすいありがたい夏」だったわけだ。その酒田も、最近の夏は当たり前のように 30℃ を超える。

ことに梅雨入り前から平気で「30℃ 以上の真夏日」というのが連発されると、「一体どうなってるんだ?」と思ってしまう。半世紀前の記憶を辿り、「あの頃の気象の方がずっとマトモだった」という思いが抜けないのである。

ここで急に冬の話になるが、そう言えばここ 3〜4年、つくばの地でも冬の朝の「雪かき」をせずに済んでいる。前に会社勤めをしていた頃は、雪の中から車を掘り出して出勤するなんてことが、一冬に 1〜2度あったものだが、最近は「スタッドレスタイヤが必要」というほどの雪になることもほとんどない。

さて、今年の梅雨はどんな具合になるだろうか。以前は「梅雨入りが遅いと大雨になることが多い」なんて言われていたものだが、最近はそんな常識もどこかに行ってしまったような気がしている。

 

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2021年6月 9日

佐川急便や Amazon を装ったフィッシング SMS

togetter で、よく食べるおばさん という方の「えぇ? 迷惑メールに返信したら返ってきた こわい」という書き込みが話題になっている。佐川急便からの不在配達通知を装った迷惑メール(SMS)に返信したところ、面倒なことになったというものだ。

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発端は、スマホに「佐川急便よりお荷物のお届けに上がりましたが宛先不明の為持ち帰りました」というメールが残されていたことのようだ。これに「了解っす」とレスすると、「何が了解なのさ?」という返事が来た。(この続きは、リンク先で見ることができる)

この返事は一般人からのもののようだとわかったので、「あなたの番号がなりすまし?で悪用されているようです」とのメッセージを送ると、相手は図々しくも「俺はいいです。なんかの縁なのでお友達なりませんか」「ラインとかは駄目ですか?」なんてことを言い出す。これは確かにヤバい。

ちなみに、私のところにもまったく同じ文面のメッセージが何度も来る。こんな具合だ。(相手の電話番号は隠してある)

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そもそも「宛先不明」の荷物を、どうしてよりによって私のところなんかに「お届けに上が」ったのか、その時点で「意味不明」で、詐欺を働くにしては頭が悪すぎる。それにリンク先を見ても ”sagawa" の "sa" の字もなくて、 "duckdns.org" というのは悪名高いドメインだし。

うっかり引っかかると、自分の電話番号が漏れてしまい、上述のようになりすましに悪用されることもあるようだ。私のところに来たフィッシングに表示されているケータイ番号も、ネット検索してみるとかなり多くの迷惑 SMS に使われているようだが、あるいは初めからナンパ目的だったりするのかなあ。 

ちなみに先月は私のところに、Amazon の名を騙ったフィッシング SMS が 3回来た。

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一見 Amazon からの通知のように見えるが、リンク先が ”Amazon-ホニャララ" なので、詐欺とわかる。だまされてクリックすると、下のようないかにも それらしい設定画面が表示され、Amazon ID とパスワード、さらに住所までの記入が求められるという(参照)からヤバい。

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道理でこの春先頃から、Amazon で買い物するとその都度「ワンタイムパスワード」なんてのが送られて来て二段階認証になるので、「最近、Amazon も面倒くさくなったなあ」と思っていた。その裏にはこんな事情があったのだね。

二段階認証のおかげでセキュリティはアップしているのだろうけれど、もしこうしたフィッシング SMS に素直に対応し、ID、パスワードを記入しちゃった覚えがあるなんて方がいらしたら、早速、本物の Amazon サイトに行って、パスワードを変更した方がいいだろう。

まったくこの世は油断がならないので、ご用心。

 

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2021年6月 8日

菅首相、やっぱり日本語が読めないのだね

週刊現代が「菅総理の “迷走” 答弁…『書いてあることも読めない』、官邸スタッフは愚痴とため息」という記事を伝えている。この人の「言葉感覚のなさ」についてはこのブログでも何度も書いているが、やっぱり官邸スタッフもほとほと手を焼くほどなのだね。

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今年の春以降、菅首相のどうしようもない答弁や式辞などに関して直接的に書いたのは、次の 3本。3月 12日の記事では「東日本大震災 10周年式典」での式辞で、単に原稿を読むだけのことがまともにできなかったことに呆れている。「書いてあることも読めない」のは事実が証明しているわけだ。

菅首相の「言葉感覚」のなさに驚く (2021.3.12)
菅首相の「言葉感覚」のなさに、改めて驚く (2021.3.18)
日本の政治が期待できない象徴的答弁 (2021.5.14)

週刊現代の記事は、「官邸関係者」の次のような「嘆き」で始まる。

「国会では前日までに野党から質問内容が伝えられるので、官邸のスタッフがそれを総理に説明し、『御意向』を汲んで答弁書を作ります。でも、その答弁書がまともに読まれた例がないんです」

国会答弁の「内幕」がこんなようなこととは誰でも想像がついているが、関係者がこんなにあからさまに語ることは珍しい。それほどまでに、菅首相の「読み能力」がヒドいということだ。さらに、こんなことまで暴露されている。

「いくら答弁を練っても読むのは最初の一部だけで、きちんと読んでくれない。『老眼で読めないのか』と思い、気を使って字を大きくしたり、読みやすいよう縦書きを横書きにしたりして工夫したのですが、すべて無駄でした」

あまりの「読み」の下手さ加減(というか、「読めなさ加減」)に、もはや自分自身でも嫌気がさして、原稿を最後まで読み続ける気力が保てなくなるのだとしか思われない。一体どこの国の話かと思ってしまうが、紛れもなく自分の住むこの国の話である。

5月 8日の記事では、彼の『政治家の覚悟』という著書について紹介した(参照)。この本には「官僚を動かせ」という副題が付いており、私は「そのココロは『官僚に頼れ』ということなのだろう」と書いたのだが、もはやその「官僚に頼る能力」すら失せているようなのだ。

人間、能力以上の地位に就いてしまうと、ろくなことがない。この人の場合、首相にさえならなかったら「日本語が読めない」なんてことまでバレずに済んだのにね。

【同日 追記】

日本語が読めない人が首相になってしまうのは、「云々」を「でんでん」なんて読んでしまう前首相時代から完全に「日本の常識」になってしまったのかもしれない。日本の政治家のレベルって、この程度のものなのだね。まともな人材が、ますます政治の世界に向かわなくなってしまう。

 

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2021年6月 7日

Gパン? ジーンズ?

Quora に ”友人がアメリカ人の家で「Can I borrow your G-pants?」と聞いたら「What the hell are you saying?」と言われたようです。なぜだか理由はわかりますか?” という質問がある。

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"Can I borrow your G-pants?" (G-パンツ借りれるかな?)には、日本人の私でさえ「G-pants って何のこっちゃ?」となってしまった。まさに ”What the hell are you saying?” (まったくもう、何を言いたいわけ?)なんて言いたくなる場面である。

寄せられた回答を見て、初めて「そうか、”Gパン” のことを言いたかったのか」とわかった。申し訳ないが、この質問って、ちょっとできの悪いネタかジョークなんじゃあるかいかと思ってしまったよ。

そもそもジーンズを日常的にはいて、アメリカ人の家で英語を話せて、その上でジーンズのことを "G-pants" なんて言っちゃう人、今どきいるのかなあ? 最近の若い人たちは、フツーに「ジーンズ」と言って、「Gパン」なんて言うのはかなり年配の人たちなんじゃあるまいか。

さらに言ってしまえば、ジーンズというアイテムは基本的に他人同士で貸し借りするようなものじゃない。サイズが合わなければどうしようもないしね。どうしても作り話の「ネタ」なんじゃないかなあと思ってしまう。(実話だったらごめんなさい)

私は昔、繊維・アパレル業界に関係していたが、この業界では年寄りでも当たり前のように「ジーンズ」と言っていた。メーカーが「ジーンズ・メーカー」、ジーンズ専門店が「ジーンズ・ショップ」(「Gパンメーカー」とか「Gパン屋」じゃない)となるのはもう、一般的にも「お約束」の範疇だろう。

もっとも英語だと「ジーンズ・ショップ」は "jean shop" (靴屋が "shoe shop" なのと同じ)。つい "jeans shop" と言いたくなるところでちょっとブレーキを効かせるので、「今は、外国人とジーンズの話をしてるんだな」と実感してしまうところだ。

ちなみに Quora には「G と pants ・・・ g-string の pants のことか? と思った可能性があります」という回答もある。いわゆる「紐パン」(セクシーな下着)のことで、それなら ”What the hell ・・・” と過剰反応されるのも当然だが、現実的には「紐パン貸して」なんて会話、ないよね。

そんなこともあってか、Quora のこの項目には「ハードオフ」という名前の店に関するリンクが表示されている。PC 部品など、中古ハードウェアを安い価格で売るのでこの名前なのだろうが、英語として使う場合は最大限の注意が必要だ。(結局のところ、いくら注意しても足りないのだが ー 参照

 

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2021年6月 6日

うどんとそばの文化圏で "もうひとつの境界線"

にゃんこそば さんという方が「うどん屋・そば屋の分布を描いてみたら東日本・西日本の"もうひとつの境界線"が現れた」と tweet しておられる。麺好きの私にとっては、なかなか興味深い話で、かなりの労作でもある。

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私としても常々感じてはいたが、麺の世界では「東日本/西日本」という単純な分け方はできないようなのである。日本全国を表示する拡大図は、下のようになる(クリックで拡大される)。

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なるほど、いわゆる「西日本」でも、山陰地方や九州の大分県、鹿児島県にはそばの優勢な地域が多い。一方、東日本でも埼玉県や秋田県にはうどんの優勢な地域が目立つ。秋田の「稲庭うどん」は絶品だしね。

なお、この図は NTT 「タウンページ」をデータ元としているので、そばとうどんの両方を提供する店でも「〇〇うどん店」というような名称だったら、うどんの店としてカウントされている。つまり「店主の裁量次第」というところがあるわけだが、それでも大雑把な傾向はつかめると思う。

何となく、山間部の地方だと「そば文化圏」になってしまうような印象である。「讃岐うどん」を擁するうどん王国の香川県のすぐ隣の愛媛県の西部は山がちなところで、「伊予そば」で知られる。そうかと思うと新潟平野もしっかりと薄緑色で、そば文化圏に色分けされているのはおもしろい。

この図では、わが出身県の山形県は圧倒的にそば文化圏とされていて、帰郷の際には途中でぶっとい田舎蕎麦を味わうのを楽しみにしている。「あらきそば」「原口そばや」「一松」などの絶品そばについては、私もブログで書いている。

ただ、我が故郷の庄内平野ではうどんもしっかりと健闘している。なにしろ「麦切り」なんて名前で、独特のうどんがあるぐらいだ。江戸時代の西廻り航路のおかげで、上方文化が結構入って来ていることも関係があるだろう。

そして日本の全都道府県に旅している私の印象としては、うどんもそばも各地域に独特のものがあって、それを食うのが楽しみだ。同じうどんでも、博多と讃岐ではかなり印象が違うし、5月 31日にとりあげたばかりのきしめん(参照)も、独特の食感で嬉しい。

さらに「ラーメン」という項目を加えると、様相はまたまた変化してくる。富山から日本海に沿って新潟、山形県庄内、秋田、津軽などは、実は「ラーメン文化圏」と言っていいようなのだ。北海道も「札幌ラーメン」「旭川ラーメン」などで知られるように、ラーメンが強い。(下図はクリックで拡大される)

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私の生まれた酒田市もラーメン店だらけで、「三日月」「満月」「新月」など、「月」のついた屋号の老舗が多い。酒田のラーメンは「中華そば」という方がしっくり来るかな。

私としても基本的に麺好きだからラーメンも好きなのだが、近頃は肉を絶っているので、食う店がとても限られてしまっている(参照)のが残念だ。

 

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2021年6月 5日

「夢うつつ」の状態なら、結構おもしろいかも

昨日に「夢の中での『神のお告げ』なんて・・・」(参照)とディスった翌日に掌返しのようなことを書くのもナンだけど、「もしかして『夢うつつ』の状態なら、結構おもしろいかも」なんてことを思ってしまった。というのは、今朝の夜明け前に実際そんなような「夢うつつ」になっちゃったからである。

今、午前 3時 13分。6月とはいえ外はまだ暗いが、「夢うつつ」から覚めたばかりで、このまま再び眠りに落ちて記憶が消えてしまうのももったいないので、無理矢理起き出してこれを書いている。

その「夢うつつ」の中で私は、なぜかクラシック系の演奏家の集まるパーティに紛れ込んでいる。あちこちでヴァイオリンやオーボエなどの実際の演奏が行われているのだけれど、そこは「夢うつつ」の便利さで、それぞれの演奏が独立してクリアに聞こえ、気持ちがいい。

集まっている連中の多くは東洋系の顔立ちなのだけれど、聞こえてくるのは西海岸ぽいカジュアルな英語で、それもまた私には気持ちがいい。「これって、何となくリラックスできる雰囲気だよね」なんて思っている。

で、途中で「待てよ、これってリアルのパーティじゃなくて、ネット上で集まってるだけみたいだな」と気付く。「最近の Zoom って、こんなにまでリアルなパーティ感覚を実現させてくれてるんだ!」と、なぜか "Zoom" を使っているということになってしまって、ちょっと感動する。

で、この妙にリアルなバーチャル・パーティの中で、「俺たちの演奏ばかり聞いてるんじゃなく、tak も何かオリジナルの曲を披露してくれよ」と要請される流れになる。ちょっと驚くべきことに、私はごく冷静に、「OK、じゃあ、大昔に作った曲だけどね」と言って、小品を弾き始める。

これ、何の楽器で弾いたのだか記憶がおぼろだが、いわゆる「夢の中の傑作は、覚めてみればメチャクチャ」みたいなナンセンスの極みじゃない。覚めた今でもちゃんと口ずさめるし(自分でリアルに作った曲だし当然)、まあ「名曲」じゃないにしても、一応は聞ける。

「夢うつつ」の中で「へえ、おもしろい曲だね」なんて言われたのが、ものすごく「救い」だ。「俺って、まんざらでもないじゃん」みたいな感じになってしまう。

なんでこんな夢を見たのかと考えてみると、2〜3日前から、自分が「コロナうつ」になりたくないものだと強く意識し始めたことが一つの要因なんじゃないかと思う。コロナ禍で家に閉じこもって PC に向かっての仕事ばかりしていると、いつの間にか「陰々滅々状態」になりかけてしまうのだ。

「これはヤバい! 何とかしなきゃ」と思っても、なかなかリアルの世界で多くの人と接するチャンスがない。かといって、SNS を使っても結局それほどのリアルさは得られなくて中途半端だ。結構なフラストレーションである。

こんなようなフラストレーションを少しは和らげるために、神の慈悲なのか、自分自身の無意識の所為なのか知らないが、ちょっといい気持ちの「夢うつつ」状態を体験できたので、今日は何だかハッピーに過ごせそうな気がしている。

【同日 9:50 追記】
あれから 2時間ぐらい眠り直して、起きてからちょっとそれっぽい(?)動画を添えてみた。昔写した京都大原勝林院の画像に、自作のメロディの一節をかぶせている。(夢の中ではもっとジャズっぽいアレンジでアドリブなんかも入れたのだが)

 

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2021年6月 4日

夢の中での「神のお告げ」やら何やら

一昨日の TBS ラジオ「伊集院光とらじおと」を聞いていて、伊集院の「夢」に関する話に笑ってしまった。彼は今月 13日に師匠である三遊亭円楽との「二人会」を開くことになっているせいか、最近寝ていても落語の夢ばかり見るという。

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その夢の中に登場する「落語の神様」(何故か、顔がラモス瑠偉なのだそうだ)が、演じ方に関して、それまで思いも付かなかったような素晴らしい示唆をしてくれる。それを聞いて「ああ、そうか!」と、はたと膝を打つほど感動・得心するのだが、朝になるとすっかり忘れてしまっているのだという。

ある夜、今度は何故か今は亡き元プロ野球選手・解説者の松木健次郎さん(写真・右)が「落語神」として現れて、最上級のアドバイスをくれた。そこですぐに目を覚まして、忘れないように急いで枕元のスマホにメモ書きし、またすぐに眠りに落ちた。

朝になり、どんなアドバイスだったろうと心躍る思いでおもむろにスマホを開くと、こんなメモが出てきた。

「おっぱい揉んどくんだった」

どうして夢の中ではこんなことに感動したのかさっぱりわからないが、しかし、さすが伊集院である。本番ではこれを何とか噺の中に盛り込むつもりらしい。

これを聞いて、「そうそう、夢の中での『神のお告げ』なんて、大抵そんなようなもんだよね」と思ったのは、私ばかりではなかろう。

かくいう私もブログのネタ関連で「素晴らしい神のお告げ」を夢に見ることがある。「うわぁ、こんな世界を一言で語り尽くすほどの『人生の機微』を書いちゃったら、ブログ界に革命が起きるじゃん!」と思うほどだが、ご多分に漏れず、そんな「お告げ」は、目が覚めた頃にはすっかり忘れてしまっている。

つい先月もまたまたそんなような夢を見て、この時ばかりは「これだ!」とばかりに、息も弾むほど興奮して目が覚めた。ところがその場で冷静になって夢の中身を思い出してみると、「子どもの三輪車にバッテリーを付けて筑波山をヒルクライムし、それをブログに書け!」みたいな、アホな話である。

これを本当にやったら、確かに変な意味での反響はあるかも知れないが、あまりの馬鹿馬鹿しさにがっくりと脱力。夢の中ってよくよく「異次元の世界」と思うほかない。

そんな話をしていると、妻まで「私もよく見る夢があるの」と言い出した。「夢の中で従姉妹の T ちゃんと散歩してると、T ちゃんが空中を飛び始めるのよ」

「T ちゃん、飛べるんだ、いいなあ! と思っていると、「あなたも飛べるわよ。飛んでみなさいよ」と言われて、試しにひょいと弾みをつけると、当たり前のように体がフワリと宙に浮く。

うわぁ、私って、飛べるんじゃん。どうして今まで気付かなかったんだろう。これからはいつも飛ぶことにしよう!」なんて思いながらいい気持ちで空中浮遊しているうちに、ふと目が覚めてしまう。

そうか、だから妻は夢が実現して、いつも「飛んでる」のか。

 

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2021年6月 3日

ワクチン接種の進まないうちのオリンピックになるので

ふゆひー9 さんが「それにしても、このサイトのグラフの作り方(見せ方)は凄いね。悪いお手本と言うべきか(笑)」と tweet しておられるので、どんなのかと思ったら、首相官邸の「新型コロナワクチンについて」というサイトのもので、確かに「凄い」ものだった。

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まず「接種数日次推移」。縦軸が最大 「400K」(40万人)までしか取られていない上に、あざといほどにことさら縦長に作られているので、実際の数は見た目ほどのインパクトはない。最近の数字を見ても、1日当たり多くて40万人足らず、少ないと 30万人以下である。接種のキャパというものがあるので、急増は期待できないのだろう。

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さらに「凄い」のが「接種率日次推移」である。一見すると急増しているようだが、縦軸の数字を見ると、一番上が「4.00%」。まともなグラフなら地の底を這うような線にしかならないものを、こんな上向きの線にしてしまうのだから、「お恥ずかしい」という感覚を持ち合わせていないとしか思われない。

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ワクチン接種が少しずつながらでも進んでいるのは、もちろん歓迎すべき事実ではある。とはいえ「65歳以上の高齢者」の範疇に入る私の場合でも、1回目の接種が今月下旬で、2回目は東京オリンピック(7月 24日〜 8月 8日)直前の来月下旬になる。

若い人たちのほとんどが未接種のうちに外国から選手団と関係者がどっと入ってくるのだから、オリンピック期間中は企業も店舗も「夏休み」状態にしてもらい、家に閉じこもっているのがいいだろう。その間、とくに見たくもないオリンピックの視聴率だけは稼げるだろうからから IOC は喜ぶ。

そしてオリンピックが終わっても、次にパラリンピック(8月 24日〜 9月 5日)がある。結局のところ、今年の夏はどこにも行けない夏になる。浮かれて人混みの中に繰り出すのは、命知らずの所業だ。

秋になったら秋分の日前後に有給休暇を取得すれば、1週間近い休みが取れる。さんざん我慢してきているのだから、いくら何でもそろそろどこかに出かけたくなるだろうが、その頃はオリンピックを機に、コロナが第何次かの拡大期を迎えているかもしれないのである。

「高齢者」の領域に入ってしまった私でさえ、どこにも出かけないでいると気が滅入る。ふと気付くと「陰々滅々」の一歩手前ぐらいまで行ってしまい、はたと気を取り直して気持ちを高めたりしているのだから、若い人たちにはかなり辛いだろう。

「うつ」になってしまわないように、心をしっかりとコントロールしなければならない。

 

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2021年6月 2日

ワクチンは夫婦同時に打つなと、今さら言われても

AERA が ”「コロナワクチン夫婦同時に打たないで」2回目接種の高熱 2割超  医師に聞く副反応対策” という記事を伝えている。「夫婦で同じタイミングで接種して発熱すると、共倒れになる可能性がある」からという。

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おいおい、今頃そんなことを言われても、先月 28日の記事 で書いたように、ウチは既にネットでサクサクッと、夫婦で同じ日時の予約をしちゃったよ。今さら予約変更なんて面倒だから、そのまま行ってしまおう。

副反応の出る割合については、こんなように書かれている。

厚生労働省の調べでは、接種を受けた医療従事者2万人弱のうち、副反応として38度以上の高熱がみられたケースは、1回目接種後は0.9%だったのに対し、2回目接種後は21.6%に及んだ。

ふぅむ、1回目の接種後はほとんど心配ないようだが、2回目の接種後は 5人に 1人以上で高熱が出るのか。さらに山形大学の調べでは「37.5度以上の発熱については、1回目接種後は 3.3%だったのに対し、2回目接種後は 43.4%だった」なんて書かれているから、少しは覚悟しておこう。

厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会委員を務める川崎市立看護短期大学長の坂元昇医師という方は、自ら副反応を体験したというが、次のように語っている。

「データがあるわけではないのですが、副反応はおそらく体内における免疫反応の結果なので、守られているという強い安心感が得られたのも事実です。個人的な感想ですが、このワクチンには本当に効果があるんだという実感が湧きます」

まあ、これはお医者さんならではの冷静な感想だと思うが、私としても、もし多少の熱が出ても騒がないでゆっくり静養することにしよう。幸いなことに、ウチの 2回目接種の後は今年の場合、祝日を含めての連休だしね。(ただ、フリーランスの私は、日曜に仕事が入ってるけど)

それよりもずっと気にかかるのは先月 28日の記事でも書いたけど、上の写真のように注射針がほとんど直角に突き刺されるってことである。病気知らずで注射慣れしていない私としては、結構ワナワナしてしまうなあ。

 

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2021年6月 1日

「ギシギシ」とコーヒー(花粉症にコーヒーが効く?)

花粉アレルギーがひどい。スギとヒノキの花粉の季節はとっくに過ぎて、今はカモガヤ花粉の時期といわれるが、どうも私の場合は「ギシギシ」という植物のアレルギーのようで、くしゃみ、鼻水、目の痒みでヒイヒイ言っている。

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上の写真の植物が周りに増え始めると、ニュースなどで「カモガヤ花粉症の季節になりました」と言われるので、てっきりこれがカモガヤというものだと思い込んでいたが、昨年 5月 2日の記事でそれについて書いたところ、mikio さんからのコメントで、これはギシギシというものだと知らされた。

カモガヤというのは別物で我が家の周囲にもないではないが、この季節、圧倒的に目立つのはギシギシの方なのである。

「ギシギシ 花粉症」の 2語でググってみると、これもまたしっかりとアレルギー植物であるらしい(参照)。そして私の場合、カモガヤ花粉症との合併効果もあるのかもしれず、スギとヒノキの季節より今の季節の方が確実に症状がひどい。

何しろ家の周り中ギシギシだらけというほど生えているし、写真でみてもわかるように一株に付いている花の数がやたらに多い。それだけに飛散する花粉の量もハンパじゃない。ただ、スギやヒノキほど背が高くないので花粉も遠くまで飛ばず、近くにある我が家は集中的に被害に遭っている。

あまりにも症状がひどいので天気のいい昨日の昼に一大決心し、ギシギシの群生する中に分け入って、ガシガシとばかりに刈り倒し作業をした。そしてこの作業で大量の花粉を吸ってしまったようで、終わってからしばらくの間、くしゃみが止まらなかった。

大量のギシギシを相手に奮闘した直後にくしゃみがひどくなったのだから、この植物に反応したことにほぼ間違いがなかろう。これで私の今の時期の花粉症は「ギシギシ・アレルギー」なのだろうと、自ら烙印を押した。

このところずっと朝起きて窓を開けた途端にくしゃみが出始め、鼻水もとまらなくなっていたが、昨日の作業が功を奏したようで、今朝はかなり楽だ。これをとってみても、「ギシギシ・アレルギー」はもう間違いない。

それにしても、あれだけ群生していたギシギシを一人で刈り倒したのだから、年の割に体力があるというのは我ながらありがたい。

ここでようやくコーヒーの話が出てくるが、私の場合、朝にくしゃみが止まらなくなってもコーヒーを飲むと不思議に症状が和らぐ。ずっと気のせいなのだろうと思っていたが、調べてみると嬉しいことに、「アレルギー性疾患を、コーヒーが緩和する?」という記事が見つかった。

全日本コーヒー協会のサイトの記事だけに手前味噌かとも思ったが、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)炎症薬物学研究室准教授、杉本幸雄さんという方が「コーヒーを毎日飲むことで花粉症をはじめとするアレルギー性疾患を緩和する効果があるかもしれない」と唱えているという。

これはコーヒーに含まれるカフェインとポリフェノールの効果であり、それらは腸で吸収されるのだから、飲んだ途端にくしゃみが治まるというのはやはり「気のせい」なのだろう。とはいえ「嬉しい気のせい」なので、あまりシリアスになりすぎずにずっとそんなものと思っていよう。

ほかにも、コーヒーには花粉症を緩和する効果があるものの、コーヒーフレッシュ(って何だか知らなかったが、あの小さな容器に入ったミルクみたいなやつらしい)や砂糖を入れると効果がないとするページも見つかった(参照)。私は昔からブラックで飲む主義なので問題ない。

ただ、「コーヒーをやめたらアレルギー体質が改善」なんていうページもあるので、あまり真に受けすぎるのも憚られて、参考程度にとどめておこうと思うのだが、いずれにしてもコーヒー好きの私としては都合のいい話が一つ増えたような気がしている。

 

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