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2021年8月に作成された投稿

2021年8月31日

「二階幹事長交代」の流れらしいのだが

「やくざ顔」そのものだった二階幹事長が、最近妙に「ジイさん顔」になってきていると思ったら、こんな事情だったのか。昨日になって「二階幹事長交代」の流れが一斉に報じられ、テレ東は当人もそれを容認していると伝えている(参照)。

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「二階幹事長交代」が旗印みたいなイメージで総裁選に出る岸田氏との争点を曖昧にするという意味があるのだろう。ただ、一方では "二階氏、岸田氏に不快感 党改革案めぐり「失敬だ」" なんていう産経のニュースもあって、相変わらず恫喝だけは忘れていない。

こうして「貸し」を作っておけば、「菅政権継続の折には、悪いようにはしないだろうな」ということなのだろう。結局落ちつくところは「やくざ的論理」である。

いずれにしてもはっきりしているのは「菅首相の続投意欲は十分」ということだ。これだけ支持率の下がっている中で、そのノー天気さは超人的と言うほかない。一度自分と周辺以外が見えなくなると、あとはとことん見えなくなるものらしい。

当然ながら自民党内の若手には「党の顔が菅首相のままでは、総選挙が戦えない」という当たり前の情勢が見えているので、この辺りの低次元な綱引きが当面の焦点となるのだろう。総選挙が終わって本格的な秋風が吹くまでは、鬱陶しい話が続く。

まったくもって因果なことで、何がどう転んでもあまり驚いたり絶望したりしないように、こちらはこちらでちゃんと別の世界を作っておこうね。

 

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2021年8月30日

『鉄道唱歌』に出てくる「愛宕の山」の姿

「汽笛一声新橋を・・・」で始まる『鉄道唱歌』を初めて知った子どもの頃は、都から遠く離れた山形県庄内の地に住んでいたので、「愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として」という歌詞は、遙か西の多摩の山々を望んでのものと思い込んでいた。

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長じて上京し、「東京都港区愛宕」なる地名が存在すると知ったが、すぐには『鉄道唱歌』に出てくる「愛宕の山」とは結びつかなかった。とくにその辺りは慶応大学の地盤なので、早稻田大学に通った身としては近くの「箱根山」には馴染んでも、「愛宕山」にはまだ登ったこともない。

やがて知らされたのは、『鉄道唱歌』に出てくる「愛宕の山」とは、まさしく港区愛宕にある「愛宕山」のことで、標高 25.7m、東京 23区内の天然の山としては最高峰ということだった。一方、早稻田の近くの「箱根山」は標高 44.6m で、山手線内の最高峰だが、人造の「築山」なのだそうだ。

私は 10年前の和歌ログで、この愛宕山の下を潜るトンネルの歌を詠んでいる。

愛宕山隧道抜くる向ふには江戸の景色も今は見えざり

上に掲げた Google Map ストリートビューの「愛宕山三角点」のあたりを拡大してみると、下のようになる。「鎮守の森」というには小規模すぎるが、一応緑に囲まれた屋根が愛宕神社の社殿だ。山手線から眺めていても、大抵は何も気付かないうちに通り過ぎてしまうのだが。

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この画像からだと三角点は神社の社殿の中にあるように勘違いしそうだが、観石万歩というサイトの「二等三角点愛宕山」というページを見ると、愛宕神社の弁財天社の左手前にあるとわかる。なるほど、確かに「山」には違いないようなのだ。

ちなみに「愛宕神社」という神社は全国至る所にあるが、ほとんどは「火伏せの神様」が祀られており、東京港区の愛宕神社も「火に関するもの、防火、防災」の御利益があるとされている(参照)。

このコロナ禍が収まったら、一度東京に出て愛宕山と箱根山の縦走(?)をしてみてもいいかもしれない。来年の春頃になるかなあ。

そういえば我が茨城県でも笠間市に愛宕山と愛宕神社というのがちゃんとあり、自転車で登る「ヒルクライムの名所」となっている。私も既に 8回以上登っている(参照)。こっちの方は、秋になったらまた自転車で登ってみようと思う。

笠間の愛宕神社は「日本三大火伏神社」と言われているが、この件については 6年とちょっと前に書いている(参照)ので、よろしければお読みいただきたい。

 

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2021年8月29日

iPhone と Apple Watch の連携機能はありがたい

Gigazine の本日付に 「Apple Watch はスマートウォッチシェアの半分を占めているとの調査結果」という記事がある。スマホの世界では iPhone のシェアが Andoroid のそれを下回っている(日本は別)が、スマートウォッチではまだまだ Apple が優勢で、52%のシェアを占めているという。

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実は私も 4年近く前から Apple Watch ユーザーである。しかも現在は iMac, MacBook Air, iPhone, iPad と合わせて 5台の Apple 製品を使っているので、フツーの目で見れば大変な「Apple 信者」と言っていいかもしれない。

過去ログを調べてみると、長期出張を前にして、それまで使っていたフツーの腕時計を紛失してしまい、急遽 Apple Watch を買ってしまったと、2017年 11月 2日付(参照)で書いている。その前から気になっていたので、迷うことなく買ってしまったわけだ。

Apple Watch を使っていて最も重宝するのが、iPhone を常にサイレント・モードのままで使い続けられるということだ。電話やメールなどの着信があっても、iPhone は静かなままで、Apple Watch が振動で知らせてくれる。おかげで私はここ 3年以上、自分の iPhone が鳴るのを聞いたことがない。

これは電車などでの移動中や、リアルの会議中(最近はコロナのせいで滅多にないが)にとてもありがたい。手首の Apple Watch がブルブルッと振動するのでチラッと見ると、相手の電話番号やメルアドが表示されている。iPhone の住所録に登録してあれば直接名前で表示されるのもうれしい。

メールの場合は iPhone を取り出さなくても Apple Watch の画面で読めるので、会議中などはとても便利だ。電話の場合は Apple Watch の画面上でさりげなく「留守番電話に切り替え」を選択してタッチすれば、先方がメッセージを吹き込んでくれるので、後でかけ直すことができる。

この iPhone と Apple Watch の連携は、今やなくてはならない機能になっている。

さらにその日の運動量やエネルギー消費量なども表示してくれるので、「ありゃ、今日はちょっと運動不足だな」と思えば、今日のような暑い日でも、エアコンの効いた室内で運動したりできるのもうれしい。

というわけで、今ではフツーの腕時計には戻れないほどになってしまっている。

 

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2021年8月28日

コロナとワクチンと菅内閣

私と妻は既にコロナ・ワクチンを 2回接種し終え、娘たち(30〜40代初め)も 1度目を接種し、2度目を待っているところのようだ。しかし世の中の 20代の若者は、まだ接種が進んでいないらしい。

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東京都内に住んでいる長女も最近地元で接種したようだが、同じ都内でも対応がいろいろらしく、全体的にどうなっているのかよくわからない状態だ。本日付の朝日新聞は "「若者だってみんな打ちたい」渋谷の若者向けワクチン接種会場、きょうも大行列" として、次のように伝えている。

東京都は 28日、渋谷区の若者向けワクチン接種会場で、300人を抽選で選ぶ方式での運営を始めた。先着順とした初日の 27日は早朝から約 300人が列をなして混乱したことから、急きょ改めた。ただ、この日も会場で配られる抽選券をもらうために多くの人が訪れ、午前 9時ごろには約 350メートルの列ができていた。

私の住んでいるつくば周辺は住民の平均年齢が高めで、日中に道で行き会う人はじいさんばあさんばかり。彼らのほとんどは 2回の接種を終えているだろうから多分大丈夫だが、都内に通勤している若い層はなかなか大変らしい。感染リスクの高いライフスタイルなのに、ワクチン接種が追いつかないのだ。

我が家の娘たちは皆、自治体からの通知に沿って予約を行い、問題なく接種のプロセスに入っている。今回の大行列に並んだ若者たちは、自治体の管轄から離れてしまっているのだろうか。

あるいは実家のある田舎に住民票をおいたままで、東京暮らしをしているケースが多いのかもしれない。そうなると実家が遠い場合は、コロナ禍の中では帰郷するのも大変だろうから、下手するとワクチン接種から取り残されてしまう。

しかしだからといって、行列に並ばせて「早い者勝ち」とした昨日段階の都の判断は甘すぎるだろう(参照)。本日の「抽選」という措置も、問題解決にはなっていない。

これはワクチン確保に関して、先進国の中で断トツのトロさを見せた菅内閣の責任が大きいと言っていい。オリンピックを目前にしてさえあのトロさだったのだから、まるで話にならないではないか。菅首相は「決断」ということのできない人みたいで、迅速な対応の求められる今の状況では何も期待できない。

先日のサミットにおいても、各国首脳と常に絶妙の間合い(つまり「直接話をせずに、おとなしくしていればいい距離」)を保ちつつ、「行って帰って来ただけ」みたいだから、完全に税金の無駄遣いである。来たる総選挙では、神奈川第二区でマジに落選させなければならないと思っている。

 

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2021年8月27日

モノを捨てて捨てて捨てまくった

人生がときめく片づけの魔法』という本がある。近藤麻理恵さんという方の著書で、この人、もはや「こんまり」(あるいは "KonMari")と言った方が通じがいいというほど、国際的にも知る人ぞ知る存在となっているようなのだ。

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なんと、私の妻もこの本を買ったようなのである。いつの間にか本棚の中にあって、私が買ったわけではないから、妻が買ったと思うしかない。ただ、買ったはいいが、じっくり読んだ形跡はない。

ここだけの話だが、妻はモノを片づけられない人である。昔から「気に入ったモノ」に囲まれて暮らすのが好きで、私からみると「なんでまた、こんなに同じようなモノをどっさりとため込んでいるのだろう」と不思議なほどだ。

ちなみにこの本を本棚から出して飛ばし読みしてみたところ、序盤には「収納が得意な人ほど、モノをためる人になる」とある。「場所別・部屋別」に片付ける」というのは、致命的な誤りで、「モノ別」に片づけなければいけないというのだ。

妻は根がアーティスト的な人ということもあってか(すべてのアーティストがそうというわけではないが)、実は収納がまったく得意ではない。そこで私が代わって「とても上手に」収納してあげていた。私がやらなければ収納しきれないのだから仕方がない。

ただ、これがいけなかった。つい「場所別・部屋別」に収納してしまったため、同じようなモノがいろいろな場所に分散してどっさり収納されるという結果につながってしまったのだ。

長女はずっと前から「お父さんがきれいに収納しすぎるから、お母さんがモノを捨てられないんだよ!」と言っていた。振り返って見ればまさにその通り。妻は自分では収納が得意ではないが、いつの間にかなんとかギリギリで収納されてしまっているので、モノを全然捨てずに済んでしまっているのである。

ところが、それももう限界だ。家の中の収納スペースが不要品で埋まってしまったので、いよいよ捨てなければならない。こんまりさんはモノを捨てる基準として、"触った瞬間に「ときめき」を感じるかどうかで判断する" と書いている。つまり「ときめかないモノ」はドンドン捨てるということだ。

ところが、これが最大のネックとなった。妻は、自分の取っておいたほとんどすべてのモノに「ときめいてしまう」のである。ときめくからこそ、いつまでもとってあるのだ。要するに「自分ではモノを捨てられない」ということなのだから、ここは私が代わって、心を鬼にして捨ててしまうほかない。

こんまりさんは「片づけは祭りであって、毎日するものではない」と書いている。つまり「片づけ」というのは、短期間に集中してモノを捨てまくるところから始めなければならない。

というわけで、この 3日間、私はモノを捨てまくったのである。妻を説得しながら、捨てて捨てて捨てまくった。結果、「これだけは私が死んでから捨てて」というような、「特別の思い入れ」のあるモノを除いてきれいに捨てまくり、家の中が驚くほどすっきりした。

すっきりしてしまうと、妻としても居心地が悪いわけじゃないから、案外上機嫌で快適に暮らしている。やはり、家の中にモノは少ない方がいいということだ。

 

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2021年8月26日

暑い、とにかく暑い。

暑い、とにかく暑い。昨日の朝の NHK ラジオの天気予報によれば、長雨をもたらした前線が本日になってようやく遠離り、「2度目の梅雨明け」のようなものになるとのことだったが、その言葉通り、しっかりと猛暑がぶり返した。

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つくば周辺は昨日の時点で十分に蒸し暑かったが、今朝は早いうちから 30度を超え、午前中に 35度の猛暑日になったようだ。昼頃に市役所とスーパーにクルマで出かけたが、駐車場に入ってクルマから出ると「暑い」ではなく、空気のかたまりが「熱い」と形容したくなるほどだった。

ようやく用を済ませて帰宅し、冷房を付けた部屋でデスクワークに没頭したが、部屋から出て壁や階段の手すりに触ると、やはり「熱い」のである。夕方を過ぎても暑さはなかなか衰えない。

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上の画像は Weather News の週間天気予報。今日から土曜日まで 3日連続で猛暑日プラス熱帯夜になるらしい。週が変わったあたりから一度天気が崩れるようだが、それでも日曜、月曜の最高気温は 31度で、湿度が上がる分、蒸し暑くなるだろう。思いやられる。

本当に早く 9月の声を聞きたいものである。

 

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2021年8月25日

総選挙で菅義偉を落選させるぐらいの荒療治が必要

総選挙を控え、自民党内では「菅首相では戦えない」との声が挙がっていると伝えられ、新たな候補として高市早苗氏、下村博文氏、岸田文雄氏などの名が挙がっている。

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ただ、これらの人たちに「本気で菅総理に取って代わる」というほどの意気込みがあるとは感じられない。こうした状況に関して、平井文雄氏が「菅さんを倒して首相になってコロナ対応をやろうという政治家は自民党にいないのだろうか」と書いている。

総裁選は「9月 29日投開票」で決まりそうな雰囲気だが、この状況を一言で言ってしまえば、今の自民党内で「泥をかぶってでも菅総理にとって代わろう」と本気で考える人がいないということのようだ。

平井氏の記事によれば、次のようになる。

二階幹事長は 25日の会見で改めて菅続投を支持した。安倍、麻生両氏も、そして茂木敏充外相、加藤勝信官房長官による共同統治の竹下派も菅支持を変えない理由は、コロナという歴史的な難局を自分、あるいは自分の持つタマで乗り切れる自信がなく、みんなで「菅頼み」しているからである。

「菅頼み」と言えば聞こえがいいが、要するに、菅首相を人柱にしてこの難しい時期をやり過ごそうということのようなのである。一番悪いときに、能力的に一番期待できない人が首相に祭り上げられるいう巡り合わせは、国民としてみればこの上ない不運と言うほかない。

このままでいったら総選挙は総裁選の後になるもののようだが、もし「菅首相続投」なんてことになったら、その直後に行われる総選挙の神奈川第2区で、菅義偉を落選させてしまうぐらいの荒療治が必要なんじゃないかと思ってしまう。

 

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2021年8月24日

京都人の「ぶぶ漬け」とコーヒー

Togetter で話題の京都弁クイズに「コーヒーを飲んでいいのは 1つだけ。さてどれ?」というのがある。MBS テレビ番組の「ちちんぷいぷい」の 1コーナーで出てきたものだそうだ。

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京都弁の質問は、以下の 4つ。

A: コーヒー飲まはりますか?
B: コーヒーでよろしい?
C: そない急がんでもこーひーなと一杯あがっておいきやす
D: ノド乾きましたねコーヒーでもどないです?

いずれもコーヒーをすすめているように聞こえる言い方だが、実際に「それじゃあ、ごちそうになります」と言ってコーヒー飲んでいいのは、B の「コーヒーでよろしい?」なんだそうだ。ちなみに私は、簡単に正解できた。

これまで、多分 30回以上京都に行っていて、京都人との直接の付き合いも結構あるので、例の「ぶぶ漬けでもどうどす?」と同じ感覚とわかった。京都人に「ぶぶ漬け」(お茶漬け)をすすめられたら真に受けちゃだめで、「そろそろ帰らなきゃ」と思わなければならないというのは有名な話である。

上述のクイズでいえば、B だけが「何か飲ませてくれる」というのが既に前提になっていて、その「何か」が「コーヒーでいいか? それとも他のものが飲みたいか?」と聞いているニュアンスが感じられる。というわけで「じゃあ、コーヒー、いただきます」と言ってもよさそうだとわかる。

もっとも、私はいくら京都人と付き合いがあるといっても、「ぶぶ漬けでもどうどす?」なんて聞かれたことはないし、これ、あくまでも「おもしろいネタ」ということと思っていた方がいいと思う。この Togetter の質問も「あくまでネタです」と但し書きがあるしね。

 

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2021年8月23日

管さん、あんたがしゃしゃり出たから負けたんだよ

横浜市長選挙は、立憲民主党などが推薦した山中竹春氏が当選したことで、ジャーナリズムは菅首相が窮地に追い込まれたとこぞって伝え、さしもの「穏当」な NHK も「政権運営への影響不可避か」の見出しとしている(参照)。

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なにしろ投票が締め切られた直後、開票と同時にどころか、始まる前に山中氏の「当選確実」が報じられたというのは、ちょっとしたことだ。こういうの「ゼロ打ち」という(参照)なんて初めて知ったが、確かに負けた方はへこむだろう。

この選挙、告示前に小此木氏が国家公安委員長の職を蹴って立候補を表明した頃は、この人が圧勝するだろうみたいな報じられ方だった。ところが時間が経つにつれて「混戦」から「大混戦」という表現に変わり、最後は「ゼロ打ち」で決まりというのだから、世の中、何が起きるかわからない。

菅首相は自分が積極的に支援した小此木氏が敗れたことで呆然状態なのだろうが、私はごく単純に、「あんたがしゃしゃり出たから負けたんだよ」と言うしかないと思う。

小此木氏が 「IR 誘致反対」を表明したことで、菅首相は自分が積極的に進めていた IR(つまりギャンブル場誘致ね)をあっさり捨ててまで彼を支援したわけだが、これ、意味がなかったどころか、完全に逆効果だった。菅首相の寝ぼけ顔が背後にチラつくことで、取れる票まで取れなくなってしまったと思う。

菅首相としては「圧勝」予想だった小此木氏の尻馬に乗ることで、今後に控える総裁選、衆院選を有利にしてしまおうと考えたのだろうが、甘すぎたとしか言いようがない。首相就任当時とは完全に風向きが変わっているのだから、そんなに都合のいい展開になるはずがないじゃないか。

じゃあ、横浜市長選ではあまり前面に出ずにおとなしくしておけばよかったのかというと、そんな単純な話でもないようだ。もし小此木氏がフツーに勝っていたら、IR を推進していた菅首相のメンツが潰れてしまい、やはり逆風につながるだろう。

どうせメンツが潰れるなら、自分からさっさと IR を諦めたフリをする方がまだ傷が浅くて、得るものが大きいと判断したのだろうが、選挙が始まってしまうと重要テーマは IR よりも菅首相の「コロナ無策」に移ってしまったので、踏んだり蹴ったりになってしまったわけだ。

元々、自分の器量では務めきれるはずのない地位に就いてしまったのが間違いの元なのだから、ここはさっさと諦めて、名実ともに「その辺のおっさん」になってもらいたいものである。

 

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2021年8月22日

コロナの夏にうんざり

無茶苦茶な暑さが一段落して 1週間ぐらい少しは過ごしやすい陽気になったと思ったが、またしても暑さがぶり返した。しかも高湿度だから蒸し暑さが半端じゃない。妻と「行く夏を惜しむなんて人は、一人もいないよね」と話しながら、ひいひい言っている。

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そんなような話を前に書いたような気がして検索してみたら、昨年の 8月 14日に ”「行く夏を惜しむ」なんて心情は、遙か昔のお話” という記事を書いていた。さらに 2018年 9月 2日には "「好きな季節は夏!」という子が激減したんじゃあるまいか" なんて記事も書いている。

私は自分が 7月 26日生まれ(ミック・ジャガーと同じ)ということもあって、子どもの頃から夏が大好きだった。夏休みが終わる頃になると、そこはかとない淋しささえ感じていたものである。

ところが最近は「早く秋になってくれ!」と願うばかりになった。いくら何でも暑すぎる。

とくに昨年からはコロナ禍で、夏休みとかいってもどこにも出かけられず、家でウジウジしているだけなので、ますます気が晴れない。年明け頃に何とかワクチン接種が行き届いたら、寒さにめげずにあちこち出かけたいものだと思っている。

 

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2021年8月21日

「謝罪」と「自己肯定感」

東洋経済 ONLINE に "「大炎上でもお粗末謝罪」謝れない人の深層心理 大騒動「あの 3人」は、なぜ謝罪を嫌がったのか?" という記事がある。コミュニケーション・ストラテジストという肩書きの岡本純子さんという人によるものだ。

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「謝らない」とか「お粗末謝罪」ということに関しては、私も最近、以下の 2本の記事で言及しているので、この記事に興味をもってしまったわけだ。

「謝らない謝罪」それは「遠回りな開き直り」(今年 7月 30日付)
テレビでの差別発言に対する日米の差(同 8月 20日付)

最近炎上した 3人、張本勲、河村たかし、DaiGo の 3人のケースについて解説されている。私は DaiGo という人に関してほとんど知らないが、記事本文(末尾に引用文あり)を読んだ限りでは「テキトーなヤツ」という印象しか持てず、興味がないのでそれ以上深掘りをしようとも思わない。

この記事では「謝らない人(Non-apologizer)」の心理について、アメリカの心理学者ガイ・ウィンチ氏の次のような言葉が紹介されている。

「謝ることができない人は、自信が持てない、もしくは脆いエゴを持っている」
「心理学的に、自分の非を認めるのは、非常に居心地の悪いもので、精神的苦痛をもたらす」
(きちんと謝り、責任を取るためには)「強い自己肯定感」が必要

さらに、オーストラリア、クィーンズランド大学のオキモト教授は、「謝罪を拒否すると、謝るときより、高い自己肯定感、パワーを感じる」としているという。

つまり、「自己肯定感」が強ければきちんと謝れるということだ。なかなか謝らないのは、謝ることによって自分自身が壊れてしまう気がするからで、謝罪を拒否すると、自信なさの裏返しとしての自己肯定感につながるということなのだろう。

また、「間違い」と認める閾値の男女比では男性の方が高いので、男性はなかなか謝らないということにもなるらしい。なるほど、上述の炎上で注目された 3人はすべて男性だ。

さらに私が最近の記事で触れてきたのは、菅首相を初めとする日本の政治家の「誤解を生じさせてしまったことについてはお詫びする」とか、「誤解を与えたのであれば申し訳ない」とかいう「都合の良すぎる謝り方」(non-apology)についてだ。

これらは、悪いのは「誤解」であって、発言した自分自身は決して悪くないと言わんばかりなのだが、実際のところはほとんど「誤解の余地がない」ほどにひどい発言なのだよね。それでも「まともに謝っちゃったら、自分がおしまいになる」と思っているので、謝れないわけだ。

基本的には、「まともに謝っちゃったらおしまい」というようなひどい発言をしなければいいだけのことなのだが、普段思っていることというのは、つい口をついて出てしまうのだよね。

【DaiGo 氏に関する情報】

今月 7日に配信した動画で「僕は生活保護の人たちにお金を払うために税金を納めてるんじゃないからね。生活保護の人たちに食わせる金があるんだったら、猫を救ってほしいと僕は思うんで」「自分にとって必要のない命は軽いんで。ホームレスの命はどうでもいい」などと発言していたことが大炎上。

しかし、そうした批判をまったく意に介さず、12日の夜には、ワインを片手に、YouTube ビデオで「個人的な感想に間違いもクソもないと思うんで。これは別に個人の意見じゃないですか、それに対して謝罪っていうのは別に……」と語ったのです。

さらに批判が集中したことで、13日にビデオを通じて、弁解と謝罪をしたものの、その内容が不十分ということで、14日には、「謝罪を撤回します」として、あらためて謝罪動画を公開。今度はスーツにネクタイに真剣な面持ちで、時折涙を見せ、反省の弁を述べました。

【8月 22日 追記】

DaiGo という人間に関してはほとんど情報をもっていなかったが、本日たまたま "DaiGo の差別発言、執拗な '高収入アピール' にも見え隠れする「自信のなさ」が原因か” という記事に出会って、「ふぅん、そういうことだったのかね」なんて思えたので、ご紹介しておく。

やはり「自己肯定感」という視点から書かれたものだ。

 

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2021年8月20日

テレビでの差別発言に対する日米の差

HUFFPOST が「大谷翔平選手に差別発言をした解説者が、無期限の出演停止に。バイアストレーニングを受けると発表」と伝えている。デトロイト・タイガース解説者のジャック・モリス氏が大谷翔平選手についてのコメントで、アジア系のアクセントを真似た件での対応だ。

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これ、HUFFPODT US版の記事の翻訳で、元記事の見出しは ”Detroit Tigers Suspend Announcer Jack Morris For Racist On-Air Joke“ というもの。「デトロイト・タイガースが人種差別的な放送上のジョークにより、アナウンサーのジャック・モリスを停職に」と訳せる。

アジア系のアクセントをことさらに真似て "very very careful" (とてもとても気をつけて)と発言したことが問題になったものだ。Twitter で聞くことができる(参照)が、たしかにアジア系の発音と言い方を揶揄しているように聞こえる。

HUFFPOST はこれについて次のように伝えている。

発言はすぐに問題視され、モリス氏は9回に大谷選手に打順が回ってきた際に「もし私の発言が誰かを不快にさせたのであれば、心から謝罪します。特にアジア系コミュニティの皆さんに対し、大谷翔平選手のピッチングや、彼に気をつけたほうがいいと言ったことをお詫びします」と謝意を示した。

これにより、ジャック・モリスは放送途中で降板し、バイアストレーニング(偏見などを修正するためのトレーニング)を受けることになった。

一方、張本勲は 8月 8日の TBS のニュースショーで、女子ボクシングについて「こんな競技が好きな人がいるのか」「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って・・・」などとと発言した。(下の画像をクリックすると、別画面で動画が見られる)

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これに関して彼は自身で直接には謝罪せず、1週間後の番組で担当女子アナに謝らせた上で、「今回は言い方を間違えて、反省してます。以後気をつけます」と言ったのみ(参照)。 これは典型的な non-apology (謝らない謝罪)で、遠回しに「俺は悪くない」と言っているに等しい(参照)。

TBS は本来ならば、彼を全面的に出演停止にし、性差別的な考えを改めるためのバイアストレーニングを課すぐらいの対応を取らなければならないだろう。しかしそんなことには全然なっていないようだ。

差別発言に関する日米の対応の差は、かくまでに大きい。

 

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2021年8月19日

2回のワクチン接種を終えても、マスクは必要らしい

東洋経済 ONLINE に ”デルタ株対策「やっていいこと」と「ダメなこと」 マスク、外食、電車、接種完了者へのアドバイス” という記事がある。「接種完了者へのアドバイス」というのだが、やはりいろいろ気をつけなければならないことだらけのようで、ちょっと嫌になる。

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まずはっきりと意識しなければならないことは、「ワクチンの効果は 100%ではない」ということのようだ。そんなことは元々わかってはいたが、「予防接種でつくられた抗体は防波堤のようなものだと考えてほしい」と専門家に指摘されると、「防波堤を越える波もある」と明確に意識されてしまう。

そしてデルタ株というのは、防波堤を越える波を生み出す「ハリケーンに近い」ものなのだそうだ。うぅむ、こりゃ、「ワクチンを 2回接種したから、マスクはしなくてもいいよね」と、簡単に言うわけにいかない。

とはいえ、ワクチン接種の効果はそれなりにあって、ワクチン接種者が感染(ブレークスルー感染)する確率は低く、「入院や死亡に至るケースも極めてまれ」とされている。

仮に「デルタ株によるブレークスルー感染で入院することになったとしても、接種済みの患者は未接種の患者に比べ、酸素補充が必要になる確率は圧倒的に低く、ウイルスが体内から消えるまでにかかる時間も短い」ということのようだ。ありがたいことである。

ただ、ワクチン接種済みであってもマスク着用が薦められるケースは多く。記事には次のようにある。

屋外の混み合っていない場所で、他者との間に十分な距離(少なくとも約1.8メートル以上)を確保できる場合にはマスクを着ける必要はない。これが大方の専門家の一致した見解だ。屋外であっても満員のコンサートに行くのはリスキーだが、それでも行く場合はマスクを着けよう。

「ワクチンを接種したかどうかわからない人と屋内にいる場合には(あなたが接種済みであっても)マスクの着用をお勧めする。とくに短時間であっても 1メートル程度しか距離がとれない場合とか、同じ部屋で長時間過ごす場合には、マスクを着けた方がよい」

ワクチン接種済みの人から同じく接種済みの人に感染する可能性もあり得るらしい。ワクチン接種によって自分は感染しなくても、ウィルスを持ち運んで、他に感染させてしまうリスクはあるわけだ。まったく面倒な話である。

結局のところリスクの大きいところでは、やはりマスクを着用する方がいいということらしい。しかも N95 や KF94 といった高性能な医療用マスクが望ましく、それが入手できない場合は「マスクを二重にするのが賢明」とまで言われている。

要するにワクチンの 2回接種を終えても、まだまだマスクは必要ということのようで、鬱陶しさはしばらく続くわけだ。

 

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2021年8月18日

菅首相、相変わらず原稿をまともに読めないようだ

今月 10日に「原稿をちゃんと読めただけで、ニュースになっちゃう人」というタイトルの記事で、菅首相の「読み能力」のなさについて触れた。この人の読み間違いはあまりにも日常茶飯事なので、最近ではあまり話題にもならなくなったが、17日の記者会見はさすがにひどすぎたようだ。

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日刊ゲンダイが ”菅首相「感染拡大を最優先・・・」記者会見で連発 '言い間違え' に怒りと呆れの声、ネット大炎上!” と伝えている。どんな言い違いをしたのかというと、こんなことらしい。

「タリバンの首都、カブール…」

「カニ政権は機能しなくなり…今後の情熱は、依然として不透明であります」

「感染拡大を最優先にしながら…」

問題の「タリバンの首都、カブール・・・」というのは、上のビデオでいえば 38分 57秒あたりである。これ思うに、原稿は「タリバンの首都カブールへの入域によって・・・」だったのだろうね。

ところがこのくだり、菅首相は「タリバンの首都、カブールへの入域によって・・・」と、区切ってはいけないところで区切ってしまったので、「はぁ?」と言うほど素っ頓狂になってしまったのだが、自分では全然気持ち悪くなっていないようなのである。この人の面目躍如だと思ってしまったよ。

その直後、39分 13秒あたりでは「今後の情熱は依然として・・・」と言いかけ、ここはさすがに自分でも気持ち悪くなったようで、ドサクサ紛れに「情勢というのは依然として不透明である」と言い直している。ただ、どうしてこの文脈で「情熱」という言葉が口をついて出たのかは、理解に苦しむところだ。

「感染拡大を最優先にしながら・・・」というところまでは、もう探し出す気力が続かなかったのだが、まあ、さすがに菅首相というほかない。ほかにも囲み取材で「人流」を「人口」と言うなど、誤りが目立ったというし。

こうした読み間違いや言い間違いが伝えられる度に、「この人、自分が何を言ってるのかわからないまま、口だけ動かしてるな」と思ってしまう。ネットでも「まずは一度、原稿の中身を自分で理解してから発表するべき」というもっともな声があったと伝えられる。これ、同じような思いだよね。

いずれにしても、早く首相の座から降りてくれることを願うのみだ。この人を首相とする国に住んでいると思うだけで、こちらの方が気持ち悪くなってしまうからね。

 

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2021年8月17日

「必要で緊急な打ち合わせ」を、「黙食」で引き延ばす

自公幹部、5人で会食 政府要請の人数オーバー」というニュースには、笑わせてもらった。いろいろ言いつくろっているうちに、「フツーの世界」からどんどんかけ離れていくという素晴らしいサンプルである。。

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とりあえず動かしがたい事実としては、「自民党の二階俊博、公明党の石井啓一両幹事長ら与党幹部 5人が、17日に東京都内の日本料理店で昼食を共にし、会談した」ということのようだ。そしてこれが、「コロナ感染防止のため、会食の際には 4人以下で」という政府の呼びかけに反しているというわけだ。

これに参加していた自民党の森山裕・国対委員長は「不要不急の会合ではない。食べながら話すということはなかった。感染症対策を理解しながらやっているつもりだ」と説明し、公明党の高木陽介国対委員長は「会食ではなく打ち合わせだ」と強調したと伝えられている。

ふむふむなるほど、「不要不急の会合ではない」ということは、文字通りに受け取ればそのココロは、「必要で緊急の打ち合わせだった」というわけだね。

このあたり、毎日新聞の記事ではより詳しく書かれており、高木氏は「会食ではない。打ち合わせの前にそれぞれ昼食を『黙食』でとったということだ」と説明したという(参照)。

なるほど、よくわかった。「必要で緊急の打ち合わせ」をするために、都内の日本料理店の「換気の良い広いスペース」を確保したということだね。そして高木氏の言葉を無理にでも信じるとすれば、その「必要で緊急の打ち合わせ」を始める前に、5人でしばらくしんねりむっつり「黙食」していたというわけだ。

フツーに考えたら、不要な「黙食」をして「必要で緊急の打ち合わせ」の開始を引き延ばすぐらいだったら、面倒な食事の席なんか設けずに、どこかの会議室で手っ取り早く打ち合わせをすればよかったではないかということになる。しかしこの人たちの考え方というのは、どうにもフツーじゃないようなのだ。

とにかくなんだかんだ言っても、「必要で緊急の打ち合わせ」の前に「うまいメシ」を(たとえ黙ってでも)一緒に食うことも含めて「必要で緊急な事項」と考えてしまう人たちなのだね。

これ、念のためにちょっと脇を締めようと思ったならば、自民党の 3人と公明党の 2人が、それぞれ別席(隣の部屋でも OK)での食事の後に合流するという設定だったら、「ぎりぎりセーフ」で行けたはずだ。用心深いスタッフだったら、そうした段取りを提案しただろう。

しかしそこはそれ、こうしたおっさんたちのことだもの。どうしても「5人揃って」ということになるのだろうね。「せっかく一緒にメシを食うのに、別々では話にならん」ということだったら、「ほうら、やっぱり『黙食』なんかじゃないじゃん!」ってなことになる。いずれにしても理窟が通らない。

それにしても、5人のオッサンの「黙食」が本当だったとしたら、さぞかし異様な光景だっただろうなあ。

 

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2021年8月16日

「愛国心」が「絶望」のフィルターを通過すると

東洋経済 ONLINE に "米国人記者が見た「特攻」と裏にある愛国の危うさ なぜ無駄死にすることが美徳となったのか" という記事がある。書いたのはマーティン・ファクラー(Martin Fackler)というジャーナリスト。

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私はこの記事のタイトルの "「特攻」と裏にある愛国の危うさ" という表現に妙に惹かれた。それは父から聞いた戦時中の思い出話に重なるところがあるからである。

「特攻」と、その裏にある「愛国心」とを結ぶ媒介は、記事中に述べられている次のような心理だったのだろう。

権力を握っていた当時の軍上層部にとっては、兵士たちは自分たちが自由に使っていい資源のような存在に映った。だからこそ無駄死にすることが美徳とされ、やがては強制されていった。

ただ、これは「権力を握っていた当時の軍上層部」の側の論理である。翻って実際にゼロ戦に乗り、砲弾をかいくぐって敵艦に突っ込む方の身になったら、これではたまったものではない。なのになぜ、特攻隊の若者たちはそんな無茶な任務に抵抗なく就くことができたのか。

私の父は 17歳の歳に終戦を迎えたが、それまでは志願して日本海軍に所属していた。酒田中学(旧制)時代に易者に見てもらったところ「お前は若死にする」と言われたので、「どうせ死ぬなら空で死のう」と決心して海軍に志願したのだという。

「ところが、空で死のうと思ったのに、行ってみたら飛行機なんて 1機も残ってなかったんだよ」と、父は語っていた。そんなわけで、「いずれ上陸してくるだろう敵軍に、爆弾を背中に担いで匍匐前進の特攻をかけるための訓練ばかりさせられていた」

つまり、空で死ぬはずが地べたにへばりついて死ぬことになってしまったわけだ。ただ、実際にそれをする前に終戦になったため、若死にするはずが、平均寿命より上の 83歳まで生き延び、おかげで私という息子が生まれて、後にこんなブログなんて書いている。易者の言うことなんて当てにならない。

父が「空で死ぬため」に海軍に志願したのは、「愛国心」と「絶望」の交錯する心理からだったようだが、「絶望」が 7割以上だったかも知れない。10代半ばにして「空で死のう」(「戦闘機に乗ってお国に尽くそう」ではない)と決心するには、かなりの「絶望」がなければならなかったはずだ。

「愛国心」が「絶望」のフィルターを通過すると、どんな無茶なことでもできる。特攻隊に志願することだって当たり前にできたわけだ。

当時の為政者たちは、若者たちにまともな希望なんて与えていなかったとわかる。

 

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2021年8月15日

香港人、逃げろ!

昨日、押し入れの中の整理をしていたら、片隅から雑誌 "BRUTUS" の古いバックナンバーが何冊か出てきて、その中に 「自由港 香港よ、永遠なれ」という特集のある 1984年 6月 15日号があった。あれから 37年経った今、「自由港 香港」は、昔物語になろうとしている。

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1980年代から 90年代にかけて私は仕事で何度か香港に行っていて、香港の街も人も、大好きだった。夜になると耳をつんざくような喧噪の大衆レストラン(参照)で、関東料理の絶品に舌鼓を打っていた。そんなわけで、香港の特集されたこの号をしっかりと取っておいたのだろう。

そして昨日、改めてページをめくってみて、香港の空気はあの頃と一変してしまっているのだろうと、悲しくなってしまった。

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私は香港の当時の若手ファッション・デザイナーたちと親しくしていて、よくインタビューしたりしていた。そして話す度に中国本土からの脅威について話題になっていたことを覚えている。

「なるべく早めに、香港を脱出すべきじゃなかろうか」と私が言うと、彼らの多くは「中国の脅威は感じるが、自分は香港が大好きだから、なるべく離れたくない」と語っていた。しかし今、彼らの多くは既に香港脱出をしてしまったか、少なくとも脱出計画中だろうと思われる。

朝日新聞が昨日付で「香港の民主派団体が次々と解散 警察が国安法で摘発圧力」という記事を伝えている。

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私がよく香港に行っていた頃は、香港の中国への返還が現実化し始めていたが、返還後も香港の自治は維持されるという見通しが主力を占めていた。それだけに、最近の中国の強圧的な態度は、当時の予想の最悪のレベルに近いものだ。

それだけに、私は「香港人、逃げろ」と、ますます声を大にして叫びたい気持ちになっている。

 

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2021年8月14日

「テレ朝飲酒転落事件」 の顛末が理解できた

テレ朝の五輪スタッフが「打ち上げ」の宴会をして、カラオケ屋のビルから落ちて入院というニュースを最初に知ったのは 6日前の 8日で、「女性社員がビルの看板を伝って出ようとして転落」と聞いたので、酔った勢いでスポーツクライミングの真似なんかしたのかと思っていた。

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「そんな悪ノリの曲芸大会なんてやらなければ、こんな時期に宴会していたこともバレなかったのに」と思いつつ、いずれにしても「マスコミの体育会系って、集まって宴会するのが好きだよなあ!」なんて、ちょっと呆れてはいたのである。ところが実際は、「曲芸大会」じゃなかったようなのだね。

文春オンラインの記事によれば、宴会は夜明け過ぎもまだ続いていて、夜明け前頃、先に帰ろうとした女性社員(A子)が 2階の踊り場から看板やパイプの出っ張りをつたって出ようとしたのだそうだ。そして足を滑らせて落ちたという。

問題はここからで、テレ朝一行はその女性社員が落下して病院に運ばれたことなど露知らず、大ノリの宴会は続いていたらしいのである。警察が来て「いなくなった女性はいないか?」などと聞かれて初めて事の次第を知り、全員が渋谷署で取り調べを受けて、解放されたのは 3時間後だった。

それにしても女性社員 A子、相当酔っ払っていたようで、言っていることが混乱している。(以下、記事からの引用)

A子さんは何故かエレベータを使わず非常階段で 1階まで降りたものの、「1階のドアには鍵がかかっており、外には出られなかった」と語っているという(この点についてパセラの担当者は、「鍵はかかっておらず、しかも 8月 12日には所轄の消防署が調査に見え、消防法上問題がないことが確認されました」とコメント)。

と、この部分ではは 1階まで降りたことになっているが、次のくだりでは、1階まで降りられないと気付いたと言っている。

『突き落とされたり、脅されたりはしていない』『(個室の 6階から)階段で降りていったが、途中で 1階まで降りられないと気付き、何かをつたって降りようとした記憶がある』などと説明したそうです。

文春スタッフも、この点の矛盾に気付かなかったのか、少なくとも記事の中では深く追求していない。 ただ、1階のドアには鍵がかかっていなかったという店側のコメントと照らし合わせれば、A子は 1階までは降りていなかったんじゃないかと考えるのが自然だろう。

いずれにしても、それほどまでに頭が混乱していたので、看板をつたってビルの外壁を降りようなんて突飛な考えを起こしたわけだ。そのアグレッシブな姿勢は、仕事の方に活かしておけばよかったのにね。

というわけで、ことの顛末を何とか理解した上で思ったのは、実はこのテレ朝スタッフ以外にも、打ち上げに興じていたマスコミ・グループはいくつもあったんじゃなかろうかということだ。「ネズミを 1匹みかけたら、10匹いると思え」と言われているぐらいだからね。

ほかのグループは、たまたま幸運にも A子のような素っ頓狂が混じっていなかったために、バレずに済んだというだけである。本当によかったね。取りあえず、しばらくのところはおとなしくしていよう。

 

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2021年8月13日

日本という国の「西高東低」的構造

東洋経済 ONLINE のサイトに ”「関東/関西」大抵の人が知らない地理感覚の起源 フロンティアは東にあり!「西高東低」の歴史” という記事がある。筆者の本郷和人さんという方は東京大学史料編纂所教授で日本中世史が専門というだけあって、説得力のある内容である。

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この記事は次のような言葉で始まる。

私たちは、小学校のころからずっと、日本という国について「1つの言語を使う、1つの民族が、1つの国家を形成し、長い伝統を紡いできた」と教わってきました。近年でも、そうしたイメージで日本を語る政治家がいらっしゃいます。

(中略)

この問いを考えていくうえで、まず押さえるべき視点は「日本とは、もともと西高東低の国だった」ということ。

「1つの言語を使う、1つの民族が、1つの国家を形成」というテーゼについては、私は幼い頃から「それ、違うよね」と感じていた。だって、私が日頃使っていた庄内弁は、ラジオから聞こえてくる「日本語」と比べたら、ほとんど外国語なのだもの(参照 1参照 2参照 3)。

庄内弁がどうしてわかりにくいかと言えば、それはいわゆる現代の「共通語」の訛りではなく、日本語の「古語」が元になって異次元的なほど訛っているからなのだ。

そしてその「古語」の系譜は関西の方に脈々と伝わっているが、それなりにバージョンアップされた上で、現在の「関西弁」になっている。しかし庄内弁から津軽弁にかけての地域は、「訛った古語がそのまま残った」ようなものなので、現在の「日本語」からはかなりかけ離れてしまったわけだ。

同じ東北でも、太平洋側は関東言葉の訛りなので、成り立ちがかなり違う。今住んでいるつくば周辺から福島、宮城に北上すると、その「無アクセント」加減(「箸/橋」「雨/飴」「柿/牡蠣」などの区別が付かない)がそっくりであることに感心してしまうほどだ

話は東洋経済 ONLINE の記事に戻るが、本郷氏は関西地方が古代日本の中心であったことに関して、大陸と最も近い北九州から瀬戸内を経由して引っ込んだあたりが、「安全」という視点から最も妥当ということだったのではないかと指摘されている。これも納得できる話だ。

そういうわけで、古代日本の中心は今の「関西」であり、そこからフロンティアを東へ東へと移動させてきたわけだ。そしてどんどん移動させても、今の東北は「地の果て」だったわけである。それで「出羽」と「陸奥」の 2つの国しかなかったわけだ。

2013年 11月 4日付の「旧国名をしっかりモノにしてみたい」という記事で、私は次のように書いている。

なにしろ東北方面は、太平洋側の「陸奥(むつ)」と日本海側の「出羽(でわ)」の、2つしかない。畿内からみれば地の果てというわけで、明治になる前はこんなチョー大雑把な区分けで済ませられていたのである。

(中略)

東北の大雑把さに比べると、西日本は今の府県よりもずっときめ細かく分けられていて、覚えにくくてたまらない。とにかく今の大阪府という狭い地域に、「摂津」「河内」「和泉」という 3つの国が存在していたのだ。

というわけで、庄内生まれの私は、日本の「西高東低」感覚を、学問的に学ぶ以前から「身体感覚」みたいにわかっていた。そして「辺境」の地で生まれ育ちながら、いろいろなメディアを通して「中央」の文化を、ほぼ「異国文化」的な感覚で取り入れてきたという実感がある。

 

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2021年8月12日

中国では「カラオケ検閲」が始まるらしい

ロイターが「中国、違法な内容のカラオケ曲を禁止へ」というニュースを伝えている。元記事は "China to bar songs with 'illegal content' from karaoke venues" というもので、話はちょっと横に逸れるが、"karaoke" って、本当にちゃんと国際語になってるのだね。

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記事には「国家の結束や主権、領土の一体性を危険にさらすものや、カルトや迷信を拡散する内容で国の宗教政策に違反する曲、賭博や麻薬のような違法な活動を奨励するものが禁止対象に含まれる」とある。こんなことを言ったら、国の都合で大抵の曲は「禁止曲」に指定できてしまう。

要するに「カラオケ検閲」である。1970年頃の日本でも当時のフォークソングが何曲も「放送禁止歌」に指定されたなんてことがあったが、近頃の中国では「カラオケ禁止歌」ということになるのだね。もっとも中国では、ちょっとでも問題のある歌は、元々放送では流れていないのだろうけど。

下手すると、中国のカラオケ店に用意されている曲は「やんわりとした中国共産党讃歌」みたいなものしかなくなってしまいそうだ。そんなことになったら、私みたいな者だけでなく、まともな感性をもった人間ならカラオケ店に行こうなんて思わなくなるだろう。

こうなったら、人々は「歌いたい歌は、カラオケ以外で歌う」というスタイルに移行するほかない。つまり自前の楽器で伴奏するのだ。私としては、その方がずっと楽しいと思う。

私の世代の若い頃は、カラオケなんて言ったら場末のスナックでオッサンがママさんと調子っぱずれにデュエットする艶歌みたいなものしかなかった。今のカラオケはずいぶん変わったようだが、私があまりそそられないのは、心の底の方にあの気持ち悪いイメージが残っているからである。

当時、歌いたい歌はギターなんかで弾き語りするものだったのである。フォークソング・ムーブメントは、そうして盛り上がった。最近の曲の多くは、ギター 1本で歌うにはアレンジが複雑すぎて、ある意味気の毒である。

それでいつの頃からか、若い世代でもギターの弾けるヤツがものすごく少なくなってしまった。これって、ある意味「文化の衰退」といえると思う。

話を戻せば、ギター弾き語りで歌う中国版「プロテスト・ソング」が紹介されたりしたらおもしろいと思う。とはいえそうなると、今度はギターを弾いただけで「反体制派」として弾圧されるなんてことになりかねない。あの米国でさえ、一時はそんなような時代があったのだから。

ただいずれにしても、民衆はどうにかこうにかして負けないのだよ。

 

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2021年8月11日

「事故に遭ったよう」なコロナ感染というのがある

丹波新聞に "「事故に遭ったよう」 東京出張後にコロナ発症の男性 「特別なことしなくてもうつる」と警鐘/兵庫・丹波市" という記事がある。

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この男性は先月中旬に丹波市から東京に出張し、19日に戻って 22日から咳が出始めた。23日の検査で陽性と判明して、丹波市内の病院に 2週間入院、8月 5日に退院した。「都内では外食せず、用心していた。どこでもらったのか分からず、事故に遭ったようなもの」と語っているという。

記事には次のようにある。(「外食せず」と言っているのにファストフード店に入っていて、マスクを外したというんだから、テイクアウトでもなかろうことについては、ここでは敢えて深く追求しない)

東京で立ち寄ったのは、ホテル、コンビニ、ファストフード店。人がいるところでマスクを外したのは、客のまばらなファストフード店と、新幹線の車内の喫煙コーナー(定員2人)ぐらいだった。

この男性は 39度の高熱が出て味覚と臭覚がなくなったものの、入院後 4日目で咳と熱が収まり、重症化はしなかった。ただ 2週間も病院のベッドで酸素の管に繋がれているのがうっとうしかったという。

この男性は丹波という土地在住だったので病院に余裕があって入院できたが、都内では重症でないと入院するのが困難というのだから、状況はかなり逼迫しているということになる。

世の中には「若い人は感染しても重症化せず、知らないうちに治っていて自然に免疫力がつくので安心」なんて、呑気なことを言う人もいるが、この記事の男性は 30代だが、一時は 39度の熱が出て、味覚障害で固形物が喉を通らなくなったというほどだ。油断はならない。

さらに言えば、自分は気付かないうちに治ってしまうことがあるとしても、それだと知らぬ間にウィルスを拡散させる可能性がより高まるのだから、迷惑千万だ。いずれにしても最大限の注意が必要というのは言うまでもない。

ちなみに、この男性は「どこで(ウィルスを)もらったのか分からず」ということになっているようだが、私が記事から受ける印象では、「新幹線車内の喫煙コーナー(定員 2人)」というのが怪しい気がする。

ただ、喫煙コーナーは換気が行き届いているだろうからどうかなという気もしたので調べてみたところ、"喫煙室でタバコ吸う人があまりに危なすぎる訳 「3密」の条件が当てはまり感染拡大が懸念" (東洋経済 ONLINE 2020年 4月 16日付)という記事が見つかった。

喫煙室や喫煙コーナーというのは思いのほか換気がよくないらしく、しかも「定員 2人の喫煙コーナー」で、1人だけで吸ったとしても、前にそこにいた感染者がマスクを外して息を深く吸ったり吐いたりしたことで壁などに付着したウィルスは、最大 9日間生存するらしい。こりゃ、かなり危ない。

一方、PRESIDENT Online では、内閣参与の飯島勲という結構エラい人が "「タバコ喫煙者はコロナ感染から守られる」決定的証拠 タバコが救う人間の命” (2020年 7月 31日付)なんて文章を寄稿していて、その中で喫煙者はコロナ感染リスクが低いと主張し、自分はタバコを止めないと表明している。

この人は「人に迷惑はかけない」という吸い方をされているらしいから、それはもう「どうぞ、ご勝手に」と言うほかない。

ただ、喫煙者でも「どこでもらったかわからない」みたいな形で感染してしまうこともあるとわかった以上、喫煙のおかげで「コロナ感染から守られる」なんて言ってないで、どうぞご用心。まあ、この人は今は多分「タバコ吸ってる上にワクチン 2回打ったんだから、自分は大丈夫」と思っているだろうが。

【この問題に関して、参考になると思われる記事】

新宿つるかめクリニック  ~新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と喫煙~ (2021年 2月 15日付)

喫煙者における新型コロナ感染のリスクを評価した査読付きの研究は現在のところありません。逆に、新型コロナウイルス感染症患者の現在喫煙率が低いとする報告が多くなされています。例えば、Simonsらのメタアナリシスでは、中国における新型コロナ患者の喫煙率は数%であり、中国の成人喫煙率27.7%よりもずっと低率と報告されています。しかし、このメタアナリシスの対象論文の多くは喫煙率調査が不完全であると指摘されています。また、フランスにおける新型コロナ患者の喫煙率に関する論文でも、フランスの新型コロナ患者の「現在毎日喫煙率」は4.4%であり、フランスの平均毎日喫煙率25.4%よりもかなり低くなっています。しかし、この論文では毎日喫煙者、時々喫煙者、過去喫煙者、生涯非喫煙者が不自然な割合になっており、コロナを発病したため入院直前に禁煙した者を過去喫煙者としている可能性が指摘されています。新型コロナ感染に対する喫煙のリスクは今後の報告が待たれます。

(要するに、コロナ感染者における喫煙者の比率が低いというデータは、まともな統計としての見地からするとかなりアヤシいところがあるので、鵜呑みにするのはどうかな?というお話)

CLINIC FOR 新型コロナと喫煙の関係性について、医師が解説します。 (2020年 12月 30日付)

今現在わかっていることには、喫煙者は非喫煙者に比べて新型コロナ感染時に、人工呼吸器を装着する必要があるようになる、あるいは死亡してしまう危険性が3倍以上になると言われています。

 

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2021年8月10日

原稿をちゃんと読めただけで、ニュースになっちゃう人

犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」(When a dog bites a man, that is not news. But if a man bites a dog, that is news.)という格言がある。

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英国の新聞王、アルフレッド・ハームズワース(Alfred Harmsworth)の言葉とされるが、実はその説はかなりアヤシいらしく、Wikipedia の彼の項目には、日本語版でも英語版でも、それに関する記述がない。

ただいずれにしてもこの言葉は、「ありきたりのことはニュースにならないが、滅多にないことはニュースになる」ということを言っている。

話は変わって、昨日付の時事ドットコムニュースに、「長崎原爆忌、1分遅刻 あいさつ読み飛ばさず ー 菅首相」という見出しの記事がある。菅首相のトンチンカン発言や言い間違いは、これまでさんざん報道されてきたし、原稿の「読み飛ばし」が顰蹙を買ったのは、つい 4日前の広島原爆忌でのことである。

しかしここに来て、局面は確実に変わりつつあるようだ。

つまり、管首相が原稿をまともに読めなかったぐらいでは、あまりにもフツーのことすぎて、もはやニュース・バリューが低下してしまい、逆に「ちゃんと読めた」ことの方にニュース・バリューが見出されてしまうという段階にまで到達してしまったのである。

我々って、スゴい国のスゴい時代に生きているのだね。「一国の首相が原稿を読み飛ばさずにちゃんと最後まで読めただけで、時事通信の記事の見出しになった」という事実は、後世に語り継ぐ価値があるかもしれない。もっとも、悲しいまでの「負の価値」ではあるが。

 

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2021年8月 9日

「金」と見ると、条件反射的に噛んでみたくなる習性

名古屋の河村市長がソフトボール選手の金メダルを噛んだというニュースを聞いて、「気持ちはわからないじゃないけど、他人のメダル噛んじゃダメだよね」程度に軽く思っていたのだが、動画を見て「遠慮なしの噛みっぷり」にちょっと驚いた。

「金メダルを噛む」というパフォーマンス自体はそんなに珍しくもないことで、これまでにも数多の金メダリストがやって見せている。下に掲げるのは、そのほんの一部だ。

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ただ、これらは自分で取ったメダルを自分で噛んでいるだけで、カメラ向けのポーズである。柔らかい金をまともにしっかりと噛んだら、歯形が付いてしまいかねないので、「形だけ歯に当てている」という印象だ。

というわけで、他人のとったメダルをまともに噛むのは「反則」である。ことにうら若い女子の取ったメダルをムサいおっさんが噛んじゃったとあって、ネット界隈では「セクハラ」との見方も出ている(参照)。

ちなみに私ぐらいの歳になると、時代劇でお馴染みの場面がある。賄賂の小判を差し出された悪代官が「おぬしもワルよのう、越後屋(なぜか決まって「越後屋」なのだよね)」なんて言いながら、小判が本物と確かめるために噛んだりするのだ。

これ、金メダリストが噛んで見せるのと同様、「お約束」的シーンである。河村市長としても、そんなようなのは決して嫌いじゃなさそうな雰囲気だから、条件反射的にそうした「お約束パフォーマンス」をしてみたくなったのだろう。

ただ、よっぽどそうしたパフォーマンスをしてみたくなっても、ちょっと口元までもっていって噛みそうなフリだけしてみせ、「なぁんちゃってね!」程度にしておけばギリギリ「ご愛敬」で済む。ところが彼の場合はつい悪ノリしすぎて、条件反射的行動を最後までしっかり完遂してしまったわけだ。

河村市長に関して個人的には、昔は「おもしろいおっさんだな」ぐらいに思っていたが、一昨年の「あいちトリエンナーレ」問題(参照)以後、すっかり幻滅してしまっている。

ちなみにこの人、今年の春には名古屋城の「金のしゃちほこ」にまで囓りつきかけていたらしい(参照)。悪代官以上に徹底した条件反射体質のようなのだね。

 

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2021年8月 8日

インクジェット・プリンターのインク、高い!

自宅では レーザー・プリンター(Brother JUSTIO HL-2270DW)とインクジェット・プリンター(Epson EP-840A)の 2台を使い分けている。メインで使っているのはレーザー・プリンターの方だ。

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JUSTIO HL-2270DW はモノクロ印刷のみの単機能なので、年賀状などのカラー印刷と、アナログ文書のスキャンやコピーには EPSON EP-804A を使う。ただ、そんな機会は少ないので、こちらのスイッチを入れるのは、せいぜい月に 2〜3度ぐらいのものだ。

ところがインクジェット・プリンターは、どいういうわけかインクの消耗が激しいのだ。年賀状印刷の際にしっかりカートリッジを交換し、終わった後に残量の少なくなった分の交換もしているのだが、半年も経つとまた「〇〇色のインク残量が少なくなっています」なんて表示が出てくる。

「それほど使ってるわけでもないのに、どういうわけなんだ !?」とムカついて調べてみたら、インクジェット・プリンターのインクというのは、印刷以外でもヘッド・クリーニングなどで消耗してしまうようなのだね(参照)。いやはや、これは知ってるようで、切実な問題としては知らなかった。

同じ消耗するなら、ヘッドクリーニングなんかより実際の印刷で使う方がマシと思ったりもしたが、それだとさらに、あっという間に消耗し尽くしてしまうだろうから、普段のモノクロ印刷はどうしても、コスト・パフォーマンスのいいレーザー・プリンターを使うことになる。

その昔、太平洋戦争の頃は「ガソリン一滴、血の一滴」なんて言われていたらしいが、インクジェット・プリンターのインクはガソリンどころじゃない。1cc あたりに換算したら、高級ワインなんかより高そうだ。

というわけで最近は、純正インクより価格の安い互換インクを使ったりもしている。上の写真では、純正と互換が併用されているのがおわかりだろう。シアン、イエロー、ブラックが純正だ。

ただ、私のような使い方だと使用量そのものが少ないので、互換インクによるコスト削減効果は大したことがなくて、それなら純正インクの品質を取った方がいいような気もしてしまう。さらに気のせいか、互換インクのカートリッジの方が消耗が早いようにも感じるのだが、確かなことはわからない。

これと比べると、レーザー・プリンターのトナーってコスト・パフォーマンスがいいよね。さんざん使っているのに、いつトナーを交換したのか忘れてしまったほどだ。

ちなみに JUSTIO HL-2270DW は既に販売終了しているが、Brother のサイトでは「レーザープリンター・複合機」と称されている(参照)。オプションのドライバーを入れたらスキャナーにもなるのかなんて思ったりしたが、どうやらそうでもないらしい。

たまたま「レーザープリンター・複合機」のカテゴリーの中に表示されているだけということのようだ。紛らわしいなあ。

 

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2021年8月 7日

自民党、よっぽど人がいないのだね

東洋経済に "菅首相、感染激増で「再選どころではない」窮地に 医療方針を転換、次期選挙は自民過半数割れも」という泉宏氏の記事がある。ただ、私としては「今度にしたって、結局は自公による過半数は確保されてしまうんだろう」と、やりきれない思いがしているが。

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何だかんだ言っても、「自民党を支持しない層」というのは「投票に行かない層」と重なる部分が多くて、利権と損得勘定で結びつく自民支持層の積極的な投票行動に負けてしまうのである。これが、自民党が選挙で勝ってしまう最大の理由だ。

この記事の前半はひたすら「コロナ禍に対する菅政権の無策」という視点で書かれているが、私が注目してしまったのはむしろ後半の「二階幹事長は首相の続投を支持」というくだりだ。こんなふうにある。

自民党の二階幹事長が 3日、菅首相の任期満了(9月 30日)に伴う自民総裁選について、「再選が当たり前」と発言したことも批判を増幅させた。二階氏は「現職が再選される可能性が極めて高い。菅首相に『続投してほしい』との声が国民の間にも強い」と菅首相続投支持を明言した。

二階氏はさらに、「総裁選は総裁たりうる人が手を挙げる、そういう人が複数あった場合に選挙になる。今のところ複数の候補になる見通しはない」として、現状では菅首相の無投票再選が当然との見方を示した。

この発言はさすがに炎上したようだ。「(菅首相と)2人でどこか違う国へ行って永遠にやっていれば良い」なんてコメントまであったというが、このコンビを受け入れてくれる国が日本のほかにあるとは思われない。

ここまで来ると、「自民党、よっぽど人がいないのだね」と思うしかない。菅首相のような人がトップでいられるのは不思議でしょうがない話だが、それについて当ブログの 8月 1日付に、次のように書いた(参照)。

要するに菅首相という人、実は「発信力が不足している」というよりむしろ、「発信しない」という手法を自ら積極的に選択してきたと見る方が正確なようなのだ。つまり「自らは決して発信しないかわりに、時々ぶちキレて見せる」というスタイルを武器として、ここまでのし上がってきたわけだね。

この人、完全な「ボキャ貧」でボーッとしたイメージだが、それとは裏腹に、内輪では結構ハードに「ぶちキレ」パフォーマンスをするようなのである。「発信しない」ので、得点しない代わりに大きな失点もせず、時々「ぶちキレ」ることで他を萎縮させるのだ。これ、組織的には「縮小再生産」の構図だよね。

町場の中小企業ぐらいだと、こんなスタイルで社長にまでなっちゃう人が結構いるが、政権党の中にまでそれと同じ構図を見てしまうと、もはや何と言っていいかわからない。それに反旗を翻す人物が出てこないというのだから、自民党に期待するところは何もない。

 

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2021年8月 6日

ワクチン接種完了で、感染リスク「半減」だそうだが

Gigazine に「ワクチン接種を完了した人は新型コロナへの感染リスクが半減するという研究結果、他者への感染リスクを低める可能性も」という記事がある。これを読んで、2回接種完了した私自身の感染リスクって「せいぜい『半減』程度なのかよ!」と、ちょっと複雑な思いになってしまった。

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もっとも、元記事の方は "Coronavirus infections three times lower in double vaccinated people" (ワクチン接種した人たちの間では、コロナ・ウィルス感染が 3倍低い)とあるから、そこは「言葉の綾」みたいなことで、「一応は安心していいけど、気を緩めすぎちゃダメよ」ってことなのだろう。

私は先月 28日の「ウィルスとマスク着用の、かなり面倒なお話」という記事でも「他者への感染」についてちょっと気にしている。今回の記事によれば「ワクチン接種完了者は平均して検出されるウイルス量が少ない」ので、自分から感染させるリスクも軽減されるようだ。

これは率直に言うと、自分が感染するリスクが減るというよりも気が楽になる情報だ。自分が死ぬ分には自分で諦めればいいだけだが、自分が広めたウィルスのせいで他人が死んだり重症になったりしては、どうにも夢見が悪いからね。

さらに「ワクチン接種完了した人は、必ずしもマスクをしなくてもいい」との状況に移行するための材料にもなりやすい気がして、個人的には期待したい。マスクはもう、うんざりだ。

ちなみに、ワクチン接種を完了しても感染してしまうことを「ブレークスルー感染」というらしい(参照)。これを防ぐためにファイザー社は、3回目の接種をする「ブースター・ショット」というのを呼びかけたのだが、世界保健機関(WHO)はこれに慎重な態度だ(参照)。

先進国ばかりが 3回接種するというのは、ワクチン供給不足に拍車をかけてしまうことになるので、そこは途上国に配慮せよということのようだ。理解できる話である。これに関しては、日本は「半分途上国」みたいなものだし。

というわけで、個人的には既にかなり気が楽になったものの、コロナ対策のあれやこれやはまだまだ続くということのようだ。やれやれ。

 

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2021年8月 5日

猛暑とエアコンと、素っ頓狂な決まり文句

暑い! 日本の気候は本当に変わってしまった。夏でも涼しいと言われていた北海道でも大変な暑さで、HTB 北海道テレビ も 8月 3日のニュースで「灼熱の北海道 旭川や富良野で猛暑日予想 札幌も 14日連続の真夏日に」と伝えている。

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旭川の近くに住む知り合いからのメールに、「ついにエアコン買おうかな」とあった。そういえば北海道はこれまで、「夏でもエアコンなんていらない」というのが売り物だったのだよね。ところが旭川はこのところ連日真夏日で、3日は猛暑日だった。

調べてみたところ、北海道のエアコン保有率は 42%なのだそうだ(参照)。ただこれは今年の調査による数字で、2017年には 25.7%だった(参照)。この 4年間の気候変化でさすがに普及が進んだようだが、それでもまだ「エアコンなし」の方が辛うじて多数派なのである。

そういえば、我が家もあの「東日本大震災」に見舞われた 2011年と翌年の 2012年は、エアコンのコンセントを外しっぱなしで夏を乗り切ったのだった。

「夏はエアコンなどで電力を多く使うので、停止させている原発の再稼働が必要」なんて政府主導のキャンペーンがスタートしていたので、「だったら、エアコン使わんわ!」と、意地を張ったのである。(参照 1参照 2

というわけで、震災以後の 2年間はエアコンなしで耐えられたのだが、2013年 7月 12日は「2年振りにエアコンを稼働させてしまった」という記事を書いている。下手に我慢を続けていたら、マジで熱中症になりそうだったのだ。

あの頃が、この辺りの気候の温暖化(熱暑化?)の最も激しく進行した時期だったのかもしれない。そういえばつくばの地では、毎年 2月頃には冬用タイヤが必要なほどの積雪が 2〜3回あったものだが、ここ数年、ずっとノーマルタイヤで済んでいるし、雪かき作業からも遠離っている。

そしてここに来て、その急激な変化が北海道にまで押し寄せてしまったというわけだ。北国で暮らして暑さに慣れていない体には、さぞ堪えるだろう。

ところで昨日ラジオで、「往く夏を惜しむかのようにヒグラシが鳴いています」という聴取者からの便りが紹介され、人生修行の足りない身としては思わずムッとした。いくらヒグラシのちょっと悲しげな鳴き声が聞こえても、今年の夏は今が真っ盛りで、まだまだ往ってしまいそうにはないだろうよ。

「往く夏を惜しむ」というのは、旧盆を過ぎて少しは涼しい風が吹き始めてからの決まり文句で、夏真っ盛りの暑さを汗だくで耐えている時には、素っ頓狂すぎて風流どころか不愉快にさえ響く。こんなの書く人も、それを何の疑いもなく紹介するラジオ局も、ちょっと無神経だよね。

それに今どきは旧盆が過ぎてからでも、「このクソ暑さ、いつまで続くんだ!」なんてヒイヒイ言うことが多いし。

 

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2021年8月 4日

「一笑」は「一度笑う」って意味じゃないかも

愛読ブログ「駅前糸脈」の 8月 3日付は、「読めないけれどもわかる」という記事だ。掛け軸などの字は「読めなくてもそこに書かれた文字の上手い下手は分かる、否分かる気がする」とある。

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思いっきり崩した草書体や変体仮名などはなかなか難しいが、この記事に添えられた写真の篆刻ぐらいなら、まだなんとかなる。「一笑百慮忘」という五文字で、「いっしょうひゃくりょぼう」、一般には「一度(ひとたび)笑えば百慮忘る」と訓読される成句だ。

意味としては、ざっとググってみたところでは、文字通り「一度笑えば、百の嫌なことを忘れる」というようなことだとされている(参照 1参照 2)。「一」と「百」が対句的に機能しているのだろう。

ただ、これ、念のために調べてみたところ「一笑」という言葉は、元々は「一度笑う」ということとは少々違う意味を持っているようなのだ。

『デジタル大辞泉』には次のように " ちょっと笑うこと。にっこりすること。「破顔一笑」  一つの笑いぐさにすること。また、笑うべきものとして問題にしないこと「当人がうわさを一笑する」「一笑に付す」" とある(参照

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確かに「一笑に付す」という場合は「一度笑ってチャラにする」というのではなく、軽い笑いぐさで済ませてしまうというような意味だ。笑いの「回数」を言っているのではないようなのである。もし回数ならば、「二笑」とか「三笑」とかいう言葉もフツーに使われていなければならない。

というわけで「破顔一笑」というのも、顔を崩して「一度笑う」ということではない。「呵々大笑」の「大笑い」と対をなす「にっこり」程度に笑うということだ。かといって単純な反対語で「小笑」なんて言ったら興醒めなので、「一笑」としてそれなりのもっともらしさを醸し出す。

念には念を入れ、漢語としての意味を確認するために、手持ちの三省堂『携帯 新漢和中辞典』でも調べたが、「ちょっと笑う。にっこりする」「軽蔑して笑う」「笑う」「いっしょに笑う」「笑う<たね<材料、笑いぐさ、笑柄」とある。「一度笑う」というのは、やはり出てこない。

「一笑百慮忘」という成句に使われている数字は、具体的な数ではなくむしろ比喩的なものと受け取るべきなのかもしれない。つまり「ちょっと笑っただけで、めちゃくちゃ重苦しい『憂さ』の数々も吹っ飛ぶ」というようなことなのではないかと考えられる。

言葉というのは一筋縄ではいかず、なかなかおもしろい。

煎じ詰めれば、「一年に一度笑えば充分」みたいな話ではなく、「いつも朗らかでいようね」ってことなのだろう。最近は鬱陶しい話が多くて、「いつも朗らか」というのが難しい世の中になってしまったが、まあ、試しにちょっと笑ってみようじゃないか。

 

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2021年8月 3日

「横浜的矛盾」を無視するのは「選挙の都合」

一昨日付の "オリンピックと、自民党的「老害」の本質" という記事に、ハマッコー さんが興味深いコメントを付けてくれた。秋に予定される横浜市長選についての「魑魅魍魎」に関する話である。

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この件については、東洋経済の ”小此木氏、「横浜市長選出馬」の複雑怪奇な舞台裏 横浜へのカジノ誘致反対で菅首相に反旗か” という記事に詳しく書いてあるので、参照されたい。

菅首相はこれまで、「統合型リゾート法案」(IR 法案:いわゆる「カジノ法案」)を積極的に推進して成立させ、自らの地元横浜にもカジノを誘致すべくいろいろ画策してきた。ただ、林文子・現市長も IR 推進派だが、既に 3期務めているので、自民党は多選を理由に支持しない方針。

こうした中で、菅首相の親分だった故・小此木彦三郎氏の息子の八郎氏が、急に「カジノ誘致反対」を旗印に、横浜市長選への立候補を表明した。東京 2020 の警備を担当する国家公安委員長を退任しての表明だけに、既にドタバタが生じてしまっている。

彼は「カジノ誘致推進」では地元の支持を得られず、「カジノ反対」を表明する立憲民主党などの勢力に勝てないと判断したようで、菅首相にもこの旨を説明。すると菅首相もとたんにこれまでの考えを翻してそれを認め、 IR 推進一色だった自民党市議団のほとんども「右へ倣え」となった。

菅首相にとっては「政府目線」と「地元目線」の矛盾なんて、「選挙対策」の名の下には大した問題じゃないのだろう。これはもう、「柔軟な判断」というよりは「無節操」のレベルと言える。

ちなみに、2018年に「IR 法案」が国会を通るまで、私は 4本ほどこれに触れた記事を書いている。

カジノ合法化には反対しないが、「IR 法案」 には反対 (2016/12/07)
「カジノ」を「カッシーノ」と言い換えたいんだってさ (2016/12/25)
「カジノ法案」 が衆院通過したらしいが(2018/06/19)
 IR 推進法と、「昭和かよ!」と言いたくなるワイロ事件(2019/12/28)

このほかに、ギャンブルそのものについても、2本書いている。

カジノ合法化について(2011/01/04)
日本人はギャンブル中毒か?(2014/11/14)

これらの記事で言いたかったのは、要するに「カジノ、やりたいならどうぞ。私は興味ないけどね」「日本のギャンブル好きは既に『パチンコ』に馴染んでるみたいだし」ということだ。新しく作る IR の中のカジノは結局のところ、お金持ちと観光客の遊び場になるだけだろう。

地元にいくらでもパチンコ屋があるのだから、フツーのギャンブル好きなら、贅沢な「統合リゾート地」なんかに行って 10万円使うよりは、地元のパチンコ屋で 1万円(あるいは、やっぱり 10万円)使う方を選ぶだろう。ただ、その結果として夜逃げにつながる例も事欠かないが。

IR 誘致してカジノのできた地域というのは、確実に雰囲気が変わってしまい、「いい感じの地元」という気がしなくなるだろう。横浜市民が嫌がるのは、無理もない話である。

ここに来て管的手法が通用しなくなっていることを感じる話である。

 

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2021年8月 2日

今さらだが、安倍晋三の皇室に関する意識を疑う

一昨日の記事で、恐縮ながら安倍前首相の「滑舌の悪さ」について触れた。東京 2020 大会の開催を決めた IOC 総会のスピーチの冒頭で、"Mr. President" (ミスター・プレジデント)を「ミスター・プレゼント」とやっちゃってる。

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この関連でググってみたところ、"「已む」読めなかった? 安倍首相が歴史的儀式で驚きの大失言" という AERA の記事(筆者は田岡俊次)が見つかった。

平成 31年(2019年)4月 30日、「退位礼正殿の儀」での「国民代表の辞」で、安倍首相(当時)が、「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません」というところを、「〜願っていません」と言っているというのである。これでは意味が逆になるので大問題だ。

YouTube  に登録された動画を確認してみると、確かに「〜願っていません」と聞こえる(11分過ぎ頃)。何度聞き直しても間違いない。

この記事で田岡は、安倍は「教養のある官僚」の書いた原稿の「願って已みません」の「已」の読みがわからず、「いません」と読んでしまったのだろうと推測している。「云々」が読めなくて「でんでん」と言っちゃうような人だから、あり得なくもない。

ただ私としては、このあたりはもうちょっと素直かつ常識的に考えたい。いくら「教養のある官僚」でも「今どきの人間」だし、一応「読み手(「でんでん」なんて言っちゃう人)の教養」まで配慮するだろうから、「已みません」という表記は考えられない。下の首相官邸の tweet (参照)もあるし。

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問題の動画を見ると、彼が口ごもり始めたのは「願ってやみません」の直前、「末永くお健やかであらせられますことを・・・」(10分 50秒頃)あたりからであることに注目したい。この部分、実際に声に出して読んでみればわかるように、アナウンサーの練習課題にしたいほど発音が込み入っている。

安倍としては当然口がついていけずにメロメロになってしまい、「あられますことを」と口走った後に、やっと「あらせられますことを」と言い直した。ただここでアセったせいか、その続きの「願ってやみません」の発音が、ドサクサ紛れ的に端折られてしまったようなのである。

ただ、彼の「代表の辞」はこの部分だけでなく、冒頭の「謹んで申し上げます」からして、まったく「謹んで」なんかおらず、「ツッシンで、モーシャゲます」と、さりげなくも無遠慮に端折っちゃってる。その後の「皇室典範特例法の〜」も「コーシキてんぱん〜」としか聞こえない。

彼はどうやら、”ts, d, s, r, y, m" の子音の発音と、日本語の原則、「仮名 1文字= 1拍・同じ長さ」(参照)のキープが苦手のようなのだ。ということはたとえアセらなかったとしても、「やみません」を「いません」に端折る(下参照)ぐらい、自然の成り行きだったかもしれない。

【や/み/ま/せん → やぃ/ま/せん → い/ま/せん】

「滑舌の良し悪し」は身体的にある程度しかたのないことだから、差別的にどうこう言うつもりは毛頭ない。ただ、彼は普段「右側の政治家の代表」みたいな顔をしているのだから、こうした「荘厳な式典」の原稿は、もっと意識して慎重かつ丁寧に読むのが当然ということぐらいは、言わせてもらってもいいだろう。

「どうせ形式的な式辞だから」とばかり、無造作に本番に臨んだのがバレバレという点で、神経を疑ってしまうところである。

一昨日の記事で触れたように、「言い違い」や「トチり」には、深層意識内にある無意識の思いがひょろりと顔を出してしまいがちというのが定説だ。ということは、少なくとも彼の深層意識では、普段口にしているほどには皇室を尊重していないのではないかと疑われても。仕方のないところである。

 

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2021年8月 1日

オリンピックと、自民党的「老害」の本質

共同通信が昨日付で ”選手の活躍「政権に力」 五輪開催で自民河村氏" というニュースを伝えているが、当初は見出しの意味がわからなかった。そして記事本文を読んでやっと理解できたのは、自民党の「老害」が極まっているということに他ならない。

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この見出しは「オリンピックの日本選手は自民党政権の宣伝部隊」と言ってるようにさえ見え、記事本文もまさに以下の 2点に要約される。

  • 自民党の河村建夫元官房長官は 31日、東京五輪で日本代表選手が活躍すれば、秋までにある次期衆院選に向けて政権与党に追い風となるとの認識を示した。

  • コロナ禍の中でのオリンピック開催に対する批判もあるとの指摘に、「五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる」とも語った。

これをもっと直接的な表現に翻訳すれば、「日本選手が活躍すれば国民の政権への不満はきれいに解消され、秋の衆院選で自民党に有利」で、「オリンピックは国民の不満を遮るスクリーン」ということになる。炎上ものの言い草だ。

ここまで勝手なものの見方ができて、それをいけしゃあしゃあとマスコミに語れるというのは、もはや「老害」以外の何ものでもない。

森喜朗(84歳)が今回の騒ぎでほんの少しだけおとなしくなったと思ったら、今度はこの人がいろんなことを言い出した。年は順番にとっていくので、老害発揮も順番に担当することになる。

彼は山口 3区で、林芳正との間で党の公認争いになるのが必至とみられていて、馬鹿馬鹿しいほど生臭い様相を呈している(参照)。この人ももう 78歳にもなるのだから、そろそろ縁側で猫でも撫でていればいいのに、そんな様子はまったくない。

それは「(総理と同格の)桐花大綬章を受けるために、最後に衆議院議長をやって辞めたい」(参照)ということのようで、前々から周囲に吹聴もしているらしいのである。今さら後には引けないのだろう。

一方、菅首相は 73歳と、上述の 2人に比べればまだ若いが、老害振りはひけをとらない。AERA では "菅首相会見が NHK 中継されると「支持率下がる」官邸で嘆きの声" と伝えられている。以下、官邸関係者の語ったコメントだ。

NHK は生中継で会見を流していますが、相当程度、支持率低下に貢献していると思います(笑)。首相のボキャ貧はもとより、政治家としての発信力が決定的に欠如しています。プレゼンのトレーニングをした方がよいレベルです。

菅首相と言えば、その素顔に迫る映画『パンケーキを毒味する』というのが話題だ。この人、その筋ではパンケーキが好物と伝えられ、昨年秋には「パンケーキ記者懇談会」なんてものを開いている。

この映画の企画に関わった元官僚、古賀茂明氏の語ったことをまとめた、 ”古賀茂明氏、菅義偉首相について「本当にしゃべらない。本心を見せない」” という日刊スポーツの記事を見つけた。ちょっとおもしろいので、オススメしておく。

要するに菅首相という人、実は「発信力が不足している」というよりむしろ、「発信しない」という手法を自ら積極的に選択してきたと見る方が正確なようなのだ。つまり「自らは決して発信しないかわりに、時々ぶちキレて見せる」というスタイルを武器として、ここまでのし上がってきたわけだね。

これって、自民党的、もっと言えばヤクザ的な「老害」を形成する本質と密接に関連すると思う。

ただ、そもそものことを言えば、こんなスタイルの人が首相なんてやっちゃいけないよね。あまりにも長い間避け続けて来たために習い性となって、ついに「発信」ってどういうものかすら、理解できなくなっているわけだから。

 

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